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アメリカ世界覇権を揺るがしかねない運命のハイチ by F・ウィリアム・イングドール 1


以下、転載

アメリカ世界覇権を揺るがしかねない運命のハイチ by F・ウィリアム・イングドール 2010年1月30日 翻訳:為清勝彦 The Fateful Geological Prize Called Haiti By F. William Engdahl (globalresearch.ca) Japanese translation by Katsuhiko Tamekiyo 
http://tamekiyo.com/documents/W_Engdahl/geoprize.html その1

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地震に襲われたハイチに、〔クリントン元〕大統領が国連特使となって向かった。

復活したネオコン主義者・米国ビジネスの太鼓持ち伝教師〔パット・ロバートソン[Pat Robertson]のこと〕は、ハイチ人は悪魔と契約した罰を受けていると主張している。

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ベネズエラ、ニカラグア、ボリビア、フランス、スイスの救援組織は、打ちひしがれ負傷し家を失ったハイチの人々が緊急に必要としている医療物資や飲料水を積んだ飛行機の着陸を、米軍が拒否していると非難している。

この不幸なカリブ海の国で発生している、いつ終わるとも知れない惨劇の煤煙と瓦礫の裏では、地球物理学者たちが(中東を除けば)世界で最も炭化水素(石油とガス)が豊富かもしれないと考えている地域の支配権をかけたドラマが全開状態である。おそらくハイチには、近傍のベネズエラよりも遥かに大規模な資源がある。 

ハイチを含むヒスパニョラ島は、世界で最も地質学的に活発な地帯にまたがっている。これは地質学的な宿命である。三つの巨大な構造体の深海プレートが、互いに容赦なく凌ぎ合っている。北米プレート、南米プレート、カリブ海プレートの三つの構造プレートの交差点である。これらカリブ海域のプレートは、マントルの上に浮かぶ3~6マイルの厚みの海洋地殻である。また、ハイチは、奇妙で説明のつかない撹乱の発生するカリブ海の広大なエリア(バミューダ・トライアングルとして有名な地域)の端に位置している。

この巨大な水面下プレートの塊は、常に動き続け、割れて接着剤でくっつけた磁器の花瓶のヒビのような筋に沿って、互いに擦り合っている。地球の構造プレートは、一般的に一年につき50~100mm互いにズレるが、これが地震や火山の原因になっている。構造プレートが集中する地域は、地球のマントルから大量の石油やガスが押し上げられてくる場所でもある。地球物理学的に、三つのプレートが集中する場所(ポルトープランスの直下付近)では、1月12日にハイチを襲ったような破滅的・凶刃な地震が発生しやすくなる。


テキサスの地質学プロジェクト

どうやってペンタゴンと米国の科学者は地震の発生を遥か前に知っていたのかという尤もな疑問、そして1月12日以前にどんなペンタゴンの計画が練られていたのかという疑問は、とりあえず脇に置いておき、主な「救援者」である米国、フランス、カナダが現在まで行ってきた奇妙な行動を理解するために役立つであろう別の問題がハイチをめぐって浮上してきた。獰猛な地震にさらされやすいことの他に、三つの構造プレートが交差するという普通ではない地質的な性質のため、ハイチは世界最大の未開発の石油・ガス地帯、戦略上重要な稀少な鉱物資源帯にまたがってしまっているのかもしれないのだ。

ペルシャ湾と、紅海からアデン湾にかけた地域の巨大な石油資源は、石油資源の豊富なインドネシアやカリフォルニアの沖合いと同様に、似たような大構造プレートの集束地帯にある。簡単に言えば、地球物理学的には、そうしたハイチの直下にあるような構造プレートの交差点は、まさに巨大な鉱物資源、石油、ガスの宝庫である可能性が極めて高いのである

