闇の奥の奥 by 藤永 茂

闇の奥の奥 by 藤永 茂 (藤永茂) 三交社2006.12
http://www.sanko-sha.com/sankosha/editorial/books/items/167-1.html


第一章 『地獄の黙示録』と『闇の奥』 p26より

実は、今からおよそ100年前、コンラッドが「闇の奥」を執筆していたちょうどその頃に、小説の舞台であった中央アフリカのコンゴ川流域で、先住民たちの腕先が大量に切断されるという悲惨な事態が発生していたのである。

当時その広大な地域はベルギー国王レオポルド二世[1835-1909]の私有地になっていた。

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「私有地」の意味は後ほど改めて説明する。レオポルドは先住民に、つまりその土地に住んでいた先住の黒人たちに苛酷な奴隷労働を強制し、コンゴ川流域の熱帯雨林に自生するゴムの木の樹液を貪婪に採取してヨーロッパに送り、巨大な利益を上げていた。

中略
同p28-29より

『地獄の黙示録』完全版(2001年)の一般観客の中には、コンゴでの「腕の切り落とし」の惨劇を知らない人も多いことであろう。しかし、この完全版について多弁な評論を展開している人々は、この映画がレオポルド二世の悪行を素材とした小説『闇の奥』を下敷きにしていると説く限り、この歴史的事実としての惨劇を、アリス夫人の写真の存在を、知らぬ、存ぜぬでは済まされまい。

1998年にはホックシールド(Adam Hochschild)の『レオポルド王の幽霊』(King Leopold's Ghost)が出版されて、一種のインターナショナル・ベストセラーとなった。

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1999年に出版されたクーネティレッケ編集の教科書用『闇の奥』にはアリス夫人の「切り落とされた腕先」の写真数枚が掲載されていて、英語圏諸国の多数の若者たちの目に届いたはずである。

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第2章 ベルギー国王・レオポルド二世 p35より

ベルギー国王レオポルド二世は、1885年からのほぼ20年間に、アフリカ大陸中央部のコンゴの「闇の奥」でコンゴ人の大量虐殺を行った。

ヒトラーのユダヤ人大虐殺に先立つことわずかに30余年、数百万人抹殺というその規模も同じである。コンゴでの大量殺人はナチ・ホロコーストの序幕であったとする歴史家もいる。(引用注:中東、インド、アジア、アメリカも序幕の序幕ですよね)

ところでユダヤ人大虐殺は誰でも知っている。数百万とは大げさかも、と言っただけで法律的に罰せられる国もある。

しかし、コンゴ人大虐殺の方はほとんど誰も知らない。現代人の記憶と意識から見事に拭い去られている。これは一体どういうことか?

この奇怪な現実の奥に目を凝らせば、コロニアリズム(植民地主義)とは何か、そして「ヨーロッパ」とは何なのか、私の言葉で言えば、これらすべての現実を生みだしてきた「ヨーロッパの心」(European Mind)とは何なのかが、やがてはっきりと見えてくるであろう。


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1 『地獄の黙示録』と『闇の奥』
   1 『地獄の黙示録』のエンディングをめぐって
   2 一発のダイヤモンドの弾
   3 切り落とされた腕の山
   4 100年前のコンゴの密林で ← (矢印は引用箇所)

2 ベルギー国王・レオポルド二世
   1 コンゴの「闇の奥」 ←
   2 黒人奴隷の悲史
   3 レオポルド二世の行動開始
   4 スタンリー登場
   5 魔術師レオポルド

3 コンゴ自由国―ゴムと大虐殺
   1 アフリカ分割争奪
   2 コンゴ自由国
   3 野生のゴムの呪い
   4 コンゴの「闇の奥」での大虐殺

4 レオポルド二世打倒
   1 先駆者、黒人G・ワシントン・ウイリアムズ
   2 モレルの孤独な決断
   3 盟友、モレルとケースメント
   4 レオポルドのコンゴは例外か?
   5 袂を分かつ

