「ほっ」と。キャンペーン

原爆ホロコースト:広島

c0139575_23381916.jpg


c0139575_2342566.jpg


c0139575_23395446.jpg


c0139575_23503086.jpg



c0139575_0413477.jpg


c0139575_0284031.jpg


c0139575_042407.jpg


c0139575_23542886.jpg

c0139575_23545841.jpg

c0139575_1435298.jpg

c0139575_1432348.jpg


私は一人で司令部裏の石段を登って行くと、いつものこの位置から木の間越しに見えはじめるはずの天守閣の姿がないことに気づいた。天守閣がない!真っ黒に焼け残った大木が立ち並んでいるだけであって、その向こうにあるべき「天守閣」が見えないのである。考えてみれば、当然すぎるほど当然なことで、広島全市がこれほどの被害を受けているのに、あの天守閣だけが生き残ることができないのは、全く疑う余地もない。

(中略)

その石段を登りきったところから、天守閣の付近まで約二百メートルの間に軍司令部のほとんど全員の犠牲者の屍が散乱しているのであるが、その中で軍司令部のすぐ裏にあたる広場付近には三、四十名の女学生たちが集まって折り重なるように倒れていたのである。

この広島では毎朝八時より、約三十分全員が集合して朝礼をやることが日常の行事になっており、その行事の最初に高級副官の音頭で「決戦訓」を朗読して、それが終わると戦意昂揚のために将校・下士官は軍刀の素振り、兵員は銃剣術の基礎練習、その中に交じって女子挺身隊の真剣な竹槍訓練が実施されることになっていたのであるが、「午前八時十五分」は、ちょうどその訓練を開始したばかりの時間に相当することになる

事実はまさにそのことを証明するように、女学生たちの目を蔽うような屍の傍には、多くの竹槍がそのまま投げ出されており、中にはその手にしっかり青竹が握られている姿も目にはいってくる。

宍戸幸輔 『広島が滅んだ日』 より(鬼塚英昭 原爆の秘密[国内篇] 第二章 原爆殺しの主犯を追跡する p066に引用がある)


--
一九四五年七月九日広島

各地の放送局に波長を合わせたラジオが一〇台以上も置かれていたが、その部屋の中は天井に取り付けてある扇風機の低くうなる音の他は、ほとんど音がしなかった。それぞれのラジオは、その前に坐っている人のイヤフォンにしか音が伝わらないようにしてあった。そこにいる人がやっていることは、日本の他の人間がしたら死刑になるかもしれないことだった彼らはアメリカの放送を聞いていたのである。彼らはラジオのモニターであった。二四時間ぶっ続けに、太平洋およびそれよりまだ向こうの地域の放送を聞く仕事の、午前の班であった。これは畑元帥の第二総軍司令部の通信部の一部であった。

この部は畑元帥の司令部の神経中枢であって、西練兵場の近く、二葉山の麓にある元国民学校校舎の二階建ての長い建物の中にあった。この通信部は特設の通信線で東京の大本営陸軍部と結ばれており、また福岡、佐世保、長崎、鹿児島などの九州の軍事要点との間にも他の通信線が通じていた。地元では、呉軍港、宇品船舶司令部、および広島城内の中国軍管区司令部とも結ばれていた。

この傍受室はこの通信部の一番重要な施設で、東京郊外にある特種情報部だけがこれに匹敵することができた。

この数週間、傍受室はいままでになく忙しくなったが、それは有末中将の部下ですご腕のアメリカ事情専門家、大屋角造中佐が畑元帥の諜報主任将校として広島に赴任してきてからのことであった。

ゴードン・トマス&マックス・モーガン=ウィッツ 『エノラ・ゲイ』 p256-257より (鬼塚英昭 原爆の秘密[国内篇] 第一章 原爆投下計画と第二総軍の設立 p023-025に引用がある)
c0139575_0164761.jpg


