イスラエル:暗黒の源流  ジャボチンスキーとユダヤ・ファシズム 6b

http://bcndoujimaru.web.fc2.com/archive/Vladimir_Jabotinsky2.html#5bu より その3

[ヒトラーが「育てた」シオニズム]

(内容)
(1)パレスチナへのユダヤ人移民に対するナチの全面協力
(2)経済と産業に対するナチの全面協力
(3)ナチとシオニストの人間的関係
(4)ニュルンベルク法に対するシオニストの反応
(5)シオニストによるナチスとの軍事同盟提案

 先ほどのモーゼス・ヘス[Moses Hess]は「選ばれた種族」とそのための国家という概念を強く押し出し「ユダヤ種族の純粋性」を擁護した。その60年後、ヒトラーがそっくりそのままをマイン・カンプの中で主張することとなる。ただしユダヤ種族とゲルマン種族を取り替えてではあるが。

 イスラエルの高名な詩人であるハイム・ナフマン・ビアリク(Chaim Nachman Bialik, 1873-1934)は1934年に次のように書いた。『ヒトラーと同様にだが、私は血の思想の力を信じている』。もちろんゲルマンとユダヤでは血が異なるため味方同士とはなりえないにせよ、両者の『純血性』にこだわる発想は雌型と雄型のように同一のものであろう。先ほど述べたイスラエルの状態は単なる差別政策と言うよりも、ナチ同様に民族浄化、つまり「国家の純血化」に違いあるまい。

 シオニストとナチスとの間にあった相互の親近感と信頼関係については驚くほど多くの資料が残されている。ただそれを知らせる努力が為されていないだけだ。

(1)パレスチナへのユダヤ人移民に対するナチの全面協力

 1930年代を通してシオニスト団体はドイツ国内に40ものユダヤ人開拓者訓練キャンプのネットワークを作りパレスチナへの移住に備えさせたのだが、これはドイツ当局の全面協力を仰いだものだった。これが後のキブツの原形となったのだが、それらのキャンプには白地にブルーの六芒星の旗がひらめいていた。

 ヒトラー政権が誕生したのは1933年1月30日だったが、すぐさま世界ユダヤ人経済会議は「ドイツ商品ボイコット」という宣戦布告を行った。しかしその直後に世界シオニスト機構(WZO)はヒトラーへの反対運動を240対43の圧倒的大差で否決したのだ。 ヒトラー政権は同年8月にシオニストとハアヴァラ(Ha'avara)と呼ばれる移送協定を結んでユダヤ人のパレスチナ移住に対する全面協力を開始した。これによってシオニストはドイツ在住の「ユダヤ人の祖国」建設の意欲に溢れそのための訓練を受けたユダヤ人たちを大量にパレスチナに移住させることに成功した

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 ここでパレスチナのユダヤ人人口の変遷を見てみよう。第1次大戦後の1922年では、委任統治を開始した英国の調査によると、パレスチナ人67万人、ベドウィン7万人に対してユダヤ人は6万人であった。そしてヒトラー政権の誕生以降に移民のラッシュが始まる。1933年に3万人、34年に4万2千人、35年には6万1千人の入植者が新たにやって来たのである。そして第2次世界大戦が開始する1939年にはパレスチナのユダヤ人人口は44万5千に膨らんだ。イスラエル建国の1948年のユダヤ人人口がほぼ65万人であるので、この時期の移民がいかに重要なものだったのか容易に察しがつく。

 次のような話がある。1935年の初期に一隻の客船がドイツの港からハイファに向けて出航した。その船尾にはヘブライ語で「テルアビブ」と書かれマストに鍵十字の旗がひらめいていた。船はシオニストの所有になるものだったが船長はナチス党員であった。これはその当時のナチスとシオニストの関係を象徴的に示すエピソードだろう。

 1930年代のパレスチナへのユダヤ移民を「ヒトラーによる弾圧を恐れたため」であるとする大嘘が世界中でいまだにまかり通っているのだが、実際にはヒトラーの全面協力の下で起こった人口増加なのだ。

 ドイツからパレスチナへの大規模な移住は1939年9月の第2次世界大戦勃発によって終わったが、ドイツ当局は1940~41年の間、間接的な形でユダヤ人の移住を促進し続けた。1942年の3月になってすらパレスチナ移住のためのユダヤ人訓練キャンプがドイツの中に存在していたのである。

(2)経済と産業に対するナチの全面協力

 移送協定の実行と共に、1933年8月から1939年末までにドイツからパレスチナに移送された資金は合計で1億4千万マルク(当時:4千万ドル超に相当)にのぼる。その中にはこの協定発効に伴ってドイツ帝国銀行から提供された3千4百万マルク(およそ1千4百万ドル)が含まれる。パレスチナにはユダヤ人のための主要産業を支える数多くの企業がドイツからの資本で作られインフラが整備されていった。これが後のイスラエル国家創設にとって必要不可欠な要素になったことは言うまでも無い。1930年代でヒトラーのドイツほどユダヤ人国家建設に貢献した国は存在しない。

 もっともドイツはドイツでシオニストを十分に利用したともいえるだろう。ユダヤ人に支援金として与えた金で農機具や建設機械、武器などの多くの工業製品を買わせ、行き詰った経済の建て直しの重要な契機としたのである。いずれにしてもヒトラー政権の間にパレスチナはドイツ製品で溢れることになる。しかしそのような活動のための資金をナチス・ドイツに与えたのは誰だろうか? これについては稿を改めたい。

  このヒトラーの政策に反対したドイツ人もいる。エルサレムのドイツ総領事だったハンス・デーレ(Hans Döhle)は、ドイツ製品がユダヤ機関の手によって独占的に取り扱われることがドイツのアラブ市場を失わせドイツの中東政策にとって大きな損失になることを懸念したのである。しかしヒトラーはハーヴァラ協定に固執し続けた。

(3)ナチとシオニストの人間的関係

 またヒトラー政権誕生の6ヵ月後、つまりハーヴァラ協定が取り決められる直前に、ドイツ・シオニスト同盟はある長文のメモをヒトラー政権に渡した。そこには次のように書かれてある。

 『我々は、ユダヤ人問題の処理に関する大胆な解決方法を通して、大部分の欧州の人々が実際に関わらなければならないだろう困難の克服に向けての決定的な一歩を踏むことができるのは、まさに新生ドイツであると確信いたしております。』 『多くの方法でドイツに対して現在行われておりますようなボイコットのプロパガンダは、基本的に非シオニストのものであります。なぜならシオニズムはボイコットを望んでおらず・・・』

 実はナチス党員の重要なポジションに複数のユダヤ人がいたのである。その最も有名な者はレオポルド・フォン・ミルデンシュタイン(Leopold von Mildenstein, 1902-68)男爵で、SSのユダヤ人局の長官を勤めていた。配下のユダヤ人のラインハート・ハイドリッヒ(Reinhardt Heydrich, 1904-42)はヒトラーに可愛がられた。ハイドリッヒはユダヤ人をシオニストと非シオニストに分類し前者をパレスチナに行く権利を持つ者だと主張したのである。なお、ミルデンシュタインの後任としてユダヤ人局の長官になったのがアドルフ・アイヒマンである。

 ミルデンシュタインは1933年のヒトラー政権誕生と同時に、ドイツ・シオニスト連盟の幹部クルト・トゥッヒュラー(Kurt Tuchler, 1894-1978)と共にパレスチナに招待されそこで6ヶ月を過ごした。パレスチナに招待されたSS幹部は彼ばかりではない。1937年にハガナーは彼の後任のアイヒマンをパレスチナにゲストとして招待した。ニュルンベルグ法が制定されて2年後のことである。

 SSだけではなく、シオニスト組織はゲシュタポとも良好な関係を保った。ドイツ・シオニスト連盟の責任者だったハンス・フリーデントハル(Hans Friedenthal)は第2次大戦後に次のように語った。

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『当時ゲシュタポは特にパレスチナへの移民を推進するためにあらゆることをやってくれました。我々が移民の準備に関して他の当局者からいろいろ言われたときによく彼らの助けを借りたものでした。』

(4)ニュルンベルク法に対するシオニストの反応

 1935年9月にニュルンベルク法が制定された数日後、シオニストのジューディッシェ・ルンドショー(Jüdische Rundschau)は次のように書いた。

 『ユダヤ人たちが少数派民族の刻印を押されたからには、ドイツ国家とユダヤ人との間の正常な関係を打ち立てることが再び可能となる。この新しい法律はドイツでの少数派であるユダヤ人に自身の文化的な生活、それ自身の民族としての生活を与えるものである。将来においてユダヤ人自身の学校、劇場、そしてスポーツ組織を作ることが可能となるだろう。つまり、それは我々自身の未来を、民族的な生活のあらゆる見地から、形作ることを可能にするものである。』

 またジャボチンスキー系列組織の指導者であったゲオルグ・カレスキ(Georg Kareski, 1878-1947)は1935年の暮にこう述べた。

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 『長年の間、私は、紛争無しに我々が共存する前提として、文化的な事柄について両民族の完全な分離を唱えてきた。・・・。このニュルンベルク法は・・・相互の尊敬に基づく分離した生活への熱望を完全に満たすものである。・・・したがって、ユダヤ人の見地から言って全面的に望ましいものなのだ。』

 そしてドイツの内務省ユダヤ問題専門家のバーンハルト・レーセナー(Bernhard Lösener, 1890-1952)は語る。

 『シオニストはニュルンベルク法で強調される精神に対する反対をほとんど示さなかった。なぜなら彼らは、この法がユダヤ人にとっても同様に唯一の正しい解決方法であることをすぐに気付くからである。』

 ニュルンベルク法ではユダヤ人がドイツの国旗を飾ることが禁止された。そしてその代わりに白地にブルーの線とダビデの星をあしらった旗を飾る権利を保証された。それがドイツ国内にあるシオニストの訓練キャンプと施設にひらめいていたのである

(5)シオニストによるナチスとの軍事同盟提案

 1941年1月、英国をユダヤ人国家建設の最大の障害物と見なすテロ集団レヒの代表者であったアヴラハム・スターン(Avraham Stern, 1907-42)は、その配下で後にイスラエル首相となるイツァーク・シャミールがリーダーを務める民族軍事機構(National Military Organization=NMO)とナチ第3帝国との間の公式な軍事協定締結を提唱したのだった。この提唱は戦後になってトルコのドイツ大使館でファイルの中から発見されアンカラ文書として知られるようになった。

 この軍事同盟は結局実現しなかったが、シャミールの集団によるイスラエル創設に障害となる勢力への攻撃はとどまらなかった。

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彼は2度英国に逮捕されたがすぐに脱獄し、大戦後に英国モイン卿やスウェーデンのベルナドッテ伯の殺害、デイル・ヤシン虐殺などを主導した。シャミールはメナヘム・ベギンやダグラス・ファイスの父親ダルック・ファイスと共に、ジャボチンスキー系列であるポーランド・ベタールに所属していたのだ。

【以上、参照資料】
http://www.jewsagainstzionism.com/antisemitism/nazisupport.cfm#_ftn3
http://www.marxists.de/middleast/schoenman/ch06.htm
http://www.rense.com/general34/ZAND.HTM
http://www.mail-archive.com/forum.zagraniczne@3w3.net/msg00545.html
http://groups.google.gp/group/aus.culture.true-blue/browse_thread/thread/a45f263a7b8e2401/29d4365f12991698?lnk=raot




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# by oninomae | 2014-03-09 20:25 | 魔術=詐欺とイルミナティ  

イスラエル:暗黒の源流  ジャボチンスキーとユダヤ・ファシズム 6a

http://bcndoujimaru.web.fc2.com/archive/Vladimir_Jabotinsky2.html#5bu より その2

第6部 イスラエルの母胎:ナチス・ドイツ  (2007年3月)

[国家社会主義とは?]

 Naziのドイツ語正式名称はNationalsozialistische Deutsche Arbeiterpartei、英語訳ではNational Socialist German Workers' Party、そしてこれが日本語になると「国家社会主義ドイツ労働者党」である。

 この名称の中にあるnationalというのは厄介な言葉である。ナチス以外にnationalを「国家の」と和訳している例はあるのだろうか。「国家主義」に対応する英単語はstatism(あるいはestatism)であり、本来なら「国家社会主義」はstate socialismの訳語のはずだ。実際にマルクスと同時代の社会主義者で同様にユダヤ系であるラッサールは国家の権力を用いて再分配の平等を目指す社会としてこのStaatssozialismusつまりState Socialismという言葉を用いている。これをマルクス主義者に言わせれば共産主義に至る過渡的な社会のあり方とでもなるのだろう。

 私は言語学者や社会学者ではないので厳密な定義は分からないのだが、nation, nationalというヨーロッパ言語は実際の使用の中で極めて幅広い現れ方をする。そしてその思想的な面であるnationalismは使用される場面や使用する主体などに応じて「民族主義」「国民主義」「国家主義」「国粋主義」などと振り分けて翻訳されるのだが、無理な和訳はやめて「ナショナリズム」をそのまま用いる場合もある。

 日本語で言う国家主義とは、国家というシステムとその権威を政治、社会、経済の単位として、そして道徳的な目標として、価値の最上位に置く思想と言うことができるだろう。確かにnationalismがそのような意味で使用されることがある。以後、「国家主義」の意味で使用される場合には「国家主義=nationalism」と表記する。

 多民族国家の内部には少数民族のnationalismがあり同時に支配民族にもnationalismがあるのだが、その様々に異なる文化的・社会的な要素を超越した強力な「国家主義=nationalism」で全体を束ねていく必要があるだろう。さらには旧ソ連やかつての中国など共産主義を掲げた多民族の国々でも、現実的な共同体の最も強力なあり方が国家である以上、そのinternationalismの主張とは裏腹に強力な「国家主義=nationalism」が貫かれざるを得ない。

 米国のような多種の民族(ethnic groups)が集っている上に多くの州(state)で構成される国ではfederalism(「連邦主義」と訳される)で全体をまとめるのだが、しかしいざとなったときに「God Save America」の一言でまとまってしまう姿を見ると、それはやはり「国家主義=nationalism」の面を強く持っているようだ。

 このnationalismでは、単に制度・権力構造としての国家(state)よりも、構成員のmoralityつまり道徳性やある種の神話めいた精神的一体感がより強調されるように思われる。だから日本やドイツのような単一民族国家に近い国では容易に神秘的な「血の思想」と一体化して「民族=国家主義」となるだろうし、それが極端に排外的になれば国粋主義と言われるものになるのではないか。

 現在の日本国家にはやはり「天皇教」が堅固に存在している。古代の天皇陵の発掘がなぜ未だにタブーであるのか、あるいは天皇家の結婚や出産がどうして巨大な反応を引き起こすのかを考えてみれば、この国家の根本に普段は意識されることの無い神話体系が存在していることが明らかだろう。当然だが中国には強力な中華思想が厳然として存在する。旧ソ連ではこの「国家主義=nationalism」が共産主義イデオロギーで支えられていたが、イデオロギーである以上それがある種の世俗化された神学としての一面を持っているに違いあるまい。

 米国の場合はどうか。英語でFederal Theology(あるいはCovenant Theology)という言葉がある。「契約神学」と訳されるが、これは「神の前での誓約共同体」をその信仰の基盤とするカルヴァン派の考えである。これがメイフラワーの誓約につながり米国の「連邦主義」の重要な基盤の一つとなったと言われる。つまり米国のfederalismは最初から神学的な様相を帯びていることになる。ユダヤ=キリスト教の神を前面に出せばfederalismは容易にnationalismと重なってしまうだろう。

 「民族主義」にせよ「国家主義」にせよこのnationalismという定義困難な用語の背後にはこういったある種の神学の世俗的な解釈という面が常に潜んでいるように思える。だからこそ時としてnationalismは狂信としての非常に危険な顔を表面化させることがありうるのだ。

 おそらく客観的な社会システムとしての国家(state)と、主観的な共同体としての面を強く持つもの(nation)との間にあるものは、実際には『紙一枚分の相違』ではないか。日本語の国家主義はやはりnationalismでありstatismの訳語は未だに存在しないようだ。したがってナチの「国家社会主義」という訳は当を得ているのだろう。

 ドイツにすでにstate socialismの用語が存在した以上、stateとnationの間にある『紙一枚分の相違』を取り外した上で、『世界に冠たるゲルマン民族』の神話(その裏にはオカルト主義が存在したようだが)を前面に押し出して「民族=国家主義」となったnationalismをsocialismと結び付けることは容易であろう。しかしこのnational socialism的なあり方がドイツだけにあてはまるものとは到底思えない。

【以上、参照資料】
http://en.wikipedia.org/wiki/State_socialism
http://www.pressiechurch.org/Theol_1/Covenant-john_owen_and_federal_theology.htm


[ユダヤ国家社会主義]

 スウェーデン籍のユダヤ人作家ラッセ・ウィルヘルムソンは『ユダヤ国家社会主義としてのシオニズム』という文章の中で、共産主義につながるべき社会主義社会の建設を標榜した者達が、statismと「民族=国家主義nationalism」との間にあった『紙一枚』を取り外して国家社会主義者の群れとなっていく姿を描いている。彼はその国家社会主義こそがシオニズムの本当の顔であると主張する。 (参考: National Association of Zionist International

 ウィルヘルムソンは、シオニズムの根幹にある精神の一つとして、1897年の第1回シオニスト会議で行ったテオドル・ヘルツルの演説の要旨を次のようにまとめる。

 反ユダヤ主義はユダヤ人が他と同化することによって除去できるものではない。
 ユダヤ人は自分自身の国家を持つ権利を有する種族である。
 パレスチナ(すなわちシオン)がユダヤ国家のあるべき場所である。
 その目標は社会主義的理想郷、一つのモデル国家なのだ。

 ここで私が「国家」と訳した単語はstateであり、「ユダヤ国家」はJewish State、「社会主義的理想郷」はa socialist Utopiaなのだが、果たして『紙一枚』は残されているのだろうか。「種族」と訳したのはraceであり、これは「民族」と訳されることが多いようだが血の流れを共有する集団という面が強い。「民族」はethnic groupと対応するのだがこちらはむしろ文化的な共有性という面が意識されるだろう。(以後も「種族」と書いてあればこのraceの意味とお考えいただきたい。)

 次にウィルヘルムソンは19世紀の半ばにカール・マルクスと共に共産主義運動を推進したモーゼス・ヘス(Moses Hess, 1812-75)について言及する。

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 モーゼス・ヘスはドイツの社会主義者でありカール・マルクスの親友だった。彼は「共産党宣言」の中にある宗教批判―大衆にとっての阿片―をまとめることに貢献した。ここで我々は、伝統的なユダヤ教が《神から遣わされたメシアを待たずに人間の意志でパレスチナの地に戻ること》を固く禁じている点に注目しなければならない。現在でもこの伝統的な宗教者の立場からシオニズムに反対するユダヤ人達が少なからずいるのだ。彼が「共産党宣言」に盛り込ませた宗教に関するメッセージがユダヤ教徒にとってどのような意味を持っていたのか明らかであろう。

