人気ブログランキング |

<   2014年 03月 ( 25 )   > この月の画像一覧

 

イスラエル:暗黒の源流  ジャボチンスキーとユダヤ・ファシズム 7b

http://bcndoujimaru.web.fc2.com/archive/Vladimir_Jabotinsky3.html#7bu より その2

第7部 ナチス・ドイツを育てた米国人たち  続き

1933: 1月4日に、ヒトラーが企業家グループによってシュレーダー銀行(Schroeder Bank)に招待された。企業家達はヒトラーに資金を与えて経済的な困難を克服させ、その代わりに労働組合の破壊を約束させた。この会議の出席者の中に2名の米国人がいた。ジョン・フォスター・ダレス、アレン・ダレス である。

 ヒトラー が権力を握る。

c0139575_1593344.jpg


 マックス・ワーバーグがプレスコット・ブッシュによってHamburg- Amerika Lineの重役会のAmerican Ship & Commerce Line公式代表に選ばれた。ワーバーグは長期間,ナチの経済長官でありthe Reichsbankの重役だったヒャルマル・シャハト(Hjalmar Schacht)の顧問だった。ワーバーグはまたモンタギュー・コレット・ノーマン の親友でもあった。

 米独間のすべての貿易を調整する合意が、ヒトラーの経済相ヒャルマル・シャハトとジョン・フォスター・ダレスとの間での交渉の後に、ベルリンで結ばれた。その結果、アヴェレルの従兄弟であるオリバー・ハリマン (Oliver Harriman)が、ドイツ・米国間のあらゆる取り引きを進めるために150社のシンジケートを作り上げた。

 North German Lloyd Co.がハンブルグでHamburg-Amerika Lineと合併した。長期間ハリマンの重役を務めたクリスチャン・ベック(Christian Beck)がこの新しく合併した会社のために北米で「普通貨物輸送任務」の責任者として据えられた。熱心なナチであるエミル・ヘルフェリッヒ (Emil Helfferich)がこのHapag-Lloydと呼ばれた新会社の会長となった。ナチの保安要員が今やこの会社のあらゆる船に乗り込んだ。

 ウイリアム・S.ファリッシュ(William S. Farish)がジョン・D.ロックフェラーによってStandard Oilの会長に指名された。ファリッシュはI.G. Farbenの会長ヘルマン・シュミッツ(Hermann Schmitz)の親友である。ファリッシュは、親I.G. Farbenと親ナチ・プロパガンダを書いて米国の新聞に載せるためにアイヴィ・リー(Ivy Lee)を雇った。彼はナチス・ドイツの船員をStandard Oilのタンカーに雇った。加えて、彼はthe Hamburg-Amerika Lineの会長エミル・ヘルフェリッヒを同時にStandard Oilのドイツ支社長として雇った。Hamburg-Amerikaの役員であるカール・リンデマン(Karl Lindemann)も同様にFarish-Standardのドイツ側最高役員となった。ファリシュとプレスコット・ブッシュのつながりがある小さなヒトラー支持グループの中で作られた。エミル・ヘルフェリッヒとカール・リンデマンの両者は、Standard Oilの特別取引会計について、ナチSSの長官ハインリッヒ・ヒムラー(Heinrich Himmler)に手形を切る権限を与えられた。この取引は、ドイツ・英国・米国をまたぐ銀行家カート・フォン・シュレーダー(Kurt von Schroeder, Schröder)によって運営された。作家アンソニー・サットン(Anthony Sutton)が調査した米国の諜報記録文書によると、ヘルフェリッヒ は、SSがStandard-I.G. Farben、つまりアウシュヴィッツやその他の強制収容所での大量虐殺を監視していた1944年に入っても、SSに対する支払いを続けていた。

 戦後にヘルフリッヒ は連合軍に対して、これらは彼の私的な仕事ではなくStandard Oil資金に対する作業であったことを語った。


1934: 米国上院Nye委員会の公聴会は、Remington Armsの会長でUBCおよびthe American Ship & Commerce Corpの創始者サミュエル・プライヤー がI.G. Farben とのカルテルの合意に参加していたことを明らかにした。同委員会はまたナチスが大部分米国製の武器で武装していることを暴露した。

  Ethyl Corporation の社長E. W. ウエッブ (Webb)は、ワシントンが「ドイツの中で四エチル鉛【ガソリンの燃焼効率を高める物質】を製造するためにI.G.と共にドイツの会社を作る」意図について知らされているという忠告を受けた。戦争省(The War Department)はこの技術移転に対して相当の批判があることを示唆した。そしてEthyl Company陸軍航空部隊から「貴殿またはEthyl Gasoline Corporationの重役会は四エチル鉛の製造に関連するあらゆる機密あるいは"ノウハウ"をドイツに対して無条件で明らかにすべきだ」と忠告を受けた。

 ヒトラーによる厳しいドイツの統制の中で、Thyssen-Flick連合からの利益は1億【ドル?】にまで膨らんだ。Union BankおよびBank voor Handel en Scheepvaartはともに資金に満ち溢れていた。プレスコット・ブッシュ はUnion Bankの経営責任者となり日々ドイツとの取引に明け暮れた。

 ジョン・フォスター・ダレスはおおっぴらにナチの哲学を支持していた。1935年に彼はthe Atlantic Monthly誌に「平和への道」と題される長文の記事を書いた。彼はドイツが秘密裏に進める再武装を自由の回復として弁護した。彼がInco【不明:企業活動のことか】とドイツの兵器産業に関連して何を行ったのかは知られており、ダレスはドイツとイタリアと日本の平和への意思を確信するようにミスリードしていたのである。1930年代の末期にダレスは親ナチ・グループAmerican Firstの組織化に力を尽した。パール・ハーバーの1ヶ月前に彼は5百ドルをグループに寄付した。後に彼はこのグループとは無関係であると主張した。ダレスはドイツがポーランドに進攻するときに至ってもナチを支持し続けた。ダレス はポーランドへの侵略をポーランドの方にその責任があるかのように弁解した。


1935: Ethyl CorporationはドイツでI.G. Farben と共同でEthyl G.m.b.H.を設立することに合意し、ファシスト・イタリアではMontecatiniと四エチル鉛の共同製造について合意した。この技術移転の時期にいたEthyl Gasoline Corporationの幹部達は、社長で責任者のE.W. ウェッブ(Webb)、C.F. ケターリング(Kettering)、R.P.ラッセル(Russell)、Standard Oil of New Jersey社員でロウズベルトのGeorgia Warm Springs Foundationの管財人である W.C. ティーグル(Teagle)、 F. A. ハワード(Howard)、Standard Oil of New Jersey社員E. M. クラーク(Clark)、A. P. スロアン・ジュニア(Sloan, Jr.)、D. ブラウン(Brown)、J. T. スミス(Smith)、そしてStandard Oil of New Jersey社員W.S. パリッシュ (Parish)である。

 ジョン・フォスター・ダレスは、ミズーリのUnion Electric Company事件で寸でのところで起訴を免れた。この会社は投資会社North America Companyの支店である。証券取引委員会(SEC)は議員を買収する資金を捜査していた。この会社はその法律家と保険会社からキックバックを受け取っていた。そしてミズーリ州全体の議員を買収していたのだ。証券取引委員会の委員長トラヴィス・レイン(Travis Lane)は、最高裁がダレス を有罪としなかったことを、それが彼の魅力なのだ、と皮肉っぽく語った。

 ドイツでニュルンベルグ法が可決されホロコーストへの道が開けた。


1936: Schroeder Bank in New York【シュレーダー(Schroeder、Schröder)は英国や米国では通常シュローダー(Schroder)と呼ばれる】はロックフェラーと合体し、Schroeder, Rockefeller & Company, Inc.が創設された。Schroeder BankのCarlton P. Fullerが社長となりアヴェリィ・ロックフェラー が副社長となった。

1937: この年の1月末までに、ダレスは自分の活動を一つの取引業務に集中させた。Brown Brothers Harriman-Schroeder Rockでの活動である。Schroederはもちろんナチの銀行であり、ダレスはその役員だった。この'Rock'というのはロックフェラーのStandard Oilである。そこはすでにナチとの取引を熱心に進めていた。プレスコット・ブッシュの要求でダレスはブッシュ=ハリマン のナチスとの取引に関与していた。

1939: ヒトラー がポーランドに侵入して欧州での戦争が開始。

 ファシストの娘マルタ(Martha)がアヴェレル・ハリマンの甥であるエドワード・ハリマン・ゲリー (Edward Harriman Gerry)と結婚。

 Consolidated Silesian Steel Corporation【参照1926年】はポーランドの町Oswiecimの近くにあった。ソヴィエトの囚人を労働力として使う計画が失敗したときに、ナチスはユダヤ人、共産主義者、ジプシーやその他の少数民族をナチが作った収用所に運んだ。これがアウシュヴィッツの始まりである。アウシュヴィッツがこの場所に作られた理由はそこに石炭の供給が豊富でありそれから航空機燃料を製造できたためだが、I.G. Farben【参照1933年】は石炭の埋蔵地が近いだけでなくアウシュヴィッツでの奴隷労働力の供給があることを利用してすぐにアウシュヴィッツの近くに工場を作った。ドイツの諜報員によると、プレスコット・ブッシュ はポーランドでの奴隷労働の一部を運営したのである。

1940: アレン・ダレスがSchroeder Bankの役員となる。ジョン・フォスター・ダレス はSchroeder Bankの法律顧問として務めた。Schroeder Bankはナチスの資金面での武器として活動した。

1941: パール・ハーバーが爆撃され宣戦布告がなされる。

1942: 米国合同資産管理局(US Alien Property Custodian)のレオ・クローリー(Leo Crowley)は、8月にHapag-Lloyd【参照1933年】の全財産を差し押さえる命令を出した。10月にはニューヨークのUnion Banking Corpの株が差し押さえられたのだが、その株主は、会長のE.ローランド・ハリマン、社長のコーネリス・リーヴェンス(Cornelis Lievense:ナチスの銀行資産管理人)、会計担当者ハロルド・D.ペニントン(Harold D. Pennington:Brown Brothers Harrimanに所属)、役員レイ・モリス(Ray Morris:Brown Brothers Harrimanに所属)、役員プレスコット・S.ブッシュ、役員H.J.コウエンホウヴェン(H.J. Kouwenhoven:German Steel Trustの海外資金担当主任)【参照1926年】、役員ヨハン・G.グレニンガー (Johann G. Groeninger:ナチ・ドイツで産業担当の高官)。

 同月、米国政府はさらに他の2社を差し押さえた。Union Bankによって運営されるSeamless Steel Equipment Corp.およびHolland-American Trading Corpである。

 11月には、Silesian-American Corpのナチ資産が差し押さえられたが、米国人のパートナーの分は仕事を続けるために残された。会社全体を差し押さえることが戦争遂行にとって有害だったのかもしれない。

 この年の5月25日に、米国司法次官サーマン・アーノルド(Thurman Arnold)は、ウイリアム・スタンプス・ファリッシュ【参照1933年】がナチスとの犯罪的陰謀の容疑に対して「返答できない」と抗弁したことを告げた。ファリッシュ はStandard OilとI.G. Farbenとの間のカルテル合意で筆頭運営者だった。このカルテルはアウシュヴィッツでの奴隷労働を利用して石炭からガソリンや合成ゴムを作る工場を建設したのである。

 Standard Oilのドイツ支部であるDeutsche-Amerikanische Petroleum A.G. (DAPAG)は、Standard Oil of New Jerseyが94%を所有していた。DAPAGの社長でありヒムラーの友愛会のメンバーであるカール・リンデマン【参照1933年】がナチズム・サークル内でStandard Oil of New Jerseyの代表を務めたのである。さらに重役で元々ケプラー・サークル(Keppler Circle)のメンバーであるエミル・ヘルフリッヒ(Emil Helfrich)もその代表格であった。カール・リンデマン のコネクションは数多くの銀行の役員として国際的な銀行業務に広がった。その中には、Dresdner Bank、Deutsche Reichsbank、そしてナチが作った民間銀行C. Melchior & Companyがある。

1945: 財務省は議会に対して、United Steelが【参照1922年】ナチスの軍需物資の中で次のパーセンテージを製造したことを明らかにした。銑鉄50.8%、パイプおよびチューブ45.5%、汎用鋼板41.4%、メッキ板38.5%、厚板36%、爆弾35%、ワイヤー22.1%。ここはプレスコット・ブッシュが銀行家として関与していた会社である。事実上、プレスコットはヒトラー の米国人銀行家であった。

 アレン・ダレスは、押収された一部のナチ文書の管理を任された若い海軍士官を探し出した。もしその文書が表ざたになっていたのなら、それはダレスが国賊であることを明らかにしていたかもしれない。文書を葬るために、ダレスはその若者が政界に一歩を踏み入れる資金を提供する約束をした。これがリチャード・ニクソン (Richard Nixon)の政治経歴の始まりである。

 ペーパークリップ作戦によって、ナチ党員が米国に運ばれ始めた。

1946: ニクソンは、ニューヨークに本部のある複数の銀行からの豊富な資金のおかげで、議会選挙でジェリー・ヴーフリス (Jerry Voohris)をやぶった。

1947: 戦争の後、オランダ王室の宝石のありかを付き止めていた当局者が、Bank voor Handel en Scheepvaart【参照1924年、1934年】の小切手の中からSilesian American Corporation【参照1942年】の取引を示す文書を発見した。その銀行の社長であるH.J.コウンホウヴェン(Kounhoven)は集中的な捜査を受けてその発見にショックを受けた。すぐにコウンホウヴェンはニューヨークを訪れそれをプレスコット・ブッシュ に告げた。2週間後、いたって健康であったにも関わらず、そのオランダ人は心臓発作で死んだ。

1950: プレスコット・ブッシュ は、米国優生学運動と結び付いた背景のために選挙に敗れた。

1951: Union Bankが倒産。ブッシュ家はUnion Bankの利益の中から150万ドルを受け取った。

1952:プレスコット・ブッシュ が上院議員に選出。
 プレスコット・ブッシュはニクソン を副大統領候補として選挙に担ぎ出す。

1953: ジョン・フォスター・ダレス が国務長官に指名される。

 アレン・ダレス がCIA長官に指名される。

 Brown Brothers and Harrimanの資金を使って、ジョージ・ブッシュ がCIAのフロント会社であるZapataを作り上げる。

1954: アレン・ダレス指揮下のCIAは、United Fruitを助けるためにガテマラのハコボ・アルベンスに対するクーデター計画を援助。シュレーダー銀行はバナナ・ビジネスでUnited Fruitの共同経営者であった。アレン・ダレスはシュレーダー銀行の終身重役だった。ジョン・フォスター・ダレスとアレン・ダレスはUnited Fruitに複数の会社から巨額の資金を投資していたのだ。それに加えて、米国国連大使がUnited Fruitの株主であり、さらにアイゼンハワー大統領の個人秘書はUnited Fruitの公共担当者の妻であった。ダレス兄弟はアイゼンハワーに、アルベンス は米国の安全保障にとって脅威であると説得してこのガテマラ大統領を取り除く計画を進めることを承認させた。

1961: C.ディロン 【参照1918年、1926年】が財務長官に指名される。

 ピッグス湾での大失敗【キューバへの介入】。2隻の船はヒューストンとバーバラと呼ばれた。ピッグス湾のCIAのコード・ネームはサパタ(Zapata)作戦であり、ジョージ・ブッシュがその作戦に関わっていた。ついでに言えば、ジョージ・ブッシュ が副大統領に選ばれる前年の1981年に、1960年から66年までのZapataに関する証券取引委員会の記録がすべて失われた。

 ジョン・F.ケネディはピッグス湾事件の後、アレン・ダレス を更迭した。

1963: ジョン・ケネディ が暗殺される

1964: ジョージ・ブッシュ は選挙運動で市民権法に反対するキャンペーンをする。彼は落選した。

1966: ジョージ・ブッシュ が議員となる。

1968: ニクソン が大統領に選ばれる。

1969: ZapataはUnited FruitをCIAと強くつながった他の会社に売却しようとする。そして改革を試みようとする中米の国々の政権転覆に関わる。

1971: ジョージ・ブッシュ が国連大使に指名される。

1972: ウォーターゲート事件がニクソン 再選キャンペーンの期間中に起こる。

 ジョージ・ブッシュが共和党の議長に指名される。ブッシュは党のethnic heritage groupsの設立を促進する。要するに、これらのグループは東欧から移住したナチにとっての天国以外のものではなかった。共和党のヘリテッジ・グループ委員会には、元ハンガリーArrow Crossのメンバーであるラズロ・パスツォール(Lazlo Paszor)、ブルガリアのファシストのラディ・スラヴォフ(Radi Slavoff)、コサック支部で元SS士官だったニコラス・ナザレンコ(Nicolas Nazarenko)、ルーマニアのIron Guardメンバーだったフロリアン・ガッドゥ(Florian Gaddu)、スロバキアのファシストのメトド・バルコ(Method Balco)がいた。アレン・ダレス とニクソンはこれらの移住者達が選挙のために役に立つと信じていた。

1975: コルビー(Colby)はCIAの秘密国内作戦に関する情報を漏らす。それはMokingbirdと Mk-Ultraである。チェイニー(Cheney)はコルビー を取り除こうとする。

1976: ジョージ・ブッシュがジェラルド・フォード大統領によってCIA長官に指名される。フォード は親ナチ・グループのAmerican Firstのメンバーであった。

 ジョージ・ブッシュはチリのピノチェット・ファシスト政権に反体制活動家オルランド・レテリエル(Orlando Letelier)を処刑させる。ブッシュ は反体制派を処刑するチリのコンドル作戦計画について十分に情報を得ていた。コンドル作戦はチリに率いられる数多くの南米諸国で、南米のファシスト軍事政権に対する反対派を世界規模で暗殺する大規模な作戦であった。

1984: ジョージ・W.ブッシュによって設立されたArbusto Energy Incが、失敗を明らかにした後で売却される。1988:Silverado Banking Savings & Loan社が規制官によって閉鎖させられたが、副大統領で次期大統領候補の息子であるニール・ブッシュ (Neil Bush)がこの会社の社長をしていた。この閉鎖と捜査は選挙後まで延ばされたものだった。

 有名なナチ協力者フレッド・マレク(Fred Malek)がブッシュの大統領選挙戦で役を果した。マレクは1992年の再選選挙でも再びブッシュに仕えることになる。数多くのブッシュ選挙活動スタッフが、元ナチの戦争犯罪人であることが判明した後で辞任を余儀なくされる。その中にはラズロ・パスツォールとヤロスラフ・ステツコ (Yaroslav Stetsko)がいた。

 ウィリアム・ドレイパー(William Draper)がブッシュ の選挙資金集めの責任者だったが、彼の祖父は優生学を促進させるPioneer Fundの創始者だった。

