イスラエル:暗黒の源流  ジャボチンスキーとユダヤ・ファシズム 10

http://bcndoujimaru.web.fc2.com/archive/Vladimir_Jabotinsky4.html#9bu より その2

第10部 近代欧州史の深奥   (2008年7月)
 
[再度、なぜトルコなのか?]

 イスラエルの中東支配に大きな鍵を握るのがトルコであることは前回申し上げたとおりなのだが、しかし奇妙である。オスマン帝国末期にいきなりシオニスト・ユダヤ人がトルコに登場して活躍を始めたとは思えない。それだけの活動を行うためには、その活動を支える根強い何らかの潮流が以前から作られていなければならない。オスマン帝国とシオニズム以前のユダヤ人社会の間に、いったいどんなパイプが作られていたのだろうか。

 サバタイ・ゼヴィ(Sabbatai Zevi;Shabbethai、Zvi、Tzviなど様々に表記される)といっても、よほどユダヤ史を研究している人以外には、ご存知の方はほとんどいないだろう。

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しかしユダヤ人の間では「自称メシア」つまり「偽メシア」として有名な人物である。彼は1626年にトルコのスミマにあるユダヤ共同体の中で生まれた。若いころは神秘主義とカバラ魔術に凝ったと言われるが、やがて17世紀に英国で発生した千年王国思想に影響を受け自らを「メシア」と名乗るようになる。

 なお、この英国で流行した奇妙な思想だが、新約聖書のヨハネの黙示録に出てくる「666」という偽キリストの数字から「1666年が終末の年であり、そこからキリストが支配する千年王国が始まる」という他愛の無いもので、もちろん1666には何も起きなかった。しかしその流行の周辺を眺めてみるならばとても「他愛の無い」などといえた代物ではない。まずオリバー・クロムエルなどの英国清教徒が率先してこの思想を高唱した。そしてポルトガルのラビであるメナッセー・ベン・イスラエルはユダヤ人のメシア待望、「イスラエルの失われた十支族」が英国に住み着いたというデマ、十字軍以来のキリスト教徒のシオン願望、そしてこの千年王国思想を巧みに利用しながら、クロムエルと英国議会を説得し、英国のキリスト教徒がオランダとポルトガルに住んでいたユダヤ人を受け入れるように導いた。

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こうして英国でキリスト教ともユダヤ教ともつかぬ奇妙なメシア思想が根付いていった。

 ちなみにいうなら、後にアメリカ大陸に移りそこを「神に約束された聖なる地(=シオン)」に見立てた清教徒たちの源流はこのあたりにあるのだろう。もともとユダヤ教の影響を受けるカルヴァンの流れなのだが、米国のキリスト教は、欧州のそれとはかなり異なった様相を示していること、原住民を大量虐殺しながら自らの国土を造っていった歴史が旧約聖書の記述に類似していることなどをみても、それは最初から純然たるキリスト教とは言いがたい面を持っている。

 ゼヴィの父親はオスマン帝国の英国代表部のエージェントとして働いていたのだが、元々神秘思想にかぶれたゼヴィがこの潮流に目をつけないはずはない。彼はわずか20歳のときにすでにスミマで「イスラエル王国を再建すべく神に選ばれたメシア」として名乗りを上げていたのだ。イスラエル王国を再建? そして「メシア」に成りすました彼は小アジア~東欧各地のユダヤ共同体の中で歴史的に「サバティアン」と呼ばれるようになる信奉者を増やしていく。

 彼の主張の際立った特徴は反道徳主義であろう。すでにこの世にメシアが登場したからにはもはや人間から罪は消えた、ゼヴィに従う限り何をしてもそれは罪として数えられない。恐ろしい発想だがこれは何もゼヴィが発明したものではないしユダヤ教起源のものでもない。キリスト教にも仏教にも同様の傾向は存在する。しかしゼヴィの場合は際立っていた。彼は1666年にオスマン当局に弾圧されそうになるとイスラム教に改宗しアジズ・メヘメットと名乗った。それをユダヤ教徒から非難されると「イスラム教徒をユダヤ教に改宗させる方便だ」と答えたのだが、一方でオスマン帝国のスルタンに対しては「ユダヤ教徒をイスラム教徒に改宗させる」と語ってその関係を維持し、イスラム教徒の間にもそのセクトを広げた。

 彼とその信奉者たちにとって奪うことや殺すことはもとより、二枚舌を用いて騙すことは何一つ罪にはあたらない。こうして彼らの間から道徳と法を規定する唯一絶対の神は消えた。 ゼヴィは1676年にモンテネグロで死亡したが、「イスラエル王国を再建すべく神に選ばれたメシア」の思想的影響は強烈に東欧と小アジアのユダヤ人たちの間に根付いていったのである。 ここで注意深い読者なら、このような発想が現在のシオニストのそれに瓜二つであることにハッとさせられるかもしれない。

 信心深い旧来のユダヤ人の中にシオニストたちを「偽メシア」と呼ぶ人たちがいる。彼らがこのサバタイ・ゼヴィを意識しているのは明らかであり、その潮流の中にシオニズムの起源を見出しているのだろうそしてこの堕落し果てた偽メシアのユダヤ人がこの時代にすでに英国とトルコとユダヤ社会の間をつないでいたことを忘れてはならない。彼は「イスラエル王国再建」のためにトルコを利用しようとした。ゼヴィの父親が仕えた英国がその動きを掌握していなかったはずもあるまい。19世紀末に登場する新たな「偽メシア」はこのような土台のうえに活動を開始したのである。前回お知らせしたアルメニア人虐殺を実行した「青年トルコ運動」の主力にこのサバティアン・セクトの末裔が多数含まれていた。

【以上、参照資料】
http://en.wikipedia.org/wiki/Shabbatai_Zevi
http://www.kheper.net/topics/Kabbalah/antinomian.htm
http://www.rense.com/general64/zzzio.htm


[偽預言者の系譜]

 この極めて人間的な劣悪で危険な思想が相当な数の人間に影響を与え思考を狂わせ続けていくだろうことに疑念の余地はあるまい。東欧のユダヤ人内部でじきに新たな「メシア」が登場することになる。ジャコブ・フランク(1726-1791)である。

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彼はサバタイ・ゼヴィおよびダビデ王の生まれ変わりを自称し、東欧から西欧一帯のユダヤ人社会に大きな影響を与えた。当時彼らは、東欧各地で王侯貴族の庇護の元に経済と小工業生産や流通を取り仕切り、各地域の中で大きな政治的影響力を誇っていた。

 フランクは当時ポーランド領であったウクライナで生まれたといわれるが、父親はやはりサバティアンであった。当時のポーランドには数多くのサバティアンの秘密組織が存在したのである。 当然だが伝統的なユダヤ教ラビたちはサバティアンを厳しく禁じ取り締まった。しかしその人間の悪徳と貪欲と狂信を一身に集めたこのメシア思想が簡単に消えて無くなるわけもない。中流クラスのユダヤ人たちの多くが徐々にこの悪魔的思考「フランキズム」に取り付かれていく。

 フランクとその支持者達はポーランドの伝統的ラビたちから危険視され何度もそこを追い出されるのだが、彼らはタルムードを捨てカバラとゾハールを信奉し、そして非常に奇妙なことに、それがキリスト教の神秘思想である「三位一体」の考えと矛盾しないことを主張した。

 思想的に言えば、強烈なメシア主義とともに、やはりフランキズムの反道徳主義を指摘する人が多い。サバティアンの中から出てきた以上当然のことなのだが、善と悪の概念を区別しない、あるいは都合に従ってその名目上の境目を消したり動かしたりできるのである。もちろん自ら「メシア」を名乗る者の都合である。欺くこと、破壊すること、殺すことの全てがその都合に従って「悪」から「正義」へと移項されるのだ。

 彼がゼヴィの後継者であると名乗り始めてから、ちょうどこの大先輩がオスマン帝国に取り入り二枚舌の改宗を行ったのと同様に、ローマカトリックに近寄り洗礼まで受けてしまった。1759年の話である。その後、フランクに率いられるサバティアン系統の中流クラスのユダヤ人たちが続々と彼に倣った。同時にそのかなりの部分がプロテスタントにも「改宗」することになる。このようにしてキリスト教に浸透したユダヤ人たちはその中でそれぞれの宗派の伝統的精神を腐らせていくことになるのだ。なぜなら、彼らがカトリックやプロテスタントの信徒でありながら同時にフランクやゼヴィのメシア思想に従うことができたからである。彼らに道徳は無い。どこにいてもその信仰、思想、信条を変えないままにフランクの使徒たりえたのだ。

 伝統的なユダヤ人たちは、現在でもそうだが、彼らを「フランキスト」と呼んで軽蔑し警戒した。しかしこの流れもまた、現在のキリスト教シオニスト、カトリック・シオニストの大流行を考える上に大きなヒントとなるだろう。これらは決して100年やそこら続いた程度の動きではないのだ。

 ジャコブはその後ローマから疎んじられポーランド当局に逮捕されたりもするが、ドイツに移り住みフランクフルトを経てオッフェンバックで豪勢な生活を送った末に、娘を後継者に指名して1791年に死亡した。彼の重要なパトロンが後にロンドンとパリを支配することになるフランクフルトのロスチャイルド家でありその周辺にイエズス会のアダム・ワインハウプトがいたことは説明の必要もないだろう。

 彼の言動の中で注目すべきことがある。彼はカトリック教会に対しては「ユダヤ教は旧約聖書にあるヤコブでありカトリックはエソウである(旧約聖書ではヤコブは弟のエソウを騙して殺しそれを知った神はヤコブをエデンの東に追放したとされる)。いまやヤコブとエソウの仲直りのときが来ている」と語りその一方で自分の支持者に対しては「聖書にあるヤコブのようにキリスト教徒を騙してパレスチナの地に反キリストの王国を建設するのだ」と、大先輩に習って二枚舌を弄した。パレスチナの地に反キリストの王国? まさに現代イスラエルのイメージそのものではないのか?

 彼の支持者の中にはキリスト教とは逆に啓蒙思想に走り、フランス革命支持しあるいは積極的に参加した者も多くいた。フランス革命が新興ブルジョアジーの革命でありその中にユダヤ人中産階級が多く含まれている以上当然のことといえる。ジャコブ・フランクをむしろ「ユダヤ人に啓蒙思想をもたらした人物」として、さらには「近代世俗思想とフェミニズム」そして「シオニズムをもたらした人物」として紹介する者も多い。 こうして彼らはカトリック、プロテスタント、そして世俗主義のそれぞれの内部で強力なグループを作り、西欧から東欧、北欧からトルコ、そして北米大陸にいたる主要な世界の隅々にまで浸透していくこととなるのだ。 《注記:この点についてはひょっとすると、19世紀末から20世紀初期にかけて、カトリック内部で起こっていた「シヨン運動」とのつながりがあるのかもしれない。こちらの「聖なるマフィア オプス・デイ」の「第7部:十字架とダビデの星」にある[シヨン運動と第2バチカン公会議]を参照のこと。》

 特に啓蒙思想に流れた者達の動きは巨大である。それはアメリカ革命(独立)、フランス革命、トルコ革命、そしてロシア革命に至る近代の革命にとって原動力の一つとなっている。このような革命思想が全てある種の「世俗的メシア思想」であることに注目しなければならない。そして・・・、その「世俗的メシア思想」の中にシオニズムもまた含まれている。それは近代ユダヤ人社会の中で脈々と受け継がれるサバティアンの流れから登場して来たのである。ここでも東欧とトルコが鍵を握っているのだ。

 社会主義者で左派シオニストと一般的に呼ばれるダヴィッド・ベン・グリオン、モシェ・シャレット、イツチャック・ベン・ズヴィなどがイスタンブールに住みそこで学び(ベン・グリオンはロシア国籍を捨ててオットマン帝国の国籍を得ていた)、共産主義者アレクサンダー・パルヴスが「青年トルコ革命」を援助し、ファシストであるウラジミール・ジャボチンスキーが革命運動機関紙の編集長を務めたことなど、何一つ不思議には当たらないのである。

【以上、参照資料】
http://www.kheper.net/topics/Kabbalah/antinomian.htm
http://www.rense.com/general64/zzzio.htm
http://en.wikipedia.org/wiki/Jacob_Frank
http://www.aranpa.com/smoked%20glass.htm
http://www.rense.com/general49/hhee.htm


[重層社会としての欧州]

 どうしても我々は国境を元にして世界地図を垂直方向に切って考えてしまう癖が付けられている。これは日本が孤立した島国であることの影響もあるだろうが、主要にはむしろそのような学校教育の結果だろう。実際には地面にへばりつくように生きる下々の者達以外にとって、国境など存在しないのである。超国家組織とそれが伸ばす網の目は、陸続きの欧州では数百年、千数百年も昔から当たり前なのだ

 その典型的な例がローマ教会であり王族や貴族による「高貴なる血(青い血)のネットワーク」である。またローマ教会がラテン語という共通言語によってその支配の網を維持したのだが、その上に乗って近代の科学者や哲学者のネットワークが形作られた。さらにはその科学者集団の原形である錬金術師、そしてフリーメーソンの起源であろうといわれる建築家たちの動きにも国境など存在しなかった。

 その国境の無い人と富と思想の流れの中にユダヤ人グループのそれがあったことは言うまでもない。15世紀末にスペインを追放されたセファラディ・ユダヤも、それ以前にハザールの滅亡によって東欧に散ったアシュケナジ・ユダヤも、常に各地の王侯貴族の下でその経済を支える同時に共同体同士で常にオープンな通路を保っていた。

 国境線によって垂直に区切られた世界認識では、このような実際の欧州の姿、そして現在の世界の姿は見えてこない。さらには今まで述べたように、それぞれの超国家集団の間に相互の浸透があり、やがて一方が片方を支配するようなこともあるだろう。これは何か特別な陰謀などではない。重層社会としての欧州では至極当たり前のことに過ぎないのである

 サバタイ・ゼヴィ、ヤコブ・フランクといった、人間の持つ権力への願望と劣情と狂気を最大限に引き出す文字通りの「偽メシア」の思想は、ユダヤ人社会が昔から持っていた通路を通って一気に欧州と小アジアに広まり、それがイスラム教とキリスト教、そして世俗主義の中に根深く浸透していった。 それはあたかも血管を伝わって広がった毒が体の様々な組織の中に染み込み体中の細胞を犯していくように、欧州と北米の社会をガンジガラメにしていくのである。

 そしてそれは最初から「パレスチナのイスラエル王国再建」を目指すものであった。根っからの無神論者であるダヴィット・ベン・グリオンやゴルダ・メイヤなどがパレスチナを「約束の地」と語る心情に決して嘘はあるまい。彼らは、2000年前にパレスチナを追われたユダヤ人の系譜ではなく、この偽メシアの系譜に属しているのである。「パレスチナ人などはいなかった」とうそぶくメイアの姿は、まさにサバティアンとフランキストの反道徳主義をそのまま語っただけである。最も大切な同盟国アメリカの軍艦を襲撃して皆殺しにしようとしたシオニスト・イスラエルの姿、パレスチナ人に対するアパルトヘイトと虐殺の政策、そして虚構と脅しで米国人を見張り資産を巻き上げる米国シオニストの姿、アルメニア人を騙して扇動し数十万人を殺したサバティアンの子孫の姿、チェカとNKVDを主導して数百万のロシア人を虐殺したユダヤ人共産主義者の姿、さらには無数のユダヤ人同胞を未曽有の苦難に放り込み見殺しにした シオニストたちの姿、…、これらはすべてこの偽メシアの系譜に属している。

 19世紀後半に盛んになった反ユダヤ主義に対する反応として生まれたシオニズムなどといった、特に左翼が好みたがる通説が、いかに上っ面だけの真相を覆い隠すたわごとに過ぎないのかは明白であろう。

【以上、参照資料】
http://www.rense.com/general64/zzzio.htm
http://www.isreview.org/issues/04/zionism_false_messiah.shtml
http://www.rense.com/general49/hhee.htm


[シオニズムとは?]

 自ら「陰謀論者」を名乗る不思議な「反ユダヤ主義ユダヤ人」ヘンリー・マコウは、いわゆる「ユダヤの陰謀」およびシオニズムの本体を大英帝国主義の中に見ている。当然だがその大英帝国の中枢部はロスチャイルドを筆頭とするユダヤ系資本に握られる。しかしロスチャイルドの到着以前にも、大英帝国の基礎固めの時期である16~17世紀にはオランダやポルトガルから大量のユダヤ人が英国に移り住み支配階級の間に強力なネットワークを築き上げていた。遅れてフランクフルトからやってきたロスチャイルド家はその土台なかで頭角を現した。 《注記:これらの点に関するヘンリー・マコウの主張は『「ユダヤの陰謀」の正体は大英帝国主義である』および『シオニズム:ユダヤ人に対する陰謀』をご覧いただきたい》

 そしてそのロスチャイルド家がジャコブ・フランク最大のパトロンであった英国が近代シオニズム発祥の地であったとしても何の不思議も無いのだ大英帝国はそのスパイ網を東欧・ロシアから中東一帯に張り巡らせていたのだが、オスマン帝国内でのトルコ革命やロシア革命がユダヤ人主導の元に行われたと同時に、それらを大英帝国のスパイ網が逐一キャッチしコントロールしていたことに疑念の余地はあるまい。欧州の重層社会と水平に広がる様々なネットワークを知る者にとってはほとんど常識の部類であろう。

 マコウもその一人なのだが、敬虔で真面目なユダヤ人、正義感と道徳観に溢れたユダヤ人の中には、シオニスト(サバティアン、フランキスト)こそが反ユダヤ主義を必要としており反ユダヤ主義の源泉の一つであると見る人が多い。19世紀後半からロシアに吹き荒れたポグロムの嵐やドレフュス事件などを最も上手に利用したのがシオニストであったことは誰の目にも明白である。

 あのウラジミール・ジャボチンスキーが、9百回に近いポグロムを指導しおよそ3千名のユダヤ人を虐殺したシモン・ペティルラと同盟工作を行ったことにも別に何の不思議もあるまい。 彼を単なる「ユダヤ人の裏切り者」と見なすのは片手落ちであろう。彼が17世紀以来の「偽メシアの系譜」につながっていると仮定すればすべての筋が通る。この系譜は東欧を中心にしてすでに強力なネットワークを築き上げていた。彼らにとって道徳などは存在しないのだ。道徳の存在しないところに裏切りなどは無い。全てが正当な行為に過ぎないのである。現実が狂気を産み出すと同時に、狂気が現実を生み出すこともありうることを忘れてはなるまい。

 そしてその「偽メシアの系譜」はパレスチナにイスラエル王国を再建することに照準を絞る。しかしそんなちっぽけな願望でこのような狂気が産みだされるのだろうか。ここでこの偽メシアの思想がキリスト教の中から生まれた千年王国の思想と合体していることを思い起こす必要があろう。彼らにとってイスラエル王国の再建は、そのまま世界の絶対的支配につながる重要なステップなのだ。馬鹿馬鹿しいと思わずにヨハネの黙示録をめくってみていただきたい。

