神経ガスによるマインドコントロール 3 地下鉄「サリン」事件

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今更の感があるが、再び以下から抜粋」引用
サリン事件への問題提起 三浦英明
http://www.s-a-t.org/sat/sarin/teiki.html


◆3 地下鉄各線の死亡状況
 まず、被害が出た地下鉄各線の死亡状況を記せば、次のとおりである。日比谷線北千住発中目黒行の死者が多いことは、誰が見ても一目瞭然であろう。

・日比谷線北千住発中目黒行    死者8名
・日比谷線中目黒発東武動物公園行 死者1名
・丸の内線荻窪発池袋行      死者0名
・丸の内線池袋発荻窪行      死者1名
・千代田線我孫子発代々木上原行  死者2名

◆4 日比谷線北千住発中目黒行について
 日比谷線北千住発中目黒行はとくに特記すべき事項が多い。この路線については、詳しく問題点を明らかにしたい。
 北千住駅を出て、停車駅は南千住、三ノ輪、入谷、上野、仲御徒町、秋葉原、小伝馬町、人形町、茅場町、八丁堀、築地などで、中目黒まで行く予定だった。午前8時前、秋葉原を通過したころから被害が出始めた。

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◆4-1 消えた築地駅の不審物-「ビン」報道と一致
 日比谷線北千住発は特に悲惨な被害がもたらされた。その原因として裁判上ではサリンの袋がこの路線だけ3袋だったからだといわれている(その他の路線は2袋)。もう少し細かくいえば、袋からのサリン溶液の抜け具合、その後のサリン溶液の電車内でのたまり具合等により被害が大きくなった、と考えられているようだ。

 しかし、袋の問題以外に、うやむやになっている疑惑が、実は存在する。

 日比谷線築地駅では、不審物が消えてしまっている。この不審物は、領置された時の状態が「ガラス片」であったとの報道記録が残っている。また、被害者の視覚での目撃証言、被害者の聞いた音も「ビン」が存在したことを示している。
犯人とされる林泰男がもちいたナイロン・ポリエチレン袋とは別である。
 まずは、不審物が消えていくプロセスを追ってみよう。

◆4-2 捜査本部最初の発表は不審物「6個」?
 現在(1999.9)、サリンをつめたナイロン・ポリエチレン袋は5個(引用注:2つセットが4,3つセット?が1?)だった、として裁判がおこなわれている。しかし、事件直後の捜査本部の調べでは、毒ガス容器と思われる不審物は6個である。

・「容器計六個」「霞ヶ関駅で二個、中野坂上、本郷三丁目、築地、小伝馬町の各駅で一個ずつ回収された」(共同1995年3月20日

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・「5本の電車から不審物6個」(毎日1995年3月21日朝刊1面 )

・「組織的、6容器を発見/五本の電車車内など計六カ所」(日経1995年3月21日朝刊1面 )
・「不審物6点を押収/霞ヶ関、築地、本郷三丁目、中野坂上、小伝馬町の五駅で計六個」(産経1995年3月21日朝刊1面)

・「五車両から、五個」(読売1995年3月22日夕刊1面)
・「五車両から計五個」(読売1995年3月24日夕刊19面)
・「五本の電車に、それぞれ一つずつ」(朝日1995年3月26日朝刊35面)

・「計十一個の特殊なビニールの容器」(読売1995年3月31日朝刊1面)
・「合計十一袋」(日経1995年3月31日夕刊15面)
・「ビニール袋は計十一袋」(産経1995年3月31日夕刊11面)
・「計十一枚の袋」(共同1995年3月31日 )

◆4-5 不審物が「5個」になったのは築地駅の「『ビンの破片』不審物」が消えたから
 21日朝刊までは不審物は計6個だった。
 霞ヶ関(日比谷線、千代田線で2個)、築地、本郷三丁目、中野坂上、小伝馬町と具体的な駅名まであがっている。その6個が5個になってしまうのは、のちに築地駅の不審物が取り沙汰されなくなるからである。 築地駅でも不審物が押収されたのは確かなようなのだが、その後は築地駅の不審物のことは消えてしまう。ちなみに、築地駅で領置された不審物は、「ビンの破片」だと伝えられている。

