「ほっ」と。キャンペーン

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Who's afraid of Finkelstein?  By Haaretz Editorial

"Who's Afraid of Finkelstein?" -- Haaretz editorial

Who's afraid of Finkelstein?
http://www.normanfinkelstein.com/article.php?pg=11&ar=1710

05.27.2008 | Haaretz
By Haaretz Editorial

On Friday morning, the State of Israel refused to allow Prof. Norman Finkelstein, an American Jewish political scientist, to enter the country. Finkelstein was arrested at the airport and questioned by the Shin Bet security service for several hours. A day later, it became known that he had been banned from entering Israel for 10 years, for security reasons. Finkelstein managed to meet with a lawyer, who told him his chances of changing the decision were slim. When the Shin Bet decides that someone constitutes a security risk, the courts do not intervene.

According to the law, both in Israel and in other countries, no one has an intrinsic right to enter a country of which he is not a citizen. Immigration authorities have the power to keep a tourist from entering the country for reasons known only to themselves, and do not even need to provide an explanation. In Finkelstein's case, the disturbing issue is neither the legality of keeping him out nor the authority to do so, but the reasonableness of the decision. Considering his unusual and extremely critical views, one cannot avoid the suspicion that refusing to allow him to enter Israel was a punishment rather than a precaution.

It is difficult to sympathize with Finkelstein's opinions and preferences, especially since he decided to support Hezbollah, meet with its fighters and visit the graves of some of its slain operatives. But that does not mean he should be banned from entering Israel, since meetings with Hezbollah operatives do not in themselves constitute a security risk. True, the right to enter Israel is not guaranteed to noncitizens, but the right of Israeli citizens to hear unusual views is one that should be fought for. It is not for the government to decide which views should be heard here and which ones should not.

The decision to ban Finkelstein hurts us more than it hurts him. Every once in a while, the state suffers an attack of excessive sensitivity regarding its visitors. In 2002, it was Romanian flautist Gheorghe Zamfir who was kept out of the country by the Interior Ministry. The interior minister at the time, Eli Yishai, explained that Zamfir had expressed anti-Semitic views and that his entry into Israel would "hurt Holocaust survivors." Avraham Poraz, who succeeded Yishai, overturned the decision.

When the person refused entry is Jewish, the absurdity is even greater. After all, Finkelstein could realize his right to immigrate to Israel as a Jew, in accordance with the Law of Return. Since he is Jewish and has no criminal past, it is doubtful whether he could be prevented from receiving Israeli citizenship.

The Shin Bet argues that Finkelstein constitutes a security risk. But it is more reasonable to assume that Finkelstein is persona non grata and that the Shin Bet, whose influence has increased to frightening proportions, latched onto his meetings with Hezbollah operatives in order to punish him.

And the decision is all the more surprising when one recalls the ease with which right-wing activists from the Meir Kahane camp - the kind whose activities pose a security threat that no longer requires further proof - are able to enter the country.


Norman Finkelstein arrested in Israel.
http://desertpeace.wordpress.com/2008/05/23/norman-finkelstein-arrested-in-israel/


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アメリカとイスラエルの言論弾圧 桜井ジャーナル
http://plaza.rakuten.co.jp/31sakura/diary/200805290000/


イスラエルの治安機関「シン・ベト」は5月23日、イスラエルに入国しようとしたアメリカの学者、ノーマン・フィンケルスタインを空港で逮捕、24時間にわたって拘束したうえで10年間の入国禁止を言い渡し、国外退去を命じた。

フィンケルスタインはイスラエル政府のパレスチナ人弾圧を批判、イスラエルと緊密な関係にある学者や団体と対立してきた。同氏を特に激しく攻撃してきたのはハーバード大学のアラン・ダーショウィッツ教授で、フィンケルスタインの著作が世に出ることを阻止するため、カリフォルニア大学出版やカリフォルニア州のアーノルド・シュワルツネッガー知事に働きかけたことでも知られている。

ところで、昨年春までフィンケルスタインは米国シカゴにあるカトリック系のデポール大学で助教授として教えていた。学生の評判も良いという同氏が終身在職権を与えようという動きが出てくるのは当然だが、それをダーショウィッツ教授は許せなかった。大学に対して反フィンケルスタインのキャンペーンを数カ月に渡って展開、終身在職権を否決させただけでなく、雇用契約も打ち切らせてしまった。

イスラエルは「ユダヤ人」を隠れ蓑に使い、「ホロコースト」という呪文を唱えながらナチスまがいの行為を繰り返してきた。
(引用注:もともと黒幕のZIONAZIたちはこういう予定であったろう

そうしたイスラエルを批判するフィンケルスタインもホロコーストと無縁の存在ではない。母親はマイダネク強制収容所、父親はアウシュビッツ強制収容所を生き抜いた経歴の持ち主なのである。

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おそらく、イスラエルが強制収容所で虐殺された人びとを利用してナチス的な行為を続けることを彼は許すことができないのである。

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フィンケルスタインの著作もそうだったが、アメリカではイスラエル/シオニストを批判する本はマスコミから無視されることになっている。書評で取り上げられることはない。フェンケルスタインの場合、ヨーロッパで話題になったため、「批判」という形で取り上げられたようだが。

何事につけてもアメリカの尻を追いかけているのが日本。狂信的な親イスラエル派のネオコン(新保守)/シアコン(神保守)を崇拝しているエリートが多いことを考えると、日本でも似たような現象はあるのだろう。

マスコミで人気のさる著名な情報関係者はモサド(イスラエルの対外情報機関)との関係を隠そうとしていない。この人物、ロシア情報をイスラエルで入手していたようだが、その情報は「イスラエル色」に染まっていることをどの程度、理解しているのだろうか?

ボリス・エリツィン時代にロシアを事実上、支配していたのは「少数独裁者」と呼ばれていた人びとで、ロシアの情報機関や特殊部隊のメンバーを部下として雇い入れていた。そうした独裁者のひとり、ボリス・ベレゾフスキーはチェチェン・マフィアと関係が深かったと言われ、ルパート・マードックと個人的に親しいことでも有名である。このベレゾフスキーは少なくとも一時期、イスラエルの市民権を持っていた。ユーコス(ロシアの巨大石油会社)の元幹部もイスラエルに逃げ込んでいるようで、ベレゾフスキーの部下とも接触している。

ベレゾフスキーの暗部についてアメリカの雑誌「フォーブス」の編集者だったポール・クレブニコフは「クレムリンのゴッドファーザー」というタイトルで記事にし、それに基づいて本にまとめている。ベレゾフズキーは雑誌の記事が名誉毀損にあたるとしてロンドンで裁判を起こして勝訴しているが、ニューヨークで出版された本は今でも問題なく、堂々と売られている。

ちなみに、マーガレット・サッチャー政権の時代にイギリスでは権力者の「名誉」を守りやすいように法律が改定されていて、権力犯罪を暴くことはきわめて難しい状況になっている。クレブニコフは2004年にモスクワで暗殺された。

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追記 2008.6.1

イスラエルで「建国根拠なし」本、ベストセラーに 朝日 2008年05月31日11時12分
http://www.asahi.com/international/update/0531/TKY200805310046.html


 【エルサレム=村上伸一】建国から今月60年を迎えたイスラエルで、建国の原動力である「シオニズム運動」の根拠を否定する著書がベストセラーとなっている。題名は「ユダヤ人はいつ、どうやって発明されたか」。

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                  シュロモ・サンド教授

 シオニズム運動は、古代に世界各地へ離散したユダヤ人の子孫が「祖先の地」に帰還するというもの。著者はユダヤ人でテルアビブ大学のシュロモ・サンド教授(61)=歴史学。3月にヘブライ語で出版され、アラビア語やロシア語、英語に訳される予定だ。

 著書では、今のユダヤ人の祖先は別の地域でユダヤ教に改宗した人々であり、古代ユダヤ人の子孫は実はパレスチナ人だ――との説が記されている。

 サンド教授は「ユダヤ人は民族や人種ではなく、宗教だけが共通点」と指摘。第2次世界大戦中に約600万のユダヤ人を虐殺したナチス・ドイツが、ユダヤ人は民族や人種との誤解を広めたとする。

 そのため、イスラエル政府が標榜(ひょうぼう)する「ユダヤ人国家」には根拠がないと批判。「パレスチナ人を含むすべての市民に平等な権利を与える民主国家を目指すべきだ」というのが著者の最大の主張だ。

 シオニズム運動は欧州で迫害されたユダヤ人たちが19世紀末に起こし、「ユダヤ人国家の再建」を目指した。運動の根拠になったのは、ユダヤ人が紀元後2世紀までにローマ帝国に征服され、追放されたという「通説」だった。

 これに対し、教授は「追放を記録した信頼できる文献はない。19世紀にユダヤ人の歴史家たちが作った神話だった」との見解だ。パレスチナ人から土地を奪うことを正当化するために、「2千年の離散の苦しみ」という理由が必要だったという。

 教授によると、古代ユダヤ人は大部分が追放されずに農民として残り、キリスト教やイスラム教に改宗して今のパレスチナ人へと連なる。イスラエルの初代首相ベングリオンらが建国前に著した本の中で、パレスチナ人たちをユダヤ人の子孫と指摘していた。ユダヤ人の入植で対立が深まる中で、パレスチナ人を子孫とは言わなくなったという。

 教授は「新説ではなく、建国指導者らが知りながら黙ってきたことをはっきりさせたにすぎない」と語る。

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by oninomae | 2008-05-31 02:44 | ホロコースト  

民主党が裏で自民党と手を握り公務員売却法に合意した背景 by 小野寺光一

(前略)

民主党が裏で自民党と手を握り公務員売却法に合意した背景

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ひさしぶりにあきれた。

民主党である。

私はこう思った。

やはり民主党は、危険な存在なのかもしれない。

それでは、何が危険なのか?というと、

「政策の『浅はかさ』」にある。

というわけで、民主党を批判したい。

民主党の存在とは何か?