 その後に彼がマルクスと仲たがいをしてユダヤ民族主義者に転身したとき、マルクスはその排他主義を忌み嫌った。当時「共産主義ラビ」と呼ばれ現在では最も初期のシオニストとして認識されているヘスは、1862年にシオニズムの大著である「ローマとエルサレム」を書き著した。そしてこれがヘルツルに決定的な影響を及ぼしたのである。ヘスはユダヤ国家(the Jewish Nation)を次のような要素を持つものと表現した。

 ユダヤ種族-優越的であり選ばれたものである。
 パレスチナ-ユダヤ人民の故国である。
 ユダヤの宗教-ユダヤの国民性を最も保証するものである。

 ここで「国民性」はnationalityである。この当時のヨーロッパで盛んに強調された血の思想がヘスの考えを貫いていた。同時に彼はその選民主義とパレスチナへの執着を支えるものとして宗教を取り上げている。ヘスが「阿片」と罵ったのは《神の許しがあるまではパレスチナに戻ってはならない》という教えのみであり、それ以外の部分は世俗化された形で現在のイスラエル国家とシオニズムに貫かれている。パレスチナは、イスラエル国民と指導者達の大多数が信じてもいない『神』によって「約束された」地であり、ユダヤ人は「反ユダヤ主義」のレッテルによって非ユダヤ人を社会的に抹殺できるほどに神聖不可侵な『選ばれた種族』なのだ。

 続いてベル・ボロチョフ(Ber Borochov, 1881-1917)だが、彼は第1回シオニスト会議の後に強力にシオニスト計画を推し進め、マルクス主義シオニスト政党である「シオン労働者(Poalei Zion)」党を創設した。

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これは1901年にブンドがシオニズムを拒否した後にロシアの各都市に広がったサークルである。彼らはロシア革命を熱心に支持したのだが、その党員の中に「イスラエル建国の祖」ダヴィッド・ベン-グリオン[David Ben-Gurion, 1886-1973]がいた

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ベン-グリオンはボルシェビキを自認し全ての国での労働者階級による独裁を叫んだが、パレスチナだけは別だった。そこはシオニズム独裁でなければならず、ユダヤの国家的な利益が階級の利益に優先すべきものであった。もはやstate socialism とnational socialismを隔てていた『紙一枚』は完全に消えている。

 シオン労働者党が分裂した後にベン-グリオンは社会民主党の指導者としてシオニズムの中心的存在となりパレスチナの植民地化を推進していく。ユダヤ国家建設にとって最大の要件はいずれパレスチナの現地人を追放するであろう軍の存在である。後のイスラエル国防軍につながるハガナーは1920年に創設された。

 ここでウィルヘルムソンは我がゼエヴ・ジャボチンスキーを登場させる。

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もちろん彼は社会主義者ではない。ウクライナの中で反ボルシェビキ活動を行うために、かつて大規模なポグロムを指揮したシモン・ペティルラと手を組もうとしたほどの人物である。彼は1922年にシオニズム運動の大黒柱とも言うべき『鉄の壁(The Iron Wall) 』を書き、翌年にハイム・ワイツマンを筆頭とするシオニスト主流派と袂を別ってrevisionist運動を起こしベタールを創設した。

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また彼はハガナー創設に最も力を尽した一人でもある。

 しかしこのrevisionistという用語は極めて興味深いものの一つである。日本語では一般的に「修正主義者、修正主義の」と翻訳されるが、元々はレーニンやスターリンが党内の反対派を封じ込めるために使用した言葉の英訳である。共産主義の内部では革命の徹底化に反対する勢力というほどの意味だろうが、要は左翼の国家社会主義者たちが反対者を悪魔化するために使用する呪文か護符以上のものではあるまい。もちろんジャボチンスキーの後輩達が自らをrevisionistと名乗ることはない。

 また当然のごとくだが、このrevisionistという用語はもっと一般的に、ニュルンベルク・トーキョー裁判判決によって正当化される歴史観(=ニュルンベルグ‐トーキョー史観 )に疑問を呈する研究者達、とりわけホロコーストに対する懐疑論者を悪魔化するためのレッテルとしても使用される。他人にこのような呪文を唱えお札を貼り付ける者達は始めから自分の正体を暴露しているのだ。

 それはともかく、ウィルヘルムソンはジャボチンスキーがその『鉄の壁』の中で述べた次の言葉に注目する。

 『我々は、シオニズムが道徳であり正義であると主張する。そしてそれが道徳であり正義であるがゆえに、正義は果されなければならないのだ。・・・。それ以外の道徳性など存在しない。』

 シオニズムはすなわち道徳であり正義である。前回までに述べたようにジャボチンスキーはファシズムに傾倒した。ファシズムは「民族=国家主義」を個々の国家構成員の道徳性と正義、内部から個人を突き動かす本能と言って良いものにまで深化させる。これが国家社会主義の中枢に座れば、もうそれは立派なナチズムであろう。表面上の反目はともかく、あの社会主義者達(ベン-グリオン、メイア、シャレットなど)とジャボチンスキー系統のファシスト達(ベギン、シャミール、シャロンなど)がガッチリと手を組んでいたことに疑いの余地は無い。この二つが共同して始めて「仏」に「魂」が入ったのである。シオニストは押しも押されもせぬ「国家社会主義ユダヤ党」、つまり「ナチス・ユダヤ」以外の何ものでもあるまい 。

【以上、参照資料】
http://www.israelshamir.net/Contributors/wilhelmson.htm
http://en.wikipedia.org/wiki/Poalei_Zion



[ナチス・ドイツと酷似するイスラエル]

 イスラエルのあり方を見れば見るほどナチス時代のドイツにそっくりであることに驚かされる。ドイツ人をイスラエル人に、ユダヤ人をパレスチナ人(イスラム教徒)に置き換えてみるとよい。例えば、イスラエル国内で次のような政策がとられる。

-非イスラエル人がイスラエル国籍の非ユダヤ人と結婚した場合、市民権を得ることはおろかイスラエルへの入国すら禁止される。(ユダヤ系イスラエル人との結婚であればイスラエルの市民権を得ることができる。)
-治安問題容疑の非イスラエル人(要はパレスチナ人)に対しては判事による取り調べなしで警察が96時間拘束することができる(イスラエル人なら48時間まで)。非イスラエル人を1回につき20日間拘束を延長できる(イスラエル人は最大15日)。非イスラエル人に対しては50日間弁護士との面会を拒否できる(イスラエル人は最大21日間)。
-非愛国的なイスラエル人(敵対国を訪問した、テロ行為を補助した、等とされる者:具体的にはアラブ系)から国籍を剥奪する。
-ネゲヴ砂漠に住むベドウィンの村に水を与えないこと、およびその強制移住は合法的である。

 以上はごく近年に人権団体から問題とされた事例のほんの一部だが、本気で書き出せばそれだけで何冊もの本ができるだろう。イスラエルは人種差別撤廃条約の適用を拒否しているのだ。イスラエル国内で人口の20%を占めるアラブ系住民は2%の土地に押し込められ、民法上・刑法上・教育上の様々な差別が合法とされる。国政世論への言い訳程度に彼らの選挙権と被選挙権を認めているが、イスラエルが「ユダヤ人の国家」である以上、ユダヤ人を最優先し、非ユダヤ人、特にアラブ人の人口増加と権利拡大を押さえ込むことがこの国にとっての絶対的命題である。

 さらに、東エルサレムを含む西岸地区の不法占領地ではパレスチナ人に対するユダヤ人の日常的な暴力(殴打、投石、糞尿による虐待、家への侵入と破壊、農地の破壊、など)と水資源の強奪、移動の制限と生活・教育・文化破壊が延々と続く。エルサレムの民族浄化は露骨に進められている。ガザ地区への気まぐれな攻撃と侮辱、殺人、破壊は日常化されており、占領地ではグアンタナモと同様の状態で延べ十数万人が長期間(最長の者で25年間)正式な裁判を受けることも無く拘留され虐待と拷問を受け続け、家族の面会も妨害されほとんど飢餓状態に置かれている。

 イスラエルは現代の世界の中で、ある種族だけが優先的な権利を授けられる政策を固守する唯一の国である。

 ほんの十数年前まで南アフリカが同様であった。米国でも40年程前まで悪名高いジム・クロウ法によるアパルトヘイトがあったし、ドーズ法以来アメリカ先住民に対する法的・制度的差別が続いた。しかしこれに関しては日本人も偉そうには言えない。アイヌ人に対する明らかな差別法である「北海道旧土人保護法」が撤廃されたのは実に1997年のことなのだ。

 一方で悪の代名詞のように晒し者にされ続けているのは、それら「イスラエルの友人達」ではなく、ドイツで1935年からわずか10年間ほど続いただけのニュルンベルク法なのだ。確かにこの法はかつての南アフリカに迫るくらいの状態を作り出しただろう(南アフリカで「劣等種族」とされた黒人の方が多数派だった違いはあるが)。しかしこのヒトラーの政策とシオニスト国家の政策との類似性は覆い隠すべくもあるまい。より悪いことに、イスラエルのアパルトヘイト政策と「水晶の夜」は現在もなお60年間にわたって続いているのである。

 しかしながら事の本質は、イスラエルのあり方が国家社会主義であること、つまりナチス・ドイツ国家と雌型-雄型の関係にある同じ構造を持つ基本精神が引き継がれた国である点だろう。どのようにそれが引き継がれたのだろうか。その答はやはりナチス時代のドイツの中に求めなければなるまい。

【以上、参照資料】
http://commentisfree.guardian.co.uk/daphna_baram/2006/05/apartheid_thats_what_it_is_cal.html
http://electronicintifada.net/cgi-bin/artman/exec/view.cgi/11/4258
http://hrw.org/english/docs/2006/03/15/israb13002.htm
http://www.imemc.org/article/46504
http://electronicintifada.net/v2/article5788.shtml
http://www.asyura2.com/07/war90/msg/151.html
http://0000000000.net/p-navi/info/news/200609280309.htm
http://0000000000.net/p-navi/info/news/200602100231.htm


関連

GERMANY 1940 ISRAEL 2009 -- ゲームの駒たち
http://glassbead.blog.shinobi.jp/%E6%9C%AA%E9%81%B8%E6%8A%9E/germany%201940%20israel%202009%E3%80%80%EF%BC%8D

容量の関係で引っ越したら、画像消えちゃいました。ぜんぜん「忍び」になっていない。

GERMANY 1940 ISRAEL 2009
http://whatreallyhappened.com/IMAGES/GazaHolo/index.html


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# by oninomae | 2014-03-09 20:20 | 魔術=詐欺とイルミナティ  

オバマ大統領、自決反対を表明 Paul Craig Roberts

http://eigokiji.cocolog-nifty.com/blog/2014/03/post-c3ac.html 2014年3月 9日 (日) より

オバマ大統領、自決反対を表明 Paul Craig Roberts 2014年3月7日

またもやホワイト・ハウスの阿呆は、誤って、愚かにも、クリミアが自決権を行使するのは“国際法違反”だと宣言した。アメリカ政府が使う「自決」というのはアメリカ帝国の役に立つプロパガンダ用語ではあって、現実の人々が実際に行使することは許されないのだ。 3月6日、オバマはプーチンに電話をかけ、またもやロシア大統領に、アメリカ政府のみに、ウクライナに干渉する権利があると語り、アメリカ政府が組織したクーデターで据えられたキエフ“政府”のみが“正当”で“民主的”だという言辞を繰り返した。

言い換えれば、クリミアの人々に後押しされている、選挙で選ばれたクリミアの政府が、住民に自分達の将来を投票でさせようとするのは“非民主的”で“違法”だが、アメリカ政府が押しつけた選挙で選ばれたわけではないキエフの政権は自決の正当な声なのだ。

アメリカ政府は実に傲慢な為に、思い上がりに冒された馬鹿者どもは、アメリカ政府のあからさまな偽善を世界がどう思っているかなど考えつかないのだ。

クリントン政権以来、アメリカ政府は国際法違反以外、何もしていない。セルビア、コソボ、アフガニスタン、イラク、リビア、シリア、イラン、パキスタン、イエメン、ソマリア、ホンジュラス、ベネズエラ、エクアドル、ボリビア。

ロシアにアフリカ軍があるだろうか? ない。だが、アメリカ政府は持っている。

ロシアはアメリカを軍事基地で包囲しているだろうか? していないが、アメリカ政府は、本来の目的が23年前に消滅した組織NATOを利用して、ロシア国境に前進基地を置いて、西、東、南ヨーロッパを帝国軍に組織しようとしている。アメリカ政府は、中央アジアのグルジアや、黒海のウクライナにまで、北大西洋条約機構の境界を押し広げると固く決めている。グルジアもウクライナも、元々ロシアやソ連の一部だった。

アメリカ政府は同じことを中国とイランにもしている。アメリカ政府は、石油や他の資源の中国への流れを阻止する為の新たな空軍・海軍基地を、フィリピン、韓国、ベトナム、タイ、オーストラリアに建設しようと取り組んでいる。イランは約40の米軍基地に包囲され、沖にはアメリカ艦隊が待機している。

アメリカ政府のプロパガンダでは、この集団軍国主義は“民主主義の擁護”であるかのように表現されている。

ロシア政府は、ロシアの独立と戦略上の権益に対するアメリカ政府の猛攻も、良識と善意で和らげられるかのように振る舞い続けている。だがアメリカ政府には良識も善意もないのだ。

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クリントン政権以来、アメリカ政府は、アメリカは世界覇権の権利を持った“例外的な、不可欠な国”だと固く信じるイデオローグ集団に占拠されている。アメリカ政府が21世紀に行ってきたあらゆることは、この目標を狙ったものだ。

アメリカ政府は、ロシア連邦そのものを分裂させようとしている。アメリカ政府の第五列として機能し、アメリカ政府と協力して、ロシアの自由選挙の信用を落とし、プーチンとロシア政府を悪魔化し、反ロシア宣伝と扇動を広げさせる為、アメリカ政府は莫大な金額の資金を、ロシア国内のNGOに注ぎ込んできた。驚くほど膨大な数のロシア人達が実際にこの欧米プロパガンダを信じている

アメリカ政府は、中国をも環太平洋戦略的経済連携協定TPPで孤立化させようとしているが、現時点では主にロシアの不安定化と孤立化に集中している。ブラジル、ロシア、インド、中国と南アフリカの新たな組織BRICSを崩壊させようと、アメリカ政府は躍起になっている。最大の国々と世界人口の半分を持つBRICSという組織が、政治的・経済的勢力として台頭しつつあるが、特にこの組織には、準備通貨としてアメリカ・ドル使用を止めるという計画がある。ロシアをロシア国境のアメリカ・ミサイル基地で包囲し、ロシアの主権と独立を損ない、かくしてアメリカ政府への対抗力としてのBRICSを弱体化するのだ。

アメリカ政府のプロパガンダにだまされてきた。世界はゆっくりと目覚めつつあるが、間に合うのだろうか?

アメリカ・マスコミと大半のヨーロッパ・マスコミは声をそろえて、アメリカ政府のプロパガンダをおうむ返しし、アメリカ政府の標的を悪魔化し、無頓着な欧米諸国民を更なる戦争へと仕向けている。
欧米マスコミは欧米諸政権同様に品位が欠けている。嘘つきと売女連中が支配しているのだ。

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Paul Craig Robertsは、元経済政策担当の財務次官補で、ウオール・ストリート・ジャーナルの元共同編集者。ビジネス・ウィーク、スクリプス・ハワード・ニュー ズ・サービスと、クリエーターズ・シンジケートの元コラムニスト。彼は多数の大学で教えていた。彼のインターネット・コラムは世界中の支持者が読んでいる。彼の新刊、The Failure of Laissez Faire Capitalism and Economic Dissolution of the Westが購入可能。

記事原文

Obama Comes Out Against Self-Determination — Paul Craig Roberts
http://www.paulcraigroberts.org/2014/03/07/obama-comes-self-determination-paul-craig-roberts/



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++
最初から、こういう予定で、無茶苦茶やっている という気がする


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# by oninomae | 2014-03-09 19:15 | 戦争詐欺・紛争  

イスラエル:暗黒の源流  ジャボチンスキーとユダヤ・ファシズム 5

http://bcndoujimaru.web.fc2.com/archive/Vladimir_Jabotinsky2.html#5bu より

第5部 シオニスト・テロリズムの国際主義  (2006年12月)

[テロのパイオニア、シオニスト《テロ・リスト》]

 英国の反シオニスト・ネット雑誌Redress Information & Analysisはシリア生まれのレバノン人であるサム・カッバニによる興味深い文章を掲載している。『テロリズムの開拓者:イスラエル建国の父たちに関する事実』と題されたこの記事は、20世紀初頭から現在までに世界中で数多く記録されるシオニスト・テロの中から、その初期の代表例を分かりやすく、言ってみれば《テロ・リスト》としてまとめている。これはそのまま翻訳してみよう。

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テロリズムの開拓者:イスラエル建国の父たちに関する事実 サム・カッバニ著

 以下は、シオニズムと現代のテロリズムとの関係に関するほとんど語られることの無い事実の一部である。

1. 最初の飛行機乗っ取りは1954年にイスラエルによってシリアの民間航空機に対して行われた。【訳注:12月12日のことである】

2. カフェーでの手榴弾:1937年3月17日にイェルサレムで、シオニストによってパレスチナ人に対して最初に行われた。【訳注:イルグンによる】

3. 混雑した商店街での電気仕掛けの時限爆弾:1938年7月6日にハイファで、シオニストによってパレスチナ人に対して最初に使用された。【訳注:イルグンによる】

4. 民間人の旅客が乗っている船に対する爆破:1940年11月25日にハイファで、シオニストによって最初に実行された。シオニスト達はパレスチナへのユダヤ移民を渋る英国の政策に抗議するために彼らと同じ民族を爆殺することすら厭わなかった。パトリアと呼ばれるこの船は1700名のユダヤ移民を運んでいたのだ。【訳注:ハガナーによる】

5. 政府高官の暗殺:カイロでシオニストによって英国に対して最初に行われた。1944年11月6日にスターン・ギャングによってモイン卿が暗殺されたときのことである。イツァーク・シャミールは以前はイルグンのメンバー、その後スターン・ギャングの指導者、そしてイスラエルの首相になったのだが、彼がこの計画の背後にいたのだ。

6. 圧力をかける手段としての人質の使用:1946年6月18日にテルアビブで、シオニストによって英国に対して最初に使用された。

7. 政府高官たちを民間人の従業員や訪問客と共に爆殺;1946年7月22日にイェルサレムで、シオニストによって英国に対して最初に実行された。キング・デイヴィッド・ホテルで91名の英国人が死亡し46名が負傷したのだ。メナヘム・ベギンはこの攻撃を計画して実行し、後にイスラエルの首相となった。彼は、この大量殺人がハガナーのシオニスト・ギャングの協力と教示のもとに実行されたことを認めたのだ。

