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フーヴァーとその後援者 by ユースタス・マリンズ

もう一度フーヴァーおさらいですが。

フーヴァーとその後援者 by ユースタス・マリンズ 

●「人道主義」的なフーヴァー大統領の秘められた過去

ハーバート・フーヴァーは、裁判事件として公けになった一連のスキャンダルにフランクとともに関係した。とくに、中国からすべての外国人実業家を排除することを目的として、義和団の乱[1900年、北清事変ともいう]を誘発したといわれている名高い中国の開平石炭会社スキャンダルに関係した。ある判決のために、フーヴァーはロンドン証券取引所での取引を禁止されており、彼の仕事仲間のスタンリー・ロウは10年間刑務所に送られた。このような背景をもつフーヴァーが、人道主義的な仕事を行なうための経歴をもつ理想的な選良と見なされたのである。

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合衆国では名前は知られていないけれども、エミール・フランクがハーバート・フーヴァーの資産形成の陰の案内役であった。

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ハミルは、フランクを、コンゴ土民に対する多くの残虐行為の指令者であったとその正体を明かしている(156ぺージ)。

「すべての薬包が尽きたので、彼らは人の手を借りなければならなかった」

フランクの驚くべき記録は、事実無根であると証明された主張、つまりのちにドイツ兵がベルギーで女性や子どもの手首を切り落としたと告発される原因になったといってもさしつかえない。

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ハミルは、フランクについて次のようにも述べている。

「1901年に、アメリカ人をだまして中国の漢ロ-広東鉄道の利権から除外し、同時に開平石炭会社の『獲得』にフーヴァーがより一層の援助を必要とする場合に備えて『待機』していた。これが、世界大戦中にフーヴァーが購入し船積みしたベルギーへの『救済物資』の配分に全責任を負っていた人物の人道主義である。フランクはフーヴァーとともに中国機械鉱山会社(開平鉱山)の役員であり、フーヴァーはそこから20万人の中国人奴隷労働者をコンゴに送り、フランクの銅鉱山ではたらかせたのである

ハミルは311ぺージで次のように述べている。

「フランクは、ドイツ総督フォン・デル・ゴルツ将軍の1914年10月16日付けの許可証にもとづいて、ベルギー救済委員会の事務所を、ワンマンショーのように彼の銀行ソシエテ・ジェネラルのなかに開設した」

1930年の2月26日に下院でルイス・マクファデン議員によって引用された1930年2月18日付けのニューヨーク・ヘラルド・トリビューン紙の記事は、次のように述べている。

「国際決済銀行のベルギーの2人の理事の一人は、ヤング委員会とドーズ計画委員会の両方のメンバーであるソシエテ・ジエネラルのエミール・フランクになるであろう。国際決済銀行の理事会にとって、前の大蔵大臣で、コンゴと中国のベテランであるエミール・フランク以上に特色のある人材はいないだろう。・・・彼はベルギーでもっとも財力のある人物として、またヨーロッパでもっとも資産のある12人のうちの1人として評価されている」


●フーヴァーの選挙資金を賄ったウォーバーグ兄弟の狙い

目立つ存在にもかかわらず、ニューヨーク・タイムズ紙の索引(インデックス)は、死までの20年間にフランクをほんの数回取り上げただけである。1931年10月3日付けのニューヨーク・タイムズ紙は、ブリュッセルのパープル(Le Peuple)紙から、フランクが合衆国を訪問することになろうと次のように引用している。

「フーヴァー大統領の友人なので、フランク氏はまちがいなく大統領を訪問することでしょう」

1931年10月30日付けのニューヨーク・タイムズ紙は、この訪問を次の見出しを掲げて報じている。

「フーヴァー-フランク会談は非公式」

「フランク氏は大統領の個人的な客として火曜日の夜を過ごし、完全に非公式に一般的な世界の金融問題について話し合った、という話である。フランク氏は、戦時中ベルギーの後方支援におけるフーヴァー大統領の提携者であった。訪問には公式的な意味はまったくなかった。フランク氏は一民間人であり、いかなる公式的な使命も帯びていない」

ロンドンで大きな訴訟問題となっていたフーヴァー-フランク共同事業については、なにも言及されなかった。フランクの訪問は、おそらくドイツの戦時債務に対するフーヴァー・モラトリアム[1931年に米国大統領フーヴァーの提案した戦債・賠償の支払いの一年間停止]に関連があったのだろう。

このことに金融界は肝をつぶした。1931年12月15日にマクファテン委貝長は、1931年10月24日付けのフィラテルフィアのパブリック・レジャー紙の「ドイツ人がフーヴァーの秘密を暴露」という至急報を下院に通知した。

「早くも1930年12月に、1年間の債務免除期間にかんして、アメリカ大統領はドイツ政府と密接な交渉に入った」

マクファテンはさらに次のようにつづけた。

フーヴァー声明の背後には、ドイツの銀行家たちのドイツとウォール街の両方の事務所での数ヵ月間にわたるあわただしくひそかな準備が存在した。ドイツは、スポンジのようにアメリカの資金を待ち望んでいた。この計画はフーヴァー氏が大統領になるまえから開始されていたので、彼自身が大統領に選出されなければならなかった。