注目すべきことに、ブッシュ・チェニー政権が、民主的に選出されたジャン=バプティスト・アリスティド[Jean-Baptiste Aristide]大統領を事実上追放して一年後の2005年、テキサス大学地球物理学研究所の地質学チームが、カリブ海盆の全地質データを徹底的かつ意欲的に二相マッピング〔気液二相?〕する作業を始めた。この調査プロジェクトは2011年を完了期限としている。Dr. Paul Mannが率いるこのプロジェクトは、「カリブ海盆、地質構造、炭化水素」と呼ばれている。カリブの構造プレートと炭化水素(つまり、石油とガス)の関係を可能な限り精密に特定することを全使命としている。

この何百万ドルもの調査プロジェクトのスポンサーは、世界最大級の石油会社であることは注目に値する。シェブロン、エクソンモービル、アングロ・ダッチシェル、BHPビリトンなどである。【脚注1】おかしなことに、このプロジェクトまで、この地域は包括的に地質学マッピングされたことがない。とっくの昔に米系石油メジャーが調査対象にしていてもおかしくないはずだ。メキシコ沖、ルイジアナ州、カリブ海全域で既に大量の石油を産出しているし、それに米国とは至近距離である。米国がエネルギー安全保障に力を入れていることは言うまでもない。この地域がマッピングの対象になっていなかったことは驚きである。

どうやら、大手石油会社は、遥か昔からこの地域に大量に石油があることに気付いていたが、手を付けず秘密にしておいたようだ。

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キューバの「スーパージャイアント油田」

米国政府が、疲弊したハイチの人々を救援することよりも別のことに大いに関心があるのではないかという疑問に対する答は、キューバ沖の海域近辺、ポルトープランスの真向かいに発見されている。2008年10月、スペインのレプソル[Repsol]社が率いる石油会社の共同事業体は、キューバの国営石油会社Cubapetroleoとともに、キューバ沖の深海に世界最大級の油田を発見したことを発表した。石油を専門とする地質学者の用語で、「スーパージャイアント油田」と呼ぶものだ。このキューバの油田は、200億バレルもの石油を埋蔵すると推定されており、1996年以来12番目の「スーパージャイアント油田」発見となった。この発見により、キューバは、ペンタゴンの不安定化・その他意地の悪い工作活動の高優先ターゲットにもなりそうだ。

キューバの「スーパージャイアント油田」発見から一ヶ月後に、ロシアのメドベージェフ[Dmitry Medvedev]
大統領が、ロシアの石油会社がキューバの石油探査・採掘をすることを、ラウル・カストロ[Raul Castro]大統領代行と合意するために、ハバナに飛んだことは、ワシントンに動揺をもたらしたに違いない。【脚注2】

メドベージェフのロシア・キューバ石油協定は、中国の胡錦濤国家主席が体調を取り戻しつつあるフィデル・カストロとその弟のラウルを訪問してから、ほんの一週間後のことだった。胡錦濤は、キューバの港湾を最新化する契約に調印し、キューバの原材料を中国が購入する話しをしている。巨大なキューバの石油発見が、中国のキューバ政策の大きなポイントになっていたことは間違いない。【脚注3】2008年11月5日、胡錦濤がキューバなどラテンアメリカ諸国を訪問する直前に、中国政府は、ラテンアメリカとカリブ海諸国との今後の外交関係に関する政策文書(このような文書は初めてである)を発表し、これら諸国との関係を戦略的重要性を備えた新段階に格上げした。【脚注4】

キューバの「スーパージャイアント油田」発見により、「石油ピーク論」信者も大いに面目を失った。ブッシュとブレアが、イラクを侵略・占領する決定をする少し前に、インターネットで石油ピーク論が流行していた。2010年以降のいつか、世界は絶対的な石油産出の「ピーク」に達し、以降、石油は減って社会的・経済的に甚大な影響をもたらすというストーリーである。引退した石油地質学者のColin Campbellや、テキサスの石油金融業者Matt Simmonsなど、華々しい評論家たちは、「スーパージャイアント油田」は1976年頃から一つも発見されていない、過去20年に発見された油田は、昔のサウジアラビア、プルドー湾(アラスカ)、大慶(中国)などと比べれば、実に「ちっぽけ」だと主張していた。【脚注5】


