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放射能から身を守れ by たんぽぽ日記

これを転載せずにおれようか。

ホットスポット 放射能から身を守れ by たんぽぽ日記

国際原子力機関が飯館村において高濃度の放射線を検出し、日本政府に対し避難勧告を出すように促したと報道された問題について、政府の審議会である原子力安全委員会の代谷誠治委員(元京都大学大学院エネルギー研究科教授)は、IAEAの指摘は避難勧告ではなく、 「『(線量を)超えたので、注視してください』と言われたと受け止めている」と発言した。

世界でも類を見ないほどの汚染量であるはずだが、原子力安全委員会は、まだ住民を避難させる必要がないということか。であれば、安全であるという証明に、彼らの家族も飯館村に移住してもらいたい。そうすれば住民たちも少しは安心するだろう。

私が言いたいことは、不安に思っているのは、このようないい加減な委員どもではなく、飯館村の住民たちであるということだ。IAEAが非常に高濃度の放射線物資を計測し、注意を喚起しているのだから、住民を避難させるのが当然でないか。

元原子力安全委員会専門委員だった、中部大学の武田邦彦教授が言っていたが、原子力委員会と言っても実は原発推進派が多数を占めており、大型地震がくれば壊れることがわかっていながら、国民にその危険性を伝えてこなかったとはっきり言っている。

まともな人間はこの人ぐらいのもので、残りは原発クレイジーといったところか。武田教授のサイトに被爆から少しでも身を守る情報が出ているので参考にしてほしい。武田邦彦でヒットする。

政府や、その機関である「原子力安全委員会」とやらは、汚染された土地や食べ物について「安全、問題ない」と言っている。国が国民を騙して守らないのであるから、自分たちで身を守っていくしかない。

私は、東北や関東の住民らが協力し、一日でもはやく各地に放射能測定器を導入し、自分たちの土地の放射能を測り、自分たちが食べるものの放射能を測るといった自衛手段を構築することが必要と考える。私もスパーなどで7000円ほどの義捐金を寄付したが、そうしたお金は赤十字などに集まっているので、全国から集まったお金で放射線測定器を購入してもらうように働きかけなければならない。

なぜなら、食料などの必需品も緊急を要すると思うが、精度の高い測定器であれば1000万円くらいはするはずなので、個人で買うことは難しい。だから義捐金によって購入してもらうのだ。

この際、NOPなどが介在してくることも考えられるが、国や議員とつながっている場合も多いので、注意するべきだ。正しい情報を得なければならないからだ。できれば、地元の信頼できる人物に運営を任せたほうがよい。

チェルノブイリ報告にもあったが、1回の測定に1000~3000円程度支払って運営を維持する。その他、測定所では、現地の食品や、大手メーカーの食品、ベビーフード、ベビー服などあらゆるものを購入して測定し、汚染度が高いものは住民に対して注意を呼びかける。

この作業を自治体単位で行っていけば、すべての製品を一自治体で測定しなくとも情報を共有することでスピードが増し、負担も減らすことができる。(ただし、一製品を最低2ヶ所くらいで測定しすることが必要) 地元の消防団を中心に運営、自治体の協力を仰ぐのが最ものぞましい。

さて、放射能に汚染された地域でどのようなことが起こるのか具体的に見てみよう。

以下「チェルノブイリ報告」広河隆一 岩波新書より

(怒りをたたきつける女たち)より抜書き

3月15日朝8時前、私の車はキエフの町を出て、木立に囲まれた郊外の道に出た。私は、コリンコ記者が「モスクワニュース」に書いてセンセーションを巻き起こした、ジトミル州のナロジチ地区に行こうとしていた。
―略―

それはナロジチ地区セシウム137汚染地区で1-5、5-15、15-40、40-80キュリー(1平方キロ当たり)と、黄色、青色、茶色に色分けしてあった。 (引用注:1キュリーは厳密に3.7×10の10乗ベクレル=370億ベクレル=37ギガベクレル。1キュリー/平方キロメートル=37ギガベクレル/平方キロメートル=3万7千ベクレル/平方メートルで、管理区域下限くらい)

