私的"錬金機関"イングランド銀行 by アンドリュー・ヒッチコック
1694年: こうして、人を欺く「イングランド銀行」という名の銀行が設立された。イギリス政府によって管理されている印象を与える名だが、その実態はユダヤ人によって設立された民間銀行である。一九三四年に出版された『通貨の崩壊(The Breakdown of Money)』でクリストファー・ホリスは、イングランド銀行の設立について次のように書いている。
「一六九四年、(ユダヤ人と共にオランダからやって来た)ウィリアム三世の政権は、財政的にかなりの窮地に立たされていた。そこでウィリアム・パターソン[born April, 1658 in Tinwald, Dumfries and Galloway, Scotland - died in Westminster, London, on January 22, 1719]という人物を筆頭とする金持ち連中の会社がウイリアム三世に〇・八パーセントの金利で一二〇万ポンドの融資を申し出たが、その条件として、彼らは、自分たちを称して言うところの「The Governor and Company of the Bank of England」(イングランド銀行の正式名称)に資本金相当額の銀行券発行権を認めるよう要求した。
すなわち、イングランド銀行は、金貨銀貨で集めた一二〇万ポンドを二四〇万ポンド(つまり二倍)に変え、一二〇万ポンドの金銀を政府に融資し、もう一二〇万ポンド分の銀行券を自分たちが使えるようにしたということである。
パターソンの読みは当たった。イングランド銀行は、文字通り金を生む特権を獲得したのである。(中略) 実際には、彼らは二、三〇万ポンドほどの準備金も保有していなかった。一六九六年には(すなわち、その後二年以内に)、彼らは三万六〇〇〇ポンドの準備金で一七五万ポンドもの銀行券を流通させていた。つまりわずかニパーセントの『発行保証』で彼らは銀行券を発行し、そこから利子を得ていたのである」
イングランド銀行を動かしていたユダヤ人たちの名前は決して公にはされなかったが、この一六九四年から、同行を通じてユダヤ人がイギリス王室をコントロールするようになったことは明白である。
誰かはわからないよう身元を保護されていたそのユダヤ人連中も、ウィリアム・パターソンが表立ってこういうことを言うようでは、看板役にもう少し思慮深い人間を起用した方がよかったと思ったかも知れない。
「銀行は金という金から利益を得ており、その金もみな無から作ったものだ」
パターソンがこんなふうに秘密をばらすことを選んだという事実から、彼が仲間から見捨てられ、貧乏のまま死んでいった理由にも説明がつくだろう。あるいは、この「シャベス・ゴイ」(密かにユダヤ人の利益を代表する非ユダヤ人。「ゴイ」は「ゴイム」の単数形)が裏舞台ではもはや用済みになったというだけのことかもしれないが。
アンドリュー・ヒッチコック ユダヤ・ロスチャイルド 世界冷酷支配年表 740-1789 p037-039より
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気になったのでメモ
発生時刻 9月11日 9時21分
震源地 十勝沖
位置 緯度 北緯41.5度
経度 東経144.4度
震央 マグニチュード M7.0
深さ 約20km
なんだか、関東東海に南下してきそうですね。(地殻の歪みは十二分に蓄積していますので)
by oninomae | 2008-09-12 22:21 | イルミナティ