ここで、次のことを述べておくのは重要だろう。

半世紀以上も前に、ロシア人とウクライナ人の地球物理学者のグループが、国家機密で調査を行い、炭化水素は、地球のマントルの奥深いところで、極めて高温高圧の巨大な燃焼釜のような状態で、生成されていることを確認している。炭化水素は、死亡した恐竜の残骸が濃縮・圧搾され、何百年も前に何らかの形で石油やガスに変わったものだとする、米国など西側で定着している「主流」の地質学の主張を反証したのである。もちろん、藻類など他の生物起源の物質でもない。【脚注6】

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その上で、ロシアとウクライナの地球物理学者グループは、地球のマントルで生成される石油やガスは、地球の断層や裂け目に沿って、圧力が可能とする限り地上へと、押し上げられることを証明した。この仕組みは、火山の溶岩が生成される仕組みと同じである。ということは、石油を発見する可能性とは、深い裂け目を発見したり、地球の奥底から石油を導管のように押し上げる複雑な地質活動を発見する可能性に他ならないことになる。 カリブ海域(特にキューバ沖とハイチ)は、ちょうどそんな地域であり、地表近くまで上昇する道をみつけた炭化水素(石油、ガス)が集まる地域のようだ。おそらくその規模は、サウジアラビアに匹敵するだろう 【脚注7】

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続く


脚注

1 Paul Mann, Caribbean Basins, Tectonic Plates & Hydrocarbons, Institute for Geophysics, The University of Texas at Austin, accessed in http://www.ig.utexas.edu/research/projects/cbth/.../ProposalCaribbean.pdf

2 Rory Carroll, Medvedev and Castro meet to rebuild Russia-Cuba relations, London Guardian, November 28, 2008 accessed in http://www.guardian.co.uk/world/2008/nov/28/cuba-russia

3 Julian Gavaghan, Comrades in arms: When China’s President Hu met a frail Fidel Castro, London Daily Mail, November 19, 2008, accessed in http://www.dailymail.co.uk/news/article-1087485/Comrades-arms-When-Chinas-President-Hu-met-frail-Fidel-Castro.html

4 Peoples’ Daily Online, China issues first policy paper on Latin America, Caribbean region, November 5, 2008, accessed in http://english.people.com.cn/90001/90776/90883/6527888.html

5 Matthew R. Simmons, The World’s Giant Oilfields, Simmons & Co. International, Houston, accessed in http://www.simmonsco-intl.com/files/giantoilfields.pdf

6 Anton Kolesnikov, et al, Methane-derived hydrocarbons produced under upper-mantle conditions, Nature Geoscience, July 26, 2009.

7 F. William Engdahl, War and Peak Oil—Confessions of an ‘ex’ Peak Oil believer, Global Research, September 26, 2007, accessed in http://www.globalresearch.ca/index.php?context=va&aid=6880

原文の紹介
The Fateful Geological Prize Called Haiti
http://www.globalresearch.ca/index.php?context=va&aid=17287
GlobalResearch.ca
http://www.globalresearch.ca/
F.William Engdahl ホームページ http://www.engdahl.oilgeopolitics.net/


参照

米軍はハイチ救援を邪魔しに行った F・ウィリアム・イングドール
http://satehate.exblog.jp/13549743/

by oninomae | 2010-02-04 18:58 | 政治詐欺・政治紛争  

生物兵器戦争の一方法としてのワクチン接種の歴史 by David Rothscum 3


生物兵器戦争の一方法としてのワクチン接種の歴史 by David Rothscum Saturday, September 19, 2009 その3(最終)


残念ながら、生物兵器戦争はここで終わらない。 一つの直接の繋がりは、ロックフェラーの科学者トーマス・フランシス・ジュニア[Thomas Francis Jr, 1900-1969]による仕事から、最初にポリオワクチンを作り出した男、ジョナス・ソーク[Jonas Salk, 1914-1995]の仕事へと関連づけることが出来る。

