英国東インド会社によるアヘン貿易の真相 by ユースタス・マリンズ

英国東インド会社によるアヘン貿易の真相 

大英帝国は海賊行為と奴隷制と麻薬貿易によって繁栄した。

ドレーク海賊団(サー・フランシス・ドレーク[1540?-1596]を首領とする)がマーチャント・アドヴェンチャラーズ商会(セバスティアン・カボット)と変わり、これがのちに東インド特許状会社となった。

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この会社は1700年に再編成された。もともと東インド会社(1600年設立)は広東の公商(清代に外国との取引を許された約10社の特許商人。そのギルドが公行、公行の代表が総商)に茶葉の代金を銀で支払ったが、やがて公商たちはアヘンによる支払のほうを歓迎することがわかる。茶葉代金のアヘンによる支払というこの偶然の取決めは、中国人指導層の一部から妨害を受けることになり、その結果、英国は中国に対して、1840~43年のアヘン戦争以来、1931年の満州占領に到るまで10回のアヘン戦争を遂行したのである。

1715年、英国東インド会社は初めて広東に極東事務所を開設した。

英国の政治支配を円滑にするため、中国人住民のあいだにアヘン中毒を植えつけることが国王の政策となった。当時の大英帝国は、アメリカ植民地を失えば破産するという危機に脅かされていた。(引用注:アメリカ「独立」戦争は1775-1783年)

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アメリカの植民地反乱軍を鎮圧するため、中国のアヘン貿易の利益がマイヤー・アムシェル・ロスチャイルド[1744-1812]を仲介として(引用注:ヘッセン方伯フリードリッヒ二世とその子)ヘッセン選帝公のもとに送金され、1万6800人のヘッセン人傭兵部隊を雇うことになったのである。

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Shabbetai Tzvi (1626-1676) Mayer Amschel Rothschild (1744-1812)

このように、麻薬貿易に関与したロスチャイルドはアメリカの歴史で中心的な役割を果たしたのだが、これまでの歴史書では無視されるか抹消されてきた。

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貨幣数量理論および「地代」理論すなわち略奪理論の父デイヴィッド・リカード [1772-1823年。英国の経済学者。労働価値説・差額地代論・国際貿易にかんする比較生産費説などを唱えた]は、東インド会社の経営役員会に席を連ねていた。

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ジョン・スチュアート・ミル[1806-1873年。英国の経済学者・哲学者]を東インド会社の首席検査官に任命するようにしたのはリカードだった。

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アヘン戦争中のイングランドの植民大臣はエドワード・ジョージ・ブルワー・リットン[1803-73年。初代リットン卿、小説家・劇作家・政治家]で、1842年の南京条約を締結し、イングランドに2100万ドルの銀貨と自由港・香港の領有権とをもたらした。

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その当時、英国は中国の紅幇や三合会、暗殺団と同盟を結び、今日まで中国人を支配してきたのである。

ブルワー・リットンの息子エドワード・ロバート・ブルワー・リットン[1831-91年。初代リットン伯爵、政治家・詩人]はアヘン貿易最盛期の1880年代にインド総督[1876-91年]をつとめ、英国のインド統治を描いたラディヤード・キプリング[1865-1936年。インド生まれの英国の小説家・詩人]の著作活動を支援した。

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麻薬貿易で暴利を得た者のなかにシェルバーン伯爵ウィリアム・ペティー[1737-1805年。1782-83年首相]がいるが、彼は英国に最初の諜報機関を組織した人物である。

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諜報工作員は英国の指導者の家庭から採用された。諜報機関の長官はジョージ・ベアリングで、アダム・スミス[1723-90年。古典派経済学の始祖。主著『国富論』]とジェレミー・ベンサム[1748-1832年。思想家。功利主義の代表者。快楽を助長し苦痛を防止することをすべての道徳や立法の究極の原理とし[最大多数の最大幸福」の実現を説いた]とトーマス・マルサス[1766-1834年。経済学者。人口は幾何級数的に増えるが、食料は算術級数的にしか増加しない、ゆえに貧困は一種の自然現象で、社会制度の欠陥によるものではないと説いた。主著『人口論』]が工作員として雇い入れられた。