5 オリーブ・シュライナー
   1 セシル・ローズの南アフリカ収奪
   2 『マショナランドの騎兵ピーター・ハルケット』
   3 シュライナーとコンラッド
   4 アチェベ、アーレント、そしてコッポラ

6 『闇の奥』の奥に何が見えるか
   1 女性たち
   2 白人の重荷
   3 黒人の重荷
   4 『闇の奥』擁護論の軌跡
   5 コンゴ人の重荷
   6 『闇の奥』の奥に何が見えるか


 あとがきに代えて

p236より

レオポルドのコンゴ以来、アフリカで作動しているこの暴力システムはアフガンやイラクでも作動している。

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参考

カタンガのウランが広島の空に 藤永 茂  2007/11/21
http://huzi.blog.ocn.ne.jp/darkness/2007/11/post_aa21.html


世の中には「知らないままの方が良かった」と思われる事実が沢山あるようです。コンラッドが小説『闇の奥』の構想を温めていた丁度その頃、ベルギー王レオポルド二世はコンゴ河流域の黒人たちを酷使して、密林に自生するゴムの樹の樹液(ゴム原料)を、気が狂ったように収集して世界に売りさばき、巨利を得ていましたが、実は、その金はカタンガ地方の制覇と開拓に是非とも必要だったのでした。多数の黒人原住民を死に追いやって稼いだ資金が、回り回って、ヒロシマ・ナガサキの原爆を生んだという事実を知れば、日本人ならば誰しも全くやりきれない気持に追い込まれます。 

ベルギー国王レオポルド二世再考(1) 藤永 茂
http://huzi.blog.ocn.ne.jp/darkness/2007/12/post_7c5b.html


ユニオン・ミニエール社には、設立当初から、ロスチャイルドの名に象徴されるベルギーと英国にまたがる資本が参画していましたが、1907年、カタンガの北に接するカサイ地方で林業とダイヤモンド等の鉱業を始めたフォルミニエール社という会社にも、発足当初から、米国のグッゲンハイム・グループが出資し、さらに、1950年には、ロックフェラー・グループがユニオン・ミニエール社の大株主になりました。  

こうして見てくると、レオポルド王のコンゴ植民地経営に対する英米社会の表面的糺弾の裏では、ベルギー、英国、米国の三国の癒着、というよりも、グローバライズされた帝国主義的国際資本が、文字通り、跳梁跋扈していたこと、そして、その状態は現在にまで続いていることがはっきりと浮かび上がって来ます。


ニューヨークへ向けてのカタンガのウランの最初の出荷(1250トン)の輸送ルートは、シンコロブエからルムンバシ、サカニアを回って、英国領ザンビア、ポルトガル領アンゴラを横断する千数百キロに及ぶ鉄道で大西洋岸の港ロビトに達したものと思われます。実際、この鉄道はレオポルド王の時代に、ベルギー、イギリス、ポルトガルを含む国際的資本によって着工されたもので、その建設目的には、原住民の福祉のためのインフラの意味は全くなく、カタンガの豊かな地下資源をアフリカ大陸から外に盗み出すための鉄道でした。

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今の私としてはむしろ、「レオポルドのコンゴこそ、ヨーロッパの帝国主義的植民地支配が狡猾な隠蔽のカバーを剥ぎ取られ、その醜悪な典型的本質を露呈したケース」だと言いたいのです。

ベルギー国王レオポルド二世再考(2) 藤永 茂
http://huzi.blog.ocn.ne.jp/darkness/2007/12/post_f4eb.html


前に紹介したChristine Meuris という著者の『SCRAMBLE FOR KATANGA』という本によると、コンラッドが『闇の奥』を執筆していた丁度その頃、南アフリカで事業を展開していたイギリス人の鉱業家Robert Williams[1860-1938]がブリュッセルを訪れてカタンガ地方の金とダイヤモンドの試掘調査を担当する話を進めています。このウィリアムズは南アフリカのセシル・ローズと親密な関係にあった人物で、、やがて、ユニオン・ミニエール社の副社長に就任し、彼の下でロンドンに準本社が設立されることになります。