 おそらく20世紀のイスラエル建国はその一つのステップであり、イスラエルの建国とその維持のみに絞った狭い意味のシオニズムは単なる方便に過ぎまい。シオニストの働きは世界的なものである。日本でさえすでにガンジガラメにされている。

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英国はもとより、フランスではサルコジのシオニスト政権がすでに誕生しており、ドイツのメルケル政権は完全にシオニストの主中にある。その流れは米国を席巻した後、確実に欧州に還流しつつあるのだ。

 あのパレスチナの痩せたちっぽけな土地を確保する、あるいはせいぜい中東地域での覇権を確保する、などといった目でシオニズムとイスラエルを見ていると、とんでもない間違いを犯すことになるだろう。彼らの本体は、もし現在のイスラエルが不要になれば巨大な中東戦争を演出することでイスラエルを消滅させ、再びユダヤ人の大虐殺を引き起こすことすら厭わないだろう。彼らにとっては世界支配の意思があるのみでありすべては方便の世界なのだこれこそ人類最大の悪夢、最大の狂気に他ならない。

 次回はこのシリーズの最終回としてこの10回の連作をまとめ、日本で今までほとんど紹介されることのなかったジャボチンスキーとユダヤ・ファシストの流れについて、その悪夢と狂気を表にさらすことによって、イスラエルの暗黒の源流を確認してみることにしたい。


【以上、参照資料】
http://www.the7thfire.com/new_world_order/illuminati/Henry_Makow/jewish_conspiracy_is_british_imperialism.htm

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# by oninomae | 2014-03-19 20:20 | 魔術=詐欺とイルミナティ  

イスラエル:暗黒の源流  ジャボチンスキーとユダヤ・ファシズム 9

http://bcndoujimaru.web.fc2.com/archive/Vladimir_Jabotinsky4.html#9bu より その1

第9部 近代十字軍  (2008年4月)

[吊るし上げられたADLフォックスマン]

 2007年7月、米国のユダヤ人社会は大揺れに揺れた。ユダヤ・メーソン機関ブナイ・ブリスの幹部で反名誉毀損同盟(ADL)会長として米国社会で比類なき政治力を発揮するエイブラハム・フォックスマン[Abraham Foxman]が、米国議会に対して「アルメニア人虐殺問題」を取り扱うな」と圧力をかけたからである。

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 この「アルメニア人虐殺問題」とは、19世紀末ごろから第1次世界大戦にかけてオスマン帝国(トルコ)で数百万人のアルメニア人が殺害されたとされる歴史問題であり、米国を中心として世界に散らばって住むアルメニア人たちはこれを第2次世界大戦中のユダヤ人ホロコーストと並ぶ『組織的・計画的なジェノサイド』として非難・告発し、一方でトルコ政府は『戦時の強制移動中に起こった悲劇』であるとしてその組織性・計画性を否定する。そして米国などのユダヤ人団体の多くは従来から一貫してアルメニア人の側に立って様々な角度から「虐殺問題」を取り扱ってきた。

 米国議会はというと、日本に対する「従軍慰安婦問題非難決議」でも分かるように、歴史問題を穿り返しては政治的圧力の道具とすることにことのほか熱心である。もちろんのことだが、自国のベトナム戦争時の虐殺はもとより、イスラエルによるパレスチナ住民虐殺や英国によるインド支配の残虐さに対する非難決議を行ったことは一度も無い。

 そして米国議会は一昨年来この「アルメニア人虐殺問題」に対する非難決議を準備してきたわけだが、トルコ政府はこの問題を取り扱わないように米国政府に強く要求し、トルコ中で国民の米国に対する猛烈な抗議と過激なデモが続いた。そして2007年の2月には外相のアブダラー・グルが議会代表者に会い正式にその抗議の意思を伝え、同時にフォックスマンを含む米国ユダヤ人組織に対しても圧力をかけ始めた。

 そしてついにフォックスマンはこう語った。「議会の動議がこの件を調停することはできまい。その解決は一つの方向となる。それは判定になってしまう。トルコ人とアルメニア人は彼らの過去の見直しをする必要があるかもしれない。ユダヤ共同体はその歴史の判定者であるべきではなく、米国議会も同様である。」 こうしてADLと他の3つの強力なユダヤ組織、米国ユダヤ人委員会、メーソンの国際ブナイ・ブリス、そして国家安全保障問題ユダヤ委員会(JINSA)は、議会にこの問題から遠ざかるように求めたのである。

 米国議会がこの一言で「アルメニア人虐殺問題」を取り下げたわけだから、誰が米国の政治を支配しているのか一目でわかろうというものである。しかしそれはさておき、このフォックスマンの発言と米国ユダヤ人組織の態度に対して、米国在住のアルメニア人はもとより、長年彼らと同盟を組んでいたユダヤ人たちが激怒したことは言うまでもない。 青年を中心とする大勢のユダヤ人たちがフォックスマンに対して一斉に激しい抗議の声をあげた。しかしこの問題に対して「歴史の判定者」であることを放棄した米国の主要ユダヤ人組織の姿勢は変化しなかった。

 どうして彼らは一般のユダヤ人たちが大いに関心を持つこの問題を相手にしなくなったのだろうか? もちろん中東地域でイスラエルとの最も重要な同盟を結ぶトルコを刺激するような愚をおかしたくなかった事情はある。特にその少し前にトルコ議会の総選挙で穏健派とはいえイスラム教政党が政権を取ったことは、イスラエルとシオニストに大きなショックを与えただろう。いまここでトルコがイスラエルにそっぽを向くようなことが起これば、イラン攻撃の機会をうかがうシオニスト政権にとって大打撃となる。ただでさえイスラエルが軍とモサドの要員を送り込んで地歩を固める北部イラクのクルド人地区を巡って軋轢が続いているのだ。

 こんなときに歴史問題を穿ってトルコ国民を刺激すればイスラエルにとって致命的な打撃を導くことにもなりかねまい。シオニスト機関として何としてもこのような事態は回避しなければならない事情があったことに間違いは無い。

 しかし、この「アルメニア人虐殺問題」の背後には、おそらくイスラエル誕生を巡る、はるかに根深い「歴史問題」が横たわっている。 ひょっとするとフォックスマンは表面的・現実的な案件に対してだけではなく、近代史の深奥にひそむ問題が表ざたになるようなことを恐れたのかもしれない。

【以上、参照資料】
http://www.jewcy.com/feature/2007-07-09/fire_foxman


[「近代十字軍」とオスマン帝国]

 2001年9月11日の「同時多発テロ」後に、米国大統領ジョージ・W.ブッシュは「十字軍」を口にした。しかし19世紀後半以後の世界史を教科書的な視点から離れて眺めなおしてみるならば、この「十字軍」は大英帝国によるオスマン帝国転覆・解体謀略から本格的にスタートしたように思える。「アルメニア人虐殺問題」は単なる民族紛争ではない。それはまさしくこの「近代の十字軍」による中東制圧支配計画の中で起こった出来事であるに違いない。

 現在のトルコ東部にあるアナトリア地方では何百年もの間イスラム教徒であるトルコ人とキリスト教徒であるアルメニア人が平和共存してきた。イスラム教徒たちはどこでも他の宗教を禁圧する道を選ばなかったのだ。たとえばイベリア半島では彼らは数百年間にわたってキリスト教徒やユダヤ教徒と共存してきた。イスラム教徒はその「姉妹宗教」を攻撃せず支配地域を「一色に塗りつぶす」ことをしなかった。それを行ったのはイスラム帝国滅亡後のキリスト教徒たちであった。

 大英帝国のみならず支配者たらんとする者にとって「支配するためには分割せよ」は鉄則である。英国や米国が地政学的にも資源確保にとっても世界の最重要地域である中東地域を支配するために用いた手段も例外ではない。彼らはオスマン帝国支配地域に住むキリスト教徒たちに手を差し伸べ援助し、彼らに帝国内での経済的・社会的高位を確保させた。アルメニア人がその最大のターゲットになったことは言うまでもない。次第に長年平和裏に共存してきたイスラム教徒のトルコ人たちと彼らとの間に亀裂が生じ多くの反感が生まれたことは当然に帰結である。しかしそれでもトルコ人たちはアルメニア人との共存の意思を捨てなかったし、アルメニア人たちもオスマン帝国から自分達を切り離そうとはしなかった。

 オスマン帝国の解体を目論んだのは大英帝国ばかりでなく北方の巨人ロシアも同様であった。ロシアは積極的にロシア在住のアルメニア人をオスマン帝国に送り込み、民衆を扇動し暴動を組織するようになった。それはロシア帝国内のイスラム教徒たちに対する弾圧と軌を一にしたものだった。彼らは1890年代からオスマン帝国内に武器を密輸し過激なアルメニア民族主義を焚き付け武力による「革命」を叫んでオスマン帝国を内部から崩しにかかった。この時点でアルメニア人の存在はオスマン帝国にとって非常に危険なものになり始めたのである。

 特に大活躍したのはマルクス主義者たちである。主要なグループが二つあり、一つは1887年にスイスのジュネーブで結成されたフンチャック(Hunchak)と呼ばれるフンチャキアン(Hunchakian)革命党、他はダシュナック(Dashnak)と呼ばれるアルメニア革命会議である。後者は1890年に結成されロシアに資金援助を受けていた。彼らはイスラム教徒との共存を維持しようとする教会の神父たちや商人達を次々と殺害し、アルメニア人を反イスラム、反オスマンに囲い込んでいった。経済破綻と政治腐敗に苦しむオスマン帝国と一般のトルコ民衆にとってアルメニア人の存在がどのようなものであったのか、容易に想像がつくだろう。

 しかし、アルメニア人たちの弱点は、その最も密集した居住地域においてさえも人口の20%を超えないという分散した状態であった。扇動家たちの動きが活発になればなるほど一般のアルメニア人民衆におよぶ危険が飛躍的に大きくなったのは当然のことである。悲劇は始めから予想されたことだった。

 繰り返すが、これらの全ては欧米国家を支配する者たちがこのイスラム帝国解体のために仕組んだ策略だったのだ。彼らにとってアルメニア人は一つの「コマ」に過ぎなかったのである。この点は第1次大戦中に大英帝国のスパイであるロレンスに扇動されたアラブ人たちも同様であった。そしてついにオスマン帝国では内患外憂のなかで劇的な体制変革が行われることとなる。

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【以上、参照資料】
http://homepages.cae.wisc.edu/~dwilson/Armenia/justin.html
http://en.wikipedia.org/wiki/Armenian_Genocide


[「青年トルコ」とパルヴスとジャボチンスキー]

 1908年に起こった「青年トルコ人革命」は「統一と進歩委員会」に主導される政治運動であり、1878年にわずか2年足らずで効力を停止させられた憲法とそれに基づく政治の復活を叫んで、スルタン・アブデュルハミト2世を追放した政治変革であった。この「統一と進歩委員会」は「青年トルコ党」と訳されることもある。しかしこの政変を起こした「青年トルコ運動」は多くの集団の動きから成り立っており「統一と進歩委員会」がその最大党派であった。オスマン帝国を掌握した「青年トルコ運動」は次第に過激な民族主義の色彩を帯びるようになり、第1次世界大戦中に「アルメニア人大虐殺」を実行したのも彼らの政府であった

 不思議なことにこの「青年トルコ運動」は決して人種的な意味のトルコ人だけで成り立っていたものではなく、オスマン帝国内のさまざまな民族の出身者が参加していた。彼らの多くは英国などに留学して近代の西欧から多くの近代化に関する手法を十分に学んだ者達であった。しかしそれだけではなかったようである。

 ここに不思議な人物がいる。名はアレクサンダー・パルヴス[Alexander Parvus]。本名はイスラエル・ゲルファン[Israel Lazarevich Gelfan]ドで、英語読みでは普通ヘルファンドと呼ばれる。

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ロシア生まれのユダヤ人で、日本ではあまり知られていないようだが、レオン・トロツキーらとともにマルクス主義者としてロシア革命を推進した中心的な人物の一人である。そしてそのパルヴスはこの「青年トルコ人革命」の期間に5年間イスタンブールに滞在し、この間にそこを拠点としてバルカン半島の紛争に対する武器商人として暗躍し相当な収益を手にした。そして彼は「青年トルコ運動」のパトロンの一人となり同時に政治アドバイザーともなった。

 しかし奇妙な話である。彼は武器の製造と販売でドイツのクルップ財団と手を組み、さらに英国から「サー」の称号を受け取った悪名高いギリシャ系武器商人ベイシル(バジル)・ザハロフ[Basil Zaharoff, 1849-1936]が経営するヴィッカーズ株式会社(英国)のビジネス・パートナーでもあった。そしてその一方で彼は共産主義者としてロシア革命を導き、同時に「青年トルコ運動」を支えていたのである。このパルヴスを英国諜報機関のエージェントと見なす人もいるがそのように思われても無理からぬ面を持っているのだ。

 そして同じイスタンブールにもう一人の奇妙なユダヤ人の姿を認めることができる。ウラジミール・ジャボチンスキー。彼は一般的にパルヴスとは逆に反共主義者だったとみなされるが、トルコでの動きは一致している。ジャボチンスキーは「青年トルコ革命」直後にイスタンブールに到着し、すぐに新聞「青年トルコ」の編集長となった。

 リンドン・ラルーシュとその運動の歴史家によれば、この新聞は当時のトルコ政府の閣僚にいた人物によって所有されていたが、立ち上げたのはロシアのシオニスト団体、そしてブナイ・ブリスによって運営され、その編集はシオニストでオランダ王家の銀行家であるジャコブ・カーン[Jacob Kahn]によって監督されていたという。イスラエル「建国の祖」の一人であるジャボチンスキーはまずトルコの政治改革に関わっていたのである。

 共産主義者であるパルヴスと反共主義のシオニストであるジャボチンスキーの両方がこのときにトルコにいた。そしてその一方で同じ共産主義者たちがアルメニア人を自殺行為にも等しい過激民族主義運動に駆り立てていたのだ。その背後には西欧支配者とそれに連なるシオニストの姿が見え隠れする。そしてアルメニア人たちは「青年トルコ」政府による強制移住と弾圧の後に米国など世界各地に散らばり、現在アナトリア地方にはほとんど住んでいない。文字通り「国無き民」となってしまった。

 その後オスマン帝国にとってまさに《自殺》としか言いようのない第1次世界大戦参加を経て、小アジアに限定された国家のすべてを西欧化した「トルコ建国の父」ムスタファ・ケマル・アタテュルク[Mustafa Kemal Atatürk]を初代大統領とする「欧州の一部」トルコ共和国が誕生する。このアタテュルクは当然のごとくこの「青年トルコ運動」に参加してきた人物だった。この運動が、西欧勢力がオスマン・イスラム帝国に放った《最後の刺客》であったことに疑いの余地はない。

 そしてその帝国から「解放すべき」パレスチナの土地を巡って、ロスチャイルド卿と英国外相バルフォアとの間で密約が結ばれたことが「イスラエル建国」の直接の開始を告げるものであった。そこにシオニストおよびユダヤ人組織と縁の深い共産主義運動が絡んでいたことに何の不思議もあるまい。現代のシオニスト・イスラエルとトルコ共和国との関係はすでにこの当時から根を植えつけられていたわけである。イスラム帝国を解体して生まれたトルコ「欧州」共和国と、そしてその同じプロセスで源流が作られ、ソ連、ドイツ、英国、米国の総力を挙げての中東イスラム国家破壊工作の結果として誕生したシオニスト・イスラエルは、元々からの「シャム双生児国家」だったといえるだろう

【以上、参照資料】
http://en.wikipedia.org/wiki/Israel_Helphand
http://www.schillerinstitute.org/conf-iclc/1990s/conf_feb_1994_brewda.html


[トルコとイスラエル]

 ロシアのシオニストといえば、ジャボチンスキーのほかに、「シオン労働者(Poalei Zion)」党を率いたベル・ボロチョフやその党員で「ボルシェヴィキ」であったダヴィッド・ベン-グリオンなどが有名だが、同じ共産主義者のパルヴスがシオニストであったのかどうかは分からない。トロツキーとともに「永久革命論」を唱えて欧米のユダヤ組織から革命資金を集めていたパルヴスは、シオニズムの外側でそれを動かすもっと大きな勢力につながっていたのかもしれない。彼が英国ヴィッカーズのみならず後にナチスのパトロンとなるクルップ財団とのつながりを持ち、英国のエージェントとして動いていた可能性は十分にあるだろう。いずれにせよ西欧支配者念願のオスマン帝国つぶしと属領化に一役買ったことに間違いは無い。

 なおそのパルヴスだが、同じユダヤ人であるローザ・ルクセンブルグの率いたドイツ革命を支持し、革命失敗後にはワイマール共和国を拒否した。にもかかわらず彼は特に処罰されるわけでもなく、逆にベルリンに程近いところに豪勢な住宅を与えられて隠棲生活を送り、1924年に57歳で死亡した。

 そして一方のジャボチンスキーはパレスチナに渡って後のイスラエル国防軍となるハガナーを創設した。その後1923年に「鉄の壁」を著してシオニスト主流派と分かれ、東欧を中心にベタールを組織し、ムッソリーニの協力を得てそれをイタリアに広げ、そして1940年に米国でベタールを創設する最中に死亡した。これは今までの回で申し上げたとおりである。

 この二人の共通点といえば、どちらもオデッサ生まれのユダヤ人であり、若いころにスイスで学んだことである。しかし彼らが接触を持った形跡は無い。パルヴスはジュネーブでマルクス主義を学び、ジャボチンスキーはすぐにイタリアに渡ってマッツィーニ風の過激な民族主義を学んで後にそれをシオニズムに導入した。しかしスイスといえば、例の過激なアルメニア民族主義運動を率いたフンチャックもジュネーブで結成されたし、第1回シオニスト会議が開かれたのは1897年のバーゼル、第1インターナショナルも1866年にジュネーブで最初の集まりを持った。そのほかにもナチス幹部の米大陸への救出など、この国は様々な国際的な秘密活動や謀略的活動の本拠地となってきた。

 さらにラルーシュによれば、ジャボチンスキーもパルヴスも、ともにロシア帝国末期の悪名高い秘密警察オカラナの幹部であるセルゲイ・ツバトフに見出され抜擢されたということだ。そしてそのツバトフこそ大英帝国とシオニストの密偵であったそうだ。しかしその点の詮索は止めておこう。我々はもう一度、トルコとイスラエルの関係に戻らなければならない。