右に近づくほど茶色になり、その先70キロほど行ったところに、チェルノブイリの原発があるのだ。

「この場所に行って写真を撮りたいのですが」と私は茶色の部分を指差して言った。

このとき私は、セシウム80キュリー[296万ベクレル/平方メートル]ということが、どれほど恐ろしいことか知らなかったのである。
―略―

一番下の針は振り切れて、10倍にセットする。さらにゆっくりと針が上がる。枝道に入った。中程で針は止まった。背筋が凍った。この値は死の町プリピャチの路上で測ったときの値と同じではないか。
―略―

「略―特に子供たちの体の具合が悪くなって。いろんなところが痛み出したみたいだよ。私もあちこちの骨が痛み出してね。そのうち、歩くのまでつらくなってしまってね。どこに行くのも乗り物に乗せてもらわなければならなくなったしまったよ。そりゃもう、恐ろしいことだよ。まるで罪もないのに罰せられているみたいでね。また、その辺の水を飲むと恐ろしいことになる、という話を耳にしたよ―略」
―略―

一番の犠牲者は子供だね。将来のある子供たちが、毒が含まれているものを飲んだり、食べたりしなくちゃならないんだからね。あの事故のために、かわいそうに体に現れた子供もいるんだよ。こういっちゃなんだけど、髪の毛がなくなちゃたんだ」

女は叫ぶようにそう言った。おなかの大きなリュボーフィに訊いた。
「いつ生まれるのですか」
「4月の予定です」
「この騒ぎで心配なことはありませんか」
「足と背中に痛みがあって、ちょっと腎臓の具合がおかしいんです」

私は、生まれてくる子供のことが心配だという言葉が返ってくると思っていた。しかし、女はそのことには触れず困惑した暗い表情を見せて黙ってしまった。

「この子の体の具合は大丈夫ですか」と、私はトラクター運転手のトロッキーの抱えている幼児を指差していった。
「全体としては正常なんですが、医者によると心臓が少し悪いそうです」

「食べ物は、今どうしているのですか」
トロッキーが答えた。
ここで採れる物はすべて、じゃがいもだろうがトマトだろうが、食べたら駄目なんだ。安全な他の土地で採れたものを買わなきゃならないんだ。牛乳が大問題なんだ。ここで採れた牛乳は、1リットルあたり8コペイカで国家に買い上げてもらっているが、俺たちがそれを飲むことは禁じられていて、店から安全なのを1リットル34コペイカで買わなきゃならないんだ」
―略―

俺たちの土地には、セシウムが900キュリー[3240万ベクレル/平方メートル]もある場所さえあるんだ。これじゃ一体どうしろというんだ。2ヶ月前、キエフの放射線科学医療センターに行って、体の検査をしたら、セシウムが4200ベクレルという数字が出た。びくりして訊いたら、食べ物と一緒に体に中に入ったんだといわれたよ―略」
―略―

私の持ってきた放射線検知器は―略―、突然、ピーというけたたましい金属音が鳴った。針が振り切れる。100倍にセットする。針はようやく中程で止まった。

周りで人々が息を凝らしてカウンターを見ていた。
―略―

それに今見た数値はチェルノブイリ事故炉から、たった200メートルしか離れていないところで測った数字にかなり近かったことに、私は動転していた。
―略―

―次回に続く― 

(略)


放射能から身を守れ2

前回に続き、広河氏の著書より引を続けます。いよいよ、チェルノブイリ原発事故後、人々がどうなっていったのか、核心の話が出てきます。

「チェルノブイリ報告」広河隆一 岩波新書より

(破滅のコルホーズ)から抜書き
―略―

飲んではいけないという牛乳を!コルホーズ議長のワシリー・イバーノビッチに訊いてみた。
「牛乳はそのままでは飲みません。必ず精製工場に出してバターやチーズに加工するようにと言われているんです。科学者は牛乳にはセシウムが含まれていると言っています。ここに今、乳牛と肉牛がそれぞれ400頭います。豚に飼育は1ヶ月前にやめました。153頭いたんですけどね」

「なぜやめたんですか」

目に障害のある豚が、1988年だけで30頭も生まれたんです。以前はそのような豚は、毎年1、2頭ぐらいしか生まれなかったのですが。もっとも、科学者たちは、これはチェルノブイリの影響なのか、それとも関係ないのか原因を究明しなければならないと言っています。依然として、原因は立証されていないのです」

