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酒鬼薔薇事件 初期新聞報道メモ

1997年

●5月28日朝刊(神戸新聞)

神戸市立多井畑小学校六年の淳君(11)が殺害された事件で、兵庫県警捜査本部(須磨署内)は二十七日午後、頭部が見つかった市立友が丘中学校の西約七百メートルの山林で、頭部のない淳君の遺体を発見した。調べによると、胴体部の遺体が見つかった場所は、淳君の自宅から東約二百メートルにあり、同区友が丘の通称「竜の山」と呼ばれる山林の頂上部にあるネットフェンス(高さ約二メートル)で囲まれたケーブルテレビのアンテナ基地内。失踪時の服装のまま、高床の施設の下に隠すように置かれていた。 フェンスの出入り口にはかぎが掛かっていた


●5月28日水曜日 頭部発見の直前 不審な男を目撃 「(産経新聞)

目撃された男は三十歳代ぐらい。身長約一七〇-一八〇センチで白っぽい上着を着ていた。これまでの調べでは、新聞配達の男性が二十七日早朝、乗用車で、正門前を南北に走る車道を南下していたところ、この男が、正門前から南へ約百メートルの車 道を歩いていた。車道は片側二車線で通常、乗用車が高速で走行している。男は住民が普段歩かない車道を歩いており、不審に思ったという。さらにこの男性が別のアルバイトに行くため午前五時半から六時すぎの間に同じ車道を利用したところ、また同じ男が正門前付近を南から北へ歩いていた。


●5月30日朝刊(神戸新聞)

遺体発見の山林への立ち入り規制解除
通称「タンク山」で、鑑識活動を進めていた兵庫県警捜査本部は29日夕、遺体発見以来二日ぶりに縄張りを解き、立ち入り禁止を解除した。「タンク山」は、淳君の自宅東約二百メートルにある小高い山林。頂上にあるケーブルテレビのアンテナ基地内で、高床式施設の下部に遺体が隠されていた。山すそをぐるりと取り巻いていたロープが外されたのは、この日午後六時過ぎ。数カ所の登り口からは、頂上までどれも勾配がきつく、近くに生えている木々につかまらなければ進めないほどの所も。<基地の周囲にあるネットフェンス入り口には錠がかけられ、それを覆うように黒い針金で縛られていた。


●5月30日夕刊(神戸新聞)

胴体部の遺体が見つかったケーブルテレビのアンテナ基地を囲うフェンス出入り口の南京錠に、淳君の血液型と同じ血痕があったことが三十日、兵庫県警捜査本部の調べで分かった。

調べによると、同基地は同小北の通称「竜の山」頂上付近で、遺体は高床式の施設の下に隠されていた。高さ約二メートルのフェンスの出入り口が施錠され、現場にほとんど、血痕が残っていないことから、淳君を運び込んだ手段がナゾだった


●6月1日朝刊 南京錠求めバイク男 須磨区ナンバーか/交換時期と重なる (神戸新聞)

胴体部の遺体が見つかったケーブルテレビ中継施設の出入り口の南京錠と同タイプのものを五月初め、同区内の金物店にバイクで訪れた男性が購入しようとしていたことが三十一日、分かった。出入り口の南京錠は、四月下旬に確認された後、何者かが交換しており、兵庫県警捜査本部(須磨署内)は、この証言を重視。バイクは須磨区ナンバーではないかとみて、男性の特定を急いでいる。

調べによると、男性が訪れたのは、五月三日午後一時半ごろ。「(本体の幅が)四十五ミリの南京錠があるか」と注文を受けた店員が探したがなかったため、「四十ミリでもいいか」と尋ねると、「それでは都合が悪い」と言い残し、バイクに乗って走り去ったという。男性は三十五―四十歳ぐらいで、一七〇センチ前後のがっちりした体格。短髪にベージュの作業着、青いジャージー、または作業ズボン姿で、伏し目がちに少し震えた声でぼそぼそと話していたという。

同店には四月二十七日ごろにも、四十五ミリの南京錠の在庫を確認する男性からの電話があり、同一人物とみられている。バイクは、黒か紺色で、須磨区ナンバーの可能性が高いといい、特定を急いでいる。さらに、在庫確認の電話をかけた男性は、用途について「学校のウサギ小屋のかぎを付け替えるため」と説明。