1989: ジョージ・ブッシュは大統領の宣誓を行う。彼の資産はウイリアム・ファリッシュ(William Farish)の管理に盲目的に一任されるが、彼はヒトラーにガスを供給したウイリアム・ファリッシュ 【参照1933年、1942年】の孫であった。

1990: 湾岸戦争の後で、バーレーンはHarken Oilに沿岸の石油採掘権を与えたが、この会社は大統領の息子であるジョージ・W.ブッシュと深いつながりがあった。ジョージ・W. は自分のHarken Oilの持分を売り、その1週間後そこの株価は暴落した。

1992: ジョージ・ブッシュ はイラン・コントラ事件での主要な人物達を赦免する。

1996: ジョージ・ブッシュは麻薬密売人の文鮮明 (Sun Myung Moon)をブエノスアイレスで祝福。文の組織は元ナチに溢れており、同様に元ナチに満ちていた世界勝共連合と密接につながっていた。

2000: ジョージ・W.ブッシュ が最高裁の5対4の採決で大統領に。

2001: 愛国法(Patriotic Act)が通過し、ジョージ・W.ブッシュ の要請で我々に憲法に保障された自由が制限される。 *******

 よくぞここまでしつこくブッシュ家を追いかけたものだと感心するが、しかしこの年表で大きく欠落している点は、最初に述べたナチスとシオニストやユダヤ系資本家との関係だけではなく、レーガン政権(実質的にブッシュ父政権)の時から築き上げられていった後に「ネオコン」と呼ばれるようになる集団とその人脈の存在である。彼らはまさに戦争利権屋集団でありカネと力と偽情報で世界を支配しようとする、ナチス・ドイツ(一部にイタリア・ファシズム)直系の権力集団に他ならない。特に驚くべきことでもあるまい。前回も申し上げたとおり、ナチス・ドイツは米国とイスラエルに引き継がれたのだ。

c0139575_1425188.jpg


 次回は再びこの『年表』を元にして、その行間に見え隠れする「ブラックホール」を追及してその空隙を埋めていく作業を行ってみたいと思っている。


c0139575_4123336.jpg


関連

ブッシュ大統領はサバティアン・フランキストか? by Clifford Shack
http://satehate.exblog.jp/8011960/

アレイスター・クロウリーはバーバラ・ブッシュの父親だったのか?
http://satehate.exblog.jp/12402437/

ロックフェラーとソトメイアーはイルミナティ・ユダヤ人か?  by Willie Martin
http://satehate.exblog.jp/15456427/

ジュピター・アイランド by ジョン・コールマン
http://satehate.exblog.jp/10161290/

伏魔殿のような国際決済銀行 by チャールズ・ハイアム 1
http://satehate.exblog.jp/10205180/

伏魔殿のような国際決済銀行 by チャールズ・ハイアム 2
http://satehate.exblog.jp/10215364/

戦争が守るのは高利貸し業者/ジューリ・リナ + こ、怖~っ
http://satehate.exblog.jp/20612700/

バンクオブアメリカの予報: 3つの壁画
http://satehate.exblog.jp/16278866/

デンヴァーの壁画で識別された反キリスト
http://satehate.exblog.jp/16297474/



【マレーシア航空】一週間ぐらい前に、マレーシア航空株が大量に空売りされ、株価が20%下落したのは、  2014/03/11 07:58
http://richardkoshimizu.at.webry.info/201403/article_78.html

STAP細胞 理研が写真流用の疑いで調査 3月11日 19時32分
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20140311/k10015899421000.html

++
やれやれ、この懸念通りになってしまった・・・


by oninomae | 2014-03-11 20:06 | 魔術=詐欺とイルミナティ  

イスラエル:暗黒の源流  ジャボチンスキーとユダヤ・ファシズム 7a

http://bcndoujimaru.web.fc2.com/archive/Vladimir_Jabotinsky3.html#7bu より

第7部 ナチス・ドイツを育てた米国人たち   (2007年6月)
     

 前回までに私は、イスラエル国家建設に対して、スターリンのソヴィエト連邦、米国やカナダなどにいるシオニスト勢力と英国国家、そしてヒトラーのナチス・ドイツを取り上げた。特にナチス・ドイツの役割は決定的と言って過言ではない。前回申し上げたように、イスラエル国家はナチス・ドイツを「砂型」として鋳造されたのである。そこで問題となるのはこのナチス・ドイツそのものであろう。したがって今回と次回の2回にわたって、ドイツと他の欧州各国および米国に目を移してみたい。そこからイスラエル建国の真相に迫って見たいと思う。

 第1次世界大戦でボロボロにされたドイツの中にどうしてあのような怪物が誕生し成長したのか。教科書的な理解でなら、ドイツ国民に鬱積するヴェルサイユ条約のドイツに対する扱いへの不満がヒトラーの過激な人種主義と軍国主義の主張に吸収されたから、ということになるだろう。私はどうもこのような観念的な議論が苦手だ。このような歴史観は、どうやら歴史というものを人間の意志と哲学だけが作り上げたかのように、人々に印象付けたがっているような気がしてならない。そこにポッカリと空白が、いや底なしのブラックホールが開いているのである。

 どれほどヒトラーがゲルマン種族の優越の観念に凝り固まっていようが、どれほど彼の意思が強かろうが、どれほどドイツ国民の不満が大きかろうが、現実にカネとモノが動かなければ国家など1分たりとも運営できない。

 今回は、少々長くなるのだが、英文で書かれたある文章の翻訳をご覧いただきたい。これはサミュエル、プレスコット、ジョージ・W.H.そしてジョージ・W.と続くブッシュ・ファミリーがいかにナチス・ドイツを作り育て、それを通して米国内での地位を作り上げていったのかを中心にまとめあげた『年表』である。

 原文:Timeline of Treason: The Bush Family Connections to the Nazis
 原文Url:http://www.spiritone.com/~gdy52150/timeline.html

 この『年表』に書かれてあるブッシュ家とナチスとの関係は、2003年になって暴露された米国国立公文書館と議会図書館の資料によっても明らかに確認できる事実である。さらにこの『年表』には、ロックフェラー、ハリマン家、ダレス兄弟など米国支配層のドイツ利権を巡る大活躍が実にわかりやすくまとめられており、20世紀の米国と欧州の関係を知るためには非常に便利な資料となるであろう。

 ただいくつか注意しておかなければならない点がある。この年表ではユダヤ資本およびシオニストとナチス・ドイツとの関係が完全に抜け落ちているのだ。1933年8月に作られたハアヴァラ協定 に伴ってナチス・ドイツが行ったイスラエル建国支援の財源がどこから来たものなのか明白なのだが、この「年表」ではそれが全く問題にされていない。また、ブラウン・ブラザーズやシュレーダー(Schröder、Schroeder:英米ではシュローダーSchroder)といったロンドン・シティの重要メンバーがドイツ利権あさりとナチス・ドイツへの投資に中心的な役割を果しているのに、それとイスラエル建国のスポンサーであったロスチャイルド家の関わりが全然なかったとはまことに考えにくいのだが、この点も無視されている。

 もちろんこういった『年表』をまとめあげる際に「反ユダヤ主義」「陰謀論」といったレッテルを貼られることを避けた事情は理解できないでもないが、少々偏った編集と言わざるを得ない。

 しかし逆に言うと、2001年以来、イスラエルに忠誠を誓うネオコン、つまりジャボチンスキーの後輩達に担がれて「対テロ戦争」の立役者になっているG.W.ブッシュを考えるなら、逆にこの点だけが真っ白に開いているほうが「あぶり出し」が明白であり解りやすいかもしれない。 この『年表』は、作成者の狙いはさておいても、「何年に何があったのか」という事実関係を冷徹に調べていくための参考資料として極めて有益であろうと思われる。そのうえでこの『年表』にある空白(と言うよりはブラックホール)を探り当てていく作業が重要になるだろう。

 人物名は( )の中に原文にあった綴りを添えた。人名の強調は私からである。企業名は原則として英語の原文のまま記載した。また【 】内は私からの注釈である。

*****

裏切りの年表:ブッシュ家とナチスのコネクション

1833: イェール大学にスカル・アンド・ボーンズ結社が作られる

c0139575_434365.jpg


1897: Union Pacific Railroad(UPR)倒産

1898: Union Pacific Railroadエドワード・ヘンリー・ハリマン(Edward Henry Harriman)とその同僚の判事ロバート・スコット・ロヴェット(Robert Scott Lovett)に売られる。この取引はクーン・ローブ(Kuhn Loeb)の仲介業に取り仕切られたが、フェリックス・ワーバーグ (Felix Warburg)がそのパートナーだった。

1902: ポール(Paul)とフェリックス・ワーバーグ が合衆国に移住。

1904: ドイツ人アルフレッド・プレーツ(Alfred Ploetz)が、人種および社会生物学資料に出資。これはドイツ優生学つまり人種優越主義運動の主要な雑誌となる。エルンスト・ヘッケル (Ernst Haeckel)がドイツでの優生学を一般化する。

 ジョン・D・ロックフェラー (John D. Rockefeller)が"Occasional Letter No.1"を書き著し、「人間の本性を完成させるために」、人々を型にはめて国民の知性を最低の共通分母にまで低め、親の影響と伝統と習慣を破壊して、科学と実学を限定する計画の詳細を述べる。

 ロング・アイランドのコールド・スプリングズ・ハーバーに優生学研究所がチャールズ・B.ダヴェンポート(Charles B. Davenport)によって作られる。コールド・スプリングズ・ハーバーは同時にダレス兄弟所有の土地でもあった。ハリマン家とロックフェラー家 によってコールド・スプリングズ施設に1千百万ドルを超える資金が投入される。

1907: サミュエル・ブッシュ(Samuel Bush)がオハイオ州コロンバスにあるBuckeye Steel Castings会社の社長に選出される。その経歴を通して、サミュエル・ブッシュはウォール・ストリートの鉄道株に餌を撒き続けた。ブッシュはフーバー大統領の親密な補佐官となり、全国工業会(NAM)の初代会長となった。NAMはファシズムを支えた歴史を持ち、1950年代後期に、NAMのメンバーたちはロバート・ウエルチ (Robert Welch)に率いられてジョン・バーチ協会を形成した。

 インディアナ州が最初の優生学法を通過させる。

1909: ロックフェラー基金が創設された。ロックフェラー家 は優生学の運動を推進させたが、その中にはドイツのカイザー・ウイリアム研究所も含まれる。

1911: ジョン・フォスター・ダレス (John Foster Dulles)が法律事務所Sullivan and Cromwellに加わる。

1913: 連邦準備銀行(Federal Reserve Bank)の創設。ポール・ワーバーグが第1次世界大戦の間、総裁を務める。同時に、彼の兄弟マックス (Max)はドイツのシークレット・サービスの責任者であった。

1914: 戦争が間近に迫り、パーシー(Percy)・ロックフェラーは兵器会社Remington Armsを支配下に置き、CEOとしてサミュエル・F.プライアー (Samuel F. Pryor)を指名した。

1915: ダレス兄弟の伯父、ロバート・ランシング(Robert Lansing)が国務長官に指名された。ランシングは彼の甥を企業の仕事という名目でニカラグア、コスタリカ、パナマに派遣したが、実際には米国の戦争政策補助のためにラテン・アメリカを探る目的であった。コスタリカは激しい独裁者フェデリコ・ティノコ(Federico Tinoco)が支配していた。ダレスはワシントンにこの独裁者を支援するように忠告した。彼が反ドイツだったからである。ダレスはまたニカラグアの独裁者エミリアーノ・チャモロ(Emiliano Chamorro:大統領1917-20, 1926)をそそのかしてドイツとの外交関係停止を宣言させた。パナマでダレス は、パナマがドイツに宣戦布告を行う限りにおいて年間の運河通行料金に対する課税を放棄することができると提案した。

1917: プレスコット・ブッシュ(Prescott Bush)がスカル・アンド・ボーンズに加わる。彼の息子と孫であるジョージとジョージ・Wも同様にこのメンバーである。1930年代のBrown Brothers & Harriman【参照
1931年】には極めて数多くの会員がいた。

1918: ロバート・スコット・ロヴェットがユニオン・パシフィック鉄道の会長に。サミュエル・ブッシュは米国戦争産業委員会の施設部門に指名されるが、この委員会の議長はバーナード・バルック(Bernard Baruch)でありクラーレンス・ディロン (Clarence Dillon)がそれを補佐した。

1919: ジョージ・ハーバート・ウォーカー(George Herbert Walker)はW.A.ハリマン株式会社(W.A. Harriman & Co)を設立。ウォーカーがその会長でありCEOである。エドワード・ハリマンの息子アヴェレル(Averell)・ハリマンが議長。アヴェレルは後に駐ソ連米国大使(1943-1946)、そして米国商務長官(1946-1948)を務めることになる。 ダレス兄弟 は戦後の条約交渉に加わる。

1920: アヴェレル・ハリマンとジョージ・ウォーカーはGerman Hamburg-Amerika Lineの支配権を手に入れる。その交渉はGerman Hamburg-Amerikaの最高幹部であるウイリアム・クーノ(William Cuno)、およびその郵船会社の銀行 M.M. Warburgのマックス・ワーバーグによって設定された。社名はAmerican Ship & Commerce Corpと変更された。Remington Armsのサミュエル・F.プライアーがこの取引に加わっており、新たな会社の役員となった。クーノ は後にナチ党の創設で重要な貢献者となった。

1922: アヴェレル・ハリマンはW.A. Harrimanのベルリン支社を開いた。1942年の日付のあるAlien Property Custodianのオフィスでの幹部会に対する米国政府覚書は、1924年に先立つある時期にハリマンが欧州におりティッセン(Thyssen)と会合したことを示唆する。彼らはニューヨークにティッセンのための銀行を設立することに合意した。加えてこの覚書は、ティッセンの代理人、H. J. コウエンホウヴェン (Kouwenhoven)について述べている。彼はこの件に関連して1924年以前にユーヨークを訪れた。

 優生学的断種モデル法(The Model Eugenic Sterilization Law)がハリー・ラーフリン (Harry Laughlin)によって作られた。この法は2万人以上の米国の断種につながり、ナチスに採用されたニュルンベルグ法の基本となった。

1923: フリッツ・ティッセン (Fritz Thyssen)がナチ党に支援を始める。

1924: W.A. Harriman & Coは、オランダにあるティッセン所有の銀行Bank voor Handel en Scheepvart【船舶貿易銀行?】と共同経営するユニオン・バンキング会社(Union Banking Corp)の設立に40万ドルを投資。プレスコット・ブッシュはUnion Bankを運営するためにこの会社に入る。プレスコットはジョージ・ウォーカーの義理の息子でありサミュエル・ブッシュの息子である。Union Bankは今やティッセン のUnited Steelの資金を動かす立場に立った。

 ドーズ計画と共に、これはこの項目詳しく述べることにするが、ジョン・フォスター・ダレスはクルップ(Krupp)のために巨額のローンを組んだ。このローンのためにダレスは、ある土曜日にこのニュースの報道を弱めるために、国務次官であるレランド・ハリソン(Leland Harrison)を呼んだ。ハリソンは激怒した。米国の資金が外国に向かう前に海外向けのローンを国務省が審査すると回覧していたからであった。しかしダレスは、ハリソンがローンを止める権限を持っていないことを知っていた。ダレスは、ドイツの会社が軍用の機器を製造しているかどうかと調べる国務省の詮索を避けたかったのである。ダレスのSullivan and Cromwellが、あらゆる軍事用の機器を破壊したとのクルップ の言明を保証することを受け入れたのである。

 Standard Oil とGeneral Motorsの共同によってEthyl Corporationが作られた。

1925: この年までにI.G.Farbenが共和党政権の中に強力な同盟を作り出した。当時商務長官だったハーバート・フーバー(Herbert Hoover)は彼の化学工業諮問委員会に9名のメンバーを指名した。委員会の椅子に座った者には、ウォルター・ティーグル(Walter Teagle:Standard Oil of New Jersey)、ラモー・デュ・ポン(Lammot du Pont)、フランク・ブレアー(Frank Blair:Sterlingの会長)そしてヘンリー・ハワード (Henry Howard:Grasselli副会長)がいた。この4名が持っていたI.G.との強いつながりにも関わらず、その委員会の役割は米国の化学工業がI.G.に打ち勝たつのを支援することだった。

1926: プレスコット・ブッシュはW. A. Harriman & Coの副会長に抜擢される。投資銀行Dillon Readのクラーレンス・ディロンは、ティッセンおよびその仲間フレドリック・フリック(Fredrick Flick)と共にGerman Steel Trustを設立した。その趣旨によるとDillon Readは、2名のDillon Readの代表をGerman Steel Trustの役員に据えることと引き換えにトラストの関連銀行に投資することになっていた。アルバート・ヴェーグラー(Albert Voegler)がドイツ鉄鋼トラストの代表役員であった。このヴェーグラーはヒトラーを権力の座に着かせた企業家の一人であった。彼はまた、ティッセン所有のオランダの銀行とthe Hamburg-Amerika Lineの指揮にもあたっていた。Union Bankはフリックの企業Silesian Holding Coとは協力関係にはなかった。ウォーカー・ブッシュとハリマンはフリック の持ち株会社の3分の1を所有し、彼らの持分をConsolidated Silesian Steel Corpと呼んだ。

 米国I.G.が、米国でのI.G. Farbenの資産を支配する持ち株会社として作られた。重役メンバーにはエドセル・フォード(Edsel Ford)、チャールズ・ミッチェル(Charles Mitchell:ロックフェラーのニューヨークNational City Bank会長)、ウォルト・ティーグル(Standard Oil会長)、ポール・ワーバーグ(Federal Reserve会長であり、ナチ戦争準備への出資者で米国I.G.社長であるマックス・ワーバーグの兄弟)、ハーマン・メッツ(Herman Metz:マンハッタン銀行頭取でワーバーグ兄弟 に支配されている)などがいた。米国I.G.運営委員会の他の3名は裁判にかけられドイツ戦争の犯罪人として有罪となった。

 アレン・ダレス(Allen Dulles)がSullivan and Cromwellに入社。

1927: ジョン・フォスター・ダレス がGAF Company(米国I.G.)社長に(~1934)

1929: Standard OilとI.G. Farben がカルテルの交渉を開始

 ハリマンの銀行はStandard Oilと他の会社を結び付ける石油パイプライン供給元のDresser Industriesを買収。プレスコット・ブッシュがその社長であり資金供給の帝王となり、彼のイェールの同級生であるニール・マロン (Neil Mallon)を議長にする。

1930: ダレスはチェコの富豪ペチェック(Petschek)家に対して、そのSilesian Coalの利権をジョージ・マーネイン(George Mernane)に売却するように取り計らう。マーネインは単にペチェック家の利権を【この部分意味不明】ためだけに利用された。ダレスはそれからその株を、ナチの経済相である友人のシャハト(Schacht)に売った。売却後、ダレスはConsolidated Silesian Steel Companyの社長となった。その唯一の資産はUpper Silesian Coal and Steel Companyの利益の3分の1であった。その株の残りはフレデリック・フリック が支配した。