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ジョナス・ソークは、インフルエンザワクチンの開発によってトーマス・フランシスを支援した:

ジョナス・ソークは20世紀の最も尊敬される医療科学者の一人である。

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彼の最初の言葉は、「汚れ、汚れ(汚い、汚い)」であったと報告されているが、彼の初期の考えはバイ菌の研究をすることにではなく、法曹界に入ることにあった。

しかし、彼は、生物学と化学に興味を持つようになった、そして研究に入ることを決心した。彼は訓練を受けるためにニューヨーク大学医学部に行った。

そこで1938年、彼はインフルエンザワクチンを予期していた微生物学者トーマス・フランシス・ジュニアとともに働き始めた。

彼らは、第二次世界大戦中に軍部で使用されたそれを開発した。

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SV40基金が説明しているように、SV40とその他のウイルスが、ソークによって開発されたワクチンを「汚染していた」。そしてその結果、これらのウイルスは人々の間に拡散した。

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SV40は今日見られる多くの様々な形態の癌に対して責任がある。

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アメリカの生物兵器プログラムが終了したようには決して思われない。

ボイド・グレイヴスの優れた研究が示すように、実験的なB型肝炎ワクチンが、米国で同性愛者のコミュニティを通じて、HIVウイルスを拡散するために用いられた。そして、天然痘ワクチンがそのウイルス(HIV)をサハラ以南のアフリカに拡散するために使用された。

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信じられないように思われるかもしれないが、証拠はこの疫病は人工物であることを強く示唆している。 公に入手できる世界保健機関とその他の組織の内部メモは、免疫系を標的とするウイルスを開発することへのある強い関心が存在したことを示している。

このことは既に他の人達によってよく記録されているので、私は、どなたであれこの主題に関心を持つかたは、以下の人々によって成された研究を見ることをお勧めする。ボイド・グレイヴス[Boyd Graves]、レン・ホロウィッツ博士[Dr Len Horowitz]、トム・ケスケ[Tom Keske]、アラン・キャントウェル[Alan Cantwell]。


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元記事は

The history of vaccination as a method of biological warfare David Rothscum  Saturday, September 19, 2009
http://davidrothscum.blogspot.com/2009/09/history-of-vaccination-as-method-of.html (和訳3回目、最終回です) ワクチンの話は続きます。


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1963年に開催された学術諮問委員会:左から、Thomas Francis Jr.氏、定地憲爾ABCC通訳、Darling所長、中泉正徳ABCC準所長。Darling所長の向かいに座っているのは中村敬三予研所長。永井勇長崎予研支所長がテーブルの端に座っている。

Atomic Bomb Casualty Commission 原爆傷害調査委員会

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by oninomae | 2010-02-03 20:36 | バイオハザード・ワクチン  

生物兵器戦争の一方法としてのワクチン接種の歴史 by David Rothscum 2

生物兵器戦争の一方法としてのワクチン接種の歴史 by David Rothscum Saturday, September 19, 2009 その2


私の以前の報告で和訳はこちら) 、私は一つの生物兵器病原体として使用するのに適したこのインフルエンザウイルスの開発を、ジョージ・W・メルク[George W. Merck]がメルク製薬会社とアメリカの生物兵器プログラム両者の指揮をしていた事実と結びつけた。

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しかしながら、その関係は、私が当初仮定していたよりはるかに深い
軍のためにインフルエンザワクチンの作製の任務を与えられた企業は、シャープ&ドーム[Sharpe and Dohme]という名前だった。 


1935年以降、シャープ&ドームは、ジョン・S ・ジンサー[John S. Zinsser]という名の男に率いられていた。(訳注:フレデリック・ジンサーの子、ハンス・ジンサーの甥、そしてジョン・J・マクロイの義理の兄です) 彼がこの会社の取締役会の代表となる以前、彼はアメリカ軍の化学兵器プログラムのために仕事をし、そして彼は、この時代に遡れば、すでにジョージ・W・メルクによって率いられていたメルク社のために働いていた。