--
畑元帥と大屋中佐は、刻々と変更される投下日時の把握に追われていた。それで、大屋中佐はもう一つの傍受室をつくるのである。

『昭和史の天皇』から引用する。被爆の瞬間、軍の中枢である第二総軍司令部参謀一課にいた井本熊男高級参謀の談話である。もちろん井本は負傷していない。

このとき、あけてあったドアから廊下へはじき飛ばされた橋本参謀と大屋参謀は、そのまま無意識のうちに廊下の窓にかけてあったナワばしごで建物の外に出て防空壕に向かったが、参謀室にまだ人がいたことに気づいて引き返してきたのだった。その橋本氏の話にかえる。
「二人で歩きながら、直撃弾をうけたにしても爆痕がない。これはいったい何だろう、とわたしがいったら、大屋君が、そういえば妙な新兵器の海外放送を聞いたが、それかもしれんという。この海外放送は実は大本営にはないしょで、情報の大屋君が主として女性の二世を二十人ほど集め、鯉城に近い浅野候の別邸に傍受所を設けて、内外の動きを見ていたのだ。当時、わたしたちが気にしていたのは、政府首脳が軍の本土決戦のカゲで、どうやら終戦工作をやっているらしいということだ

大屋中佐は鯉城(広島城)の近くに女性の二世を二十名ばかり集めて、ブロークン・イングリッシュを解読させていたのである。彼は、この情報を有末中将に伝え、有末中将は同部に所属する皇弟・三笠宮崇仁(みかさのみやたかひと)中佐に伝えていたのである。

テニアンから刻々と入る情報で、「八月六日八時十五分」の投下時刻を正確に知ると、畑元帥と大屋中佐は大衆動員(引用注:八月三日~八月六日、義勇隊三万人、学徒隊一万五千人)を原爆中心地近くにかけ、大阪から鹿児島までの将校たちを八月六日午前八時(これは九時に変更される)に爆心地近くの陸軍の社交場・偕行社に集まれとの司令官命令を出すのである。戦争終結に導くためのスペクタル・ショーの演出をやってみせるのである。

『エノラ・ゲイ』の続きを見ようではないか。秘密が、第二総軍が隠し続けてきた秘密が見えてくるのである

一日のうちで最も忙しいのは正午から夜の零時までの間であった。その間、この部屋のラジオの半数が、沖縄、硫黄島、マリアナ諸島から発せられる通信の傍受に向けられた。モニターたちは、遠くはグアム島から発せられるアメリカ軍の命令の放送を聞こうと耳を澄ました。その命令は多くは暗号だったが、そうでない生まのものもかなりあって、すぐに役立つような情報が手に入ることがあった。

この傍受には軍のラジオ通信ばかりでなく、B29の通信兵が離陸直前に行なう簡単なラジオの言葉も入った。

日本とマリアナ諸島との間には一時間の時差があるから--広島のほうがテニアン島より一時間遅かった--そのラジオのテストが広島の時間で午後三時か四時頃行なわれるとすれば、モニターはその夜空襲のあることを知りえた。

モニターを傍受したテストの回数で、空襲にやってくる敵機の数をおおよそつかむことができた。モニターはその報告を上司に渡し、上司はそれを通信司令室へ送り、そこから西日本全体の防空組織へ情報が流された。それだけのことがわずか数分間でできた。  

爆撃機が日本の上空に接近すると、モニターは乗員同士の断片的な会話の交信をキャッチし、上司はそれによって爆撃機が日本のどの地域を攻撃するつもりかの見当をつけることができた。そういう情報は海上の艦船同士のラジオ通信の傍受記録と一緒にタイプされ、あとで分析された。畑元帥と大屋中佐はそれをもとにして、敵の兵力と意図とを驚くばかり正確に察知することができた。