1931: W.A Harrimanは英国の銀行Brown Brothersと合併。サッチャー・ブラウン(Thatcher Brown)、プレスコット・ブッシュ、そして二人のハリマン兄弟は新しい会社Brown Brothers and Harrimanの重役となった。ロバート・スコット・ロヴェットの息子であるロバート・ロヴェット(Robert Lovett)とその親友であるプレスコット・ブッシュが新会社でパートナーとなった。ロヴェットは後に戦時空軍補佐官、1947-1949に国務省付補佐官、1950-1951に国防次官、そして1951-1953には国防長官となった。

プレスコット・ブッシュはニューヨーク・オフィスを経営し、一方でこの新会社のロンドン・オフィスはサッチャー・ブラウンによって運営された。プレスコット・ブッシュの親友でありイングランド銀行総裁であるモンタギュー・コレット・ノーマン(Montagu Collet Norman)はニューヨークを訪問する際にブッシュ家 の世話になっていたのだが、彼はBrown Brothersの共同経営者の一人でもあった。彼は同時に有名なナチのシンパであった。彼の祖父は南北戦争の際にBrown Brothersのボスだったのだが、Brown Brothersが南部の綿花の75%を英国に輸送した直接の責任者だった。

 プレスコット・ブッシュとジョージ・ウォーカー は、第3回優生学国際大会の主催者を務めた。このイベントの目的は1千4百万人の米国人の断種を呼びかけることだった。

 国際決済銀行が設立された。



関連

第三回国際優生学会議(1932) by ジョン・コールマン
http://satehate.exblog.jp/8785181/

by oninomae | 2014-03-11 20:01 | 魔術=詐欺とイルミナティ  

ウクライナ東部のドネツクで米国の傭兵と見られる一団が目撃されたが・・櫻井J +

ウクライナ東部のドネツクで米国の傭兵と見られる一団が目撃されたが、治安体制を破壊した必然 櫻井ジャーナル 2014.03.10
http://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201403100001/

 ウクライナ東部の工業都市、ドネツクで傭兵会社の隊員と見られる一団が目撃されている。すでにアカデミ(旧社名はブラックウォーター)系の傭兵がウクライナへ数百人の単位で入り、ドネツクを与えられた富豪(オリガルヒ)のセルゲイ・タルタは傭兵を従えてドネツクへ入ったと言われているので、不思議ではない。

 傭兵と見られる一団について、「西側」ではロシアの自作自演説も流されているが、具体的な証拠は示されていない。治安システムが崩壊状態のウクライナで反暫定政権の住民が多い地域に入るなら、傭兵を雇うのは自然なことだ。

 東部や南部の都市を暫定政権が押さえることは容易でない。現在、暫定政権で治安や軍を統括しているネオ・ナチはクーデターの際、警官隊(ベルクト)の隊員に石や火炎瓶を投げただけでなく、狙撃、拉致、拷問、そして殺害している。目を潰された状態で発見された隊員の死体もあり、多くの隊員がロシアに保護を求めている。暫定政権の内相はベルクトを解散させているが、その前に崩壊していたと言える。

 ウクライナの暫定政権は「EU幻想」に浸っている人びとに支えられているようだが、首都のキエフを制圧したにすぎず、元々ロシア領だった東部や南部では正当性を認めない人が少なくない。しかも、「西側」の「国境なき巨大資本」を後ろ盾にしたオリガルヒが資産の略奪を始め、治安や軍をネオ・ナチが支配している。これでは暫定政権から民心が離れても不思議ではない。

 何度も書いているように、キエフが火と血の海になった最大の原因はバルト諸国で軍事訓練を受けたネオ・ナチのメンバーにある。シリアやチェチェンから実戦経験のある人たちも入っていると言われていたが、ここにきてドイツ、ポーランド、トルコ、アメリカなどからクーデターに参加するため、ウクライナに来た人もいるという話が流れている。

 ウクライナ軍は昨年11月2日から9日にかけて実施されたNATOの軍事演習、「不動のジャズ」に参加しているわけで、暫定政権側についている可能性が高い。すでに東部や南部へ部隊が移動、暫定政権に反対する人びとやロシアを牽制しはじめているようだ。前にも書いたように、リビフの第80空挺連隊ジトミルの第95空挺旅団が出動する様子もインターネット上に流れている。

 アカデミは1997年にエリック・プリンスとアル・クラークがブラックウォーターとして創設した傭兵会社。創業者はふたりともアメリカ海軍の特殊部隊SEALの元隊員で、雇われている傭兵の多くも特殊部隊出身者である。最近はCIAからも入っているという。

 この会社が一般的に知られるようになったのは、おそらく2004年のことだろう。イラクのファルージャでブラックウォーターの隊員4名が殺されたのである。近くにいたアメリカ軍は救援に行かなかった。つまり、見捨てられた。

 当時、この出来事を日本のマスコミは「民間人」が殺されたと報道していたが、適切な表現だとは言えない。彼らは特殊部隊員の中でも選ばれた人たちなのである。この事件もあり、ファルージャは破壊され、住民は虐殺された。劣化ウラン弾の影響と見られる被害も報告されている

 事件の当時、ファルージャの住民はブラックウォーターがCIAの仕事をしていると主張していた。実は、2004年にCIAはブラックウォーターを雇っていたと後に報道されているので、住民の話は正しかったと言えるだろう。暗殺要員として雇われた可能性もあると考えられている。

 暗殺の契約をしていなかったとしても、イラクでは傭兵が住民を殺すケースが後を絶たず、決して平和的な集団ではない。その傭兵がネオ・ナチやイスラム教スンニ派の武装集団と結びつく状況は良くない。こうしたグループが住民と衝突するような事態になれば、流血は避けられないだろうが、そのときにロシア軍が黙っているとは言えない。

 ウクライナでの軍事的な緊張を受け、アメリカ軍はポーランドへ約300名の兵員や12機のF-16戦闘機を送り込み、黒海にはミサイル駆逐艦のトラクスタンを派遣したのだが、それに対してロシアは超音速の対艦巡航ミサイルP-800(オーニクス、またはヤーホント)をクリミアのセバストボリへ運び込んだという情報も流れている。

 軍事的な緊張は危険なほど高まっているが、それでもリチャード・チェイニー元副大統領などは、バラク・オバマ政権がロシア攻撃を考えていないことに不満を抱いている、つまり核戦争を望んでいるようだ。ネオコン(アメリカの親イスラエル派)など好戦派は狂っている。



おまけ

「プロポリス、がんに効く」 藤田名誉教授を書類送検 朝日新聞デジタル 3月10日(月)14時4分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140310-00000011-asahi-soci

 薬効をうたって健康食品「プロポリス」の販売を手助けしたとして、神奈川県警は10日、東京医科歯科大学の藤田紘一郎・名誉教授(74)=東京都杉並区=を薬事法違反(無許可医薬品販売)の幇助(ほうじょ)の疑いで書類送検し、発表した。

 県警によると、藤田名誉教授は2009年6月~13年10月、「副作用なくがん細胞が自滅」などとプロポリスの効能を書いた原稿を作り、健康食品販売会社のシャブロンに送付。同社が薬事法に違反してプロポリスを販売するのを手助けした疑いがある。09年から4年間で1千万円以上の顧問料を受け取っていたという。

 調べに藤田名誉教授は「効能は自分では裏付けていないが、他人の研究を読んで原稿を書いた」と話しているという。この事件ではシャブロン社長の荻野珠理容疑者(48)が同法違反容疑で逮捕されている。

 藤田名誉教授は、寄生虫学、感染免疫学の専門。カイチュウ先生として知られ、「笑うカイチュウ」「清潔はビョーキだ」などの著書がある。

++
医療マフィアが、例によって「神奈川県警」を使って攻撃中

逮捕すべきは、グラクソ・スミスクラインやメルク関係者じゃないのカネ?



医療の世界支配 2011年10月16日
http://blog.goo.ne.jp/akyoon/e/f28f7434b3e78e6fae6c37cdbdf78cb7

1969年にひとりの医学博士が 一九六九年アメリカ癌協会で演説し、次のように報告している。

「実のところ処置を何もしない[癌]患者の平均余命の方が、(ロックフェラーの承認する化学療法、外科及び放射線治療の)処置を受けた者より長かった」 と。


新世界権力体制下の医学的集団虐殺 by グラディ・A・デール 1 医療の政治的支配
http://satehate.exblog.jp/11459890/

医療マフィアによる大量虐殺
http://www.asyura2.com/sora/bd15/msg/649.html

・・・ロックフェラー製薬産業で製造されたロックフェラー薬剤やワクチンは、どんな病気に対しても「是とする」選択治療法であって、仮に医者がロックフェラー薬剤やワクチンを第一の選択として用いなかった場合は、その医師は免許証の範囲を外れた行為をしていることであり、ロックフェラーの医療標準を外れ、従ってロックフェラー医療の医師免許を失う危険を冒すことになる。買収された政府官僚や裁判官はこれらの原則を強制し、帰するところは政府が強制する医学的集団虐殺、ということになる。

ロックフェラーは、薬剤に関するすべての競争を排除することによって、医学的独占権を確立し、その支配力を強化して来た。ロックフェラーはこれを、その代理人、官僚、政治家、マスコミ、そしてアメリカ合衆国のすべての市町村にいる一般の公認の医者達を通じて、やって来た。

彼らは、すべての全体的治療を行なう医師や、カイロプラクター(脊柱指圧師)、それからキレーション(chelation )や紫外線、過酸化水素、オゾン、酸素療法などの自然治療に反対して、虚偽の報告や記事を偽造している。・・・



by oninomae | 2014-03-11 05:40 | 戦争詐欺・紛争  

イスラエル:暗黒の源流  ジャボチンスキーとユダヤ・ファシズム 6c

http://bcndoujimaru.web.fc2.com/archive/Vladimir_Jabotinsky2.html#5bu より その4

[ドイツこそイスラエルの母胎!]

 テオドル・ヘルツルは、シオニズムが『ユダヤ人問題の最終解決(final solution)』を世界に与える喜ばしいものである、と書き残している。そして米国ユダヤ人会議を率いるラビ・ジョアヒム・プリンツ(Joachim Prinz, 1902-88)は1934年の著書「我々ユダヤ人(Wir Juden)」の中で、ドイツでの国家社会主義革命は『ユダヤ人のためのユダヤ(Jewry)』を意味していると書き、次のように説明した。『今やどのような逃げ口上も我々を救うことはできない。同化の代りに我々は新たなコンセプトを熱望する。ユダヤ国家(nation)とユダヤ種族(race)の認識である。』『ユダヤ人の同化を助けてきた唯一の政治的形態(リベラリズム)は叩き落されたのだ。』

 シオニストにとっての最大の敵はさまざまな国で同化して生きるユダヤ人たちであった。 ここでプリンツの言う『ユダヤ(Jewry)』は非ユダヤ人にとっては極めて理解の困難な概念で、ユダヤ人内部にある特殊な権力構造であり、国家でも民族でもないが明らかに存在するものである。これについてはイズラエル・シャミールの文章「米国:あるユダヤ国家」IV章 をご参照いただきたい。(引用注:ここに抜粋大多数のユダヤ人たちにそっぽをむかれるシオニストにとって、ナチス・ドイツの誕生がこの最大の敵を撲滅し国家社会主義ユダヤを実現させる絶好のチャンス・・・このようなシオニストの本音が手に取るように解るプリンツの言葉であろう。

 レニ・ブレンナーは興味深い事柄を我々に教えてくれている。ジャボチンスキー系統のシオニストは裕福なユダヤ人だけを移民のために選び、一方で社会主義シオニスト主流派は若く健康なユダヤ人を好んだ。アイヒマンがこれらの選別と移送の実行を助け、見返りにナチスは大量の献金を受け取った。要するにナチとシオニストがやったことはユダヤ国家設立に必要な人材を選別して送り込むことであった

 ここに、イスラエル初代大統領となるハイム・ワイツマンの驚くべき言葉がある。これは1937年にロンドンで語ったものだ。

c0139575_2312486.jpg


 『欧州600万人のユダヤ人の希望は移住に集中されています。私は、「あなたは600万人のユダヤ人をパレスチナに送りたいのですか?」と質問されました。私は答えました。「いいえ」。・・・。私はその悲劇の奥底から[パレスチナに向かうべき]若い人々を救い出したいと思います・・・。年寄りたちは消え去るでしょう。彼らはそれがどのようなものであれ自分自身の運命を背負わねばなりません。彼らは塵です。残酷な世界の中では経済的にも精神的にも塵です。・・・。若い枝だけが生き延びると決まっているのです。彼らはそれを受け入れなければなりません。』

 『600万人』という摩訶不思議な数字が登場するのだがここでは詳しく触れない。いずれにせよ『悲劇』を通してユダヤ人国家が作られるという神話的解釈がワイツマンの言葉に貫かれている。彼の言う『塵』とは旧約聖書の記述に基づくものだがその「塵の処理」をヒトラーがやってくれることが期待されていたのである。

 しかしどうやら第2次世界大戦が始まるとドイツの中にはパレスチナ以外の場所にユダヤ人を移すことで民族浄化を果そうとする動きが出ていたらしい。これはゲシュタポとパレスチナのイスラム教指導者との合意に基づくものと言われる。1941年と42年にゲシュタポはヨーロッパのユダヤ人に、ドイツと占領フランスにあるすべての資産を放棄するならば1家族につき千ドルの代償金の支給を受けた上でスペインへの移動を許すという提案をした。ただし、スペインからパレスチナに向かわずに米国または英国領に行くことが条件である。

 当然のことながらスイスにあるシオニスト組織は次のような回答をした。『(a)ただパレスチナだけが被追放者の行き先として考えられる。(b)ヨーロッパのユダヤ人たちは他の国に行くくらいなら苦しみと死を受け入れなければならない。・・・。それはこの戦争が終わるときに勝利国が「ユダヤ人の国」に同意するようにである』。語るに落ちた。いわゆる「ホロコースト」が何であるのか、もう明らかだろう。

 パレスチナに向かわないユダヤ人および選別に漏れたユダヤ人に対する人間業とは思えない彼らの冷酷な仕打ちは徹底していた。テル・アヴィヴにあったユダヤ機関救出委員会の委員長イツァーク・グリーンバウムYitzhak Greenbaum, 1879-1970)は「パレスチナにいる1頭の牛はヨーロッパ中のユダヤ人よりも値打ちがある」とすら発言したのである

c0139575_2131377.jpg


 これに関して書き出せば限りが無い。あともう少しだけご紹介しよう。ドイツからユダヤ人難民を乗せて米国の港に向かった船のうちの5隻が米国シオニストの圧力によって入港を禁止されて欧州に追い返された。1940年の2月にユダヤ要求連合(the United Jewish Appeal)の副会長であるヘンリー・モントー(Henry Montor, 1905-82)は、ドナウ川で立ち往生していた船に乗っているユダヤ難民を救おうともせずこう言った。『パレスチナは・・・年寄りどもや望まれない者たちで満たされてはならない。』

 1935年から1943年までの間に250万人のユダヤ人がナチスの魔手から逃れたと言われているが、その大多数である75%がソ連に向かい、9%未満がパレスチナに向かっただけであった。しかしその9%はイスラエル建国のために選び抜かれた精鋭部隊だったのだ。次の事実がそれをよく物語っているだろう。

 ハンガリーのシオニスト機構副委員長であったルドルフ・カストナー[Rudolf Kastner, 1906-57]は1944年にアイヒマンと共謀してパレスチナに送り込むために1684名の(「600名」という説もある)『役に立つ』ユダヤ人を選別したのである。残りの46万人にのぼる(80万人と言う人もいる)「役に立たない」ハンガリーのユダヤ人たちにはナチスによるアウシュビッツへの連行が待ち構えていた・・・というのは当のシオニストが後になって主張していることだが、しかし真相は闇の中に放り出された。

c0139575_2149574.jpg

1957年3月、この件に関するイスラエルでの裁判の最中にカストナーが暗殺されたのである。

 このカストナーがニュルンベルク裁判の際に、この『選別』に協力したSSのクルト・ベッヒャー(Kurt Becher, 1909-95)中佐を戦争犯罪から救うために尽力したことは有名である。彼はまたポーランドでのSS高官の一人でありそこで数知れない多数のユダヤ人を殺したと言われている。その後ベッヒャーはケルン・ハンデル・ゲセルシャフト(the Cologne-Handel Gesellschaft)社を始めとするイスラエル政府との多額の取引を行ういくつかの企業の代表者となった。

 面白い後日談がある。カストナーのアイヒマンとの取引が表ざたになった際に、新聞ハアレツの中でモシェ・ケレン(Moshe Keren)が『カストナーはナチスとの協力の罪で裁判にかけられなければならない』と書いた。1955年7月14日のことである。すると夕刊紙イェディオット・アハロノット(Yediot Aharonot)紙は同年7月22日の紙面で、それが不可能なことを次のように説明したのである。『もしカストナーが裁判にかけられるなら、その裁判が明らかにすることによって、政府全体が国民の目の前で崩壊するかもしれない。』

 どうやらこの取引はシオニストとナチスの関係を全面開示する要素を含んでいたようである。彼が殺されるのは無理もない。もちろんだが、この件の交渉相手であると同時に当時のシオニストとナチとの関係に誰よりも通じており、さらにアウシュビッツを最もよく知っていたアイヒマンも、ほとんど何の発言も許されないままカストナーに遅れること5年でこの世から消されることとなった。 ただしカストナーは死後にイスラエル最高裁によって「この件に関しては無罪」とされたのだが。

 しかしいずれにせよナチス・ドイツのユダヤ人国家創設に果した役割は明らかである。ユダヤ人国家創設のためには国家社会主義ドイツがどうしても必要だったのだ。ドイツはシオニストに国家社会主義の社会と民族浄化・アパルトヘイトのあり方の手本を示し、人間を選別し訓練して送り込み、経済基盤を作りインフラを整えた。そして最後に、シオニスト最大の敵である同化ユダヤ人の駆逐と「役立たず」の処分を兼ねてだろうが、国家の誕生を保障する神話的な生贄の儀式である「ホロコースト」の舞台を作った。ユダヤ人国家創設のためにはそれがどうしても必要だったのだ。

 結論を言おう。 

 ナチス・ドイツこそ、イスラエル、つまり国家社会主義ユダヤの誕生を準備した母胎である。「シオニストとナチスがたまたま共通の利害を抱えていたためである」とか「あの状況でイスラエル建国を果すためにはナチスと交渉しそれを巧みに利用するしか無かった」などというもっともらしい言い訳は、このシオニスト国家とナチス・ドイツが、ちょうど雌型と雄型がそっくり同じであるような関係である事実によって打ち破られるであろう。まして一部の「反シオニスト」ユダヤ人が盛んに繰り返す道徳的非難など何の意味も無いばかりか事の本質を覆い隠す犯罪的な行為なのだ。