獣医のクージン・ペトロ・イバーノビッチが引き継いだ。
障害を持って生まれてくる家畜の数は、どんどん増えているんだよ。これは非常に警戒を要する兆候だ」
―略―

その豚をどうしたのか、コルホーズ議長に訊いた。
「全部、肉にしました」とワシリーが言った。
「豚をどこかに移して肉にしたのですか」
「そうです。まず、豚を生きたまま他の場所に移し、そこで汚染されていない餌を食べさせてから、解体するのです。そうすると肉は食べられるようになるのです」

私は黙っていた。もう人々が食べてしまったのだ。聞いていてつらくなる話だった。
―略―

私たちの車は、ナロジチ市に引き返した。ナロジチ地区病院主任医師のイーチェンコ・レム・イグナーチェビッチと、看護婦のスーシ・ナターリャ・アンドレーブナが、応じてくれた。

「この地域の人びとの健康状態に異変が起きているとぴうのは、本当の話ですか」と私は切り出した。

「本当です」と医者が言った。

「具体的に詳しく教えて下さい」

医者は看護婦の方を見た。看護婦はうなづいて話し始めた。

「そうですね。正確なデータは手元にありませんが、この地区では半分くらいの子供に甲状腺の肥大が認められます。それはヨウ素が原因だと言えます
―略―

リンパ線にも肥大が認められます。甲状腺異常の子供には、しばしばリンパ腺の異常が認められるのです」
―略ー

「大人はどうですか」
看護婦が答えた
ガンが増えています。以前は皮膚ガン、咽頭ガン、舌ガンはありませんでしが、今ではそれが認められるようになったのです
―略―

(「ゾーン」は巨大な実験場)より抜書き

私が再びチェルノブイリに戻ったのは、1990年の7月、私の第一回目の訪問の1年4ヶ月後だった。
―略―

冷却用の用水路をたどると大きな池がある。チェルノブイリ原発の冷却用貯水池である。
―略―

貯水池の岸には「高濃度の放射線汚染につき、魚を捕ることを厳禁する」と書かれた大きな看板があった。
―略―

池の中央に進んだ。いけすで私たちは船を降りた。係りの人はすぐに綱を手繰った。鈍い銀色の腹を光らせて、チョウザメが何十匹と跳ね上がってきた。
―略―

係りの人は「水はほとんど汚染されていないよ。底の泥はひどいがね」と言った。
―略―

チョウザメは、ソ連にとっては貴重な外貨を獲得するキャビアをとる魚である。そして汚泥はこの貯水池から、プリチャピ川を下り、ドニエプル川を経て、国会を(も?)汚染されていると聞く。
―略―

撮影を終えて、陸に上がると、動物たちの鳴き声が聞こえてきた。そこには何百という檻が並ぶ動物実験所があった。キツネやテンやネズミや、そのほか名も分からない動物たちが、檻の中を動き回っている。

「貯水池の魚を食べさせ、動物の育成を調べているのです」

「動物の皮膚や血を検査し、放射能がどれだけ動物の組織に含まれているかを調べます。またわれわれは動物を捕獲してきて、飼育し交配させました。そして生まれた子供の一部を汚染されていない場所に移して、そこで育てています」
―略―

ひとつの建物の壁には、「人間の進歩には犠牲が伴う」というスローガンが書かれている。 

(「この村は滅びる運命に」)より抜書き

―略―

ナロジチの町に戻り、地区病院小児病棟を訪ねた。主任医師の女性リュボフ・クレメスは、こう語る。

胃や肝臓の障害に苦しむ子供たちが増えています。貧血も。頭痛とめまいに苦しんでいる子もたくさんいるのです。病気の子供たちの数ですか?私のところでは分かりません。各地区の医師に聞かなければ。

今はここには3人の子供たちしかいません。みんな出て行ってしまいました。疲れやすい、体力のない子供は増えています。

最近6ヶ月で240人の子供たちがここで治療を受けました。気管支炎、呼吸障害、肺炎、貧血などです」

「重病の子供たちはどれくらいいますか」

「あまり重体の子供はいません。白血病の子供たちは、今キューバで治療を受けています」

「亡くなった子供は」

「今年、5人死にました。未熟児で生まれた赤ん坊が二人死にました。咽頭炎や気管支炎がとても多いのです。未熟児も増えています。以前はこんなに多くはありませんでした。とても小さな赤ちゃんが多いのです」