8. スーツケースに仕掛けられた爆弾:1946年10月13日【訳注:これは31日の誤り】にローマで、シオニストによって英国大使館に対して最初に使用された。

9. 一般市街地での自動車に仕掛けられた爆弾の使用:1946年12月5日にサラファンド(ジャッファの東)で、シオニストによって英国に対して最初に使用された。

10. 人質に対する暴行:1946年12月29日にテルアビブとネタニヤとリションで、シオニストによって英国に対して最初に行われた。

11. 政治家に送られた手紙爆弾:1947年6月4日と6日の間にイタリアからロンドンに向けて20通の手紙爆弾が郵送された際に、シオニストによって英国に対して最初に使用された。【訳注:ベギン(イルグン)とシャミール(レヒ)によって計画された】

12. 政府の行動に対する報復としての人質の殺害:1947年7月29日にネタニヤ地区で、シオニストによって英国に対して最初に使用された。

13. 小包爆弾:1947年9月3日にロンドンで、シオニストによって英国に対して最初に使用された。

14. 1953年10月14日水曜日に、イェルサレムの北西にあるキビアでの大殺戮が、アリエル・シャロンの命令の下で第101師団によって実行された。この襲撃は、悪名高いデイル・ヤシンの大虐殺以来の、シオニストによる最も残虐で最も野蛮な犯罪である。42の家屋が学校やモスクと共にその住民もろともダイナマイトで爆破された。72名の女性、男性、子供が殺されたのだ。
(以上、引用・翻訳終り)

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 上のリストはユダヤ人が行ったテロ行為のごく一部に過ぎない。当然だが、名うてのテロ集団であるハガナー、イルグン(Itzl、Etzelなどとも書かれる)、スターン・ギャング(レヒLehiとも言われる)と共に、ベギンやシャミールといったウラジミール・ジャボチンスキーの弟子どもの名が見られる。そしてこれらの集団が合流して現在のイスラエル国防軍を形作るのだが、その最も凶悪な司令官がやはりジャボチンスキー直系のシャロンであった。この国防軍が2006年夏に、これもジャボチンスキー直系のエフッド・オルメルトの下で、ガザ地区とレバノンで働いた住民大量虐殺は記憶に新しい。

 こういった歴史的な事実によって、シオニスト・イスラエルの本性と同時に、今日「イスラム・テロ」として紹介される手法の多くがシオニスト起源 であることもまた、白日の下に曝されることになる

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 なお、1948年4月9日に起こった有名な「デイル・ヤシン村大虐殺」とそれに続くパレスチナ人への蛮行・殺害・破壊では、ベギン率いるイルグンやシャミール配下のレヒといった実行部隊をハガナーが全面バックアップしていたことがよく知られている。さらにキング・デイヴィッド・ホテル爆破事件にしても、前回申し上げたように このテロがソ連の協力で行われたのなら、スターリニスト=ハガナーとファシスト=イルグンの協力も当然と言えよう。

 一般的には、ハガナー系統の勢力は「労働左派」、イルグンやレヒ系統の勢力は「修正主義右派」として知られているが、要するにこの右派は、当面の主人公となるべき左派が表立ってやりにくいことを引き受けて実行していただけの話なのだ。下っ端同士で殺し合いまで演じた「左右の対立」など茶番に過ぎない。

 それにしても「英国とは何と弱い国か」と慨嘆する人も多いだろう。これほどのシオニスト・テロで多くの人材を失って、なおかつ黙って引っ込むしか能が無いように見える。ベギンに至っては後にノーベル《平和》賞まで受け取っているのだが、抗議の声一つ上げるでもない。MI5もMI6もシオニスト・テロリストのやりたい放題にさせているように見える。

 しかし実際には決して彼らが無能だったわけではあるまい。英国としてはこれらのテロのおかげで、「委任統治を諦めてイスラエル建国を認める」口実を作り、ついでに反シオニスト勢力を弱体化させ沈黙させることができた、ということだ。シェイクスピアを産んだこの国の名演技には年季が入っているのである。

 この英国とシオニスト・イスラエルの関係はその後数十年間に全く変化を見せた様子が無い。現在、でっち上げとしか思えない「イスラム・テロ」をネタに「断固たる姿勢」を見せてそのファシズム願望を実現させようとする英国の真実の姿もまた、このサム・カッバニによる《テロ・リスト》によって逆に浮き彫りにされるであろう。

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【以上、参照資料】
http://www.redress.btinternet.co.uk/skabbani.htm


[シオニスト・テロを支えた米国のならず者ども]

 しかし、このシオニスト・テロリストがどのような物質的基盤の上にその活動を展開できたのであろうか。軍事顧問と謀略家の派遣、そして資金や武器の一部はスターリン政権が受け持ったとしても、それだけでは決定的に不足だろう。ナチス・ドイツに国内奥深く侵攻されつつあったときはもちろん、対ナチ戦勝利の後もソ連にイスラエル建国を全面支援する余裕があったとは到底思えない。

 もちろんよく知られていることだが、米国在住の富裕なユダヤ人士による寄付は莫大なものだった。しかしそれだけではない。いまだ精々が「武装勢力」としての扱いしかされていなかったハガナーやイルグンなどに米国が国家として武器を供与することは難しい。しかし武器はザルの目をくぐる水のように米国からテルアビブに流れ込んでいた。

 ここでもう一つの文献をご紹介したい。ロバート・I.フリードマン(Robert I. Friedman)著『偽預言者:ラビ・メイア・カハネ;FBIの情報屋からイスラエル国会議員まで(The False Prophet: Rabbi Meir Kahane;From FBI Informant To Knesset Member)』である。

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このメイア・カハネは米国でテロ集団ユダヤ防衛同盟(JDL)を創設し後にイスラエルに渡ってクネセット(イスラエル国会)議員になった人物だが、イスラエルでもいくつかの凶悪なテロ組織を主催している。

 この「第3章:ベタール;好戦集団への道(pp 35-38)」の一部を翻訳してご紹介する。翻訳に使用した文章は次のインターネット・サイト"Terrorists and Organized Crime" に収められているものである。

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第3章:ベタール;好戦集団への道
(pp 35-38)
 メイア・カハネの戦闘性は必然的にベタールの中にそのはけ口を見出した。これは修正主義運動【訳注:ジャボチンスキーの影響を受けるシオニスト集団】の青年組織なのだが、彼は1946年にバール・ミツバー【訳注:思春期に達したユダヤ人の子供を祝う儀式】を済ませたすぐ後にそこに参加した。その暴力的な街頭デモ、軍事組織的な訓練キャンプ、松明行進、そして旧約聖書の神話中の英雄たちを強調することで、ベタールは後のJDLのモデルとなる。

 ゼエヴ・ジャボチンスキーは1923年にラトヴィアのリガでベタールを組織した。それは悪意に満ちた反ユダヤ的な欧州の民族主義運動広まりに対する反応だった。その二重の目的は、ユダヤ人青年を自己防衛組織として訓練することと、それをパレスチナからユダヤ国家へと変えていく火と血による闘争のために準備することだった。

 米国でのベタール青年運動は1940年6月10日にニューヨークで発足した。同年にそれは、ニューヨークのハンターに近いキャッツヒル・マウンテンズに軍事訓練用のキャンプを開いた。ジャボチンスキーは、開設されたばかりのキャンプを訪問中、ある支持者から寄付された薄汚れたホテルの中で8月3日に死去した。1940年代の初期には、ベタールはニューヨーク地区に何百人ものメンバーを抱えたが、その中には米国における初期の指導者の一人にモシェ・アレンスがいた。彼は1980年代にイスラエルの米国大使となりそしてイスラエル外相となったのである。

 ベタールの最も緊急の活動はイルグンへの武器の密輸だった。1940年代に、イルグンのリーダーであるメナヘム・ベギンは代理人を何度となく米国に派遣し武器を調達した。イルグンの海外情報部の長であるエリ・タヴィンがその作業を監督したのだが、隠れ蓑として世界シオニスト機構の教育指導者としての地位を利用していた。こうしてタヴィンは23カ国にわたる武器調達ネットワークを作り上げたのだが、同時に同数の自衛組織を作った。その中には第2次大戦中に中国に亡命したユダヤ人の収容所を保護する上海の組織もあった。

 タヴィンはまた欧州で英国に対するイルグンのテロ攻撃の計画者でもあった。例えば彼は1946年10月31日にローマの英国大使館への爆弾攻撃を工作した。 タヴィンは武器を米国で、第2次大戦から戻るユダヤ人GIからと同時にマフィアからも手に入れた。「ユダヤ人の退役軍人たちは新聞紙に包んだ包みを我々のところに持ってきてそして言うのでした。『私はイスラエルのためにこれをあなたに渡すことができると聞いた』と。」 このように言うのはシルヴィア・ズェイボンである。彼女は夫と共にイースト・ニューヨーク、当時圧倒的にユダヤ人の優勢なブルックリン地域で敷物店を営んでいたのだが、武器はそこに蓄えられた。「一箇所が武器で満杯になったら、私達は別の倉庫を探さなければなりませんでした。」 このようにズェイボンは付け加えた。彼女は米国に来る前にはポーランドでベタールのメンバーだったのである。

 イスラエルの要員達はその武器をニューヨークとニュージャージーの波止場に運んだのだが、そこは、熱烈な右派シオニストであるメイア・ランスキーと親しい仲間である暴力団のボス、チャールス・"ラッキー"・ルチアーノによって運営されていた。ランスキーは、ロスアンジェルスのミッキー・コウヘンのような他のユダヤ・ギャングたちとともに、イルグンに対して巨額の資金を提供した。これらの暴力団に支配された港湾労働者組合は米国の港からアラブ諸国などに武器を船で運ぶ修正主義者たちの破壊活動を支援していたのだ。

 チャールズ・カハネ【訳注:メイア・カハネの父親】自身も武器密輸組織に深く絡んでいたのだが、彼の息子にベタールに参加するように勧めた。「ベタールは俺のオヤジと同じ考えを持っている。そして当たり前だが俺はそれに心酔しているのだ」。このようにメイア・カハネは語った。彼はイスラエルにいるイルグンに向けて武器を箱詰めするために深夜のホボウクン・ドッグズに通った。それには危険が伴った。1947年にメイアの仲間のうち2名がマンハッタンの毛皮倉庫で、144の機関銃、203のライフル、268のピストルと共に逮捕されたが、それらの若者達は彼らの弁護士ポール・オドワイヤーのおかげで1ヵ月後に釈放された。この妨害にも関わらず、1948年の2月から5月の間だけで、タヴィンはニューヨークからテルアビブに向かう47回の船便で武器を密輸したのである。
(後略:以上、引用・翻訳終り)

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 この後の部分には次の内容のことが書かれている。もう一方の左翼テロ集団ハガナーもやはり1940年代に米国から資金と共に大量の武器を密輸していた。それを支えた者達の中には、後にラスベガス・サンの発行人となるハンク・グリーンスパン、イラン・コントラ事件に関与するイスラエルの武器商人アル・シュヴァイマーがいた。1948年の「イスラエル建国」後、米国でのベタール運動は米国の親イスラエル極右組織に成長し、多くの反アラブ・親イスラエル活動の基点となった。

 こうして、ロウズベルト=トルーマン民主党政権時の米国は、スターリンのソ連と共に「イスラエル建国運動」最大の拠点となったのである。しかも、裕福なユダヤ人たちから集めた資金と同時に、本来なら米軍の倉庫にあったはずの武器が米国内のならず者どもの手によって極めて大量にパレスチナに「密輸」されたのだ。言い訳程度の取り締まりはこの武器搬送にほとんど何の支障ももたらさなかった。

 このシリーズの第2部:現在に直結する「イスラエルの源流」 にも書いたことだが、イスラエル「建国」の年1948年に米国ユダヤ人有志による以下の告発がニューヨーク・タイムズ紙に掲載された。

 《我々の時代で最も困惑する現象の中に、新たに創設されたイスラエル国家の中での「自由党(ヘルート党)」の出現がある。これは、その組織において、方法論において、政治方針において、そして社会的なあり方において、ナチ党およびファシスト党に極めて近い政党である。これは元イルグン、つまりパレスチナにおけるテロリストで右翼の狂信的排他主義集団のメンバーと支持者によって形作られた。この党の指導者であるメナヘム・ベギンの米国に対する最近の態度は、明らかに、来るイスラエル選挙で彼の党に対する米国の支持を印象付けるように、また合衆国内のシオニスト右派分子との政治的な連携を固めるように、計算されているのだ。数多くの米国の著名人士たちが彼の訪問を歓迎するためにその名前を貸している。【以下略】》

 この中にある「合衆国内のシオニスト右派分子」が先ほどのメイア・カハネを中心とした米国ベタールとその周辺の組織であったことに間違いは無い。しかし「数多くの米国の著名人」とは誰だろうか。イスラエルを支える米国内のユダヤ人たちと共に、おそらく後のアイゼンハワー共和党政府を支えた者達が大勢混じっていたのではないかと思われるが、明らかではない。しかしすでにこのときまでに米国は左・右の親イスラエル勢力によって存分に蹂躙されていた のだ

【以上、参照資料】
http://www.telusplanet.net/public/mozuz/odynsky/lemieszewski20020729macaulay.html


[英国・米国・カナダ・ソ連の「国際連帯」によるイスラエル建設]

 次にご紹介したい資料はデイヴィッド・J.バーカスン(David J. Bercuson)による『秘密の軍隊(The Secret Army)』(1983)である。

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ここには1940年代のカナダが、ユダヤ人によるパレスチナへの武器密輸を黙認することによって、いかに左翼テロ集団ハガナーを強力にサポートし続けたのかが生々しく描かれている。カナダといえば「新世界のロスチャイルド」ことブロンフマン一家の帝国なのだが、現在の世界ユダヤ人会議議長であるエドガー・ブロンフマンは、先ほどのメイア・ランスキーと並ぶユダヤ・マフィアのボスだったサミュエル・ブロンフマンの息子である。

 この資料の引用箇所にはブロンフマンの名は出ないが、この一家が資金援助ばかりを務めていたとは到底思えない。 以下の翻訳に用いた文章は先ほどの『偽預言者:ラビ・メイア・カハネ・・・』と同じく"Terrorists and Organized Crime "に載せられている。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
(以下、翻訳)
第4章:極めて重要な事柄
(pp.44-49)
【前略】
 カナダは米国と同様に第2次世界大戦中には連合軍の主要な武器供給場であった。戦闘が終了した後、そこは巨大な量の余剰の武器が大幅に値下げされて売り飛ばされる場と変わった。ハガナーにとっては当然のごとく武器収拾活動の標的となったのである。しかし、カナダの戦争用具は容易に横流しできるものではなかった。カナダの武器輸出政策は米国や英国の政策と協調するものであり、またカナダ政府は英国と米国による中東地域への厳しい武器流出取り締まりへの協力に心を砕いていた。しかしながら、ここオタワの態度がカナダのユダヤ人たちにとってハガナーを援助する決意に対する障害となっていたにも関わらず、それを止めることはできなかった。カナダに住むハガナーの支援者達は様々なグループであった。1945年の夏にソンネボーンのオフィスでベン・グリオンと会うために集まった者達の一人であり、またパレスチナ物的援助(Materials for Palestine)のカナダ版であるパレスチナ支援(Aid to Palestine)の運営に加わったのがサミュエル・J.ザックス(Samuel J. Zacks)なのだが、彼はトロントの著名な企業家でありまたシオニストのリーダーでもあった。同様に数多くのトロントのユダヤ人たちが、ハガナーのためにカール・エクダール(Carl Ekdahl)が米国でデザインした軽機関銃の試作品の組み立てとテストの初期の試みに参加していた。武器や航空機やその他の軍装備をパレスチナに輸送するカナダでの主要な動きはthe Victory Equipment &- Supply Company Limitedを通して行われたのだが、それはモントリオールのマックギル通422にある小さな埃っぽいオフィスから伸びる一本の電話線を使って繰り広げられる際どい作戦であった。

 Victory Equipment社はカナダの多くの著名なシオニストたちによって設立されたのだが、その中にはサミュエル・シュゥイスバーグ(Samuel Schwisberg)とジョー・フランク(Joe Frank)がいる。それはパレスチナ支援(ここはカナダの非軍事物資を集めた)および統一シオニスト購入委員会(the United Zionist Purchasing Commission)と密着して活動し、モントリオールの法律家レオン・D.クレストール(Leon D. Crestohl)に率いられていた。
(後略:以上、引用・翻訳終り)

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 この後の部分には、カナダのユダヤ人組織によるハガナーとイスラエル建国を支援する具体的な行動が詳しく説明されているのだが、カナダ政府と米国政府、特に軍と諜報当局がこういった動きに気付いていなかったわけがあるまい。数え切れないほど多くの船便がパレスチナと北米大陸を往復した。その「荷物」には小銃や機関銃ばかりではなく飛行機まで含まれていたのである

 「公式現代史」は「イスラエル建国」に使用された兵器の具体的な出所と搬入経路を語らない。精々が各国の諜報当局や警備当局を無能扱いにして「密輸」を認める程度だろう。「神話」はこのようにして作られる。

 当然だが、「イスラエル建国」後に米国政府が合法的に与えた巨大な資金面・軍事面の無償援助はこういった非合法活動容認の延長に過ぎまい。要はパレスチナでの「ユダヤ人国家建設」は、英国、米国、カナダ、そしてソ連などの国々にとって他のあらゆる事柄に優先させなければならない超法規的な事項だったのだ。ハガナー、イルグン、レヒといったテロ組織の活動は、まさしくこの「インターナショナリズム」によって保証されていた のである。

 こうして1948年に「ユダヤ人の祖国」が無事に作られ、その後、十分に準備を整え待ち構えていたかのように「冷戦」が開始する。スターリンはその大役を終えて姿を消し、世界が「左・右の対立」で目をくらまされている間にイスラエルは、米国を『お抱え養育係』とし、「ユダヤ国家の名による公認テロ」「ホロコーストを用いた恐喝」と核兵器の脅威によって世界を威圧・睥睨する文字通りの「テロ国家」として成長することとなる。ソ連がイスラエルのいわば『産婆』であり、その『養育係』を務めたのが米国だが、米国と英国は同時にもう一つの極悪集団であるドイツ・ナチスの『養育係』でもあった。そしてそのナチスとまるで兄弟のように一緒に育ったのがユダヤ・シオニスト である。しかしその話は次回以後としたい。


【以上、参照資料】
http://www.telusplanet.net/public/mozuz/odynsky/lemieszewski20020729macaulay.html

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# by oninomae | 2014-03-08 20:20 | 魔術=詐欺とイルミナティ  

ウクライナ掠奪開始 Paul Craig Roberts

http://eigokiji.cocolog-nifty.com/blog/2014/03/post-56fd.html 2014年3月 7日

プロパガンダがニュースを支配する Paul Craig Roberts Information Clearing House 2014年3月5日  (金)

ジェラルド・セレンテが、欧米マスコミのことを、“売女マスコミ(presstitutes)”という率直な表現で呼んだのを私は良く利用している。政府情報源へのアクセス確保と、職を維持する為、売女マスコミはアメリカ政府に身売りしている。腐敗したクリントン政権が、アメリカ・マスコミの集中を認めて以来、いくつかのインターネット・サイトを除き、アメリカ合州国には、独立したジャーナリズムは存在していない。