 いや、雌型と雄型というよりも砂型と鋳物の関係といった方がより正確かもしれない。鋳物の鋳鉄が固まった後にそれを包んでいた砂型が取り崩されるようにしてナチス・ドイツは取り崩された。しかしその主要な人材は大半がバチカンと米国諜報部の手によってアメリカ大陸に渡り、欧州に残った者達と共に米国の世界戦略にとって重要な働きを続けて今日に至っている。


 そしてドイツには、下級兵士と一般の民衆に対する「報復」としての大量虐殺と、苦痛と悲惨さと屈辱だけが残された。彼らこそ、非シオニストのユダヤ人、ロマ人(ジプシー)、ロシア人などと、そして何よりもパレスチナ・アラブ人と並ぶ、国家社会主義による最大の被害者なのだ

 ナチスは滅んだのではない。それは米国イスラエルに引き継がれた。 現在、ナチを育てた大資本(ブッシュ家を含む)によって運営される米国や英国がナチ(国家社会主義)の本性をむき出しにしつつあるのは当然である。事実によって次の事実が作られるのである。何一つ陰謀も不思議も皮肉も存在しないのだ。

  国家社会主義による世界革命は現在も進行中である。


【以上、参照資料】
http://www.barossa-region.org/Australia/October-2000-Januray-2005-Coming-to-you-soon-in-the-USA.html
http://www.ihr.org/jhr/v13/v13n4p29_Weber.html
http://abbc.net/islam/english/books/garaudy/zionmythgar2.htm
http://www.marxists.de/middleast/schoenman/ch06.htm
http://www.jewsagainstzionism.com/antisemitism/holocaust/gedalyaliebermann.cfm
http://www.jewsagainstzionism.com/news/Newsletters/pressrelease070904.htm
http://inri.client.jp/hexagon/floorA6F_hd/a6fhd300.html#01


関連

石油とホロコースト by Clifford Shack 1
http://satehate.exblog.jp/7937774/

石油とホロコースト by Clifford Shack 2
http://satehate.exblog.jp/7938143/

石油とホロコースト by Clifford Shack 3
http://satehate.exblog.jp/7939107/

石油とホロコースト by Clifford Shack 4
http://satehate.exblog.jp/7946332/

「9.11を予告しワシントン在住シオニストの王者ザヘイム[引用注:Dov Zakheim のこと]とは何者か?」/アラブの声 2005-03-16 21:58:49
http://blog.goo.ne.jp/harumi-s_2005/e/5ba5fd1c5c187ce8f24887282cdffae6

・・・父親...ラビのヤコブ・I・ザヘイムは1910年に生誕。父親はシオニストの暗殺者と爆破犯人の温床であるポーランドに生まれ育った。彼はイツァーク・シャミールと同じく、ポーランドの町ビアリストク出身である。一家はメナヘム・ベギンとモシェ・アレンズを友人と見なしていた。 ドヴの父親はベタールの積極的なメンバーだった。・・・

c0139575_3194126.jpg

c0139575_3223499.jpg



おまけ

c0139575_2311178.jpg


麻生太郎外務大臣は、平成19(2007)年8月13日(月曜日)から8月16日(木曜日)まで
、ヨルダン、イスラエル及びパレスチナ自治区を訪問した。

c0139575_231526.jpg


【311東日本大震災陰謀情報】2008(平成20)年に福島第1原発3号機の事故訓練をし、2008年に311被災地で津波訓練をし、2008年に福島原発に10メートル以上の津波が襲うことを試算し、2008年に東北で巨大地震が発生したりと、どう考えても2008年に人工地震(津波)・原発破壊計画が最終段階に入っていたと思う。 2013年06月20日
http://kinnikuking.blog81.fc2.com/blog-entry-1093.html

c0139575_2514550.jpg

++
隣にいるのは誰だろう? 阪神淡路大震災でも、ブループリントがあったしネ


**
うるさい!アンネの日記をプレゼントすると言ってるだろうが!


これもな!
http://www.rui.jp/docs/link/zukai140228.jpg
c0139575_3442433.jpg

c0139575_13544079.jpg

(「功績」が大きいんだネ)

2014/03/07 都知事選挙不正選挙訴訟
http://archive.mag2.com/0000154606/20140307090517000.html



「ナチスの手口に学べば」=麻生氏、改憲めぐり発言
http://satehate.exblog.jp/20570794/

世界支配に向かう、21世紀の、世界規模でのナチス(引用注:もちろん「ユダヤ」・全体主義)の動き 2013年08月05日
http://alternativereport1.seesaa.net/article/371144298.html

麻生副総理 CSISで 「水道を全て民営化します」と発言!
http://satehate.exblog.jp/19887311/

奴隷貿易商人の末裔=麻生太郎首相の系譜 by オルタ 他
http://satehate.exblog.jp/9879942/

福島原子力発電所・事故を、「推進」する、闇のネットワーク 2011年08月03日
http://alternativereport1.seesaa.net/article/218148384.html

黒人リンチ組織KKK=麻生太郎首相の人脈 2008年12月07日
http://alternativereport1.seesaa.net/article/110826973.html

関東地方住民の80%は3年後に死亡することになっている 2014年02月27日17:32
http://blog.livedoor.jp/sky7777777777/archives/52063252.html

悪魔主義銀行家の陰謀 by Henry Makow Ph.D.
http://satehate.exblog.jp/11701619

「魔術」はイルミナティの最も強力な武器である By Henry Makow Ph.D.
http://satehate.exblog.jp/17035395/

イルミナティ離脱者が広範な陰謀の詳細を語る by Henry Makow Ph.D.
http://beingtt.blog.fc2.com/blog-entry-5.html

ヨーロッパに基盤をおいて、それは「世界秩序」を計画している。 それはその初期の試みであるナチズムや共産主義をピクニックのように見えるようにするだろう。


by oninomae | 2014-03-09 20:28 | 魔術=詐欺とイルミナティ  

イスラエル:暗黒の源流  ジャボチンスキーとユダヤ・ファシズム 6b

http://bcndoujimaru.web.fc2.com/archive/Vladimir_Jabotinsky2.html#5bu より その3

[ヒトラーが「育てた」シオニズム]

(内容)
(1)パレスチナへのユダヤ人移民に対するナチの全面協力
(2)経済と産業に対するナチの全面協力
(3)ナチとシオニストの人間的関係
(4)ニュルンベルク法に対するシオニストの反応
(5)シオニストによるナチスとの軍事同盟提案

 先ほどのモーゼス・ヘス[Moses Hess]は「選ばれた種族」とそのための国家という概念を強く押し出し「ユダヤ種族の純粋性」を擁護した。その60年後、ヒトラーがそっくりそのままをマイン・カンプの中で主張することとなる。ただしユダヤ種族とゲルマン種族を取り替えてではあるが。

 イスラエルの高名な詩人であるハイム・ナフマン・ビアリク(Chaim Nachman Bialik, 1873-1934)は1934年に次のように書いた。『ヒトラーと同様にだが、私は血の思想の力を信じている』。もちろんゲルマンとユダヤでは血が異なるため味方同士とはなりえないにせよ、両者の『純血性』にこだわる発想は雌型と雄型のように同一のものであろう。先ほど述べたイスラエルの状態は単なる差別政策と言うよりも、ナチ同様に民族浄化、つまり「国家の純血化」に違いあるまい。

 シオニストとナチスとの間にあった相互の親近感と信頼関係については驚くほど多くの資料が残されている。ただそれを知らせる努力が為されていないだけだ。

(1)パレスチナへのユダヤ人移民に対するナチの全面協力

 1930年代を通してシオニスト団体はドイツ国内に40ものユダヤ人開拓者訓練キャンプのネットワークを作りパレスチナへの移住に備えさせたのだが、これはドイツ当局の全面協力を仰いだものだった。これが後のキブツの原形となったのだが、それらのキャンプには白地にブルーの六芒星の旗がひらめいていた。

 ヒトラー政権が誕生したのは1933年1月30日だったが、すぐさま世界ユダヤ人経済会議は「ドイツ商品ボイコット」という宣戦布告を行った。しかしその直後に世界シオニスト機構(WZO)はヒトラーへの反対運動を240対43の圧倒的大差で否決したのだ。 ヒトラー政権は同年8月にシオニストとハアヴァラ(Ha'avara)と呼ばれる移送協定を結んでユダヤ人のパレスチナ移住に対する全面協力を開始した。これによってシオニストはドイツ在住の「ユダヤ人の祖国」建設の意欲に溢れそのための訓練を受けたユダヤ人たちを大量にパレスチナに移住させることに成功した

c0139575_22584164.jpg

c0139575_2302562.jpg


 ここでパレスチナのユダヤ人人口の変遷を見てみよう。第1次大戦後の1922年では、委任統治を開始した英国の調査によると、パレスチナ人67万人、ベドウィン7万人に対してユダヤ人は6万人であった。そしてヒトラー政権の誕生以降に移民のラッシュが始まる。1933年に3万人、34年に4万2千人、35年には6万1千人の入植者が新たにやって来たのである。そして第2次世界大戦が開始する1939年にはパレスチナのユダヤ人人口は44万5千に膨らんだ。イスラエル建国の1948年のユダヤ人人口がほぼ65万人であるので、この時期の移民がいかに重要なものだったのか容易に察しがつく。

 次のような話がある。1935年の初期に一隻の客船がドイツの港からハイファに向けて出航した。その船尾にはヘブライ語で「テルアビブ」と書かれマストに鍵十字の旗がひらめいていた。船はシオニストの所有になるものだったが船長はナチス党員であった。これはその当時のナチスとシオニストの関係を象徴的に示すエピソードだろう。

 1930年代のパレスチナへのユダヤ移民を「ヒトラーによる弾圧を恐れたため」であるとする大嘘が世界中でいまだにまかり通っているのだが、実際にはヒトラーの全面協力の下で起こった人口増加なのだ。

 ドイツからパレスチナへの大規模な移住は1939年9月の第2次世界大戦勃発によって終わったが、ドイツ当局は1940~41年の間、間接的な形でユダヤ人の移住を促進し続けた。1942年の3月になってすらパレスチナ移住のためのユダヤ人訓練キャンプがドイツの中に存在していたのである。

(2)経済と産業に対するナチの全面協力

 移送協定の実行と共に、1933年8月から1939年末までにドイツからパレスチナに移送された資金は合計で1億4千万マルク(当時:4千万ドル超に相当)にのぼる。その中にはこの協定発効に伴ってドイツ帝国銀行から提供された3千4百万マルク(およそ1千4百万ドル)が含まれる。パレスチナにはユダヤ人のための主要産業を支える数多くの企業がドイツからの資本で作られインフラが整備されていった。これが後のイスラエル国家創設にとって必要不可欠な要素になったことは言うまでも無い。1930年代でヒトラーのドイツほどユダヤ人国家建設に貢献した国は存在しない。

 もっともドイツはドイツでシオニストを十分に利用したともいえるだろう。ユダヤ人に支援金として与えた金で農機具や建設機械、武器などの多くの工業製品を買わせ、行き詰った経済の建て直しの重要な契機としたのである。いずれにしてもヒトラー政権の間にパレスチナはドイツ製品で溢れることになる。しかしそのような活動のための資金をナチス・ドイツに与えたのは誰だろうか? これについては稿を改めたい。

  このヒトラーの政策に反対したドイツ人もいる。エルサレムのドイツ総領事だったハンス・デーレ(Hans Döhle)は、ドイツ製品がユダヤ機関の手によって独占的に取り扱われることがドイツのアラブ市場を失わせドイツの中東政策にとって大きな損失になることを懸念したのである。しかしヒトラーはハーヴァラ協定に固執し続けた。

(3)ナチとシオニストの人間的関係

 またヒトラー政権誕生の6ヵ月後、つまりハーヴァラ協定が取り決められる直前に、ドイツ・シオニスト同盟はある長文のメモをヒトラー政権に渡した。そこには次のように書かれてある。

 『我々は、ユダヤ人問題の処理に関する大胆な解決方法を通して、大部分の欧州の人々が実際に関わらなければならないだろう困難の克服に向けての決定的な一歩を踏むことができるのは、まさに新生ドイツであると確信いたしております。』 『多くの方法でドイツに対して現在行われておりますようなボイコットのプロパガンダは、基本的に非シオニストのものであります。なぜならシオニズムはボイコットを望んでおらず・・・』

 実はナチス党員の重要なポジションに複数のユダヤ人がいたのである。その最も有名な者はレオポルド・フォン・ミルデンシュタイン(Leopold von Mildenstein, 1902-68)男爵で、SSのユダヤ人局の長官を勤めていた。配下のユダヤ人のラインハート・ハイドリッヒ(Reinhardt Heydrich, 1904-42)はヒトラーに可愛がられた。ハイドリッヒはユダヤ人をシオニストと非シオニストに分類し前者をパレスチナに行く権利を持つ者だと主張したのである。なお、ミルデンシュタインの後任としてユダヤ人局の長官になったのがアドルフ・アイヒマンである。

 ミルデンシュタインは1933年のヒトラー政権誕生と同時に、ドイツ・シオニスト連盟の幹部クルト・トゥッヒュラー(Kurt Tuchler, 1894-1978)と共にパレスチナに招待されそこで6ヶ月を過ごした。パレスチナに招待されたSS幹部は彼ばかりではない。1937年にハガナーは彼の後任のアイヒマンをパレスチナにゲストとして招待した。ニュルンベルグ法が制定されて2年後のことである。

 SSだけではなく、シオニスト組織はゲシュタポとも良好な関係を保った。ドイツ・シオニスト連盟の責任者だったハンス・フリーデントハル(Hans Friedenthal)は第2次大戦後に次のように語った。

c0139575_22421937.jpg

『当時ゲシュタポは特にパレスチナへの移民を推進するためにあらゆることをやってくれました。我々が移民の準備に関して他の当局者からいろいろ言われたときによく彼らの助けを借りたものでした。』

(4)ニュルンベルク法に対するシオニストの反応

 1935年9月にニュルンベルク法が制定された数日後、シオニストのジューディッシェ・ルンドショー(Jüdische Rundschau)は次のように書いた。

 『ユダヤ人たちが少数派民族の刻印を押されたからには、ドイツ国家とユダヤ人との間の正常な関係を打ち立てることが再び可能となる。この新しい法律はドイツでの少数派であるユダヤ人に自身の文化的な生活、それ自身の民族としての生活を与えるものである。将来においてユダヤ人自身の学校、劇場、そしてスポーツ組織を作ることが可能となるだろう。つまり、それは我々自身の未来を、民族的な生活のあらゆる見地から、形作ることを可能にするものである。』

 またジャボチンスキー系列組織の指導者であったゲオルグ・カレスキ(Georg Kareski, 1878-1947)は1935年の暮にこう述べた。

c0139575_2243169.jpg

 『長年の間、私は、紛争無しに我々が共存する前提として、文化的な事柄について両民族の完全な分離を唱えてきた。・・・。このニュルンベルク法は・・・相互の尊敬に基づく分離した生活への熱望を完全に満たすものである。・・・したがって、ユダヤ人の見地から言って全面的に望ましいものなのだ。』

 そしてドイツの内務省ユダヤ問題専門家のバーンハルト・レーセナー(Bernhard Lösener, 1890-1952)は語る。

 『シオニストはニュルンベルク法で強調される精神に対する反対をほとんど示さなかった。なぜなら彼らは、この法がユダヤ人にとっても同様に唯一の正しい解決方法であることをすぐに気付くからである。』

 ニュルンベルク法ではユダヤ人がドイツの国旗を飾ることが禁止された。そしてその代わりに白地にブルーの線とダビデの星をあしらった旗を飾る権利を保証された。それがドイツ国内にあるシオニストの訓練キャンプと施設にひらめいていたのである

(5)シオニストによるナチスとの軍事同盟提案

 1941年1月、英国をユダヤ人国家建設の最大の障害物と見なすテロ集団レヒの代表者であったアヴラハム・スターン(Avraham Stern, 1907-42)は、その配下で後にイスラエル首相となるイツァーク・シャミールがリーダーを務める民族軍事機構(National Military Organization=NMO)とナチ第3帝国との間の公式な軍事協定締結を提唱したのだった。この提唱は戦後になってトルコのドイツ大使館でファイルの中から発見されアンカラ文書として知られるようになった。

 この軍事同盟は結局実現しなかったが、シャミールの集団によるイスラエル創設に障害となる勢力への攻撃はとどまらなかった。

c0139575_1103340.jpg

彼は2度英国に逮捕されたがすぐに脱獄し、大戦後に英国モイン卿やスウェーデンのベルナドッテ伯の殺害、デイル・ヤシン虐殺などを主導した。シャミールはメナヘム・ベギンやダグラス・ファイスの父親ダルック・ファイスと共に、ジャボチンスキー系列であるポーランド・ベタールに所属していたのだ。

【以上、参照資料】
http://www.jewsagainstzionism.com/antisemitism/nazisupport.cfm#_ftn3
http://www.marxists.de/middleast/schoenman/ch06.htm
http://www.rense.com/general34/ZAND.HTM
http://www.mail-archive.com/forum.zagraniczne@3w3.net/msg00545.html
http://groups.google.gp/group/aus.culture.true-blue/browse_thread/thread/a45f263a7b8e2401/29d4365f12991698?lnk=raot




by oninomae | 2014-03-09 20:25 | 魔術=詐欺とイルミナティ  

イスラエル:暗黒の源流  ジャボチンスキーとユダヤ・ファシズム 6a

http://bcndoujimaru.web.fc2.com/archive/Vladimir_Jabotinsky2.html#5bu より その2

第6部 イスラエルの母胎:ナチス・ドイツ  (2007年3月)

[国家社会主義とは?]