ここは小児病病棟ですが、近くに病院もあります。4年間で10人が未熟児で死に、10人が死産、3人が生まれてすぐ死にました。

前はこんなことはありませんでした。難産も増えています、妊婦の体力が衰えているからです」
―略―

84人の子供たちが、白内障になっており、このうち半分はノートの罫線も見えません。人間の目は放射能を測るバロメーターなのです
―略―

「その当時政府の役人は、放射能の危険はないと言っていました」

「ウクライナ共和国のロマネンコ保険大臣は、テレビで『私はここで皆さんに、もう一度、放射能の危険はないことを言明します』と言いました。

その裏で保険省の第三局は汚染の危険のことと、被爆者の治療の詳細を秘密にするように、との指示を出していたのですまた、事故後の処理に現地に入った人たちの汚染量も、秘密にすることを義務付けました

―続く―

「放射能の危険はない」  なんと、日本の現政権と瓜二つの言葉を並べていたわけだ。そして、菅政権は全共闘のリーダーたちが作った政権であるという事実。

民主主義だと思っていた日本が、いつのまにかタイムカプセルに包まれ、気がつけば、20世紀のソ連になっていたということだ。

民主党が叫んだ「情報公開」などは程遠い。

そして自民党と連携し、放射能汚染被害を隠し、復興を餌にして、利権を広げようとしている。

福島県を中心に、今後、放射線の影響による病気は増え続ける。宮城、茨城、山県、群馬、東京、千葉、神奈川など、その地域は非常に広範囲にわたるだろう。

だが、政府はその関連をなかなか認めようとはしない。「因果関係が明らかではない」と言って。

政府は福島原発から広がった放射性物資によって、今後、重大な健康被害がでることを明らかに知っている。 だが、今は「安全だ」と言っている。

それはきっと、「僕は原子力に詳しいから、すごいことをした」と自慢している、菅直人の指示によるのだろう。 原子力に詳しいからには、日本人にどのような事が起きるのか、知っているからだ。それが菅首相が行った「すごいこと」なのだ。でなければ、一体彼は「どのようなすごいこと」をしたというのか?


放射能から身を守れ3

2000万ベクレル(引用注:1平方メートル当たり)もの放射性物資が測定されたのに、大丈夫だと言う政府。 (引用注:これを仮に1平方キロメートルで考えるとすると、2万ギガベクレル/平方キロメートルに対応する。チェルノブイリでの強制移住は 40キュリー=1480ギガベクレル/平方キロメートル 以上のエリアで行われたらしい)

また、飯館村で放射線を計測したIAEAも、村全体としては7万ギガベクレルなので、避難対象となる10万ギガベクレル*を下回っているなどと言い出した**。7万ギガベクレルでも途方もない数値であるのに! (引用注:*飯館村の面積230平方キロメートルで割ってみると、これは435ギガベクレル/平方キロメートルということになる。また、チェルノブイリの時、ベラルーシでは、15キュリー/平方キロメートル、つまり、555ギガベクレル/平方キロメートル以上の場所を移住対象としたらしい。 **薄いところを足して考えれば当然平均は薄くなる)

政府もIAEAも日本人を守らない以上、自分たちで少しでも放射能を取り込まないように努力するしかない。まして、放射線被害は遺伝子に重大な影響を与えるので、あなたの世代だけではなく、子々孫々にまで影響を与えるのだ。 

まず、原発から100キロ以内の人びとで、個人的に放射能測定器を買える余裕がある人は、品薄だとは思うが購入を急ぐべきだ。

そして性能の高い、大型の測定器を、共同で購入するべきである。誰でも使えるように。ただ、政府が安全だと言っているのであるから、政府頼っても数値は信用できない。チェルノブイリのことを思い出してほしい。町内会や救援募金のお金で購入し、自分たちで真実の数値を測るのが望ましい。

CNNなどは、福島県産の牛肉から放射能が検知されたのは、測定が間違っていたためで、再計測したら放射線は出なかったといっている。東京でさえ放射線が検知されているのに、まったく数値が出なかったなどということはありえない。