グレン・グリーンウォルドは、アビー・マーティンが、ロシアのウクライナ侵略とされるものを非難したのを許している、RT、ロシア・マスコミ組織の独立性を指摘し、いずれもブッシュ政権の違法なイラク攻撃への反対を表明したかどで馘首されたフィル・ドナヒュー(MSNBC)とピーター・アーネット(NBC)の運命と比較している。ドナヒューがNBCで最高に評価されている番組のホストだった事実にもかかわらず、ジャーナリズムの独立は認められなかった。アメリカの印刷、あるいはTVマスメディアやNPRで真実を語る人物は誰であれ即刻クビだ。

ロシアRTは、信奉するとは言いながら、尊重しようとはしないアメリカ人の価値観を、実際に、信じ、順守しているように見える。

私はグリーンウォルドに同意する。彼の記事はここで読める。http://www.informationclearinghouse.info/article37842.htmグリーンウォルドは実に称賛に値する。彼には知性、品格、勇気がある。彼は、新刊How America Was Lostを、私が捧げた、勇敢な人々の一人だ。RTのアビー・マーティンについても、私は彼女を髙く買っており、彼女の番組に何度か出演したことがある。

グリーンウォルドとマーティンに対する私の批判は、二人の品位や性格と無関係だ。アビー・マーティンの“ロシアのウクライナ侵略”は、より実入りの良い“大手マスコミ”に転職する可能性を高める為の派手な行動だ、という主張にはくみしない。私の主張は全く違う。アビー・マーティンやグリーンウォルドの様に、我々に様々な情報を明らかにしてくれている人々さえ、欧米のプロパガンダからは完全には逃れられないのだ。

例えば、ロシアがウクライナを“侵略している”というマーティンの非難は、クリミアを占領する為に、ロシアが16,000人の兵士を派兵したという欧米のプロパガンダに基づいている。実際の所はと言えば、1990年代以来、16,000人のロシア軍兵士がクリミアに駐留してきたのだ。ロシア-クライナ条約の下、ロシアは25,000人の兵士をクリミアに駐留させる権利を持っている。

どうやら、アビー・マーティン、グレン・グリーンウォルドという賢明で情報に通じた二人も、この事実を知らないもののようだ。アメリカ政府プロパガンダが、ひどくまん延しているおかげで、わが国最良のリポーター二人もその餌食となったのだ。

何度かコラムで書いてきた通り、アメリカの世界覇権を推進すべく、ウクライナをNATOに取り込み、ロシア国境にアメリカ・ミサイル基地を設置し、ロシアの核抑止力を低下させ、アメリカ政府の覇権を受け入れるようロシアに強いる為、アメリカ政府がウクライナのクーデターを画策したのだ。

ロシアは、アメリカ政府が画策した重大な戦略的脅威に対して、極めて控え目に対応したに過ぎない。

アメリカ政府プロパガンダの犠牲になったのは、マーティンと、グリーンウォルドだけではない。パトリック・J・ブキャナンまでも彼等に加わった。読者に“クリミアに関する主戦論者に抵抗せよ”と呼びかけるブキャナンのコラムは、アメリカ政府のプロパガンタ、“ウラジーミル・プーチンによるロシア軍クリミア派兵”で始まっている。http://www.informationclearinghouse.info/article37847.htm
そのような派兵などされてはいない。プーチンは、ロシア国会からウクライナに軍隊を派兵する権限を得てはいるが、プーチンは、派兵は、アメリカ政府によるクーデターを横取りし、自らキエフと西ウクライナで権力の座についている超国家主義のネオナチによる侵略から、クリミア在住ロシア人を守る為の、最後の手段だと公式に述べている。

というわけで、現代で最も明敏で独立性の高いジャーナリスト三人全員が、欧米プロパガンダの産物情報、ロシアがウクライナを侵略したと思い込んでいるのだ。

アメリカ政府プロパガンダの威力は実に絶大で、最高かつ最も独立したジャーナリストでさえ、その影響からは逃れられないもののように見える。

実際に起きてもいない“侵略”とされるものに対し、ロシアを非難したことで、アビー・マーティンがグレン・グリーンウォルドの賛辞を得、独立派パット・ブキャナンが、侵略が実際に起きたという情報を受け入れて、「ロシアが悪いと主張する群衆」に異議を唱えるコラムを書くという状況では、真実に一体どのような可能性があるだろう?

売女マスコミがウクライナについて報道しているあらゆる記事は、プロパガンダ作品だ。売女マスコミは、打倒された大統領、ビクトル・ヤヌコビッチが、抗議行動参加者を射撃するよう狙撃兵達に命じたと伝えている。これらの虚偽報道を基に、現在のキエフ・エセ政府を構成するアメリカの傀儡は、ヤヌコビッチ逮捕状を出し、国際法廷で彼を裁判にかけようとしている。

欧州連合外務・安全保障政策上級代表キャサリン・アシュトンと、キエフから戻ったばかりのエストニア外務大臣ウルマス・パエトとの盗聴された電話会話で、パエトはこう報告している。“現在、狙撃手達の背後には、ヤヌコビッチではなく、新連立政権の誰かがいたという理解が益々強まっています。” パエトは報告を続けている “あらゆる証拠が、警官や街頭にいた人々等は、両側から狙撃手達によって、殺害されたこと、同じ狙撃手達が両側から人々を殺害していたこと...現在の新連立政権が、一体何が実際に起きたのかは調査したがらないことは実に憂慮すべきです。” ウクライナの改革を導くEU計画と、IMFが経済政策を支配する方法を準備するのに夢中なアシュトンは、殺害は画策された挑発だったというパエトの報告を聞くなど、とりわけ嬉しいわけがなかったのだ。パエトとアシュトンの会話はここで聞くことができる。http://rt.com/news/ashton-maidan-snipers-estonia-946/

ウクライナで起きたのは、選挙で選ばれた正当な政権の打倒を、アメリカ政府が画策し、打倒し、そこで、かつてロシアの一部だった諸州、南・東ウクライナで暮らす多数のロシア系住民を脅迫しているネオナチに、その実権を奪われたということだ。脅かされたロシア人達がロシアに救い求め、南オセチアのロシア人達と同様、ロシアの助けを受けるだろう。

オバマ政権と売女マスコミは、あらゆることについて嘘をつき続けるだろう。

Paul Craig Robertsは、元経済政策担当の財務次官補で、ウオール・ストリート・ジャーナルの元共同編集者。ビジネス・ウィーク、スクリプス・ハワード・ニュー ズ・サービスと、クリエーターズ・シンジケートの元コラムニスト。彼は多数の大学で教えていた。彼のインターネット・コラムは世界中の支持者が読んでいる。彼の新刊、The Failure of Laissez Faire Capitalism and Economic Dissolution of the Westが購入可能。

記事原文

Propaganda Rules The News –Paul Craig Roberts
http://www.paulcraigroberts.org/2014/03/05/propaganda-rules-news-paul-craig-roberts/



http://eigokiji.cocolog-nifty.com/blog/2014/03/post-5543.html
 2014年3月 8日 (土)

ウクライナ掠奪開始 Paul Craig Roberts 2014年3月6日

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ウクライナのEU加盟を支持したこの人物はその報酬を受けた。年金の50%削減だ。

コメルサント-ウクライナ報道によれば、政府を装うアメリカ政府傀儡のキエフ財務大臣は、ウクライナに金を貸す欧米銀行家が、ウクライナの貧乏人を犠牲にして返済が受けられるようにすべく、ウクライナの年金を160ドルから、80ドルに削減する経済緊縮政策を準備中だ。http://www.kommersant.ua/doc/2424454 またもやギリシャの繰り返しだ。

選挙で選ばれた正当なウクライナ政権に対し、アメリカ政府が画策したクーデターで権力の座につけられた傀儡政権が安定性や正当性を獲得するより前に、欧米の略奪者達は、既に仕事にとりかかっている。EU加盟で、より良い生活ができるというプロパガンダを、素朴にも信じ込んだ抗議行動参加者は、4月迄に年金を半分に削減される運命だ。しかし、これとて始まりに過ぎない。

腐敗した欧米マスコミは借款を“支援”と表現している。ところが、EUがキエフに提供しようとしている110億ユーロは支援ではない。借款だ。しかも、キエフがIMF緊縮政策を受け入れることを含め、様々な条件付きだ。

選挙で選ばれた政権を打倒するのに利用された、抗議行動に参加した、だまされやすいウクライナ人は、 EUに加盟さえすれば、たやすく金もうけができるようになるという、アメリカ政府の財政支援を受けたNGOがついた嘘を信じていたことを想起願いたい。ところが今や、彼等は、年金を削減され、IMF緊縮政策に見舞われる。

緊縮政策では、社会福祉、教育資金が削減され、政府職員が首切りされ、通貨は切り下げられ、ロシアのガス、電気を含む輸入品の価格が上がり、ウクライナの資産を、欧米大企業による乗っ取りに開放する。

ウクライナの農地は、アメリカ・アグリビジネス企業の手に落ちるだろう。

ウクライナ、あるいはロシア側にくら替えしなかったウクライナの部分に対するアメリカ政府/EU計画の一部は成功した。国に残されたわずかなものは欧米によって徹底的に収奪される。

他の部分はうまく機能していない。アメリカ政府のウクライナ人傀儡は、抗議行動に対する支配力を、組織・武装超国家主義者達に奪われてしまった。この集団は、第二次世界大戦中、ヒトラーの為に戦った連中にまで、その根源がさかのぼり、ソ連共産党が彼等をウクライナにくっつけた、1950年代以前に所属していたロシアへの返還を、南と東ウクライナが強く要求するよう押しやっている言動と行動を行ってきたのだ。

この文を書いている時点では、クリミアは、ウクライナから分離したように見える。アメリカ政府と、そのNATO傀儡は、経済制裁を怒鳴り散らし、脅す以外は何もできない。ホワイト・ハウスの阿呆は、ソルジェニーツィンによれば、民族的にウクライナ人のフルシチョフが酔って、南と東のロシアの諸州をウクライナに加えるまで、約200年間そこに属していたクリミアを、ロシアに返還した責任を負う、誰であれ不明の人物に対する経済制裁を発表して、“アメリカという唯一の超大国”の無能さをさらけ出した。西ウクライナでの出来事を見て、南オセチアがグルジアと縁を切りたがったのと同様、ロシア諸州は自分達が属する祖国に戻りたくなったのだ。

キエフのアメリカ政府傀儡は、クリミアについては、怒鳴り散らす以外何もできない。ロシア-ウクライナ協定の下、ロシアは25,000人の兵士をクリミアに駐留させることが認められている。アメリカ/EUマスコミが、“16,000人の兵士によるロシア侵略”非難しているのは、全くの無知か、アメリカ政府の嘘への共犯かのいずれかだ。明らかにアメリカ/EUマスコミは腐敗している。連中の報道を信頼するのは愚者のみだ。 そういうものは存在しないと兵器査察官達がホワイト・ハウスに語っていた“イラクの大量破壊兵器”に関するアメリカ政権の嘘を売り込むべく、ジョージ・W・ブッシュとディック・チェイニーがコリン・パウエル国務大臣を国連に派遣した後も、アメリカ政府の言い分を、何であれ信じるようなマスコミは、明らかに買収され、雇われた売女の集団にすぎない。

元ロシア諸州の東ウクライナでは、アメリカ政府がロシアにもたらした戦略的脅威に対するプーチンの低姿勢対応が、ロシア経済と軍に重要な主要コンビナートを掌握する好機を、アメリカ政府に与えてしまった。街頭で抗議する東ウクライナの人々は、アメリカ政府のクーデターがキエフに押しつけた選挙で選ばれてはいない政権からの離脱を要求している。自らの無能さから、クリミアを失ったことを自覚したアメリカ政府は、キエフの傀儡に命じて、マイダン抗議行動の一部が攻撃していたウクライナ人新興実業家を、東ウクライナの都市で、支配者の座につけた。こうした新興実業家は、いまだに機能している警察やウクライナ軍部隊に加え、専用私兵も抱えている。抗議するロシア人指導者達は逮捕され、行方不明になっている。自決を支持すると主張するアメリカ政府とそのEU傀儡は、自分達にとって有利なように画策される場合の自決しか支持しない。それゆえアメリカ政府は東ウクライナにおける自決運動の弾圧に忙しいのだ。

これはプーチンにとって、ジレンマだ。彼の低姿勢対応は、アメリカ政府が、東ウクライナで主導権を握るのを許している。新興財閥のタルタとコロモイスキーが、ドネツィクとドニプロペトロウシク市長の座に据えられ、ロシア人逮捕を推進し、言葉にするのもはばかれる犯罪を犯しているが、皆様がアメリカ売女マスコミからそれに関する報道を知る聞ことは絶対にない。プーチンの介入を要求するいかなる当局も存在させなくするため、分離派の指導者達を、逮捕し、葬り去るというのがアメリカ政府の戦略だ。

もしプーチンに無人機があれば、タルタとコロモイスキーを排除するという選択肢がある。もしプーチンが、アメリカ政府が東ウクライナのロシア諸州を確保するにまかせてしまえば、彼はアメリカ政府がつけこむ弱さをさらけ出すことになる。アメリカ政府は弱点につけこみ、プーチンに戦争を強いる事になろう。

戦争は核戦争となろう。

記事原文

The Looting Of Ukraine Has Begun
http://www.paulcraigroberts.org/2014/03/06/looting-ukraine-begun/



オランダのアンネ財団 本などを寄贈 3月8日 13時08分 11111
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20140308/k10015818581000.html

・・・合わせて311冊の本のページが破られているのが見つかったほか・・・

マレーシア機が連絡絶つ 乗客乗員239人 3月8日 11時17分 111117
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20140308/t10015816271000.html

キエフでの狙撃は暫定政権に黒幕という話を「西側」が触れたがらない背景にネオコンの覇権戦略
http://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201403070000/

Estonia: Leaked Ashton Ukraine Conversation 'Authentic' By RFE/RL March 05, 2014
http://www.rferl.org/content/ukraine-ashton-conversation-leaked/25286848.html


ウクライナの混乱 世界穀物地図は再び米国頼みに?
http://www.juno.dti.ne.jp/tkitaba/agrifood/foodsecurity/news/14030601.htm

311人工地震計画に参加したアメリカと韓国が日本のテレビを支配する 2014年03月09日
http://kinnikuking.blog81.fc2.com/blog-entry-1234.html

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# by oninomae | 2014-03-08 06:35 | 戦争詐欺・紛争  

ウクライナ危機は第三次世界大戦勃発の契機になりかねない by Montecristo

http://rockway.blog.shinobi.jp/ より

ウクライナ危機は第三次世界大戦勃発の契機になりかねない 【3月5日 Posted by Montecristo】 (その1)

http://www.darkmoon.me/2014/ukraine-crisis-could-spark-world-war-three-by-lasha-darkmoon/

 ウクライナでの緊張が高まる中、世界は混沌に向かってよろめきだしている。誤った動き一つで世界は滅亡の淵に陥るかもしれない・・・

 ソ連のリーダーであったフルシチョフは1954年、ウクライナに贈り物をした:黒海の北に突き出た半島で戦略的要衝であるクリミアだ。

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 何日か前に長文の記事がデイリー・テレグラフのオンライン版に掲載された。それはウクライナの情勢に関する興味深い発言と奇妙な事実のコラージュだ。これは私の悲観的見方を強化した。つまり、世界はいくつかの例外はあれど、大まかに言えば、政治家という一連の殺し屋たちによって支配されている、ということだ。

 実際、多くの有名な歴史的人物たちは殺人と政治の世界でのキャリアをうまく統合した者たちだ。ネロ、カリグラ、ハンガリーのバートリー伯爵夫人、イワン雷帝、ボルジア家、ラヴレンチー・ベリヤ

 この記事は、上記の記事自身のコラージュであり、私自身のコメントを挿入させてもらっている。


 NATO事務総長のアンダース・フォー・ラスムセンは、ロシアのウクライナ介入でヨーロッパが崖っぷちに立っていると警告した。アメリカの国務長官のジョン・ケリーはロシアを、「侵略の信じがたい行為」と非難した。

 アメリカの共和党上院議員のジョン・マケインは、アメリカはプーチンの行動に対してどう反応すべきかを語った。

 デイリー・ビーストとのインタビューで、彼はオバマの脅しは「笑うべきもの」と言って、ヒラリー・クリントンはロシアのことを完璧に見誤っている、と述べた。

 「勿論彼女はそれを見誤った」と、自身も物事を正しく見ることは稀であると言われているマケインは言った。「彼女はロシア帝国を復活させようと野望を抱いているKGB大佐だった男とどこかでリセットできるだろうと考えていた。そういうことだ」

 こういうたわごとを読むと、ただただ驚くばかりだ。

 キエフではネオナチのごろつき共によって脅され殺されもしたロシア人をクリミアで救出せんとするプーチンの全く正当な動きは、「ロシア帝国を復活させる」願いと決め付けられた。このネオナチのごろつき共にマケインは会っているし積極的に支援したのだ。これ以上狂ったことはないだろう。

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極右国粋主義ネオナチのオレ・チャフニボクはキエフでマケイン上院議員と会っている

 プーチンのスポークスマンのドゥミトリー・ペスコフはジョン・ケリーがロシアの「侵略行為」とロシアの「19世紀的行動」を弾劾することをどう考えるか、と問われ、「今のところ、ノーコメント」とそっけなく回答していた。


 ジョン・ケリーは2日、CBSの「フェイス・ザ・ネーション」の政治番組に出演した。彼は:「21世紀には19世紀の時のように完璧に捏造した口実で他国を侵略することなど出来ない」と語った。

 これが「完璧に捏造した口実」でイラクを侵略し、ウィリアム・ブラムの「キリング・ホープ」という暴露本によれば、1953年民主的に選出されたイラン政府を皮切りに、77の合法的政府を転覆させた国家の代表者から出た言葉である。

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(引用注:もちろん、これですからね)

 アメリカは更に、チョムスキーによれば、1945年以来5500万人を殺害してきた国家ということになる。

 「これは信じがたい侵略だ」とケリーはダブルスタンダードを決め込んで偽善的に指摘した。「プーチンが他国を侵略するとは、全く唖然とさせられる意欲的選択である。ロシアはウクライナの主権を侵害している。ロシアは国際的義務に違反している」と語った。、

 ケリーはG8諸国とその他のいくつかの国は「ロシアを徹底的に孤立化させる準備ができている」と語った。彼は通商禁止、査証禁止、資産凍結をすると脅した。確かに、アメリカはいつでも、ピンチに陥ったと感じ、巨大な赤字を心配しだすと、経済的にアメリカより成功している国のドル預金を差し押さえることを企(たくら)むようである。

 中国、ロシア、イランなどが苦労して得た外貨を、アメリカの銀行や、強欲なユダヤ銀行の外で保管しているには、それなりの理由がある。


 ニューヨーカー誌の編集者のデイビッド・レムニックは最近、ウクライナとプーチンの計算に関する刺激的な論考を書いた。「プーチンの反応は我々の期待で最悪のものだ」と彼は怒った。「ウクライナのこれからの期間は恐ろしいことになりそうだ」

 彼はまたロシアの政治家のヴラジミール・リャズコフの言葉を引用している。この人物は、状況はウクライナにとって危険というだけでなくロシアにとっても危険だ、と指摘した。「これはウクライナ政権にとっては決定的であり、ロシアにとっても災厄的である。正常な感覚を失っているのだ」と言っている。