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これは、ある意味、「米国ユダヤ政府のグローバルな日本占領計画を補完する勢力なのかもしれない」ということだ。(引用注:特に「指導部」がそうであることは、わかりきっている)

とにかく、「民主党というのは、裏で自民党とつながっている」

のである。

私は、民主党を応援する一方、この民主党のある意味危険性も感じてきたので、これについて取り上げたい。(引用注:もちろん比較的まともな議員もいるし、さてはても応援しているが、隠れ蓑にされているわけだ)

ここに「実は何か隠されている」のである。

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おそらく、ここに切り込まない限り、この民主党という政党は、

永久に野党なのである。

民主党の戦略の特徴は

日本における東京大学卒業の人たちが国家経営にかかわる制度(つまり、「官僚」という制度)を攻撃している点にある。

結局、

以下のユダヤ外資の戦略を補完している。


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米国は「日本の陰謀」官民一体で狙う世界制覇
http://www.junkudo.co.jp/detail2.jsp?ID=0184122373
http://www.junkudo.co.jp/detail2.jsp?ID=0186386208
http://bookweb.kinokuniya.co.jp/htm/4334960022.html

マービン J.ウルフ 著 竹村 健一 訳 光文社
という本の中で

世界最強の経済国家の日本を分析して
その中心にいるのは、「東京大学卒の頭脳」が国家経営にかかわる制度
つまり官僚制度にあると結論づけている。

彼らは官僚制度を破壊しようという計画をこの中で述べている。

実はこの戦略が後に民主党が言い出す戦略とそっくりである。


日本弱体化のために、この「官僚=悪」という一大キャンペーンがなされた。

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<東大卒が日本のために働かないようにするキャンペーン>
東京大学の学生を誘導するための優遇再就職制度(いわゆる天下り)も悪というキャンペーンが猪瀬を中心になされた。

今年東大卒の人たちで優秀な人物は官僚ではなく外資に就職しているという。つまり「日本の敵側になった」ということだ。

<ユダヤ外資は銀行をほしかったので最初に大蔵省を攻撃して解体へ>

まず最初にやられたのは、大蔵省だった。

このときにノーパンしゃぶしゃぶ問題という半ばどうでもよい問題で

日本の金融機関を守ってきた大蔵省を攻撃して、一般大衆には「ノーパンしゃぶしゃぶでけしからん」という俗悪な見世物を提供してもっとも優秀な官僚を追放。

官僚は、これまで日本の金融機関を絶対に倒産させないとしてがんばっていた。
このころ、「金融機関を守る=護送船団方式が悪だ」という一大キャンペーンがなされる。

<ノーパンしゃぶしゃぶ攻撃で一千兆円の金融機関を占領に成功>

そのあと、1千兆円になる日本の金融機関をものにしていった。
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etc.

今回も、民主党売国派が自民党と

裏で手を結び、

この制度を攻撃している。

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キャリア制度廃止

これは東大卒の人たちを官僚にはせずに、外資に誘導する効果をもつ。

利益しか考えない政治へ行政を従属させてさらに悪質にする

そして、

内閣が、官僚の人事を決めるというが、
政治家は単に利益のために動いていることばかりで
私の見たところ「国家」のことを一番考えてきたのは
実際には「官僚」の人たちである。


この小泉構造改革という国家規模の詐欺に一番最初に気づいたのは官僚の人たちだった。

これほど、政治家が能力低下し、信頼できない時代には

官僚は人事権で独立させるべきである。



売国に反対する官僚は人事権で処罰できる制度が強化>

小泉政権では、日本の民衆を守る役割を果たそうとした官僚はことごとく、人事権によってやられている。

佐藤優氏も道路公団総裁の藤井氏もそうである。

<日本をあきらめさせる>

今回の公務員改革という人材売却制度は

日本の国益を守ってきた東京大学卒の人たちを
何とかして罰して「日本をあきらめさせる」
キャンペーンの一環である。


<権限委譲は倒産させるため>

つまり公務員という日本を守る人たちを追放してそのあと、地方自治体に権限委譲という形で
あらゆる権限を委譲。

この本当のねらいは、各地方自治体を「倒産」させること。

倒産させれば安くのっとれる。


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そして米州制の導入。

日本という国家を分割統治する。


日本という国家は消滅して

天皇制は消滅。皇居は売り出しになりユダヤ外資が買い取る。

それがねらいでやっているのである。

おそらく小沢一郎氏はゴルバチョフの役割を期待されている。
つまり善意で改革をするのだが、途中で追放されるのである。

そしてエリツインが出現して
ユダヤ財閥がすべての国家資産を官僚から分捕る。


最終的にはプーチンが台頭して
「偉大なイイジ○」の全体主義が台頭して戦争に突入する。
 


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行政改革推進法案は廃案にすべき 国際評論家小野寺光一の政治経済jの真実
http://asyura2.com/0601/senkyo22/msg/384.html



まぶちすみおの「不易塾」日記     □■
□■2008年(平成20年)5月28日 第1290号■□

水面下での修正協議の間、言えなかったこと、書けなかったことたくさんあった。

川田アナ自殺と自殺者倍増計画
http://archive.mag2.com/0000154606/20080527010242000.html

消費者庁とニューウェイズ社報道にみられるガン産業の影とガン患者倍増計画
http://www.asyura2.com/08/senkyo50/msg/420.html

<首相官邸および官僚に意見しよう>

こちらの首相官邸から
入れる意見要望のところから
入れてください。

各府省への政策に関する意見・要望
http://www.kantei.go.jp/jp/iken.html
https://www.e-gov.go.jp/policy/servlet/Propose

以下は元ページ参照


追記 2008.5.30

コールマン曰く、「2008年、300人委員会は日本破壊計画の最終段階を迎えている」と。これはその通りであろう。真実の日本民族、本当の日本人愛国者は今、なにをなすべきなのか。  太田龍

更新 平成20年05月30日00時18分 平成二十年(二〇〇八年)五月二十九日(木) (第二千四百三十六回)

○ 「この二〇〇八年、三〇〇人委員会は日本破壊計画の最終段階を迎えている。だが、残念ながら、日本にはプーチン大統領のような英明で勇気のある指導者は存在しない。」(成甲書房より、七月はじめ刊行予定、ジョン・コールマン博士著、太田龍監訳「新版300人委員会」上巻『日本版への序文』より)

○コールマン博士のここでの日本に対する警告は、その通り。

○コールマン博士は、一九九〇年代から、同博士の著作の日本語版への序文の中で、継続的に同種の警告を日本民族に対して、発信し続けて来た。

○ユースタス・マリンズも

 「衝撃のユダヤ5000年の秘密」(日本文芸社、絶版)
 「世界権力構造の秘密」(成甲書房、上下巻)
 「民間が所有する中央銀行」(面影橋出版、在庫切れ)

 この三冊の日本語版への序文の中で、ほぼ、同趣旨の警告をして居る。

○「二〇〇八年、300人委員会の日本破壊計画の最終段階」とある。

○まさしく、この通り。

○ここで、コールマン博士が、「三〇〇人委員会の日本破壊計画の最終段階」と名付けているところのものは、

○筆者が、十年以上前から「ユダヤイルミナティの対日侵略戦争の第五波」

○として居るものと、ほぼ全く同一であるだろう。

○この第五波は、ユダヤイルミナティによる日本の本丸の占領として位置付けることが出来る。

○「日本の本丸の占領」とは何か?

○この「第五波」は、一九九八年から開始されたと、筆者は見ている。(引用注:さてはては、1994年の松本サリン事件を一つの区切りと位置づけている。金融操作主体から、暴力的実力行使による心理操作を開始したと

○しかし、そもそも、日本の「本丸」とは何か。そこには、誰が居るのか。

○イルミナティ世界権力が日本に埋め込んだ有力なエージェントと、推定され得る、苫米地英人(とまべちひでと)  (引用注:サリン事件の本質隠蔽に関わった可能性がある。さてはてが、引っかかるものを感じるのはここです。オウム心理操作実験に実験者として参加していたのではないのか?と..

