「ほっ」と。キャンペーン

合衆国の真の専決者「ロンドン・コネクション」 by ユースタス・マリンズ

●合衆国の真の専決者「ロンドン・コネクション」

「親愛なるコニングスビー、きみも知ってのとおり、世界は内情に通じていない人間が想像するのとまったく違う人物によって支配されている」ヴィクトリア女王統治下の英国の首相ディズレーリ[1804-81]のことば(『コニングスビー』ロングマンズ社、ロンドン、1881年、252ぺージ)

c0139575_208233.jpg

c0139575_19521039.jpg

Shabbetai Tzvi (1626-1676) Mayer Amschel Rothschild (1744-1812)
c0139575_2084337.jpg

The Five Rothschild Brothers: Amschel (1773-1855), Salomon (1774-1855), Nathan (1777-1836), Carl (1788-1855) & James (1792-1868)
c0139575_2091670.jpg

                      Lionel Rothschild (1808-1879)

1775年、アメリカの入植者たちは大英帝国からの独立を宣言し、つづくアメリカ革命によって自由を獲得した(引用注:やや疑問ではあるが)。彼らは政治的な自由を達成することはできたが、金融的な独立はより困難なことであることを立証した。

1791年、アレクサンダー・ハミルトン[合衆国の初代財務長官]はヨーロッパの銀行家たちの命令で、合衆国第一銀行を設立した。

c0139575_1265054.jpg


これはイングランド銀行とほぼ同じ権限をもつ中央銀行であった。この銀行の背後に存在する外国の影響力は、一世紀以上もあとに、連邦準備法の議会通過を可能にし、わが国の経済に対する中央発券銀行を彼らに与えたのである。

連邦準備銀行は、民間の株主によって所有されているので「連邦」ではなく、準備金を所有する代わりに通貨を創造する目的をもっていたので「準備」でもなかったが、しだいに合衆国の国民選挙によって選出された政府の地位を奪うほどの法外な金融権力を獲得するにいたった。

連邦準備制度をとおしてアメリカの独立はひっそりと、だがどうにもならない状態で英国の勢力範囲に奪回されたのであった。このようにして、ロンドン・コネクションは合衆国の政策の真の専決者となったのである。

英国は、第二次世界大戦後に植民地帝国を失ったので、世界政治権力としての影響力は衰えたかのように見えた。本質的には、それは正しかった。1980年の英国は1880年の英国ではない。もはや7つの海を支配していないし、軍事力は二流、いやたぶん三流だろう。しかし逆説的であるが、政治的および軍事的な力が衰えるに従い金融的な力は成長したのである。

『キャピタル.シティー』(マクレー&ケアンクロス著、エア・メシュエン社、ロンドン、1963年)に次のように出ている。

「あらゆる角度から見て、ロンドンは世界の指導的な金融センターである。・・・1960年代にロンドンの支配は拡大したのである。」(1ぺージ)

次の文章は、この事実のある部分を説明している。

「ロンドンのモルガン・グレンフェルの代表ダニエル・デーヴィソンは、次のように語った。『アメリカの銀行は、ロンドンの現在の卓越性を確立するために、必要な資金、顧客、資本および技術をもたらした。・・・貸し手としては、唯一アメリカの銀行だけが最後の頼みの綱である。合衆国の連邦準備制度理事会は、必要なときにはドルを創造することができ、実際に創造する。アメリカ人がいなければ、巨額のドルの取引をまとめ上げることはできない。彼らなしでは、ロンドンは国際金融センターとして信頼されなかったであろう』」 (225ぺージ)

このように、合衆国の連邦準備制度理事会の命令で創造される法外な巨額の資本を支配しているからこそ、ロンドンは世界の金融センターなのである。

しかし、どのようにしたらそれが可能になるのだろうか?