ベルギー国王レオポルド二世再考(3) 藤永 茂
http://huzi.blog.ocn.ne.jp/darkness/2008/01/post_7f89.html


上に、私は、アダム・ホックシールドから少し、しかし、はっきりと距離を置くようになったのは、最近のことだと書きました。最近とは、カタンガについて改めて勉強をはじめたのを意味します。1960年独立したコンゴ共和国初代首相に選出されたパトリス・ルムンバが半年後に暗殺されたカタンガについては拙著『「闇の奥」の奥』の213頁以降にも書きましたが、この地域の重要性については、2007年11月14日のブログ『エルドラド探険遠征隊は「闇の奥」には消えなかった』とそれに続くブログで改めて取り上げています。それで気が付いたのですが、「コンゴ自由国」とレオポルド王を論じた名著として脚光を独占しているアダム・ホックシールドの『レオポルド王の亡霊』の索引には Katanga の文字がないのです。カタンガについての記述が欠けているのです。これと対照的に、このブログの始めに言及したマーティン・エヴァンスの本には、全巻にわたってカタンガのことに論及がなされています。私が今痛感しているのは、ベルギー王レオポルド二世を論じる場合、カタンガで彼が何をしたかを無視するのは大変な片手落ちだということです。この視点から見ると、アダム・ホックシールドの『レオポルド王の亡霊』には大きな欠陥があるということになります。アフリカについて未だ浅学の私ではありますが、カタンガを語らずして、レオポルド王もコンゴ自由国もアフリカの植民地問題も語ることは出来ないということだけは確かだと思います。

ベルギー国王レオポルド二世再考(4) 藤永 茂
http://huzi.blog.ocn.ne.jp/darkness/2008/01/post_02e0.html


しかし、私はこう言いたい:「ホックシールドさん、あなたの語り口は余りにも SELF-RIGHTEOUS ではありませんか? なるほど、レオポルド王の所業に弁解の余地は無い。しかし、レオポルド王の植民地経営、そして、それに続くベルギー政府の植民地経営と過去の記憶の取り扱いは、イギリスの、フランスの、また、アメリカのそれに較べて、それほど際立って独自の(sui generis)、例外的なものであったでしょうか?」

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1906年(モレル騒ぎの真っ最中です)には、レオポルド王は Jean Jadot という有能なベルギー人実業家を部下にして、カタンガ地域の鉱業、農林業、鉄道事業の三事業を統括する金融組織「ソシエテ・ゼネラール」の取締役に任命しました。ジャドーはレオポルド王の政治的意向を受けて、英米の外国資本の参加の下に、カタンガ地域の生産性と輸出能力の向上に成功して行きます。『コンゴの記憶:植民地時代』特別展の解説書にはこのあたりの事情がよく記述されています。その中に挙げられている外国人有力実業家4人の2人は英国人、セシル・ローズの腹心であったロバート・ウィリアムについては以前に書きました。もう一人の William Hesketh Lever については、ここで少しお話しますが、興味をお持ちになったらネット上で更なるインフォを探して下さい。
 アメリカやカナダでしばらく暮らしたことのある人ならば、 Lux, Dove, Becel, Knorr, Lipton といった石鹸や食料品のブランドをきっと御存知でしょう。これらはすべて Unilever という大企業グループの製品です。ウィリアム・リーバー(1851−1925)はその創始者で、イギリスはボルトンの生れ、1886年に立ち上げた石鹸製造会社で大金持ちになった人物で、慈善家としての名も高かったようです。石鹸の原料の椰子油は西アフリカの英領植民地から入手していましたが、もっと安く大量にということで、ベルギー領コンゴに目をつけて踏み込んで行きました。時期的にはレオポルド王が私有植民地をベルギー政府に移管した直後の頃だと思われますが、カタンガの低地ではレオポルド時代から受け継がれた住民強制労働のシステムに乗っかることで低賃金労働が得られ、したがって、石鹸製造の費用が削れることにウィリアム・リーバーは着目したのでした。こうした抜け目のなさ、非情さが彼を「石鹸王」に押し上げたのかも知れません。しかし、リーバーの経営する椰子農園での強制労働が余りに苛酷であったため、ベルギー人の現地官僚や宣教師から批判の声が上がり、ベルギー本国でも社会党が国会でその問題を取り上げましたが、リーバー側のもみ消し工作が成功し、強制労働のシステムは1960年のコンゴ独立の日まで続いていたと考えられます。このウィリアム・リーバーのコンゴでの所業が端的に例示するように、カタンガ地域の鉱業、農林業、鉄道、発電事業などが、レオポルド王の時代から連続して、英米を主体とする国際資本によって完全に支配されていたわけで、これを十分に解明しない限り、独立後のコンゴの苦難の歴史の実体も、レオポルド王の実像もはっきりとは浮かび上がってこないと私は考えます。
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私が長く住んでいたカナダにしても、植民地としては、もともとイギリスの貴族の一群が共同出資したハドソンベイ会社という商社が経営していたのです。