○このひとの近著「洗脳支配」の二百三十頁を開く。「このままいけば、日本のIMF管理は五年以内に実現するでしょう……」とある。

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○既に、十年も前に、きわめてあやしげな、日本崩壊(日本壊滅)のシナリオを描いた著作(上下二巻)が出版されているがこれも、IMFが日本占領軍として出現するところで終わっていた。

○一九九〇年代半ば、中国の李鵬首相(当時)が、オーストラリア訪問中、

○二十年以内に、日本と言う国家は消滅しているであろう、と発言したと言う。

○一九九〇年代半ばから、二十年以内とは、

○概ね、二〇一五年頃。又は、二〇一〇年代の半ば頃。

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○イルミナティのエージェントのように見える、苫米地英人氏の前出著作に五年以内の日本のIMF管理とは、二〇一三年である。

○これは、コールマン博士が、三〇〇人委員会の日本破壊計画の最終段階、と言う展望と、ほぼ、符合するであろう。

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○今や、日本の本丸に、敵(イルミナティ、三百人委員会)の軍隊が充満して居る、のである。

○この苦い、現実………
 普通人は、とても直視することの出来ない悲惨で残酷な現実を直視し得るためには並外れた勇気、そして、知力と胆力、そして非常に高い次元の霊的能力が要求されるであろう。

○そのような精神力は、どのようにして、養うことが出来るのか。

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○それが問題である。

 (了)

【案内】

◎近刊予告。
 七月はじめ成甲書房より刊行予定

  ジョン・コールマン博士著、太田龍監訳
  「新版300人委員会」

  上下二巻 約七百二十頁
  定価 各千八百円プラス税 上下セット合計三千六百円プラス税
  成甲書房刊

  日本義塾出版部でも予約受付中。

参考
『洗脳支配』 苫米地英人:著 いまテレビは、明らかに馬鹿な日本人をつくるプロジェクトが始まっています。
http://blog.goo.ne.jp/2005tora/e/a945a87773c443f052226fb5b2cdc834


『洗脳支配』は一読の価値はありますが、こうして情報開示して、からかっている可能性もあるのです。
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by oninomae | 2008-05-29 21:52 | 政治詐欺・政治紛争  

大統領?

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                      ↑1997年

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ジョージ・ソロスは多くの批判をアメリカの保守党とイスラエルの支持者に対して行ってきた。

ブッシュ政権の支持者は彼の反ブッシュのキャンペーンへの寄付をよく思ってはいません。ニューヨークでのユダヤ人のフォーラムでソロスは、部分的に反ユダヤ主義の近年の復活をイスラエルとアメリカ合衆国の方針、そして、彼自身のような成功したユダヤ人によるものであると考えた。

"反ユダヤ主義の復活が、ヨーロッパにあります。ブッシュ政権とシャロン政権の方針は、それに貢献します。それは特に反ユダヤ主義ではありませんが、それは同様に反ユダヤ主義を現しています。私は、それらの方針に批判的です。

我々がその方向を変えるならば、反ユダヤ主義も減少します。私は、人がどのように直接それに直面することができたかについて、分かりません... :新しい反ユダヤ主義がユダヤ人が世界を支配すると考えているので、私は私自身の役割も非常に心配します...私の行動の意図しない結果として...私も、そのユダヤ人が世界を支配するというイメージに貢献しています。」、[3] おそらく、これはソロスのカール・ポッパーの哲学の結果と自己批判に対する結果傾向であろう。



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              はいこんにちは。民主党担当です。
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by oninomae | 2008-05-29 00:04 | 政治詐欺・政治紛争  

酒鬼薔薇事件 初期新聞報道メモ

1997年

●5月28日朝刊(神戸新聞)

神戸市立多井畑小学校六年の淳君(11)が殺害された事件で、兵庫県警捜査本部(須磨署内)は二十七日午後、頭部が見つかった市立友が丘中学校の西約七百メートルの山林で、頭部のない淳君の遺体を発見した。調べによると、胴体部の遺体が見つかった場所は、淳君の自宅から東約二百メートルにあり、同区友が丘の通称「竜の山」と呼ばれる山林の頂上部にあるネットフェンス(高さ約二メートル)で囲まれたケーブルテレビのアンテナ基地内。失踪時の服装のまま、高床の施設の下に隠すように置かれていた。 フェンスの出入り口にはかぎが掛かっていた


●5月28日水曜日 頭部発見の直前 不審な男を目撃 「(産経新聞)

目撃された男は三十歳代ぐらい。身長約一七〇-一八〇センチで白っぽい上着を着ていた。これまでの調べでは、新聞配達の男性が二十七日早朝、乗用車で、正門前を南北に走る車道を南下していたところ、この男が、正門前から南へ約百メートルの車 道を歩いていた。車道は片側二車線で通常、乗用車が高速で走行している。男は住民が普段歩かない車道を歩いており、不審に思ったという。さらにこの男性が別のアルバイトに行くため午前五時半から六時すぎの間に同じ車道を利用したところ、また同じ男が正門前付近を南から北へ歩いていた。


●5月30日朝刊(神戸新聞)

遺体発見の山林への立ち入り規制解除
通称「タンク山」で、鑑識活動を進めていた兵庫県警捜査本部は29日夕、遺体発見以来二日ぶりに縄張りを解き、立ち入り禁止を解除した。「タンク山」は、淳君の自宅東約二百メートルにある小高い山林。頂上にあるケーブルテレビのアンテナ基地内で、高床式施設の下部に遺体が隠されていた。山すそをぐるりと取り巻いていたロープが外されたのは、この日午後六時過ぎ。数カ所の登り口からは、頂上までどれも勾配がきつく、近くに生えている木々につかまらなければ進めないほどの所も。<基地の周囲にあるネットフェンス入り口には錠がかけられ、それを覆うように黒い針金で縛られていた。


●5月30日夕刊(神戸新聞)

胴体部の遺体が見つかったケーブルテレビのアンテナ基地を囲うフェンス出入り口の南京錠に、淳君の血液型と同じ血痕があったことが三十日、兵庫県警捜査本部の調べで分かった。

調べによると、同基地は同小北の通称「竜の山」頂上付近で、遺体は高床式の施設の下に隠されていた。高さ約二メートルのフェンスの出入り口が施錠され、現場にほとんど、血痕が残っていないことから、淳君を運び込んだ手段がナゾだった


●6月1日朝刊 南京錠求めバイク男 須磨区ナンバーか/交換時期と重なる (神戸新聞)

胴体部の遺体が見つかったケーブルテレビ中継施設の出入り口の南京錠と同タイプのものを五月初め、同区内の金物店にバイクで訪れた男性が購入しようとしていたことが三十一日、分かった。出入り口の南京錠は、四月下旬に確認された後、何者かが交換しており、兵庫県警捜査本部(須磨署内)は、この証言を重視。バイクは須磨区ナンバーではないかとみて、男性の特定を急いでいる。

調べによると、男性が訪れたのは、五月三日午後一時半ごろ。「(本体の幅が)四十五ミリの南京錠があるか」と注文を受けた店員が探したがなかったため、「四十ミリでもいいか」と尋ねると、「それでは都合が悪い」と言い残し、バイクに乗って走り去ったという。男性は三十五―四十歳ぐらいで、一七〇センチ前後のがっちりした体格。短髪にベージュの作業着、青いジャージー、または作業ズボン姿で、伏し目がちに少し震えた声でぼそぼそと話していたという。

同店には四月二十七日ごろにも、四十五ミリの南京錠の在庫を確認する男性からの電話があり、同一人物とみられている。バイクは、黒か紺色で、須磨区ナンバーの可能性が高いといい、特定を急いでいる。さらに、在庫確認の電話をかけた男性は、用途について「学校のウサギ小屋のかぎを付け替えるため」と説明。

近隣の周辺の小学校では最近、そうした事実はないというが、用途が一般的ではなく、同本部は何らかの形で学校にかかわる人物ではないかとみている。


●6月3日朝刊(神戸新聞)

胴体部が発見された通称「タンク山」頂上付近にあるケーブルテレビアンテナ基地は雑木林に囲まれている。
血痕が少ないことで、犯人は遺体を他の場所で切断した後、ここに運び込んだともみられるが、遺体を長時間置いた場合、出血は比較的少量という。殺害されたとみられる二十四日以降、雨が降っていることなどから、流されたり、地中に染み込んだケースも考えられ、現段階で同本部は殺害、切断場所の特定に至っていない。


●6月3日夕刊 遺体発見直前に不審男  30代、170センチ、短髪/運転者、詳細に目撃  (神戸新聞)

神戸市立多井畑小学校六年、土師(はせ)淳君(11)=同市須磨区友が丘九=殺害事件で、五月二十七日に市立友が丘中学校正門前で淳君の頭部が発見される。

三十―四十分前に、現場前の路上にいた不審な三十代の男性を、通りがかったドライバーが詳細に目撃していたことが、三日までに分かった。身長一七〇センチ短髪、がっちりした体格で、胴体が見つかったテレビアンテナ基地の南京錠が取り替えられた時期に同区内の金物店を訪れた人物とも似ている

目撃によると、不審な男性は二十七日午前四時三十八分ごろ、同中正門前の中央分離帯をはさんで反対側を歩いていた。道路の側壁は急傾斜のノリ面で歩道はなく、ドライバーは突然、前方から男性が来たため、驚いてハンドルを切ったという。男性は三十代で、身長一七〇センチぐらい。なで付けたような短髪にがっちりしたタイプ。四角い顔付きで、一重まぶたで全体的にいかつい感じに見えたという。すぐ横を通ったのにとくに驚く様子もなく、みけんにしわを寄せ、うわ目づかいで前を見ていた。白っぽいシャツに、スポーツ時にはくような薄いグレーのズボン姿だった。何も持たず、散歩やジョギングしている様子でもなく違和感があり、強く印象に残ったという。男性が歩いていた所の近くに車両専用の側道があり、そこを通れば、道路をまたぐ形で同中正門前に行くことができる。

淳君の頭部が正門前に置かれたのは午前五時十―二十分ごろとみられており、同本部は、男性の目撃時間帯が接近していることや、ふだん人が歩かない道路を通っていることなどから、男性の特定を急いでいる。

一方、淳君の胴体部が見つかったアンテナ基地のフェンスの南京錠と同型のものを購入しようとした男性も、金物店などの目撃から、三十五―四十歳で、短髪、身長一七〇センチのがっちりした体格とされている。