近隣の周辺の小学校では最近、そうした事実はないというが、用途が一般的ではなく、同本部は何らかの形で学校にかかわる人物ではないかとみている。


●6月3日朝刊(神戸新聞)

胴体部が発見された通称「タンク山」頂上付近にあるケーブルテレビアンテナ基地は雑木林に囲まれている。
血痕が少ないことで、犯人は遺体を他の場所で切断した後、ここに運び込んだともみられるが、遺体を長時間置いた場合、出血は比較的少量という。殺害されたとみられる二十四日以降、雨が降っていることなどから、流されたり、地中に染み込んだケースも考えられ、現段階で同本部は殺害、切断場所の特定に至っていない。


●6月3日夕刊 遺体発見直前に不審男  30代、170センチ、短髪/運転者、詳細に目撃  (神戸新聞)

神戸市立多井畑小学校六年、土師(はせ)淳君(11)=同市須磨区友が丘九=殺害事件で、五月二十七日に市立友が丘中学校正門前で淳君の頭部が発見される。

三十―四十分前に、現場前の路上にいた不審な三十代の男性を、通りがかったドライバーが詳細に目撃していたことが、三日までに分かった。身長一七〇センチ短髪、がっちりした体格で、胴体が見つかったテレビアンテナ基地の南京錠が取り替えられた時期に同区内の金物店を訪れた人物とも似ている

目撃によると、不審な男性は二十七日午前四時三十八分ごろ、同中正門前の中央分離帯をはさんで反対側を歩いていた。道路の側壁は急傾斜のノリ面で歩道はなく、ドライバーは突然、前方から男性が来たため、驚いてハンドルを切ったという。男性は三十代で、身長一七〇センチぐらい。なで付けたような短髪にがっちりしたタイプ。四角い顔付きで、一重まぶたで全体的にいかつい感じに見えたという。すぐ横を通ったのにとくに驚く様子もなく、みけんにしわを寄せ、うわ目づかいで前を見ていた。白っぽいシャツに、スポーツ時にはくような薄いグレーのズボン姿だった。何も持たず、散歩やジョギングしている様子でもなく違和感があり、強く印象に残ったという。男性が歩いていた所の近くに車両専用の側道があり、そこを通れば、道路をまたぐ形で同中正門前に行くことができる。

淳君の頭部が正門前に置かれたのは午前五時十―二十分ごろとみられており、同本部は、男性の目撃時間帯が接近していることや、ふだん人が歩かない道路を通っていることなどから、男性の特定を急いでいる。

一方、淳君の胴体部が見つかったアンテナ基地のフェンスの南京錠と同型のものを購入しようとした男性も、金物店などの目撃から、三十五―四十歳で、短髪、身長一七〇センチのがっちりした体格とされている。


●6月4日朝刊  黒い袋持ち潜む  通用門に不審者/正門前には黒い車 (神戸新聞)

 神戸市立多井畑小学校六年、土師(はせ)淳君(11)=同市須磨区友が丘九=が殺害された事件で、遺体の頭部が見つかった市立友が丘中学校正門前から約百六十メートル離れた北側の通用門付近で、五月二十七日午前五時ごろ、黒いビニール袋を持った男がしゃがみ込んでいるのを、通りかかった運転手が目撃していたことが、三日までの兵庫県警捜査本部(須磨署内)の調べで分かった。犯人が頭部を置く直前の時刻で、ビニール袋は丸く膨らんでいたという。また、運転手は正門前に止まっていた黒い車も目撃している。同本部は不審者と車を同時に見ていることから、ほかの不審者情報と合わせ、男と車の特定を急いでいる。

目撃したのは、配達中のトラック運転手(25)で、毎日午前五時ごろに同正門前から北通用門へ曲がるルートを通っている。二十七日に正門前を通過する際、敷地に乗り入れるように黒い車が止まっているのを見つけた。不審に思い、横を通る時に車中をのぞきこむと無人で、窓ガラスには目隠しシールが張られていたという。

