東京ローズがささやいた「テニアンの秘密」 by 鬼塚英昭 1

東京ローズがささやいた「テニアンの秘密」

「東京ローズ」をご存じだろうか。第二次世界大戦中、太平洋戦線にいたアメリカ兵への宣伝放送を、魅惑的な英語で読んでいた日本人女性アナウンサーのニックネームである。彼女たちの甘美で美しい声は、故国を遠く離れた若い米兵たちの郷愁をかきたてたという。

だが、その東京ローズについて書く前に、ゴードン・トマスとマックス・モーガンHウィッツの『エノラ・ゲイ』(一九八○年)からある文章を引用する。

c0139575_23283068.jpg

とても奇妙なことが書かれている。その文章は「一九四五年七月一二日--テニアン島」の項の中にある。テニアン島の基地から原爆投下機が広島、そして長崎に向かったのである。

ビーザー〔テニアン島に派遣された諜報将校〕は、テニアン島占領の時に戦死したアメリカ兵の墓地の近くのかまぽこ小屋にいた。その墓地には、彼が目撃した墜落事故で死んだ爆撃機乗員たちの遺体も葬られていた。ビーザーはその後、焼夷弾をぎりぎりまで満載したB29のそうした墜落事故はテニアン島では珍しくないことで、嫌でも逃れられぬ人生の現実であることを知るようになった。ビーザーは服を着ると、かまぼこ小屋の中が空っぽなのを知った。仲間の将校たちはおそらく浜辺へ海水浴に行ったのだろう。

小屋のラジオのスイッチをひねると、センチメンタル・ジャーニーの曲が雑音のなかから聞こえてきた。そしてその曲が止むと、続いて甘い美しい声が響いた。それはビーザーがしやくだけれども引きつけられているものだった。

東京ローズが太平洋地域のアメリカ軍向けの定時の宣伝放送を繰り返していた。

日本放送協会(NHK)で戦時宣伝放送「ゼロ・アワー」が開始されたのは一九四三年(昭和十八年)三月であった。参謀本部情報局管轄のもとに行われた対連合国向けの謀略放送である。命じられるままに、東京ローズは太平洋地域のアメリカ軍向けの放送を流していた。『エノラ・ゲイ』の続きをみよう。

東京ローズはもう二度も第五〇九航空群のことを名指しで取り上げて、隊員たちの胆を冷やした。第一回目は、第五〇九航空群地上勤務部隊が五月三〇日のメモリアル.デー(戦没将兵追悼記念日)にテニアン島に上陸した直後のことであった。東京ローズは彼らの到着したことに触れ、日本軍の餌食にならないうちにアメリカヘお帰りとすすめた。

第五〇九航空群の隊員のなかにはその言葉を嘲笑したものもいたが、また心配したものもいた。そういう隊員は、一体、東京ローズがどうやって、アメリカ全航空隊のなかで最も秘密のこの部隊のことを知ったのだろうかといぶかった

それから二週間後に、東京ローズはまた第五〇九航空群のことを言った。彼女は、第五〇九航空群の爆撃機は、尻に「R」の記号がはっきりついているから、日本軍の高射砲隊はすぐ見分けられるぞと警告した。今度は誰も馬鹿にはしなかった。その記号が機に書き付けられたのは、そのすぐ前のことだったからである


c0139575_23374512.jpg


『米軍資料原爆投下の経緯』(一九九六年)を見ることにする。

c0139575_23413756.jpg

第五〇九航空群団が米軍資料に登場するのは、「資料A-3/グローヴス将軍ヘテリー大尉から。主題:一二月二八日に貴官グローブスの執筆室で開かれた会議のノート」(日付一一九四五年一月六日)である。

8、今後のティベッツ大佐の群団の計画について、以下の通りに決定をみた。
a、第五〇九〔航空〕群団の全機は、陸軍の規格爆弾が運べるように爆弾倉内の懸架装置を改修する。この作業は、群団の訓練がバティスタ飛行場で完了したのち、四月一五日ごろに特別改修工場で行う。
b、ティベッッ大佐の群団が作戦に使用できるように、月当り最低九発の大型爆弾を提供する。
c、デリー大尉は、将軍(グローブス)のために、第五〇九航空群団の、一月一日から三月一日を経て六月一五日に至る間の、作戦の概要をまとめて提出するように求められた。

第五〇九航空群団は原爆投下のために作られた特別の航空群団であった。この群団は一九四四年十二月二十八日に正式に発足した。
この会議記録のなかに気になることが書かれている。

7・六月一五日と七月一五日の間の、東京上空の気象条件はどうかという問題が出された。アッシュワース海軍中佐は、八月一五日までは比較的に雨が多いと指摘した。

なお、「大型爆弾」とは、ファットマンと同一の弾体を有し、火薬だけを詰めたものと提示された、と書かれている。カボチャ爆弾と後に呼ばれたものである。

どうして東京ローズは第五〇九航空群のことを知り得たのか?
彼女はNHKに雇われた二世の女性である。彼女の人生を知りたい人は、上坂冬子の『東京ローズ』(一九九五年)を読まれるがいい。しかし、この本は、東京ローズが放送で米兵に語りかけた肝心の内容についてはまるで触れていない。

『エノラ・ゲイ』の続きを見ることにしよう。

ビーザーは、東京ローズがそこら辺ぢゅうのことを知っているらしいのに不安は覚えたが、それでもその日本からの妖しい魅惑的な声には耳を傾けた。今朝も彼女は相変わらず、アメリカのごく最近の野球試合の点数、ブロードウェーの内外の劇場にかかっているドラマやコメディの知らせ、フィクションとノンフィクションのベストセラーの詳細を知らせ、その間に現在のヒットパレードの曲を流した。
今日は第五〇九航空群の名前は出なかった。ビーザーはラジオのスイッチを切って、東京ローズに他のホームシックの兵隊の慰間をまかせた。

引用文中のビーザーとはテニアン島に派遣された検閲将校である。東京ローズのニュース放送を検閲していたのである。

この東京ローズに関する文章を読むと、日本の陸軍参謀本部が原爆のことを知っていたことに気づくのである。


鬼塚英昭 原爆の秘密[国内篇] 第一章 原爆投下計画と第二総軍の設立 p015-p019より

c0139575_23344621.jpg

 
[PR]

by oninomae | 2008-08-05 00:02 | ホロコースト  

<< 東京ローズがささやいた「テニア... アメリカ兵捕虜の予告 「八月六... >>