 Naziのドイツ語正式名称はNationalsozialistische Deutsche Arbeiterpartei、英語訳ではNational Socialist German Workers' Party、そしてこれが日本語になると「国家社会主義ドイツ労働者党」である。

 この名称の中にあるnationalというのは厄介な言葉である。ナチス以外にnationalを「国家の」と和訳している例はあるのだろうか。「国家主義」に対応する英単語はstatism(あるいはestatism)であり、本来なら「国家社会主義」はstate socialismの訳語のはずだ。実際にマルクスと同時代の社会主義者で同様にユダヤ系であるラッサールは国家の権力を用いて再分配の平等を目指す社会としてこのStaatssozialismusつまりState Socialismという言葉を用いている。これをマルクス主義者に言わせれば共産主義に至る過渡的な社会のあり方とでもなるのだろう。

 私は言語学者や社会学者ではないので厳密な定義は分からないのだが、nation, nationalというヨーロッパ言語は実際の使用の中で極めて幅広い現れ方をする。そしてその思想的な面であるnationalismは使用される場面や使用する主体などに応じて「民族主義」「国民主義」「国家主義」「国粋主義」などと振り分けて翻訳されるのだが、無理な和訳はやめて「ナショナリズム」をそのまま用いる場合もある。

 日本語で言う国家主義とは、国家というシステムとその権威を政治、社会、経済の単位として、そして道徳的な目標として、価値の最上位に置く思想と言うことができるだろう。確かにnationalismがそのような意味で使用されることがある。以後、「国家主義」の意味で使用される場合には「国家主義=nationalism」と表記する。

 多民族国家の内部には少数民族のnationalismがあり同時に支配民族にもnationalismがあるのだが、その様々に異なる文化的・社会的な要素を超越した強力な「国家主義=nationalism」で全体を束ねていく必要があるだろう。さらには旧ソ連やかつての中国など共産主義を掲げた多民族の国々でも、現実的な共同体の最も強力なあり方が国家である以上、そのinternationalismの主張とは裏腹に強力な「国家主義=nationalism」が貫かれざるを得ない。

 米国のような多種の民族(ethnic groups)が集っている上に多くの州(state)で構成される国ではfederalism(「連邦主義」と訳される)で全体をまとめるのだが、しかしいざとなったときに「God Save America」の一言でまとまってしまう姿を見ると、それはやはり「国家主義=nationalism」の面を強く持っているようだ。

 このnationalismでは、単に制度・権力構造としての国家(state)よりも、構成員のmoralityつまり道徳性やある種の神話めいた精神的一体感がより強調されるように思われる。だから日本やドイツのような単一民族国家に近い国では容易に神秘的な「血の思想」と一体化して「民族=国家主義」となるだろうし、それが極端に排外的になれば国粋主義と言われるものになるのではないか。

 現在の日本国家にはやはり「天皇教」が堅固に存在している。古代の天皇陵の発掘がなぜ未だにタブーであるのか、あるいは天皇家の結婚や出産がどうして巨大な反応を引き起こすのかを考えてみれば、この国家の根本に普段は意識されることの無い神話体系が存在していることが明らかだろう。当然だが中国には強力な中華思想が厳然として存在する。旧ソ連ではこの「国家主義=nationalism」が共産主義イデオロギーで支えられていたが、イデオロギーである以上それがある種の世俗化された神学としての一面を持っているに違いあるまい。

 米国の場合はどうか。英語でFederal Theology(あるいはCovenant Theology)という言葉がある。「契約神学」と訳されるが、これは「神の前での誓約共同体」をその信仰の基盤とするカルヴァン派の考えである。これがメイフラワーの誓約につながり米国の「連邦主義」の重要な基盤の一つとなったと言われる。つまり米国のfederalismは最初から神学的な様相を帯びていることになる。ユダヤ=キリスト教の神を前面に出せばfederalismは容易にnationalismと重なってしまうだろう。

 「民族主義」にせよ「国家主義」にせよこのnationalismという定義困難な用語の背後にはこういったある種の神学の世俗的な解釈という面が常に潜んでいるように思える。だからこそ時としてnationalismは狂信としての非常に危険な顔を表面化させることがありうるのだ。

 おそらく客観的な社会システムとしての国家(state)と、主観的な共同体としての面を強く持つもの(nation)との間にあるものは、実際には『紙一枚分の相違』ではないか。日本語の国家主義はやはりnationalismでありstatismの訳語は未だに存在しないようだ。したがってナチの「国家社会主義」という訳は当を得ているのだろう。

 ドイツにすでにstate socialismの用語が存在した以上、stateとnationの間にある『紙一枚分の相違』を取り外した上で、『世界に冠たるゲルマン民族』の神話(その裏にはオカルト主義が存在したようだが)を前面に押し出して「民族=国家主義」となったnationalismをsocialismと結び付けることは容易であろう。しかしこのnational socialism的なあり方がドイツだけにあてはまるものとは到底思えない。

【以上、参照資料】
http://en.wikipedia.org/wiki/State_socialism
http://www.pressiechurch.org/Theol_1/Covenant-john_owen_and_federal_theology.htm


[ユダヤ国家社会主義]

 スウェーデン籍のユダヤ人作家ラッセ・ウィルヘルムソンは『ユダヤ国家社会主義としてのシオニズム』という文章の中で、共産主義につながるべき社会主義社会の建設を標榜した者達が、statismと「民族=国家主義nationalism」との間にあった『紙一枚』を取り外して国家社会主義者の群れとなっていく姿を描いている。彼はその国家社会主義こそがシオニズムの本当の顔であると主張する。 (参考: National Association of Zionist International

 ウィルヘルムソンは、シオニズムの根幹にある精神の一つとして、1897年の第1回シオニスト会議で行ったテオドル・ヘルツルの演説の要旨を次のようにまとめる。

 反ユダヤ主義はユダヤ人が他と同化することによって除去できるものではない。
 ユダヤ人は自分自身の国家を持つ権利を有する種族である。
 パレスチナ(すなわちシオン)がユダヤ国家のあるべき場所である。
 その目標は社会主義的理想郷、一つのモデル国家なのだ。

 ここで私が「国家」と訳した単語はstateであり、「ユダヤ国家」はJewish State、「社会主義的理想郷」はa socialist Utopiaなのだが、果たして『紙一枚』は残されているのだろうか。「種族」と訳したのはraceであり、これは「民族」と訳されることが多いようだが血の流れを共有する集団という面が強い。「民族」はethnic groupと対応するのだがこちらはむしろ文化的な共有性という面が意識されるだろう。(以後も「種族」と書いてあればこのraceの意味とお考えいただきたい。)

 次にウィルヘルムソンは19世紀の半ばにカール・マルクスと共に共産主義運動を推進したモーゼス・ヘス(Moses Hess, 1812-75)について言及する。

c0139575_2334815.jpg

 モーゼス・ヘスはドイツの社会主義者でありカール・マルクスの親友だった。彼は「共産党宣言」の中にある宗教批判―大衆にとっての阿片―をまとめることに貢献した。ここで我々は、伝統的なユダヤ教が《神から遣わされたメシアを待たずに人間の意志でパレスチナの地に戻ること》を固く禁じている点に注目しなければならない。現在でもこの伝統的な宗教者の立場からシオニズムに反対するユダヤ人達が少なからずいるのだ。彼が「共産党宣言」に盛り込ませた宗教に関するメッセージがユダヤ教徒にとってどのような意味を持っていたのか明らかであろう。

 その後に彼がマルクスと仲たがいをしてユダヤ民族主義者に転身したとき、マルクスはその排他主義を忌み嫌った。当時「共産主義ラビ」と呼ばれ現在では最も初期のシオニストとして認識されているヘスは、1862年にシオニズムの大著である「ローマとエルサレム」を書き著した。そしてこれがヘルツルに決定的な影響を及ぼしたのである。ヘスはユダヤ国家(the Jewish Nation)を次のような要素を持つものと表現した。

 ユダヤ種族-優越的であり選ばれたものである。
 パレスチナ-ユダヤ人民の故国である。
 ユダヤの宗教-ユダヤの国民性を最も保証するものである。

 ここで「国民性」はnationalityである。この当時のヨーロッパで盛んに強調された血の思想がヘスの考えを貫いていた。同時に彼はその選民主義とパレスチナへの執着を支えるものとして宗教を取り上げている。ヘスが「阿片」と罵ったのは《神の許しがあるまではパレスチナに戻ってはならない》という教えのみであり、それ以外の部分は世俗化された形で現在のイスラエル国家とシオニズムに貫かれている。パレスチナは、イスラエル国民と指導者達の大多数が信じてもいない『神』によって「約束された」地であり、ユダヤ人は「反ユダヤ主義」のレッテルによって非ユダヤ人を社会的に抹殺できるほどに神聖不可侵な『選ばれた種族』なのだ。

 続いてベル・ボロチョフ(Ber Borochov, 1881-1917)だが、彼は第1回シオニスト会議の後に強力にシオニスト計画を推し進め、マルクス主義シオニスト政党である「シオン労働者(Poalei Zion)」党を創設した。

c0139575_23394546.jpg

これは1901年にブンドがシオニズムを拒否した後にロシアの各都市に広がったサークルである。彼らはロシア革命を熱心に支持したのだが、その党員の中に「イスラエル建国の祖」ダヴィッド・ベン-グリオン[David Ben-Gurion, 1886-1973]がいた

c0139575_23481984.jpg

ベン-グリオンはボルシェビキを自認し全ての国での労働者階級による独裁を叫んだが、パレスチナだけは別だった。そこはシオニズム独裁でなければならず、ユダヤの国家的な利益が階級の利益に優先すべきものであった。もはやstate socialism とnational socialismを隔てていた『紙一枚』は完全に消えている。

 シオン労働者党が分裂した後にベン-グリオンは社会民主党の指導者としてシオニズムの中心的存在となりパレスチナの植民地化を推進していく。ユダヤ国家建設にとって最大の要件はいずれパレスチナの現地人を追放するであろう軍の存在である。後のイスラエル国防軍につながるハガナーは1920年に創設された。

 ここでウィルヘルムソンは我がゼエヴ・ジャボチンスキーを登場させる。

c0139575_23503429.jpg

もちろん彼は社会主義者ではない。ウクライナの中で反ボルシェビキ活動を行うために、かつて大規模なポグロムを指揮したシモン・ペティルラと手を組もうとしたほどの人物である。彼は1922年にシオニズム運動の大黒柱とも言うべき『鉄の壁(The Iron Wall) 』を書き、翌年にハイム・ワイツマンを筆頭とするシオニスト主流派と袂を別ってrevisionist運動を起こしベタールを創設した。

c0139575_1382016.jpg

また彼はハガナー創設に最も力を尽した一人でもある。

 しかしこのrevisionistという用語は極めて興味深いものの一つである。日本語では一般的に「修正主義者、修正主義の」と翻訳されるが、元々はレーニンやスターリンが党内の反対派を封じ込めるために使用した言葉の英訳である。共産主義の内部では革命の徹底化に反対する勢力というほどの意味だろうが、要は左翼の国家社会主義者たちが反対者を悪魔化するために使用する呪文か護符以上のものではあるまい。もちろんジャボチンスキーの後輩達が自らをrevisionistと名乗ることはない。

 また当然のごとくだが、このrevisionistという用語はもっと一般的に、ニュルンベルク・トーキョー裁判判決によって正当化される歴史観(=ニュルンベルグ‐トーキョー史観 )に疑問を呈する研究者達、とりわけホロコーストに対する懐疑論者を悪魔化するためのレッテルとしても使用される。他人にこのような呪文を唱えお札を貼り付ける者達は始めから自分の正体を暴露しているのだ。

 それはともかく、ウィルヘルムソンはジャボチンスキーがその『鉄の壁』の中で述べた次の言葉に注目する。

 『我々は、シオニズムが道徳であり正義であると主張する。そしてそれが道徳であり正義であるがゆえに、正義は果されなければならないのだ。・・・。それ以外の道徳性など存在しない。』

 シオニズムはすなわち道徳であり正義である。前回までに述べたようにジャボチンスキーはファシズムに傾倒した。ファシズムは「民族=国家主義」を個々の国家構成員の道徳性と正義、内部から個人を突き動かす本能と言って良いものにまで深化させる。これが国家社会主義の中枢に座れば、もうそれは立派なナチズムであろう。表面上の反目はともかく、あの社会主義者達(ベン-グリオン、メイア、シャレットなど)とジャボチンスキー系統のファシスト達(ベギン、シャミール、シャロンなど)がガッチリと手を組んでいたことに疑いの余地は無い。この二つが共同して始めて「仏」に「魂」が入ったのである。シオニストは押しも押されもせぬ「国家社会主義ユダヤ党」、つまり「ナチス・ユダヤ」以外の何ものでもあるまい 。

【以上、参照資料】
http://www.israelshamir.net/Contributors/wilhelmson.htm
http://en.wikipedia.org/wiki/Poalei_Zion



[ナチス・ドイツと酷似するイスラエル]

 イスラエルのあり方を見れば見るほどナチス時代のドイツにそっくりであることに驚かされる。ドイツ人をイスラエル人に、ユダヤ人をパレスチナ人(イスラム教徒)に置き換えてみるとよい。例えば、イスラエル国内で次のような政策がとられる。

-非イスラエル人がイスラエル国籍の非ユダヤ人と結婚した場合、市民権を得ることはおろかイスラエルへの入国すら禁止される。(ユダヤ系イスラエル人との結婚であればイスラエルの市民権を得ることができる。)
-治安問題容疑の非イスラエル人(要はパレスチナ人)に対しては判事による取り調べなしで警察が96時間拘束することができる(イスラエル人なら48時間まで)。非イスラエル人を1回につき20日間拘束を延長できる(イスラエル人は最大15日)。非イスラエル人に対しては50日間弁護士との面会を拒否できる(イスラエル人は最大21日間)。
-非愛国的なイスラエル人(敵対国を訪問した、テロ行為を補助した、等とされる者:具体的にはアラブ系)から国籍を剥奪する。
-ネゲヴ砂漠に住むベドウィンの村に水を与えないこと、およびその強制移住は合法的である。

 以上はごく近年に人権団体から問題とされた事例のほんの一部だが、本気で書き出せばそれだけで何冊もの本ができるだろう。イスラエルは人種差別撤廃条約の適用を拒否しているのだ。イスラエル国内で人口の20%を占めるアラブ系住民は2%の土地に押し込められ、民法上・刑法上・教育上の様々な差別が合法とされる。国政世論への言い訳程度に彼らの選挙権と被選挙権を認めているが、イスラエルが「ユダヤ人の国家」である以上、ユダヤ人を最優先し、非ユダヤ人、特にアラブ人の人口増加と権利拡大を押さえ込むことがこの国にとっての絶対的命題である。

 さらに、東エルサレムを含む西岸地区の不法占領地ではパレスチナ人に対するユダヤ人の日常的な暴力(殴打、投石、糞尿による虐待、家への侵入と破壊、農地の破壊、など)と水資源の強奪、移動の制限と生活・教育・文化破壊が延々と続く。エルサレムの民族浄化は露骨に進められている。ガザ地区への気まぐれな攻撃と侮辱、殺人、破壊は日常化されており、占領地ではグアンタナモと同様の状態で延べ十数万人が長期間(最長の者で25年間)正式な裁判を受けることも無く拘留され虐待と拷問を受け続け、家族の面会も妨害されほとんど飢餓状態に置かれている。

 イスラエルは現代の世界の中で、ある種族だけが優先的な権利を授けられる政策を固守する唯一の国である。

 ほんの十数年前まで南アフリカが同様であった。米国でも40年程前まで悪名高いジム・クロウ法によるアパルトヘイトがあったし、ドーズ法以来アメリカ先住民に対する法的・制度的差別が続いた。しかしこれに関しては日本人も偉そうには言えない。アイヌ人に対する明らかな差別法である「北海道旧土人保護法」が撤廃されたのは実に1997年のことなのだ。

 一方で悪の代名詞のように晒し者にされ続けているのは、それら「イスラエルの友人達」ではなく、ドイツで1935年からわずか10年間ほど続いただけのニュルンベルク法なのだ。確かにこの法はかつての南アフリカに迫るくらいの状態を作り出しただろう(南アフリカで「劣等種族」とされた黒人の方が多数派だった違いはあるが)。しかしこのヒトラーの政策とシオニスト国家の政策との類似性は覆い隠すべくもあるまい。より悪いことに、イスラエルのアパルトヘイト政策と「水晶の夜」は現在もなお60年間にわたって続いているのである。

 しかしながら事の本質は、イスラエルのあり方が国家社会主義であること、つまりナチス・ドイツ国家と雌型-雄型の関係にある同じ構造を持つ基本精神が引き継がれた国である点だろう。どのようにそれが引き継がれたのだろうか。その答はやはりナチス時代のドイツの中に求めなければなるまい。

【以上、参照資料】
http://commentisfree.guardian.co.uk/daphna_baram/2006/05/apartheid_thats_what_it_is_cal.html
http://electronicintifada.net/cgi-bin/artman/exec/view.cgi/11/4258
http://hrw.org/english/docs/2006/03/15/israb13002.htm
http://www.imemc.org/article/46504
http://electronicintifada.net/v2/article5788.shtml
http://www.asyura2.com/07/war90/msg/151.html
http://0000000000.net/p-navi/info/news/200609280309.htm
http://0000000000.net/p-navi/info/news/200602100231.htm


関連

GERMANY 1940 ISRAEL 2009 -- ゲームの駒たち
http://glassbead.blog.shinobi.jp/%E6%9C%AA%E9%81%B8%E6%8A%9E/germany%201940%20israel%202009%E3%80%80%EF%BC%8D

容量の関係で引っ越したら、画像消えちゃいました。ぜんぜん「忍び」になっていない。

GERMANY 1940 ISRAEL 2009
http://whatreallyhappened.com/IMAGES/GazaHolo/index.html


by oninomae | 2014-03-09 20:20 | 魔術=詐欺とイルミナティ  

オバマ大統領、自決反対を表明 Paul Craig Roberts

http://eigokiji.cocolog-nifty.com/blog/2014/03/post-c3ac.html 2014年3月 9日 (日) より

オバマ大統領、自決反対を表明 Paul Craig Roberts 2014年3月7日

またもやホワイト・ハウスの阿呆は、誤って、愚かにも、クリミアが自決権を行使するのは“国際法違反”だと宣言した。アメリカ政府が使う「自決」というのはアメリカ帝国の役に立つプロパガンダ用語ではあって、現実の人々が実際に行使することは許されないのだ。 3月6日、オバマはプーチンに電話をかけ、またもやロシア大統領に、アメリカ政府のみに、ウクライナに干渉する権利があると語り、アメリカ政府が組織したクーデターで据えられたキエフ“政府”のみが“正当”で“民主的”だという言辞を繰り返した。

言い換えれば、クリミアの人々に後押しされている、選挙で選ばれたクリミアの政府が、住民に自分達の将来を投票でさせようとするのは“非民主的”で“違法”だが、アメリカ政府が押しつけた選挙で選ばれたわけではないキエフの政権は自決の正当な声なのだ。

アメリカ政府は実に傲慢な為に、思い上がりに冒された馬鹿者どもは、アメリカ政府のあからさまな偽善を世界がどう思っているかなど考えつかないのだ。

クリントン政権以来、アメリカ政府は国際法違反以外、何もしていない。セルビア、コソボ、アフガニスタン、イラク、リビア、シリア、イラン、パキスタン、イエメン、ソマリア、ホンジュラス、ベネズエラ、エクアドル、ボリビア。

ロシアにアフリカ軍があるだろうか? ない。だが、アメリカ政府は持っている。

ロシアはアメリカを軍事基地で包囲しているだろうか? していないが、アメリカ政府は、本来の目的が23年前に消滅した組織NATOを利用して、ロシア国境に前進基地を置いて、西、東、南ヨーロッパを帝国軍に組織しようとしている。アメリカ政府は、中央アジアのグルジアや、黒海のウクライナにまで、北大西洋条約機構の境界を押し広げると固く決めている。グルジアもウクライナも、元々ロシアやソ連の一部だった。

アメリカ政府は同じことを中国とイランにもしている。アメリカ政府は、石油や他の資源の中国への流れを阻止する為の新たな空軍・海軍基地を、フィリピン、韓国、ベトナム、タイ、オーストラリアに建設しようと取り組んでいる。イランは約40の米軍基地に包囲され、沖にはアメリカ艦隊が待機している。

アメリカ政府のプロパガンダでは、この集団軍国主義は“民主主義の擁護”であるかのように表現されている。

ロシア政府は、ロシアの独立と戦略上の権益に対するアメリカ政府の猛攻も、良識と善意で和らげられるかのように振る舞い続けている。だがアメリカ政府には良識も善意もないのだ。

c0139575_19573793.jpg


クリントン政権以来、アメリカ政府は、アメリカは世界覇権の権利を持った“例外的な、不可欠な国”だと固く信じるイデオローグ集団に占拠されている。アメリカ政府が21世紀に行ってきたあらゆることは、この目標を狙ったものだ。

アメリカ政府は、ロシア連邦そのものを分裂させようとしている。アメリカ政府の第五列として機能し、アメリカ政府と協力して、ロシアの自由選挙の信用を落とし、プーチンとロシア政府を悪魔化し、反ロシア宣伝と扇動を広げさせる為、アメリカ政府は莫大な金額の資金を、ロシア国内のNGOに注ぎ込んできた。驚くほど膨大な数のロシア人達が実際にこの欧米プロパガンダを信じている

アメリカ政府は、中国をも環太平洋戦略的経済連携協定TPPで孤立化させようとしているが、現時点では主にロシアの不安定化と孤立化に集中している。ブラジル、ロシア、インド、中国と南アフリカの新たな組織BRICSを崩壊させようと、アメリカ政府は躍起になっている。最大の国々と世界人口の半分を持つBRICSという組織が、政治的・経済的勢力として台頭しつつあるが、特にこの組織には、準備通貨としてアメリカ・ドル使用を止めるという計画がある。ロシアをロシア国境のアメリカ・ミサイル基地で包囲し、ロシアの主権と独立を損ない、かくしてアメリカ政府への対抗力としてのBRICSを弱体化するのだ。

アメリカ政府のプロパガンダにだまされてきた。世界はゆっくりと目覚めつつあるが、間に合うのだろうか?