このような官民一体となって「放射能安全キャンペーン」を張り出した。

放射能は、たとえどんな微量であっても危険なのである。まして微量とは言え、毎日浴び続け、毎日食べ続ければ「塵も積もれば山となる」のことわざどおりとなる。

以下「チェルノブイリ報告」広河隆一 岩波新書より

(果てしのない不安と困惑より)
―略―

ナタリアは13歳で、おとなしい女の子だ。母親のタチアナはナタリアがそばを通るごとに抱きしめる。ナタリアははにかみながら、料理に戻る。
彼女は腕の骨が変形して、時間が経つごとに短くなっているのです。甲状腺にたいへんな放射能を浴びたという診断書ももらっています。彼女の血液の病気は、治る見込みがあまりないと言われました。
―略―

「私の下の娘は、事故後に生まれたので怖いのです。事故の2、3ヶ月後に生まれた子は皆、慢性の肝臓障害などを持っています。
―略―

小児科医のアーレンカ・エレーナが、診察していた。彼女はもとプリピャチの医者だった。

「事故以前と以後では、子供たちの状態にどんな変化が生じましたか」

昔診ていた子供たちには、今のような甲状腺肥大、白血病などに代表される血液の病気、肝臓やすい臓の障害などの症例はありませんでした。胃腸障害も多くみられます。無気力、消極性、失神、鼻血もよくみられます。
―略―

「この建物の裏手の幼稚園を測ってもらったら、すべてのカーペットが汚染されていました。この幼稚園は87年に開園して、カーペットはその時いれたんですが、汚染なんて誰も知らなかったし、誰も教えてくれなかった。子供が生活することろは、すべてチェックしておくべきでした」

「子供たちは皆、免疫機能が低下しています」

(ロシア共和国の汚染地帯)より抜書き

1989年に私が初めてチェルノブイリの取材に行った時、30キロ圏の外にもかかわらず汚染がひどい場所の被害状況はいっさい秘密になっており、ほとんどジャーナリストの立ち入りは不可能だった。やがて90年春になって白ロシアのすさまじい汚染の状況を伝える記事が、伝わり始めた。
―略―

60%の子供が甲状腺の病気を持っています。でも、事故前の統計はありません。誰も調べようとしなかったのです。子供の病気は、以前は一週間で治ったものが、今では数週間入院しないとだめなのです」
―略―

町を出ようとすると、公園で放射能検査作業をしている一団のグループを見つけた。係りのロシア人の女性は私たちを追い払おうとしたが、グループのリーダーは気さくに応じてくれた。

それは驚いたことにアメリカ人たちだった。リーダーはケビン・ミラーと言い、米エネルギー省ニューヨーク市環境測定研究所の所属だと言った。
―略―

「国際原子力機関(IAEA)の依頼で、チェルノブイリ事故の、ソ連側のアセスメントを検証するための調査にきたのです」
―略―

ソ連の科学者の行った測定をすべて見直すこと、現在の放射線量を実際に測定することにより検証すること、この測定によって得たデータをもとに、人体が結果的にどの程度の放射線を受けるかを算定すること、その被爆で人体にいかなる医学的影響が生じるのかを研究すること、などだという。

(汚染地帯での結婚式)より抜書き

次の日、モギュリフ地方の汚染地帯に向かった。
―略―

私の娘はいつも鼻血を出しているのよ。この村には頭痛や鼻血で苦しんでいる子がいっぱいいる。それでも医者は何も言わないわ。きっと秘密にしておきたいんでしょう」

別の年をとった女が言う。

この地域一帯で、260人の子供がガンになったと耳にしたよ。この村が汚染されていることが分かったのは、事故後3年も経ってからだ。このあと3ヶ月間、1人あたり30ルーブルづつ支給された。今は15ルーブルに減ったけどね
―略―

「私はうまく歩けなくなってしまったよ。それでも乳絞りの仕事をしているが、口の中がいつも苦い味がするんだ。事故になる前は足は痛まなかったのに、今では痛くて」

「私だって、以前は手なんか痛くなかったのに、今は悼むんだよ。足も痛いし、時には座ることもできないほどなんだ」

―引用終わりー

(略、キュリーとベクレルの換算をして、付記してみましたが、間違いがあればお知らせ下さい)

by oninomae | 2011-04-02 14:51 | 放射能・ラジオハザード  

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