・「築地駅では車内の床に流れていた液体と、散乱した透明の瓶の破片をそれぞれ押収した。目撃者によると、この瓶は車内の網棚に置かれているものを何者かが故意に落としたという」(産経1995年3月21日朝刊1面)
・「小伝馬町駅のホームで、サリンの発生源とみられる容器の一部がみつかり、残りは築地駅で車内から押収された」(読売1995年3月26日朝刊35面)
・「築地までの四駅でも乗客が次々倒れ、八時二十一分、築地駅で別の包みが一つ発見された。包みの中には縦横二十センチの弁当箱大の容器が入っていた。『この容器は、霞ヶ関駅で二個、中野坂上、本郷三丁目、築地、小伝馬町の各駅で一個の計六回収されています。』」(週刊文春1995年3月30日号31頁)
・「これまでにサリンとみられる有毒ガスの発生源が押収されたのは、営団地下鉄日比谷、丸ノ内、千代田三線の霞ヶ関、築地、本郷三丁目、中野坂上、小伝馬町の五駅で計六個」(産経1995年3月21日朝刊1面)

◆4-6 その他の「ガラス片」報道
 日比谷線北千住発に限った話ではないが、「割れたガラス片」や「ガラス瓶」を領置したとの報道は他にもある。

・「東京・営団地下鉄の車内で有毒ガスが流出した地下鉄サリン事件で、車内に残されていた不審物は、複数の薬品をそれぞれ溶剤に溶かして試験管のようなガラス製容器に詰め、容器を割って混合させるとサリンが発生する構造だったことが二十二日までの警視庁捜査本部の調べで分かった。
 調べでは、不審物のいくつかは平べったい弁当箱大の包みにおおわれ、内部から割れたガラス片が多数見つかった。形状から試験管大のガラス容器とみられる。また日比谷線霞ヶ関駅の電車からはガラス瓶を押収した。一方、別の日比谷線の電車では、異臭がする直前に、乗客がガラスの割れる音を聞いていた」(毎日1995年3月23日朝刊1面)



◆4-7 多くの「ビン」報道 ― 見ただけではなく「ビンの割れるような音」を聞いた人も複数いた
 ビンについては見るだけではなく、ガラスの割れたような音を、足立区に住む人、春日部市の田中孝典さん、越谷市の安蒜志栄さん、と少なくとも三人が聞いている。場所については、秋葉原駅、人形町駅、八丁堀駅である。字面でみるとなんとなく見過ごしてしまいがちだが、現場にいた人間にとっては『音』はかなりインパクトがあるはずだ。
 割れる音を聞いた人も複数いただけでなく、築地駅では「透明の瓶の破片」(産経1995年3月21日朝刊1面)を押収しているわけだから、このビンの問題は明らかに軽視できない。
 なお、他の路線では「『ビンの割れるような音』を聞いたという証言」はない。

・「秋葉原駅で自分の後ろの方でパリンという音がして」(埼玉県春日部市、会社員、田中孝典さん(28)/毎日1995年3月21日朝刊2面)
・「秋葉原駅を過ぎたあたりでバリンという音がして」(会社員、田中孝典さん(28)/週刊女性1995年4月11日号22頁)

・「人形町駅の手前でびんの割れる音がした」(病院で治療を受けた足立区に住む男性会社員(32)/産経1995年3月20日夕刊11面)

・「八丁堀駅から築地駅に向かう途中、前から三両目でビンが落ちて割れ」(川名晴夫さんが、地下にいた人から聞いた話/産経1995年3月20日夕刊1面)
・「電車が八丁堀駅を出たときだった。ポンッ! ビンが割れるような音」(埼玉県越谷市に住む安蒜志栄さん(30)/週刊女性1995年7月4日号 214頁)
・「網棚からビンが落ちて割れて」(週刊文春1995年3月30日号31頁)
・「築地駅では車内の床に流れていた液体と、散乱した透明の瓶の破片をそれぞれ押収した。目撃者によると、この瓶は車内の網棚に置かれているものを何者かが故意に落したという」(産経1995年3月21日朝刊1面)

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◆4-10 白煙が発生する原因
 白煙が上がる原因としていくつか考えられるが、有力なものとしては、2液を混合した際の化学反応から生じる副生成物「メチルホスホン酸ジイソプロピル(diisopropyl methylphosphonate)」が考えられる。
 ちなみに、使用する直前に2液を混合する方法は、バイナリー方式と呼ばれる。