 フォーブスによれば150億ドルの資産家であるウクライナの富豪のリナト・アフメトフは、ウクライナに対するロシアの侵入を非難した。彼は、ロシアの「外部からの力に頼るやり方は受け入れられない」と怒った。

 このウクライナのオリガルヒ(新興財閥)は、ウクライナのユダヤ人社会と親密な関係にあり、犯罪組織、恐らくユダヤ系ロシア・マフィアと共謀していることで知られている人物なので、プーチンを恐れ嫌う立派な理由がある。

 7人の犯罪を犯したロシアのオリガルヒ、内6人はユダヤ人だが、を叱り飛ばしたのは結局プーチンであった;そして1991年にソ連が解体した後、これらの金融プレデターが強奪した富の多くをロシアに取り戻したのもやはりプーチンだった。

 このような腐敗漬けの者たちがプーチンに対する謀略を占領したウクライナで諮り、もしもウクライナがユダヤが支配するIMFの優しい慈悲の手に委ねられたら、ぼろい儲けをしようと期待しているのだ。

 「私は全ての市民に統一した不分離のウクライナのために団結を呼びかける」とアフメトフは調子よく甘ったるい言葉を吐いた。「我々は頭を冷静にし挑発には乗らないようにしなければならない」と叫んだ。

 その通りで、ウクライナはなんとしてでも分断されてはならない。もしもその一部、豊かで戦略的に重要なクリミア地区がロシア領になったら、オリガルヒと欧米のプレデターにとっては強奪するものが余りにも少なくなってしまうのだ。

 だからアフメトフのような億万長者のオリガルヒと、ユダヤ系ロシア・マフィアの頭目のセミョン・モグリビッチと一緒になってユリア・ティモシェンコのような腐敗した政治家がやっている不誠実なビジネスの利益のため、ウクライナの豊かな地区であるクリミアは、将来彼等がその富を強奪できるためにウクライナ領として留まらねばならないのだ。

その2(最終)


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ユダヤ系ロシア・マフィアの頭目のセミョン・モグリヴィッチ


 そのかわいらしい顔とセクシーな髪型で魅力的なユリアは、長いことマフィアの愛人である、ということは指摘されておくべきだ。2005年1月にウクライナの最初の女性首相となり、フォーブスによればウクライナで三番目に金持ちの女性となることで、結果的に深刻な汚職容疑で獄中で時を過ごす羽目になった。今、この囚人だった人物を再びウクライナの首相にしようとする計画が浮上している。

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 確かなことは、ユダヤ系ロシア・マフィアの頭目であるセミョン・モグリヴィッチとユリアの親密な仲は、ウクライナをユダヤ人が運営する世界で最も犯罪的なシンジケートの手中に間接的に陥らせる可能性を持つことを意味する。ユリアがもしも権力を握ったならば、だが。

 恐らく、それこそを欧米は狙っているのだ。

 ユダヤ人作家で「ロシア・オタク」を自認するベン・ジュダは、プーチンはウクライナで紛争に乗り出すのならば、四つのキーとなる問題について自分に問いかける必要がある、と言っている。

 ここでは問題の1番目だけを紹介するスペースしかない。そこにはベン・ジュダの思考傾向とランボー型の書き方が現れている:「プーチンは、ロシア人に対して、ロシア軍が遺体袋に包まれて帰還し出したら、どう説明するのか?」

 今、ニューヨークでは午前8時だ:アメリカは目覚めだして、過去12時間のニュースを消化しだしているところだ。

 ここにロサンジェルス・タイムズ紙から事態をアメリカに都合よくまとめられたニュースが報じられている。

 共和党のエリック・カンター(ヴァージニア州)が、「議会はウクライナ政府が経済を安定化させ、主権を回復し、政治的妥結を推進することを支援する方法を見出そうとするであろう」

 ベン・ジュダのようにエリック・カンターもユダヤ人だ。

 彼は、熱心なシオニストで、イスラム教嫌いの人物だ。彼はペトレイアス将軍(反シオニストと見られている)を、彼のプライベートな電子メールに不思議なやり方でアクセスすることで、貶めることをやってのけた者だ。

 愛人に向けて書かれたペトレイアスのプライベートなラブレターを、FBIの秘密情報源から入手した、というカンターの話は納得できるものではない。カンターは恐らくこの情報を直に、イスラエルの情報機関から入手したのだ。スノーデンの暴露の後では皆が知っているように、イスラエル情報機関はNSAとの馴れ馴れしく汚れた関係を通して、アメリカで交信されている電子メールと電話のやり取りにアクセスできるのだ。

 疑わざるを得ないことは:秘密の部屋でカーテンの背後から覗き見する時はいつでも、ユダヤ人が影でこそこそしているのを見つける、ということはどういうことなのか、ということだ?

 誰でもネオナチのテロリストにその命が脅かされているウクライナのロシア人の保護に飛び出したプーチンに興奮している。

 リトアニアはロシアから大使を召還した。カナダは昨晩、モスクワの大使を召還した。チェコ共和国はプラハで同じことを今朝行った。

 イギリスはまだ大使の召還はしていないが、昨晩、ロンドン駐在ロシア大使を外務省に呼び出した。

 ロシアの上院はアメリカのロシア大使を召還するよう要請したが、まだそれは実施されていない。

 昨晩、ロシア軍艦はクリミア沖に停泊した。明らかにウクライナとロシアとの間の合意事項に違反するものだ。ロシアはクリミアのセバストポリの基地を230年間支配している。黒海艦隊をそこに維持することはできるが、思うがままにできるというわけではない。

 ロシア軍はバラクラバの沿岸警備隊オフィスを支配した。これもウクライナとの合意に違反することは明らかだ。そのようにアメリカと、アメリカが資金提供しているウクライナのネオナチ・テロリストは言い張っている。

 アンダース・フォー・ラスムッセンNATO事務局長はNATO会議を招集した。彼は以下のような声明を発表した:「私が本日NATO評議会を招集したのは、ロシア軍のウクライナにおける行動ならびにプーチンの脅威がこの主権国家に及んだからだ。ロシアがウクライナで行っていることは、国連憲章に違反している。それはヨーロッパの平和と安全を脅かしている。ロシアは軍の活動と脅威を停止しなければならない」

 オー、ではロシアはウクライナとの合意を無視したわけだ、そうかな?

 これらのとんちき達は、ロシアが行った合意は、民主的に選出された合法的ウクライナ政府との間の合意であったことを都合よく忘れている。 それはクーデターを仕出かした黒いマスクをし軍靴をはいた極右狂信者の群れとの間で交わした合意ではない。

 セバストポリの民兵司令官のセルゲイ・ボチェンコは、タイム誌の記事で、「キエフで鉤十字を付けて走り回っているファシストの屑どもの支配を受け入れるようなことは断じてない」と語ったと言う。

 ウクライナの臨時首相であるアーセニー・ヤセヌークは、ロシアはウクライナに宣戦布告した、と語ったところだ。「これは緊急非常事態だ。これは単なる脅威ではない。これは実質的な宣戦布告だ」と、彼は息巻いた。

 臨時大統領のオクサンダー・トゥルチノフは以下のように語った:「ウクライナ内の軍事施設を攻撃することは、我が国に対する直接的軍事侵略である。ロシア指導部がその責任を負うことになろう!」

 「我々は災厄の淵にある!」と選出されていない首相はわめいた。

 それでは、誰が最初に災厄を惹き起こしたのか?誰が一体始めたのか? 誰がアメリカ人の納税者のポケットから50億ドルを取ってクーデターを支援したのか?


 国連事務総長の潘基文が、恐らくNSA、モサド、イギリスのGCHQが聞いている中、電話で話している内容がある。彼は、最近のウクライナの主権を危うくする事態を「非常に懸念している」と語っている。

 「平穏を回復し状況の段階的縮小を即座に進めることが肝要である」。潘はプーチンに対し、キエフの当局と直接対話をするよう呼びかけた。「冷静さが重要だ」と、プーチンは冷静ではないと示唆しながら無愛想に語った。

 潘の見下したコメントから、彼はプーチンに説教する立場にいると彼が考えていると結論付けていいだろう。プーチンは頭に来るタイプで、嘘つきでまだ捕まっていない戦争犯罪者のトニー・ブレイアーによればサダム・フセインがロンドンを核攻撃しようとしたように、45分以内にニューヨークを核攻撃する奴なのだ。

 クーデターを行って民主的に選出された政府を破壊するという、主権国家の事情におせっかいをする人々は、冷静な人々なのだ。侵略に反応したプーチンのような人々は、危険で狂った奴と描かれるのだ。

 これはとんでもなく偽善的な者たちの捉え方だ。


 ロシアと欧米の侵略者たちの間にウクライナに関する大規模な紛争が勃発したら、自分としては最後までロシアを支援するつもりだ。私の中では、ロシアは高度に道徳的地盤を持っていることは疑いようもない。ロシアを支援することは、従って、悪より善を尊ぶすべての人々の義務である。

 欧米の政治的お偉方が繰り返し語っていたように、ロシアがクリミアを併合すること、あるいは占領することについては、二つの決定的事実を勘定に入れることに失敗している:1.クリミアは一度ロシア領だったこと、そして1954年にフルシチョフによってウクライナに贈り物として与えられたということ、2.クリミアの過半数の人々はロシア人で、プーチンの介入を要請し、救出にきてくれるよう懇願した、ということだ。

 アメリカとイギリスのロシアはウクライナに「侵略した」という非難については、そのまぬけな非難には、それがイラクとアフガンの侵略者の偽善的な口から言われたことでびっくり仰天するしかない。しかも失敗した侵略者で、それぞれの侵略行為ごとに3兆ドルを消費し、かつ不名誉と恥以外の何も得るものはなかったのだ。

 プーチンはクリミア地区に対する軍事行動だけに制限し、ウクライナの残りの地区には手を付けないで、欧米の手中に陥るに任せると考えることは誤りである。そう考えることがどうして誤りとなるのか?ロシアからヨーロッパに向かうガスのパイプラインはウクライナを通過する、という単純な理由からだ。

 だから過ちは犯さないことだ。ウクライナ全土はロシアの封土である。アメリカとヨーロッパはウクライナにいて問題を起こしたり、政権交代を画策しながら、やるようなビジネスは何も無い。こういったお節介者たちがウクライナに対して干渉し続けるならば、ロシアはヨーロッパへのガス供給をストップする正当なる理由がある。 

 アメリカの弁護士でオンラインの政治コメンテーターのマイケル・スナダーはウクライナの状況をまとめて以下のように記した:

「アメリカ人として、他国から資金を与えられ組織され、民主的に選出されたカナダ政府の暴力的転覆を図られたら、そして反米政府がそれに取って代わったら、あなたはどう感じるだろうか?ウクライナに対してこれを行うことで、アメリカとEUはロシアの目の中にピンを突き刺したことになる。言うまでもなくロシアは非常に怒り戦争も辞さない思いになっている・・・」

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3.11事件直後の2011年4月、東京からモスクワに急遽変更された世界フィギュアスケート選手権開会式でのプーチンの対日本国民メッセージがフジテレビによってモミケシされた事件にネット国民が強い関心を示す 2014/3/6(木) 午後 8:07
http://blogs.yahoo.co.jp/hisa_yamamot/33344148.html

http://ameblo.jp/64152966/entry-11786213023.html
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イスラエルは北海道も蚕食中らしい



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# by oninomae | 2014-03-08 05:49 | 戦争詐欺・紛争  

イスラエル:暗黒の源流  ジャボチンスキーとユダヤ・ファシズム 4

http://bcndoujimaru.web.fc2.com/archive/Vladimir_Jabotinsky1.html#1bu より その4

第4部 メナヘム・ベギンとスターリン   (2006年8月)
     
[ソヴィエト連邦とイスラエル]

 共産主義の「教祖」カール・マルクスはユダヤ教ラビの息子であり、
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ロシア革命は「ユダヤ革命」といっても過言ではないほど数多くのユダヤ人によって指揮された政権転覆運動だった。その最高指導者は自らユダヤの血を受け継ぎユダヤ人を妻に持つレーニンであり、
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革命当初の共産党の政治局員はトロツキー
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カーメネフ、ジノヴィエフ、スヴェルドロフ、ヴォロダルスキーなど、大半がユダヤ人であった。ブハーリンはロシア人だったが妻はユダヤ人であり、ユダヤ人と無関係なロシア人はルイコフやカリーニンくらいであろう。またトロツキーを通して米国のユダヤ人資本家ヤコブ・シフがロシア革命を支援していたのは有名な話である。

 また、第1次世界大戦終了直後(1919年)にあえなく挫折したドイツ革命の指導者ローザ・ルクセンブルグもユダヤ人である。そしてドイツ革命とほぼ同時期に発足したアメリカ共産党では約7割の党員がユダヤ人だったと言われ、その後の米国での左翼運動の中心もやはりユダヤ人たちであった。

 共産主義を「ユダヤの陰謀」ととらえる見方は根強い。その当否についてここで論じるつもりはないが、以上のことはよく知られた事実であり、共産主義の敷衍と共産圏の成立に果したユダヤ人の役割の大きさを否定することは不可能である。しかしソ連とイスラエルの関係については意外に知られていないのではないか。イスラエルというとどうしても米国との関係が注目されがちなのだが、その「建国」に関してはむしろソ連の果した役割の方が大きかったのだ。

 パレスチナでのシオニスト運動に中心的な役割を果したダヴィッド・ベン・グリオン、およびゴルダ・メイアは共にロシア生まれであった。初代首相となるベン・グリオンは親ソ共産主義のマパム党を率い、その思想を体現する集団農場キブツの普及を推し進め自らその中に住んだ。後にイスラエル首相となるメイアはスターリン時代のソ連の中に太い人脈を持ち初代の駐モスクワ・イスラエル大使となった。メイアがスターリンや影の実力者であるカガノヴィッチと「イスラエルのソ連化」について秘密協定を交わしたという未確認情報 もある。その他、ロシア革命の前後からイスラエル建国時期にかけてロシア・東欧諸国からパレスチナに移住したユダヤ人たちにはマルクス主義者が多かったと言われ、その後の米国からの移住者の中にも大勢の米国共産党関係者がいた。

 さらに1947年に、アラブ人たちが受け入れるはずもない「パレスチナ分割案」を国連での多数派工作によって押し通したのがトルーマンの米国であると同時にスターリンのソ連であった。「建国」前後のイスラエルにチェコスロバキアを通して武器を送り続けたのもスターリンである。

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 教科書的にはイスラエルとソ連は冷戦の進行に連れて距離を置いていったことになっており、特に1978年に誕生したベギン・リクード政権は全面的に米国を味方につけ反共の立場を明確にした。しかし少なくとも1950年代まではイスラエルの「庇護者」はソ連であったし、その後も延々と、世界の左翼陣営はイスラエルを支持、あるいは少なくとも同情的な態度を取り続けているのだ。

【以上、参照資料】
http://www.jewwatch.com/jew-communists.html#anchor4458
http://inri.client.jp/hexagon/floorAXF/axf1410.html
http://ja.wikipedia.org/wiki/アメリカ共産党
http://www.jewwatch.com/jew-mindcontrol-communism-israel.html
http://www.worldnewsstand.net/history/Zionist.htm


[スターリンは反シオニストだったのか?]

 興味深い写真がある。スターリンが死去した1953年にイスラエルのガアシ(Gaash)・キブツで撮影されたもので、この「赤いツァー」の死を悼んで遺影を飾るキブツ住民の姿が写っている。

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http://www.israelimages.com/see_image_details.php?idi=6159
Death Of Stalin Commemorated In Kibbutz Gaash In 1953

 このガアシ・キブツはベン・グリオン政権与党マパムの系統であった。「建国」当初のイスラエルで、マパムが支配するキブツではしばしばスターリンの誕生日を盛大に祝っていたのである。さらに、後のイスラエル国防軍の主体となる軍事組織ハガナーの参謀長イツァーク・サデは常に宿営のテントにスターリンの写真を飾り、その部下である士官たちも親ソ的姿勢を公然とさせていた。もちろん当時の共産主義者の多くがスターリンに忠誠を誓っていたのだが、しかしそれにしても不可思議な風景である。

 現在の歴史学者はまず間違いなく「スターリンは反ユダヤ主義者、反シオニストだった」という論に固執する。確かにスターリン時代に投獄・処刑された反対派には数多くのユダヤ人が含まれていたし、第2次大戦後にもユダヤ人芸術家や作家に対する弾圧は続いた。シオニストはもちろんだが、反シオニストの立場をとるユダヤ人学者でもこのような見解を崩さない。

 しかしスターリン最大の側近であるラーザリ・カガノヴィッチ は紛れもないユダヤ人である。大粛清の実行者であった内務人民委員会(NKVD)の中心でソ連秘密警察に他ならぬ国家保安主局(GUGB)はユダヤ人脈で固められていたといわれ、それを牛耳るラヴレンティ・ベリヤもグルジア出身のユダヤ系の人物だった。中には、真の実力者はカガノヴィッチとベリヤであってスターリンは操り人形に過ぎなかった、さらにはスターリン自身もユダヤ系であったと主張する人もいる。その真偽はともかくも、スターリンが彼の政府から決してユダヤ人を排除しなかったことは明白である。私生活でも彼は3人のユダヤ人女性と結婚しており、特に3番目の妻であるローザはカガノヴィッチの妹であった。このようなスターリンを「反ユダヤ主義者」とするのなら、その「ユダヤ」の定義に疑問を挟まざるを得まい。

 そして彼は本当に「反シオニスト」だったのか? もしそうなら、シオニストの国で支配的な立場にある人々がその「反シオニスト」を深く信奉していた、というまことに珍妙な話になる。「援助」や「人脈」だけなら冷戦が始まっていた時期のソ連が採った「現実的な中東政策」ということで落ち着くだろうが、スターリニストがイスラエル自体を設立・運営したという事実と巷の「正史」とがどのような整合性を持つというのか

【以上、参照資料】
http://www.jewwatch.com/jew-communists.html#anchor4458
http://inri.client.jp/hexagon/floorAXF/axf1410.html http://ja.wikipedia.org/wiki/アメリカ共産党
http://www.jewwatch.com/jew-mindcontrol-communism-israel.html
http://www.worldnewsstand.net/history/Zionist.htm


[ベギンの不可思議な足取りとソ連]

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【ウラジミール・ジャボチンスキー(中央):その右側で敬礼しているのはポーランドのベタール組織を率いるベギン:1930年代】

 しかしイスラエルとソ連との不思議な関係はいわゆる「労働左派」に関してばかりではない。最も不可解なものに、ナチスの民族主義に同調した反共主義者であるメナヘム・ベギンとスターリン・ソ連との関係がある。

 ベギンの「師匠」であったウクライナ生まれのウラジミール・ジャボチンスキーは心底からの反共主義者であり、ロシア革命の最中にウクライナで反革命勢力の中心であったシモン・ペティルラと同盟を結ぶ工作をしたほどであった。このペティルラが9百回に近いポグロムを指導しおよそ3千名のユダヤ人を虐殺した張本人であったにも関わらずである。彼がその後ヒトラーやムッソリーニに共鳴しその民族排外主義と反共主義を褒め称えたことは前回までに申し上げた。

 ベギン自身も、自らが指導的地位にあったポーランドのベタール支部でナチ同様の制服を身にまとい所作もナチに倣っていた。NKVDが彼に関する情報を手に入れていなかったことはありえない。

 ベギンは大戦前夜の1939年5月にワルシャワで、パレスチナへのユダヤ人移民を制限する英国に反対してデモを行い、英国の要請を受けたポーランド当局によって逮捕され数ヶ月の刑務所生活を送った。釈放されたときにはドイツ軍がすでにワルシャワに迫っており、ベギンはパレスチナに行く道を求めてリトアニアに逃げる。しかし翌40年にはリトアニアがソ連に占領され今度はソ連当局によって逮捕されシベリアに送られた。その理由は「政治的なもの」であるといわれるが明らかではない。だが1941年の冬に思いがけなくも釈放される

 その少し前にドイツがソ連に対する侵攻を開始しており、ソ連当局はナチス・ドイツと闘わせるという名目で緊急に国内にいた(拘留者を含む)ポーランド人を集め、ウラジスラフ・アンドレス将軍率いる「新ポーランド軍」を結成させた。ベギンはそこに加えられたのである。彼が強度の近視であるにも関わらず健康診断をした医者が「銃を撃つのに支障は無いと判断した」という。そして彼の所属する部隊は1942年にイランを経てパレスチナに到着し、彼はやがてその部隊から抜けて「イスラエル建国運動」に専念することとなることになるのだが・・・、なぜ「新ポーランド軍」がパレスチナに?