このことが帰着するものは、ジョージ・W・メルクは効果的にインフルエンザワクチン接種プログラムが、彼自身の弟分、ジョン・S ・ジンサーによって実行されるようにさせたということである


十分興味深いことに、これらの男たちによって率いられていたその会社は1953年に合併した。メルクは、従って、化学戦争のベテラン、ジョン・S ・ジンサーに率いられた会社と、生物戦争のベテラン、ジョージ・W・メルクに率いられた会社の子孫であるということになる。

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インフルエンザワクチンの話は、アメリカ合衆国に限られてはいない。

トーマス・フランシス・ジュニアが語った、インフルエンザのWS株はまた、ヴィクトリアの優生学協会のメンバーであるフランク・マクファーレン・バーネット[Frank Macfarlane Burnet]という名の一人のオーストラリア人男性にも知られていた

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1953年のマクファーレン・バーネットの一つの報告で我々はいかに彼が、トーマス・フランシスが、彼がそれを試験したラットの脳を破壊することに非常に効果的であると報告したそのWS株を、さらに破壊的でさえあるインフルエンザの新しい株を作り出すために使ったかを発見する

彼の報告は言及している: 


インフルエンザウイルスの不安定性は、その対象についてのすべての研究者に知られている。 この不安定性の一例として、それについて我々が研究してきた古典的なWSウイルスの2つの亜株の起源を追跡することは興味深いだろう。WSウイルスは1933年1月、その当時英国で流行していたかなり危険な疫病の典型であると想定されていた症例の個体から単離された そのウイルスは単離された時点で、ヒトとフェレットに対して病原性があった;それはマウスに対しては病原性がなかった。

後の研究に照らしてみて、我々は、以下を合理的に確信可能である。それが鶏胚尿膜腔で生育しなかっただろうし、それが確かに漿尿膜に病変を生じなかっただろうし、そしてそれがたぶんヒト赤血球を凝集させたが、ニワトリ赤血球は凝集させなかっただろうと。

フェレットでの何代かの継代後、それはマウスに鼻腔内感染させられた。そこでは、何度かの継代後、それはかなり突然致命的な肺硬変を生じさせる能力を発現した。

マウスに適応させた型のそのウイルスは、1936年ハムステッド[Hampstead]からメルボルン[Melbourne]へと送られた。そこで、それは12日目のニワトリ胚漿尿膜へ感染させられた。

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最初は、疑う余地のない病変はなにも生じなかったが、10回の継代後、明らかな増殖病巣が観察された。これらはさらなる継代によってより明瞭に発生するようになった。そして20回目と30回目の継代の間で、胚が影響を受け始めた。

40回目の継代までには、胚は、脳と筋肉における全体的な出血性病巣を伴って、必ず60時間以内に死んだ。 この株、その後不定期の尿膜腔継代とドライアイス中で保存したものがWSE株である(Burnet & Lush 21)。

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もう一つの彼が作り出したウイルス株ははNWS株と呼ばれた:

その後、スチュアート-ハリスが、同様の材料(原株)から出発して、WSEの型の変異株を漿尿膜継代によって得ることができることを確認した。そして、その後感染物質を胚の脳からマウスの脳に移すことに成功した

単にそこで11回の継代を生き延びるだけで、そのウイルスは徐々により悪性となった。そして、ついにマウスを高力価で急性脳炎の症状とともに死亡させるに至った。 

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このような100回のマウスの脳での継代の後、その株はメルボルンに送られ、尿膜腔に移されたものが、我々の株NWS(Stuart-Harris's " Neuro-flu "566)に相当する。 これらの株の間でのいくつかの主な違いを表Ⅰに示した。そのプロセスの詳しい分析なしでは、独断することはできないが、しかし、病原性の主要な変化のそれぞれは、いくつかの突然変異の結果であるとの所感は非常に強い。