 地理的な位置から見て、明らかにトルコは欧州と中東を結ぶ最重要拠点である。「聖なるマフィア:オプス・デイの素顔を暴く 」シリーズにも書かれたことだが、いまだに「ヒトラーの教皇」と呼ばれ続けるピオ12世の下で、バチカンのギリシャ・トルコ大使として派遣されたアンジェロ・ジュゼッペ・ロンカッリ(後のヨハネス23世)は、ユダヤ人たちの一部を東欧からパレスチナに移送するために獅子奮迅の活躍をした。ヒトラーとピオ12世は悪役、このロンカッリは善玉を演じてはいるが、要は一方が「追い立て役」であり他方が「運び役」であっただけだ。そして当のパレスチナにはヒトラーとのハーヴァラ協定以来受け入れ態勢を整備しつつあったスターリニストたちが「選ばれたユダヤ人」たちの到着を待っていたのである。

 イスラエル建国にとって、欧州と中東の橋渡しの位置にあるトルコ共和国が持つ重要性は測り知れない。トルコが、いまだに国民の大多数を占めるイスラム教徒の反対を押さえつけて、イスラエル成立後に一貫してその存在を支持し軍事同盟すら締結していることは言うまでもあるまい。この2国は始めから「姉妹」として作られた。当然のことながら軍事的には「欧州の一員」としてNATOに組み込まれ、スポーツなどの文化面ではイスラエルとともにすでに「欧州」である。両国は欧州が「近代十字軍第一次攻撃」の結果として中東に打ち込んだ「クサビ」なのだ。

 現在、軍事的な同盟だけではなく、イスラエルにとってトルコは国家の存亡を左右するものとなっている。カスピ海沿岸の石油と天然ガスを運ぶパイプラインはもとよりトルコからイスラエルへの水輸送パイプが計画されている以上、もしトルコが反米反イスラエルの姿勢を明確にするなら、このシオニスト国家の命脈もそれで断ち切られてしまうだろう。イスラエルとしては他のあらゆる問題を棚上げにしてでもトルコ(穏健イスラム)政権を刺激してはならない。フォックスマンが米国の多くのユダヤ人の反発と指弾を覚悟してでも「アルメニア人虐殺問題」に蓋をせざるを得ないわけである。

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 またトルコの動向は米国とイスラエルの支配層が画策するイラン攻撃の成否を左右するものになるだろう。さらにはクルド人地域に対する攻撃によってイラク分割計画にも重大な影響を及ぼしかねない。さらに言えば、一応は19世紀後半以来の計略が成功し西欧型の世俗主義政権が確立しているとはいえ、やはりこの国の基盤はイスラム教徒なのだ。同様に世俗主義であったイラクのフセイン政権がイスラエルと米国のシオニストによって打ち倒され事実上の国土分割が行われていることを、トルコ国民がどんな複雑な思いで見ているだろうか。この100年以上にわたって「近代の十字軍」を押し進めている者達が、パレスチナやイラクのみならず、将来において再びトルコ国内に「線引き」を行わないという保証はどこにもないのだ。何百年間にもわたって中東の大帝国を築き上げてきたこの国の国民は決して馬鹿ではない。何が彼らを翻弄してきたのか十分に知っている。

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 そのようなときにこの「アルメニア人虐殺問題」はあらゆるレベルで最もデリケートなテーマとなる。それは西欧支配層による世界各地の分割・転覆・支配策謀の歴史の中で最も際立った残虐性を帯びるものの一つだからである。19世紀後半に、国際共産主義運動とほぼ同時期に現れ出たシオニズム運動もまた、単にユダヤ人の内部から自発的に生まれ出たものとは考えにくい。オスマン・イスラム帝国は「近代十字軍」の最初の餌食となった。その解体と再編成に共産主義とシオニズムの両方が関与している。そして文字通りの「国無き民」アルメニア人こそがその最大の犠牲者なのだろう。彼らは告発すべき者を誤っていたのかもしれないのだが、今回のシオニストたちの態度をきっかけに「虐殺」の真相に気付くことを期待したいものである。

【以上、参照資料】
http://larouchein2004.net/pages/interviews/2002/020605yarin.htm


[欧州へ]

 トルコの情勢は将来EUにこの国を迎える可能性を持つ欧州にとってもまた重大な関心事とならざるを得ないのだが、現在のところ米国同様にどの国も「触らぬ神に祟りなし」を貫いているようだ。それどころか、ひところ盛んだった「反イラン・キャンペーン」も鳴りを潜めている。そのかわり現在各国国民の関心は中国に向けさせられており「中国のアルメニア」たるチベットを巡っての反北京キャンペーンが繰り広げられている。これがオリンピック絡みの汚染問題や食品衛生問題などに対する北京政府の無策ぶりと重なって、大きな「反中国ブーム」が作られつつある。

 そして現在その流れと並行しその陰に隠れるように、特に英国、フランス、オランダ、北欧諸国、イタリアで、シオニスト勢力が着々とその支配の輪を固めつつある。英国ではネオコン子飼いのブレアーが去ってもやはり事情は一向に変わらないばかりか、国内のイスラム教徒に対する締め付けは厳しくなりつつある。フランスではサルコジ政権の登場以来、政治的にも文化的(マスコミ報道や出版など)にも親イスラエルの流れが強化されつつある。欧州各国国民は欧州の「米国化」に対して非常に強い抵抗感を抱いている。しかしそれを突き崩し、極少数派のシオニスト組織が全面支配する米国型システムとイスラモフォビア(イスラム嫌悪)が、一般の欧州人と欧州に多く在住するイスラム教徒との亀裂を徐々に生み出し一般社会を様々に揺り動かしながら、一歩一歩着実に侵入してきているのだ。

 しかしその点の話は次回に回すことにしたい。欧州で始まったシオニズムは将来の何かの「巨大なショック」をきっかけにして新たなファシズムとして欧州を席巻することになるのだろうか。2001年以降の米国のように。

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# by oninomae | 2014-03-18 19:59 | 魔術=詐欺とイルミナティ  

アメリカ政府は世界を戦争に向かわせている Paul Craig Roberts

http://eigokiji.cocolog-nifty.com/blog/2014/03/post-f1cd.html 2014年3月18日 (火) より

アメリカ政府は世界を戦争に向かわせている Paul Craig Roberts 2014年3月16日

アメリカ政府は、一体なぜこれほど、クリミア自決に反対しているのだろう? 答えは、アメリカ政府によるキエフ・クーデターの主目的の一つは、ロシアをクリミアの黒海海軍基地から追い立てる新傀儡政権を実現することだったからだ。もしクリミアがウクライナの一部でなくなれば、アメリカ政府は、自分がウクライナにしつらえた政府を、その目的に使えなくなってしまうのだ。

アメリカ政府が明々白々にしたのは、“自決”というのは、アメリカ政府が自分の狙いの為に利用する武器だということだ。もし自決がアメリカ政府の狙いに役立てば、アメリカ政府は賛成する。もし自決がアメリカ政府の狙いの推進に役立たなければ、アメリカ政府はそれに反対する。

ロシアが拒否権を行使した、アメリカ政府が提案した国連安全保障会議決議は、クリミアの国民投票、住民が要求した国民投票は、“いかなる妥当性も持ち得ず、クリミアの立場のいかなる変化の基盤とはなり得ないと偽りの声明をしている。そして、全ての国々、国際機関や、専門機関に、この国民投票を基にした、クリミアの立場のいかなる変化も認めないよう、そして、そのようないかなる立場の変更の承認と解釈されかねないいかなる行動や関係も慎むように要求している。”

アメリカ政府は、これ以上しようのないほど、クリミア人による自決に真っ向から反対していることを明らかに示した。

ウクライナの全国民が投票して、クリミア人の決定に同意しない限り、国民投票は有効ではありえないと、アメリカ政府は偽って主張している。アメリカがコソボをセルビアから盗み取った際、アメリカはセルビア人の投票を認めなかったことにご留意願いたい

しかし、アメリカ政府の全くの偽善と、虫のいい二重基準を吟味しよう。クリミアの立場のいかなる変化も、有効とするには、分離しようとしている国の国民の投票が必要だという、アメリカ政府の主張を適用しようではないか。もしこれが本当なら、クリミアは、一度たりとウクライナの一部となったことはない。

アメリカ政府の国際法解釈の下では、ウクライナは依然ロシアの一部だ。フルシチョフがクリミア(ただし、セバストーポリ、黒海基地は除く)を、ウクライナに引き渡した際、ロシア人は投票させてもらえなかった。だから、アメリカ政府自身の論理によれば、クリミアをウクライナの一部として認めることはできない。これは、レーニンがウクライナに移転した、他のロシア地域にも当てはまる。アメリカ国連の論理の下では、ウクライナのかなりの部分は、ウクライナの合法的な一部ではないのだ。ロシア人は自分達のウクライナへの引き渡しについて投票が認められなかったのだから、彼らはロシア領土に居続けているのだ。かくして、アメリカ政府の論理によれば、クリミアは依然ロシアの一部なので、“ロシアがクリミアを併合する”ことに関しては、全く問題がないことになる

ウクライナ危機が、ロシアを軍事的に弱体化させるという唯一の目的の為、危機丸ごと、アメリカ政府の立案者連中により創り出され、突如でっちあげられたものだという、これ以上の証拠がご必要だろうか?

3月14日、ネオコンがジョン・マケインの為に書いた、アメリカ政府のウクライナ侵略を、ロシアによる侵略として説明する戦争挑発の長口舌を、ニューヨーク・タイムズが掲載しても誰も驚かなかった。アメリカ政府による、ウクライナ民主主義打倒から人の目を逸らす為に、アメリカ政府が、選挙で選ばれたウクライナ政権を転覆しておいて、ロシアを“侵略し、クリミアを併合した”と非難するのだ。キエフに選挙で選ばれた政府は存在しない。キエフで政権として振る舞っている連中は、アメリカ政府がその職に就かせた傀儡だ。他に一体誰が連中を選ぶだろう?

ランド・ポールが集団ヒステリーに加わったのに驚いた人々もいる。ロシアに対するプロパガンダ暴言を、ランド・ポールがタイム紙に書き散らしたのだ。プーチンがクリミアを侵略したのは、“国際社会”を侮辱するものだ、とランド・ポールは不当にも主張している。そもそもクリミアがウクライナから分離するという決定は、クリミア住民と、選挙で選ばれた政府の判断であり、ロシアの決断ではない。だが議論の為に、ランド・ポールの嘘を真実だとしよう。“ウクライナの国家主権の甚大な侵害で、国際社会を侮辱する、ウラジーミル・プーチンのウクライナ侵略”は、アメリカ政府による、イラクとアフガニスタン侵略同様、アメリカ政府が支援したリビアやシリア侵略や、アメリカ政府が継続している、無人機による、パキスタン人やイエメン人の虐殺、そして、アメリカ政府の違法な経済制裁によるイランの主権侵害、選挙で選ばれた政権を打倒して、アメリカの傀儡を据えつけた、アメリカ政府による、ウクライナ主権侵害と同じものだろうか?

もしプーチンが、ランド・ポールが無知にも主張している通りに振る舞っているのであれば、アメリカ合州国は、クリントンがセルビアで、ブッシュがアフガニスタンとイラクで、オバマがアフガニスタン、リビア、シリアと、ウクライナで、確立した先例に続いているに過ぎないアメリカ政府の主張は、煎じ詰めれば“我々、例外的かつ必要欠くべからざる国はそういう振る舞いができるが、他のどの国もそうできない。”ということだ。

ランド・ポールに見当外れな期待をしているアメリカ人もいるが、まさに、タイムで明らかにしている通り、彼とて、ネオコン戦争屋と軍/安保複合体に魂を売り渡したもう一人の阿呆に過ぎない。もしランド・ポールがアメリカの希望なのであれば、明らかに希望は皆無だ。

私が指摘してきた通り、アメリカ政府、そのヨーロッパ傀儡連中、ニューヨーク・タイムズ、タイムや欧米マスコミ丸ごとから流れ出るプロパガンダと嘘が、第一次世界大戦へと至った戦争への道を繰り返している。それが我々の目の前で起きているのだ。


記事原文

Washington Has Set The World On A Path To War — Paul Craig Roberts
http://www.paulcraigroberts.org/2014/03/16/washington-set-world-path-war-paul-craig-roberts/

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そういう宗主国の侵略戦争の砲弾の餌食に軍隊を送り出すことを可能にするのが、政府による「集団自衛権」容認。つまり、憲法9条の実質的廃棄。自民党の中で、「集団自衛権」容認の是非、意見が割れているという。反対するまっとうな政治家が自民党におられたという想像外の情報に驚いた。

本来は、官邸の阿呆氏が、「自分が責任をもって、国民を宗主国の侵略戦争の砲弾の餌食に軍隊を送り出す」と言っていること自体、驚くべきことだが。・・・



関連

イルミナティ銀行家たちが第一次世界大戦を開始させた  by Henry Makow Ph.D.
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銀行ギャングたちは、如何にしてアメリカに第二次世界大戦参戦を強いたか  By Henry Makow Ph.D.
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お札でわかる911と世界人間牧場
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サバティアン・フランキスト・イルミナティ;全能の目カルトとしても知られる
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「世界で戦争が勃発する際、なぜ私がこの世に来たかあなたは知り理解するだろう」 ヤコブ・フランク

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EU 対ロ制裁で21人の資産凍結 3月18日 2時18分
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20140318/t10013048301000.html


<クリミア住民投票>欧米に同調、日本も制裁検討 毎日新聞 3月17日(月)20時5分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140317-00000081-mai-pol

 ロシア編入を承認したウクライナ南部クリミア半島の住民投票について、政府は17日、「法的効力はなく承認しない」(菅義偉官房長官)との立場を表明した。

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米国と欧州連合(EU)は同日、ロシアへの追加制裁を決定。日本も同調して制裁を検討する方向だが、北方領土問題を抱えロシアと過度の関係悪化は望んでおらず、欧米の動向などを見極め慎重に判断する構えだ。

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【独立を宣言】クリミア ロシア編入求める決議を採択・・・


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# by oninomae | 2014-03-18 05:43 | 戦争詐欺・紛争  

ロシア軍を装ってウクライナ軍を襲う謀議? 櫻井J

米国の駐在武官補佐官とウクライナ参謀本部の将校がロシア軍を装ってウクライナ軍を襲う謀議か 櫻井ジャーナル 2014.03.15
http://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201403150001/

 エドワード・スノーデンの内部告発により、アメリカとイギリスが電子情報機関を使って全世界の人びとの通信を傍受、記録、分析していることを多くの人が知るようになったが、ここにきてアメリカの悪事が盗聴で明らかにされている。「西側」のメディアは知らない振りをしているが、インターネット上に広がった情報を消し去ることはできない。

 最近の例では、「アノニマス」と名乗る集団によるハッキングがある。彼らがハッキングで入手した電子メールの中には、アメリカの駐在武官補佐官ジェイソン・グレシュ[Jason P. Gresh]中佐と
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ウクライナ参謀本部のイーゴリ・プロツュク[Igor Protsuyuk]との間で交わされたものがある(引用注:これも参照)。

 それによると、ロシア軍の軍服を着せた戦闘員にウクライナ軍基地を襲撃させ、ロシアがウクライナへ侵攻しているように見せかけようとしていた。ロシア軍の特殊部隊を装ってメリトポールのウクライナ空軍第25基地を3月15日までに、つまりクリミアで住民投票が行われる前に襲撃するよう、グレシュ中佐は指示しているのだ。

 この電子メールの真偽は不明だが、キューバへの軍事侵攻を正当化するために立てられた偽旗作戦「ノースウッズ[Operation Northwoods]」と基本的に同じだとは言える。(この作戦については、拙著『テロ帝国アメリカは21世紀に耐えられない』を)

 昨年11月2日から9日にかけてNATO(北大西洋条約機構)が行った軍事演習「不動のジャズ」[Steadfast Jazz Exercise]にウクライナも参加していることを考えると、少なくともウクライナ軍の一部上層部はNATO/アメリカの指揮で動いていると考えるべきだろう。

 シリアの化学兵器を「西側」が問題にしているときにもウクライナの名前が出てきた。カタール政府がイギリスのセキュリティ会社「ブリタム防衛」に対して送ったという電子メールなるものが公表されたのだが、それによると、シリアのホムスに化学兵器を持ち込み、ロシア語の話せるウクライナ人を使ってロシアに責任をなすりつけられないかとカタール政府は相談している。シリアでの工作にウクライナが出てくるのは興味深い。

 その後、イギリスやフランスはシリア政府軍が化学兵器を使ったとする主張を繰り返したが、国連独立調査委員会メンバー、カーラ・デル・ポンテは反政府軍が化学兵器を使った疑いは濃厚であり、政府軍が使用したとする証拠は見つかっていないと発言している。

 また、ジョージ・W・ブッシュ政権でコリン・パウエル国務長官の首席補佐官を務めたローレンス・ウィルカーソン[Lawrence Wilkerson]退役大佐はこの件に関し、イスラエルが「偽旗作戦」を実行したた可能性があるとしていた。

 「西側」の政府やメディアは触れたがらないが、インターネットでは広まっているものもある。例えば、アメリカのビクトリア・ヌランド[Victoria Nuland]国務次官補とジェオフリー・パイアット[Geoffrey Pyatt]駐ウクライナ大使との謀議。ふたりはウクライナの閣僚に誰を入れるかと相談しているが、
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その後、ヌランドはパイアットに対して次のように語っている:

 「あなたにも話したか、ワシントンに話しただけなのか覚えていないんだけれど、今朝、ジェフ・フェルトマン[Jeffrey Feltman]と話した際、新しい国連のヤツの名前を聞いたわ。ロバート・セリー[Robert Serry]よ。この話、今朝、あなたに書いたかしら?」

 フェルトマンはアメリカ国務省の近東担当次官補や駐レバノン大使を務めた人物で、国連事務次長。イラン、シリア、ヒズボラを露骨に敵視していることで知られている。そのフェルトマンを国連の要職に就けた潘基文国連事務総長もアメリカ政府の傀儡だと言えるだろう。

 ヌランドはフェルトマンからセリーの話を聞いて喜んでいるのだが、その理由はEUのロシアに対する対応がソフトだと不満を持っていたから。そして、彼女は「EUなんかくそくらえ(F*ck the EU)」と口にしたわけだ。


 これ以上に重要な盗聴は、エストニアのウルマス・パエト[Urmas Paet]外相がEUのキャサリン・アシュトン[Catherine Ashton]外務安全保障政策上級代表(外交部門の責任者)へかけた電話。2月25日にキエフ入りしたパエト外相は翌日、アシュトン上級代表に現地の状況を報告、その中で次のようなことを言っている:

 「全ての証拠が示していることは、スナイパーに殺された人びと、つまり警官や街に出ていた人たち双方、そうした人びとを同じスナイパーが殺している。同じ筆跡、同じ銃弾。実際に何が起こったかを新連合(暫定政権)が調査したがらないほど、本当に当惑させるものだ。スナイパーの背後にいるのはヤヌコビッチでなく、新連合の誰かだというきわめて強い理解がある。 としたうえで、「新連合はもはや信用できない」としている。なお、この会話は本物だとパエト外相は認めている

 そして、アシュトンの口から衝撃的な発言が飛び出す。「議会を機能させなければならない」と応じたのだ。暫定政権を潰すわけにはいかないということであり、そのために事実を明らかにすることはできないということだろう。

