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「コクリコ坂から」 その真の意味を明かす たんぽぽ日記

「コクリコ坂から」 その真の意味を明かす たんぽぽ日記 2012年07月10日
http://blogs.dion.ne.jp/tanpopo0817/archives/10830745.html

先日、スタジオジブリの「コクリコ坂から」をやっと見た。

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昨年、「借りぐらしのアリエッティ」を映画館で観て、「失敗したな~、この程度ならDVDでよかった・・・」と後悔し、また監督も「ゲド戦記」の宮崎吾朗だということを聞いていたので、「わざわざ映画館に観に行くほどでもない」ということで今回はDVDを借りてきた。


映画を観た感想としては、宮崎吾朗監督作品としてはなかなか良い出来だと思った。

「ナウシカ」や「ラピュタ」のような壮大なストーリー性はないが、「耳をすませば」的な、青春ラブストーリーが展開されている。

ただし、好きになった相手が「兄妹?」という、映画の中で主人公も口にするほど「安っぽいドラマ」みたいな、すぐに先が見えてしまうストーリーは(原作に忠実に従ったのであろうが)できれば変えて欲しかった。そこまでの展開は悪くなかったのだが、少年俊がヒロインの海が差し出た父の写真を見た途端、顔色がサッと変わったところで先の展開が見えてしまい、興味は半減した。とは言え、スタジオジブリ最大の駄作「ゲド戦記」と比べれば、かなり成長したと思わせる内容であることは確かだ。

話はのっけからイニシエーションの寓話に始まる。

主人公の相手役の少年である俊は、通っている高校の文化部部室の屋根から、庭の池に向かって飛び降りる。

この飛び降りて、水に飛び込むーという行為が、宗教のイニシエーションである、ということを理解できるのは秘密の結社員だけなのである。

つまり、この宮崎俊監督のスタジオジブリの映画は、世界の秘密結社員に向けての、メッセージであるーということに気づかなければ、この映画が持つ本当の意味は理解できないであろう。

池に落ちた俊を、ヒロインの海(ここでもまた水)が手を差し伸べ、池から救い上げようとするが、周りが囃し立て、俊も調子に乗ってしまったため、怒った海が手を離して、俊は再び池に落ちてしまう。

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俊は、この国、日本を現している。

俊はかつて東洋における封建国家であったが、西洋列強の圧力により、開国、富国強兵、つまり戦争国家へと変貌を遂げる。

これが、西洋神秘主義の世界におけるイニシエーション、つまり、水に飛び込むという「洗礼」でなのである。 (落ちるという意味の、冥界降りの意も含まれている)

日本は、東アジア全域を巻き込む戦争というイニシエーションによって、西洋的に言えば「清い者」となった。

ところが、第二次世界大戦が終わると、日本人は西洋哲学的に言うと堕落して、戦争による領地拡大を求めなくなってしまう。(それでは、世界の人口が増え続ける一方で、大地の女神が死んでしまう)

そこで、日本を再び清い者とするため、列強は日本から手を離し、日本をもう一度、池に落とすー

つまり、戦争に漬けるのである。

日本はこの二度死ぬという行為によって、清い者への生まれ変わりを求められている。

主人公の名は海であるが、みんなからは「メル」と呼ばれている。理由は、海はフランス語でラ・メールであるからとされている。

だが、私のブログを初めから読んでいる方ならお気づきだろうか?メルとは、救世主メルカルト、同じくメルクリウス、そしてア・メリー・カーという、救世主の母、自由の女神を指すのだということを。

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この神もまた、西洋神秘主義における重要な神であり、地球の人口増殖による危機を、戦争というイニシエーションによって救い出す救世主、聖書で言えばイエス・キリストのことなのである。

この映画に登場する文化部の古風な建物は、「カルチェラタン」と呼ばれているパリの学生街、フリーメイソン活躍の舞台となった思い出の場所でもあろう。

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この文化部の建物は何層にもなっていて、哲学研究会の上に、化学研究会がある。この両部は互いに馬鹿にし合っている。

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化研は哲研を「実証不可能なものを研究している」と馬鹿にし、哲研もやり返す。

このふたつの研究会は、歴史上において、実際に戦っている時期があった。


百科全書派と呼ばれる、科学的な根拠によって宇宙の神を解明しようとするグループは、古代の非科学的な土着宗教の不合理性を糾弾した。 (「金枝篇」を書いたフレイザーなどが有名)

だが、歴史上科学は、その古代の宗教である魔術から派生したのであり、古代宗教→魔術→哲学→錬金術→化学→科学と発展していったのである。

古代の宗教も魔術も、また哲学も宇宙創造という神の領域を目指し、この世におこるすべての事象の解明を追い求めた。

それは、人間が神を超える、神のようになるという、聖書のアダムの野望でもあった。

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そのほかにもこのブログでもお馴染みの(最近は書いていないが)天体観測部があって、「太陽の黒点を20年も調査している」という。

この文化部の建物は老朽化したため、取り壊しが決まっていた。

俊が池に飛び込むというパフォーマンスも、文化部部室カルチャラタン取り壊しに反対することが目的であった。

取り壊しを撤回させるため、俊と海らは学校のオーナーである理事長をカルチェラタンに招いて歓待する。

理事長が天体観測部に「(20年も黒点を観測して)何か解ったかね?」と聞くと、「いいえ、何も解りません」と応えている。 宮崎駿は惚けており、この映画の中ではそうであろうが、今では太陽黒点が地球に及ぼす影響は明らかである。