なぜバーネットが、致死的なウイルスを作り出すことにそれほど取り付かれていたのかを文書化しておくことは重要である。

バーネットは、彼が第三世界の国々での人口過剰とみなしていたものについて心配して(気をもんで)いた。英国の新聞The Ageは、バーネットが東南アジアの「人口過剰な」国々に対して使う生物兵器を開発することをオーストラリア政府に要請したことを報告している:

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世界的に有名な微生物学者サー・マクファーレン・バーネット、オーストラリアの最も偉大な医学研究科学者として崇拝されるノーベル賞受賞者は、ひそかに、その政府にインドネシアと他の東南アジアの「人口過剰な」国々に対して使用するための生物兵器の開発を促していた。 (訳者蛇足:インドネシア等でのトリインフルエンザとはなんでしょうか?)

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その実態は、オーストラリア国立公文書館によって外務貿易省からの抵抗にもかかわらず機密解除された最高機密ファイルの中に含まれていた。

サー・マクファーレンの1947年のある秘密報告書では、食用作物を標的とし、伝染病を拡げる生物化学兵器を開発する必要があると推奨している。

(...)

「オーストラリアの状況に対し具体的には、人口過剰のアジアの国々によって脅かされている侵略に対する最も効果的な軍事反撃は、生物的・化学的手段による熱帯作物の破壊と熱帯の条件下では拡がることが可能であるがオーストラリアの条件下では拡がらない感染病の散布へと方向付けられるだろう。」と、サー・マクファーレンは述べた。

(...)

サー・マクファーレンはまた、生物兵器戦争に特別な関連を有するような生物科学の分野を研究することを大学に奨励するよう促した。

(...)

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以下は訳者による抜粋追加です。

1950年に英国を訪問して、英国の化学兵器や生物兵器の研究活動を調査した後、サー・マクファーレンは、その委員会で述べた。「敵集団の間での疫病の開始は通常戦争をしかける手段としては棄てられる。なぜならそれはその使用者にも跳ね返ってくるからである。」

「低衛生のある国では、例えば水の汚染によるある外来の腸内病原菌の導入は、広範な散布を開始させる可能性がある。」、と彼は述べた。 (訳注:日本でのO157はどうなんでしょうかね?)

「適切な蚊の運搬体によって、ある国への黄熱病の導入は、制御手段が確立される前に、一つの無力化する疫病を築き上げるかもしれない。」

その小委員会は推奨した。「生物兵器を用いた東南アジアとインドネシアの食糧供給への攻撃の可能性を小規模研究グループによって検討すべきである。」と。

(...)

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続く


元記事は

The history of vaccination as a method of biological warfare David Rothscum  Saturday, September 19, 2009
http://davidrothscum.blogspot.com/2009/09/history-of-vaccination-as-method-of.html (今回は和訳その2です)


新幹線事故:ボルト4本付け忘れ パンタグラフ交換の際
http://mainichi.jp/select/jiken/news/20100202k0000m040056000c.html

トヨタのリコール、米・カナダで集団訴訟
http://www.yomiuri.co.jp/atmoney/news/20100202-OYT1T00626.htm





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by oninomae | 2010-02-02 21:59 | バイオハザード・ワクチン  

生物兵器戦争の一方法としてのワクチン接種の歴史 by David Rothscum 1


生物兵器戦争の一方法としてのワクチン接種の歴史 by David Rothscum Saturday, September 19, 2009 その1 (今までのおさらいから始まります)


私が以前説明したとおり、アメリカの生物兵器プログラムと、ワクチンの製造との間には関連を見いだすことができる。

世界中の政府機関が、ウイルスや他の病原体が人類を殺戮する潜在力を有することを見いだし始めるにつれて、彼らはその病原体を拡散する方法を必要とした。そして、注射は人間の体の自然な防衛ラインのほとんどをバイパスするのでワクチンが理想的な方法を提供したなぜなら、彼らが彼ら自身発見したように、鼻を通して投与されたときほとんど無害なウイルスが注入された時は致命的であり得るからである