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 クーデターの前までウクライナの治安機関SBUの長官だったアレクサンドル・ヤキメンコ[Aleksandr Yakimenko]によると、狙撃の第1発目は、アンドレイ・パルビー[Andriy Parubiy]なる人物のグループが制圧していたビルから発射されたという。

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 パルビーは「ウクライナ社会ナショナル党(スボボダの前身)」というネオ・ナチの政党の共同創設で、「オレンジ革命」では指導者のひとりだった。現在は国家安全保障国防会議(国防省や軍を統括する)の書記に就任している。

 ヤキメンコによると、スナイパーは10人編成のグループがふたつあり、狙撃部隊のメンバーにはウクライナの特殊部隊員も含まれていたようだが、ユーゴスラビアなど他国からやって来た傭兵が主力で、彼らはアメリカ大使館に住んでいたという。パルビーはアメリカの特殊部隊に接触しているとヤキメンコは信じている。


関連

ウクライナ新“準ファシスト”政権紳士録: アメリカとEUが支援している連中のご紹介 Brian Becker Global Research 2014年3月8日
http://eigokiji.cocolog-nifty.com/blog/2014/03/eu-16f0.html

ロシア国連大使:キエフのデモ抗議者たちはマイダン司令部から狙撃された
http://rockway.blog.shinobi.jp/%E6%88%A6%E7%95%A5/%E3%83%AD%E3%82%B7%E3%82%A2%E5%9B%BD%E9%80%A3%E5%A4%A7%E4%BD%BF%EF%BC%9A%E3%82%AD%E3%82%A8%E3%83%95%E3%81%AE%E3%83%87%E3%83%A2%E6%8A%97%E8%AD%B0%E8%80%85%E3%81%9F%E3%81%A1%E3%81%AF%E3%83%9E%E3%82%A4%E3%83%80%E3%83%B3%E5%8F%B8%E4%BB%A4

ベネズエラも、アメリカの犯罪的政権によって打倒されつつある Paul Craig Roberts 2014年3月14日
http://eigokiji.cocolog-nifty.com/blog/2014/03/post-211b.html

・・・抗議行動を画策し、クーデターをたくらんでおいて、ケリーは自分が解き放った暴力に対して、マドゥロを非難し、マドゥロに“人権を尊重”するよう呼びかけた。

アメリカ政府の脚本は常に同じだ。犯罪をおかして、犠牲者に罪をなすりつける。

・・・つい先頃、アメリカ幹部が(アメリカ政府)が、ロシアを苦境に陥れ次第、南米の成り上がり連中に対処する予定だと語った。

計画は予定通り進んでいる。


憲法を無視、ネオナチのクーデターでウクライナを制圧しようとする「西側」の背後に巨大資本
http://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201403170000/

 ウクライナには「西側」が憲法を無視して作った暫定政権と、その暫定政権に国を追われた大統領が存在している。暫定政権はクーデターで誕生したのだが、その実戦部隊がネオ・ナチだということは本ブログで何度も書いたこと。その主要ポストを眺めると、「西側」の「国境なき巨大資本」と結びついたオリガルヒとネオ・ナチで構成されている。

 クーデターの前までウクライナの治安機関SBUの長官だったアレクサンドル・ヤキメンコによると、狙撃や火焔瓶などで市街を火と血の海にしたのはアンドレイ・パルビー。現在は国家安全保障国防会議(国防省や軍を統括する)を統括している人物だが、このパルビーはアメリカの特殊部隊に接触しているとヤキメンコは信じている。

 「アノニマス」と名乗る集団がハッキングで入手した電子メールとされるものが公開されているが、その中にはアメリカの駐在武官補佐官ジェイソン・グレシュ中佐とウクライナ参謀本部のイーゴリ・プロツュクとの間で交わされたものがある。この電子メールが本物なら、キエフのクーデターにアメリカ軍が関与していることになる。

 スナイパーを使って多くの人を死傷させたのは暫定政権側だということをEUも認識していることは、エストニアのウルマス・パエト外相とEUのキャサリン・アシュトン外務安全保障政策上級代表(外交部門の責任者)との会話で明らか。2月26日、パエト外相はアシュトン上級代表に対し、次のように言っている:

 「全ての証拠が示していることは、スナイパーに殺された人びと、つまり警官や街に出ていた人たち双方、そうした人びとを同じスナイパーが殺している。同じ筆跡、同じ銃弾。実際に何が起こったかを新連合(暫定政権)が調査したがらないほど、本当に当惑させるものだ。スナイパーの背後にいるのはヤヌコビッチでなく、新連合の誰かだというきわめて強い理解がある。」 としたうえで、「新連合はもはや信用できない」としている。

 このネオ・ナチにはネオ・ナチの思惑があるのだろうが、彼らを使っている勢力の目的は別だ。ズビグネフ・ブレジンスキーは1997年頃からウクライナを制圧することでロシアを潰す戦略を立てていた。

 また、ロバート・ゲーツ元国防長官の回顧録『任務』によると、リチャード・チェイニーはジョージ・W・ブッシュ政権で副大統領を務めていたとき、ソ連やロシア帝国が消滅するだけでは不十分で、ロシアという存在自体を抹殺するべきだと話していたという。そのためにもウクライナの制圧は重要な意味を持つ。

 こうした地政学的な視点だけでなく、巨大資本のカネ儲けもウクライナ支配の大きな動機だ。その点を露骨に口にした人物がアメリカのビクトリア・ヌランド国務次官補。

 昨年12月13日、ヌランド次官補は米国ウクライナ基金の大会で演壇に登場、1991年からウクライナを支援するため、50億ドルを投資したと発言している。その際、彼女の背後には巨大石油企業シェブロンのマークが飾られていた。

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 そのシェブロンは11月5日、ウクライナ西部で石油と天然ガスを50年間、開発することでウクライナ政府と合意している。同社の総投資額は100億ドルになるとウクライナ政府は語っていた。

 現在、ウクライナはロシアの石油に頼っているが、アメリカ企業がウクライナで油田を開発することで、ロシアから自立させようという思惑もあるようだ。これは、ジェオフリー・パイアット駐ウクライナ米国大使の話だ。EUもウクライナ経由でロシアから石油を輸入しているわけで、EUに対するロシアの影響力を弱められるということにもなる。

 ヌランドとウクライナ政府の閣僚人事について話し合った会話が盗聴され、内容が公表されたジェオフリー・パイアット駐ウクライナ米国大使は、ウクライナのエネルギー自立を強めるため、ウクライナ政府に協力すると固く決意していると語っている。

 エネルギーだけでなく、モンサントカーギルなど、アグリビジネスもウクライナに食い込もうとしてた。

 ところが、11月21日、ウクライナ政府はEUと経済や政治などでの関係を強化する「連合協定」の締結に向けた準備を停止、ロシアとの協議を再開すると発表する。ロシア政府が天然ガスの価格を30%値下げし、150億ドルを支援すると提案、その好条件を受け入れたのだ。EUの実態を見てもわかるように、巨大資本は所詮、ターゲット国を食い物にするだけで、ロシア側の提案に乗ったのは当然だった。

 そして、キエフではビクトル・ヤヌコビッチ大統領に対する抗議活動が始まる。2月21日に平和協定が調印され、事態が収束に向かいそうになったところでネオ・ナチが狙撃を始めて死者が急増、クーデターを成功させたわけである。その「功績」で現在、キエフではネオ・ナチが主導権を握ったようだ。アメリカはアル・カイダに続き、ネオ・ナチというモンスターを育て上げた。



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# by oninomae | 2014-03-16 05:19 | 戦争詐欺・紛争  

イスラエル:暗黒の源流  ジャボチンスキーとユダヤ・ファシズム 8

http://bcndoujimaru.web.fc2.com/archive/Vladimir_Jabotinsky3.html#7bu より その3

第8部 米国とイスラエル   (2007年12月)
     
["絶対者"イスラエル]

 2007年10月2日号のシカゴ・トリビューン紙は、この年に40周年を迎えたイスラエルによる米軍艦USSリバティー襲撃事件に関する特集記事(和訳はこちら) を掲載した。この文章は今から書くことの理解にとって必要不可欠な資料である。

 イスラエルという国が現代世界はもちろん歴史上例を見ない極めてユニークな存在であることをこの「USSリバティー号事件」が見事に象徴している。イスラエルは単なる「米合衆国の同盟国」などではない。もちろんだが米国(あるいは欧州)の植民地国家とも異なる。意外に思えるかもしれないが、このイスラエルという国こそ、米合衆国にとって(あるいは欧州各国にとって)"絶対者"なのだ。拙訳にも添え書きをしておいたのだが、イスラエルは、その空軍の戦闘指揮官ですら、米国を同盟国としてはおろか独立国家としてすら認めていないのである。

 この1976年の事件でイスラエル空軍と海軍がリバティーを撃沈し乗船している米軍関係者を皆殺しにしようとした理由は様々に推測される。当時の米国や英国がとっていたイスラエル防衛計画とアラブ石油生産のバランスを図る政策に対する攻撃だったと言う人もいる。また、イスラエルは無線通信を傍受してその通信内容を変え受信先に送るという高度な技術を使ってわずか6日間でアラブ合同軍を撃破したのだが、同船がそのようなイスラエル軍の戦術に関する情報を収集していたため、その秘密を隠すためにリバティーを襲った、と語る人もいる。そこまで具体的でなくても単に戦術に関する軍事情報を傍受されることに怒ったためだという説もある。

 しかしいずれにしても、「育ての親」とも言える国の軍用艦船を自己都合のみに基づく明らかな『意図』をもって襲撃したことには違いない。大きなポイントは次だ。

 一介の戦闘指揮官までが「軍の艦船を撃沈されても米国は決して報復しない(できない!)」と知っていた点である。イスラエルは米国と国際社会に対する"絶対者"であり、アラブ人どもを除いては誰一人逆らうことのできる者はいない、という万全の自信なのだ。イスラエル「建国」からわずかに18年後の1967年の話である。これは一体どういうことだろうか?


 我々は米国という国が「人間的な発想」などで動く国ではないことを十分に知っている。いくらイスラエルが「ホロコーストの結果として出来た国」であり「ホロコースト被害者」に対する遠慮が存在するとしても、そんな甘ったるい「人間的な発想」であの帝国の運営は不可能である。何が米国をしてまるで卑屈な召使か奴隷ででもあるかのように振舞わせたのだろうか?

 もちろん「リバティー号事件」ばかりではない。我々は、米国がこの国の建国以来そこに自国民の税金を使って膨大な額の有償・無償の援助を行い、イスラエルの防衛と発展のためにあらゆる犠牲を払ってきたことを知っている。日本の外務省が発表している建前だけの金額ですら1948年から1998年までにすでに800億ドル弱に達し、特に1981年(レーガン=ブッシュ父政権誕生)以降は全額が無償援助となっている。また近年では特にその援助はより「軍事化」している。しかしこのような数字に表れない私的企業や銀行の活動を通しての資金の移動、個人的な「献金」、ほとんど利益の上がらないイスラエル国債の買い取りなどを通して流入する資金がどれほどにのぼるのか、誰も知ることはできない。実質的にはおそらく先ほどの数字を大幅に書き直さねばなるまい。イスラエルは米国からの「無条件の貢ぎ」が無ければ1年たりとも存在できない国家なのだ。

 そのうえで我々は、米国内にイスラエルのスパイが好き放題に出入りし、わずかの例外を除いてほとんど咎められることもないどころか、国家機密をイスラエルに渡し続けた者たちが堂々と国家の指導的地位に就くことを知っている。 あの国が国際社会を無視して行った核開発に対して米国に一切文句を言わせなかった事実も知っている。さらに、いわゆるユダヤ・ロビーや各種ユダヤ人団体による議員への買収と恫喝、イスラエル系シンクタンクによる米国の政策立案、ユダヤ人経営・運営の各種メディアと出版による世論操作、果てには「クリスチャン・シオニスト」の全面協力による精神的支配、等々、米国社会のあらゆる側面がイスラエルに対する貢献度でその地位と存在を確保している状態である。これもまた周知の事実だ。

 米国にとってイスラエルはまさに"絶対君主"である。決して米国が中東に作った「植民地国家」などではありえない。まして、かつて日本がでっち上げた満州という植民地国家などと同列に置くことは断じて不可能である。この米国とイスラエルという世にも珍しいコンビについて、我々はもう少し突っ込んで見ていく必要があるだろう。このサンチョ・パンサとドン・キホーテの旅は一体何であり、同じ地球に住む我々をどこに連れて行こうとしているのか?
《米国とイスラエルの奇妙な関係については、イズラエル・シャミール著「あるユダヤ国家」を参照していただきたい。》

【以上、参照資料】
http://www.chicagotribune.com/news/nationworld/chi-liberty_tuesoct02,0,66005.story?page=1&coll=chi_tab01_layout
http://www.biblestudysite.com/markis.htm
http://www.samizdat.com/rinkreview20.html
http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/israel/data.html
http://www2.pf-x.net/~informant/israel/israelenjo.pdf


[米国、ナチス・ドイツ、そしてイスラエル]

 今までの連載で、私はナチス・ドイツこそがイスラエル創設のための「雌型」、このユダヤ人国家誕生の最大の秘密を握る場であったことを明らかにした。そしてそのナチス・ドイツを準備し創り上げた決定的な要素として、ハリマン、ブッシュ、ウォーカー、ダレス兄弟、ロックフェラーといった米国経済・政治の中枢部にいる人物達やワーバーグ家などユダヤ系の大資本家達が存在したことも知った。さらにシュレーダー(シュローダー)やブラウン・ブラザーズなどのロンドン・シティを支える金融機関(当然だがロスチャイルド家とも提携している)がこれと密接につながり、それらがティッセンやクルップといったドイツの大財閥と提携してナチスを産み育て、そしてヒトラーを政権に就かせて戦争準備と非シオニスト・ユダヤ人への大弾圧を行わせたのだ。第2次世界大戦が勃発する直前まで米国は最大の親独国家だったのである。

 ヒトラーが政権を握るのが1933年1月であり、その半年と少したって結ばれたのが、ユダヤ人国家建設最大の鍵となった「ハアヴァラ協定 」だった。私は、このようなヒトラーの政策がパトロンの許可(あるいは命令)無しにできると考えるほど御人好ではないし、またこのような対内政策とも密接に関連する外交政策がわずかの期間で準備できると信じるほど非常識でもない。分かりきったことだが、このハアヴァラ(パレスチナへのユダヤ人の移送計画)の資金を支えたのは米国や英国から回ってきたカネである。そのお膳立てをしたのが以前からパレスチナの地に「聖なるシオン」を建設する動きを開始していたロスチャイルド家であることは想像に難くない

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 ナチスと同様にこのシオニスト国家は米欧大資本家が総力を挙げて築き上げ、その後に用が無くなった「雌型」としてのナチス・ドイツは米国軍とソ連軍によって取り壊された。そして「迫害を受ける民」として神聖化されたユダヤ人が「約束の地」に創出した国家として、イスラエルが誕生したわけである

 米国を支配する権力亡者と拝金教徒どもが欧州の同類と共に全力でこの国を作りだしたのだ。米国大統領など単なる彼らの小間使いか代弁者に過ぎない。彼らに逆らえばケネディやリンカーンのように消されるしかないのである。 この者達が単なるロマンや人間主義で動くなどと考えるのは歴史に対する冒涜だろう。彼ら欧米にまたがる権力亡者と拝金教徒どもにとって、イスラエルは世界完全支配の鍵を握る「特別な国」であり、英国や米国といった普通の国家とは全く異なった意味を持っているのである。

 単純にその領土と国民を持ち法体系と社会機構を備えた通常の国家など、この者達にとっては動かし利用しいずれは取り払いすげ替えるべき「コマ」にすぎない。イスラエルだけは別である。地政学的にも哲学的にも、そこは彼らの完全なる世界支配に向けた「扇の要」なのだ。その前には米合衆国などという一介の連邦国家の権利など簡単に消し去られてしまう。「USSリバティー号事件」が示すとおりである。

 その誕生に決定的な役割を果したナチス・ドイツスターリン・ソ連という恐怖政治・独裁国家は共に消滅し、それらのノウハウを一身に受けたこのシオニスト国家が将来の普遍的ファシズムによる世界全面支配の中心として君臨しているのである。


[普遍的ファシズム]

 異色のネオコン・イデオローグ、マイケル・レディーン[Michael A. Ledeen]は1972年に「普遍的ファシズム(Universal Fascism)」を著した。

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彼はその中でヒトラーとムッソリーニによって不完全・不徹底に終わらざるを得なかった過去のファシズム運動を批判し、それを乗り越え革命的ファシズムを完結させる道を指し示した。

 彼は1982年にアレクサンダー・ヘイグ国務長官の補佐としてレーガン政権入りし、CSIS(戦略国際研究センター)でヘイグとヘンリー・キッシンジャーの下で働き始めた。以来、彼は「ファシズム」を「自由と民主主義」に置き換えた。レディーンが大きな影響を与えるG.W.ブッシュの言う「自由と民主主義」が「革命的ファシズム」の言い換えであることは、現在までにその政権が自国と世界で実行している事実を見れば明らかであろう。またブッシュの上級顧問で選挙参謀、戦争政策の屋台骨を支えたカール・ローブの最も信頼する相談相手がこのユダヤ・ファシストであった。


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 レディーンは、元トロツキストやレオ・シュトラウスの弟子である他のネオコンとはやや異なり、ウイスコンシン大学でユダヤ人のドイツ・ナチズム研究家であるジョージ・モシェに、またローマ大学ではイタリア・ファシズムの研究家レンツォ・ジ・フェリーチェに学んだ。

 彼は同時にイタリアP2メーソン・ロッジのメンバーであり、モサドの重要なエージェントと見なされる。また80年代後半に米国を震撼させたイラン・コントラ事件の主犯格の一人であり、最近明らかにされたところでは、ブッシュ米国政権のイラク侵略を正当化した「ニジェール・ウラン文書」捏造を指揮したのがこのレディーンである。

 しかしこの現代のメフィストフェレスを捕らえ罰することの出来る者はいない。この普遍的ファシストは米国の真の支配者集団に連なっている。そして他のユダヤ人ネオコン・メンバーが活躍できる土壌を整えていった重要な力の一つが、アメリカン・エンタープライズ研究所を取り仕切り国家安全保障ユダヤ人協会(JINSA)の発起人・相談役であるこのファシズム革命家マイケル・レディーンなのである。

 対テロ戦争を標榜する米国と英国の最近の動きは、彼の言葉に倣って言うならば「普遍的テロリズムとの戦い」ともいうべき様相を帯びている。一人一人の顔写真まで公表してアルカイダを名指しした9・11とは異なり、マドリッド3・11、ロンドン7・7と「テロ」が進行するに連れて、次第にアルカイダの影の輪郭がぼやけて溶けて流れ出し、イスラム教社会のみならず欧米一般市民社会の中に深く広がり染み込みつつある、そのような演出が為されている。