アメリカ・マスコミと大半のヨーロッパ・マスコミは声をそろえて、アメリカ政府のプロパガンダをおうむ返しし、アメリカ政府の標的を悪魔化し、無頓着な欧米諸国民を更なる戦争へと仕向けている。
欧米マスコミは欧米諸政権同様に品位が欠けている。嘘つきと売女連中が支配しているのだ。

c0139575_19262697.jpg


Paul Craig Robertsは、元経済政策担当の財務次官補で、ウオール・ストリート・ジャーナルの元共同編集者。ビジネス・ウィーク、スクリプス・ハワード・ニュー ズ・サービスと、クリエーターズ・シンジケートの元コラムニスト。彼は多数の大学で教えていた。彼のインターネット・コラムは世界中の支持者が読んでいる。彼の新刊、The Failure of Laissez Faire Capitalism and Economic Dissolution of the Westが購入可能。

記事原文

Obama Comes Out Against Self-Determination — Paul Craig Roberts
http://www.paulcraigroberts.org/2014/03/07/obama-comes-self-determination-paul-craig-roberts/



c0139575_2002339.jpg

++
最初から、こういう予定で、無茶苦茶やっている という気がする


by oninomae | 2014-03-09 19:15 | 戦争詐欺・紛争  

イスラエル:暗黒の源流  ジャボチンスキーとユダヤ・ファシズム 5

http://bcndoujimaru.web.fc2.com/archive/Vladimir_Jabotinsky2.html#5bu より

第5部 シオニスト・テロリズムの国際主義  (2006年12月)

[テロのパイオニア、シオニスト《テロ・リスト》]

 英国の反シオニスト・ネット雑誌Redress Information & Analysisはシリア生まれのレバノン人であるサム・カッバニによる興味深い文章を掲載している。『テロリズムの開拓者:イスラエル建国の父たちに関する事実』と題されたこの記事は、20世紀初頭から現在までに世界中で数多く記録されるシオニスト・テロの中から、その初期の代表例を分かりやすく、言ってみれば《テロ・リスト》としてまとめている。これはそのまま翻訳してみよう。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
テロリズムの開拓者:イスラエル建国の父たちに関する事実 サム・カッバニ著

 以下は、シオニズムと現代のテロリズムとの関係に関するほとんど語られることの無い事実の一部である。

1. 最初の飛行機乗っ取りは1954年にイスラエルによってシリアの民間航空機に対して行われた。【訳注:12月12日のことである】

2. カフェーでの手榴弾:1937年3月17日にイェルサレムで、シオニストによってパレスチナ人に対して最初に行われた。【訳注:イルグンによる】

3. 混雑した商店街での電気仕掛けの時限爆弾:1938年7月6日にハイファで、シオニストによってパレスチナ人に対して最初に使用された。【訳注:イルグンによる】

4. 民間人の旅客が乗っている船に対する爆破:1940年11月25日にハイファで、シオニストによって最初に実行された。シオニスト達はパレスチナへのユダヤ移民を渋る英国の政策に抗議するために彼らと同じ民族を爆殺することすら厭わなかった。パトリアと呼ばれるこの船は1700名のユダヤ移民を運んでいたのだ。【訳注:ハガナーによる】

5. 政府高官の暗殺:カイロでシオニストによって英国に対して最初に行われた。1944年11月6日にスターン・ギャングによってモイン卿が暗殺されたときのことである。イツァーク・シャミールは以前はイルグンのメンバー、その後スターン・ギャングの指導者、そしてイスラエルの首相になったのだが、彼がこの計画の背後にいたのだ。

6. 圧力をかける手段としての人質の使用:1946年6月18日にテルアビブで、シオニストによって英国に対して最初に使用された。

7. 政府高官たちを民間人の従業員や訪問客と共に爆殺;1946年7月22日にイェルサレムで、シオニストによって英国に対して最初に実行された。キング・デイヴィッド・ホテルで91名の英国人が死亡し46名が負傷したのだ。メナヘム・ベギンはこの攻撃を計画して実行し、後にイスラエルの首相となった。彼は、この大量殺人がハガナーのシオニスト・ギャングの協力と教示のもとに実行されたことを認めたのだ。

8. スーツケースに仕掛けられた爆弾:1946年10月13日【訳注:これは31日の誤り】にローマで、シオニストによって英国大使館に対して最初に使用された。

9. 一般市街地での自動車に仕掛けられた爆弾の使用:1946年12月5日にサラファンド(ジャッファの東)で、シオニストによって英国に対して最初に使用された。

10. 人質に対する暴行:1946年12月29日にテルアビブとネタニヤとリションで、シオニストによって英国に対して最初に行われた。

11. 政治家に送られた手紙爆弾:1947年6月4日と6日の間にイタリアからロンドンに向けて20通の手紙爆弾が郵送された際に、シオニストによって英国に対して最初に使用された。【訳注:ベギン(イルグン)とシャミール(レヒ)によって計画された】

12. 政府の行動に対する報復としての人質の殺害:1947年7月29日にネタニヤ地区で、シオニストによって英国に対して最初に使用された。

13. 小包爆弾:1947年9月3日にロンドンで、シオニストによって英国に対して最初に使用された。

14. 1953年10月14日水曜日に、イェルサレムの北西にあるキビアでの大殺戮が、アリエル・シャロンの命令の下で第101師団によって実行された。この襲撃は、悪名高いデイル・ヤシンの大虐殺以来の、シオニストによる最も残虐で最も野蛮な犯罪である。42の家屋が学校やモスクと共にその住民もろともダイナマイトで爆破された。72名の女性、男性、子供が殺されたのだ。
(以上、引用・翻訳終り)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 上のリストはユダヤ人が行ったテロ行為のごく一部に過ぎない。当然だが、名うてのテロ集団であるハガナー、イルグン(Itzl、Etzelなどとも書かれる)、スターン・ギャング(レヒLehiとも言われる)と共に、ベギンやシャミールといったウラジミール・ジャボチンスキーの弟子どもの名が見られる。そしてこれらの集団が合流して現在のイスラエル国防軍を形作るのだが、その最も凶悪な司令官がやはりジャボチンスキー直系のシャロンであった。この国防軍が2006年夏に、これもジャボチンスキー直系のエフッド・オルメルトの下で、ガザ地区とレバノンで働いた住民大量虐殺は記憶に新しい。

 こういった歴史的な事実によって、シオニスト・イスラエルの本性と同時に、今日「イスラム・テロ」として紹介される手法の多くがシオニスト起源 であることもまた、白日の下に曝されることになる

c0139575_0135585.jpg


 なお、1948年4月9日に起こった有名な「デイル・ヤシン村大虐殺」とそれに続くパレスチナ人への蛮行・殺害・破壊では、ベギン率いるイルグンやシャミール配下のレヒといった実行部隊をハガナーが全面バックアップしていたことがよく知られている。さらにキング・デイヴィッド・ホテル爆破事件にしても、前回申し上げたように このテロがソ連の協力で行われたのなら、スターリニスト=ハガナーとファシスト=イルグンの協力も当然と言えよう。

 一般的には、ハガナー系統の勢力は「労働左派」、イルグンやレヒ系統の勢力は「修正主義右派」として知られているが、要するにこの右派は、当面の主人公となるべき左派が表立ってやりにくいことを引き受けて実行していただけの話なのだ。下っ端同士で殺し合いまで演じた「左右の対立」など茶番に過ぎない。

 それにしても「英国とは何と弱い国か」と慨嘆する人も多いだろう。これほどのシオニスト・テロで多くの人材を失って、なおかつ黙って引っ込むしか能が無いように見える。ベギンに至っては後にノーベル《平和》賞まで受け取っているのだが、抗議の声一つ上げるでもない。MI5もMI6もシオニスト・テロリストのやりたい放題にさせているように見える。

 しかし実際には決して彼らが無能だったわけではあるまい。英国としてはこれらのテロのおかげで、「委任統治を諦めてイスラエル建国を認める」口実を作り、ついでに反シオニスト勢力を弱体化させ沈黙させることができた、ということだ。シェイクスピアを産んだこの国の名演技には年季が入っているのである。

 この英国とシオニスト・イスラエルの関係はその後数十年間に全く変化を見せた様子が無い。現在、でっち上げとしか思えない「イスラム・テロ」をネタに「断固たる姿勢」を見せてそのファシズム願望を実現させようとする英国の真実の姿もまた、このサム・カッバニによる《テロ・リスト》によって逆に浮き彫りにされるであろう。

c0139575_127981.jpg


【以上、参照資料】
http://www.redress.btinternet.co.uk/skabbani.htm


[シオニスト・テロを支えた米国のならず者ども]

 しかし、このシオニスト・テロリストがどのような物質的基盤の上にその活動を展開できたのであろうか。軍事顧問と謀略家の派遣、そして資金や武器の一部はスターリン政権が受け持ったとしても、それだけでは決定的に不足だろう。ナチス・ドイツに国内奥深く侵攻されつつあったときはもちろん、対ナチ戦勝利の後もソ連にイスラエル建国を全面支援する余裕があったとは到底思えない。

 もちろんよく知られていることだが、米国在住の富裕なユダヤ人士による寄付は莫大なものだった。しかしそれだけではない。いまだ精々が「武装勢力」としての扱いしかされていなかったハガナーやイルグンなどに米国が国家として武器を供与することは難しい。しかし武器はザルの目をくぐる水のように米国からテルアビブに流れ込んでいた。

 ここでもう一つの文献をご紹介したい。ロバート・I.フリードマン(Robert I. Friedman)著『偽預言者:ラビ・メイア・カハネ;FBIの情報屋からイスラエル国会議員まで(The False Prophet: Rabbi Meir Kahane;From FBI Informant To Knesset Member)』である。

c0139575_0214919.jpg

このメイア・カハネは米国でテロ集団ユダヤ防衛同盟(JDL)を創設し後にイスラエルに渡ってクネセット(イスラエル国会)議員になった人物だが、イスラエルでもいくつかの凶悪なテロ組織を主催している。

 この「第3章:ベタール;好戦集団への道(pp 35-38)」の一部を翻訳してご紹介する。翻訳に使用した文章は次のインターネット・サイト"Terrorists and Organized Crime" に収められているものである。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
第3章:ベタール;好戦集団への道
(pp 35-38)
 メイア・カハネの戦闘性は必然的にベタールの中にそのはけ口を見出した。これは修正主義運動【訳注:ジャボチンスキーの影響を受けるシオニスト集団】の青年組織なのだが、彼は1946年にバール・ミツバー【訳注:思春期に達したユダヤ人の子供を祝う儀式】を済ませたすぐ後にそこに参加した。その暴力的な街頭デモ、軍事組織的な訓練キャンプ、松明行進、そして旧約聖書の神話中の英雄たちを強調することで、ベタールは後のJDLのモデルとなる。

 ゼエヴ・ジャボチンスキーは1923年にラトヴィアのリガでベタールを組織した。それは悪意に満ちた反ユダヤ的な欧州の民族主義運動広まりに対する反応だった。その二重の目的は、ユダヤ人青年を自己防衛組織として訓練することと、それをパレスチナからユダヤ国家へと変えていく火と血による闘争のために準備することだった。

 米国でのベタール青年運動は1940年6月10日にニューヨークで発足した。同年にそれは、ニューヨークのハンターに近いキャッツヒル・マウンテンズに軍事訓練用のキャンプを開いた。ジャボチンスキーは、開設されたばかりのキャンプを訪問中、ある支持者から寄付された薄汚れたホテルの中で8月3日に死去した。1940年代の初期には、ベタールはニューヨーク地区に何百人ものメンバーを抱えたが、その中には米国における初期の指導者の一人にモシェ・アレンスがいた。彼は1980年代にイスラエルの米国大使となりそしてイスラエル外相となったのである。

 ベタールの最も緊急の活動はイルグンへの武器の密輸だった。1940年代に、イルグンのリーダーであるメナヘム・ベギンは代理人を何度となく米国に派遣し武器を調達した。イルグンの海外情報部の長であるエリ・タヴィンがその作業を監督したのだが、隠れ蓑として世界シオニスト機構の教育指導者としての地位を利用していた。こうしてタヴィンは23カ国にわたる武器調達ネットワークを作り上げたのだが、同時に同数の自衛組織を作った。その中には第2次大戦中に中国に亡命したユダヤ人の収容所を保護する上海の組織もあった。

 タヴィンはまた欧州で英国に対するイルグンのテロ攻撃の計画者でもあった。例えば彼は1946年10月31日にローマの英国大使館への爆弾攻撃を工作した。 タヴィンは武器を米国で、第2次大戦から戻るユダヤ人GIからと同時にマフィアからも手に入れた。「ユダヤ人の退役軍人たちは新聞紙に包んだ包みを我々のところに持ってきてそして言うのでした。『私はイスラエルのためにこれをあなたに渡すことができると聞いた』と。」 このように言うのはシルヴィア・ズェイボンである。彼女は夫と共にイースト・ニューヨーク、当時圧倒的にユダヤ人の優勢なブルックリン地域で敷物店を営んでいたのだが、武器はそこに蓄えられた。「一箇所が武器で満杯になったら、私達は別の倉庫を探さなければなりませんでした。」 このようにズェイボンは付け加えた。彼女は米国に来る前にはポーランドでベタールのメンバーだったのである。

 イスラエルの要員達はその武器をニューヨークとニュージャージーの波止場に運んだのだが、そこは、熱烈な右派シオニストであるメイア・ランスキーと親しい仲間である暴力団のボス、チャールス・"ラッキー"・ルチアーノによって運営されていた。ランスキーは、ロスアンジェルスのミッキー・コウヘンのような他のユダヤ・ギャングたちとともに、イルグンに対して巨額の資金を提供した。これらの暴力団に支配された港湾労働者組合は米国の港からアラブ諸国などに武器を船で運ぶ修正主義者たちの破壊活動を支援していたのだ。

 チャールズ・カハネ【訳注:メイア・カハネの父親】自身も武器密輸組織に深く絡んでいたのだが、彼の息子にベタールに参加するように勧めた。「ベタールは俺のオヤジと同じ考えを持っている。そして当たり前だが俺はそれに心酔しているのだ」。このようにメイア・カハネは語った。彼はイスラエルにいるイルグンに向けて武器を箱詰めするために深夜のホボウクン・ドッグズに通った。それには危険が伴った。1947年にメイアの仲間のうち2名がマンハッタンの毛皮倉庫で、144の機関銃、203のライフル、268のピストルと共に逮捕されたが、それらの若者達は彼らの弁護士ポール・オドワイヤーのおかげで1ヵ月後に釈放された。この妨害にも関わらず、1948年の2月から5月の間だけで、タヴィンはニューヨークからテルアビブに向かう47回の船便で武器を密輸したのである。
(後略:以上、引用・翻訳終り)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 この後の部分には次の内容のことが書かれている。もう一方の左翼テロ集団ハガナーもやはり1940年代に米国から資金と共に大量の武器を密輸していた。それを支えた者達の中には、後にラスベガス・サンの発行人となるハンク・グリーンスパン、イラン・コントラ事件に関与するイスラエルの武器商人アル・シュヴァイマーがいた。1948年の「イスラエル建国」後、米国でのベタール運動は米国の親イスラエル極右組織に成長し、多くの反アラブ・親イスラエル活動の基点となった。

 こうして、ロウズベルト=トルーマン民主党政権時の米国は、スターリンのソ連と共に「イスラエル建国運動」最大の拠点となったのである。しかも、裕福なユダヤ人たちから集めた資金と同時に、本来なら米軍の倉庫にあったはずの武器が米国内のならず者どもの手によって極めて大量にパレスチナに「密輸」されたのだ。言い訳程度の取り締まりはこの武器搬送にほとんど何の支障ももたらさなかった。

 このシリーズの第2部:現在に直結する「イスラエルの源流」 にも書いたことだが、イスラエル「建国」の年1948年に米国ユダヤ人有志による以下の告発がニューヨーク・タイムズ紙に掲載された。

 《我々の時代で最も困惑する現象の中に、新たに創設されたイスラエル国家の中での「自由党(ヘルート党)」の出現がある。これは、その組織において、方法論において、政治方針において、そして社会的なあり方において、ナチ党およびファシスト党に極めて近い政党である。これは元イルグン、つまりパレスチナにおけるテロリストで右翼の狂信的排他主義集団のメンバーと支持者によって形作られた。この党の指導者であるメナヘム・ベギンの米国に対する最近の態度は、明らかに、来るイスラエル選挙で彼の党に対する米国の支持を印象付けるように、また合衆国内のシオニスト右派分子との政治的な連携を固めるように、計算されているのだ。数多くの米国の著名人士たちが彼の訪問を歓迎するためにその名前を貸している。【以下略】》