●6月4日朝刊  黒い袋持ち潜む  通用門に不審者/正門前には黒い車 (神戸新聞)

 神戸市立多井畑小学校六年、土師(はせ)淳君(11)=同市須磨区友が丘九=が殺害された事件で、遺体の頭部が見つかった市立友が丘中学校正門前から約百六十メートル離れた北側の通用門付近で、五月二十七日午前五時ごろ、黒いビニール袋を持った男がしゃがみ込んでいるのを、通りかかった運転手が目撃していたことが、三日までの兵庫県警捜査本部(須磨署内)の調べで分かった。犯人が頭部を置く直前の時刻で、ビニール袋は丸く膨らんでいたという。また、運転手は正門前に止まっていた黒い車も目撃している。同本部は不審者と車を同時に見ていることから、ほかの不審者情報と合わせ、男と車の特定を急いでいる。

目撃したのは、配達中のトラック運転手(25)で、毎日午前五時ごろに同正門前から北通用門へ曲がるルートを通っている。二十七日に正門前を通過する際、敷地に乗り入れるように黒い車が止まっているのを見つけた。不審に思い、横を通る時に車中をのぞきこむと無人で、窓ガラスには目隠しシールが張られていたという。

さらに中学校の北東角を西へ左折、約十メートルほど進んだところで、通用門近くの木の陰に男がしゃがみ込んでいるのを見つけた。上半身は黒っぽい服を着て年齢は若そうだったという。丸く膨らんだ黒いビニール袋を持っていた。目撃した運転手は「陰に潜んでいるような感じで気味が悪かった」と話している。左折手前に点滅信号があるため、運転手はゆっくり走っており、黒い車と不審な男の姿をしっかりと確認しているという。

一方、約三十分前の午前四時三十八分ごろには、正門前の道路向かい側の車道を歩く不審な三十代の男を、別のドライバーが詳細に目撃している。男は身長一七〇センチ、がっちりした体格。なで付けたような短髪で、四角い顔。約一時間後、再び正門前を通過した時はいなかったという。

これまでの調べで、淳君の頭部が正門前に置かれたのは、同日午前五時十分ごろから二十分までの間とみられている。また、犯人は正門前の頭部を移動させるなど周辺に潜んでいた疑いが強い。


●6月5日 ■神戸の小6殺害  ポリ袋に赤黒い固まり 頭部発見前日近くに不審な男  (産経新聞)  

神戸市須磨区友が丘、市立多井畑小学校六年、土師淳(はせ・じゅん)君(一一)が殺害された事件で、頭部が中学校正門前で発見される前日の朝、現場から約五百メートル北の団地で、赤黒い液体のにじみ出た固まりがポリ袋に入れて置いてあるのを住民が目撃していたことが四日、兵庫県警須磨署捜査本部の調べでわかった。見知らぬ男性がそばに立っていたが、二時間後に帰ってきたときには、袋も男性の姿も消えていた。頭部発見直前には、現場近くで黒いポリ袋を持ってしゃがむ不審な男性が目撃されており、捜査本部は事件と何らかの関連があるのではないかとみて調べている。

不審なポリ袋が発見されたのは、頭部が正門前で発見された市立友が丘中から約五百メートル北の団地で、南北の幹線道路一本で結ばれている。先月二十六日の朝、この団地に住む主婦が、外出するために一階に降りたところ、エントランスホールの玄関わきに半透明のポリ袋が置かれていた。

中には、さらにスーパーの白い買い物袋が見え、その中に直径約三十センチの黒い固まりが入っていた。固まりからしみ出した赤黒い液体も透けて見え、主婦は血液のようで、とても気持ち悪かった」という。この団地のごみ収集日は毎週火曜と金曜。当日は月曜日で収集日でないうえ、ホール内に一度も見たことのない男性が立っており、不審に思ったという。男性は身長約一七五センチでがっちりした体格。年齢は三十五-四十歳。主婦が外出後、二時間ほどして帰宅したときには、ごみ袋も男性の姿もなかったという。


●6月20日夕刊  前日にも不審男  友が丘中近くで黒いポリ袋持ち歩く   (神戸新聞)

神戸市須磨区、市立多井畑小学校六年の土師(はせ)淳君(11)殺害事件で、淳君の頭部が発見される前日の五月二十六日夕、市立友が丘中学校の裏側付近で、草むらの中を黒いポリ袋を持って歩いている男が目撃されていることが、二十日分かった。周囲は短期大学や専門学校に囲まれて人気がなく、ごみ収集の時間帯からも外れていた。翌二十七日早朝に同中北側で黒いポリ袋を持った不審な男が目撃されているだけに、兵庫県警捜査本部(須磨署内)は関心を寄せている。

目撃したのは、近くに住む店員と高校生の二人(いずれも十七歳)。二十六日夕の薄暗いころ、同中裏門のすぐ南側、神戸大学医療技術短期大学と神戸総合医療介護福祉専門学校の間を南北に結ぶ遊歩道で、大学側の草むらの中を中学校の方向へ、黒いポリ袋を持って男が歩いているのを見た。ポリ袋は重たそうで下の方が張っていたという。

二人の話によると、男は紺か黒っぽい服で、角張った顔。がっちりした体格。短髪で、身長は一七〇センチ程度。周囲に人はおらず、わざわざ遊歩道から外れた草むらを歩いていたので、不思議に思ったという。男も二人に気づいた様子だったが、振り向くこともなく距離を置いてすれ違った。その後、男がどの方向へ行ったかは分からないという。店員は二十六日が休みの日で、翌日に事件が起きたことから記憶に残っていた。 二十六日は月曜日で、友が丘地区は家庭ごみの収集日だが、午前中のみ。男が歩いていた周辺には民家はなく、大学や専門学校もこの日夕の時間帯に外部でごみの収集や清掃はしていないという。


以下より抜粋
http://www.23ch.info/test/read.cgi/soc/1179568251/

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当時、三十代位で、身長一七〇センチぐらい。なで付けたような短髪にがっちりしたタイプ。四角い顔付きで、一重まぶたで全体的にいかつい感じの男性エージェントは、

事件とは何の関係もないんだそうです。はー。

で、誰だったんですか?どう関係がなかったのか聞いたことがないなー。

「間違っていた」といわれて鵜呑みですか?みなさん。


追記 2008.5.29

日本人は、どのようにして、現在の如き家畜人ヤプーの群れに落ちぶれたのか。その真相を知るためには、「日本の神々(神仏)は二度殺された」。その歴史に迫らなければならない。 太田龍  更新 平成20年05月29日00時03分 平成二十年(二〇〇八年)五月二十七日(火)(第二千四百三十四回)

○ジョン・コールマン博士著、太田龍監訳、「300人委員会、凶事の予兆」(成甲書房、2000年刊、在庫なし)

○「第五章 タヴィストック研究所、世界を操る最重要組織中枢」 二九二頁以下、

○ 「音楽、エンターテインメント企業はインディーズまでが握られている。」

○ここのところは、今日本人にとってとてつもなく重要である。

○ 『タヴィストックは、「ニュース」「音楽」「テレビ」「エンターテインメント」のビジネスをがっちりとおさえ、米国で私たちが見聞きするものをコントロールしているのだ。これでもまだ米国は「自由な国」だと信じるなら、あなたは、何も聞いてなかったことになる。これらすべての裏には、タヴィストック研究所が作ったプログラムがある。………』(二九九頁)

○ここで、アメリカについて言はれていることは、今や、その何倍もの強度で日本に対して、そのまま適用され得る。

○「家畜人ヤプー」(沼正三)は、悪い冗談ではないのだ。

○林秀彦氏は、日本人はこうして奴隷となった。

○と言うテーマを追及した。

○しかし、今や日本人は、「奴隷」でさえない。

○「奴隷」よりも更に深刻に腐り果てた「家畜人ヤプーの群れ」である。

○つまり、日本人は、どのようにして日本人から、家畜人ヤプーへと変化したのか、それが本当に問はれるべき問題なのである。

○どのようにして。

○日本の神々は、二度殺された。

○これを、日本の「神とホトケ」「神仏」としても良いであろう。

○日本の神仏は二度殺された。

○日本は二度神殺しをした。

○西洋の神殺しは一度であるから、
○日本は、西洋よりもより根源的に神殺しをした。
○と、梅原猛氏は述べた。
○この梅原説は、表層的に見れば、
○いかにも尤もらしく、気の利いた風なせりふに聞こえる。
○しかし、この梅原説は、犯罪的ペテンにあるに過ぎない。

○筆者は、二年前から、「日本の神々は二度殺された」(仮題)と言ふ原稿を書き続けているが未完である。

○しかし、最近、考えを変えて約半分弱か三分の一くらい、現時点で書き終えているところまで、未完のまま、とりあえず、コピー本を作って、有志に頒布することとした。

○二度殺された、とは、一度目は、幕末明治維新、二度目は、敗戦後、を意味する。

○ひょっとしたら、日本の神々(神仏)に対する、今、三回目の神殺し、神仏殺し、その死刑執行がなされつつあると、言うべきかも知れない

神々が殺されるとは人間の魂が殺されることである。
○魂を殺された人間(現代日本人)は、
○もはや、人間でもなく、奴隷でもない。 それは家畜人以外の何者でもない、だろう。

 (了)