・「専門家によると、サリンの生成方法は何通りかあるが、この方式は、生成の最終段階で、三塩化リン(phosphorus trichloride)から作る『メチルホスホン酸(methylphosphonic acid)系化合物』と『イソプロピルアルコール(isopropyl alcohol)』を混ぜ合わせ急激な化学反応を起こす。この際「メチルホスホン酸ジイソプロピル」が発生し、白煙が上がるという」(共同1995年3月27日) (引用注:化学反応の熱もでるので、揮発し白煙化)

◆4-12 白煙の理由は「メチルホスホン酸ジイソプロピル」、散布方法は「バイナリー方式」と警察発表
 サリンをどういうふうに撒いたのかについては、警察は当初、バイナリー方式ではないか、と発表してきた。たしかに、バイナリー方式であると考えた方が、白煙発生の話ともつじつまがあう。白煙として考えられているサリン合成時の副生成物「メチルホスホン酸ジイソプロピル」も、現場から検出されているのだ。

・「北千住発の日比谷線では急激にサリンが発生したことを示す白煙が車内に充満、五本の中で最も被害が大きかった」(共同1995年3月27日)
・「(1)サリンと一緒に、サリン合成時に副生成物として生じる『メチルホスホン酸ジイソプロピル』が検出された(2)二車両で不審物から白煙が出ている(3)被害が出るまでの時間やサリン発生の規模が各現場で異なっている」(共同1995年3月27日)
・「現場の残留物からサリン製造の際に出来るメチルホスホン酸ジイソプロピルエステルが検出されており、捜査本部は、複数のガラス容器にサリン合成の最終段階に液体二種類を溶剤に溶かして別々に入れ、倒すなどして容器を割って混ぜ合わせ、サリンを発生させたとみている」(毎日1995年3月23日朝刊1面)
・「東京の地下鉄サリン事件で、犯行に使われたサリン発生源は、踏みつけるなど衝撃を与えると容器が割れ、数分後にサリンガスが発生する仕組みになっていたことが二十四日、警視庁特捜本部の調べでわかった。割れてからサリンが発生するまでの間に、犯人グループが逃走できるようにしたものとみられ、専門家が作った可能性が高い」(読売1995年3月24日夕刊19面)
・「複数の薬品をそれぞれ溶剤に溶かして試験管のようなガラス製容器に詰め、容器を割って混合させるとサリンが発生する」(毎日1995年3月23日朝刊1面)
・「包みの中には二つの密閉された容器が入っており、容器を踏むなど衝撃を与えるとそれぞれの密閉パックに入ったサリンが発生する(引用注:原文のママ)」(読売1995年3月24日夕刊19面)
・「サリンになる直前の段階の化学物質二つを現場で化合し、サリンを生成したとの見方が有力となってきた」(日経1995年3月27日夕刊15面)
・「別々の袋に詰めたサリン一歩手前の物質とアルコールの一種を車内で反応させてサリンを作る“二液混合方式”だった可能性が高い」(共同1995年3月27日

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オウム「実行犯の証言」では、犯行に使われたのはナイロン・ポリエチレン袋(完成サリン入り)だけである。(そうな。が、証拠物品は裁判所に出てこなかったそうな。また、被告の供述調書のほうは何一つ証拠として出してこなかったそうな。)


参考:とりあえず(「小伝馬町の男」等)他の話は以下参照

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・「警視庁特捜本部は25日、日比谷線の秋葉原-小伝馬町駅間の車内にサリン発生源をセットした犯人が自らも倒れ、病院で手当を受けていた可能性があるとみて本格捜査に乗り出した。この車内ではサングラスに黒いコート姿の男が床に不審な包みを置くのが目撃され、さらに最初の被害者が出た小伝馬町駅では『”犯人だ”と言いながら男を追いかけていく人をみた』『2人が倒れた』などの目撃情報もある」(3月26日 読売新聞)
・「特捜本部は27日、日比谷線、小伝馬町駅から都内の病院に収容され、現在も入院中の男を容疑者とほぼ断定した」(3月28日 読売新聞)

サリン事件への問題提起 三浦英明
http://www.s-a-t.org/sat/sarin/teiki.html


大規模集団洗脳の現場報告(4)地下鉄サリン~9・11~3・11~・・・そしてマドリッド日程 バルセロナより愛を込めて
http://www.asyura2.com/0502/war68/msg/362.html


公明党議員(=創価学会)を追うとオウムの闇も見えてくる? 雑記帳
http://blog.goo.ne.jp/c-flows/e/406f9b8d555bb79fac86ff29bdf64e6a