 つまり彼らの言う「テロリズム」は世界のあらゆる場所に「見出すことが可能な」ものであり、「テロとの戦い」を否が応でも社会の隅々に、一つの国家から個人の家庭に至るまで、浸透させることが可能なのだ。子供のジュースからコンタクトレンズ洗浄液まで取り上げて捨ててしまう空港国際線を見るがよい。このブレアー政権の発明による空港の状態が、街や学校や職場の中に、果てはアパートと家庭の中にまで徹底させられるとき、普遍的ファシズムは完成するのである。

 普遍的ファシズムは、近年のレディーンが盛んに口にする転倒した用語「イスラモファシスト」「テロの首領たち(the Terror Masters)」との「普遍的な」戦いを通して実現される手はずなのであろう。

【以上、参照資料】
http://pen.dailykos.com/story/2005/7/22/7563/12283



[レオ・シュトラウスの素顔とユダヤ・ファシズム]

 合衆国憲法を「忌まわしい紙切れ」と罵るG.W.ブッシュは、ワイマール憲法を憎悪したヒトラーの姿にもつながる。シカゴ大学でポール・ウォルフォヴィッツやウイリアム・クリストルなど後の有力なネオコン・メンバーの師となったレオ・シュトラウスは、リベラルな民主主義を実現させたワイマール体制こそがナチス勃興の主たる原因である、と説いた。まさにその通り! リベラルな民主主義を掲げてきた米国社会は、現在彼の弟子たちが実現させつつある普遍的ファシズムの培養基となったのである。

 ドイツ生まれのユダヤ人レオ・シュトラウス(1899-1973)は周知の通りニーチェ、ハイデッガーの影響を強く受けたと言われるが、彼のシオニストとしての態度は2転3転したようである。しかし1920年代に、彼がユダヤ・ファシストの元祖ウラジミール・ジャボチンスキーによって組織されたシオニスト・リヴィジョニストの活動に所属し、ジャボチンスキー自身とも接触を持ったことが明らかになっている。

 このユダヤ・ファシスト集団の一員としては当然のことだが、彼はナチズムに深い共感を覚えていた。彼は、ナチの法哲学者でドイツ国会議事堂放火事件後のヒトラー政権を支え続けたカール・シュミットとは特別に深い関係にあった。シュトラウスはそのシュミットの尽力によってロックフェラー基金奨学金を受け1932年から英国とフランスに留学する。そしてシカゴ大学の研究員に応募して1937年に米国に移住した。ドイツ敗北後もシュトラウスは、戦犯としての刑を逃れたシュミットと1973年に彼が死亡するまで深い交際を続けた。この哲学詐欺師は言葉巧みにその正体を隠しながら、米国社会で主にユダヤ青年を対象としてファシズム革命家を育てていたのである。

 マイケル・レディーンが師事したジョージ・モシェにしても同様であり、ヨーゼフ・ゲッベルスやヘルマン・ゲーリングといったナチ幹部と親交を暖めていたのである。モシェは、ドイツとイタリアで「反ユダヤ主義に悪用された」点を批判しつつも、生き生きとした人間精神の復活としてファシズムとナチズムを評価しレディーンにその「科学的研究」を推奨したと言われる。

 彼らの「ファシズム研究」にとって、一般に「ナチスの犠牲者」と固く信じられているユダヤ人としての立場が、どれほど有効なカモフラージュとなったかは容易に想像がつくだろう。

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1999年にシャディア・B.ドゥルーリィの著作「レオ・シュトラウスと米国右翼(Leo Strauss and the American Right)」によってシュトラウス主義の危険な本質が一般に伝えられ、ネオコンに率いられるブッシュ政権の暴虐性が広く認められるようになった今日になってさえ、イスラム教徒を除く世界の大多数の人にとって《ユダヤ人》と《ファシズム》を結び付けることは至難の業である。ドゥルーリィですらシュトラウスが「ナチに追われた哀れな亡命者である」という視点から逃れることが出来ないファシストどもにとって《ユダヤ人であること》以上に好都合な隠れ蓑は存在しないのだ。

 明確にしておかねばならない。レオ・シュトラウスやジョージ・モシェなどの人物はファシズムの「師」として米国に招かれたのである。まさしくシュトラウスの見抜いたとおりなのだ。ワイマール憲法下のドイツと合衆国憲法下の米国の類似点は、そのリベラルさがファシズムにとって最良の温床となる、という点であった。経済的にも軍事面でも人材面でも米国ほどその条件に恵まれていた国はあるまい。

 シュトラウスの愛弟子であるポール・ウォルフォヴィッツは、シカゴ大学在学中にネオコンのシンクタンクであるCommittee to Maintain a Prudent Defense Policyにリチャード・パールと共に参加している。その後イェール大学で教鞭を執り(彼の学生の一人がルイス・"スクーター"・リビィ)、1972年にニクソン政権の下で国防総省に勤務し始めた。そしてCIA長官であったジョージ・H.W.ブッシュの承認によって組織されリチャード・パイプス(ネオコンの中東研究家ダニエル・パイプスの父親)に指揮される、俗に「チームB」と呼ばれた反共主義の組織に加わっている。

 ナチの再来を防ぐために米国の社会改革が必要であるとの詭弁を弄した哲学詐欺師シュトラウスの弟子たちは他のユダヤ・ファシストの系譜に合流しながら、1980年代レーガン=ブッシュ父政権のあたりからネオ・リベラル経済の本格化と共に彼らの社会改造、ファシズム革命に着手し始めたと思われる。(愚かにも彼らに合流した日系のフランシス・フクヤマは2006年にユダヤ系ネオコンを「レーニン主義者」と呼んで決別した。)

 そしてこれらの「革命家」たちの活動母体となっているのがウラジミール・ジャボチンスキーのユダヤ・ファシズムの後継者たち、すなわち米・欧・イスラエルのシオニスト集団であることは論を待たない。ジャボチンスキー自身が今日の状況を予想していたとは思わないが、一つの強力な「意思の流れ」が20世紀初頭から今日まで貫かれているのである。ジャボチンスキーの愛弟子メナヘム・ベギンの率いるリクードがスターリン・ソ連の流れを汲む労働党政権を倒してイスラエルの実権を握ったのが1977年(ベギンは1983年まで首相)であり、それ以降の米国ではレーガンの狂信的な反共主義の中で例のファシスト集団が順調に育っていくことになる。この点もまた、リベラルなワイマール憲法の中で反共を唱えてすくすくと成長したナチスに相似しているだろう。

 一方で彼らが攻撃目標とした「左翼」「リベラル」はどうだろうか? 今日の目から見るとまさしく茶番劇のお手本だろう。米国リベラルと左翼がシオニストの「左手」に過ぎないことは、イスラエル・ロビーの使い走りでしかない米国民主党、シオニストの「左のガードマン」を勤めるチョムスキーなどの米国左翼知識人の無様な姿から、もはや誰の目にも明らかである。「スターリンとヒトラーの掛け合い漫才」が舞台と趣向を変えつつ延々と繰り返される。

【以上、参照資料】



[ファシズム国家へと変身する米国]

 米国とイスラエルの関係が次第にはっきりと浮かび上がってくる。欧米にまたがる権力亡者と拝金教徒どもにとって、米合衆国は、彼らの世界完全支配体制の実現である普遍的ファシズムの不可欠な温床であると同時に、"絶対者"たるイスラエルによって支配・誘導されるべき道具に他ならないのだ。その比類なき軍事力と技術力、ブルドーザーで他のあらゆる要素を踏み潰すような文化支配力は、全地球を治めるべき普遍的ファシズム現実化のための必須条件である。

 9・11事件後の米国で、あるいは7・7事件後の英国で起こっている事態について、過去のイタリア・ファシズムやドイツ・ナチズム、日本的ファシズムを批判的に研究してきた(主に左翼系の)研究者と知識人達が見せる、精々が「市民的自由擁護」しか言えない無様な逃げ腰は、彼らを支配してきた《ニュルンベルグ=トーキョー史観》の正体を明らかにするものだろう。

 米国ファシズムは、2001年の「愛国者法」から始まって徴兵制復活への動き、そして2007年に議会を通過した「思想犯罪防止法案」に至るまでのことごとくが、ナチスのたどった道をはるかに凌駕した形で歩んでいるのだ。しかし、このような9・11事件演出以後の「対テロ戦争」を口実にした法制度・社会制度の変化を深く追求して批判すると、左翼知識人によって『陰謀論者=ネオナチ』にすらされかねない。

 過去のファシズムは現在建設中の普遍的ファシズムの雛形、実験に過ぎず、ニュルンベルグ=トーキョー裁判によって巧みにその正体を覆い隠されてきただけなのだ。既定の理論に沿って過去ばかりを穿り回し現代の事実を見ようとしないこの種の知識人たちは、真のファシストの姿を隠す煙幕であり、若い知性を誤誘導させる役目を果すことでその存在を保証されている「第5列」「別働隊」に他ならない

 本物のネオナチはワシントンとロンドンとテルアビブをつなぐ空間にいる。
 彼らに国境や国籍は無意味である。この権力亡者と拝金教徒どもの、ユダヤ・シオニストを実行部隊にした普遍的ファシズム世界の建設は、優に百年単位のサイクルをもつものだ。(「ユダヤ長老の議定書」なる怪しげな書物はその作業をユダヤ人一般とフリーメーソンの仕業にすり替えているが、私は、この書物の作者はロンドンあたりの豪邸に住む人種ではないかとにらんでいる。)どんなに胡散臭い作業でも、ユダヤ人を表に立てて進めるならば実に都合よく現実化できる。シオニスト・ユダヤ人たちも十分にそれを理解しながら積極的にその中心を担っているのだ。

 前回に特集した米国資本家のナチスに対する肩入れは、やがて訪れるであろう普遍的ファシズムの実験場としてのナチ国家建設、および、地理的にも精神的にもその特別な中心地となるべき「聖なるシオン」の実現に向けた、壮大な計画の一部分をなすものであった。だからこそ彼らの誰一人として事実上罰せられることなく米国経済を支え続けまた政府高官となってその後の道を整える役を果し、さらにはその子と孫が米国大統領として普遍的ファシズム実現の具体的作業に取り組むこととなったのである。

 次回からは時間をさかのぼってシオニズムの源泉を探ってみることにしたい。シオニズムとイスラエルがここまで巨大な基盤を持つものである以上、近代シオニズムが単に19世紀末に一部のユダヤ人によって細々とした運動として作られたとは到底考えられない。そしてその中で再びウラジミール・“ゼエブ”・ジャボチンスキーの正体に迫っていくことにする。

【以上、参照資料】

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# by oninomae | 2014-03-14 20:12 | 魔術=詐欺とイルミナティ  

お札でわかるウクライナ


http://ukrainetrek.com/ukraine-currency-hryvnia

Ukrainian banknotes - 500 Hryvnia の裏面
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http://www.henrymakow.com/index.html でも紹介されていました。2006年以降のものだそうです。



関連

アルバート・パイクの世界操作計画
http://satehate.exblog.jp/6982937/

フリーメーソン団:人類の死への願望  by Henry Makow Ph.D.
http://satehate.exblog.jp/12055304

すべてのユダヤ人(と非ユダヤ人)が知っておくべきこと By Henry Makow Ph.D.
http://satehate.exblog.jp/8315847

http://chiiroba.net/MatsudaFamily/christian/GoguMagogu.htm

『千年の終わりに、サタンはその牢から解き放され、地の四方にある諸国の民、すなわち、ゴグとマゴグを惑わすために出て行き、戦いのために彼らを召集する。彼らの数は海べの砂のようである。』
(黙示録20章7-8節)

『「人の子よ。メシェクとトバルの大首長であるマゴグの地のゴグに顔を向け、彼に預言して、言え。神である主はこう仰せられる。メシェクとトバルの大首長であるゴグよ。今、わたしは、あなたに立ち向かう。わたしはあなたを引き回し、あなたのあごに鉤をかけ、あなたと、あなたの全軍勢を出陣させる。それはみな武装した馬や騎兵、大盾と盾を持ち、みな剣を取る大集団だ。ペルシヤとクシュとプテも彼らとともにおり、みな盾とかぶとを着けている。ゴメルと、そのすべての軍隊、北の果てのベテ・トガルマと、そのすべての軍隊、それに多くの国々の民があなたとともにいる。備えをせよ。あなたも、あなたのところに集められた全集団も備えをせよ。あなたは彼らを監督せよ。多くの日が過ぎて、あなたは命令を受け、終わりの年に、一つの国に侵入する。その国は剣の災害から立ち直り、その民は多くの国々の民の中から集められ、久しく廃墟であったイスラエルの山々に住んでいる。その民は国々の民の中から連れ出され、彼らはみな安心して住んでいる。あなたは、あらしのように攻め上り、あなたと、あなたの全部隊、それに、あなたにつく多くの国々の民は、地をおおう雲のようになる。』
(エゼキエル38章2-9節)

『あなたは、わたしの民イスラエルを攻めに上り、終わりの日に、あなたは地をおおう雲のようになる。ゴグよ。わたしはあなたに、わたしの地を攻めさせる。それは、わたしがあなたを使って諸国の民の目の前にわたしの聖なることを示し、彼らがわたしを知るためだ。』
(エゼキエル38章16節)

『その日、わたしは、イスラエルのうちに、ゴグのために墓場を設ける。それは海の東の旅人の谷である。そこは人が通れなくなる。そこにゴグと、そのすべての群集が埋められ、そこはハモン・ゴグの谷と呼ばれる。イスラエルの家は、その国をきよめるために、七か月かかって彼らを埋める。』
(エゼキエル39章11-12節)

『地の四方にある諸国の民、すなわち、ゴグとマゴグを惑わすために出て行き、戦いのために彼らを召集する。彼らの数は海べの砂のようである。彼らは、地上の広い平地に上って来て、聖徒たちの陣営と愛された都とを取り囲んだ。すると、天から火が降って来て、彼らを焼き尽くした。そして、彼らを惑わした悪魔は火と硫黄との池に投げ込まれた。そこは獣も、にせ預言者もいる所で、彼らは永遠に昼も夜も苦しみを受ける。』
(ヨハネ黙示録20章8-10節)


エゼキエル書38章 「ゴグとマゴグ」
http://www.logos-ministries.org/old_b/ezk38.html

エゼキエル書38~39章・ゴグ・マゴグの戦乱  投稿者:Legacy of Ashesの管理人 投稿日:2014年 3月12日(水)12時29分6秒
http://6707.teacup.com/gamenotatsujinn/bbs/2586

セントジョン大聖堂の予言の柱石? By VC
http://satehate.exblog.jp/16393438/

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米ニューヨークでビルが爆発・倒壊 TBS系(JNN) 3月12日(水)23時36分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/videonews/jnn?a=20140312-00000052-jnn-int

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140313-00000000-jijp-int.view-000



愛媛で震度5強を観測
 3月14日 3時08分
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20140314/t10015963421000.html

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安政大地震&平成大地震(原発付)
http://satehate.exblog.jp/16454633/

地震はどこで起こっている? 柴 正博 2013/1/19 掲載
http://www.dino.or.jp/shiba/eqdist.html 



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# by oninomae | 2014-03-13 05:47 | 魔術=詐欺とイルミナティ  

イスラエル:暗黒の源流  ジャボチンスキーとユダヤ・ファシズム 7b

http://bcndoujimaru.web.fc2.com/archive/Vladimir_Jabotinsky3.html#7bu より その2

第7部 ナチス・ドイツを育てた米国人たち  続き

1933: 1月4日に、ヒトラーが企業家グループによってシュレーダー銀行(Schroeder Bank)に招待された。企業家達はヒトラーに資金を与えて経済的な困難を克服させ、その代わりに労働組合の破壊を約束させた。この会議の出席者の中に2名の米国人がいた。ジョン・フォスター・ダレス、アレン・ダレス である。

 ヒトラー が権力を握る。

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 マックス・ワーバーグがプレスコット・ブッシュによってHamburg- Amerika Lineの重役会のAmerican Ship & Commerce Line公式代表に選ばれた。ワーバーグは長期間,ナチの経済長官でありthe Reichsbankの重役だったヒャルマル・シャハト(Hjalmar Schacht)の顧問だった。ワーバーグはまたモンタギュー・コレット・ノーマン の親友でもあった。

 米独間のすべての貿易を調整する合意が、ヒトラーの経済相ヒャルマル・シャハトとジョン・フォスター・ダレスとの間での交渉の後に、ベルリンで結ばれた。その結果、アヴェレルの従兄弟であるオリバー・ハリマン (Oliver Harriman)が、ドイツ・米国間のあらゆる取り引きを進めるために150社のシンジケートを作り上げた。

 North German Lloyd Co.がハンブルグでHamburg-Amerika Lineと合併した。長期間ハリマンの重役を務めたクリスチャン・ベック(Christian Beck)がこの新しく合併した会社のために北米で「普通貨物輸送任務」の責任者として据えられた。熱心なナチであるエミル・ヘルフェリッヒ (Emil Helfferich)がこのHapag-Lloydと呼ばれた新会社の会長となった。ナチの保安要員が今やこの会社のあらゆる船に乗り込んだ。

 ウイリアム・S.ファリッシュ(William S. Farish)がジョン・D.ロックフェラーによってStandard Oilの会長に指名された。ファリッシュはI.G. Farbenの会長ヘルマン・シュミッツ(Hermann Schmitz)の親友である。ファリッシュは、親I.G. Farbenと親ナチ・プロパガンダを書いて米国の新聞に載せるためにアイヴィ・リー(Ivy Lee)を雇った。彼はナチス・ドイツの船員をStandard Oilのタンカーに雇った。加えて、彼はthe Hamburg-Amerika Lineの会長エミル・ヘルフェリッヒを同時にStandard Oilのドイツ支社長として雇った。Hamburg-Amerikaの役員であるカール・リンデマン(Karl Lindemann)も同様にFarish-Standardのドイツ側最高役員となった。ファリシュとプレスコット・ブッシュのつながりがある小さなヒトラー支持グループの中で作られた。エミル・ヘルフェリッヒとカール・リンデマンの両者は、Standard Oilの特別取引会計について、ナチSSの長官ハインリッヒ・ヒムラー(Heinrich Himmler)に手形を切る権限を与えられた。この取引は、ドイツ・英国・米国をまたぐ銀行家カート・フォン・シュレーダー(Kurt von Schroeder, Schröder)によって運営された。作家アンソニー・サットン(Anthony Sutton)が調査した米国の諜報記録文書によると、ヘルフェリッヒ は、SSがStandard-I.G. Farben、つまりアウシュヴィッツやその他の強制収容所での大量虐殺を監視していた1944年に入っても、SSに対する支払いを続けていた。