この記事は、がんウイルスの開発から始まり、世界第二次大戦中のインフルエンザワクチンの創製にこだわり続け、最終的にその後開発された様々なワクチンに移行するこの歴史のより詳細な説明資料を提供することを意図している。


彼らが奨励され、そして多くの場合自ら実施したその大量殺人に対して関与したさまざまな人々が持っていた理由を説明するための一つの試みもなされるだろう。

初期の生物兵器のほとんどは、ロックフェラー家によって設立された様々な研究所にまで遡る。

私がロックフェラー年代記で言及した(和訳はこちら)ように、ジョン・デイヴィソン・ロックフェラーは1901年にロックフェラー医学研究所を設立した。8年後、フランシス・ペイトン・ラウス[Francis Peyton Rous]と言う名の若い科学者がロックフェラー研究所に参加した。1911年、フランシス・ペイトン・ラウスは、鳥にがんを引き起こすことができるろ過性の病源体を探していた。

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最終的に、その男は小さな腫瘍を引き起こすことができる鶏中のウイルスをなんとか分離することができた。1911年の文書の中で、彼はこのウイルスを分離し、その潜在力を増し、それを他の品種のニワトリに拡げ、そして最終的に哺乳類に癌を引き起こすためにそのウイルスを使う失敗した試みについて述べている。

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このウイルスは後に、それを発見した男にちなんで名付けられ、ラウス肉腫ウイルスとして知られるようになるだろう。

1937年、ロックフェラー研究所は、その最初のワクチン、17D黄熱病ワクチンを市場にもたらした。 ロックフェラー年代記で文書化したようにこのワクチンはその導入の瞬間からラウス肉腫ウイルスで「汚染されて」いた。そして、後に試験されたとき、そのウイルスはサルに腫瘍を引き起こすことが見出された。


この報告はワクチンに焦点を当てるだろうけれども、読者は、ロックフェラー財団がナチ・ドイツの優生学者たちへの資金提供に関わっていたこと、そしてロックフェラー研究所のために働いていた科学者コーネリアス・ロード[Cornelius Rhoads]が、プエルトリコ人たちに癌を注入したことを認めていることが発見されたことを思い出してもらうことは重要である。

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この死のパターンは、これらのグループが関与しているすべてのプロジェクトで見られる。

ロックフェラー研究所はまた、最初のインフルエンザワクチンの創作に関与した。(訳注:以下このフランシスの研究に関する部分は以前の記事の再掲です。でももちろんおさらいしておきましょう)インフルエンザワクチンは、トーマス・フランシス・ジュニア[Thomas Francis Jr]という名前の男によって開発された。 トーマス・フランシス・ジュニアは、1928年にロックフェラー研究所に参加し、そしてロックフェラー家によって設立されコントロールされた様々な研究所で働いた。1934年、彼はインフルエンザウイルスを分離した最初のアメリカ人となった。

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1940年、フランシスは、彼がインフルエンザウイルスに関して行った一つの研究を発表した。

フランシスは、それに曝されたものたちの脳を特に標的とするインフルエンザウイルスを作り出そうと努めた。その報告自身が言及しているように、その研究はロックフェラー財団の国際保健部門からの助成金を受けて実施された

その報告は、フランシスが、それに暴露されたものの脳に固執するだろうウイルスを作り出す彼自身の努力は失敗に終わったことを説明することから始まる:

当研究室での、流行性インフルエンザのウイルスをマウスの脳に適応させようと言う繰り返し行った取り組みは、完全に失敗してきた。そのウイルスは通常、脳内接種後に、1あるいは2日間以上脳の中で生き残ることに失敗した。

しかしながら、フランシスは、ニワトリの脳に感染した一つの異なった菌株の存在を知り、そして彼自身で、この株をその神経細胞を攻撃することによってマウスを殺す能力のあるウイルスを見つける彼の新たな試みに用い始めた:

その結果、ニワトリ(ヒヨコ)胎児脳とタイロード液もしくは生理食塩水いずれかを含む組織培養系中でのインフルエンザウイルスの培養による同様の適応化を試みることを決定した。我々の以前の失敗した試行はすべてのPR8株で行われていた他方、報告された肯定的な結果はすべてWS株で得られていたため、WS株を用いた。