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英国諜報機関のジュネーヴ本部はマレット・プレボー家によって運営されたが、その子孫にCIAのアレン・ダレスがいる。

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バジル・ラボックが1933年に刊行した『アヘン貿易クリッパー船』には、アヘン貿易に従事した英国の帆船の主な所有者たちの名前が、それぞれの帆船旗のカラー挿絵付きで掲載されている。

そのほとんどはかつての奴隷貿易商人だった。

第1位は光栄ある東インド会社(中国人にはホン・ジョン会社と呼ばれた)、
第2位はジャーディン・マセソン商会
第3位はデント商会
第4位はパイバス・ブラザーズ、
第5位はラッセル商会
第6位はカマ・ブラザーズ、
第7位はアソル公爵夫人
第8位はバルカラス伯爵
第9位はジョージ四世[在位1820-30年]、
第10位は摂政の宮[ジョージ三世が精神に異常をきたしたので即位までジョージ四世に与えられた称号、1811-20]、
第11位はキャムデン侯爵
第12位はメルヴィル夫人であった。



1927年2月1日のニューヨーク・タイムス紙にサー・ロバート・ジャーディンの死が次のように報じられている。

故サー・ロバート・ジャーディンの嫡男で、父の後を継いで香港のジャーディン・マセソン商会の会長であった。同社は長年にわたりインド産アヘンの中国輸出をほぼ独占した。

サー・ロバートは2000万ドルとスコットランドの土地2万エーカーを相続していた。先祖のウィリアム・ジャーディン博士が広東に住み着いたのは、1819年のことだった。

現在のアソル公爵ブレア・キャスルに20万2000エーカーの土地を持ち、イングランドでただ一人、私兵の所有を国王によって認められている。

メルヴィル夫人の祖先の初代伯爵ジョージは1688年にオレンジ公ウィリアムの王位就任に加担し玉璽尚書に任命された。

ユースタス・マリンズ 世界権力構造の秘密 上巻 富と権力の強奪史 p142-145 抜粋

参考

ベアリング家・ギネス家・エリザベス女王 エンセン
http://www.asyura2.com/0306/idletalk2/msg/982.html


ロスチャイルド家 エンセン
http://www.asyura2.com/0306/idletalk2/msg/981.html


スカル&ボーンズとホロコーストの陰謀 by Clifford Shack
http://satehate.exblog.jp/7954379/


人種差別 wiki より

近代の白人、すなわちヨーロッパ諸国および植民地の白色人種は近代的な軍隊により世界の有色人種地域を侵略、植民地化していった。大航海時代から帝国主義時代が終わるまでの時期、白人が世界の大半を支配していたといえる。(引用注:で、いまは金融詐欺・戦争強奪交代制帝国主義じゃないの?)

植民地支配を正当化するため白人の優勢が主張され「優等人種である白人が、劣等人種である有色人種に文明を与えるのは義務である」とされた。この優位性は、「白人こそが最も進化した人類である」という価値観さえ生む結果となった(ラドヤード・キップリング「白人の責務」、セシル・ローズの“神に愛でられし国・イギリス”思想など)。

この考え方は次第に肥大し、学術分野に於いても各人種間に特徴的な差異を「一方の人種が劣っている証拠」とする説が発表され、優生学の名で正当化された。
この中にあって進化論は大いに捻じ曲げられ、後の文化人類学発達を大きく妨げたと考えられる。

(もっとも、真犯人・黒幕は、悪魔主義者たちであるといえるが)

「厳格な措置」ワクチン接種/狙いを絞って大量虐殺も by デーヴィッド・アイク
http://satehate.exblog.jp/8389107/


「偉大なる白きブラザーフッドのマスターたち」のご託宣 by デーヴィッド・アイク
http://satehate.exblog.jp/8701195/


絶滅・環境保護・エイズ(AIDS/HIV)・撲滅・What&Why
http://satehate.exblog.jp/8669492/


英連邦・HIV/AIDS
http://satehate.exblog.jp/8691303/

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by oninomae | 2008-05-02 21:31 | イルミナティ  

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