 戦後にヘルフリッヒ は連合軍に対して、これらは彼の私的な仕事ではなくStandard Oil資金に対する作業であったことを語った。


1934: 米国上院Nye委員会の公聴会は、Remington Armsの会長でUBCおよびthe American Ship & Commerce Corpの創始者サミュエル・プライヤー がI.G. Farben とのカルテルの合意に参加していたことを明らかにした。同委員会はまたナチスが大部分米国製の武器で武装していることを暴露した。

  Ethyl Corporation の社長E. W. ウエッブ (Webb)は、ワシントンが「ドイツの中で四エチル鉛【ガソリンの燃焼効率を高める物質】を製造するためにI.G.と共にドイツの会社を作る」意図について知らされているという忠告を受けた。戦争省(The War Department)はこの技術移転に対して相当の批判があることを示唆した。そしてEthyl Company陸軍航空部隊から「貴殿またはEthyl Gasoline Corporationの重役会は四エチル鉛の製造に関連するあらゆる機密あるいは"ノウハウ"をドイツに対して無条件で明らかにすべきだ」と忠告を受けた。

 ヒトラーによる厳しいドイツの統制の中で、Thyssen-Flick連合からの利益は1億【ドル?】にまで膨らんだ。Union BankおよびBank voor Handel en Scheepvaartはともに資金に満ち溢れていた。プレスコット・ブッシュ はUnion Bankの経営責任者となり日々ドイツとの取引に明け暮れた。

 ジョン・フォスター・ダレスはおおっぴらにナチの哲学を支持していた。1935年に彼はthe Atlantic Monthly誌に「平和への道」と題される長文の記事を書いた。彼はドイツが秘密裏に進める再武装を自由の回復として弁護した。彼がInco【不明:企業活動のことか】とドイツの兵器産業に関連して何を行ったのかは知られており、ダレスはドイツとイタリアと日本の平和への意思を確信するようにミスリードしていたのである。1930年代の末期にダレスは親ナチ・グループAmerican Firstの組織化に力を尽した。パール・ハーバーの1ヶ月前に彼は5百ドルをグループに寄付した。後に彼はこのグループとは無関係であると主張した。ダレスはドイツがポーランドに進攻するときに至ってもナチを支持し続けた。ダレス はポーランドへの侵略をポーランドの方にその責任があるかのように弁解した。


1935: Ethyl CorporationはドイツでI.G. Farben と共同でEthyl G.m.b.H.を設立することに合意し、ファシスト・イタリアではMontecatiniと四エチル鉛の共同製造について合意した。この技術移転の時期にいたEthyl Gasoline Corporationの幹部達は、社長で責任者のE.W. ウェッブ(Webb)、C.F. ケターリング(Kettering)、R.P.ラッセル(Russell)、Standard Oil of New Jersey社員でロウズベルトのGeorgia Warm Springs Foundationの管財人である W.C. ティーグル(Teagle)、 F. A. ハワード(Howard)、Standard Oil of New Jersey社員E. M. クラーク(Clark)、A. P. スロアン・ジュニア(Sloan, Jr.)、D. ブラウン(Brown)、J. T. スミス(Smith)、そしてStandard Oil of New Jersey社員W.S. パリッシュ (Parish)である。

 ジョン・フォスター・ダレスは、ミズーリのUnion Electric Company事件で寸でのところで起訴を免れた。この会社は投資会社North America Companyの支店である。証券取引委員会(SEC)は議員を買収する資金を捜査していた。この会社はその法律家と保険会社からキックバックを受け取っていた。そしてミズーリ州全体の議員を買収していたのだ。証券取引委員会の委員長トラヴィス・レイン(Travis Lane)は、最高裁がダレス を有罪としなかったことを、それが彼の魅力なのだ、と皮肉っぽく語った。

 ドイツでニュルンベルグ法が可決されホロコーストへの道が開けた。


1936: Schroeder Bank in New York【シュレーダー(Schroeder、Schröder)は英国や米国では通常シュローダー(Schroder)と呼ばれる】はロックフェラーと合体し、Schroeder, Rockefeller & Company, Inc.が創設された。Schroeder BankのCarlton P. Fullerが社長となりアヴェリィ・ロックフェラー が副社長となった。

1937: この年の1月末までに、ダレスは自分の活動を一つの取引業務に集中させた。Brown Brothers Harriman-Schroeder Rockでの活動である。Schroederはもちろんナチの銀行であり、ダレスはその役員だった。この'Rock'というのはロックフェラーのStandard Oilである。そこはすでにナチとの取引を熱心に進めていた。プレスコット・ブッシュの要求でダレスはブッシュ=ハリマン のナチスとの取引に関与していた。

1939: ヒトラー がポーランドに侵入して欧州での戦争が開始。

 ファシストの娘マルタ(Martha)がアヴェレル・ハリマンの甥であるエドワード・ハリマン・ゲリー (Edward Harriman Gerry)と結婚。

 Consolidated Silesian Steel Corporation【参照1926年】はポーランドの町Oswiecimの近くにあった。ソヴィエトの囚人を労働力として使う計画が失敗したときに、ナチスはユダヤ人、共産主義者、ジプシーやその他の少数民族をナチが作った収用所に運んだ。これがアウシュヴィッツの始まりである。アウシュヴィッツがこの場所に作られた理由はそこに石炭の供給が豊富でありそれから航空機燃料を製造できたためだが、I.G. Farben【参照1933年】は石炭の埋蔵地が近いだけでなくアウシュヴィッツでの奴隷労働力の供給があることを利用してすぐにアウシュヴィッツの近くに工場を作った。ドイツの諜報員によると、プレスコット・ブッシュ はポーランドでの奴隷労働の一部を運営したのである。

1940: アレン・ダレスがSchroeder Bankの役員となる。ジョン・フォスター・ダレス はSchroeder Bankの法律顧問として務めた。Schroeder Bankはナチスの資金面での武器として活動した。

1941: パール・ハーバーが爆撃され宣戦布告がなされる。

1942: 米国合同資産管理局(US Alien Property Custodian)のレオ・クローリー(Leo Crowley)は、8月にHapag-Lloyd【参照1933年】の全財産を差し押さえる命令を出した。10月にはニューヨークのUnion Banking Corpの株が差し押さえられたのだが、その株主は、会長のE.ローランド・ハリマン、社長のコーネリス・リーヴェンス(Cornelis Lievense:ナチスの銀行資産管理人)、会計担当者ハロルド・D.ペニントン(Harold D. Pennington:Brown Brothers Harrimanに所属)、役員レイ・モリス(Ray Morris:Brown Brothers Harrimanに所属)、役員プレスコット・S.ブッシュ、役員H.J.コウエンホウヴェン(H.J. Kouwenhoven:German Steel Trustの海外資金担当主任)【参照1926年】、役員ヨハン・G.グレニンガー (Johann G. Groeninger:ナチ・ドイツで産業担当の高官)。

 同月、米国政府はさらに他の2社を差し押さえた。Union Bankによって運営されるSeamless Steel Equipment Corp.およびHolland-American Trading Corpである。

 11月には、Silesian-American Corpのナチ資産が差し押さえられたが、米国人のパートナーの分は仕事を続けるために残された。会社全体を差し押さえることが戦争遂行にとって有害だったのかもしれない。

 この年の5月25日に、米国司法次官サーマン・アーノルド(Thurman Arnold)は、ウイリアム・スタンプス・ファリッシュ【参照1933年】がナチスとの犯罪的陰謀の容疑に対して「返答できない」と抗弁したことを告げた。ファリッシュ はStandard OilとI.G. Farbenとの間のカルテル合意で筆頭運営者だった。このカルテルはアウシュヴィッツでの奴隷労働を利用して石炭からガソリンや合成ゴムを作る工場を建設したのである。

 Standard Oilのドイツ支部であるDeutsche-Amerikanische Petroleum A.G. (DAPAG)は、Standard Oil of New Jerseyが94%を所有していた。DAPAGの社長でありヒムラーの友愛会のメンバーであるカール・リンデマン【参照1933年】がナチズム・サークル内でStandard Oil of New Jerseyの代表を務めたのである。さらに重役で元々ケプラー・サークル(Keppler Circle)のメンバーであるエミル・ヘルフリッヒ(Emil Helfrich)もその代表格であった。カール・リンデマン のコネクションは数多くの銀行の役員として国際的な銀行業務に広がった。その中には、Dresdner Bank、Deutsche Reichsbank、そしてナチが作った民間銀行C. Melchior & Companyがある。

1945: 財務省は議会に対して、United Steelが【参照1922年】ナチスの軍需物資の中で次のパーセンテージを製造したことを明らかにした。銑鉄50.8%、パイプおよびチューブ45.5%、汎用鋼板41.4%、メッキ板38.5%、厚板36%、爆弾35%、ワイヤー22.1%。ここはプレスコット・ブッシュが銀行家として関与していた会社である。事実上、プレスコットはヒトラー の米国人銀行家であった。

 アレン・ダレスは、押収された一部のナチ文書の管理を任された若い海軍士官を探し出した。もしその文書が表ざたになっていたのなら、それはダレスが国賊であることを明らかにしていたかもしれない。文書を葬るために、ダレスはその若者が政界に一歩を踏み入れる資金を提供する約束をした。これがリチャード・ニクソン (Richard Nixon)の政治経歴の始まりである。

 ペーパークリップ作戦によって、ナチ党員が米国に運ばれ始めた。

1946: ニクソンは、ニューヨークに本部のある複数の銀行からの豊富な資金のおかげで、議会選挙でジェリー・ヴーフリス (Jerry Voohris)をやぶった。

1947: 戦争の後、オランダ王室の宝石のありかを付き止めていた当局者が、Bank voor Handel en Scheepvaart【参照1924年、1934年】の小切手の中からSilesian American Corporation【参照1942年】の取引を示す文書を発見した。その銀行の社長であるH.J.コウンホウヴェン(Kounhoven)は集中的な捜査を受けてその発見にショックを受けた。すぐにコウンホウヴェンはニューヨークを訪れそれをプレスコット・ブッシュ に告げた。2週間後、いたって健康であったにも関わらず、そのオランダ人は心臓発作で死んだ。

1950: プレスコット・ブッシュ は、米国優生学運動と結び付いた背景のために選挙に敗れた。

1951: Union Bankが倒産。ブッシュ家はUnion Bankの利益の中から150万ドルを受け取った。

1952:プレスコット・ブッシュ が上院議員に選出。
 プレスコット・ブッシュはニクソン を副大統領候補として選挙に担ぎ出す。

1953: ジョン・フォスター・ダレス が国務長官に指名される。

 アレン・ダレス がCIA長官に指名される。

 Brown Brothers and Harrimanの資金を使って、ジョージ・ブッシュ がCIAのフロント会社であるZapataを作り上げる。

1954: アレン・ダレス指揮下のCIAは、United Fruitを助けるためにガテマラのハコボ・アルベンスに対するクーデター計画を援助。シュレーダー銀行はバナナ・ビジネスでUnited Fruitの共同経営者であった。アレン・ダレスはシュレーダー銀行の終身重役だった。ジョン・フォスター・ダレスとアレン・ダレスはUnited Fruitに複数の会社から巨額の資金を投資していたのだ。それに加えて、米国国連大使がUnited Fruitの株主であり、さらにアイゼンハワー大統領の個人秘書はUnited Fruitの公共担当者の妻であった。ダレス兄弟はアイゼンハワーに、アルベンス は米国の安全保障にとって脅威であると説得してこのガテマラ大統領を取り除く計画を進めることを承認させた。

1961: C.ディロン 【参照1918年、1926年】が財務長官に指名される。

 ピッグス湾での大失敗【キューバへの介入】。2隻の船はヒューストンとバーバラと呼ばれた。ピッグス湾のCIAのコード・ネームはサパタ(Zapata)作戦であり、ジョージ・ブッシュがその作戦に関わっていた。ついでに言えば、ジョージ・ブッシュ が副大統領に選ばれる前年の1981年に、1960年から66年までのZapataに関する証券取引委員会の記録がすべて失われた。

 ジョン・F.ケネディはピッグス湾事件の後、アレン・ダレス を更迭した。

1963: ジョン・ケネディ が暗殺される

1964: ジョージ・ブッシュ は選挙運動で市民権法に反対するキャンペーンをする。彼は落選した。

1966: ジョージ・ブッシュ が議員となる。

1968: ニクソン が大統領に選ばれる。

1969: ZapataはUnited FruitをCIAと強くつながった他の会社に売却しようとする。そして改革を試みようとする中米の国々の政権転覆に関わる。

1971: ジョージ・ブッシュ が国連大使に指名される。

1972: ウォーターゲート事件がニクソン 再選キャンペーンの期間中に起こる。

 ジョージ・ブッシュが共和党の議長に指名される。ブッシュは党のethnic heritage groupsの設立を促進する。要するに、これらのグループは東欧から移住したナチにとっての天国以外のものではなかった。共和党のヘリテッジ・グループ委員会には、元ハンガリーArrow Crossのメンバーであるラズロ・パスツォール(Lazlo Paszor)、ブルガリアのファシストのラディ・スラヴォフ(Radi Slavoff)、コサック支部で元SS士官だったニコラス・ナザレンコ(Nicolas Nazarenko)、ルーマニアのIron Guardメンバーだったフロリアン・ガッドゥ(Florian Gaddu)、スロバキアのファシストのメトド・バルコ(Method Balco)がいた。アレン・ダレス とニクソンはこれらの移住者達が選挙のために役に立つと信じていた。

1975: コルビー(Colby)はCIAの秘密国内作戦に関する情報を漏らす。それはMokingbirdと Mk-Ultraである。チェイニー(Cheney)はコルビー を取り除こうとする。

1976: ジョージ・ブッシュがジェラルド・フォード大統領によってCIA長官に指名される。フォード は親ナチ・グループのAmerican Firstのメンバーであった。

 ジョージ・ブッシュはチリのピノチェット・ファシスト政権に反体制活動家オルランド・レテリエル(Orlando Letelier)を処刑させる。ブッシュ は反体制派を処刑するチリのコンドル作戦計画について十分に情報を得ていた。コンドル作戦はチリに率いられる数多くの南米諸国で、南米のファシスト軍事政権に対する反対派を世界規模で暗殺する大規模な作戦であった。

1984: ジョージ・W.ブッシュによって設立されたArbusto Energy Incが、失敗を明らかにした後で売却される。1988:Silverado Banking Savings & Loan社が規制官によって閉鎖させられたが、副大統領で次期大統領候補の息子であるニール・ブッシュ (Neil Bush)がこの会社の社長をしていた。この閉鎖と捜査は選挙後まで延ばされたものだった。

 有名なナチ協力者フレッド・マレク(Fred Malek)がブッシュの大統領選挙戦で役を果した。マレクは1992年の再選選挙でも再びブッシュに仕えることになる。数多くのブッシュ選挙活動スタッフが、元ナチの戦争犯罪人であることが判明した後で辞任を余儀なくされる。その中にはラズロ・パスツォールとヤロスラフ・ステツコ (Yaroslav Stetsko)がいた。

 ウィリアム・ドレイパー(William Draper)がブッシュ の選挙資金集めの責任者だったが、彼の祖父は優生学を促進させるPioneer Fundの創始者だった。

1989: ジョージ・ブッシュは大統領の宣誓を行う。彼の資産はウイリアム・ファリッシュ(William Farish)の管理に盲目的に一任されるが、彼はヒトラーにガスを供給したウイリアム・ファリッシュ 【参照1933年、1942年】の孫であった。

1990: 湾岸戦争の後で、バーレーンはHarken Oilに沿岸の石油採掘権を与えたが、この会社は大統領の息子であるジョージ・W.ブッシュと深いつながりがあった。ジョージ・W. は自分のHarken Oilの持分を売り、その1週間後そこの株価は暴落した。

1992: ジョージ・ブッシュ はイラン・コントラ事件での主要な人物達を赦免する。

1996: ジョージ・ブッシュは麻薬密売人の文鮮明 (Sun Myung Moon)をブエノスアイレスで祝福。文の組織は元ナチに溢れており、同様に元ナチに満ちていた世界勝共連合と密接につながっていた。

2000: ジョージ・W.ブッシュ が最高裁の5対4の採決で大統領に。

2001: 愛国法(Patriotic Act)が通過し、ジョージ・W.ブッシュ の要請で我々に憲法に保障された自由が制限される。 *******

 よくぞここまでしつこくブッシュ家を追いかけたものだと感心するが、しかしこの年表で大きく欠落している点は、最初に述べたナチスとシオニストやユダヤ系資本家との関係だけではなく、レーガン政権(実質的にブッシュ父政権)の時から築き上げられていった後に「ネオコン」と呼ばれるようになる集団とその人脈の存在である。彼らはまさに戦争利権屋集団でありカネと力と偽情報で世界を支配しようとする、ナチス・ドイツ(一部にイタリア・ファシズム)直系の権力集団に他ならない。特に驚くべきことでもあるまい。前回も申し上げたとおり、ナチス・ドイツは米国とイスラエルに引き継がれたのだ。

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 次回は再びこの『年表』を元にして、その行間に見え隠れする「ブラックホール」を追及してその空隙を埋めていく作業を行ってみたいと思っている。


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++
やれやれ、この懸念通りになってしまった・・・


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# by oninomae | 2014-03-11 20:06 | 魔術=詐欺とイルミナティ  

イスラエル:暗黒の源流  ジャボチンスキーとユダヤ・ファシズム 7a

http://bcndoujimaru.web.fc2.com/archive/Vladimir_Jabotinsky3.html#7bu より

第7部 ナチス・ドイツを育てた米国人たち   (2007年6月)
     

 前回までに私は、イスラエル国家建設に対して、スターリンのソヴィエト連邦、米国やカナダなどにいるシオニスト勢力と英国国家、そしてヒトラーのナチス・ドイツを取り上げた。特にナチス・ドイツの役割は決定的と言って過言ではない。前回申し上げたように、イスラエル国家はナチス・ドイツを「砂型」として鋳造されたのである。そこで問題となるのはこのナチス・ドイツそのものであろう。したがって今回と次回の2回にわたって、ドイツと他の欧州各国および米国に目を移してみたい。そこからイスラエル建国の真相に迫って見たいと思う。

 第1次世界大戦でボロボロにされたドイツの中にどうしてあのような怪物が誕生し成長したのか。教科書的な理解でなら、ドイツ国民に鬱積するヴェルサイユ条約のドイツに対する扱いへの不満がヒトラーの過激な人種主義と軍国主義の主張に吸収されたから、ということになるだろう。私はどうもこのような観念的な議論が苦手だ。このような歴史観は、どうやら歴史というものを人間の意志と哲学だけが作り上げたかのように、人々に印象付けたがっているような気がしてならない。そこにポッカリと空白が、いや底なしのブラックホールが開いているのである。

 どれほどヒトラーがゲルマン種族の優越の観念に凝り固まっていようが、どれほど彼の意思が強かろうが、どれほどドイツ国民の不満が大きかろうが、現実にカネとモノが動かなければ国家など1分たりとも運営できない。

