日本の原発マフィアたち 鬼塚英昭
第2章 日本の原発マフィアたち
日本の原発マフィア第1号 正力松太郎
「佐野真一が『謀略の昭和裏面史』(別冊宝島2006年)という雑誌の特集のインタヴューを受けて、正力松太郎について答えて次のように語っている。」
「いちばん大きかったのは、GHQ経済科学局の副官だったキャピー原田という日系二世の米軍情報将校に助けられたことです。」
「読売グループは周知の通り保守反共路線ですね。それから彼は原子力の導入にも大きな役割を果たしていくことになります。こうした正力の軌跡は、そのままアメリカの対日政策の変遷と重なります。これは決して偶然ではないと私は思いますね。」 (以上佐野真一からの引用終わり)
「正力松太郎の懐刀で、原子力と正力を結びつけて影で活躍した人物に柴田秀利がいる。彼は正力を『原子力の父』と呼ばせる仕掛け人となった。有馬哲夫の『日本テレビとCIA』によると、
NHKのニュース解説を務めた末、電波管理委員会に随行してアメリカを視察、テレビ導入に奔走した男として登場する。同書によると『CIAが日本テレビを工作の対象として動き出すのは1953年の3月25日になってからのことだ』とある。」
「(1954年)3月1日、アメリカがビキニ環礁で水爆実験をし、第五福竜丸が被曝したニュースを読売新聞が3月16日にスクープして報道した。アメリカは驚いたに違いないのである。佐野真一は『巨怪伝』の中で次のように書いている。
『・・・放射能の影響からマグロの値段が半値に暴落し、東京・杉並区の一主婦から始まった原水爆実験禁止の署名運動がまたたく間に三千万人の賛同を得ていたころだった。(中略)数日後、柴田は結論を告げた。”日本には昔から”毒をもって毒を制する”という諺がある。原子力は諸刃の剣だ。原爆反対を潰すには、原子力の平和利用を大々的に謳いあげ、それによって、偉大なる産業革命の明日に希望を与える他はない。この一言にアメリカ人の瞳が輝いた。』」
「CIAから暗号名『ポダム』を与えられていた正力は、輝かしい日本の未来を願い、CIAから一千ドルの小切手を貰って日本テレビを創り上げ、かわりに、三千万の人々の反原発運動を『毒をもって毒を制する』方法で、原子力の平和利用を工作したというわけである。」
「読売新聞は1955年元旦、『原子力平和使節団招待』という社告を第1面に掲げた。『原子力は学問的に見ても、とっくに技術開発の段階さえ終わり、工業化と経済化への時代、それも輝くばかりの未来性を暗示する時代に来ている。広島、長崎、そしてビキニと、爆弾としての原子力の洗礼を最初にうけたわれわれ日本人は、困難を押し切ってもこの善意により革命達成の悲願に燃えるのは当然だ』 まさにオセロ・ゲーム的な文章である。”善意”でなくて”悪意”ではないのか。」
原発マフィア第2号、中曽根康弘
「中曽根はアメリカ特別大使J・F・ダレスが来日(1951年1月)した際に、ダレスに航空および原子力の研究の自由を求める書簡を送っている。1952年4月28日に講和条約が発効しているから、その約一年前のことである。」
「中曽根は原発マフィアであった。それも日本がまだ独立していない時期からである。児玉誉士夫の子分となり、政治資金を貰い続けているうちに、児玉同様にアメリカの、特にCIAのエージェントになっていたものと私は推察する。中曽根は1953年7月から11月まで、ハーバード大学の国際問題研究会に出席するために渡米している。この旅の途中で彼の面倒をみたのは当時ハーバード大学の助教授だったヘンリー・キッシンジャーだった。キッシンジャーは当時ネルソン・ロックフェラーのブレーンであったが、助教授になる前にロスチャイルドが実質的に支配するタヴィストック研究所に行っている。いわば、ロスチャイルドのエージェントでもあった。中曽根は四ヶ月もかけて、何が目的でキッシンジャーの世話を受けたのかを考えるとき、謎が解けてくる。」
「佐野真一の『巨怪伝』から引用する。『中曽根はその著書のなかで「これがわが国における”第三の火”のスタートとなった」と書いている。中曽根が原子力予算案を出したのは、アメリカが極秘のうちにビキニ環礁での水爆実験を行ってからまだ二日後のことだった。ここから浮かびあがってくるのは、中曽根はビキニの核実験をひそかにアメリカ側から知らされた上で、あえてこの日に原子力予算をぶつけてきたのではないかという疑惑である。 さきに述べたように、読売がこの水爆実験をスクープするのは、3月16日のことだった。もし読売のスクープが出たあとであれば、当時の国民感情からいって、この予算案は通るどころか、上程することすら出来なかったはずだ。』」