 この中にある「合衆国内のシオニスト右派分子」が先ほどのメイア・カハネを中心とした米国ベタールとその周辺の組織であったことに間違いは無い。しかし「数多くの米国の著名人」とは誰だろうか。イスラエルを支える米国内のユダヤ人たちと共に、おそらく後のアイゼンハワー共和党政府を支えた者達が大勢混じっていたのではないかと思われるが、明らかではない。しかしすでにこのときまでに米国は左・右の親イスラエル勢力によって存分に蹂躙されていた のだ

【以上、参照資料】
http://www.telusplanet.net/public/mozuz/odynsky/lemieszewski20020729macaulay.html


[英国・米国・カナダ・ソ連の「国際連帯」によるイスラエル建設]

 次にご紹介したい資料はデイヴィッド・J.バーカスン(David J. Bercuson)による『秘密の軍隊(The Secret Army)』(1983)である。

c0139575_034435.jpg

ここには1940年代のカナダが、ユダヤ人によるパレスチナへの武器密輸を黙認することによって、いかに左翼テロ集団ハガナーを強力にサポートし続けたのかが生々しく描かれている。カナダといえば「新世界のロスチャイルド」ことブロンフマン一家の帝国なのだが、現在の世界ユダヤ人会議議長であるエドガー・ブロンフマンは、先ほどのメイア・ランスキーと並ぶユダヤ・マフィアのボスだったサミュエル・ブロンフマンの息子である。

 この資料の引用箇所にはブロンフマンの名は出ないが、この一家が資金援助ばかりを務めていたとは到底思えない。 以下の翻訳に用いた文章は先ほどの『偽預言者:ラビ・メイア・カハネ・・・』と同じく"Terrorists and Organized Crime "に載せられている。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
(以下、翻訳)
第4章:極めて重要な事柄
(pp.44-49)
【前略】
 カナダは米国と同様に第2次世界大戦中には連合軍の主要な武器供給場であった。戦闘が終了した後、そこは巨大な量の余剰の武器が大幅に値下げされて売り飛ばされる場と変わった。ハガナーにとっては当然のごとく武器収拾活動の標的となったのである。しかし、カナダの戦争用具は容易に横流しできるものではなかった。カナダの武器輸出政策は米国や英国の政策と協調するものであり、またカナダ政府は英国と米国による中東地域への厳しい武器流出取り締まりへの協力に心を砕いていた。しかしながら、ここオタワの態度がカナダのユダヤ人たちにとってハガナーを援助する決意に対する障害となっていたにも関わらず、それを止めることはできなかった。カナダに住むハガナーの支援者達は様々なグループであった。1945年の夏にソンネボーンのオフィスでベン・グリオンと会うために集まった者達の一人であり、またパレスチナ物的援助(Materials for Palestine)のカナダ版であるパレスチナ支援(Aid to Palestine)の運営に加わったのがサミュエル・J.ザックス(Samuel J. Zacks)なのだが、彼はトロントの著名な企業家でありまたシオニストのリーダーでもあった。同様に数多くのトロントのユダヤ人たちが、ハガナーのためにカール・エクダール(Carl Ekdahl)が米国でデザインした軽機関銃の試作品の組み立てとテストの初期の試みに参加していた。武器や航空機やその他の軍装備をパレスチナに輸送するカナダでの主要な動きはthe Victory Equipment &- Supply Company Limitedを通して行われたのだが、それはモントリオールのマックギル通422にある小さな埃っぽいオフィスから伸びる一本の電話線を使って繰り広げられる際どい作戦であった。

 Victory Equipment社はカナダの多くの著名なシオニストたちによって設立されたのだが、その中にはサミュエル・シュゥイスバーグ(Samuel Schwisberg)とジョー・フランク(Joe Frank)がいる。それはパレスチナ支援(ここはカナダの非軍事物資を集めた)および統一シオニスト購入委員会(the United Zionist Purchasing Commission)と密着して活動し、モントリオールの法律家レオン・D.クレストール(Leon D. Crestohl)に率いられていた。
(後略:以上、引用・翻訳終り)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 この後の部分には、カナダのユダヤ人組織によるハガナーとイスラエル建国を支援する具体的な行動が詳しく説明されているのだが、カナダ政府と米国政府、特に軍と諜報当局がこういった動きに気付いていなかったわけがあるまい。数え切れないほど多くの船便がパレスチナと北米大陸を往復した。その「荷物」には小銃や機関銃ばかりではなく飛行機まで含まれていたのである

 「公式現代史」は「イスラエル建国」に使用された兵器の具体的な出所と搬入経路を語らない。精々が各国の諜報当局や警備当局を無能扱いにして「密輸」を認める程度だろう。「神話」はこのようにして作られる。

 当然だが、「イスラエル建国」後に米国政府が合法的に与えた巨大な資金面・軍事面の無償援助はこういった非合法活動容認の延長に過ぎまい。要はパレスチナでの「ユダヤ人国家建設」は、英国、米国、カナダ、そしてソ連などの国々にとって他のあらゆる事柄に優先させなければならない超法規的な事項だったのだ。ハガナー、イルグン、レヒといったテロ組織の活動は、まさしくこの「インターナショナリズム」によって保証されていた のである。

 こうして1948年に「ユダヤ人の祖国」が無事に作られ、その後、十分に準備を整え待ち構えていたかのように「冷戦」が開始する。スターリンはその大役を終えて姿を消し、世界が「左・右の対立」で目をくらまされている間にイスラエルは、米国を『お抱え養育係』とし、「ユダヤ国家の名による公認テロ」「ホロコーストを用いた恐喝」と核兵器の脅威によって世界を威圧・睥睨する文字通りの「テロ国家」として成長することとなる。ソ連がイスラエルのいわば『産婆』であり、その『養育係』を務めたのが米国だが、米国と英国は同時にもう一つの極悪集団であるドイツ・ナチスの『養育係』でもあった。そしてそのナチスとまるで兄弟のように一緒に育ったのがユダヤ・シオニスト である。しかしその話は次回以後としたい。


【以上、参照資料】
http://www.telusplanet.net/public/mozuz/odynsky/lemieszewski20020729macaulay.html

by oninomae | 2014-03-08 20:20 | 魔術=詐欺とイルミナティ  

ウクライナ掠奪開始 Paul Craig Roberts

http://eigokiji.cocolog-nifty.com/blog/2014/03/post-56fd.html 2014年3月 7日

プロパガンダがニュースを支配する Paul Craig Roberts Information Clearing House 2014年3月5日  (金)

ジェラルド・セレンテが、欧米マスコミのことを、“売女マスコミ(presstitutes)”という率直な表現で呼んだのを私は良く利用している。政府情報源へのアクセス確保と、職を維持する為、売女マスコミはアメリカ政府に身売りしている。腐敗したクリントン政権が、アメリカ・マスコミの集中を認めて以来、いくつかのインターネット・サイトを除き、アメリカ合州国には、独立したジャーナリズムは存在していない。

グレン・グリーンウォルドは、アビー・マーティンが、ロシアのウクライナ侵略とされるものを非難したのを許している、RT、ロシア・マスコミ組織の独立性を指摘し、いずれもブッシュ政権の違法なイラク攻撃への反対を表明したかどで馘首されたフィル・ドナヒュー(MSNBC)とピーター・アーネット(NBC)の運命と比較している。ドナヒューがNBCで最高に評価されている番組のホストだった事実にもかかわらず、ジャーナリズムの独立は認められなかった。アメリカの印刷、あるいはTVマスメディアやNPRで真実を語る人物は誰であれ即刻クビだ。

ロシアRTは、信奉するとは言いながら、尊重しようとはしないアメリカ人の価値観を、実際に、信じ、順守しているように見える。

私はグリーンウォルドに同意する。彼の記事はここで読める。http://www.informationclearinghouse.info/article37842.htmグリーンウォルドは実に称賛に値する。彼には知性、品格、勇気がある。彼は、新刊How America Was Lostを、私が捧げた、勇敢な人々の一人だ。RTのアビー・マーティンについても、私は彼女を髙く買っており、彼女の番組に何度か出演したことがある。

グリーンウォルドとマーティンに対する私の批判は、二人の品位や性格と無関係だ。アビー・マーティンの“ロシアのウクライナ侵略”は、より実入りの良い“大手マスコミ”に転職する可能性を高める為の派手な行動だ、という主張にはくみしない。私の主張は全く違う。アビー・マーティンやグリーンウォルドの様に、我々に様々な情報を明らかにしてくれている人々さえ、欧米のプロパガンダからは完全には逃れられないのだ。

例えば、ロシアがウクライナを“侵略している”というマーティンの非難は、クリミアを占領する為に、ロシアが16,000人の兵士を派兵したという欧米のプロパガンダに基づいている。実際の所はと言えば、1990年代以来、16,000人のロシア軍兵士がクリミアに駐留してきたのだ。ロシア-クライナ条約の下、ロシアは25,000人の兵士をクリミアに駐留させる権利を持っている。

どうやら、アビー・マーティン、グレン・グリーンウォルドという賢明で情報に通じた二人も、この事実を知らないもののようだ。アメリカ政府プロパガンダが、ひどくまん延しているおかげで、わが国最良のリポーター二人もその餌食となったのだ。

何度かコラムで書いてきた通り、アメリカの世界覇権を推進すべく、ウクライナをNATOに取り込み、ロシア国境にアメリカ・ミサイル基地を設置し、ロシアの核抑止力を低下させ、アメリカ政府の覇権を受け入れるようロシアに強いる為、アメリカ政府がウクライナのクーデターを画策したのだ。

ロシアは、アメリカ政府が画策した重大な戦略的脅威に対して、極めて控え目に対応したに過ぎない。

アメリカ政府プロパガンダの犠牲になったのは、マーティンと、グリーンウォルドだけではない。パトリック・J・ブキャナンまでも彼等に加わった。読者に“クリミアに関する主戦論者に抵抗せよ”と呼びかけるブキャナンのコラムは、アメリカ政府のプロパガンタ、“ウラジーミル・プーチンによるロシア軍クリミア派兵”で始まっている。http://www.informationclearinghouse.info/article37847.htm
そのような派兵などされてはいない。プーチンは、ロシア国会からウクライナに軍隊を派兵する権限を得てはいるが、プーチンは、派兵は、アメリカ政府によるクーデターを横取りし、自らキエフと西ウクライナで権力の座についている超国家主義のネオナチによる侵略から、クリミア在住ロシア人を守る為の、最後の手段だと公式に述べている。

というわけで、現代で最も明敏で独立性の高いジャーナリスト三人全員が、欧米プロパガンダの産物情報、ロシアがウクライナを侵略したと思い込んでいるのだ。

アメリカ政府プロパガンダの威力は実に絶大で、最高かつ最も独立したジャーナリストでさえ、その影響からは逃れられないもののように見える。

実際に起きてもいない“侵略”とされるものに対し、ロシアを非難したことで、アビー・マーティンがグレン・グリーンウォルドの賛辞を得、独立派パット・ブキャナンが、侵略が実際に起きたという情報を受け入れて、「ロシアが悪いと主張する群衆」に異議を唱えるコラムを書くという状況では、真実に一体どのような可能性があるだろう?

売女マスコミがウクライナについて報道しているあらゆる記事は、プロパガンダ作品だ。売女マスコミは、打倒された大統領、ビクトル・ヤヌコビッチが、抗議行動参加者を射撃するよう狙撃兵達に命じたと伝えている。これらの虚偽報道を基に、現在のキエフ・エセ政府を構成するアメリカの傀儡は、ヤヌコビッチ逮捕状を出し、国際法廷で彼を裁判にかけようとしている。

欧州連合外務・安全保障政策上級代表キャサリン・アシュトンと、キエフから戻ったばかりのエストニア外務大臣ウルマス・パエトとの盗聴された電話会話で、パエトはこう報告している。“現在、狙撃手達の背後には、ヤヌコビッチではなく、新連立政権の誰かがいたという理解が益々強まっています。” パエトは報告を続けている “あらゆる証拠が、警官や街頭にいた人々等は、両側から狙撃手達によって、殺害されたこと、同じ狙撃手達が両側から人々を殺害していたこと...現在の新連立政権が、一体何が実際に起きたのかは調査したがらないことは実に憂慮すべきです。” ウクライナの改革を導くEU計画と、IMFが経済政策を支配する方法を準備するのに夢中なアシュトンは、殺害は画策された挑発だったというパエトの報告を聞くなど、とりわけ嬉しいわけがなかったのだ。パエトとアシュトンの会話はここで聞くことができる。http://rt.com/news/ashton-maidan-snipers-estonia-946/

ウクライナで起きたのは、選挙で選ばれた正当な政権の打倒を、アメリカ政府が画策し、打倒し、そこで、かつてロシアの一部だった諸州、南・東ウクライナで暮らす多数のロシア系住民を脅迫しているネオナチに、その実権を奪われたということだ。脅かされたロシア人達がロシアに救い求め、南オセチアのロシア人達と同様、ロシアの助けを受けるだろう。

オバマ政権と売女マスコミは、あらゆることについて嘘をつき続けるだろう。

Paul Craig Robertsは、元経済政策担当の財務次官補で、ウオール・ストリート・ジャーナルの元共同編集者。ビジネス・ウィーク、スクリプス・ハワード・ニュー ズ・サービスと、クリエーターズ・シンジケートの元コラムニスト。彼は多数の大学で教えていた。彼のインターネット・コラムは世界中の支持者が読んでいる。彼の新刊、The Failure of Laissez Faire Capitalism and Economic Dissolution of the Westが購入可能。

記事原文

Propaganda Rules The News –Paul Craig Roberts
http://www.paulcraigroberts.org/2014/03/05/propaganda-rules-news-paul-craig-roberts/



http://eigokiji.cocolog-nifty.com/blog/2014/03/post-5543.html
 2014年3月 8日 (土)

ウクライナ掠奪開始 Paul Craig Roberts 2014年3月6日

c0139575_5505881.jpg

ウクライナのEU加盟を支持したこの人物はその報酬を受けた。年金の50%削減だ。

コメルサント-ウクライナ報道によれば、政府を装うアメリカ政府傀儡のキエフ財務大臣は、ウクライナに金を貸す欧米銀行家が、ウクライナの貧乏人を犠牲にして返済が受けられるようにすべく、ウクライナの年金を160ドルから、80ドルに削減する経済緊縮政策を準備中だ。http://www.kommersant.ua/doc/2424454 またもやギリシャの繰り返しだ。

選挙で選ばれた正当なウクライナ政権に対し、アメリカ政府が画策したクーデターで権力の座につけられた傀儡政権が安定性や正当性を獲得するより前に、欧米の略奪者達は、既に仕事にとりかかっている。EU加盟で、より良い生活ができるというプロパガンダを、素朴にも信じ込んだ抗議行動参加者は、4月迄に年金を半分に削減される運命だ。しかし、これとて始まりに過ぎない。

腐敗した欧米マスコミは借款を“支援”と表現している。ところが、EUがキエフに提供しようとしている110億ユーロは支援ではない。借款だ。しかも、キエフがIMF緊縮政策を受け入れることを含め、様々な条件付きだ。

選挙で選ばれた政権を打倒するのに利用された、抗議行動に参加した、だまされやすいウクライナ人は、 EUに加盟さえすれば、たやすく金もうけができるようになるという、アメリカ政府の財政支援を受けたNGOがついた嘘を信じていたことを想起願いたい。ところが今や、彼等は、年金を削減され、IMF緊縮政策に見舞われる。

緊縮政策では、社会福祉、教育資金が削減され、政府職員が首切りされ、通貨は切り下げられ、ロシアのガス、電気を含む輸入品の価格が上がり、ウクライナの資産を、欧米大企業による乗っ取りに開放する。

ウクライナの農地は、アメリカ・アグリビジネス企業の手に落ちるだろう。

ウクライナ、あるいはロシア側にくら替えしなかったウクライナの部分に対するアメリカ政府/EU計画の一部は成功した。国に残されたわずかなものは欧米によって徹底的に収奪される。

他の部分はうまく機能していない。アメリカ政府のウクライナ人傀儡は、抗議行動に対する支配力を、組織・武装超国家主義者達に奪われてしまった。この集団は、第二次世界大戦中、ヒトラーの為に戦った連中にまで、その根源がさかのぼり、ソ連共産党が彼等をウクライナにくっつけた、1950年代以前に所属していたロシアへの返還を、南と東ウクライナが強く要求するよう押しやっている言動と行動を行ってきたのだ。

この文を書いている時点では、クリミアは、ウクライナから分離したように見える。アメリカ政府と、そのNATO傀儡は、経済制裁を怒鳴り散らし、脅す以外は何もできない。ホワイト・ハウスの阿呆は、ソルジェニーツィンによれば、民族的にウクライナ人のフルシチョフが酔って、南と東のロシアの諸州をウクライナに加えるまで、約200年間そこに属していたクリミアを、ロシアに返還した責任を負う、誰であれ不明の人物に対する経済制裁を発表して、“アメリカという唯一の超大国”の無能さをさらけ出した。西ウクライナでの出来事を見て、南オセチアがグルジアと縁を切りたがったのと同様、ロシア諸州は自分達が属する祖国に戻りたくなったのだ。

キエフのアメリカ政府傀儡は、クリミアについては、怒鳴り散らす以外何もできない。ロシア-ウクライナ協定の下、ロシアは25,000人の兵士をクリミアに駐留させることが認められている。アメリカ/EUマスコミが、“16,000人の兵士によるロシア侵略”非難しているのは、全くの無知か、アメリカ政府の嘘への共犯かのいずれかだ。明らかにアメリカ/EUマスコミは腐敗している。連中の報道を信頼するのは愚者のみだ。 そういうものは存在しないと兵器査察官達がホワイト・ハウスに語っていた“イラクの大量破壊兵器”に関するアメリカ政権の嘘を売り込むべく、ジョージ・W・ブッシュとディック・チェイニーがコリン・パウエル国務大臣を国連に派遣した後も、アメリカ政府の言い分を、何であれ信じるようなマスコミは、明らかに買収され、雇われた売女の集団にすぎない。

元ロシア諸州の東ウクライナでは、アメリカ政府がロシアにもたらした戦略的脅威に対するプーチンの低姿勢対応が、ロシア経済と軍に重要な主要コンビナートを掌握する好機を、アメリカ政府に与えてしまった。街頭で抗議する東ウクライナの人々は、アメリカ政府のクーデターがキエフに押しつけた選挙で選ばれてはいない政権からの離脱を要求している。自らの無能さから、クリミアを失ったことを自覚したアメリカ政府は、キエフの傀儡に命じて、マイダン抗議行動の一部が攻撃していたウクライナ人新興実業家を、東ウクライナの都市で、支配者の座につけた。こうした新興実業家は、いまだに機能している警察やウクライナ軍部隊に加え、専用私兵も抱えている。抗議するロシア人指導者達は逮捕され、行方不明になっている。自決を支持すると主張するアメリカ政府とそのEU傀儡は、自分達にとって有利なように画策される場合の自決しか支持しない。それゆえアメリカ政府は東ウクライナにおける自決運動の弾圧に忙しいのだ。

