ゲシュタポ長官がトルーマンの最高助言者になった By Henry Makow Ph.D.

ウィキペディアによると、ハインリッヒ・ミュラー[Heinrich Mueller, b. April 29, 1900]は、ゲシュタポの長官で、アドルフ・アイヒマン[Adolph Eichmann]のボスだったが、「一九四五年五月に消息を絶ち、そして決して捕まらずあるいは死んだことが確認されない唯一のナチ政権の高官であり続けた」。
実際には、そのゲシュタポ長官はスイスに脱出し、彼はそこで政府のために働いていた。一九四八年には、米国政府は共産主義者たちに満ちていたため、CIAが対ソ諜報専門家として彼を採用した。フランク・ウィズナー[Frank Wisner]とジェームズ・クロンサール[James Kronthal]が、5万ドルの年俸と100万ドルの契約金で彼を迎え入れた。
ミューラーはすぐに、大統領ハリー・S・トルーマン[Harry S. Truman]とファーストネームで呼び合う仲になった。彼のナチのメダルを着けて、ミューラーは自宅でトルーマンを楽しませ、バッハを演奏し、そして、盗難美術品と箱入りの上等のウイスキーを与えた。トルーマンは、彼の息子の名付け親であったかもしれない。
ミューラーは、米国に彼のゲシュタポの助力者たちを連れてやってきて、そしてすぐにワシントンを盗聴させた。彼は、彼のCIAの上司をスパイし、そしてトルーマンに、彼らが電話盗聴されていることを知らせた。
彼は、朝鮮戦争の間、ワシントンでのソ連のスパイ(キム・フィルビー[Kim Philby]を含む)との接触と彼の共産主義者ナンバーワン・ネメシス(報復の女神)としての経験に基づいてソ連の意図についてトルーマンに助言した。
彼はスイス人の身元で生活し、米軍の護衛兵を有し、そして彼の本当の身元についての疑問を提起する誰であれ、直ちに送り込む暗殺者を雇っていた。少なくとも半ダースほどの人々が、この方法で自分の創造主に会うことになった。
1949年3月がら1951年9月までに渡る期間のミューラーの200ページの日誌は、『The CIA Covenant: Nazis in Washington』の題の PDFファイルが、www.tbrnews.orgで、6.25ドルでグレゴリー・ダグラス[Gregory Douglas]によって販売されている。一部の抜粋がサイトに載っている。また、アマゾンで、ハードカバー本を36ドルで購入することもできる。
明らかに、非常に冷酷非情の対応ができ(彼は、文字通りヒトラーの暗殺未遂犯を化粧室の下に流したことを自慢する――トム・クルーズ[Tom Cruise]が彼を演じた)ミューラーは、これらの日記から、驚くほど教養が高く洗練されそして知的な人物として浮かび上がってくる。
練達のピアニストそしてチェスプレーヤーである彼は芸術と文学を楽しんだ。彼は、戦争中に盗まれた金と美術品のおかげで非常に裕福だった。彼のCIAでの職務の一つは、彼らの盗難美術品を盗品故買者に売ることだった。
アレン・ダレス[Allen Dulles]、ジェームズ・アングルトン[James Angleton]、そしてフランク・ウィズナー[Frank Wisner]のような人々は「最高機密」プロジェクトから数百万ドルを横領したと、彼は言う。例えば、民主的に選出されたイラン首相モサッデク[Mohammed Mossadegh]を退けるために、彼らは100万ドルの賄賂をポケットに入れた。ミューラーは分け前を得た。
カトリックのミューラーは、バヴァリア(バイエルン)州警察のために働き、そして、共産主義者たちと同様ナチたちも起訴した。ナチたちが権力を握ったとき、彼らは彼に仕事を続けさせた。彼は猛烈にアドルフ・ヒトラーに忠実になり、そして、米国ワシントンで総統の誕生日を祝い続けた。多くの高位にあるアメリカ人たちとともに。
「私は決して実践的なナチではなかった。」と彼は1949年4月9日に書いた。「しかし、我々はそれを議論せざるを得ない。なぜなら、多数の私の[CIAの]上司たちは秘密の同調者たちで、そしてそれは彼らを全く痛感させてはいないだろうから。私は今や一人の真の党員、そして共産主義との戦闘員になった。」
軽蔑
ミューラーは、ワシントンを、「動物園と精神病院との間の中間物」とみなしていた。 彼は、定期的に妻を寝取る彼のCIAの同僚たちを軽蔑していた。多くはゲイでそして人種差別主義者にもかかわらず、黒人の愛人を持っていた。 その妻たちはまた、豊かな情報源であった。
そのCIAは、「擬似インテリ、酔っぱらい、そして病的な自惚れやたち」で満たされており、彼らは自分が何をしているのかまったく何の考えもない、と彼は書いた。「[アレン]・ダレスは、こうした育ちのよい間抜けの一人で、彼は正しい学校に行き、そして正しい人々にあった。もしそうでなければ、彼はニュージャージーのどこか小さな町のYMCAでトイレをごしごし洗っていただろう。」
CIAは国家政策を策定しようと努めていた、そして民主主義の灯台が次第に、彼が共産主義より望ましいと認めたファシズムに陥っていることに責任があっただろう。
ミューラーの称賛は、ハリー・トルーマンに取って置かれる。彼は正直な気取りのない男で、共産主義に対する防波堤であるとみなした。共産主義者たちは、ルーズヴェルトの下、合衆国を乗っ取っていた。
もし彼がヘンリー・ウォレス[Henry Wallace]を後継者に立てることに成功していたら、「この瞬間に、『北アメリカの人民共和国』の上に赤旗が空を舞っていただろうことは疑う余地がない。」(1950年6月14日)
ミューラーは共産主義者-ファシストの分裂対立が、戦争のための社内チームに分かれたフリーメーソンの二つの分岐を反映しているということを、正しく認識していないように思われる。ルーズヴェルトと同様に、トルーマンは高位のフリーメーソンだった。
イルミナティの評議会は、冷戦を決定し、そして明らかに、アメリカを統括する共産主義者(ウォレス)を有してはいられなかった。
ナチたちは採用された。なぜならば、米国チームはあまりにも多くの共産主義者/「国際主義者」たちを有していたからである。
ミューラー、フーバー、CIAが、トルーマンの暗黙の支持と共に、米政府の中の共産主義者たちに対する上院議員ジョセフ・マッカーシー[Joseph McCarthy]の運動の背後にいた。 ミューラーはマッカーシーを、思い上がった支持材、酔っぱらいで、「妖精」(おかま、めめしい奴)であるとみなしていたけれども。
「冷戦」は、「反共産主義者」側で、米国をナチスに置き換えた、第二次大戦の継続であった。 (訳注:当時『共産主義」は、敵国の体制を破壊して略奪し、人々を奴隷化するためのものでした)