さらに中学校の北東角を西へ左折、約十メートルほど進んだところで、通用門近くの木の陰に男がしゃがみ込んでいるのを見つけた。上半身は黒っぽい服を着て年齢は若そうだったという。丸く膨らんだ黒いビニール袋を持っていた。目撃した運転手は「陰に潜んでいるような感じで気味が悪かった」と話している。左折手前に点滅信号があるため、運転手はゆっくり走っており、黒い車と不審な男の姿をしっかりと確認しているという。

一方、約三十分前の午前四時三十八分ごろには、正門前の道路向かい側の車道を歩く不審な三十代の男を、別のドライバーが詳細に目撃している。男は身長一七〇センチ、がっちりした体格。なで付けたような短髪で、四角い顔。約一時間後、再び正門前を通過した時はいなかったという。

これまでの調べで、淳君の頭部が正門前に置かれたのは、同日午前五時十分ごろから二十分までの間とみられている。また、犯人は正門前の頭部を移動させるなど周辺に潜んでいた疑いが強い。


●6月5日 ■神戸の小6殺害  ポリ袋に赤黒い固まり 頭部発見前日近くに不審な男  (産経新聞)  

神戸市須磨区友が丘、市立多井畑小学校六年、土師淳(はせ・じゅん)君(一一)が殺害された事件で、頭部が中学校正門前で発見される前日の朝、現場から約五百メートル北の団地で、赤黒い液体のにじみ出た固まりがポリ袋に入れて置いてあるのを住民が目撃していたことが四日、兵庫県警須磨署捜査本部の調べでわかった。見知らぬ男性がそばに立っていたが、二時間後に帰ってきたときには、袋も男性の姿も消えていた。頭部発見直前には、現場近くで黒いポリ袋を持ってしゃがむ不審な男性が目撃されており、捜査本部は事件と何らかの関連があるのではないかとみて調べている。

不審なポリ袋が発見されたのは、頭部が正門前で発見された市立友が丘中から約五百メートル北の団地で、南北の幹線道路一本で結ばれている。先月二十六日の朝、この団地に住む主婦が、外出するために一階に降りたところ、エントランスホールの玄関わきに半透明のポリ袋が置かれていた。

中には、さらにスーパーの白い買い物袋が見え、その中に直径約三十センチの黒い固まりが入っていた。固まりからしみ出した赤黒い液体も透けて見え、主婦は血液のようで、とても気持ち悪かった」という。この団地のごみ収集日は毎週火曜と金曜。当日は月曜日で収集日でないうえ、ホール内に一度も見たことのない男性が立っており、不審に思ったという。男性は身長約一七五センチでがっちりした体格。年齢は三十五-四十歳。主婦が外出後、二時間ほどして帰宅したときには、ごみ袋も男性の姿もなかったという。


●6月20日夕刊  前日にも不審男  友が丘中近くで黒いポリ袋持ち歩く   (神戸新聞)

神戸市須磨区、市立多井畑小学校六年の土師(はせ)淳君(11)殺害事件で、淳君の頭部が発見される前日の五月二十六日夕、市立友が丘中学校の裏側付近で、草むらの中を黒いポリ袋を持って歩いている男が目撃されていることが、二十日分かった。周囲は短期大学や専門学校に囲まれて人気がなく、ごみ収集の時間帯からも外れていた。翌二十七日早朝に同中北側で黒いポリ袋を持った不審な男が目撃されているだけに、兵庫県警捜査本部(須磨署内)は関心を寄せている。

目撃したのは、近くに住む店員と高校生の二人(いずれも十七歳)。二十六日夕の薄暗いころ、同中裏門のすぐ南側、神戸大学医療技術短期大学と神戸総合医療介護福祉専門学校の間を南北に結ぶ遊歩道で、大学側の草むらの中を中学校の方向へ、黒いポリ袋を持って男が歩いているのを見た。ポリ袋は重たそうで下の方が張っていたという。

二人の話によると、男は紺か黒っぽい服で、角張った顔。がっちりした体格。短髪で、身長は一七〇センチ程度。周囲に人はおらず、わざわざ遊歩道から外れた草むらを歩いていたので、不思議に思ったという。男も二人に気づいた様子だったが、振り向くこともなく距離を置いてすれ違った。その後、男がどの方向へ行ったかは分からないという。店員は二十六日が休みの日で、翌日に事件が起きたことから記憶に残っていた。 二十六日は月曜日で、友が丘地区は家庭ごみの収集日だが、午前中のみ。男が歩いていた周辺には民家はなく、大学や専門学校もこの日夕の時間帯に外部でごみの収集や清掃はしていないという。