「中曽根が夏季セミナーに参加した頃、1953年8月、ソ連が水爆実験に成功している。ルイス・L・シュトラウスを中心とした強硬派が核の予算獲得を主張していた頃である。シュトラウスがアイゼンハワーを動かし、『アトムズ・フォー・ピース(原子力の平和利用)』の演説の準備に入っていた。私はシュトラウスが日本を一つの大事なファクターとして考えていたと思う。」
「シュトラウスは唯一の原爆を落とされた国ニッポンに的を絞り、原子力の平和利用の国家としようとしたのである。」
註 ルイス・L・シュトラウス[Lewis L. Strauss, 1896-1974]について第1章から要約
ロスチャイルドのアメリカ代理店であるクーン・ローブ商店の共同経営者。同商会はロックフェラーセンター・ビルの56階に陣取り(蛇足:5x6=30, 5+6=11)、ロックフェラー家全体の財務を担当し、一族の銀行口座すべてを管理している。つまりロックフェラーの事業、投資はすべてクーン・ローブ商会の共同経営者の承認を受けなければならないことを意味する。これは今日でも変わらない。シュトラウスは1950年から53年までロックフェラー兄弟の財務担当顧問の地位にあった。彼はロード・ロスチャイルドが見事に育て上げた優秀なるエージェントであった。
「和製原発マフィア第1号と第二号は、CIA、アメリカ陸軍情報部、そしてAECらの手で大事に育てられてきたのである。」
第4章 ウランを制する者が世界を支配する
「広瀬隆の『危険な話』は1978年に刊行された。
今、私たちは、『東京電力』から金を与えられてきた東大教授たちが、東京電力の代弁者として半世紀以上前の『原子力委員会』のパンフレットに書かれているのと同じ内容のことを、NHKや民放の番組に登場して、しゃあしゃあと喋っているのを見ている。東大、京大、大阪大に、中曽根康弘が国民の税金を投じて原子力研究所を作らせたときから、ごく一部の京都大学の教授、準教授、助手を除き、ほとんどの教授たちは、原発マフィア第二号の中曽根の言いなりとなった。」
第五福竜丸の被曝についてシュトラウス曰く、
「放射線が少し増えたとしても、人間、動物、作物に害を与えうるレベルよりもはるかに少ない」 「医療用のX線のような放射線源や、自然放射線と比較し、核爆発から出る放射性降下物は人間の遺伝構造に重大な害を与えない。」 「放射性のストロンチウムやヨウ素のような同位元素が人体にもたらす危険についても「あまり微々たるもので問題にもならない」
「東京電力や関西電力は、このシュトラウスが主張する『無害論』をパンフレットにしてごく最近まで、東日本大震災のすぐ直前まで大量にバラまいていたのである。」
(副島隆彦はシュトラウスと見解を同じくする安全宣言の要旨を開示版に掲示し、学問道場の一部の会員はそれをプリントアウトしてファイルしたものを被災地の避難所に配布している。ロスチャイルドのエージェントと同じ思想を持つ自称国家戦略思想家の副島隆彦が、同じ思想をパンフレットにしていた東電をなぜ糾弾するのか。同じ穴のムジナ同士ではないか。)
第5章 かくて日本はアメリカに嵌められた
「原発は中曽根により国策とされた」
「私たちは、ここで知らねばならない。日本共産党を除く四党派がこぞって、原子力の平和利用、すなわち、原発を造ることに賛成したのである。」
「私はアメリカが強力な圧力を加え、日本政府、政党を脅した結果だとみている。突然の『原子力の平和利用』が日本国民の知らないところで、CIAのエージェント(あえてこう書く)、原発マフィア第二号、中曽根康弘によって開始されたのである。」
「すべてはアメリカが用意周到に準備工作をしたものであった。吉田茂こそ、CIAが作り上げたアメリカが誇る最高のエージェントであった。
CIAのエージェント・岸信介が自由党に入党したのは1953年3月。彼が吉田茂と中曽根を動かしたとみる。」
「彼は後に首相となるが、弟の佐藤栄作とともにCIAから金を貰い続けていた。私は、正力松太郎と中曽根康弘の2人で原発が日本に造られたと書いてきたが、2人は表舞台に出された”役者”であるだけで、影で裏工作がなされたと思っている。吉田茂、岸信介たちが裏工作をしたのである。」
