ロスチャイルド家の最初の「世界銀行」である「国際決済銀行(BIS)」 by A・ヒッチコック
この設立者は、チャールズ・G・ドーズ[Charles Gates Dawes、1865–1951]
(ロスチャイルドの工作員で一九二五年から一九二九年までカルビン・クーリッジ大統領のもとで副大統領を務める)、
オーウェン・D・ヤング[Owen D. Young、1874-1962](ロスチャイルドの工作員。RCAの設立者で、一九二二年から一九三九年までゼネラル・エレクトリック社会長を務める)(引用者蛇足:諜報員には鳩からラジオ無線の時代に入り、RCAは強力なMI6フロント企業だった)、
ドイツのヒャルマル・シャハト[Hjalmar Schacht、1877–1970](帝国銀行総裁)だった。
BISは銀行家たちから「中央銀行の中央銀行」と呼ばれていた。
国際通貨基金(IMF)や世界銀行が各国政府と取引を行っている今日の視点からすれば、BISはほかの中央銀行と取引をしていたに過ぎない。しかし、その会合はすべて非公開で行われ、そこに世界中の中央銀行のトップが参加する。たとえば、連邦準備制度理事会前議長であるアラン・グリーンスパンは、この非公開の会合に出席するために、スイスのバーゼルにあるBIS本部に、年に一〇回も出向いていた。
また、BISは独立の存在として特権を有し、政府の規制を免除されている。この特権・免除の概要は次のとおり。
一、個人、および、その所持品(すなわち、外交文書用郵袋)に対する外交特権
二、従業員給与を含めたあらゆる経済活動に対する課税免除
三、中国やメキシコをはじめ世界各国でBISが管理運営する建物や事務所に対する、大使館に準ずる外交特権
四、いかなる政府機関にも業務を監督されず、報告の義務もなく、監査も行われない。
五、移民規制を受けない。
六、いかなる通信もすべて暗号化する自由
七、司法権からの独立。独自の警察組織さえ有している。
ジョージタウン大学教授の歴史学者、キャロル・キグリー[Carroll Quigley、1910- 1977]著『悲劇と希望(Tragedy and Hope)』の一九七五年版には、
この中央銀行の設立について次のような記述がある。
「金融資本の影響力は実に広く、それがめざすところは民間による世界的な金融支配のシステムを創出し、あらゆる国の政治制度や世界経済全体の支配を可能にすることに他ならない。このシステムは、協調して動く世界の中央銀行が頻繁に会合や会議を開いては密約を結ぶという封建的な方法で運営されることとなった。
このシステムのトップはスイスのバーゼルにある国際決済銀行のはずだったが、この民間銀行を所有し、支配していたのは世界各国の中央銀行だった。そして、これらの中央銀行自体もまた民間企業だったのである。
中央銀行はそれぞれに自国の政府を支配することを望み、そのために財政融資や為替の操作を行って国家の経済活動の水準に影響を及ぼした。また、実業界での経済的な見返りを約束することで、協力的な政治家に影響力を与えた」
ほんの一握りの米国上院議員が、ヘンリー・カボット・ロッジを先頭に、アメリカを国際決済銀行の影響力から守ろうと戦った。しかし、アメリカがこの世界中央銀行を拒んだにもかかわらず、連邦準備制度理事会はスイスの会合に理事を派遣し続けた。そして一九九四年、アメリカは"正式に"これに引きずり込まれたのである。
アンドリュー・ヒッチコック ユダヤ・ロスチャイルド 世界冷酷支配年表 「承」の章 邪魔者は消し去れ 中 1925-1935 p154-156より
by oninomae | 2008-11-24 06:18 | イルミナティ