 様々に不可解な要素がある。ベギンがソ連に逮捕された理由には「英国のスパイであると見なされた」という説があるが、一方で近年公開された英国MI5の資料によれば、英国諜報機関は彼を「ソ連のエージェント」と見なしてマークしていたのである。ベリヤが実質的に牛耳るNKVDが彼をパレスチナへの工作員として抜擢したのであろうか。真相は闇の中なのだが、いずれにせよ、ソ連当局は一方で共産主義者による「ユダヤ人の祖国」建設を支援しながら、もう一方で最も恐るべき反共主義者をもこの「聖なる地」に送り込んだことになる。

 今まで知られていなかったソ連とイスラエルの関係を示すMI5資料によれば、その中には二重スパイとして名高いキム・フィルビーによるものも混じるが、ベギンがパレスチナに到着して以降、NKVDは彼の足取りを常に密接に追跡していた。ベギンは英国の「賞金首のお尋ね者」として変装や整形を繰り返して地下活動を続けていたのである。また彼がソ連諜報員からの資金提供を受けていた可能性は高く、1947年に起こったベギン最大の反英テロであるキング・デイヴィッド・ホテル爆破事件にソ連が関わっていることが示唆されている。

 当然のことだが、ソ連は共産主義者が主導するユダヤ軍事組織ハガナーにも資金を提供し軍事顧問を派遣していた。このスターリニストが中心のシオニスト「労働左派」はベギンらジャボチンスキー系統の「修正主義者」を常に敵視していたと言われ、実際にその末端では殺し合いまで起こっている。しかし不思議なことにその「修正主義者」の主要メンバーが「粛清」されることはなかった。彼らは「共産主義イスラエル」の内部で生き延びたばかりか、徐々にこの国の主導的な勢力にまで成長するのだ。

 ソ連が中東地域にスパイ網を確立させたのはそれよりもはるか以前のことであり、1923年にはすでにパレスチナに「常駐員」を置いてハガナーの中で活動していたといわれる。彼らは旧ロシア帝国内に住んでいたユダヤ人たちであり、中東~中央アジアの諜報システムを統括し1937年に殺害されたゲオルギィ・アガベコフによると、その時期に「シオニスト党の3人のメンバーがパレスチナからモスクワにやってきてOGPU(後のKGB)とのコネクションを確立させた」。しかし同時にソ連は1937年以来、ハガナーと袂を分かったジャボチンスキー系の武装組織であるETZEL(一般にはイルグンと呼ばれる)にもエージェントを送り込んでいた。そして、当然のごとくだが、そのイルグンは後にベギンによって指導されるようになる。

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 現在のイスラエル国防軍はハガナーを主体として、イルグン、および同じくジャボチンスキー系のイツァーク・シャミールが所属した親ナチ・テロ組織レヒが合体して誕生した。このイルグンとレヒが行った数々のテロ行為については筆を改めることにするが、彼らの殺人と破壊工作はもっぱら「イスラエル建国」に反感を示す欧州の人士に対するものであり、「建国」への障害を力づくで排除したものである。

 「反シオニスト、反ユダヤ主義者」スターリンのソ連が行使した、パレスチナへの「右」も「左」も無い影響力に関しては冷戦の「方便」として合理化する人が多いだろうが、このような事実を見る限りではむしろ「イスラエル建国」自体が最大の目的であったように思える。なおジャボチンスキーはイスラエルでは「ハガナー創設者の一人」として尊ばれている。

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ここでもやはり「右」も「左」も存在しない。そこにあるのは「ユダヤ人の祖国イスラエル」のみである。

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 20世紀は「イデオロギーの時代」と言われ、それを最も強く意識させたのが「冷戦」なのだが、このイスラエルという地に視点を移しそこから「冷戦構造」を見つめなおしてみるならば、それが単なる虚構に過ぎなかったのではないのか、という疑問が沸き起こってこざるを得ない 。

【以上、参照資料】
http://en.wikipedia.org/wiki/Menachem_Begin
http://www.betar.co.uk/betaris/begin.php
http://www.axisglobe.com/article.asp?article=770


[イデオロギーという名の虚構]

 1938年にポーランドでベタール国際会議が開かれたのだが、その席で、あくまで英国の影響力を排除して欧州のユダヤ人を早急にパレスチナに移住させることを主張した若きメナヘム・ベギンに対し、ウラジミール・"ゼエヴ"・ジャボチンスキーは次のようにたしなめたと言う。

 《ベギンさん、もし世界に良心が残っているということを信じないのなら、あなたにはヴィスツラ川の深みに身を投げる以外の選択はありません。あるいは共産主義者になるか、でしょう。》

 『あるいは共産主義者になるか・・・』、歴史家はこのジャボチンスキーの発言を血気にはやるベギンに対する皮肉を込めた戒め、と受け取るかもしれない。しかしこれを、皮肉ではなく実質的な「指示」だったと解釈したならば、どうだろうか。現にその後のベギンの足取りは、彼が共産主義者の方針に沿って動きその陰ながらの支援と庇護を受け続けたことを傍証しているのである。彼らの極右反共民族主義は、ソ連の共産主義と何らの齟齬をももたらさなかったのであろう。 

 こうしてみると「イデオロギー」こそ「方便=聖なる虚構」に過ぎぬ、という別の観点が可能となる。「イデオロギーの時代」は20世紀を特徴付けるものとして歴史の教科書で語られるが、要するにそれは『大嘘が支配する時代』 を指すに過ぎないのではないか。そのことは現在のネオコンが主張する「民主主義革命」の内実を見ても明らかになろう。思想、哲学などは要するに言葉による観念操作(マインド・コントロール)の基本コードであり、それが何らかの集団による何らかの実質的な利益を伴う行動に向けられる際に様々な幻術的色彩を施したプロパガンダが産み出されていく。

 いったんその基本コードによって観念操作を受けた人間の脳はそのプロパガンダを疑うことなく受け入れ条件反射的に行動してしまう。ナチズムと共産主義はその壮大な実験として実行された側面がある。そしてそれらが共同で成し遂げたことは何か。

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 すべてがイスラエルに集中している。どうやらこの国が近代史の鍵穴のようである。ここから次々と隠されていた扉が開かれていくのだろう。

【以上、参照資料】
http://www.marxists.de/middleast/ironwall/08-fascter.htm


関連

1946+66=2012
http://satehate.exblog.jp/13147614/

邪悪な場所 - イスラエル最高裁判所  By Vigilant
http://satehate.exblog.jp/17426306/

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国連の瞑想室
http://satehate.exblog.jp/16780026/


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# by oninomae | 2014-03-07 20:12 | 魔術=詐欺とイルミナティ  

ウクライナ掠奪の第二段階開始 F.ウイリアム・エングドール

http://eigokiji.cocolog-nifty.com/blog/2014/03/post-32b9.html より本文

ウクライナ掠奪の第二段階開始 F.ウイリアム・エングドール 2014年2月28日 訳2014年3月 3日 (月)

"21st Century Wire"

2013年11月以来のウクライナの出来事は実に驚くべきもので、ほとんど既成概念に反している。

正当に選出された(全ての世界中の観察者がそう述べている)ウクライナ大統領ビクトル・ヤヌコーヴィッチは、いわゆる反政府派による3ヶ月以上の暴力的抗議行動とテロ殺人の後、政権から追放され追い出され、戦犯として逃亡することを強いられている。

彼の“犯罪”とは、抗議行動指導者達によれば、即座に 150億ドルの債務救済と、ロシア・ガス輸入価格の大幅引き下げというロシアとの具体的取引を好んで、ウクライナにはほとんどうまみのない、定義の曖昧なEU加盟というEUの申し出を、彼が拒絶したことだ。アメリカ政府は、その時点で本格的に動きだし、現在の結果が大惨事だ。

選挙で選ばれた政府の崩壊をもたらした、標的を狙う狙撃兵による攻撃と暴力行為では、NATOとつながっていると言われている秘密ネオナチ軍事組織が決定的な役割を演じた。

だが、欧米のウクライナ破壊が終わったわけではない。欧米からのいかなる金融支援に対しても、前提として、厳しい融資条件を提示するIMFの登場だ。

キエフの新連立政権に誰を入れたいかの詳細を論じて、EUの解決策を、“くそくらえEU”という発言で彼女が拒否した、アメリカ国務次官補ビクトリア・ヌーランド(写真)と、
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在キエフ・アメリカ大使との有名な電話会話漏洩の後、[1] EUはアメリカ抜きでことを進めた。ドイツ外務大臣フランク=ヴァルター・シュタインマイヤーは、彼とフランス外相ローラン・ファビウスがキエフに飛び、エスカレートする前に、暴力対立の解決をまとめることを提案した。ポーランド外務大臣ラドスワフ・シコルスキも参加を要請された。キエフでの交渉には、EU代表団、ヤヌコーヴィチ、三人の反政府派指導者と、ロシア代表が含まれていた。アメリカは招かれていなかった。[2]

ワシントン抜きでのEU介入というのは驚くべきことで、ここ数ヶ月での両者間の深刻な対立を明らかにしている。実際はEUこそ、アメリカ国務省に言っていたのだ。“くたばれアメリカ”我々は自分でけりをつける。

困難な交渉の後で、抗議行動参加者の大多数を含む主要関係者全員、12月の新大統領選挙、2004年憲法への回帰と、ユリア・ティモシェンコの釈放に同意した。妥協案は、数ヶ月の混沌を終わらせ、主要な関係者全員にとっての打開策となるように見えた。

外交的妥協は12時間ももたなかった。そこで大混乱となった。

狙撃兵は、2月22日、マイダン、独立広場の群衆への狙撃を開始した。パニックが起き、目撃者達によれば、機動隊は泡を食って撤退した。反政府派指導者ビタリー・クリチコは何の理由説明もせずに交渉から抜けた。ヤヌコーヴィチは キエフから逃亡した。[3]

未だに不明な疑問は、一体誰が狙撃兵を雇ったのかだ。アメリカのベテラン諜報関係筋によれば、狙撃兵達は、ウクライナ民族アンサンブル・ウクライナ民族自己防衛(UNA-UNSO)として知られている極右軍事組織の者だ。

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リヴィウで行進するUNA-UNSO隊員


奇妙なウクライナ「民族主義者」

UNA-UNSO指導者アンドリー・シキルは、10年前にユリア・ティモシェンコの顧問になった。アメリカが扇動した2003-2004年“オレンジ革命”の際、UNA-UNSOは親ロシア派候補ヤヌコーヴィチに対する、親NATO候補者ビクトル・ユシチェンコを支援した。UNA-UNSOメンバーは、2003-4年、キエフの独立広場で、ユシチェンコとユリア・ティモシェンコ支持者を警護した。[4]

UNA-UNSOはドイツ国家民主党(NDP)と密接につながっているとも報じられている。[5]

1991年のソ連崩壊以来、ロシアの影響に対するあらゆる反乱の背後には、準軍事集団UNA-UNSOメンバーがいた。彼らの暴力作戦全ての一つの共通点は、常に反ロシアということだ。組織は、元アメリカ諜報関係筋によれば、欧米マスコミが報じているようなウクライナ民族主義者集団ではなく、秘密のNATO“GLADIO”組織の一部だ。[6]

これらの情報筋によれば、UNA-UNSOは、1991年の冬のリトアニア事件、1991年夏のソ連クーデター、1992年のプリドニエストル共和国戦争、1993年の反ロシア・アブハジア戦争、チェチェン戦争、アメリカが画策した対セルビア・コソボ作戦、2008年8月8日のグルジア戦争に関与してきた(公式に確認されている)。

これら報告によると、冷戦後の時期、UNA-UNSO準軍事組織は、NATOのあらゆる汚い戦争に関与し、常にNATOのために戦ってきた。 “この連中は、世界中でNATOの汚い戦争を戦い、ロシア特殊部隊を装って、ロシア罪を着せる為に使われる危険な傭兵だ。これが悪党連中で、民族主義者というごまかし等どうでもよい、彼等こそ狙撃兵のライフル銃の後ろ楯だ” こうした情報源はそう主張している。[7]

UNA-UNSOが“ウクライナ”反政府派ではなく、ウクライナを基地として利用している極秘のNATO軍というのが本当であれば、キエフ2月21日の外交交渉から排除されていた主役の一人、ビクトリア・ヌーランドの国務省によって、穏健派とのEU和平妥協案が妨害された可能性が高いことの暗示になるだろう。[8]  ヌーランドも、右翼共和党上院議員ジョン・マケインも、党首があからさまな反ユダヤ主義で、第二次世界大戦時の、ウクライナSS-ガリシア師団司令部の行為を擁護している、ウクライナの反政府派スヴォボダ(自由)党指導者と接点がある。[9]  党は1995年に登録、当初は自らを“ウクライナ国家社会主義党”と呼び、かぎ十字風のロゴを使っていた。スヴォボダ党は、ウクライナにおけるUNA-UNSO等、ネオナチ組織の選挙上の隠れみのだ。[10]

ヌーランドが、最近のウクライナの出来事を方向づけていることを示す一つの兆候は、新ウクライナ議会が、ヌーランドが選んだティモシェンコの党のアルセニー・ヤツェニュクを新内閣暫定首相に任命するよう想定されている事実だ。

最終的な真実が何であれ、国際通貨基金 (IMF)に対する支配力を利用して、アメリカ政府がウクライナからの新たな経済強奪を準備していることは明らかだ。


IMFによるウクライナのお宝略奪

“反政府派”が、正当に選出された大統領を良く分からない場所への亡命に追いやり、国家機動隊ベルクトを解散してしまった今、アメリカ政府は、難儀なIMFの融資条件に従うようウクライナに要求している。

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昨年10月の交渉で、IMFは、ウクライナに、産業と家庭用のガスと電気価格を倍に値上げし、ウクライナの肥沃な農地売買への制限を撤廃し、保有資産の大幅見直しをし、通貨を切り下げ、“予算を均衡させる為に”学童と老人用の政府基金を大幅削減するよう要求した。それと引き換えに、ウクライナは、わずか40億ドルを得るというものだ。

先週の、ロシア寄りのヤヌコーヴィチ政権追放前、ロシア政府は約150億ドルのウクライナの負債を買い取り、ガス価格を三分の一にまで大幅に引き下げる用意をしていた。今や、当然ながら、ロシアが支援を与える可能性は少ない。ウクライナとロシアの経済協力は、あらゆる犠牲を払っても駄目にすると、アメリカ政府が固く決めていた

このドラマは始まったばかりだ。危険にさらされているのは、ロシアそのものの未来、EU-ロシア関係、ワシントンの世界覇権、そして、少なくとも、更なる戦争を政策の最も重要な手段と見なしているワシントンの一派だ。


筆者のF.ウイリアム・エングドールは地政学的専門家で、“ペンタゴン 戦慄の完全支配 核兵器と謀略的民主化で実現する新世界秩序(Full Spectrum Dominance: Totalitarian Democracy in New World Order)”の著者。

注(タイトル翻訳は、内容想像用。全て原文にリンク)

[1] F. William Engdahl, US-Außenministerium in flagranti über Regimewechsel in der Ukraine ertappt, Kopp Online.de, 2014年2月8日, http://info.kopp-verlag.de/hintergruende/enthuellungen/f-william-engdahl/us-aussenministerium-in-flagranti-ueber-regimewechsel-in-der-ukraine-ertappt.html

[2] Bertrand Benoit、Laurence Norman and Stephen Fidler, ヨーロッパ閣僚、ウクライナの政治的妥協を仲介: ドイツ、フランスと、ポーランドの外務大臣はキエフに飛んだ、ウオール・ストリート・ジャーナル, 2014年2月21日, http://online.wsj.com/news/articles/SB10001424052702303636404579397351862903542?mg=reno64-wsj&url=http%3A%2F%2Fonline.wsj.com%2Farticle%2FSB10001424052702303636404579397351862903542.html

[3] Jessica Best, 停戦協定にもかかわらず勃発する暴力行動の中、ウクライナ抗議行動で、 狙撃兵達、抗議行動参加者達を実弾射撃, イギリス, ミラー紙, 2014年2月20日、 http://www.mirror.co.uk/news/world-news/ukraine-protests-snipers-firing-live-3164828

[4] Aleksandar Vasovic, 極右集団、ウクライナ革命で、力を誇示, Associated Press, 2005年1月3日, http://community.seattletimes.nwsource.com/archive/?date=20050103&slug=ukraine03

[5] Wikipedia, Ukraine National Assembly Ukraine National Self Defence, Wikipedia, the free encyclopedia, http://en.wikipedia.org/wiki/Ukrainian_National_Assembly_%E2%80%93_Ukrainian_National_Self_Defence

[6] Source report, ウクライナで武器を持っているのは誰か, 2014年2月27日, 個人記事.