この株が他の系統のインフルエンザ株よりもヒトの脳を標的とすることにおいてより潜在力があることを証明する実験を用いた後、フランシスは、いかに彼がこのインフルエンザ株に曝したマウスが痙攣して死んだかを説明している:

11代目の継代で、一定の神経学的徴候が、11代の感覚過敏と震えの形をとって観察され、そして一匹のマウスが痙攣で死亡した。すべての12代目の継代マウスは、3日目と4日目に際立った兆候を示し、犠牲に(解剖)された。13代目のマウスのうち2匹が3日目に速やかに病状を呈したとき殺された。他の2匹は6日目に死んで発見された。 その時点から、そのウイルスは脳内投与法によれば一様に病原性となっていて、一貫した臨床像と、そして5%の脳懸濁液接種後4から5日後の致命的感染を生み出した(実験1、表II)。この株(WS - 7)は67回の連続的継代が成し遂げられてきた。

その病気の通常の経過は簡潔に言えば以下のごとくである:約3日目に、マウスは体を丸く縮こませるように見える、彼らの毛は逆立ってひだができ、そして彼らは外部からの刺激に対して過敏である。全身性の震えが存在する。4日から6日目に、その動物は破傷風様けいれんを起こして死亡する。

彼自身の報告が立証し始めるように、この実験は単に培養脳細胞でよく育つだろうあるウイルスを作り出すことだけを意味しなかった。



フランシスは、そのウイルスが肺から回収されてきた場合に、それがまだ脳に固執性があるかどうかを調べ始めた。

今回の実験は、組織培養系で生育したウイルス株を用いてのみ行われたため、マウスの鼻腔内感染によって維持されたウイルスのWS株がまた神経向的属性を保有しているかどうかを知ることは興味深い。

それ故に、通常の組織培養培地から移動して後、9から15回鼻腔内継代されたWS株ウイルスについてテストした。

懸濁液は、感染した肺から作製し、そしてそれを用いて、マウスたちは大脳内接種された

9代と13代目の肺から調製されたウイルスは、連続的な大脳内接種による継代を生き延びることに失敗した-最初の例ではおそらく継代が7日間の間隔で行われたからであろう。

14代と15代目の鼻腔内継代ウイルスで、しかしながら、6代と3代それぞれの大脳内接種継代後に致命的な神経系の感染が得られた(実験4、5、6、7、表II)。

前述の調査に基づくと、ヒヨコ胎児脳中での事前適応化の期間は、インフルエンザウイルスWS株の神経向性特性をもたらすためには必要とされないことは明白なように思われる。


フランシスは、驚くべき何ものかを報告し始める。マウスがウイルスを注射されたときそのウイルスは脳に感染するだろうが、しかしマウスが彼らの鼻を介して暴露されたときには、それは脳には感染せず、その代わりにそのウイルスは単に彼らの肺に固執することを

その神経指向活性は、肺指向活性を犠牲にして発現するのではない。(脳に)存在する場合には、他(肺)でも同等の濃度で発見される。

出現する効果は、しかしながら、接種ルートによって厳密に規定される。

肺向性と神経向性ウイルスの両者とも、大脳内接種後の脳からあるいは鼻腔内接種後の肺から検出される一方で、神経向性効果は鼻腔内接種によっては生じないし、肺向性効果は大脳内接種後に観察されない。

1941年、この研究を出版の1年後、彼はアメリカ軍によって、インフルエンザに対するワクチンの開発のために採用された。 


続く


元記事は

The history of vaccination as a method of biological warfare David Rothscum  Saturday, September 19, 2009
http://davidrothscum.blogspot.com/2009/09/history-of-vaccination-as-method-of.html (今回は和訳その1です)


次回からさらに驚くべき事が・・・


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by oninomae | 2010-02-01 20:14 | バイオハザード・ワクチン