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いわゆる「スクランブル・フォー・アフリカ」の幕を切って落したベルリン会議でレオポルド二世がうまく「コンゴ自由国」を手に入れたのは、彼の管理下のコンゴではアメリカとヨーロッパ各国の自由貿易が保証されると言明したからでした。ところが、世界的なゴム・ブームが下火となり、カタンガ地域の農林鉱物資源が大きくクローズ・アップしてきた20世紀初頭、レオポルド王はしっかりとカタンガを抱え込んで、外国資本が踏み込む自由を与えない。そのために経済的損害を蒙っていると考えた英米資本はモレルなどのレオポルドの「赤いゴム」収奪の悪行糺弾運動を適当に盛り立てて、それをテコに使って、カタンガ開発参入の自由化をレオポルドに迫ったのだと私は考えます。

コンゴ(ザイール)現代史への誘い 第3章 独立の喜びから動乱の悲劇へ
http://www.inosin.com/page008.html


コンゴ(ザイール)現代史への誘い 11-3  経済のザイリアニザシオン
http://www.inosin.com/page037.html


秘密裏に国外へ持ち出されるコンゴの鉱物資源   2006/01/26
http://www.news.janjan.jp/world/0601/0601268259/1.php


今回は中央アフリカのコンゴ民主共和国から、同国の政情不安に乗じて同国の鉱物資源を不正輸入している近隣諸国とその裏で暗躍する国際企業の存在について報告したIPS記事を紹介します。(IPS Japan浅霧勝浩)

地下資源が煽るコンゴの内戦  2003年6月2日  田中 宇
http://tanakanews.com/d0602congo.htm


うごめく黒幕は欧米企業

 モブツを追い出した後、ルワンダはコンゴに傀儡政権を置き、ゲリラの頭目だったローラン・カビラを大統領に据えた。ルワンダはカビラを使ってフツ人系のゲリラ勢力を掃討させようとしたが、カビラは逆にルワンダの傀儡から脱することを目指し、フツ人系のゲリラを支援した。このためルワンダ側は怒り、カビラの政権を潰そうと再び進軍した。

 窮地に立ったカビラは、周辺国であるアンゴラ、ジンバブエ、ナミビア、チャドに援軍を頼んだ。援軍派遣の見返りにカビラが周辺諸国に提示したのは、自国の地下資源を採掘する権利だった。アンゴラは石油を、ジンバブエとナミビアはダイヤモンドを採掘させてもらう約束でコンゴの内戦に介入した。