[7] 同上

[8] Max Blumenthal, アメリカはウクライナのネオナチを支援しているのか?, AlterNet 2014年2月25日,
http://www.salon.com/2014/02/25/is_the_us_backing_neo_nazis_in_ukraine_partner/

[9] Channel 4 News, ウクライナ抗議行動の中心役極右集団, アメリカ上院議員と面談, 2013年12月16日,
http://www.channel4.com/news/ukraine-mccain-far-right-svoboda-anti-semitic-protests

[10] 同上

記事原文

The Rape of Ukraine: Phase Two Begins F. William Engdahl 21st Century Wire February 28, 2014
http://21stcenturywire.com/2014/02/28/the-rape-of-ukraine-phase-two-begins/


++
いつも出て来る 金融マフィアご用立ち ファシスト自作自演テロ


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# by oninomae | 2014-03-07 05:44 | 戦争詐欺・紛争  

イスラエル:暗黒の源流  ジャボチンスキーとユダヤ・ファシズム 3

http://bcndoujimaru.web.fc2.com/archive/Vladimir_Jabotinsky1.html#1bu より その3

第3部 『鉄の壁』:イスラエルの建国哲学   (2006年6月)

[国祖ジャボチンスキー]

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 2005年3月、イスラエル議会(クネセット)は『ゼエヴ・ジャボチンスキー法案』を可決し、「シオニズムの偉大な始祖を記念するジャボチンスキーの日」の設定を決めた。同種の法案は今までに、シオニズムの開祖テオドル・ヘルツル、および2001年にPFLPによって暗殺されたレハヴァム・ゼエヴィに対して作られたものがあるのみであるが、このゼエヴィにしてもリクード党の大物幹部、ジャボチンスキー直系である。

 このウラジミール・(ゼエヴ・)ジャボチンスキーは、ヘルツル、ゴルダ・メイアなどと共にエルサレムのヘルツルの丘に埋葬されているイスラエルの「国祖」の一人である。さらにこの国にはジャボチンスキー研究所やその博物館、図書館などが設けられている。そればかりではない。

 イスラエル政府は、ユダヤ人・非ユダヤ人を問わず、イスラエルとシオニズムに貢献した人物に「ジャボチンスキー賞[Jabotinsky Medal]」を授与するのである。 ベギン首相当時の1981年に米国のクリスチャン・シオニスト指導者であるジェリー・フォールウェル[Jerry L. Falwell]、1985年に元米国国連大使でオプス・デイ関係者との噂もあるジーン・カーパトリック[Jeane Jordan Kirkpatrick, 1926-2006]が《オプス・デイに関してはこちらの記事を参照のこと》 、外国籍の人物としてこれを受賞している。

 ところが米国ではブナイブリスの代表的機関であるADLが独自の「ジャボチンスキー賞[Jabotinsky Award]」を設定しているのだ。この賞は1988年にあの「ナチ・ハンター」サイモン・ヴィゼンタールに授与された。それ以前にはメナヘム・ベギン、およびニューヨーク市長(1978-89)を務めたエド・コッチに授与されただけという、特別な意味を持つ賞である。 しかし、イスラエル首相でジャボチンスキー自身の「直弟子」であるベギンが、ADLから「ジャボチンスキー賞」を授与されるとは?

 このADLの委員長エイブラハム・フォックスマン[Abraham H. Foxman]は、ムッソリーニの熱烈な賛美者であるシルヴィオ・ベルルスコーニとは無二の親友 であり、そのムッソリーニとジャボチンスキーの深い関係は前回までに申し上げた通りである。こういった事実はユダヤ・ファシズムの本流が実際には米国にあることを示しているのかもしれない

 また米国の隣国カナダといえば「新世界のロスチャイルド」ブロンフマン家のお膝元、世界ユダヤ人会議議長エドガー・ブロンフマン[Edgar Bronfman, 1929-2013]が君臨する国なのだが、ここでもまた、ブナイブリスやベタールなどが主催する「ゼエヴ・ジャボチンスキー記念行事」が毎年華々しく開催されている。 そしてそのブロンフマン家は、元々は米国でメイア・ランスキーと並んでユダヤ・マフィアを取り仕切っていたのだが、彼らとジャボチンスキー集団との関係はいずれ検討する必要があるだろう。

 これほどにシオニストの間で別格の地位にあるジャボチンスキーなのだが、日本での扱いは「不当」としか言いようのないほど小さい。シオニズムをファシズムの一種、イスラエルをファシズム国家として、認識させまいとする圧力が働いているのか?

【以上、参照資料】(略)


[鉄の壁]

 ここでジャボチンスキー自身の声を聞こう。1923年に書かれた「鉄の壁:我々とアラブ人たち」の一部を抜粋して翻訳しお目にかけることにする。これは、パレスチナの土地をアラブ人との交渉によって手に入れようとする当時のシオニスト主流派に対する反論として書かれたものである。元資料として、レニ・ブレンナーの"The Iron Wall"に掲載されている英語訳を使用した。《注記:全文訳はこちらにある。》

・・・・・
【前略】
 読者の方々はみな、他の植民地化が行われてきた国々の初期の歴史に関するいくらかの認識をお持ちである。私はあなた方にあらゆる有名な実例を思い起こすことをお勧めする。もしあなたが、現地人との合意を得て為された植民地化の例を一つでも探そうとするなら、それは失敗に終わるだろう。住民たちは(文明化されていようが野蛮なままであろうが)常に頑強な戦いを続けてきた。さらにいえば、植民者たちがどのように行動するかは結局何の影響も与えなかった。ペルーやメキシコを征服したスペイン人たちは、あるいはヨシュア・ベン・ヌンの時代に我々自身の先祖もそうだったと言う人もいるだろうが、あたかも山賊のようにふるまった。しかし北アメリカでは、初めて真の開拓を行ったあの「偉大な開拓者」、イングランド人、スコットランド人、オランダ人たちは高い道徳性を有する人々であった。彼らは赤い人々との平和を維持したいと願ったばかりではなく蝿一匹にさえ憐みをかけることが出来た人々だった。あの処女林と広大な原野の大きな空間は白人と赤い人々が共に使うことが出来ると、あらゆる誠実さと純真さをもって信じる人々だったのだ。しかしながら原住民たちは、野蛮な植民者たちに対しても文明化された植民者たちに対しても、共通して、同じレベルの残虐さで抵抗したのである。
 もう一つの全く役に立たなかった視点は、植民者がその土地から自分たちを追い出したいと考えていると原住民たちが疑っているかどうかを問題にすることだった。米国の広大な土地には決して百万人あるいは二百万人を超えるインディアンたちが住んでいるわけではなかった。住民たちは、自分たちが追い出されるのではないかという恐れから白人の植民者と戦ったのではない。その理由は単純だ。どこであろうがいつであろうが、自分の国の中で他の植民者を受け入れるような原住民がいたためしがない、ということである。どのような原住民たちも、文明化されているか野蛮であるかに関わらず、自分の住む地域を自分たちの祖国と見なすものである。新しい主人ばかりでなく、たとえそれが新しいパートナーであったとしても、彼らが自主的にそれを受け入れるようなことは決して無いだろう。
【中略】
 シオニストの植民は、その最も控えめなものであっても、やめてしまうかあるいは原住民たち意思を無視して実行されるかのどちらかでなければならない。それゆえに、この植民は地元の住民とは無関係の権力による保護のもとにのみ続けられ発展させることが出来る。つまり原住民たちが打ち破ることの出来ない鉄の壁である。これがアラブ人に対する我々の方針の全てなのだ。他の方法でこれを成し遂げることは偽善に過ぎまい。
【中略】
 現実に生きている人間というものは、もはや何の希望も残されていないときにのみ、そのような決定的となる問題に対して大幅な譲歩を行うのである。その鉄の壁に何一つ傷を付けることが出来ない事実と向き合うときにだけ、そのような場合にのみ、過激グループがその支配力を失い主導権が穏健グループの方に移るのだ。そのような場合にのみ、これらの穏健グループが我々のところにやって来てお互いの譲歩を提案することだろう。そしてそのような場合にのみ、穏健派が、立ち退きをしないで済む保証や平等や自治権といった実践的な問題に関する約束の提案を行うことだろう。
【中略】
 しかしそのような合意に向かう唯一の道はこの鉄の壁である。それは言ってみればパレスチナでアラブ人によるあらゆる種類の影響を排除した一つの政府を強力に作り上げることであり、そしてアラブ人たちが必ずそれに対して戦うであろうものだといえる。言い換えると、我々にとって将来の合意に向けての唯一の道は、今現在において合意へ向けてのいかなる試みをも完全に拒否することである。
【中略】
 我々は、シオニズムが道徳であり正義であると主張する。そしてそれが道徳であり正義であるがゆえに、正義は果されなければならないのだ。ジョセフが、シモンが、イヴァンが、あるいはアクメットがこれを認めようとそうでなかろうと、問題ではない。 それ以外の道徳性など存在しないのだ。
【後略、訳出終り】

・・・・・・

 私はこの「鉄の壁」を読むたびに心底から吐き気を覚える。これほどに厚かましい強盗の論理があるだろうか。虚構の北米「開拓」史を捏造し、初めから他人の権利を無視しあらゆる理性的な合意を無視して、抵抗不可能な圧倒的な暴力と強権を駆使して財産を奪い取り、相手が抵抗の意思を失うまで隔離し差別し叩きのめす・・・。20世紀以降のパレスチナ史を知っている人ならば、この「鉄の壁」こそが『シオニストの道徳』『シオニストの正義』であること、つまりイスラエルが現在も堅持し続ける『建国哲学』の中心であることをご納得いただけるだろう。

参照資料


[「土地なき民に民なき土地を」の嘘デタラメ]

 私のイスラエルに対する吐き気を一層かき立てる事実がある。

 イスラエル首相(1969~74)ゴルダ・メイアは1969年に英国紙サンデー・タイムズに対してこう語った。《パレスチナ人などというものは存在しません。・・・。それ(イスラエル建国)は我々がやってきて彼らを自分たちの国から放り出した、などというようなものではないのです。彼らは存在しませんでした。》

 ジャボチンスキーは、シオニストが進める植民が『原住民たちから彼らの祖国を奪うこと』であると知っていたからこそ、「鉄の壁」を提唱したのである。彼はまだしもシオニズムの本性を正直に認めてそれを表明した。

 そのジャボチンスキーを「ウラジミール・ヒトラー」と呼んで非難したのは社会主義シオニストであるダヴィッド・ベン・グリオンであった。そしてメイアは彼とともにこの国の成立に全力を傾けたのだが、その社会主義者たちが行ったことは「鉄の壁」路線の完遂以外の何物でもない。彼らの暴力と侵略性は「ユダヤ・ファシスト」「ウラジミール・ヒトラー」と何一つ変わるものではなかった。のみならず・・・。

 ジャボチンスキーは残忍ではあるが少なくともパレスチナの状況に関して嘘は付かなかった。ベン・グリオンやメイアは残忍な上に大嘘つきである。そしてその残虐さと嘘は、ことごとく米国の庇護と「ホロコースト」、シオニストが支配する世界中のメディアによって覆い隠され正当化されたのである。

 ここでパレスチナの人口構成の変遷を見てみよう。1880年に人口は50万人でうちユダヤ人は2万5千人であり、そのほとんどはパレスチナ人と血のつながりの濃い本来の意味のユダヤ人たちだった。

 その後ロシアでのポグロムが本格化したためユダヤ人の大量流入が起こり、1882年から1917年までに約5万人がパレスチナに移住した。第1次大戦後の1922年では、委任統治を開始した英国による調査で、パレスチナ人67万人、ベドウィン7万人、そしてユダヤ人は6万人とされる。

 その後、ドイツでヒトラー政権が誕生するとユダヤ人の移入は急激に増え、1933年に3万人、34年に4万2千人、35年には6万1千人の入植者が新たにやってくることとなり、1939年にはユダヤ人人口は44万5千に膨らんだ。そして英国がパレスチナの委任統治を国際連合に委ねた1947年4月には、パレスチナ人130万人に対してユダヤ人は60万人と推定された。このように、欧州で「反ユダヤ主義」が高まるごとにユダヤ人移民が増え「建国」へと近付いていったことにも注目しておこう。

 そのうえで同年11月に国連は、米国の圧力により、パレスチナの56.5%の土地をユダヤ人のものとする、パレスチナ人には到底納得できない分割案を可決したのである。その後、集団的暴力と大量虐殺、組織的な破壊活動によって「鉄の壁」が建設され、そして、メイアは涼しい顔で言った。《パレスチナ人などというものは存在しません》。

 付け加えなければならないことがある。

 イスラエルをユダヤ教の国というのは大間違いであり、この国の政府の統計でもユダヤ教を信仰している人は人口の15%に過ぎない。ところが、国民の90%がこの国を「神が与えたものである」と主張する。信じてもいない「神」が・・・。

 ヘルツル、ジャボチンスキー、ベギン、ベン・グリオン、メイア、・・・、彼らはことごとく無神論者だ。ユダヤ教への信仰心など全く無い。そのメイアがこう言う。《この国は神自身によって為された約束の実現として存在する》。ベギンも言う。《この土地は我々に約束されたものであり、我々はそれを受け取る権利を持っている》。

 嘘付きもここまでくれば立派なものだ。ジャボチンスキーが言った「シオニストの道徳」「シオニストの正義」の要件としてもう一つの項目を加える必要があろう。『平然と嘘をつくこと』。

 だかしかし、「鉄の壁」はパレスチナ人に対してだけ作られたものではない。これは何重にも強調されなければならない。第2次世界大戦以降、シオニストとイスラエルは、アラブ人に対しては実弾を使い、世界に対しては虚構を用いて、それぞれに対する「鉄の壁」を築きあげてきたのだ 。

 このイスラエル建国、すなわち『土地なき民に民なき土地を』という人類史上まれに見る大掛かりであからさまな政治・言論詐欺は、世界中の人間に向けて作られた「鉄の壁」によって始めて実現しえたものである。この「鉄の壁」はシオニスト・プロパガンダの道具である各国メディアと出版・映画など文化機関、各国教育機関、および各国政治党派、特に左翼勢力を使っての、総がかりの心理・情報戦争による戦果であり、欧米・日本などの社会で巨大な「ユダヤのタブー」としてそそり立っている。その最大の支柱が「ホロコースト」であることは言うまでもない。

 ただ、少しは相手の言い分も聞いてやらねばなるまい。2006年6月にガザ地区の子供や婦人を含む一般市民に対する虐殺を国際的に非難された際にイスラエル当局者はこう言った。「我々は戦時中なのだ」と。その通り。正しい。イスラエル国家はイスラム世界を相手に、そしてシオニストは世界を相手に、戦争の継続中なのである。19世紀末から100年以上もの間、世界は常に「戦時中」なのだ 。世界各地でその「熱い局面」と「冷たい局面」が作られてきてはいるが、世界に対するシオニストの戦争が一瞬たりともその歩行を止めたことはない。

 戦争にはプロパガンダが必要でありプロパガンダは何よりも強力な武器である。嘘を作り、嘘を広め、嘘を信じ込ませることは、敵に対する最も有効な攻撃なのだ。要は「だまされるヤツ」が馬鹿なのである。それにしても、この無神論者どもが口にする「神」とは一体何物であろうか? 誰がパレスチナの土地を「約束した」というのだろうか?

【以上、参照資料】(略)


[イスラエルは植民地?]

 イスラエルが石油地帯である中東を支配するために作られた米国(あるいは英国)の「植民地国家」ではないか、という議論は以前から存在する。特にジェフ・ハルパーやノーム・チョムスキーなどの左翼系のユダヤ人たちを中心にして、このような見方を採用し、あるいはそれに影響を受ける知識人が数多く存在する。

 イスラエルでパレスチナ人の家屋を破壊する政府の方針に対しての反対運動を指導しているベン・グリオン大学教授ジェフ・ハルパーは次のように語る。(出典はIsrael as an Extension of American Empire:2005年7月)

・・・・・・
【前略】
 もちろんだが、イスラエルは米国のユダヤ人社会を支える中心人物たちにとって最大の関心事であり続けている。彼らは今や、ネオ・コンの方針に、つまりそれゆえに、米国の外交政策と軍事戦略を作り上げることの中にイスラエルの問題を切れ目無く統合させるために、政治的影響力を発揮しているのである。それは、ユダヤ人たちがいかにアメリカの生活に同化してきているのか、いかに彼らがアメリカと完全に自己同一化して「中東唯一の民主国家」イスラエルをその延長と見なしているのか、を示すものである。ネオ・コンの方針を定義する「文明の衝突」のパラダイムの中で、アメリカ合衆国は十字軍の先制攻撃に着手している。それは、アメリカの価値観により即応し、そうしてアメリカの(およびその協力による)教化の下にアメリカの利益によりよく沿うように各国政府を導いていくための、「世界民主主義革命」による政権転覆を引き起こすことが目的である。真のアメリカ新世紀におけるアメリカ帝国なのだ。イスラエルは、こうして、三つの等式にピッタリと当てはまるのだ。第一に、イスラエルはアメリカが見本として掲げるこの種の強調すべき(そしてアメリカの気前よさが与えるイスラエルの利益がいかに他の政権を説得することに役に立つか、という)事を代表している。次に、イスラエルは更なるアメリカの利益のために軍事的能力と政治的行動力を持っている点である。そして第三には、イスラエルが十字軍最大の「戦場」である中東に位置している点である。そこでイスラエルはアメリカが最悪の敵と呼ぶ「イスラム過激派」と対峙しているのだ。強いイスラエルは、すなわち強いアメリカを意味するのである。
【後略】

・・・・・

 もちろんハルパーは現在のイスラエルと米国の中東戦略を強く批判している。しかしそのイスラエルに対する視点は、ご覧になって分かる通り「アメリカ帝国の延長としてのイスラエル」なのだ。ネオ・コンのユダヤ人たちはあくまでも「アメリカ人」であり、アメリカに同化し切りアメリカを代表する人間たちになっている。この観点からすると、イスラエルの建国は「中東におけるアメリカ帝国の植民地建設」となる。

 たしかに先ほどのジャボチンスキーの文章からも明らかな植民地主義が見て取れる。とりわけ200万人、資料によってはもっと多かったと言われるアメリカ先住民の大虐殺と土地・資源の略奪を平然と行ってきた者達のことを、《初めて真の開拓を行った》、《偉大な開拓者》、《高い道徳性を有する人々》、《赤い人々との平和を維持したいと願ったばかりではなく蝿一匹にさえ憐みをかけることが出来た人々》などという明白な虚構によるレトリックを用いて褒め称えるところなど、このユダヤ・ファシストとアングロサクソンとの深い関係を疑わせるものである。

 そしてアメリカ合衆国は先住民大虐殺の生き残りを、不毛な狭い土地を「居住区」として閉じ込め、徹底した差別の元に置いた。先住民たちは《打ち破ることの出来ない鉄の壁》を目の前にしてあらゆる抵抗の意思を失い、《立ち退きをしないで済む保証や平等や自治権といった実践的な問題》で譲歩せざるを得なかったのである。ジャボチンスキーの「鉄の壁」のお手本がアメリカ合衆国にあったことは明白 である。

 ジャボチンスキーは言及していないが、アングロサクソンたちの姿勢はオーストラリア先住民に対しても全く同様であったし、最良の土地と豊富な資源を奪い取り先住民を隔離した「アパルトヘイト国家」南アフリカもその同類に他ならない。これがまさしく彼らの「道徳」であり「正義」である。《それ以外の道徳性など存在しない》のだ。ジャボチンスキーの論理、すなわちイスラエルの国是はこのアングロサクソン帝国主義の直接の延長と言えないこともない。

 ただ一つ、十分に注意しなければならない点がある。我々は普段から国境線と国民国家の概念に慣らされているため、「イギリス」「フランス」「スペイン」といった宗主国の名を語る。ではイスラエルが「植民地」だとしてその宗主国はどこか。やはり米国だろうか。あるいは英国か。しかし奇妙なことがある。