ホロコースト
ミューラーの日記は非常に信用できる。それが、なぜユダヤ人大虐殺についての彼のコメントが、非常に挑発的であるかという理由である。 この日記は公表されることは、おそらく意図されていなかったことを忘れないでおこう。
一九四九年七月九日に彼は書いた:
「アメリカ人たちは、何らかの種類の強制収容所システムを設置して、[アルジャー]・ヒスとその他のような人物たちを保護拘留すべきである。一部のばかが、昨日私に言った。我々のすべての強制収容所が、我々が数百万単位でガス死させ、その後ランプシェード、女性の手袋、ハンドソープに変えられたユダヤ人たちで満ちていたと!私は、彼らがそのような戯言を得たのか思いもつかないが、しかし私はアメリカの報道機関が政治的な理由で、その話をでっち上げていると想像する。その収容所は決してユダヤ人たちのために設計されてはいなかったし、我々は彼らの何百万人をガスで殺したり、あるいは彼らの遺体から石鹸を作ってはいない。収容所はほとんど職業的犯罪者と共産主義者たちのためのものであった。いかなる時点でも、すべての収容所の受刑者たちの約75%が、政治囚で、そしてその残りは犯罪者、スパイ、そしてユダヤ人たちに分けられた。そもそもヒムラー[Himmler]が犯した最悪の誤りは、収容所にロシアの囚人(捕虜)たちを連れてきたことである。なぜなら、このことが多数の囚人たちを殺したチフスを持ち込んだからである。ここでしばしば示されるやせ衰えた死体の山の写真は、死んだユダヤ人たちの写真ではなく、発疹チフスの犠牲者の写真である。そして、6万人のユダヤ人たちがそこでガス死させられたダッハウのガス室とは!いくつかの機会に、私はダッハウを訪問して来たし、そこでは誰もかつてガス死させられていない。『これらの焼却炉で、何万人もの殺されたユダヤ人たちが火葬された』との題名での焼却炉の写真はもっとナンセンスである。刑務所で死亡したすべての囚人たちは火葬され、そして彼らの灰は家に送られた。そして特に、チフスの流行は至る所で猛威を振るっていたことがある。まあ、他の事項については、私に言えることは何もない。」
R・ヴィストリッヒ[R. Wistrich](『ナチ・ドイツ人名録』)によれば、ミューラーは欧州のユダヤ人の絶滅において、中心的な役割を有していた。