 今回は、少々長くなるのだが、英文で書かれたある文章の翻訳をご覧いただきたい。これはサミュエル、プレスコット、ジョージ・W.H.そしてジョージ・W.と続くブッシュ・ファミリーがいかにナチス・ドイツを作り育て、それを通して米国内での地位を作り上げていったのかを中心にまとめあげた『年表』である。

 原文:Timeline of Treason: The Bush Family Connections to the Nazis
 原文Url:http://www.spiritone.com/~gdy52150/timeline.html

 この『年表』に書かれてあるブッシュ家とナチスとの関係は、2003年になって暴露された米国国立公文書館と議会図書館の資料によっても明らかに確認できる事実である。さらにこの『年表』には、ロックフェラー、ハリマン家、ダレス兄弟など米国支配層のドイツ利権を巡る大活躍が実にわかりやすくまとめられており、20世紀の米国と欧州の関係を知るためには非常に便利な資料となるであろう。

 ただいくつか注意しておかなければならない点がある。この年表ではユダヤ資本およびシオニストとナチス・ドイツとの関係が完全に抜け落ちているのだ。1933年8月に作られたハアヴァラ協定 に伴ってナチス・ドイツが行ったイスラエル建国支援の財源がどこから来たものなのか明白なのだが、この「年表」ではそれが全く問題にされていない。また、ブラウン・ブラザーズやシュレーダー(Schröder、Schroeder:英米ではシュローダーSchroder)といったロンドン・シティの重要メンバーがドイツ利権あさりとナチス・ドイツへの投資に中心的な役割を果しているのに、それとイスラエル建国のスポンサーであったロスチャイルド家の関わりが全然なかったとはまことに考えにくいのだが、この点も無視されている。

 もちろんこういった『年表』をまとめあげる際に「反ユダヤ主義」「陰謀論」といったレッテルを貼られることを避けた事情は理解できないでもないが、少々偏った編集と言わざるを得ない。

 しかし逆に言うと、2001年以来、イスラエルに忠誠を誓うネオコン、つまりジャボチンスキーの後輩達に担がれて「対テロ戦争」の立役者になっているG.W.ブッシュを考えるなら、逆にこの点だけが真っ白に開いているほうが「あぶり出し」が明白であり解りやすいかもしれない。 この『年表』は、作成者の狙いはさておいても、「何年に何があったのか」という事実関係を冷徹に調べていくための参考資料として極めて有益であろうと思われる。そのうえでこの『年表』にある空白(と言うよりはブラックホール)を探り当てていく作業が重要になるだろう。

 人物名は( )の中に原文にあった綴りを添えた。人名の強調は私からである。企業名は原則として英語の原文のまま記載した。また【 】内は私からの注釈である。

*****

裏切りの年表:ブッシュ家とナチスのコネクション

1833: イェール大学にスカル・アンド・ボーンズ結社が作られる

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1897: Union Pacific Railroad(UPR)倒産

1898: Union Pacific Railroadエドワード・ヘンリー・ハリマン(Edward Henry Harriman)とその同僚の判事ロバート・スコット・ロヴェット(Robert Scott Lovett)に売られる。この取引はクーン・ローブ(Kuhn Loeb)の仲介業に取り仕切られたが、フェリックス・ワーバーグ (Felix Warburg)がそのパートナーだった。

1902: ポール(Paul)とフェリックス・ワーバーグ が合衆国に移住。

1904: ドイツ人アルフレッド・プレーツ(Alfred Ploetz)が、人種および社会生物学資料に出資。これはドイツ優生学つまり人種優越主義運動の主要な雑誌となる。エルンスト・ヘッケル (Ernst Haeckel)がドイツでの優生学を一般化する。

 ジョン・D・ロックフェラー (John D. Rockefeller)が"Occasional Letter No.1"を書き著し、「人間の本性を完成させるために」、人々を型にはめて国民の知性を最低の共通分母にまで低め、親の影響と伝統と習慣を破壊して、科学と実学を限定する計画の詳細を述べる。

 ロング・アイランドのコールド・スプリングズ・ハーバーに優生学研究所がチャールズ・B.ダヴェンポート(Charles B. Davenport)によって作られる。コールド・スプリングズ・ハーバーは同時にダレス兄弟所有の土地でもあった。ハリマン家とロックフェラー家 によってコールド・スプリングズ施設に1千百万ドルを超える資金が投入される。

1907: サミュエル・ブッシュ(Samuel Bush)がオハイオ州コロンバスにあるBuckeye Steel Castings会社の社長に選出される。その経歴を通して、サミュエル・ブッシュはウォール・ストリートの鉄道株に餌を撒き続けた。ブッシュはフーバー大統領の親密な補佐官となり、全国工業会(NAM)の初代会長となった。NAMはファシズムを支えた歴史を持ち、1950年代後期に、NAMのメンバーたちはロバート・ウエルチ (Robert Welch)に率いられてジョン・バーチ協会を形成した。

 インディアナ州が最初の優生学法を通過させる。

1909: ロックフェラー基金が創設された。ロックフェラー家 は優生学の運動を推進させたが、その中にはドイツのカイザー・ウイリアム研究所も含まれる。

1911: ジョン・フォスター・ダレス (John Foster Dulles)が法律事務所Sullivan and Cromwellに加わる。

1913: 連邦準備銀行(Federal Reserve Bank)の創設。ポール・ワーバーグが第1次世界大戦の間、総裁を務める。同時に、彼の兄弟マックス (Max)はドイツのシークレット・サービスの責任者であった。

1914: 戦争が間近に迫り、パーシー(Percy)・ロックフェラーは兵器会社Remington Armsを支配下に置き、CEOとしてサミュエル・F.プライアー (Samuel F. Pryor)を指名した。

1915: ダレス兄弟の伯父、ロバート・ランシング(Robert Lansing)が国務長官に指名された。ランシングは彼の甥を企業の仕事という名目でニカラグア、コスタリカ、パナマに派遣したが、実際には米国の戦争政策補助のためにラテン・アメリカを探る目的であった。コスタリカは激しい独裁者フェデリコ・ティノコ(Federico Tinoco)が支配していた。ダレスはワシントンにこの独裁者を支援するように忠告した。彼が反ドイツだったからである。ダレスはまたニカラグアの独裁者エミリアーノ・チャモロ(Emiliano Chamorro:大統領1917-20, 1926)をそそのかしてドイツとの外交関係停止を宣言させた。パナマでダレス は、パナマがドイツに宣戦布告を行う限りにおいて年間の運河通行料金に対する課税を放棄することができると提案した。

1917: プレスコット・ブッシュ(Prescott Bush)がスカル・アンド・ボーンズに加わる。彼の息子と孫であるジョージとジョージ・Wも同様にこのメンバーである。1930年代のBrown Brothers & Harriman【参照
1931年】には極めて数多くの会員がいた。

1918: ロバート・スコット・ロヴェットがユニオン・パシフィック鉄道の会長に。サミュエル・ブッシュは米国戦争産業委員会の施設部門に指名されるが、この委員会の議長はバーナード・バルック(Bernard Baruch)でありクラーレンス・ディロン (Clarence Dillon)がそれを補佐した。

1919: ジョージ・ハーバート・ウォーカー(George Herbert Walker)はW.A.ハリマン株式会社(W.A. Harriman & Co)を設立。ウォーカーがその会長でありCEOである。エドワード・ハリマンの息子アヴェレル(Averell)・ハリマンが議長。アヴェレルは後に駐ソ連米国大使(1943-1946)、そして米国商務長官(1946-1948)を務めることになる。 ダレス兄弟 は戦後の条約交渉に加わる。

1920: アヴェレル・ハリマンとジョージ・ウォーカーはGerman Hamburg-Amerika Lineの支配権を手に入れる。その交渉はGerman Hamburg-Amerikaの最高幹部であるウイリアム・クーノ(William Cuno)、およびその郵船会社の銀行 M.M. Warburgのマックス・ワーバーグによって設定された。社名はAmerican Ship & Commerce Corpと変更された。Remington Armsのサミュエル・F.プライアーがこの取引に加わっており、新たな会社の役員となった。クーノ は後にナチ党の創設で重要な貢献者となった。

1922: アヴェレル・ハリマンはW.A. Harrimanのベルリン支社を開いた。1942年の日付のあるAlien Property Custodianのオフィスでの幹部会に対する米国政府覚書は、1924年に先立つある時期にハリマンが欧州におりティッセン(Thyssen)と会合したことを示唆する。彼らはニューヨークにティッセンのための銀行を設立することに合意した。加えてこの覚書は、ティッセンの代理人、H. J. コウエンホウヴェン (Kouwenhoven)について述べている。彼はこの件に関連して1924年以前にユーヨークを訪れた。

 優生学的断種モデル法(The Model Eugenic Sterilization Law)がハリー・ラーフリン (Harry Laughlin)によって作られた。この法は2万人以上の米国の断種につながり、ナチスに採用されたニュルンベルグ法の基本となった。

1923: フリッツ・ティッセン (Fritz Thyssen)がナチ党に支援を始める。

1924: W.A. Harriman & Coは、オランダにあるティッセン所有の銀行Bank voor Handel en Scheepvart【船舶貿易銀行?】と共同経営するユニオン・バンキング会社(Union Banking Corp)の設立に40万ドルを投資。プレスコット・ブッシュはUnion Bankを運営するためにこの会社に入る。プレスコットはジョージ・ウォーカーの義理の息子でありサミュエル・ブッシュの息子である。Union Bankは今やティッセン のUnited Steelの資金を動かす立場に立った。

 ドーズ計画と共に、これはこの項目詳しく述べることにするが、ジョン・フォスター・ダレスはクルップ(Krupp)のために巨額のローンを組んだ。このローンのためにダレスは、ある土曜日にこのニュースの報道を弱めるために、国務次官であるレランド・ハリソン(Leland Harrison)を呼んだ。ハリソンは激怒した。米国の資金が外国に向かう前に海外向けのローンを国務省が審査すると回覧していたからであった。しかしダレスは、ハリソンがローンを止める権限を持っていないことを知っていた。ダレスは、ドイツの会社が軍用の機器を製造しているかどうかと調べる国務省の詮索を避けたかったのである。ダレスのSullivan and Cromwellが、あらゆる軍事用の機器を破壊したとのクルップ の言明を保証することを受け入れたのである。

 Standard Oil とGeneral Motorsの共同によってEthyl Corporationが作られた。

1925: この年までにI.G.Farbenが共和党政権の中に強力な同盟を作り出した。当時商務長官だったハーバート・フーバー(Herbert Hoover)は彼の化学工業諮問委員会に9名のメンバーを指名した。委員会の椅子に座った者には、ウォルター・ティーグル(Walter Teagle:Standard Oil of New Jersey)、ラモー・デュ・ポン(Lammot du Pont)、フランク・ブレアー(Frank Blair:Sterlingの会長)そしてヘンリー・ハワード (Henry Howard:Grasselli副会長)がいた。この4名が持っていたI.G.との強いつながりにも関わらず、その委員会の役割は米国の化学工業がI.G.に打ち勝たつのを支援することだった。

1926: プレスコット・ブッシュはW. A. Harriman & Coの副会長に抜擢される。投資銀行Dillon Readのクラーレンス・ディロンは、ティッセンおよびその仲間フレドリック・フリック(Fredrick Flick)と共にGerman Steel Trustを設立した。その趣旨によるとDillon Readは、2名のDillon Readの代表をGerman Steel Trustの役員に据えることと引き換えにトラストの関連銀行に投資することになっていた。アルバート・ヴェーグラー(Albert Voegler)がドイツ鉄鋼トラストの代表役員であった。このヴェーグラーはヒトラーを権力の座に着かせた企業家の一人であった。彼はまた、ティッセン所有のオランダの銀行とthe Hamburg-Amerika Lineの指揮にもあたっていた。Union Bankはフリックの企業Silesian Holding Coとは協力関係にはなかった。ウォーカー・ブッシュとハリマンはフリック の持ち株会社の3分の1を所有し、彼らの持分をConsolidated Silesian Steel Corpと呼んだ。

 米国I.G.が、米国でのI.G. Farbenの資産を支配する持ち株会社として作られた。重役メンバーにはエドセル・フォード(Edsel Ford)、チャールズ・ミッチェル(Charles Mitchell:ロックフェラーのニューヨークNational City Bank会長)、ウォルト・ティーグル(Standard Oil会長)、ポール・ワーバーグ(Federal Reserve会長であり、ナチ戦争準備への出資者で米国I.G.社長であるマックス・ワーバーグの兄弟)、ハーマン・メッツ(Herman Metz:マンハッタン銀行頭取でワーバーグ兄弟 に支配されている)などがいた。米国I.G.運営委員会の他の3名は裁判にかけられドイツ戦争の犯罪人として有罪となった。

 アレン・ダレス(Allen Dulles)がSullivan and Cromwellに入社。

1927: ジョン・フォスター・ダレス がGAF Company(米国I.G.)社長に(~1934)

1929: Standard OilとI.G. Farben がカルテルの交渉を開始

 ハリマンの銀行はStandard Oilと他の会社を結び付ける石油パイプライン供給元のDresser Industriesを買収。プレスコット・ブッシュがその社長であり資金供給の帝王となり、彼のイェールの同級生であるニール・マロン (Neil Mallon)を議長にする。

1930: ダレスはチェコの富豪ペチェック(Petschek)家に対して、そのSilesian Coalの利権をジョージ・マーネイン(George Mernane)に売却するように取り計らう。マーネインは単にペチェック家の利権を【この部分意味不明】ためだけに利用された。ダレスはそれからその株を、ナチの経済相である友人のシャハト(Schacht)に売った。売却後、ダレスはConsolidated Silesian Steel Companyの社長となった。その唯一の資産はUpper Silesian Coal and Steel Companyの利益の3分の1であった。その株の残りはフレデリック・フリック が支配した。

1931: W.A Harrimanは英国の銀行Brown Brothersと合併。サッチャー・ブラウン(Thatcher Brown)、プレスコット・ブッシュ、そして二人のハリマン兄弟は新しい会社Brown Brothers and Harrimanの重役となった。ロバート・スコット・ロヴェットの息子であるロバート・ロヴェット(Robert Lovett)とその親友であるプレスコット・ブッシュが新会社でパートナーとなった。ロヴェットは後に戦時空軍補佐官、1947-1949に国務省付補佐官、1950-1951に国防次官、そして1951-1953には国防長官となった。

プレスコット・ブッシュはニューヨーク・オフィスを経営し、一方でこの新会社のロンドン・オフィスはサッチャー・ブラウンによって運営された。プレスコット・ブッシュの親友でありイングランド銀行総裁であるモンタギュー・コレット・ノーマン(Montagu Collet Norman)はニューヨークを訪問する際にブッシュ家 の世話になっていたのだが、彼はBrown Brothersの共同経営者の一人でもあった。彼は同時に有名なナチのシンパであった。彼の祖父は南北戦争の際にBrown Brothersのボスだったのだが、Brown Brothersが南部の綿花の75%を英国に輸送した直接の責任者だった。

 プレスコット・ブッシュとジョージ・ウォーカー は、第3回優生学国際大会の主催者を務めた。このイベントの目的は1千4百万人の米国人の断種を呼びかけることだった。

 国際決済銀行が設立された。



関連

第三回国際優生学会議(1932) by ジョン・コールマン
http://satehate.exblog.jp/8785181/

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# by oninomae | 2014-03-11 20:01 | 魔術=詐欺とイルミナティ  

ウクライナ東部のドネツクで米国の傭兵と見られる一団が目撃されたが・・櫻井J +

ウクライナ東部のドネツクで米国の傭兵と見られる一団が目撃されたが、治安体制を破壊した必然 櫻井ジャーナル 2014.03.10
http://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201403100001/

 ウクライナ東部の工業都市、ドネツクで傭兵会社の隊員と見られる一団が目撃されている。すでにアカデミ(旧社名はブラックウォーター)系の傭兵がウクライナへ数百人の単位で入り、ドネツクを与えられた富豪(オリガルヒ)のセルゲイ・タルタは傭兵を従えてドネツクへ入ったと言われているので、不思議ではない。

 傭兵と見られる一団について、「西側」ではロシアの自作自演説も流されているが、具体的な証拠は示されていない。治安システムが崩壊状態のウクライナで反暫定政権の住民が多い地域に入るなら、傭兵を雇うのは自然なことだ。

 東部や南部の都市を暫定政権が押さえることは容易でない。現在、暫定政権で治安や軍を統括しているネオ・ナチはクーデターの際、警官隊(ベルクト)の隊員に石や火炎瓶を投げただけでなく、狙撃、拉致、拷問、そして殺害している。目を潰された状態で発見された隊員の死体もあり、多くの隊員がロシアに保護を求めている。暫定政権の内相はベルクトを解散させているが、その前に崩壊していたと言える。

 ウクライナの暫定政権は「EU幻想」に浸っている人びとに支えられているようだが、首都のキエフを制圧したにすぎず、元々ロシア領だった東部や南部では正当性を認めない人が少なくない。しかも、「西側」の「国境なき巨大資本」を後ろ盾にしたオリガルヒが資産の略奪を始め、治安や軍をネオ・ナチが支配している。これでは暫定政権から民心が離れても不思議ではない。

 何度も書いているように、キエフが火と血の海になった最大の原因はバルト諸国で軍事訓練を受けたネオ・ナチのメンバーにある。シリアやチェチェンから実戦経験のある人たちも入っていると言われていたが、ここにきてドイツ、ポーランド、トルコ、アメリカなどからクーデターに参加するため、ウクライナに来た人もいるという話が流れている。

 ウクライナ軍は昨年11月2日から9日にかけて実施されたNATOの軍事演習、「不動のジャズ」に参加しているわけで、暫定政権側についている可能性が高い。すでに東部や南部へ部隊が移動、暫定政権に反対する人びとやロシアを牽制しはじめているようだ。前にも書いたように、リビフの第80空挺連隊ジトミルの第95空挺旅団が出動する様子もインターネット上に流れている。

 アカデミは1997年にエリック・プリンスとアル・クラークがブラックウォーターとして創設した傭兵会社。創業者はふたりともアメリカ海軍の特殊部隊SEALの元隊員で、雇われている傭兵の多くも特殊部隊出身者である。最近はCIAからも入っているという。

 この会社が一般的に知られるようになったのは、おそらく2004年のことだろう。イラクのファルージャでブラックウォーターの隊員4名が殺されたのである。近くにいたアメリカ軍は救援に行かなかった。つまり、見捨てられた。

 当時、この出来事を日本のマスコミは「民間人」が殺されたと報道していたが、適切な表現だとは言えない。彼らは特殊部隊員の中でも選ばれた人たちなのである。この事件もあり、ファルージャは破壊され、住民は虐殺された。劣化ウラン弾の影響と見られる被害も報告されている

 事件の当時、ファルージャの住民はブラックウォーターがCIAの仕事をしていると主張していた。実は、2004年にCIAはブラックウォーターを雇っていたと後に報道されているので、住民の話は正しかったと言えるだろう。暗殺要員として雇われた可能性もあると考えられている。

 暗殺の契約をしていなかったとしても、イラクでは傭兵が住民を殺すケースが後を絶たず、決して平和的な集団ではない。その傭兵がネオ・ナチやイスラム教スンニ派の武装集団と結びつく状況は良くない。こうしたグループが住民と衝突するような事態になれば、流血は避けられないだろうが、そのときにロシア軍が黙っているとは言えない。

 ウクライナでの軍事的な緊張を受け、アメリカ軍はポーランドへ約300名の兵員や12機のF-16戦闘機を送り込み、黒海にはミサイル駆逐艦のトラクスタンを派遣したのだが、それに対してロシアは超音速の対艦巡航ミサイルP-800(オーニクス、またはヤーホント)をクリミアのセバストボリへ運び込んだという情報も流れている。

 軍事的な緊張は危険なほど高まっているが、それでもリチャード・チェイニー元副大統領などは、バラク・オバマ政権がロシア攻撃を考えていないことに不満を抱いている、つまり核戦争を望んでいるようだ。ネオコン(アメリカの親イスラエル派)など好戦派は狂っている。



おまけ

「プロポリス、がんに効く」 藤田名誉教授を書類送検 朝日新聞デジタル 3月10日(月)14時4分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140310-00000011-asahi-soci

 薬効をうたって健康食品「プロポリス」の販売を手助けしたとして、神奈川県警は10日、東京医科歯科大学の藤田紘一郎・名誉教授(74)=東京都杉並区=を薬事法違反(無許可医薬品販売)の幇助(ほうじょ)の疑いで書類送検し、発表した。

 県警によると、藤田名誉教授は2009年6月~13年10月、「副作用なくがん細胞が自滅」などとプロポリスの効能を書いた原稿を作り、健康食品販売会社のシャブロンに送付。同社が薬事法に違反してプロポリスを販売するのを手助けした疑いがある。09年から4年間で1千万円以上の顧問料を受け取っていたという。

 調べに藤田名誉教授は「効能は自分では裏付けていないが、他人の研究を読んで原稿を書いた」と話しているという。この事件ではシャブロン社長の荻野珠理容疑者(48)が同法違反容疑で逮捕されている。

 藤田名誉教授は、寄生虫学、感染免疫学の専門。カイチュウ先生として知られ、「笑うカイチュウ」「清潔はビョーキだ」などの著書がある。

++
医療マフィアが、例によって「神奈川県警」を使って攻撃中

逮捕すべきは、グラクソ・スミスクラインやメルク関係者じゃないのカネ?