大屋中佐は広島に来てからは、この仕事を自分がいかに重視しているかをモニターたちに見せるために、定期的にこの傍受室に顔を出した。

畑元帥と大屋中佐がどれほどテニアン基地の情報を知りえる立場にあったかが、この文章を読めば理解できる。

しかし、一つの謎が残る。畑と大屋は他の誰にも知られたくない独自の情報網が必要ではなかったのか。それで鯉城の近くに、わざわざ二世の女性を二十人ばかり使った秘密の傍受室、そして、応答室をつくった。そこで、テニアンにいる秘密室と直接に原爆情報のやりとりをした。二世の女性たちは、あるときから不自由な生活を強いられていたのではないのか。どうしてか。それは鯉城の近くに原爆が落ちたから推測できるのである。彼女たちは死んだはずである。生き残った女性たちは沈黙を守るようにきびしく言われたであろう。鯉城の近くにいた人々で生存者はほとんどいない。原爆投下を知って、第二総軍の傍で傍受されなかったのは、深い意味があったからだ。証拠隠しである。第二総軍から情報が流されていたと書かれているが、原爆の情報は中国軍管区に届いてはいない。原爆の情報はすべて、畑と大屋の二人で闇のうちに処理されたのである。どうしてか?劇的な演出で、多くの広島市民に死んでもらうためである。スペクタクルが必要であった。天変地異に比すべき出来事が演出されなければならなかったのだ。

スティムソンは天皇にそれを期待したのである。天皇の特命を受けた畑は、大屋を三笠宮と有末のもとから強引に呼び寄せ、演出を担当させたのである。

原爆投下を事前に多くの人々が知っていたのである。どうして第二総軍においておや、である。
あの東京ローズの放送も、畑と大屋の情報が有末のもとへと伝わり、甘く美しい声に乗って、テニアンの原爆機の担当者たちの胸を強く打ったのである。


鬼塚英昭 原爆の秘密[国内篇] 第一章 原爆投下計画と第二総軍の設立 p028-p031より

--
もう一つ重要なことがある。それは、第二総軍が広島市民たちを爆心地近くに動員したことである。原爆遺跡保存運動懇談会編『広島爆心地中島』(二〇〇六年)から引用する。この本の中に、「長谷川氏の手記」というものが載っている。

学校関係者は、口を揃えて、〔動員された生徒が〕危険な作業に出ることを極力反対しました。しかし、軍関係者は、承知せず、防災計画上、一日を争う急務だからと強く出動を要望しました。会議は長時間にわたり平行線をたどったのであります。
出席の軍責任者の○○中将は、いらだち、左手の軍刀で床をたたき、作戦遂行上、学徒出動は必要であると強調し、議長(内政部長)に決断を迫りました。議長は沈思黙考、双方の一致点を見出そうと苦慮され、やむなく出動することに決定、空襲の際は早く避難できるようにと引率教師を増やし、少数の集団として、終了時間は一般より二時間位早くすることでようやく妥結しました。

この中の「○○中将」についての解説があるので記すことにする。

〔○○中将とは〕当時、広島の陸軍部隊には三人の中将が配属されていた。一人は船舶司令部(暁部隊)の佐伯文郎中将、一人は編成中の赤穂部隊の河村参謀中将であり、もう一人は広島の第五九軍司令官(元広島師管区司令官)であり、中国軍管区司令官の藤井洋治中将であった(『広島原爆戦災史』『広島師団史』)。「軍責任者」とは藤井中将に外ならない。
したがって最高責任者、司令官自身が前述の学徒動員実施要綱にもある一、二年生への配慮も、学校関係者の「口を揃えての」反対をも無視したこと、さらには秋吉威郎内政部長が沈思,黙考苦慮した経過が明らかになった、

以上のことを裏づけるように、『広島県史(近代H)』の「原爆と敗戦」の項では、「広島地区司令部の強い要請により、中国地方総監および広島県知事は八月三日から連日義勇隊約三万人、学徒隊一万五〇〇〇人の出動を命じた」と記している。

この解説の中に、「広島地区司令部の強い要請により」とは、藤井洋治中将の要請により、と理解される。彼を最高責任者としているが、私は広島の軍を指揮した最高責任者は畑元帥であったと思っている。畑元帥が藤井洋治中将に命じ、広島県知事を動かし、「八月三日から連日着勇隊三万人、学徒隊一万五〇〇〇人を出動させた」ものと確信する。