以下より抜粋
http://www.23ch.info/test/read.cgi/soc/1179568251/

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当時、三十代位で、身長一七〇センチぐらい。なで付けたような短髪にがっちりしたタイプ。四角い顔付きで、一重まぶたで全体的にいかつい感じの男性エージェントは、

事件とは何の関係もないんだそうです。はー。

で、誰だったんですか?どう関係がなかったのか聞いたことがないなー。

「間違っていた」といわれて鵜呑みですか?みなさん。


追記 2008.5.29

日本人は、どのようにして、現在の如き家畜人ヤプーの群れに落ちぶれたのか。その真相を知るためには、「日本の神々(神仏)は二度殺された」。その歴史に迫らなければならない。 太田龍  更新 平成20年05月29日00時03分 平成二十年(二〇〇八年)五月二十七日(火)(第二千四百三十四回)

○ジョン・コールマン博士著、太田龍監訳、「300人委員会、凶事の予兆」(成甲書房、2000年刊、在庫なし)

○「第五章 タヴィストック研究所、世界を操る最重要組織中枢」 二九二頁以下、

○ 「音楽、エンターテインメント企業はインディーズまでが握られている。」

○ここのところは、今日本人にとってとてつもなく重要である。

○ 『タヴィストックは、「ニュース」「音楽」「テレビ」「エンターテインメント」のビジネスをがっちりとおさえ、米国で私たちが見聞きするものをコントロールしているのだ。これでもまだ米国は「自由な国」だと信じるなら、あなたは、何も聞いてなかったことになる。これらすべての裏には、タヴィストック研究所が作ったプログラムがある。………』(二九九頁)

○ここで、アメリカについて言はれていることは、今や、その何倍もの強度で日本に対して、そのまま適用され得る。

○「家畜人ヤプー」(沼正三)は、悪い冗談ではないのだ。

○林秀彦氏は、日本人はこうして奴隷となった。

○と言うテーマを追及した。

○しかし、今や日本人は、「奴隷」でさえない。

○「奴隷」よりも更に深刻に腐り果てた「家畜人ヤプーの群れ」である。

○つまり、日本人は、どのようにして日本人から、家畜人ヤプーへと変化したのか、それが本当に問はれるべき問題なのである。

○どのようにして。

○日本の神々は、二度殺された。

○これを、日本の「神とホトケ」「神仏」としても良いであろう。

○日本の神仏は二度殺された。

○日本は二度神殺しをした。

○西洋の神殺しは一度であるから、
○日本は、西洋よりもより根源的に神殺しをした。
○と、梅原猛氏は述べた。
○この梅原説は、表層的に見れば、
○いかにも尤もらしく、気の利いた風なせりふに聞こえる。
○しかし、この梅原説は、犯罪的ペテンにあるに過ぎない。

○筆者は、二年前から、「日本の神々は二度殺された」(仮題)と言ふ原稿を書き続けているが未完である。

○しかし、最近、考えを変えて約半分弱か三分の一くらい、現時点で書き終えているところまで、未完のまま、とりあえず、コピー本を作って、有志に頒布することとした。

○二度殺された、とは、一度目は、幕末明治維新、二度目は、敗戦後、を意味する。

○ひょっとしたら、日本の神々(神仏)に対する、今、三回目の神殺し、神仏殺し、その死刑執行がなされつつあると、言うべきかも知れない

神々が殺されるとは人間の魂が殺されることである。
○魂を殺された人間(現代日本人)は、
○もはや、人間でもなく、奴隷でもない。 それは家畜人以外の何者でもない、だろう。

 (了)

【案内】

◎太田龍著「日本の神々は二度殺された」(仮題)上巻。コピー本、平成二十年六月下旬刊行予定、予約申し込みは、日本義塾出版部へ。 頒価 二千円。

by oninomae | 2008-05-28 00:27 | イルミナティ  

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