「この予算がつき、正力松太郎が衆議院議員に初当選し、初代の科学技術庁長官、そして原子力委員会の委員長となる。ポドム(CIAのコード・ネーム)正力松太郎と『中曽根が第一(CIAの評価)』の2人組みが、原子力発電所を強引に日本に造っていくのである。正力と中曽根の原発マフィアは共同で、次々と法案を提出しては通過させていく。(中略)この間、役人は一切関与していない。」
「あの福島原子力発電所の利権について書くことにする。日本人がいかに欺されてきたかが分るのである。」
「さて私は次のように推察する。中曽根康弘と田中角栄は、福島第1原発が福島県の現在地に内定すると、利権を分け合うことに決めた。
田中角栄は友人となった堤康次郎に密かに土地を買収させた。
中曽根は鹿島建設の渥美健夫社長に建設の利権を与えた。
原発マフィア第二号の中曽根と、原発マフィア第三号の田中角栄はこうして利権を分け合ったのだ。」
「西部クレジットは西武百貨店、西友ストアが主要な株主であった。第三番目の株主はスイスの最大手銀行クレデイ・スイス。田中角栄は堤康次郎の紹介で、ここに多額の闇資金を隠した。今、原発マフィア第三号ミセスこと、田中真紀子がこの闇資金を管理している。」
「日本全国に造られた原発はすべて利権がらみである。ひとつの例外もない。」
「すべてはウラン235から採用された二億三千五百万の予算案から始まった。維持することも不可能、解体することも不可能な原発が五十四基も存在する日本。こんな日本をつくったのは、原発マフィア第一号と原発マフィア第三号だけではない。多くの利権を漁る連中が、この日本という国を食いつぶしたのである。」
「私は、日本人はどこかで大きな間違いを犯し続けていると思っている。第二次世界大戦で日本が敗北したのに、その真の原因が隠されたままではないか。今回の3・11巨大地震でも、起きるべくして福島第1原発の大事故が起きたのに、その真の原因を探ろうとする動きは見えてこないのである。私はその真の原因を読者に知らせるべく、降りかかるであろう苦難を百も承知で追求の旅に出ている。」
「東京電力と関西電力は原発マフィアの餌食となった」
「正力松太郎は原発導入に熱情を示し続けたが、電力会社の姿勢は慎重だった。しかし、正力と中曽根がその慎重な電力会社を原発に向わせたのである。」
「何の準備も東電がしていないときに、正力と中曽根の原発マフィア・コンビは原発推進の旗をふったのであった。彼ら東電の職員はアメリカに行かされる。」
「『こんな実験、やってみるにも場所がないよ、場所が・・・。日本には!』 アイダホの砂漠に代わる荒野など、この狭い日本にあるはずもない。」
「ロスチャイルドの支配下にあった世界有数の兵器会社ヴィッカースがGEと結びつき、原爆開発が本格化する。GEはモルガン系である。(モルガンもロスチャイルドのアメリカ番頭) JPモルガンの系列が戦前の日本の大企業に投資していた。東芝はほんの一例である。戦争とは、お互いの兄弟会社が利益を上げるように、敵対国として、また敵対国のために戦うことである。三菱財閥は戦争中、密かにロックフェラーのスタンダード石油から石油を貰っていた。ロスチャイルドの指令によった。だから、ウランは三菱系の三菱商事がロスチャイルドのウランを買い入れて東電や関電に流すのは理屈に合っている。世界最大大手の化学会社デュポンも戦前から日本に子会社を多数持っていた。だから、ウランを日本に売り込むのは容易だった。昭和天皇はこのことを知りぬいて戦争をしかけたのである。」
「中曽根を実質的にというか、本当に動かした人間がいた。その男の名は瀬島龍三(1911~2007)である。大本営参謀として、ソ連が天皇を戦犯として東京裁判で訴えることを察知すると、瀬島はシベリアに渡り、天皇の免責と引き換えに、50万以上の兵隊がシベリアに抑留され、強制労働させられることをゆるした。瀬島は1956年までの11年間、ソ連に抑留された。しかしシベリア抑留時代、高級仕官待遇で、ソ連に厚遇された。」
「1956年に釈放されると、1958年に、伊藤忠商事に入社、1978年に同社の社長となった。天皇の影武者として、その生涯、中曽根康弘ら多くの政治家を自在にコントロールした。」