こうして、世界結社が目指す日本と世界のイニシエーションを、古代の神話のように寓話化し、「伝える」という作業をスタジオジブリは担っている。


池に二度落ちる、という行為、私は日本で撮られた映画「007は二度死ぬ」というタイトルを思い出している。あの映画のタイトルの意味がこれだったのか・・・と。

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日本は戦後、アメリカ政府によって戦争を放棄させられたが、1960年、岸信介とアイゼンハワーの間で取り交わされた日米安全保障条約は、アメリカの戦争に日本が巻き込まれるーというもっともな不安を国民、とくに学生たちに抱かせた、

そして、今では考えられないほど学生たちは一致団結し、アイゼンハワーの来日を阻止するまで運動は高まりを見せた。

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私は、このことがその後の日本をさらに骨抜きし、堕落させられる結果を招いたのだと考えている。

ーこのままでは、日本は使えないー

世界を動かす人間たちはそう考え、経済拠点を日本から中国にシフトし、日本を再びイニシエーションにかけることにした。

学生たち、日本人の毒気を抜くため、我々はテレビや贅沢品(バブル)に釘付けにされた。

日本をイニシエーションにかけ、落とすためには、その前に徹底的に贅沢をさせ、千尋の両親のように家畜化しなければならない。

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家畜化してしまえば、彼らの政治の本質、真の目的は「戦争」であるーということを忘れてしまい、彼らの意のままに張り巡らされた罠、すなわち尖閣や竹島、拉致、従軍慰安婦問題によって、隣国と再び戦うことを受け入れるであろう。

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二度水に落とすーという行為は、古代のギリシャでは、二度焼く行為としてよく知られている。

聖書でも神が与える試練、つまり復活のための救済であるイニシエーションは、洪水(水)と火の2種類があることが明記されている。

ギリシャ神話に登場するディオニュソス(バッコス)は、タイタンたちに二度に分けて火にかけられ、喰われてしまう。



この二回に分けて火を通すということは、生贄式の一部ではなく、通過儀礼に属している。こうして火を通すことによって、ティタン族は、幼神のうちに新たな若さを授け、彼の持つ不死性の炎を再び活性化することができるのである。

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「オルフェウス教」レナル・ソレル 文庫クセジュより引用


「ラストサムライ」日本人は戦いを、世界を戦争の火によって更新する役割、つまり聖書の救世主の役割を再び担うことが求められていた。

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だが、日本の特に学生たちは団結して立ち上がり、アメリカを初めとする西洋戦争主義=すなわち救世の技に対して猛反発した。

戦争で数多くの人が父や家族を亡くしたのだから当然のことだったはずだ。日本人は戦後、目覚めていたのだ。

ところが、日本人は贅沢とテレビに埋もれてしまい、再び眠ってしまった。それが現代なのである。

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この宮崎作品は、日本にいま求められているイニシエーションに対する日本の知識層(同胞)からの応えであり、また、寓話によって国民に知らせる、という役割を担っている。


映画の中で流れる坂本九が歌う「上を向いて歩こう」だが、作詞は永六輔である。

永六輔は中国からの渡来人を先祖に持ち、東京の寺で生まれた。(仏教の僧侶は、もともとすべて中国人か朝鮮人であったーという事実を日本人は忘れているが)戦中は「チャンコロ」と呼ばれ、日本人からいじめを受けていたという。


映画でも流れたこの歌詞の中には、「幸せは、空の上に~」という部分がある。 幸せは、この地上ではなく、あの世にあるー

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私が何度も皆さんに伝えてきた、あの哲学思想、「誰が知ろう、この世の生は死であって、死こそまことの生でないかを」が、この歌の中に隠されている、ということを最後に書いておこう。

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以下は地震警報



おまけ

ヒナゲシ

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リメンブランス・デー:11月11日。1918年の1111日に第一次世界大戦が講和したことからヨーロッパでは追悼記念式典が行われる。ヒナゲシは主にイギリス連邦の国々で戦没者の象徴とされている。カナダの詩人で従軍したジョン・マクレーの詩「フランダースの野に」にちなむ。

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コクリコ坂から

監督 宮崎吾朗

制作 スタジオジブリ

封切日 2011年7月16日 (=18

タイトルの「コクリコ」はフランス語で「ヒナゲシ」を意味する。


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福島県相馬沖にヒラメ稚魚10万匹放流へ 来年水揚げ
http://merx.me/archives/25432

これは、放射性物質除去作業だろうか?



東日本大震災:がれき受け入れ、宇部市が断念 /山口 毎日新聞 2012年07月10日 地方版
http://mainichi.jp/area/yamaguchi/news/20120710ddlk35040417000c.html

震災がれきの広域処理について宇部市の久保田后子市長は9日、がれきの安全性に関する国の見解に懸念が残ることを理由に、「受け入れは困難と判断した」と発表した。

同市は、震災がれきを受け入れた場合▽焼却灰が最終処理場で水に触れる▽焼却場で生じたスラグを冷却した水を下水処理場で処理して海に流すことになる−−ため、国に「安全性の根拠」を再三、尋ねていた。

国からは6月中旬、「安全性に問題はない」との回答があった。しかし、市が求める「根拠」について納得いく説明がなかったといい、市は受け入れを断念した。市は今後、広報などで周知する予定。

〔山口版〕

by oninomae | 2012-07-10 20:06 | イルミナティ

 

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