医療の世界支配 2011年10月16日
http://blog.goo.ne.jp/akyoon/e/f28f7434b3e78e6fae6c37cdbdf78cb7

1969年にひとりの医学博士が 一九六九年アメリカ癌協会で演説し、次のように報告している。

「実のところ処置を何もしない[癌]患者の平均余命の方が、(ロックフェラーの承認する化学療法、外科及び放射線治療の)処置を受けた者より長かった」 と。


新世界権力体制下の医学的集団虐殺 by グラディ・A・デール 1 医療の政治的支配
http://satehate.exblog.jp/11459890/

医療マフィアによる大量虐殺
http://www.asyura2.com/sora/bd15/msg/649.html

・・・ロックフェラー製薬産業で製造されたロックフェラー薬剤やワクチンは、どんな病気に対しても「是とする」選択治療法であって、仮に医者がロックフェラー薬剤やワクチンを第一の選択として用いなかった場合は、その医師は免許証の範囲を外れた行為をしていることであり、ロックフェラーの医療標準を外れ、従ってロックフェラー医療の医師免許を失う危険を冒すことになる。買収された政府官僚や裁判官はこれらの原則を強制し、帰するところは政府が強制する医学的集団虐殺、ということになる。

ロックフェラーは、薬剤に関するすべての競争を排除することによって、医学的独占権を確立し、その支配力を強化して来た。ロックフェラーはこれを、その代理人、官僚、政治家、マスコミ、そしてアメリカ合衆国のすべての市町村にいる一般の公認の医者達を通じて、やって来た。

彼らは、すべての全体的治療を行なう医師や、カイロプラクター(脊柱指圧師)、それからキレーション(chelation )や紫外線、過酸化水素、オゾン、酸素療法などの自然治療に反対して、虚偽の報告や記事を偽造している。・・・



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# by oninomae | 2014-03-11 05:40 | 戦争詐欺・紛争  

イスラエル:暗黒の源流  ジャボチンスキーとユダヤ・ファシズム 6c

http://bcndoujimaru.web.fc2.com/archive/Vladimir_Jabotinsky2.html#5bu より その4

[ドイツこそイスラエルの母胎!]

 テオドル・ヘルツルは、シオニズムが『ユダヤ人問題の最終解決(final solution)』を世界に与える喜ばしいものである、と書き残している。そして米国ユダヤ人会議を率いるラビ・ジョアヒム・プリンツ(Joachim Prinz, 1902-88)は1934年の著書「我々ユダヤ人(Wir Juden)」の中で、ドイツでの国家社会主義革命は『ユダヤ人のためのユダヤ(Jewry)』を意味していると書き、次のように説明した。『今やどのような逃げ口上も我々を救うことはできない。同化の代りに我々は新たなコンセプトを熱望する。ユダヤ国家(nation)とユダヤ種族(race)の認識である。』『ユダヤ人の同化を助けてきた唯一の政治的形態(リベラリズム)は叩き落されたのだ。』

 シオニストにとっての最大の敵はさまざまな国で同化して生きるユダヤ人たちであった。 ここでプリンツの言う『ユダヤ(Jewry)』は非ユダヤ人にとっては極めて理解の困難な概念で、ユダヤ人内部にある特殊な権力構造であり、国家でも民族でもないが明らかに存在するものである。これについてはイズラエル・シャミールの文章「米国:あるユダヤ国家」IV章 をご参照いただきたい。(引用注:ここに抜粋大多数のユダヤ人たちにそっぽをむかれるシオニストにとって、ナチス・ドイツの誕生がこの最大の敵を撲滅し国家社会主義ユダヤを実現させる絶好のチャンス・・・このようなシオニストの本音が手に取るように解るプリンツの言葉であろう。

 レニ・ブレンナーは興味深い事柄を我々に教えてくれている。ジャボチンスキー系統のシオニストは裕福なユダヤ人だけを移民のために選び、一方で社会主義シオニスト主流派は若く健康なユダヤ人を好んだ。アイヒマンがこれらの選別と移送の実行を助け、見返りにナチスは大量の献金を受け取った。要するにナチとシオニストがやったことはユダヤ国家設立に必要な人材を選別して送り込むことであった

 ここに、イスラエル初代大統領となるハイム・ワイツマンの驚くべき言葉がある。これは1937年にロンドンで語ったものだ。

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 『欧州600万人のユダヤ人の希望は移住に集中されています。私は、「あなたは600万人のユダヤ人をパレスチナに送りたいのですか?」と質問されました。私は答えました。「いいえ」。・・・。私はその悲劇の奥底から[パレスチナに向かうべき]若い人々を救い出したいと思います・・・。年寄りたちは消え去るでしょう。彼らはそれがどのようなものであれ自分自身の運命を背負わねばなりません。彼らは塵です。残酷な世界の中では経済的にも精神的にも塵です。・・・。若い枝だけが生き延びると決まっているのです。彼らはそれを受け入れなければなりません。』

 『600万人』という摩訶不思議な数字が登場するのだがここでは詳しく触れない。いずれにせよ『悲劇』を通してユダヤ人国家が作られるという神話的解釈がワイツマンの言葉に貫かれている。彼の言う『塵』とは旧約聖書の記述に基づくものだがその「塵の処理」をヒトラーがやってくれることが期待されていたのである。

 しかしどうやら第2次世界大戦が始まるとドイツの中にはパレスチナ以外の場所にユダヤ人を移すことで民族浄化を果そうとする動きが出ていたらしい。これはゲシュタポとパレスチナのイスラム教指導者との合意に基づくものと言われる。1941年と42年にゲシュタポはヨーロッパのユダヤ人に、ドイツと占領フランスにあるすべての資産を放棄するならば1家族につき千ドルの代償金の支給を受けた上でスペインへの移動を許すという提案をした。ただし、スペインからパレスチナに向かわずに米国または英国領に行くことが条件である。

 当然のことながらスイスにあるシオニスト組織は次のような回答をした。『(a)ただパレスチナだけが被追放者の行き先として考えられる。(b)ヨーロッパのユダヤ人たちは他の国に行くくらいなら苦しみと死を受け入れなければならない。・・・。それはこの戦争が終わるときに勝利国が「ユダヤ人の国」に同意するようにである』。語るに落ちた。いわゆる「ホロコースト」が何であるのか、もう明らかだろう。

 パレスチナに向かわないユダヤ人および選別に漏れたユダヤ人に対する人間業とは思えない彼らの冷酷な仕打ちは徹底していた。テル・アヴィヴにあったユダヤ機関救出委員会の委員長イツァーク・グリーンバウムYitzhak Greenbaum, 1879-1970)は「パレスチナにいる1頭の牛はヨーロッパ中のユダヤ人よりも値打ちがある」とすら発言したのである

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 これに関して書き出せば限りが無い。あともう少しだけご紹介しよう。ドイツからユダヤ人難民を乗せて米国の港に向かった船のうちの5隻が米国シオニストの圧力によって入港を禁止されて欧州に追い返された。1940年の2月にユダヤ要求連合(the United Jewish Appeal)の副会長であるヘンリー・モントー(Henry Montor, 1905-82)は、ドナウ川で立ち往生していた船に乗っているユダヤ難民を救おうともせずこう言った。『パレスチナは・・・年寄りどもや望まれない者たちで満たされてはならない。』

 1935年から1943年までの間に250万人のユダヤ人がナチスの魔手から逃れたと言われているが、その大多数である75%がソ連に向かい、9%未満がパレスチナに向かっただけであった。しかしその9%はイスラエル建国のために選び抜かれた精鋭部隊だったのだ。次の事実がそれをよく物語っているだろう。

 ハンガリーのシオニスト機構副委員長であったルドルフ・カストナー[Rudolf Kastner, 1906-57]は1944年にアイヒマンと共謀してパレスチナに送り込むために1684名の(「600名」という説もある)『役に立つ』ユダヤ人を選別したのである。残りの46万人にのぼる(80万人と言う人もいる)「役に立たない」ハンガリーのユダヤ人たちにはナチスによるアウシュビッツへの連行が待ち構えていた・・・というのは当のシオニストが後になって主張していることだが、しかし真相は闇の中に放り出された。

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1957年3月、この件に関するイスラエルでの裁判の最中にカストナーが暗殺されたのである。

 このカストナーがニュルンベルク裁判の際に、この『選別』に協力したSSのクルト・ベッヒャー(Kurt Becher, 1909-95)中佐を戦争犯罪から救うために尽力したことは有名である。彼はまたポーランドでのSS高官の一人でありそこで数知れない多数のユダヤ人を殺したと言われている。その後ベッヒャーはケルン・ハンデル・ゲセルシャフト(the Cologne-Handel Gesellschaft)社を始めとするイスラエル政府との多額の取引を行ういくつかの企業の代表者となった。

 面白い後日談がある。カストナーのアイヒマンとの取引が表ざたになった際に、新聞ハアレツの中でモシェ・ケレン(Moshe Keren)が『カストナーはナチスとの協力の罪で裁判にかけられなければならない』と書いた。1955年7月14日のことである。すると夕刊紙イェディオット・アハロノット(Yediot Aharonot)紙は同年7月22日の紙面で、それが不可能なことを次のように説明したのである。『もしカストナーが裁判にかけられるなら、その裁判が明らかにすることによって、政府全体が国民の目の前で崩壊するかもしれない。』

 どうやらこの取引はシオニストとナチスの関係を全面開示する要素を含んでいたようである。彼が殺されるのは無理もない。もちろんだが、この件の交渉相手であると同時に当時のシオニストとナチとの関係に誰よりも通じており、さらにアウシュビッツを最もよく知っていたアイヒマンも、ほとんど何の発言も許されないままカストナーに遅れること5年でこの世から消されることとなった。 ただしカストナーは死後にイスラエル最高裁によって「この件に関しては無罪」とされたのだが。

 しかしいずれにせよナチス・ドイツのユダヤ人国家創設に果した役割は明らかである。ユダヤ人国家創設のためには国家社会主義ドイツがどうしても必要だったのだ。ドイツはシオニストに国家社会主義の社会と民族浄化・アパルトヘイトのあり方の手本を示し、人間を選別し訓練して送り込み、経済基盤を作りインフラを整えた。そして最後に、シオニスト最大の敵である同化ユダヤ人の駆逐と「役立たず」の処分を兼ねてだろうが、国家の誕生を保障する神話的な生贄の儀式である「ホロコースト」の舞台を作った。ユダヤ人国家創設のためにはそれがどうしても必要だったのだ。

 結論を言おう。 

 ナチス・ドイツこそ、イスラエル、つまり国家社会主義ユダヤの誕生を準備した母胎である。「シオニストとナチスがたまたま共通の利害を抱えていたためである」とか「あの状況でイスラエル建国を果すためにはナチスと交渉しそれを巧みに利用するしか無かった」などというもっともらしい言い訳は、このシオニスト国家とナチス・ドイツが、ちょうど雌型と雄型がそっくり同じであるような関係である事実によって打ち破られるであろう。まして一部の「反シオニスト」ユダヤ人が盛んに繰り返す道徳的非難など何の意味も無いばかりか事の本質を覆い隠す犯罪的な行為なのだ。

 いや、雌型と雄型というよりも砂型と鋳物の関係といった方がより正確かもしれない。鋳物の鋳鉄が固まった後にそれを包んでいた砂型が取り崩されるようにしてナチス・ドイツは取り崩された。しかしその主要な人材は大半がバチカンと米国諜報部の手によってアメリカ大陸に渡り、欧州に残った者達と共に米国の世界戦略にとって重要な働きを続けて今日に至っている。


 そしてドイツには、下級兵士と一般の民衆に対する「報復」としての大量虐殺と、苦痛と悲惨さと屈辱だけが残された。彼らこそ、非シオニストのユダヤ人、ロマ人(ジプシー)、ロシア人などと、そして何よりもパレスチナ・アラブ人と並ぶ、国家社会主義による最大の被害者なのだ

 ナチスは滅んだのではない。それは米国イスラエルに引き継がれた。 現在、ナチを育てた大資本(ブッシュ家を含む)によって運営される米国や英国がナチ(国家社会主義)の本性をむき出しにしつつあるのは当然である。事実によって次の事実が作られるのである。何一つ陰謀も不思議も皮肉も存在しないのだ。

  国家社会主義による世界革命は現在も進行中である。


【以上、参照資料】
http://www.barossa-region.org/Australia/October-2000-Januray-2005-Coming-to-you-soon-in-the-USA.html
http://www.ihr.org/jhr/v13/v13n4p29_Weber.html
http://abbc.net/islam/english/books/garaudy/zionmythgar2.htm
http://www.marxists.de/middleast/schoenman/ch06.htm
http://www.jewsagainstzionism.com/antisemitism/holocaust/gedalyaliebermann.cfm
http://www.jewsagainstzionism.com/news/Newsletters/pressrelease070904.htm
http://inri.client.jp/hexagon/floorA6F_hd/a6fhd300.html#01


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http://satehate.exblog.jp/7937774/

石油とホロコースト by Clifford Shack 2
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石油とホロコースト by Clifford Shack 3
http://satehate.exblog.jp/7939107/

石油とホロコースト by Clifford Shack 4
http://satehate.exblog.jp/7946332/

「9.11を予告しワシントン在住シオニストの王者ザヘイム[引用注:Dov Zakheim のこと]とは何者か?」/アラブの声 2005-03-16 21:58:49
http://blog.goo.ne.jp/harumi-s_2005/e/5ba5fd1c5c187ce8f24887282cdffae6

・・・父親...ラビのヤコブ・I・ザヘイムは1910年に生誕。父親はシオニストの暗殺者と爆破犯人の温床であるポーランドに生まれ育った。彼はイツァーク・シャミールと同じく、ポーランドの町ビアリストク出身である。一家はメナヘム・ベギンとモシェ・アレンズを友人と見なしていた。 ドヴの父親はベタールの積極的なメンバーだった。・・・

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おまけ

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麻生太郎外務大臣は、平成19(2007)年8月13日(月曜日)から8月16日(木曜日)まで
、ヨルダン、イスラエル及びパレスチナ自治区を訪問した。

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【311東日本大震災陰謀情報】2008(平成20)年に福島第1原発3号機の事故訓練をし、2008年に311被災地で津波訓練をし、2008年に福島原発に10メートル以上の津波が襲うことを試算し、2008年に東北で巨大地震が発生したりと、どう考えても2008年に人工地震(津波)・原発破壊計画が最終段階に入っていたと思う。 2013年06月20日
http://kinnikuking.blog81.fc2.com/blog-entry-1093.html

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隣にいるのは誰だろう? 阪神淡路大震災でも、ブループリントがあったしネ


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うるさい!アンネの日記をプレゼントすると言ってるだろうが!


これもな!
http://www.rui.jp/docs/link/zukai140228.jpg
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(「功績」が大きいんだネ)

2014/03/07 都知事選挙不正選挙訴訟
http://archive.mag2.com/0000154606/20140307090517000.html



「ナチスの手口に学べば」=麻生氏、改憲めぐり発言
http://satehate.exblog.jp/20570794/

世界支配に向かう、21世紀の、世界規模でのナチス(引用注:もちろん「ユダヤ」・全体主義)の動き 2013年08月05日
http://alternativereport1.seesaa.net/article/371144298.html

麻生副総理 CSISで 「水道を全て民営化します」と発言!
http://satehate.exblog.jp/19887311/

奴隷貿易商人の末裔=麻生太郎首相の系譜 by オルタ 他
http://satehate.exblog.jp/9879942/

福島原子力発電所・事故を、「推進」する、闇のネットワーク 2011年08月03日
http://alternativereport1.seesaa.net/article/218148384.html

黒人リンチ組織KKK=麻生太郎首相の人脈 2008年12月07日
http://alternativereport1.seesaa.net/article/110826973.html

関東地方住民の80%は3年後に死亡することになっている 2014年02月27日17:32
http://blog.livedoor.jp/sky7777777777/archives/52063252.html

悪魔主義銀行家の陰謀 by Henry Makow Ph.D.
http://satehate.exblog.jp/11701619

「魔術」はイルミナティの最も強力な武器である By Henry Makow Ph.D.
http://satehate.exblog.jp/17035395/

イルミナティ離脱者が広範な陰謀の詳細を語る by Henry Makow Ph.D.
http://beingtt.blog.fc2.com/blog-entry-5.html

ヨーロッパに基盤をおいて、それは「世界秩序」を計画している。 それはその初期の試みであるナチズムや共産主義をピクニックのように見えるようにするだろう。


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# by oninomae | 2014-03-09 20:28 | 魔術=詐欺とイルミナティ