「彼は、絶滅のために1943年1月31日までに、45,000名のユダヤ人たちを、速やかに送ることを要求した回覧命令、そして同じ趣旨の無数の他の文書に署名した。それは、命令実行における彼の熱意を明らかにする。1943年の夏に彼は、ユダヤ人たちを逮捕することにおいて際だって非効率で不熱心なことが判明しつつあったイタリア人たちに圧力をかけるためにローマに送られた・・・彼の手の中で、大量殺人が、一つの自動的な行政上の手順となった。」(p.174)
彼の尋問では、ミューラーは主張した:「あなたはこれらの収容所での私の役割が何であったか知りたがっている。それについて、手短に要約させてほしい。私は犯罪者や政治犯たちに対するそのような収容所に人々を送った。私は、これらの収容所にもそれらの政策方針にも一切何も関係はしていなかった。」 彼はまた主張した。彼は、その収容所では50万人だけが、多くはチフスで死亡し、そしてすべてがユダヤ人たちとは限らなかったという明確な記憶を有していると。
私の意見では、これは、ミューラーの側の紛れもない嘘である。
ナチたちは、労働者には適さない高齢者、子供たち、女性たちに何をしたか?さらにまた、多くのユダヤ人たちは、強制収容所の外で狩られて銃殺された。 (訳注:ミューラーにも嘘があると思うが、ユダヤ人600万人虐殺というのも誇大な嘘だと思う)
ゲシュタポ長官になる以前、ミューラーは短期間、ユダヤ人の移民を手配を担当していた。1939年、彼は個人的に、900名の裕福なドイツ系ユダヤ人たちをキューバに植民させるための、有名な汽船「セントルイス」努力作戦を組織した。
ルーズヴェルトは、彼らがあまりにアメリカに接近していると感じて、それを阻止した。それは、ルーズヴェルトが厳密には「ユダヤ人を」代弁していないある権力を代表していた証拠である。
結論
ミューラーは、ドイツ人たちを団結させるためのヒトラーの反ユダヤ主義の利用は、ドイツに対して裏目にでると感じていた。 彼は、多くの共産主義者がユダヤ人たちであるが、多くのユダヤ人たちはそうではないことを認識していた。 「私はユダヤ人たちを憎んではいない・・・そして彼らを迫害していてもしょうがない。」 彼は、ベルリンのユダヤ人たちの半分以上が、戦争終結時まだそこにいたと主張した。
彼は、米軍やCIAの最上層部における、ナチ・ドイツの同様な地位のものを上回る反ユダヤ主義を発見して驚いた。
CIAはシリアと南アメリカへの 「ラットライン(ナチの逃げ道)」を継承した。彼らは、シリア人たちを、イスラエル人たちに対して強化するためにナチたちを送った。
イルミナティは、紛争を助長するために双方を強化する。
この本には、他の多くの興味深いことがある。しかし、私にはあなたをじらす余地だけしかない。
ミューラーは言う。イスラエルは1949年にサウジアラビアを攻撃したがった。そしてトルーマンは、彼らを止めるために軍事行動で脅さねばならなかった。 スターン・ギャングが、トルーマン暗殺を試みたが、そのチームは逮捕され殺された。
ルーズヴェルトは、ヒューイ・ロング[Huey Long]を殺させた。そしてファーザー・コフリン[Father Coughlin]を黙らせるために、「法王と取引を行った」。
英国は、米国とロシアがお互いを破壊することを望んでいた。
ミューラーは、ヒトラーが戦後スペインに逃れたこと、そしてUFO(空飛ぶ円盤)が実際に地球外のものであることを示唆している。
その日記は、洗練され、機知に富み、おしゃべりで、非常に面白い。 それが本物であることについて私の心には疑問はないが、私は全知ではない。
ミューラーは、5000万ドル以上を持っており、富裕で若い社交界の名士と結婚し一人の息子をもうけていた。 その日記は、アイゼンハワーが政権を取る以前に終わっている。それで、我々は、ミューラーが引退したのかどうかはわからない。 彼はバージニア州とコロラド州にの不動産を所有し、1983年にカリフォルニア州で死去した。
その日記は、一つの興味をそそる期間への比類のない洞察である。
明らかに歴史は、不道徳で国際的な徒党イルミナティによる、人類をコントロールし使役するための一つの見せかけである。 それは、スポーツリーグのようである。 ミューラーのような人々が、新しいチームに参加する。 マフィア・ファミリーのように、彼らは対立関係を有しており、強力なシオニストと反ユダヤ主義の要素両者を含むが、究極的には、世界独裁体制とという同一の目標を有している。



この教訓は特に、彼らが「文明の衝突」すなわち第三次世界大戦を製造しようとしている現今に関連する。

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パート2は「ゲシュタポ長官のアメリカへの警告[Gestapo Chief's Warning to America]」
http://www.savethemales.ca/001707.html
元記事は
Gestapo Chief Became Top Truman Advisor By Henry Makow Ph.D. August 26, 2009 (Updated from August 2006)
http://www.henrymakow.com/001699.html
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by oninomae | 2012-02-07 21:15 | 戦争詐欺・紛争