もし、クーン・ローブ商会、J&W・セリグマン、ポール・ウォーバーグ、J・ヘンリー・シュローダーといったウォール街のドイツ系国際銀行家たちとその取りまき連中がこの作業の完成を待っているのでなかったら、ハーバート・フーヴァーは決して合衆国の大統領に選出されることはなかったであろう。

フーヴァー氏の大統領選出は、クーン・ローブ商会という大銀行の重役であるウォーバーグ兄弟の影響によるものであり、彼らがフーヴァーの選挙費用を賄ったのである。この協力関係と引き換えに、フーヴァー氏はドイツの債務繰り延べ(モラトリアム)を強要することを約束した。


フーヴァーは、フーヴァー・モラトリアムを操作することによって、ドイツに対する1億2500万ドルのクリューゲルのローンを免除しようとした。クリューゲルの詐欺の性質は、友人のフーヴァー氏をホワイトハウスに訪問した1月に、ここでは知られるようになった」

フーヴァーはフランクだけでなく、20世紀のもっとも有名な詐欺師アイヴァー・クリューゲル[1880-1932、スウェーデンの事業家・金融業者・詐欺師。「マッチ王」として知られ、マッチ生産の独占権と引き換えに政府に対する莫大な貸付を行ない、1928年までには世界のマッチ生産の約半分を独占するに至った。大恐慌で没落し自殺したが、死後文書偽造・金融操作などの事実が明るみに出た]をもホワイトハウスでもてなしたのである。


●棚上げにされた下院の大統領弾劾決議案

1935年11月13日にフランクが亡くなったとき、ニューヨーク・タイムズ紙は彼を記念して次のように書いた。

「コンゴの銅の帝王・・・ベルガ[ベルギーの通貨単位]の独裁権を昨年獲得したフランク氏は、危機の期間も、金本位制に依拠してその価値を維持した。彼は、1891年に探検隊を組織してコンゴヘ行き、レオポルド王の領土を獲得した。ヨーロッパでもっとも豊かな12人の男の1人と評価される大富豪として、彼は莫大な埋蔵量の銅を確保した。彼は、1926年に閣外大臣、1911年には大蔵大臣であった。政府の業務に対して、いかなる報酬も決して受け取らないのが彼の誇りであった。上海総領事のあいだ彼は貴重な利権、とくに開平石炭鉱山と天津鉄道の鉄道利権を獲得した。彼はソシエテ・ジェネラル・ド・ベルギー、ロイド・ロイアル・ベルゲの会長およびベルギー国立銀行の運営役員であった」

ニューヨーク・タイムズ紙は、フランクとフーヴァーとのビジネス・パートナーシップに言及しなかった。フランク同様、フーヴァーもまた「政府の業務」に対する報酬を断り、商務長官および合衆国大統領としての報酬を政府に返上した。

1932年12月13日にマクファデン委員長は、契約違反、合衆国の財源の不法浪費および連邦準備制度理事会へのユージーン・マイアーの任命を含む、何ぺージにもわたる重罪および軽罪のかどで、フーヴァー大統領に対する弾劾決議案を提出した。決議案は棚上げにされ、下院ではなんの行動も起こされなかった。

ドイツの戦時債務のフーヴァー・モラトリアムを批判して、マクファデンはフーヴァーの「ドイツ人」支援者たちに言及している。

「ロンドン・コネクション」の主役はすべてドイツ出身であり、そのほとんどがフランクフルト出身であったが、合衆国大統領の候補者フーヴァーのスポンサーとなったとき、彼らはロンドンから指示して、フーヴァーの経歴のほとんどは彼自身で切り開いたことにした。

また、フーヴァーは決して「親ドイツ」ではなかったので、フーヴァー・モラトリアムはドイツを「援助する」つもりはなかった。ドイツの戦争債務の繰り延べは、ドイツが再軍備の資金を得るために必要であった。

1931年に真実に前向きの外交官たちは第二次世界大戦を期待しており、「侵略者」なしの戦争はあり得なかったのである。 


フーヴァーはまた、ロスチャイルド家の秘密代理人として、世界中のいろいろな場所で多くの鉱山開発を行ない、ロスチャイルドの主要企業の一つであるスペインとボリビアのリオ・ティント鉱山の管理者として報酬を与えられていた。

フランクとフーヴァーは、第一次世界大戦中のドイツに食糧を供給するという一見不可能にみえる職務に身を投じた。



ユースタス・マリンズ 「民間が所有する中央銀行」 第7章 ヒトラー・コネクション p190-197より


参照

慈善事業を隠れ蓑にするペテン財団の全犯歴より フーヴァー 1 by ユースタス・マリンズ
http://satehate.exblog.jp/8298933


フーヴァー 2 by ユースタス・マリンズ
http://satehate.exblog.jp/8347914


「財団」とは世界権力の犯罪シンジケートである by ユースタス・マリンズ
http://satehate.exblog.jp/8405499

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by oninomae | 2008-06-17 20:34 | イルミナティ  

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