われわれはすでに、合衆国の金融政策である金利・通貨の数量と価値および債券の販売が、連邦準備制度理事会という表看板ではなく、ニューヨーク連邦準備銀行によって決定されることを立証した。

c0139575_1365164.jpg

c0139575_1412475.jpg

c0139575_1414059.jpg

c0139575_142412.jpg


1913年の連邦準備法の成立以降、連邦準備制度のいつわりの分権化と12の同等の自治権のある「地区」銀行は詐欺であり、詐欺でありつづけてきたのである。

だが、合衆国の金融政策が単にニューヨーク連邦準備銀行から発せられるということも、もう一つの誤った考えである。

ニューヨーク連邦準備銀行璽自体が自治権をもち、外部からなんの妨害もなく自由に合衆国全体の金融政策を決定するという考えは、とくに偽りである。

ファースト・ナショナル・バンク、ナショナル・シティ・バンクおよびナショナル・バンク・オブ・コマースといったニューヨーク市の3行が、ニューヨーク連邦準備銀行の大半の株式を購入したということを知らなければ、連邦準備銀行の自治権を信じることができるかもしれない。

1914年と現在の連邦準備銀行の主な株主を調査することは、ロンドン・コネクションを直接明かすことになる。

ユースタス・マリンズ 「民間が所有する中央銀行」 第6章 ロンドン・コネクション p174-176より

c0139575_20173165.jpg




五月二十三日、日本義塾公開講座の案内。米FRBの秘密、歴史とその真相。この真実を理解せずして、世界の現状と将来は、なんにも分らない!! 太田龍

更新 平成20年05月06日00時23分 平成二十年(二〇〇八年)五月五日(月)(第二千四百十一回)

○日本義塾五月公開講座は、マリンズ著「FRBの秘密」
 (日本語訳『民間が所有する中央銀行』、平成七年面影橋出版刊)
 についての解説。

 FRBの歴史、これからの展望。

○について講義する。
 
○FRB米連邦準備制度についての法律が米国議会で可決されたのは、一九一三年十二月末である。

○しかし、それは表面上のことに過ぎない。

○その歴史的経過について、最良の参考書は、三冊。

○(1)アイク著、太田龍監訳「大いなる秘密」
    (三交社、英文原著一九九九年、邦訳二〇〇〇年)

 (2)アイク著「真実はあなたを自由にする」(未邦訳)
    (英文原著、一九九五年)

 (3)ザルレンガ著「失われた貨幣の秘密」(未邦訳)  
  

○米国は、一七七六年に開始された英国に対する独立戦争と、その勝利によって、建国されたと言はれる。

○それはペテンである。

○けれども単純なペテン、と言うことでもない。

イルミナティは、米国を独立させたけれども、同時に、米国にも、彼らの所有する通貨発行権を独占する銀行を設立しようとした。

○その「建国」の最初から、米国の支配層には、二つの派が存在した。

○一つは、イルミナティのエージェントとして、前出の如き中央銀行設立を推進せんとする党派であり、

○もう一つは、前出の企図を決定的に拒絶し、米国自身の独立的通貨発行を追及する党派であり、

○この二つの党派の闘争こそ、その後の百三十年の米国史の要点である。

○この党派闘争は、一九一三年十二月、イルミナティの完全支配下の米国通貨発行独占権を有する私営株式会社FRBが成立するに及んで、

○前出イルミナティ直結党派の勝利となったのである。

○ここのところを、しっかりと、明確に、理解するとき、

○我々は、日本の歴史上始めて、
 米国の正体を洞察することが出来るのである。

○つまり、FRB問題は、その「前段」の百三十年が肝腎である。

○しかし、これでも未だ足りない。

○FRBの前に、「イングランド銀行」が問題である。

○イングランド銀行は、その前のアムステルダム銀行に由来する。

一四九二年、スペインを追放されたユダヤ金融資本が大挙して、アムステルダムに移住して、そのあと、アムステルダム銀行を設立した。

○ここのところは、ザルレンガの本が必読である。

 (この項つづく)


【日本義塾 平成二十年五月公開講座案内】

◎日 時 平成二十年五月二十三日(金) 午後六時半~九時(六時開場)

◎会 場 文京シビックセンター 四階シルバーホール(四階B会議室のトナリの部屋)

◎講 師 太田 龍

◎演 題 マリンズ著「FRBの秘密(民間が所有する中央銀行)」 についての解説。FRBの歴史、今後の展望。

◎資料代 千円

◎予約申し込みは、eメール、電話、はがきで、日本義塾出版部へ

◎参考文献

 (1)マリンズ著、林伍平訳「民間が所有する中央銀行」
    面影橋出版、平成七年刊、初版 売り切れ。
   
    最後の少々ヨゴレ本、割引きで二千八百円プラス送料。
    申し込みは日本義塾出版部へ

 (2)ザルレンガ著「失われた貨幣の科学」(未邦訳)
[PR]

by oninomae | 2008-05-07 01:21 | イルミナティ  

<< マケイン=戦争オプション1? ... ロスチャイルド王朝はいかに作動... >>