「瀬島は戦後、情報機関をつくり、原発第1号の正力松太郎もその指揮下においた。私は、瀬島龍三こそが日本の最高権力者であり続けたのではないかと思っている。」
「瀬島龍三は昭和天皇及びCIAと結びつき、電通、博報堂などの情報組織の影の支配者であり続け、伊藤忠商事の相談役その他、数え切れない肩書きをもっていた。」
「中曽根内閣が『平和問題研究会』を発足させたが、そのリーダーも瀬島龍三であった。」
「この研究会の座長は、高坂正堯(京都大学教授)である。
中曽根康弘は、高坂を始めとする京都大学の桑原武夫、梅原猛らの学者とも交わり、政策の遂行に利用した。平和研究会のメンバー全員が、原発推進派であった。」
「多くの参謀が戦後、昭和天皇のもとを去っていたが、天皇が唯一身近に残したのは、瀬島龍三ただ一人だった。彼が正力や中曽根を操って原子力発電所の建設に力を入れさせた。天皇はアメリカの国策を無視することができなかったのである。」
「テレビと原発の関係を見てみよう。過去から現在に至る人々なので故人もいる。
NHKでは平岩外四(NHK経営問題委員、東京電力会長)、
緒方彰(NHK解説委員長、日本原子力産業会議理事)、十返千鶴子(NHK放送番組向上委員、原子力文化振興財団理事)。
日本テレビは正力松太郎できまりだ。
TBSが問題である。毎日新聞開設発起人が芦原義重(関西電力社長→会長)である。
フジテレビは、サンケイ新聞社長の稲葉秀三が原子力産業会議常任理事である。
テレビ朝日は朝日新聞社長の渡辺誠毅が原子力産業会議理事である。
また論説主幹の岸田純之助は原子力委員会参与。
テレビ東京を支配する日本経済新聞会長の円城寺次郎は原子力産業会議の副会長である。
テレビ大阪と近畿放送の重役である小林庄一郎は関西電力の会長である。
東海テレビの重役の田中精一は中部電力の社長である。」
「私はこれらの人々の多くが中曽根康弘のブレーンであることをつきとめた。いや、ブレーンとは名ばかりで、中曽根の金脈でもあった。テレビと新聞が、原子力にからんでいる。原発の『安全神話』を作り上げる必要があったからである。『彼ら全員が原発マフィアである』と、私は言いたい。」
「私は中曽根と堤康次郎、田中角栄の線で、福島に原発が造られていく過程を描いた。また、東電がGE製の原子炉を採用したのが必然の結果であることも、鹿島建設と東芝がその建設と設備に深く関与していく過程も書いた。日本の原発にはアメリカ、否、ロスチャイルドの意向が強く働いていることも書いた。」
「あの福島原発とはどんな原発なのか?」
「『残念ながらこの原子炉には、大きな弱点があった。そのことがわかったのは、74~75年、マークⅠの後継にあたる原子炉マークⅡとⅢを開発する過程でのことだ。(中略) マークⅠは、地震や津波などの大きな災害によって冷却装置を喪失すると、格納容器に想定されていた以上の負荷がかかり、破裂する可能性がある。』(GEの原発設計者デール・ブライデンバーグ[Dale G. Bridenbaugh])」
「ブライデンバーグはこの事実を、NRC(米国原子力規制委員会)とGEに伝えた。」
「アメリカは応急処置をしたという。しかし日本は何もしなかった。ただ安全神話のみを流した。」
原発マフィア第三号・田中角栄の原発利権
「立花隆の『田中角栄新金脈研究』はこれでもかと、田中の金脈について書いている。しかし原発という金脈こそ最大の金脈であるのに、人ごとのように書いて、一切追求しない。私はある筋から頼まれて、立花隆は『文藝春秋』誌にデータを与えられて田中角栄批判の一連の記事を書いたとみている。ある筋、がどのような筋なのかは確証がないから書かないが・・・。中曽根康弘を首相にした瀬島龍三に近い筋であろうと思っている、とだけ記しておく。」
「田中角栄が、CIAの回し者(おそらくそうだ)、立花隆から金脈を追及され、首相の座を降りなければならなかったのは、多分、原発利権がからんでいると思われる。」
「正力松太郎と並ぶ巨怪・田中角栄が去って、一度は消えかかった原発は、中曽根康弘が首相を続けるうちにまた燃え上げる。それは世界の原発マフィアが『原発ルネッサンス』を主張し始めたからである。日本人の心を変えさせて、原発を大量に造らせようとする奸計が密かにすすめられていた。それが『地球温暖化問題』であった。」
黒い絆
by oninomae | 2011-05-27 20:12 | 放射能・ラジオハザード