【案内】

◎太田龍著「日本の神々は二度殺された」(仮題)上巻。コピー本、平成二十年六月下旬刊行予定、予約申し込みは、日本義塾出版部へ。 頒価 二千円。
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by oninomae | 2008-05-28 00:27 | イルミナティ  

酒鬼薔薇、日本で表舞台に「デビュー」から11年

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                         酒

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                  薔薇=血=ブラック・マジック


これが、「エリート」の基本形でしょう。

ポピュラーに考えると、

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といったところでしょう。


●1997年27日。 (例の日です。土師淳の胴体は竜山で発見さる)

士師

JDG05:24 女たちの中で最も祝福されるのは カイン人ヘベルの妻ヤエル。 天幕にいる女たちの中で 最も祝福されるのは彼女。

JDG05:25 水を求められて ヤエルはミルクを与えた。 貴人にふさわしい器で凝乳を差し出した。
JDG05:26 彼女は手を伸ばして釘を取り 職人の槌を右手に握り シセラの頭に打ち込んで砕いた。 こめかみを打ち、刺し貫いた。

JDG05:27 彼女の足もとに、シセラは かがみこみ、倒れ、伏した。 彼女の足もとに、彼は かがみこみ、倒れた。 かがみこみ、そこに倒れて息絶えた。

JDG05:28 シセラの母は窓から外を見て 格子を通して嘆いた。 「どうして彼の車は遅れているのか。 どうして馬のひづめの音は遅いのか。」
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JDG05:29 賢い女官たちは答えた。 母も同じ言葉を自分に何度も言い聞かせた。
JDG05:30 「戦利品を得て、分けているのでしょう 兵士それぞれに一人か二人の女を。 シセラには染めた布が戦利品、 染めた布が戦利品 刺しゅうした布、染めた布 その首には刺しゅうした布二枚 これが戦利品。」
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JDG05:31 このように、主よ、あなたの敵がことごとく滅び、 主を愛する者が日の出の勢いを得ますように。 国は四十年にわたって平穏であった。


ぶどう畑の歌

1:イザヤ書 / 5章 1節

わたしは歌おう、わたしの愛する者のために/そのぶどう畑の愛の歌を。わたしの愛する者は、肥沃な丘に/ぶどう畑を持っていた。 (はいはい)

2:イザヤ書 / 5章 2節

よく耕して石を除き、良いぶどうを植えた。その真ん中に見張りの塔を立て、酒ぶねを掘り/良いぶどうが実るのを待った。しかし、実ったのは酸っぱいぶどうであった。

3:イザヤ書 / 5章 3節

さあ、エルサレムに住む人、ユダの人よ/わたしとわたしのぶどう畑の間を裁いてみよ。

4:イザヤ書 / 5章 4節

わたしがぶどう畑のためになすべきことで/何か、しなかったことがまだあるというのか。わたしは良いぶどうが実るのを待ったのに/なぜ、酸っぱいぶどうが実ったのか。

5:イザヤ書 / 5章 5節

さあ、お前たちに告げよう/わたしがこのぶどう畑をどうするか。囲いを取り払い、焼かれるにまかせ/石垣を崩し、踏み荒らされるにまかせ

6:イザヤ書 / 5章 6節

わたしはこれを見捨てる。枝は刈り込まれず/耕されることもなく/茨やおどろが生い茂るであろう。雨を降らせるな、とわたしは雲に命じる。 (はーいはい。生い茂っておりますよ)

7:イザヤ書 / 5章 7節

イスラエルの家は万軍の主のぶどう畑/主が楽しんで植えられたのはユダの人々。主は裁き(ミシュパト)を待っておられたのに/見よ、流血(ミスパハ)。正義(ツェダカ)を待っておられたのに/見よ、叫喚(ツェアカ)。

1:イザヤ書 / 27章 1節

その日、主は/厳しく、大きく、強い剣をもって/逃げる蛇レビヤタン/曲がりくねる蛇レビヤタンを罰し/また海にいる竜を殺される。(はーいはい)
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主のぶどう畑

2:イザヤ書 / 27章 2節

その日には、見事なぶどう畑について喜び歌え。

3:イザヤ書 / 27章 3節

主であるわたしはその番人。常に水を注ぎ/害する者のないよう、夜も昼もそれを見守る。

4:イザヤ書 / 27章 4節

わたしは、もはや憤っていない。茨とおどろをもって戦いを挑む者があれば/わたしは進み出て、彼らを焼き尽くす。


●1997年316日 12:25頃 須磨区竜が台二丁目の路上で、市立竜が台小4年の山下彩花さん(10)が金づちで殴られ重体。10分後、竜が台五丁目の路上で、同小3年の女児(9)が刃物で腹を刺され重傷。
3月20日 竜が台地区の自治会などが「通り魔対策委員会」設置を決定。
3月23日 19:57頃 山下さんが脳挫傷のため入院先の病院で死亡。

士師記

JDG03:15 イスラエルの人々が主に助けを求めて叫んだので、主は彼らのために一人の救助者を立てられた。これがベニヤミン族のゲラの子、左利きのエフドである。イスラエルの人々は貢ぎ物を彼の手に託して、モアブの王エグロンのもとに送った。

JDG03:16 エフドは刃渡り一ゴメドの両刃の剣を作り、それを右腰に帯びて上着で隠し、

JDG03:17 モアブの王エグロンのもとに貢ぎ物を納めに行った。王は非常に太っていた。
JDG03:18 エフドは貢ぎ物を納め終わると、貢ぎ物を運んで来た者たちを去らせ、
JDG03:19 自らはギルガルに近い偶像のあるところから引き返し、「王よ、内密の話がございます」と言った。王が、「黙れ」と言うと、そばにいた従臣たちは皆席をはずした。
JDG03:20 エフドは近づいたが、そのとき王は屋上にしつらえた涼しい部屋に座り、ただ一人になっていた。エフドが、「あなたへの神のお告げを持って来ました」と言うと、王は席から立ち上がった。
JDG03:21 エフドは左手で右腰の剣を抜き、王の腹を刺した。
JDG03:22 剣は刃からつかまでも刺さり、抜かずにおいたため脂肪が刃を閉じ込めてしまった。汚物が出てきていた。

JDG03:23 エフドは廊下に出たが、屋上にしつらえた部屋の戸は閉じて錠を下ろしておいた。

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JDG03:24 彼が出て行った後、従臣たちが来て、屋上にしつらえた部屋の戸に錠がかかっているのを見、王は涼しいところで用を足しておられるのだと言い合った。

JDG03:25 待てるだけ待ったが、屋上にしつらえた部屋の戸が開かないので、鍵を取って開けて見ると、彼らの主君は床に倒れて死んでいた

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JDG03:26 彼らが手間取っている間にエフドは抜け出し、偶像のあったところを過ぎてセイラに逃れた。
JDG03:27 到着すると、彼はエフライムの山地に角笛を吹き鳴らした。イスラエルの人々は彼と一緒になり、彼を先頭に山を下った。
JDG03:28 彼は言った。「わたしの後について来なさい。主は敵モアブをあなたたちの手に渡してくださった。」彼らはそのエフドに従って下り、モアブに向かうヨルダンの渡しを手中に収めた。彼らはだれ一人そこを渡らせなかった。

JDG03:29 彼らはこのとき約一万のモアブ人を打ち殺した。皆たくましい兵士たちであったが、一人として逃れた者はいなかった。
JDG03:30 モアブはこの日イスラエルの手中に落ちて屈服し、国は八十年にわたって平穏であった。
JDG03:31 エフドの後、アナトの子シャムガルが現れ、牛追いの棒でペリシテ人六百人を打ち殺した。彼もイスラエルを救った。


●1997年10日 16:30頃 神戸市須磨区中落合一丁目の路上で、市立南落合小6年の女児二人がショックハンマーで殴られ負傷。被害者側の希望により報道されず。

士師記

JDG02:10 その世代が皆絶えて先祖のもとに集められると、その後に、主を知らず、主がイスラエルに行われた御業も知らない別の世代が興った。
JDG02:11 イスラエルの人々は主の目に悪とされることを行い、バアルに仕えるものとなった


●1997年6月28日 誰かさんたちの予定通り、少年Aが逮捕された。

5月は31-26=5日間、6月は28日間

5+28=33日間

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                     混沌から秩序へ

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いつまでも、つまらないことをいっている人間が多すぎる。














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何も問題はない。何のも関係もない。 なあに、ある時から、現場はまともな捜査が不可能になっただけである。何の問題もない。

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この「騒動」は、本質理解にとても役に立った。

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参照

7 17 アイ 黒い貴族 10の王?
http://satehate.exblog.jp/8058957/


因果応報? それとも例の「作戦終了」?
http://satehate.exblog.jp/7813257/


土師淳 失踪・殺害より11年 ペプシンの独白
http://satehate.exblog.jp/8913056/


酒鬼薔薇事件 初期新聞報道メモ
http://satehate.exblog.jp/8937874/


神戸事件の真相を究明する会
http://www2.odn.ne.jp/~cac05270/


岩永天佑「告発の書」
http://asyura.com/kkuhatu2.htm


ポエド委員会 『神戸小学生殺人事件』の真相
http://www.asyura.com/koube0.htm


神戸児童殺傷事件~「酒鬼薔薇聖斗」はA君ではない! いんきょ
http://kokusaku-enzai.seesaa.net/article/66864138.html


酒鬼薔薇(サカキバラ)事件の深まるナゾ! 飄(つむじ風)
http://hyouhei03.blogzine.jp/tumuzikaze/2007/12/post_4e03.html



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おまけ

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出版社: スタジオジブリ (1996/08)
1996年発売の33とは何か?
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by oninomae | 2008-05-27 00:21 | イルミナティ  

大地震:もう一度おさらい  追加:常温核融合公開実験成功!


