ロスチャイルド-ピーボディ-モルガン連合の成果「1857年恐慌」 by ユースタス・マリンズ
ジョン・ピアモント[1837-1913]の祖父であるジョゼフ・モルガンは、コネチカット州ハートフォードに106エイカーを所有する裕福な自作農であった。彼はのちにシティ・ホテルを開業し、エクスチェンジ・コーヒー・ショップをはじめ、1819年にはエトナ保険会社の創立者の一人となった。

後継者としてジュニアス・S・モルガンを選んだことがとてもよい選択であったと、ジョ-ジ・ピーボディは気づいた。

モルガンはN・M・ロスチャイルド商会との内密な関係の継続に同意し、まもなく合衆国への大規模な鉄道用の鉄の輸送によって会社の活動を拡大した。
1860年から1890年のあいだの合衆国の鉄道の多くは、ピーボディの鉄が基礎となった。
1864年に引退し、会社をモルガンの手に残すことに満足したピーボディは、社名をジュニアス・S・モルガン商会へと変更することを認めた。モルガンの会社はそれ以来つねにロンドンから指示を受けるようになった。ジョン・ピアモント・モルガンは、ほとんどの時間を荘厳なロンドンの別荘プリンス・ゲートで過ごした。
成功をおさめたロスチャイルド-ピーボディ-モルガン企業連合の最高潮の成果の一つが、1857年の恐慌であった。
それは1837年の恐慌から20年ぶりであり、過去の教訓は、発展するアメリカの利潤への投資に熱心な飢えた投資家の大群には忘れ去られてしまっていた。
彼らから巻き上げる好機がふたたび到来した。
株式市場は海岸に打ち寄せる波のように動いている。波は、酸素と波打つ水に支えられて活力を得ている多数の微少な生き物を洗い流す。彼らは「繁栄の潮流」に乗って沿岸を航行する。海岸で最高の潮位に達していた波が、すべての生き物を息たえだえのまま砂上に残して、突然引く。次の波がやってきて彼らを救うかもしれないが、たぶんそんなに遠くまではこないので、いくつかの海の生き物はそこで命を終えるのである。
同様に、新しく創造された通貨による繁栄の潮流は、人為的な信用の収縮をとおして引き潮となり、高い潮位を支えた人びとを救援の希望もなく死ぬに任せる。
『海賊J・P・モルガンの生涯』という本は、1857年の恐慌が穀物市場の暴落とオハイオ・ライフ・アンド・トラストの500万ドルの損失による突然の倒産によってひき起こされたと伝えている。

この崩壊によって、他の900のアメリカの会社が倒産した。
●恐慌で栄えるピーボディとモルガン
意味深長ではあるが、生き残っただけではなく崩壊によって繁栄したのもがあった。
『海賊J・P・モルガンの生涯』でわかるのは、1857年の恐慌のあいだにイングランド銀行はジョージ・ピーボディ商会に500万ポンドの貸し付けを行ったことである。
ジョン・K・ウィンクラーは『偉大なるモルガン』(ヴァンガード社、ニューヨーク、1930年)という本のなかで、その当時としては莫大な金額であり、現在の1億ドルにも匹敵する100万ポンドをイングランド銀行はピーボディに渡し、会社を救済したと述べている。

しかし、恐慌のあいだにそのような便宜を受けた会社は他になかった。
その理由はマシュー・ジョセフソンの『泥棒男爵』(ハーコート・プレイス社、ニューヨーク、1934年)という本のなかで暴露されている。その60ページに次のようにある。

「そうした保守的傾向と純粋な気質ゆえに、モルガン家が栄える礎となった老木、ジョージ・ピーボディ商会は有名であった。1857年の恐慌で、絶望的になったアメリカの投資家が証券を市場に投げ売りすると、現金をもっていたピーボディとモルガンは実質的な価値を持つ債権を大量に購入し、市場が正気にもどったときに高値で売り抜けた」
かくして、モルガンの多数の伝記から断片を継ぎ合わせて一つの物語をつくることができる。
恐慌が仕掛けられたあと、ある会社が100万ポンドの現金をもって市場にあらわれ、絶望的な投資家からパニック価格で証券を買い、のちにそれを莫大な利益を得て売り抜けた。
その会社はモルガン企業であり、その背後にはネイサン・マイヤー・ロスチャイルド男爵の抜け目のない策略があった。モルガン企業は、ときにはロスチャイルドの業務の金融代理店として登場するが、連合の秘密はロンドンやニューヨークの大多数の著名な金融界の知識人に対しては伏せられた。
モルガン企業が19世紀の終わりに急激に成長して国内の金融を支配するまでは、急激に台頭するアメリカの経済に投資することによって利益を上げることに、ロスチャイルドは興味がないかのように見えたことを、多くの取り巻き連中は不思議に思った。
ジョン・ムーディは『資本の支配者たち』という本の27ページで、「アメリカの領域にかんするかぎり・・・・・ロスチャイルド家は満足してモルガンの親密な同盟者としてとどまった」と書いている。
秘密は勇気よりも有益であったのである。
ユースタス・マリンズ 「民間が所有する中央銀行」 p147-150より











by oninomae | 2008-03-14 20:25 | イルミナティ