これはプーチンにとって、ジレンマだ。彼の低姿勢対応は、アメリカ政府が、東ウクライナで主導権を握るのを許している。新興財閥のタルタとコロモイスキーが、ドネツィクとドニプロペトロウシク市長の座に据えられ、ロシア人逮捕を推進し、言葉にするのもはばかれる犯罪を犯しているが、皆様がアメリカ売女マスコミからそれに関する報道を知る聞ことは絶対にない。プーチンの介入を要求するいかなる当局も存在させなくするため、分離派の指導者達を、逮捕し、葬り去るというのがアメリカ政府の戦略だ。

もしプーチンに無人機があれば、タルタとコロモイスキーを排除するという選択肢がある。もしプーチンが、アメリカ政府が東ウクライナのロシア諸州を確保するにまかせてしまえば、彼はアメリカ政府がつけこむ弱さをさらけ出すことになる。アメリカ政府は弱点につけこみ、プーチンに戦争を強いる事になろう。

戦争は核戦争となろう。

記事原文

The Looting Of Ukraine Has Begun
http://www.paulcraigroberts.org/2014/03/06/looting-ukraine-begun/



オランダのアンネ財団 本などを寄贈 3月8日 13時08分 11111
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20140308/k10015818581000.html

・・・合わせて311冊の本のページが破られているのが見つかったほか・・・

マレーシア機が連絡絶つ 乗客乗員239人 3月8日 11時17分 111117
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20140308/t10015816271000.html

キエフでの狙撃は暫定政権に黒幕という話を「西側」が触れたがらない背景にネオコンの覇権戦略
http://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201403070000/

Estonia: Leaked Ashton Ukraine Conversation 'Authentic' By RFE/RL March 05, 2014
http://www.rferl.org/content/ukraine-ashton-conversation-leaked/25286848.html


ウクライナの混乱 世界穀物地図は再び米国頼みに?
http://www.juno.dti.ne.jp/tkitaba/agrifood/foodsecurity/news/14030601.htm

311人工地震計画に参加したアメリカと韓国が日本のテレビを支配する 2014年03月09日
http://kinnikuking.blog81.fc2.com/blog-entry-1234.html

by oninomae | 2014-03-08 06:35 | 戦争詐欺・紛争  

ウクライナ危機は第三次世界大戦勃発の契機になりかねない by Montecristo

http://rockway.blog.shinobi.jp/ より

ウクライナ危機は第三次世界大戦勃発の契機になりかねない 【3月5日 Posted by Montecristo】 (その1)

http://www.darkmoon.me/2014/ukraine-crisis-could-spark-world-war-three-by-lasha-darkmoon/

 ウクライナでの緊張が高まる中、世界は混沌に向かってよろめきだしている。誤った動き一つで世界は滅亡の淵に陥るかもしれない・・・

 ソ連のリーダーであったフルシチョフは1954年、ウクライナに贈り物をした:黒海の北に突き出た半島で戦略的要衝であるクリミアだ。

c0139575_271084.gif

 何日か前に長文の記事がデイリー・テレグラフのオンライン版に掲載された。それはウクライナの情勢に関する興味深い発言と奇妙な事実のコラージュだ。これは私の悲観的見方を強化した。つまり、世界はいくつかの例外はあれど、大まかに言えば、政治家という一連の殺し屋たちによって支配されている、ということだ。

 実際、多くの有名な歴史的人物たちは殺人と政治の世界でのキャリアをうまく統合した者たちだ。ネロ、カリグラ、ハンガリーのバートリー伯爵夫人、イワン雷帝、ボルジア家、ラヴレンチー・ベリヤ

 この記事は、上記の記事自身のコラージュであり、私自身のコメントを挿入させてもらっている。


 NATO事務総長のアンダース・フォー・ラスムセンは、ロシアのウクライナ介入でヨーロッパが崖っぷちに立っていると警告した。アメリカの国務長官のジョン・ケリーはロシアを、「侵略の信じがたい行為」と非難した。

 アメリカの共和党上院議員のジョン・マケインは、アメリカはプーチンの行動に対してどう反応すべきかを語った。

 デイリー・ビーストとのインタビューで、彼はオバマの脅しは「笑うべきもの」と言って、ヒラリー・クリントンはロシアのことを完璧に見誤っている、と述べた。

 「勿論彼女はそれを見誤った」と、自身も物事を正しく見ることは稀であると言われているマケインは言った。「彼女はロシア帝国を復活させようと野望を抱いているKGB大佐だった男とどこかでリセットできるだろうと考えていた。そういうことだ」

 こういうたわごとを読むと、ただただ驚くばかりだ。

 キエフではネオナチのごろつき共によって脅され殺されもしたロシア人をクリミアで救出せんとするプーチンの全く正当な動きは、「ロシア帝国を復活させる」願いと決め付けられた。このネオナチのごろつき共にマケインは会っているし積極的に支援したのだ。これ以上狂ったことはないだろう。

c0139575_211041.jpg

極右国粋主義ネオナチのオレ・チャフニボクはキエフでマケイン上院議員と会っている

 プーチンのスポークスマンのドゥミトリー・ペスコフはジョン・ケリーがロシアの「侵略行為」とロシアの「19世紀的行動」を弾劾することをどう考えるか、と問われ、「今のところ、ノーコメント」とそっけなく回答していた。


 ジョン・ケリーは2日、CBSの「フェイス・ザ・ネーション」の政治番組に出演した。彼は:「21世紀には19世紀の時のように完璧に捏造した口実で他国を侵略することなど出来ない」と語った。

 これが「完璧に捏造した口実」でイラクを侵略し、ウィリアム・ブラムの「キリング・ホープ」という暴露本によれば、1953年民主的に選出されたイラン政府を皮切りに、77の合法的政府を転覆させた国家の代表者から出た言葉である。

c0139575_1342764.jpg

(引用注:もちろん、これですからね)

 アメリカは更に、チョムスキーによれば、1945年以来5500万人を殺害してきた国家ということになる。

 「これは信じがたい侵略だ」とケリーはダブルスタンダードを決め込んで偽善的に指摘した。「プーチンが他国を侵略するとは、全く唖然とさせられる意欲的選択である。ロシアはウクライナの主権を侵害している。ロシアは国際的義務に違反している」と語った。、

 ケリーはG8諸国とその他のいくつかの国は「ロシアを徹底的に孤立化させる準備ができている」と語った。彼は通商禁止、査証禁止、資産凍結をすると脅した。確かに、アメリカはいつでも、ピンチに陥ったと感じ、巨大な赤字を心配しだすと、経済的にアメリカより成功している国のドル預金を差し押さえることを企(たくら)むようである。

 中国、ロシア、イランなどが苦労して得た外貨を、アメリカの銀行や、強欲なユダヤ銀行の外で保管しているには、それなりの理由がある。


 ニューヨーカー誌の編集者のデイビッド・レムニックは最近、ウクライナとプーチンの計算に関する刺激的な論考を書いた。「プーチンの反応は我々の期待で最悪のものだ」と彼は怒った。「ウクライナのこれからの期間は恐ろしいことになりそうだ」

 彼はまたロシアの政治家のヴラジミール・リャズコフの言葉を引用している。この人物は、状況はウクライナにとって危険というだけでなくロシアにとっても危険だ、と指摘した。「これはウクライナ政権にとっては決定的であり、ロシアにとっても災厄的である。正常な感覚を失っているのだ」と言っている。

 フォーブスによれば150億ドルの資産家であるウクライナの富豪のリナト・アフメトフは、ウクライナに対するロシアの侵入を非難した。彼は、ロシアの「外部からの力に頼るやり方は受け入れられない」と怒った。

 このウクライナのオリガルヒ(新興財閥)は、ウクライナのユダヤ人社会と親密な関係にあり、犯罪組織、恐らくユダヤ系ロシア・マフィアと共謀していることで知られている人物なので、プーチンを恐れ嫌う立派な理由がある。

 7人の犯罪を犯したロシアのオリガルヒ、内6人はユダヤ人だが、を叱り飛ばしたのは結局プーチンであった;そして1991年にソ連が解体した後、これらの金融プレデターが強奪した富の多くをロシアに取り戻したのもやはりプーチンだった。

 このような腐敗漬けの者たちがプーチンに対する謀略を占領したウクライナで諮り、もしもウクライナがユダヤが支配するIMFの優しい慈悲の手に委ねられたら、ぼろい儲けをしようと期待しているのだ。

 「私は全ての市民に統一した不分離のウクライナのために団結を呼びかける」とアフメトフは調子よく甘ったるい言葉を吐いた。「我々は頭を冷静にし挑発には乗らないようにしなければならない」と叫んだ。

 その通りで、ウクライナはなんとしてでも分断されてはならない。もしもその一部、豊かで戦略的に重要なクリミア地区がロシア領になったら、オリガルヒと欧米のプレデターにとっては強奪するものが余りにも少なくなってしまうのだ。

 だからアフメトフのような億万長者のオリガルヒと、ユダヤ系ロシア・マフィアの頭目のセミョン・モグリビッチと一緒になってユリア・ティモシェンコのような腐敗した政治家がやっている不誠実なビジネスの利益のため、ウクライナの豊かな地区であるクリミアは、将来彼等がその富を強奪できるためにウクライナ領として留まらねばならないのだ。

その2(最終)


c0139575_2134025.jpg

ユダヤ系ロシア・マフィアの頭目のセミョン・モグリヴィッチ


 そのかわいらしい顔とセクシーな髪型で魅力的なユリアは、長いことマフィアの愛人である、ということは指摘されておくべきだ。2005年1月にウクライナの最初の女性首相となり、フォーブスによればウクライナで三番目に金持ちの女性となることで、結果的に深刻な汚職容疑で獄中で時を過ごす羽目になった。今、この囚人だった人物を再びウクライナの首相にしようとする計画が浮上している。

c0139575_220799.jpg

 確かなことは、ユダヤ系ロシア・マフィアの頭目であるセミョン・モグリヴィッチとユリアの親密な仲は、ウクライナをユダヤ人が運営する世界で最も犯罪的なシンジケートの手中に間接的に陥らせる可能性を持つことを意味する。ユリアがもしも権力を握ったならば、だが。

 恐らく、それこそを欧米は狙っているのだ。

 ユダヤ人作家で「ロシア・オタク」を自認するベン・ジュダは、プーチンはウクライナで紛争に乗り出すのならば、四つのキーとなる問題について自分に問いかける必要がある、と言っている。

 ここでは問題の1番目だけを紹介するスペースしかない。そこにはベン・ジュダの思考傾向とランボー型の書き方が現れている:「プーチンは、ロシア人に対して、ロシア軍が遺体袋に包まれて帰還し出したら、どう説明するのか?」

 今、ニューヨークでは午前8時だ:アメリカは目覚めだして、過去12時間のニュースを消化しだしているところだ。

 ここにロサンジェルス・タイムズ紙から事態をアメリカに都合よくまとめられたニュースが報じられている。

 共和党のエリック・カンター(ヴァージニア州)が、「議会はウクライナ政府が経済を安定化させ、主権を回復し、政治的妥結を推進することを支援する方法を見出そうとするであろう」

 ベン・ジュダのようにエリック・カンターもユダヤ人だ。

 彼は、熱心なシオニストで、イスラム教嫌いの人物だ。彼はペトレイアス将軍(反シオニストと見られている)を、彼のプライベートな電子メールに不思議なやり方でアクセスすることで、貶めることをやってのけた者だ。

 愛人に向けて書かれたペトレイアスのプライベートなラブレターを、FBIの秘密情報源から入手した、というカンターの話は納得できるものではない。カンターは恐らくこの情報を直に、イスラエルの情報機関から入手したのだ。スノーデンの暴露の後では皆が知っているように、イスラエル情報機関はNSAとの馴れ馴れしく汚れた関係を通して、アメリカで交信されている電子メールと電話のやり取りにアクセスできるのだ。

 疑わざるを得ないことは:秘密の部屋でカーテンの背後から覗き見する時はいつでも、ユダヤ人が影でこそこそしているのを見つける、ということはどういうことなのか、ということだ?

 誰でもネオナチのテロリストにその命が脅かされているウクライナのロシア人の保護に飛び出したプーチンに興奮している。

 リトアニアはロシアから大使を召還した。カナダは昨晩、モスクワの大使を召還した。チェコ共和国はプラハで同じことを今朝行った。

 イギリスはまだ大使の召還はしていないが、昨晩、ロンドン駐在ロシア大使を外務省に呼び出した。

 ロシアの上院はアメリカのロシア大使を召還するよう要請したが、まだそれは実施されていない。

 昨晩、ロシア軍艦はクリミア沖に停泊した。明らかにウクライナとロシアとの間の合意事項に違反するものだ。ロシアはクリミアのセバストポリの基地を230年間支配している。黒海艦隊をそこに維持することはできるが、思うがままにできるというわけではない。

 ロシア軍はバラクラバの沿岸警備隊オフィスを支配した。これもウクライナとの合意に違反することは明らかだ。そのようにアメリカと、アメリカが資金提供しているウクライナのネオナチ・テロリストは言い張っている。

 アンダース・フォー・ラスムッセンNATO事務局長はNATO会議を招集した。彼は以下のような声明を発表した:「私が本日NATO評議会を招集したのは、ロシア軍のウクライナにおける行動ならびにプーチンの脅威がこの主権国家に及んだからだ。ロシアがウクライナで行っていることは、国連憲章に違反している。それはヨーロッパの平和と安全を脅かしている。ロシアは軍の活動と脅威を停止しなければならない」

 オー、ではロシアはウクライナとの合意を無視したわけだ、そうかな?

 これらのとんちき達は、ロシアが行った合意は、民主的に選出された合法的ウクライナ政府との間の合意であったことを都合よく忘れている。 それはクーデターを仕出かした黒いマスクをし軍靴をはいた極右狂信者の群れとの間で交わした合意ではない。

 セバストポリの民兵司令官のセルゲイ・ボチェンコは、タイム誌の記事で、「キエフで鉤十字を付けて走り回っているファシストの屑どもの支配を受け入れるようなことは断じてない」と語ったと言う。

 ウクライナの臨時首相であるアーセニー・ヤセヌークは、ロシアはウクライナに宣戦布告した、と語ったところだ。「これは緊急非常事態だ。これは単なる脅威ではない。これは実質的な宣戦布告だ」と、彼は息巻いた。

 臨時大統領のオクサンダー・トゥルチノフは以下のように語った:「ウクライナ内の軍事施設を攻撃することは、我が国に対する直接的軍事侵略である。ロシア指導部がその責任を負うことになろう!」

 「我々は災厄の淵にある!」と選出されていない首相はわめいた。

 それでは、誰が最初に災厄を惹き起こしたのか?誰が一体始めたのか? 誰がアメリカ人の納税者のポケットから50億ドルを取ってクーデターを支援したのか?


 国連事務総長の潘基文が、恐らくNSA、モサド、イギリスのGCHQが聞いている中、電話で話している内容がある。彼は、最近のウクライナの主権を危うくする事態を「非常に懸念している」と語っている。

 「平穏を回復し状況の段階的縮小を即座に進めることが肝要である」。潘はプーチンに対し、キエフの当局と直接対話をするよう呼びかけた。「冷静さが重要だ」と、プーチンは冷静ではないと示唆しながら無愛想に語った。

 潘の見下したコメントから、彼はプーチンに説教する立場にいると彼が考えていると結論付けていいだろう。プーチンは頭に来るタイプで、嘘つきでまだ捕まっていない戦争犯罪者のトニー・ブレイアーによればサダム・フセインがロンドンを核攻撃しようとしたように、45分以内にニューヨークを核攻撃する奴なのだ。

 クーデターを行って民主的に選出された政府を破壊するという、主権国家の事情におせっかいをする人々は、冷静な人々なのだ。侵略に反応したプーチンのような人々は、危険で狂った奴と描かれるのだ。

 これはとんでもなく偽善的な者たちの捉え方だ。


 ロシアと欧米の侵略者たちの間にウクライナに関する大規模な紛争が勃発したら、自分としては最後までロシアを支援するつもりだ。私の中では、ロシアは高度に道徳的地盤を持っていることは疑いようもない。ロシアを支援することは、従って、悪より善を尊ぶすべての人々の義務である。

 欧米の政治的お偉方が繰り返し語っていたように、ロシアがクリミアを併合すること、あるいは占領することについては、二つの決定的事実を勘定に入れることに失敗している:1.クリミアは一度ロシア領だったこと、そして1954年にフルシチョフによってウクライナに贈り物として与えられたということ、2.クリミアの過半数の人々はロシア人で、プーチンの介入を要請し、救出にきてくれるよう懇願した、ということだ。

 アメリカとイギリスのロシアはウクライナに「侵略した」という非難については、そのまぬけな非難には、それがイラクとアフガンの侵略者の偽善的な口から言われたことでびっくり仰天するしかない。しかも失敗した侵略者で、それぞれの侵略行為ごとに3兆ドルを消費し、かつ不名誉と恥以外の何も得るものはなかったのだ。

 プーチンはクリミア地区に対する軍事行動だけに制限し、ウクライナの残りの地区には手を付けないで、欧米の手中に陥るに任せると考えることは誤りである。そう考えることがどうして誤りとなるのか?ロシアからヨーロッパに向かうガスのパイプラインはウクライナを通過する、という単純な理由からだ。

 だから過ちは犯さないことだ。ウクライナ全土はロシアの封土である。アメリカとヨーロッパはウクライナにいて問題を起こしたり、政権交代を画策しながら、やるようなビジネスは何も無い。こういったお節介者たちがウクライナに対して干渉し続けるならば、ロシアはヨーロッパへのガス供給をストップする正当なる理由がある。 

 アメリカの弁護士でオンラインの政治コメンテーターのマイケル・スナダーはウクライナの状況をまとめて以下のように記した:

「アメリカ人として、他国から資金を与えられ組織され、民主的に選出されたカナダ政府の暴力的転覆を図られたら、そして反米政府がそれに取って代わったら、あなたはどう感じるだろうか?ウクライナに対してこれを行うことで、アメリカとEUはロシアの目の中にピンを突き刺したことになる。言うまでもなくロシアは非常に怒り戦争も辞さない思いになっている・・・」

c0139575_22855100.jpg




3.11事件直後の2011年4月、東京からモスクワに急遽変更された世界フィギュアスケート選手権開会式でのプーチンの対日本国民メッセージがフジテレビによってモミケシされた事件にネット国民が強い関心を示す 2014/3/6(木) 午後 8:07
http://blogs.yahoo.co.jp/hisa_yamamot/33344148.html

http://ameblo.jp/64152966/entry-11786213023.html
c0139575_4101233.jpg





++
イスラエルは北海道も蚕食中らしい



by oninomae | 2014-03-08 05:49 | 戦争詐欺・紛争