 コンゴ国内に居座り続けたルワンダとウガンダも、ダイヤモンドやコルタン、木材、象牙などを漁った。ルワンダは軍事費の半分をコンゴ領内からの盗掘や略奪によって補っていたとされ、経済的にもコンゴ東部から撤退しにくくなった。ルワンダとウガンダはもともと力を合わせてコンゴを支配下に置く目論見だったのに、鉱山をどちらが支配するかで対立し、コンゴ領内で両国の武装勢力が戦闘したりした。(関連記事:リンク切れ)

 鉱山地帯を誰が抑えるかによって、コンゴで戦う各派閥の資金力のバランスが変化し、そのたびに中小の地元の武装勢力の間に寝返りが頻発し、内戦に決着がつかない状態が続いた。武装諸派は盗掘だけでなく、無政府状態が続いているコンゴ各地の村々で略奪を繰り返し、無抵抗の村人たちが虐殺されることが相次ぎ、死者が激増した。

 この内戦には、欧米や南アフリカの企業も関与していた。カビラ大統領は、欧米系鉱山会社などと話をつけ、鉱山地帯を占拠するための軍資金を欧米系鉱山会社が出す代わりに、コンゴ軍やその配下のゲリラが敵方を追い出して鉱山地帯を支配した後には、欧米系鉱山会社が独占的な採掘権を得る、という契約を結んだ。

 カビラだけでなく、ルワンダなどの周辺国の政府も同様の契約を、他の欧米系鉱山会社などと締結した結果、コンゴ内戦に介入する各勢力には、欧米からも軍資金が流れ込み、内戦をさらに長引かせることになった。国連は昨年10月、世界的なダイヤモンドの企業であるデビアスや、南アフリカの鉱山会社アングロアメリカン(デビアスの親会社)、イギリスのバークレイズ銀行など欧米と南アフリカの85社が、コンゴの略奪を煽る行為を行ったと批判する報告書を発表している。(関連記事

 欧米企業の存在は公表されず、秘密にされていることが多い。たとえば、ナミビアが採掘権を得たコンゴ南部のツィカパ(Tshikapa)というダイヤモンド鉱山の開発について、ナミビアの鉱山担当大臣はアメリカ企業(企業名を明かさず)が出資していることを明らかにしたが、米企業側から抗議されたのか、その後同国の国防大臣が、米企業は関与していないと「訂正」の発表をしている。(関連記事

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コンゴの内戦の歴史
http://www1.odn.ne.jp/~cci32280/PbAfricaMap.htm


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EUも渡航者に指紋提出など義務付け、テロ対策で 読売 2008年2月14日10時34分
http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20080214-OYT1T00219.htm


 【ブリュッセル=尾関航也】欧州連合(EU)の執行機関、欧州委員会は13日、テロ対策の一環として、日本を含むEU域外からの渡航者に指紋提出などを義務付ける入国管理強化法案を発表した。

 加盟諸国と欧州議会で承認されれば、2015年までに施行される。

 法案は、域外からの渡航者に対し、査証(ビザ)申請や入国の際に、顔写真や指紋などの生体認証情報の提出を義務付ける内容。テロ組織メンバーや犯罪者の入国防止や、不法移民の摘発に利用する。

 日本と米国はすでに同様のシステムを導入している。EUは加盟各国の入管システムの統一に時間がかかるため、法案が成立しても、施行は早くて2012年になる見通しだ。

牧場管理へ前進。

追記 2008.2.21

なぜ英国ばかりを責めるのか 藤永 茂
http://huzi.blog.ocn.ne.jp/darkness/2008/02/post_7d77.html


 私は英国だけを責めているのではありません。主に英国だけを執拗に問題にするのは、sui generis としてのベルギー国王レオポルド二世を吊るし上げたりするよりも、英国、英国人に焦点を合わせる方が、帝国主義、植民地主義についての知見を広め、理解を深める近道だと考えるからです。

追記 2008.5.8

今後、中国を支配する者達の正体 オルタ
http://alternativereport1.seesaa.net/article/95994197.html

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by oninomae | 2008-02-17 17:43 | イルミナティ  

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