東京ローズがささやいた「テニアンの秘密」 by 鬼塚英昭 2

東京ローズがささやいた「テニアンの秘密」 その2

戦前戦中、東京・駿河台の現在は文化学院がある場所に「駿河台技術研究所」(後に駿河台分室と改められた)があった。上坂冬子の『東京ローズ』から引用する。

技術研究所とは申すまでもなくカモフラージュのための偽称である。
私がこの蔦のからまる文化学院にことさら注目するようになったのは、
「謀略放送といえば東京ローズのゼロ・アワーが真先に引き合いに出されますが、実はあれはいわゆる謀略放送のほんの一部にしかすぎません。主流は何といっても駿河台技術研究所(捕虜の間では通称文化キャンプ)の捕虜たちの行った放送ですよ」
と述懐した元参謀本部宣伝主任恒石重嗣中佐の一言にひきつけられたからである。

上坂冬子は捕虜たちのことを詳述するが、どんな内容を彼らは喋らされたのかについては書いていない。しかし、興味深いことを書いているので引用する。

十四人の捕虜のうち三人(ヘンショー、ブロボー、マクノータン)は翌日早速NHK第五スタジオヘ赴いて、同盟通信社(昭和十一年連合通信社と日本電報通信社通信部門を合併して設立した国策通信社で社長は吉野伊之助、幹部には松本重治、長谷川才次、井上勇の各氏など)の用意した原稿を読み上げ、かくて我が国初の捕虜による謀略放送第一回「日の丸アワー」は放送されたのである。

この上坂冬子の文章を読んで分かることがある。あの「黙殺」発言を「イグノア」と訳したのが、国策通信社による謀略であったということである。松本重治長谷川才次は戦後にアメリカのロックフェラー財団と気脈を通じて甘い汁を吸った謀略家たちであった。

あの東京ローズのニュースも一種の国策であろう。陸軍参謀本部と同盟通信社が共同でニュースを作成し、東京ローズに喋らせたのである彼ら陸軍参謀本部のエリートや同盟通信社の幹部たちは、第五〇九航空群の爆撃機の尻に「R」のマークがついている秘密まで知っていたのである。これが何を意味するかは考えるまでもないことである。
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彼らは、ロックフェラーやモルガンと通じていたのだ。そして、原爆が落とされるまで日本を降伏させないように猿芝居を演じていたのである。この同盟通信社とヨハンセン・グループに深い因縁があることはすでに姉妹書『原爆の秘密国外篇』で書いた。

上坂冬子は「その八課(参謀本部の)の人々は戦後から今日まで『駿河台会』という名の親睦会を持っており、ほぼ毎年一回の割で集りをつづけて、すでに三十回を越えている」と書いている。そして、一九七七年七月+二日午後五時、上坂冬子は会場の霞が関ビル三+四階の一室に、取材許可を得て出席する。そこに元参謀本部第二部長有末精三陸軍中将が出席していた、と上坂冬子が書いている。この有末精三陸軍中将の発言を上坂冬子は書きとめている。

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ついに八十二歳の有末精三元中将まで立ち上り、
「東京ローズの生みの親というオーストラリアのカズンズ少佐に、一度だけ駿河台で会ったことがあるんだが、私はこういうザックバランな男だから、こちらからグッドモーニングと手をさしのべて『食い物はどうだ』と聞いたら、彼は即座に『ワンダフル』と答えましたな」

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戦争が終わったとき、多くの軍人や政治家、文官たちが戦犯となったり追放処分となった。しかし、謀略機関で働いた連中は、一部の例外はあるものの、ほとんどが自由の身となり、それだけではなく、権力と富を得た。有末精三も例外ではなかった。「有末機関」をつくり、米軍に協力した。これは何を意味するのか。彼らはアメリカとグルであったことを意味するのではないのか。アメリカのために働いてきたのではなかったのか。

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鬼塚英昭 原爆の秘密[国内篇] 第一章 原爆投下計画と第二総軍の設立 p019-p021より

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by oninomae | 2008-08-05 21:10 | ホロコースト  

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