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麻原は東京拘置所で薬漬け。真相暴露を恐れるオウムの黒幕が口封じ。廃人化完了。死刑確定を急ぐ暗黒勢力。 リチャード・コシミズ
http://www15.ocn.ne.jp/~oyakodon/newversion/asahara_kuchifuuji.htm


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オウム事件の整理整頓 リチャード・コシミズ
http://www15.ocn.ne.jp/~oyakodon/kok_website/fireworks4/oumuseiri_index


警察の裏金作り(1) オルタ
http://alternativereport1.seesaa.net/article/49604098.html

(前略)
 問題は、この裏金作りにおいて日本の警察全体がロシア・マフィアと一体化している事実である。これまで米国でのロシア・マフィアの軍隊、警察機関への「食い込み」は何度か報じて来たが、日本でも同様な事態が起こっている。この裏金作りについては、ロシア・マフィアと接する北海道警察本部長(総責任者) からの内部告発が行われている。
 オウム真理教はロシア・マフィアを通じ、ロシア軍からヘリコプター、銃、毒ガス・サリンの原料、製造法(サリンそのもの)を入手していた。これはオウムの単独犯行ではなく自衛隊が関与している。
 麻薬、神経ガス等を使ったマインド・コントロールは、元々、ナチスが開発しCIAが発展させたものだが、70年代はCIAと米軍により、病院や刑務所での強制的人体実験が繰り返された。
 80年代に入るとCIAは、人体実験の場を「カルト宗教」に限定するという方針を明確に打ち出す。そしてCIA自身が世界各地でカルト宗教の「経営」に乗り出し、カルトを人体実験の「草刈り場」に使い始める。
 通常では入手出来ない薬物、 麻薬、神経ガス(毒ガス)をカルトが使用していたら、そのカルトが米国の諜報機関と軍隊の「人体実験の場」であると考えるのは世界の常識である。
 この問題を誤魔化し隠している日本の「オウム真理教ジャーナリスト」と称するマスコミ人の犯罪性は、厳しく非難されなくてはならない。
 ソ連崩壊後、ロシア軍がこのマインド・コントロール技術を著しく発達させている事が分かり、ロシアに近い位置にある在日米軍と自衛隊がこの面では先兵として、ロシア軍と急速に協力体制を作って来た。
 長野県松本市で起こった松本サリン事件では、毒ガスの異臭がしたと言う住民の証言が多数あり、無臭とされるサリンとは別の複数の毒ガスの人体実験が行われた事は明白である(引用注:可能性が高い)。それら複数のガスはオウムが所持してはいない物である。
(中略)
 地下鉄サリン事件の前日と前々日には、防毒マスク・メーカーの重松製作所(引用注:産業用防毒マスクのシェア8割。米国3Mへ防塵・防毒マスクをOEM供給だそうです)の店頭株式が大量に防衛庁関係者によって購入され、サリン事件で大幅に値上がりした株式を売却し、防衛庁関係者の巨額の「裏金」となったのは何故なのか?地下鉄サリン事件前日に、自衛隊と機動隊で毒ガス事件対策訓練が行わたのは何故なのか?(引用注:9.11でも7.7でも「訓練」中に発生)

 オウムの事件をオウム単独犯とし、自衛隊、ロシア軍にまで捜査を及ぼすなという脅迫として、事件当時、警察庁長官が自宅マンション前で銃撃されている(引用注:3月30日である)。(松本市とオウムには全く関連性は無いが、?)松本市には自衛隊東部方面隊、第12師団第13連隊が駐屯している。これは毒ガス部隊である。

オウムを「指導」していたのは、ロシア軍のマインド・コントロール研究所モスクワ・メディカル・アカデミーとロシア精神矯正研究所のイーゴリ・スミルノフ博士と、CIA直轄とも言える米国のロスアラモス研究所(広島に落とされた原爆を開発した研究所)のジャネット・モリス博士であり、ロシア軍の精鋭マインド・コントロール部隊、グラーブノエ・ウプラエフレーニエ・ストラエジチェスコイ・マスキロフスキー部隊(戦略的偽装工作部隊)である。

だそうで。本当だとするとあきれますね。

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                    はいはい。

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おまけ

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1995年1月17日 阪神淡路大震災
1995年3月20日 東京地下鉄「サリン」事件
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by oninomae | 2007-12-16 06:15 | 有毒化学物質  

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