地震の分布。色は地表からの距離;黄:地表~地下25km、赤:地下26~75km、黒:地下76~660km

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        ↑リヒター・スケールで震度7以上の地震の分布

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大地震は足下に迫る。まったく予定通りだ。フールは救いがたいのである。


参考

日本人を皆殺しにせよ オルタ
http://alternativereport1.seesaa.net/article/50571089.html


(前略)

 この優生学研究所の創立者の一人、ウィリアム・ドレイパーが米国の戦争省長官=戦争の総指揮官として、広島、長崎に投下された核兵器の製造、「投下」責任者である。

 ドレイパーは戦後、日米の軍事産業を「まとめ」、「日米兵器工業会」を結成し、ここが日本の自衛隊の持つ膨大な兵器、警官の持つピストル、日本への原子力発電所建設売り込みの「窓口」になる。

 自衛隊という軍隊を持った日本が、中国、北朝鮮と戦争を行い、アジア人同士が大量虐殺し合い、原子力発電所が事故を起こし、日本人が大量に死ぬ事は、ドレイパーの優生学研究所にとっては、「極めて望ましい殺菌消毒」である。


いやー、気味が悪いですな。でも、本当だと思う。

時限爆弾を仕掛けられたのである。というか自己弱体化というか。大した不沈空母である。


--

1850年9月12日 四川省、西昌地震、死者2万人

1923年3月24日 四川省で地震 - M 7.3、死者4,800人

1933年8月25日 四川省で地震 - M 7.4、死者6,800人

1973年2月6日 四川省、炉霍地震 - M 7.4、死者2,200人
1974年5月10日 四川省、大関地震 - M 7.1、死者1,400人

2008年5月12日 四川大地震 - M 8.0


1854年12月23日 安政東海地震(東海・東南海地震) - M 8.4、死者2千~3千人。房総半島から四国に津波、特に伊豆から熊野にかけて大きな被害。ロシア船ディアナ号沈没。
1854年12月24日 安政南海地震 - M 8.4、死者千~3千人。紀伊・土佐などで津波により大きな被害(串本で最大波高11m)。大坂湾に注ぐいくつかの川が逆流。道後温泉の湧出が数ヶ月間止まる。
安政東海・南海地震は32時間の時間差で発生した。両地震による死者の合計は約3万人との説もある。余震とみられる地震は9年間で3,000回近く。
1855年11月11日 安政江戸地震 - M 6.9、死者4,700~11,000人

1923年9月1日 関東地震(大正関東地震。被害については関東大震災に記述) - M 7.9、死者・行方不明者10万5,385人(日本災害史上最大)。

1933年3月3日 昭和三陸地震 - M 8.1、大津波発生、死者・行方不明者3,064人。
1935年7月11日 静岡地震 - M 6.4、死者9人。

1974年5月9日 伊豆半島沖地震 - M 6.9、静岡県で最大震度:5、死者30人。
1978年1月14日 伊豆大島近海地震 - M 7、伊豆大島と神奈川県で最大震度:5、死者25人。

→ ?

これらのデータは、地震の年表(wiki) よりピックアップ


設計者からの諌言「浜岡原発は制御不能になる」 2005/04/15
http://www.news.janjan.jp/area/0504/0504145797/1.php


 私(林信夫はペンネーム)は日本原子力事業株式会社(現・株式会社東芝)の社員として、中部電力浜岡原子力発電所2号機の設計に当たった技術者です。浜岡原発は基礎を固定する岩盤の強度が弱いという問題があり、当時、技術者たちは原子炉が地震に耐えられるようにいろいろ工夫をしましたが、いずれも耐震計算をしてみると「持たない」という結果が出たのです。それでも2号機の建設はそのまま進みそうでした。私はとても悩みました。そして、技術者の良心に従って会社を辞めました。周りの人たちへのささやかな「警告」になればと思ったからです。

 それから30年余りが経ちました。今年1月には、浜岡原発の運転中止を求める署名運動が全国的に進められていることを新聞記事で知りました。中部電力が浜岡原発の大規模な補強工事をすることも新聞記事で読みました。ほんとうに恐ろしい事態が起こっているに違いありません。私はこの際、私の知っていること、私が経験したことを、すべて明らかにすることにしました。それが社会に対する私の責任と考えたからです。

2つのことを申し上げたいと思います。

第1は、浜岡2号炉の耐震計算結果は地震に耐えられなかった
第2は、直下型地震が起こると核燃料の制御ができなくなる可能性がある


ということです。


耐震計算結果は地震に耐えられなかった

 私は1969年4月に東芝の子会社である日本原子力事業(株)に入社し、東芝鶴見工場で、原子炉の炉内構造物の設計に従事しました。上部・下部シュラウド(炉心隔壁)、上部・下部格子板、緊急冷却装置など核燃料を支える部分の設計です。

 最初は東京電力福島原発2号炉、次に中部電力浜岡2号炉の設計を担当しました。設計者は計算担当者の指示にしたがって、炉内構造物をいくつかの部分に分け、その部分の重量など計算用のデータを提出します。そのデータに基づいて計算担当者が耐震計算をします。

 浜岡2号炉の場合、設計者は100人近くいました。部門ごとの設計者代表が集められた会議の席で計算担当者から聞かされた話は「建屋と圧力容器について、いろいろ耐震補強の工夫をしてみたが、空間が狭すぎてうまく行かないので諦めた」ということでした。原子力発電所の建設は、建屋→建屋内の圧力容器→容器内のシュラウド、格子板などといった順に、安全性の許可を得ながら5、6年掛かりで進めますので、後になって補強のための空間がないとわかっても、それから広げることはできないのです。

 私も私が担当していた核燃料集合体の上部の水平の位置を保持するための上部格子板の応力計算をしてみましたが、「完全につぶれる」という結果が出てしまったのです。

 計算担当者の説明によると、浜岡2号炉が地震に耐えられない原因は次の2つです。
 (1)岩盤の強度が弱いこと(福島は強かった)
 (2)核燃料集合体の固有振動数が想定地震の周波数に近く共振し易いこと

ごまかしの再計算
 そして計算担当者は、「対策」として、次の3つの方法で再計算すると述べました。
 (1)岩盤の強度を測定し直したら強かったことにする(福島なみ)
 (2)核燃料の固有振動数を実験値でなく米GE(ゼネラル・エレクトリック)社の推奨値を使用する
 (3)建屋の建築材料の粘性を大きくとる(振動が減衰し易い)
 つまりごまかしの計算をして、当初計画のまま押し通してしまうということです。

 私はその直後の1972年7月に退社することにしました。会社の会議室で上司に辞意を伝えました。自分の席に戻ったときには、耐震計算結果のバインダーはなくなっていました。

 私の退社後に耐震補強を行ったかどうかは私にはわかりません。しかし、浜岡1号機は配管破断事故とシュラウドの亀裂で停止中、2号機も亀裂の入ったシュラウドの交換が終わる(08年3月)まで停止と報道されています。私が設計に携わった頃から今日まで大きな地震もなかったのに、このように深刻な事態が起こっていることから推測すれば、中部電力は耐震のための設計変更はしないまま建設を進めたものと考えられます。

 計算担当者が中部電力に内緒でごまかしの計算書を提出した可能性がないわけではありませんが、技術者が関係者に相談もせずに偽の計算書を出すことはまずあり得ませんから、中部電力は地震に耐えられないことを承知していたはずです。

 浜岡1、2号機が造られた70年代初めには東海地震の震源域のど真ん中に位置していることがわかっていなかったという報道がよくありますが、もっと問題なのは原子力発電所立地について地盤強度の基準がなかったのではないかと思われることです。プレート境界や活断層の有無以前の問題として、なぜ、地盤強度の弱い浜岡に電発が立地したのか。基準さえあれば浜岡原発の建設は避けられたはずなのです。

 退社して10年ぐらい経ったとき、大学院時代の研究会のOB会で、大手重機メーカーで原子力施設の仕事をしている後輩に会いました。「浜岡2号機は耐震が持たないので会社を辞めた」と話したところ、彼はたまたま浜岡2号機の圧力容器を担当していて「そう言われれぼあそこはちょっとした地震でもビンビン揺れます」と言っていました。これが大地震もなかったのに配管が壊れたり、シュラウドに亀裂が入った原因と思われます。

 中部電力は、地盤および原子炉の建家、圧力容器、配管などに、震度計を設置して、地震時のデータを公表すべきです。そうすれば、すべてが明らかになります。公表できないとすれば、それは浜岡原発がいかに地震に弱い構造であるかを自ずと物語ることになります。

直下型地震が起こると核燃料の制御ができなくなる可能性がある

 現在の原子炉の耐震計算は横波(水平方向の揺れ)に対してのみを行っています。しかし、阪神・淡路大震災のような直下型の地震では、縦波(上下方向の揺れ)も強く、建物がつぶれました。この縦波を原子炉について考えると、制御棒の挿入が不可能になり、原子炉は制御不能の状態に陥ることが考えられます。

 ご存知のように、軽水炉(BWR型)原子炉の燃料集合体は使用済みになると、原子炉から引き上げられ、新しい燃料集合体に換えられます。これが簡単にできるのは、燃料が下部格子板の上に乗っているだけだからです。ただし、燃料集合体と燃料集合体の間を制御棒が動くスペースを確保するために、下部格子板の穴にはめこまれ、横方向には動かないようになっています。