どうして、八月三日から六日までなのか。エノラ・ゲイは八月三日から六日にかけて、天気のよい日を見つつ、出撃の秒読み体制に入り、八月三日すぎに「八月六日投下」と正式決定をするのである。これは偶然では決してありえない。畑元帥とテニアン島のルメイ司令官、そしてグローブス将軍、そのボスのスティムソン陸軍長官が、日本側に求めてやまなかった準備工作である。だから、夏の朝、八時ごろから子供たちが駆り出されて、強制疎開という名の瓦運びなどをさせられたのである。

八月六日朝、偕行社に行く準備をしていたであろう藤井洋治中将は爆心地近くの宿舎で夫人とともに被爆死するのである(一説には偕行社にて死んだと書いた本あり)。藤井中将は予備役であったが、第二総軍創設の四月に畑元帥から広島地管区司令官に迎えられ、六月に第五十九軍司令官中国軍管区司令官となる。畑元帥の命令で子供たちを爆心地へ連れ込んだのである。広島市長は、藤井中将ではなく、高野知事でもなく、畑元帥に直接、「溢れる軍人をなんとか少なくしてくれ」と依頼している。この事実は、かのとき畑元帥が広島の最高指揮者であったことを示しているのである。

c0139575_012366.jpg


鬼塚英昭 原爆の秘密[国内篇] 第二章 原爆殺しの主犯を追跡する p101-104より

c0139575_08675.jpg


c0139575_083424.jpg


c0139575_0585061.jpg


c0139575_059580.gif



参照

世界権力構造の秘密 Eustace Mullins 2 原爆ホロコースト
http://satehate.exblog.jp/7590315


スカル&ボーンズとホロコーストの陰謀 by Clifford Shack
http://satehate.exblog.jp/7954379/


ホロコーストの秘密の起源:さてはての前書きと「ユダヤ人」ホロコースト
http://satehate.exblog.jp/7922652/


ホロコーストはなぜ起こったのか? by Clifford Shack
http://satehate.exblog.jp/7962130/


JFケネディとホロコーストの秘密 by Clifford Shack 目次
http://satehate.exblog.jp/9212783/


サバティアン・フランキスト・イルミナティ;全能の目カルトとしても知られる。
http://satehate.exblog.jp/7920212/


黒い貴族 デーヴィッド・アイク「最大の秘密」(訳書では「大いなる秘密」)よりの抜粋 by Clifford Shack
http://satehate.exblog.jp/8022382/


ロスチャイルド一族、日本をとる。 by Clifford Shack
http://satehate.exblog.jp/7983092/


白洲次郎のプリンシプルとは? by 鬼塚英昭 原爆ホロコーストへの道
http://satehate.exblog.jp/9332877/


原爆の秘密 by 鬼塚英昭 を原爆ホロコースト真実の書として推す。
http://satehate.exblog.jp/9318506/


原爆投下は予告されていた by 黒木雄司
http://satehate.exblog.jp/9358512/


アメリカ兵捕虜の予告 「八月六日、ヒロシマは焼け野原になる」
http://satehate.exblog.jp/9365812/


東京ローズがささやいた「テニアンの秘密」 by 鬼塚英昭
http://satehate.exblog.jp/9373582/


東京ローズがささやいた「テニアンの秘密」 2 by 鬼塚英昭
http://satehate.exblog.jp/9379355/


原爆産業の裏側 by オルタ
http://satehate.exblog.jp/9356555/


日本のみなさん、世界のみなさん、黒幕が同じであることがわかってきたでしょうか?


今彼らは、経済恐慌と日本に対しては地震による原発事故を狙っているように思われる。気をつけられたし。

c0139575_281454.jpg


c0139575_23522490.jpg


key words: atomic bomb, holocaust, Hiroshima, Mr. Bigs 広島 長崎 原爆 投下 死者 被害 写真 秘密 資料  
[PR]

by oninomae | 2008-08-06 00:28 | ホロコースト  

<< 八月六日(月)晴 by 黒木雄司 東京ローズがささやいた「テニア... >>