 英国は確かにあのロスチャイルドに宛てたバルフォアの手紙によってイスラエル建国のきっかけを作り建国後も常にイスラエルに肩入れしてきたのだが、委任統治時代には「ユダヤ人国家」の建設を渋り、ジャボチンスキー集団のイルグンやレヒによって多数の政治家や外交官を殺害されている。

 またイスラエルが米国の総力をあげた支援がなかったならばとうに消滅していたはずの国であるにも関わらず、その米国は1967年の「6日戦争」の最中にイスラエルから調査船USSリバティーを攻撃されて 多数の死傷者を出した。さらに83年のイスラエルによるレバノン侵攻の際にも(ほぼ間違いなく)イスラエルが仕組んだ爆弾テロによって250名もの兵士を失っている。その上に、現在までイスラエルによる数多くのスパイ活動に苦しんでいるのだ。2001年の9・11事件にしてもイスラエルによる犯行を叫ぶ人もいる。

 そして両国とも、米国がジョナサン・ポランドをスパイ容疑で懲役刑に処した以外、一度たりともイスラエルに対して強い態度を表明できないでいる。そればかりか21世紀に入っても、まるでイスラエルが米国や英国の鼻面を引きずり回すようにイラク・中東戦争の泥沼に引きずり込んだような印象さえ受ける

 まさに「主客転倒」であり、これを、宗主国である英国に対して独立を宣言したアメリカ合衆国のような「植民地の反乱」の類であるとは、到底考えることができない。もはや国家を基準にした発想ではまるで理解が不可能 となってしまうのだ。

 先ほどの疑問に戻ろう。歴代イスラエル指導者の無神論者どもが口にする「神」とは一体何物か? 誰によってパレスチナの土地が《約束された》のだろうか? さらに言えば、あのやせこけた近東の土地の小片を奪う目的だけであれほどに大掛かりなキャンペーンを用いるのだろうか? この「神」の目的は一体何なのか? ここが現在の中東と世界の問題の鍵を握るポイントであろうが、しかし結論を急ぐことは敢えて避けよう。次回はジャボチンスキーの愛弟子、メナヘム・ベギンを中心に、このユダヤ・ファシズムを取り巻く意外な現代史の素顔を追及してみたい。

参照資料

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# by oninomae | 2014-03-06 20:24 | 魔術=詐欺とイルミナティ  

イスラエル:暗黒の源流  ジャボチンスキーとユダヤ・ファシズム 2

http://bcndoujimaru.web.fc2.com/archive/Vladimir_Jabotinsky1.html#1bu より その2

第2部 現代に直結する「イスラエルの源流」  (2006年4月)

[歴史に皮肉は無い]

 2006年現在、「反テロ戦争」の名のもとに欧米各国社会で急速な全体主義化が強行されつつある。その流れを特に先鋭化させている米国と英国が、公式の歴史では、第2次世界大戦で「自由主義・民主主義陣営」の旗頭を勤め「ファシズムと戦った」とされる国々である点は実に興味深い。さらにその動きを主導するのがイスラエルに忠誠を誓い「ファシズム被害者」を標榜するユダヤ人集団なのである。

 「歴史の皮肉」と言うべきだろうか。しかし、皮肉も何も、いま現在目の前にある事実はこの通りなのだ。現在を歴史と照らし合わせてみてそれが「皮肉」と映るのなら、逆にその歴史の方を疑うべきだろう。歴史に皮肉などない。現在の事実の原因は過去にしか存在しえないのだ。 単純な話である。

 米国ブッシュ政権は「愛国法」の恒久化を、一時は議会の抵抗に遭って失敗したものの、その危険性を包み隠した「修正法案」として2006年3月に実現させてしまった。引き続いて彼らは、一旦は批判に曝された一般市民に対する令状無しの盗聴を許す法案を議会に提出している。今後は当局が「国内テロリストと判断した」人物の逮捕・拘束が自在に行われる可能性が高い。さらに、飛行機のみならず全米の大都市でバスや電車、フェリーなどの公共交通機関にまで武装警官を張り込ませる体制が作られつつあり、インターネットへの監視も国防総省の力で推し進められている。

 ここでもう一度米国内で大規模なテロが起これば(起こせば!)一気に全面的な「マーシャル法適用・軍事支配体制」を組むことが可能だろう。その「予行演習」はすでに2005年のハリケーン・カトリーナを利用して行った。そして911事件以来「愛国法」の下で米国の警察・スパイ国家化に狂奔してきたネオコン・ユダヤ人のマイケル・チャートフが、国土安全保障省長官として「有事」を待ち構えているのである。《注記:2014年現在、オバマ政権によってこの監視国家体制は着実に完成されつつある。》

 G.W.ブッシュの祖父プレスコットとその義父ジョージ・H・ウォーカーがユダヤ資本と共にナチス・ドイツを強力に支援していた ことは今や周知の事実であろう。これについてはいずれ稿を改めて論じたいが、そのG.W.ブッシュは2005年12月の「愛国法」延長の議論中に、ワイマール憲法を嫌悪したヒトラーと同様に合衆国憲法を「忌まわしい紙切れに過ぎん!」となじった。

 このような米国の変容に、元レーガン政権高官でウォールストリート・ジャーナルの記者であるポール・クレイグ・ロバーツは公然とブッシュを「ヒトラー」と呼んだ。そして911事件《注記:2001年9月11日》を、ナチス独裁のきっかけとなった「ドイツ国会議事堂放火 」と並べて、ネオコンによる内部犯行と断定したのである。

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 一方の英国では、7・7ロンドン交通機関爆破事件《注記:2005年7月7日》をきっかけとしてブレアー政権が、市民への監視と言論・表現の自由に対する大幅な規制強化の実現を目指している。IDカード導入や「テロ防止」を名目としたインターネット規制などの策謀は上院の抵抗にあって頓挫したが、主要道路で何百万台もの自動車を追跡し監視するシステムを整備することが2006年1月に議会で承認された。そしてその英国の主導で、欧州全体で携帯電話の通信記録の長期保存と監視を可能とする体制が作られている。あの7・7地下鉄・バス爆破事件が英国のReichstag Fire《注記:ドイツ国会議事堂放火》 であったことに疑念の余地は無い。

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 そしてもう一つの第2次大戦戦勝国フランスでは、イスラエルの新聞が「インティファーダ」と呼んだ2005年秋の「都市暴動」を通して、ネオコンに近いとされるニコラス・サルコジが急速にその存在感を見せ始めている。彼が2007年の選挙で次期大統領に当選すれば、間違いなく英国と米国の後を追うことになるだろう。 《注 2013年、サルコジはもちろん、後継者のオランデもまた、この予告通りになった。》

 欧米および日本では、ユダヤ資本の道具であるマスメディアがゲッベルス流人心支配の仕組みをほぼ完成しており、
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対外戦争の緊張と宗教的迷妄によって人民を隷属化させるレオ・シュトラウスの理想社会が、実現に向けて着々とその歩を進めている。「ナチ第4帝国」は「アングロサクソン・ユダヤ帝国」としてその姿を現すのだろうか。

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 これは決して表面的な現象による隠喩ではない。この動きはドイツ・ナチズム、イタリア・ファシズムとの明らかな連続性を持って、「ファシズムと戦った」側および「ファシズムの被害者」側から打ち出されているのだ。彼らこそが、過去も現在も、ファシズムの真の担い手なのである 。

【以上、参照資料】
http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2006/02/04/AR2006020401373.html
http://www.thetruthseeker.co.uk/article.asp?ID=4164
http://asyura2.com/0510/war76/msg/923.html
http://www.rense.com/general69/paper.htm
http://www.arcticbeacon.com/3-Jan-2006.html
http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2006/01/06/AR2006010602100.html
http://www.israelshamir.net/English/Satanic.htm
http://www.iht.com/articles/2006/02/10/news/edpfaff.php
http://www.haaretz.com/hasen/pages/ArticleNews.jhtml?itemNo=642115&contrassID=13&subContrassID=1&sbSubContrassID=0


[ベタールからネオコンへ]

 911事件後の軍事政策を担い2003年に米国をイラクに引きずり出した主役の一人に、当時の国防次官ダグラス・ファイスがいる。彼は第1期ブッシュ政権の国防副長官ポール・ウォルフォヴィッツ、国防政策委員会委員長リチャード・パールらと並ぶネオコンのユダヤ人である。
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サダム・フセインを取り除きイラクをコントロールしようとする彼らの異常なまでの執念が、米国・共和党ではなく、イスラエル・リクード党に対する忠誠心によることは今さら疑念の余地も無い。

 ファイスはレーガンの時代に、米国の国家機密文書をイスラエル大使館に流した嫌疑で国防省から外されていたがじきにパールの力で返り咲いた。そしてネタニヤフ政権の時には、パールやチャールズ・フェアバンクらとともに、イスラエルの外交政策決定のための大きな情報源の一つであった。さらに2005年5月にイスラエル・ロビーAIPACを通して米国の国家機密をイスラエルに渡していた容疑でローレンス・フランクリンがFBIに逮捕された事件では、彼を動かしていた人物として「ユニバーサル・ファシスト」マイケル・レディーンとこのファイスの名前が噂に上っている。彼らは一貫して「イスラエルのエージェント」である。

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 イラク人に対する拷問を正当化しブッシュ政権にジュネーブ協定の拘束を拒否させたこの男の飽くなき残忍さと攻撃性はどこから来ているのだろうか。

 1997年に彼は父親のダルック・ファイス[Dalck Feith]と共に、米国シオニスト機構(ZOA)から年次昼食会招待の栄誉を受けた。「特筆すべきユダヤ人の慈善家であり親イスラエル活動家である」というのがその理由だった。そしてダグラスのリクード党に対する忠誠心は当然といえる。彼の父ダルックはベタール[Betar] の「戦士」だったのである。

 現在、世界各地に支部を持ち文化・教育団体を装う民間団体ベタールは余りにも非ユダヤ人の意識に上らない集団なのだが、このベタールこそ、ユダヤ・ファシストの元祖ウラジミール・"ゼエヴ"・ジャボチンスキー自らが作り上げ、そして今もなおリクードと「ジャボチンスキー国家」イスラエルを陰で支える組織なのだ。

 1923年に、「リヴィジョニスト」として世界シオニスト機構から飛び出したジャボチンスキーは、ラトヴィアのリガでユダヤ人青年組織ベタールを結成した。彼はその以前にはパレスチナでユダヤ武装自衛組織ハガナー(イスラエル国防軍の前身)の創設にも力を尽していたのである。

 ベタールの名は1920年にパレスチナで死亡した彼の元同志のジョセフ・ツルンペルドルにちなんで付けられ、2世紀にローマ帝国に対する独立戦争を指導したバアル・コクバを思い出させるものでもあるという。結成後数年のうちにこの団体は過激なユダヤ戦闘組織として欧州各国に支部を広げ、総勢で数万人規模の勢力となった。

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 シオニズム研究家レニ・ブレンナーによると、ベタールはナチ党やファシスト党と遜色の無い狂信ファシスト集団であり、ドイツではナチと同様の茶色の制服、イタリアではファシストの青色の制服を着用し、所作もそっくり彼らに倣っていた。ジャボチンスキーはワイツマンから『ユダヤ・ファシスト』、ベン・グリオンから『ウラジミール・ヒトラー』と呼ばれたほどの人物なのだが、ベタールの青年たちは時としてそのジャボチンスキーに対してすら「ファシストではない!」「親英・親アラブ的だ!」と非難の声をあげるほどであったという。その最大勢力であるポーランド支部の中にいたのが、後にイスラエルの首相となるメナヘム・ベギン、イツァーク・シャミール、そしてダグラス・ファイスの父親ダルック・ファイスであった。

 ドイツ支部の周辺には後年ネオコンの「師匠」となるレオ・シュトラウス[Leo Strauss] がいたのだが、この支部は当然のことながらナチ党に接近し、イタリアの支部はムッソリーニからの援助を受けた。ムッソリーニは彼の黒シャツ隊に命じて、1934年以後チビタベッキアの海軍基地で正式な軍事訓練を施すまでにこのユダヤ・ファシスト集団に入れ込んでいたのである。彼はジャボチンスキーを絶賛して次のように言った。

 《シオニズムを成功させるためには、あなた方はユダヤの旗とユダヤの言語を備えたユダヤ人国家を持たなければならない。このことを本当に理解する人物はあなた方のファシスト、ジャボチンスキーである。》

 同時にジャボチンスキーもユダヤ人社会の中でムッソリーニの代弁者であった。彼は自他共に認めるファシストだった。1936年にスペインで人民戦線政府に対してフランシスコ・フランコがクーデターを起こした際に、パレスチナのベタール組織は断固としてフランコ支持を訴えたのである。

 パレスチナのメンバーはハガナーから分離したテロ組織イルグンと重なり、後にこの地に移ったベギンとシャミールもその中に身を投じた。彼らはポーランド脱出後、ソ連からイランを経由してパレスチナに渡った のである。

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そのイルグンからはナチスと手を結ぼうとする過激テロ組織レヒ(スターン・ギャング)が誕生し、シャミールはここに移る。これらの経過ついては稿を改めて詳しく論じるとしよう。

 だが知っての通りヒトラーは反ユダヤ政策を明確にし、1938年にはムッソリーニがこれに倣ってユダヤ人に対する弾圧を開始、1940年にジャボチンスキーが死亡した。通常の感覚を持った人ならば、ベタールの組織とその運動もまた自壊していったのではないか、と考えるであろう。ヒトラーやムッソリーニが世界の指弾を受けた以上は彼らと密接に関わったこの集団がユダヤ人に容認されるはずはなかろう、と。

 しかし現実に起こったことは、まさしくその逆だったのである。

【以上、参照資料】
http://aljazeerah.info/Opinion%20editorials/2003%20Opinion%20Editorials/July/4ob/The%20Neocons%20Undersecretary%20Douglas%20J%20Feith,%20Richard%20H%20Curtiss.htm
http://www.inthesetimes.com/site/main/article/1114/
http://www.chroniclesmagazine.org/Chronicles/November2004/1104Perspective.html
http://en.wikipedia.org/wiki/Betar_%28youth_movement%29
http://www.marxists.de/middleast/brenner/index.htm
http://www.marxists.de/middleast/ironwall/


[現代に直結するファシスト集団]

 時間はやや飛ぶが、1948年、イスラエル「建国」の年、12月2日付の米国ニューヨーク・タイムズ紙は、同紙編集部に寄せられた米国のユダヤ人有志からの手紙を掲載した。その中にはアルバート・アインシュタインの名もあった。その手紙には次のように書かれてある。

 《我々の時代で最も困惑する現象の中に、新たに創設されたイスラエル国家の中での「自由党(ヘルート党)」の出現がある。これは、その組織において、方法論において、政治方針において、そして社会的なあり方において、ナチ党およびファシスト党に極めて近い政党である。これは元イルグン、つまりパレスチナにおけるテロリストで右翼の狂信的排他主義集団のメンバーと支持者によって形作られた。この党の指導者であるメナヘム・ベギンの米国に対する最近の態度は、明らかに、来るイスラエル選挙で彼の党に対する米国の支持を印象付けるように、また合衆国内のシオニスト右派分子との政治的な連携を固めるように、計算されているのだ。数多くの米国の著名人士たちが彼の訪問を歓迎するためにその名前を貸している。》

 この手紙の後半には、ベギンとイルグンの最大の犯罪、デイル・ヤシン村でのパレスチナ人集団虐殺に対する激しい告発がなされている。

 ここにあるヘルート党は後に他の右派政党を糾合して現在のリクード党に直結するものだが、代表者はベギン、もちろんシャミールも幹部であった。このユダヤ人有志は『ナチおよびファシスト党に極めて近い』と慎重な表現をしているが、まだ以前の記憶が生々しい時期である。彼らは、この集団が「ウラジミール・ヒトラー」が作り欧州ファシズムの流れを受け継ぐ「ユダヤ・ファシスト党」に他ならないことを知っていたはずだ。

 さらに注目すべき点は、米国の中ですでにこのヘルート党支持の体制が整っており『数多くの著名人士たち』がベギンの訪米を歓迎していたことだ。ヒトラーとナチを産み育ててきた米国支配層 が同時にこのユダヤ・ファシスト集団のパトロンである事実を、これもまた現代に直結するのだが、この手紙は明確に指摘している。

 ジャボチンスキーが死亡したのは1940年、ニューヨークにおいてである。ベタールの米国支部が作られそのキャンプを視察中のことであった。心臓病の発作が死因とされる。この時期に米国でジャボチンスキーの運動を支援した者の中にユダヤ教のラビであるチャールズ・カハネ[Charles Kahane]がいた。その息子メイア・カハネ[Meir Kahane]は後にユダヤ極右テロ組織JDLを結成する。

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 しかし不思議なことがある。1938年から後およそ30年間以上のベタールの活動に関する記録が見当たらないのだ。パレスチナではそのメンバーの少なくとも一部がイルグンと重なりその活動を支援したものと想像はできるが、この時期の米国や英国の支部を含めて、ほとんど何のデータも無い。各国ベタールのインターネットHPを見ても、奇妙なことに、その多くで自らの歴史に対する記述が掲載されていない。あっても1940年以前の「歴史」のみである。どこの組織でもその「輝かしい歴史」を誇示したがるものだが、ここだけは別だ。ポーランドで1938年に開かれジャボチンスキーもベギンも参加した第3回ベタール世界会議から、いきなり現在にやってくるのである。

 1945年初頭にスペインの独裁者フランコは、英国の意思に逆らって(?)(引用注:もちろん、トモダチでした)ユダヤ機関が欧州のユダヤ人を密かにパレスチナに運び込むのを手伝った
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フランコはその後もモロッコ経由でセファラディ・ユダヤたちを移送し続けたのである。そしてパレスチナにフランコ政権と親しく連絡が取れる組織があったとすればこのジャボチンスキー集団以外ではあるまい。またイスラエル「建国」と同時にヘルート党が結成された裏にパレスチナでのユダヤ人社会でベタールによる支援と根回しがあったと考えなければ筋が通るまい。しかしこれらの実体については闇の中に閉ざされている。

 現在ベタールはイスラエル本部の他に南北アメリカ大陸、英国とフランス、ロシアとリトアニア、南アフリカ、オーストラリアにその支部を持ち、主に学生をターゲットとして、ジャボチンスキーを賞賛しイスラエルへの忠誠心と排外主義シオニズムをユダヤ人青年に植え付けている。この中から次々と「ウラジミール・ヒトラーの戦士」が再生産されていく。イスラエルはジャボチンスキーを「国祖」として祀る紛れも無いユダヤ・ファシスト国家であり、ベタールは常にその中心部に存在する『ブラックホール』なのだ。

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【以上、参照資料】
http://www.socialistviewpoint.org/sept_02/sept_02_1.html
http://www.kahane.org/biography.html
http://www.cecaust.com.au/main.asp?sub=culture/jewish&id=part3.htm
http://asyura2.com/0505/holocaust2/msg/380.html
http://www.betar.co.uk/history.php
http://www.betar.org/

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# by oninomae | 2014-03-05 20:15 | 魔術=詐欺とイルミナティ