メルトダウンの危険性

 ここを直下型の大地震波が襲うことになると、大きな上下の振動と、水平方向の振動が同時に来ます。上下の振動が激しければ、燃料集合体は上に投げ出され、下部格子板から離れて宙に浮き、下部格子板は水平方向にも振動してますから、穴の位置がずれて穴に戻らなくなる可能性があります。したがって、強い地震を感知して、自動的に制御棒を挿入しようとしても、制御棒が核燃料集合体にぶつかったり、破損したりして、挿入できなくなる可能性があります。

 原子炉が制御不能に陥れば、核反応は止まらなくなります。その後、液注、配管破断による炉内の水漏れ、緊急冷却装置の故障を経て、やがてはメルトダウン(炉心熔融)です。浜岡原発は世界に放射能を撒き散らす最悪の事態を引き起こす可能性があります。過去に設計に関わった者として、そのことを明確に申し上げます。

(林信夫)

++
2008/5/23 <荒田吉明・阪大名誉教授が常温核融合の公開実験に成功されました! >
http://www5b.biglobe.ne.jp/~sugi_m/page284.htm


 文化勲章受賞者で大阪大学名誉教授の荒田吉明先生が、本日2008/5/22(木)に固体内核融合(つまり常温核融合)の公開実験に成功されました。簡単に速報としてお伝えします。歴史的な成果といえます。

 毎日、朝日、日経、日刊工業新聞、NHKなどマスコミも多数参加する中で行われた。

まず荒田記念館(大阪大学、吹田キャンパス)で40分ほど前段説明があった。これまで荒田先生の固体内核融合にいたる道のりなどが説明される。

 次に、先端科学イノベーションセンターのインキュベーション棟C棟3Fにある荒田先生の実験室に皆が移動。

そこでHe4の検出と、熱エネルギーの測定が行われた。実験室は大勢の人でごったがえしの状態であった。

高分解能質量分析装置のモニターには、He4発生のスペクトルピークが明確に示されていた。

   D(2)+ D(2)=He(4) + エネルギー   ------①

                ここで()内は質量数

 He(4)の検出こそ、固体内でD(重水素)とDの核融合が起こったことを示す決定的な証拠である。

実験室の外には①式が貼られていた。

 発生熱エネルギーに対応する温度差データも出力されていたが、核融合のみの余剰分がいくら出たかは後から詳しく解析しないとわからないだろう(化学熱を差し引かなければならないため)。

 実験後、荒田記念館に戻り、主にマスコミ関係者による質疑応答があった(我々一般人も一緒にいた)。

記者の方々から積極的に質問が出た。難しい分野であるためか、とんちんかんな質問も含めて、何度も食い下がるように質問されていた。

 常温核融合の権威である高橋亮人博士(大阪大学名誉教授)から「今回の結果は、ヘリウムがはっきり検出されたきれいなデータであったこと」が伝えられ、Congratulations!と高橋先生。拍手が沸いた。

 あとで高橋先生に聞くと、①は正確ではないだろう、つまりく左辺は2個のDでなく、本当は四つのDが反応に関わっているはずとのことであった。それは、重水素がパラジウム内で正四面体の頂点に配置されたときのみ4個のDが中心点に向かって凝集し核融合が起こることを示唆する高橋理論による(TSCモデル理論)。理論面はまだまだ難しい状態であり、「しかし、たしかに起こっている!」と結果の方が先行しているのが常温核融合である。

 今回の実験を簡単にいうと、パラジウム合金微細粉末に重水素D2ガスを高密度に充填 する。熱も何も加えずに充填するのである。その後、合金微細粉末の内部に侵入した重水素DがHe(4)に変化し、そのとき熱エネルギーが発生するという実験である。

 非常にシンプルな実験系である。

熱もなにも加えずに重水素を充填されるだけなので、シンプルであり解析がしやすい利点がある。疑義が減る。

D2ガスとHe(4)の質量の差はわずかであるが、高分解能の質量分析装置でその差を捕らえることができる。今回、大きなHe(4)ピークのすぐ右横にD2の小ピークが出ているスペクトルを見ることができた。

 これまで世界中で多くの人により、常温核融合現象が確かに起こっていることが実証されてきた。しかし、公開実験というところに、今回は大きな意味があると思う。

先生は1958年に熱核融合の公開実験に成功。50年後(2008)に今度は常温核融合の公開実験に再び成功された。

HotとCold の二つを成功されたわけで、歴史に残る偉業と言えよう。

「新エネルギー創生研究所」の創設を荒田先生は計画されている。早期の実現を希望しつつ、今回は本当に成功、おめでとうごさいました。

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by oninomae | 2008-05-25 22:25 | 人工地震詐欺・地震  

ポール・クラヴァス by Clifford Shack

19.ポール・クラヴァス

マクロイがハンフスタングルに会った時、彼は、ポール・クラヴァス[1861–1940]の法律事務所で働く弁護士だった。

ポール・クラヴァスについては、彼の事務所の若い仲間いわく、「ウォール街でよく見かけられた二人の畏怖の念を起こさせる人影があった: JPモルガンとポール・D・クラヴァス、そしてかれらの山高帽だった。われわれのものとは違って、きれいに丸く、てっぺんは平らだった。彼らの存在そのものが、権力を発散し、畏怖の念を植え付けた。」

クラヴァスは、テディ・ルーズベルトの「信頼破壊者達」のあいだ、強盗男爵の守護者として 全国的に知られるようになった。  (訳注:テディさんは、マッキンレー大統領暗殺の後、大統領に昇格しました)

クラヴァスの顧客は、モルガン家、ジョン・D・ロックフェラー及びイングランド銀行を含んでいた。

「彼の経歴の初期の段階で、クラヴァスは実業家の精神をもった弁護士としての評判を確立した。彼は、ジョージ・ウエスチングハウスジェイコブ・シフのようなビジネス界のリーダーたちを育て、まもなく、ウエスチングハウス・エレクトリッククーン・ローブ商会が、彼の顧客となった。」

ここで以下のことを記しておくことは興味深い。

マクロイが、「強盗男爵の守護者」のために働いていた一方で、アレン・ダレスは彼の兄フォスターとともに、「強盗男爵にいかにして強盗するか教えていた」法律事務所-サリヴァン&クロムウェルのために働いていた。

クラヴァスは考えた。「富と権力を有する人々は、コミュニティに対して特別の義務を有している...」

クラヴァスの場合は、彼は自分自身のことを、国の外交政策の執事として考え始めた。

1921年に外交問題評議会(CFR)が組織化された時、クラヴァスはディレクター兼副会長になった。

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彼はその評議会の出版物ハミルトン・フィッシュ・アームストロング編集の「フォーリン・アフェアーズ」に対する資金供給に貢献した。

ところで、私はハミルトン・フィッシュ[1888-1991]による「FD・ルーズベルト-そのコインの裏側」を推薦する。フィッシュはアレクサンダー・ハミルトンの祖先[訳注:「子孫」といいたかったのかも知れない?]の一人である。私は彼の祖父「レクシー」を知る恩恵に浴していた。)

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元記事は
19.Paul Cravath
http://www.geocities.com/cliff_shack/mary/mary19.html

++
ところで、少年Aの検事調書によると、11年前の今日は、土師淳の遺体の首を、少年Aが糸ノコ(だか金ノコだか?)によって、切断したそうです。第二頸椎のところで、すぱっと。(苦笑)

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すぱっと。それもcervical spineの上から2番目の下側である。

こんなものがまかり通るわけだから、1994-5年の松本地下鉄サリン事件や、阪神淡路大震災の奇妙さとも相まって、世の中がわかるようになってしまったのでした。いや、エイズも書いとかないといけないが。

おかげさまで、911の嘘はすぐにわかりました。

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おまけ

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by oninomae | 2008-05-25 10:24 | イルミナティ  

土師淳 失踪・殺害より11年 ペプシンの独白

1997年5月24日、神戸市に住む男児、土師淳は、昼食に母の作ったカレーライスを食べた後、祖父の家に行くと言って昼過ぎに家を出たまま、消息をたった。

3日後、発見された遺体(胴体)は、神戸大学・医学部で検死された。その胃袋には、カレーライスがあった。

3日後まで生きていて、ふたたびカレーライスを食した直後、殺害されたのだろうか?だとすると、少年Aの検事調書は完全に破綻する。

検事調書では、被害者は24日午後、比較的すぐに殺されたことになっている。

この場合、カレーライスは胃にあるだろうし、カレーライスはそのまま胴体とともに残っていたことになる。これで話は通るのか?

しかし、問題が生ずる。

犯人にとっては、残念ながら?

カレーライスは野菜カレーではなかった!

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3日後の(はずの)カレーにも肉がそのまま残っていたのである。

ヒトが死んでも胃袋のタンパク消化酵素は死なない。

遺体が、3日も転がっていれば、胃袋中の肉は溶けるし、胃自体も溶けてくる。


しかし、肉は溶けていなかったのである。

それでは、私ことタンパク分解酵素・ペプシンは何をしていたのであろうか?

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そう、なぜかペプシンは「凍眠」していたのである。

ペプシンが「凍眠」していたとすれば、胴体はどうしていたのだろうか?

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これだけでも、少年Aの検事調書は完全に破綻している。

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しかし、フールにしておけば、問題ない?


旧約聖書 士師記

JDG05:24 女たちの中で最も祝福されるのは カイン人ヘベルの妻ヤエル。 天幕にいる女たちの中で 最も祝福されるのは彼女。

JDG05:25 水を求められて ヤエルはミルクを与えた。 貴人にふさわしい器で凝乳を差し出した。

JDG05:26 彼女は手を伸ばして釘を取り 職人の槌を右手に握り シセラの頭に打ち込んで砕いた。 こめかみを打ち、刺し貫いた。

JDG05:27 彼女の足もとに、シセラは かがみこみ、倒れ、伏した。 彼女の足もとに、彼は かがみこみ、倒れた。 かがみこみ、そこに倒れて息絶えた。


JDG05:28 シセラの母は窓から外を見て 格子を通して嘆いた。 「どうして彼の車は遅れているのか。 どうして馬のひづめの音は遅いのか。」
JDG05:29 賢い女官たちは答えた。 母も同じ言葉を自分に何度も言い聞かせた。
JDG05:30 「戦利品を得て、分けているのでしょう 兵士それぞれに一人か二人の女を。 シセラには染めた布が戦利品、 染めた布が戦利品 刺しゅうした布、染めた布 その首には刺しゅうした布二枚 これが戦利品。」

JDG05:31 このように、主よ、あなたの敵がことごとく滅び、 主を愛する者が日の出の勢いを得ますように。 国は四十年にわたって平穏であった。


++
ペプシンを滅ぼしつくすことはできない。


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新型インフルのワクチン、全国民に用意・経済界要請へ  日経
http://www.nikkei.co.jp/news/main/20080524AT3S2301U23052008.html


 日本経団連は、新型インフルエンザ対策の大幅強化を政府に要請する。インフルエンザの流行に備えたワクチンは今は2000万人分しかないが、これを全国民分用意し、事前接種を希望する人すべてが受けられる体制を整えるよう求める。ワクチン量産のため一定の企業負担も検討する。日本商工会議所も同様の要請を検討中で、経済界が政府に対策のテコ入れを迫る形だ。

 鳥類などのウイルスが変異し人に感染する新型インフルエンザは、強い感染力で大流行する懸念がある。国内で感染が広がれば経済活動に深刻な影響が及ぶ。経団連はこの新型インフルエンザの予防措置を政策提言として6月にも打ち出す。 (07:00)

ほれ来た

いやー困った。さてはてには、2000万人処分では足りないといっているように聞こえてしまう。
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by oninomae | 2008-05-24 01:28 | イルミナティ  

「プチ」・ハンフスタングル/ウィリアム・ランドルフ・ハースト/ヒトラー by Clifford Shack

17.「プチ」・ハンフスタングル

アーネスト・「プチ」・ハンフスタングルlは、 NYタイムズの死亡記事が説明しているように、 「ヒトラーのハーバード仕込みの取り巻きだった...教養のある裕福な画商家族のピアノを演奏する御曹子は、ヒトラーの最古参の信奉者の一人で、1920年台から1930年代にかけての最もエネルギッシュな宣伝屋だった。

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エルンスト・フランツ・セジウィック・ハンフスタングルは、1887年2月11日ミュンヘンでエドガー・ハンフスタングルとキャサリン・セジウィック・ハイネとの息子として生まれた。エドガーは、ドイツの裕福な画商で美術関係の出版家で、キャサリンは、コネチカット州生まれの南北戦争中の北軍将軍の娘だった。」

「彼は、1923年のミュンヘンでの失敗に終わった『ビアホール一揆』に参加した。
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(それは面白い。それは、 『ワイルド・ビル』・ドノバンが、ベルヒテスガーデンでアドルフ・ヒトラーとビールを共に飲んでいたのと同じ年である。) 

そのベトベトした若手の民衆扇動家は、同情的な弁護士に大言壮語した。彼は、家庭の飼い犬とは違って、そのカーペットを血で濡らすまでは父親に打ち負かされることはできないと。」

ハンフスタングルは、後にナチの主要な日刊紙となるVolkische Beobachterのための資金集めに彼の社会的なコネクションを使った。

新聞とアートギャラリー。

これらの主題は、主要な策動におけるもう一つの疑いを思い出させる...


18.ウィリアム・ランドルフ・ハースト

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私は、ホロコーストと呼ばれる陰謀疑惑においてハーストが果たした役割に好奇心を持っていたので、そこからなんらかの手掛かりを探り出すことが出来ないかと調べるために、映画「市民ケーン」を借りてみた。

私は実行した。

この映画は、もちろんオルソン・ウェルズによって描かれたハーストの架空の映画場面を含んでいる。

私に興味深かったのは、ハーストがアドルフ・ヒトラーと会談していることを示す場面だった!

私は、そのような会談の証拠を発見することが重要だと考えた。

W・R・ハーストの息子による 「ハースト:父と息子」という本の中で、1934年、実際にヒトラーとW・R・ハーストが持った会談についての言及がなされていた。

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ヒトラーはハーストから、どのように「米国の世論が形成されるのかと、その米国の国家政策への影響」について学びたがっていた。

その著者ウィリアム・ランドルフ・ハースト・Jr.は続けている...

その父親は私の父をよくを知っていたが、「アーネスト・「プチ」・ハンフスタングルは、ヒトラー側近の中で腰ぎんちゃくになっていた。
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私の父は老ハンフスタングルを通じて、、多くの美術品を購入していたし、その息子とも会っていた。 プチは、かつて父が入浴するためバッド・ナウハイムについたとき、会談すべく熱心に策略をめぐらした。」

「私は、この会談に出席したかったが、父がそれを禁じた」

ここで興味深い注意点は、1934年、ヒトラーがハンフスタングルの呼びかけでハーストと会談したのと同じ年...

ジョン・J・マクロイもまたハンフスタングルに会っていた!

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17."Putzi" Hanfstangl
http://www.geocities.com/cliff_shack/mary/mary17.html

18.William Randolph Hearst
http://www.geocities.com/cliff_shack/mary/mary18.html

参考

The Nazi Who Returned to Harvard
http://www.aish.com/jewishissues/jewishsociety/The_Nazi_Who_Returned_to_Harvard.asp


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by oninomae | 2008-05-23 20:18 | イルミナティ  

ドイツ労働者党・ヒトラー・トゥーレ協会 By Clifford Shack

16.いったん潜入するや、ドイツ労働者党の元々の指導者はヒトラーに失脚させられ、ヒトラーがこの小さな分派グループを指導する結果となった。

このグループの背後には「ある権力ある政治的、社会的そして財政的パトロン-トゥーレ協会[Thule Society]が存在していた。トゥーレ協会は、ロッジ様式に組織され、バヴァリアのもっとも影響力のある組織の1つだった。」

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トゥーレ協会は、英国の黄金の夜明け同胞団、ニューヨークに拠点を置くマダム・ブラヴァツキー神智論者達、そして悪名高い魔術師で冒険家のアレイスター・クローリーと相互リンクを有していた。

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ちなみに、FDルーズベルトの紋章付き外衣は神智論者の象徴をつけていた。
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「犯罪、陰謀そして隠蔽」という本によると、彼はフリーメーソン・グループ-イルミナティのメンバーだった。

もう一人の疑われているメンバー、JPモルガンは、「占星術は百万長者のためのものではない。それは億万長者のためのものである。」との格言でしばしば引用される。

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これは、彼もまた、オカルトにはなじみ深かったことを示唆する。

1920年2月には、 「ワイルド・ビル」・ドノバンは、
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バッファローの弁護士として、「地球上で最大の顧客の一人、ニューヨークでの主要な投資銀行一族であるモルガン家のジョン・ピエルポン・モルガン」を獲得した。


ドノバンは1923年、欧州での任務についている間、 アドルフ・ヒトラーとのビールを共に飲むことを「実現した」。 [ハーシュの「オールド・ボーイズ」 p.55]

「知られざるヒトラー」で明らかにされているもう1つの興味深い事実は、彼のメンターであるディートリッヒ・エッカートは、かつてバラ十字会会員でフリーメイソンであったと報告されていることである。
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私は、ジョン・J・マクロイはバラ十字会の18位階であったと聞いている。
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J・エドガー・フーバーとウォーレン委員会委員ジェラルド・フォードは両者ともフリーメーソンだった。

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元記事は
16.http://www.geocities.com/cliff_shack/mary/mary16.html

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関連

トゥルン・ウント・タクシス家のボロ儲け
http://www.onyx.dti.ne.jp/sissi/erz-102.htm

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デ・ラ・トッレ家の古い紋章


オーストリア、スイス、ドイツなど欧州の多くの国の郵便局のマークにはポストホルンというラッパ(これ→オーストリアの郵便マーク)が採用されていますが、その起源を遡ってゆくと最後には上の絵の紋章にたどり着きます。

この紋章はイタリアのベルガモ出身のド・ラ・トッレ[de la Torre]家が今から約900年前に使っていたものでした。

この一族はその後ドイツ風にトゥルン・ウント・タクシス[Thurn und Taxis]と名乗り、今の本家の人々は独レーゲンスブルクのエムメラム城に住んでいます。苗字のトゥルンは元のイタリア名のトッレ(塔の意味)がドイツ語のトゥルムになりこれがさらに訛ったもので、タクシスのほうは同家が税金(Tax)の徴収を請け負っていたことの名残りです。

以下略

Ahnenerbe
https://en.wikipedia.org/wiki/Ahnenerbe
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by oninomae | 2008-05-22 21:58 | イルミナティ