広島はなぜ破壊されたか by Eustace C. Mullins その5

広島はなぜ破壊されたか by Eustace C. Mullins その5


広島はなぜ破壊されたのか 起訴状

The Secret History Of The Atomic Bomb  SUBTITLE Why Hiroshima Was Destroyed - The Untold Story
By Eustace C. Mullins  [レンズコム・2010年4月4日版]
http://www.rense.com/general90/whyhir.htm


※ユースタス・マリンズが、もし国際司法裁判所に出したら、と想定して書かれた起訴状。論文のまとめになります。(akazukin)


THE COURT OF INTERNATIONAL JUSTICE :国際司法裁判所

Eustace C. Mullins, Ezra Pound World Peace Foundation Japanese-American Friendship Society and the People of Japan,

原告;ユースタスC.マリンズ、エズラパウンド世界平和事業団、日系アメリカ友好団体と日本人

The United States Government, Defendant.

被告;米国政府

原告は、以下の罪状を決議するため、国際司法裁判所の前で訴訟を起こします:

1. 被告は、第二次世界大戦時において、日本の人々に対して戦争犯罪を企みました。

2. 被告は、第二次世界大戦時において、日本の人々に対して残虐行為を企みました。

3. 被告は、日本国を軍事占領することによって、その後、これらの犯罪を隠蔽し、法律を回避するよう企みました。そして、日本の人々が被告の行動のせいで法的手段を模索するのを事実上、妨げました。被告は、現在なお、49,999人規模の軍隊を、ソビエト連邦が攻撃するかもしれないことを口実にして、そこに配置し、軍事的に日本を占領し続けます。この口実は、ソビエト連邦が1989年に崩壊して、誰に対する脅威ももたらさないという地政学的な事実を無視します。

4. 被告は、日本の人々に対して大量虐殺の犯罪を企みました。それは、人種的な憎悪と宗教的な偏狭さによって動機づけされていました。

5. 被告は、1996年6月、国際司法裁判所で決定されたハーグ協定とジュネーブ条約を破りました。第二次世界大戦下で、広島と長崎に原子爆弾を投下し、日本の主要都市を焼夷弾で攻撃することによって、何百万人もの民間人の犠牲者に危害を加えた戦争を企みました。

6. これらの犯罪を犯した後に、被告は、これらの戦争犯罪に対するどんな処罰からものがれるために事実を歪曲し、戦争犯罪を否定し、数々の虚偽の陳述をすることにより、戦争犯罪を隠蔽しようと企みました。

7. 被告は、これらの戦争犯罪委員会の裏の状況を米国民からも隠そうと企みました。そして、共謀者の小さなグループ(ヨーロッパからの避難民)は、アメリカに来て、アメリカの政府に浸透し、そして、完全秘密主義で、ドイツと日本に対して使用する目的で原子爆弾を製造する計画を開始しました。いかなる時も、この陰謀は、何が起こっているのかアメリカ人は気づいていなかったし、合衆国の憲法と共和主義に違反しており、賛同を求めるために相談されませんでした。

8. 第二次世界大戦以来、被告は、原爆外交と呼ばれている原子爆弾テロリズムの世界的規模の計画を行っています。そして、処罰なしに、その計画があいも変わらず継続することを確実としました

9. 日本は、1945年6月、灰になったけれど、被告は、1945年5月、日本からの平和提案を無視しつづけていながら、侵攻が必要であると主張しました。そして、被告は、日本に侵攻している一方で、アメリカ軍隊が100万人の戦死者をだして苦しむだろうとさらに主張し、それが、1945年8月6日に、広島、1945年8月9日に長崎に原子爆弾を落とす必要があるとしました。実際、ウィリアムD.リーヒー海軍提督の本「I Was There」で指摘されている、「侵攻そのものは、決して認可されませんでした」、と。ドワイトD.アイゼンハワー将軍(最高軍事司令官)、ウィリアムD・リーヒー提督、空軍カーティス・ルメイ将軍、その他、多くのアメリカ軍のリーダーは、原子爆弾を落とす必要はなかった、と公式声明を出しました。政治的配慮などから、戦争後の他の国家への脅迫のために、できれば、100万人もしくはそれ以上の犠牲者を「集計」できる、生きている住民の上で実験しろという命令の下、日本の上に落とすことを指図しました。

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10. 原子爆弾は、ヨーロッパの避難民の小さなグループの尽力による創作でした。それは、ヨーロッパにおいてそのような爆弾を開発するのに憤然として拒絶されたものでした。アルバート・アインシュタイン(物理学者)は、この爆弾がアメリカで造られるよう勧めてくれと、1939年8月2日、フランクリンD・ルーズベルト大統領に親書を書きました。彼の手紙は、アレキサンダー・ザックス(ウォール街投機家)によって、ルーズベルトに手渡しされました。原子爆弾計画は、もう一人のウォール街投機家、バーナード・バルーク(ロスチャイルド家のエージェント)によって舞台裏から指揮されました。バルークは、レスリー・グローヴス少将をプロジェクトの責任者として、ロバート・オッペンハイマーをプログラムの科学責任者として選びました。バルークはプログラムを通して指令を出し続けました。そして、グローヴス少将に京都市が原子爆弾の第一の標的であると主張させました。軍のリーダーはこの選択に反対しました。そして、京都が日本の古都であり、200以上の歴史的寺院がある宗教的なセンターであると指摘しました。これらの都市のどちらも主要な軍事的標的を持たなかったにもかかわらず、広島と長崎はついに選ばれました。バルークは、自分のワシントン代理人(ジェームスF・バーンズ)が議長を務める国家防衛研究委員会(National Defense Researc Committee)において、大統領を通して、原子爆弾についての決定を命令し続けました。

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バーナード・M・バルーク(1870~1965)

11. 広島と長崎の壊滅の後、被告は、これら民間人の大虐殺によって非難を避けるために、いくつかの率直な虚偽をはたらきました。

最初は、原子爆弾が使われる都市の上空に撒かれたチラシによって住民に警告されたということでした。実際、爆弾が爆発したあと、8月10日までチラシは撒かれませんでした。大統領委員会は1945年5月31日にそれを決議しました、「我々は、日本人にいかなる警告もできませんでした」。

第2の虚偽は原子爆弾が使われないならば、これで、100万人のアメリカの命が犠牲になるので、日本への侵功が必要だろうということでした。多くの主要なアメリカの軍当局は、これが全くの妄説であると述べます。

第3の虚偽は、両方の都市が「鍵となる軍事標的」であったということでした。そして、「1945年、私はもっぱら軍需生産にいそしんでいる日本の二つの場所に原子爆弾投下を命令しました」と、トールマン大統領は彼の手記で誇っていました。実際、広島と長崎の死者の95%以上は、民間人でした。犠牲者数のわずか4.4%が、軍人でした。 

1945年9月5日のニューヨーク・タイムズに印刷された4番目の虚偽は、犠牲者が放射線障害を全く受けていなかったということでした。この記事は、ウィリアム・L・ローレンス(原子爆弾のネタに独占権を持つ陸軍省のための雇われた宣伝活動家)によって書かれましたローレンスは、日本人が「自ら同情をつくろうとしている」という、グローヴス少将の言を引用しました


12. 東京のスイス公使館は日本政府から声明を被告に送り届けました。その告発は、「広島市は、いかなる種類の特別な軍事施設のない、いかなる保護のない地方の町のみならず、隣接領域または町のどれをとっても、軍事目的を構成してません」。観察者はその場面を記録しました、「まったく軍の損害は取るに足らないものでした」。

13. 第二次世界大戦で最も威厳がある空軍部隊は、アメリカでした。戦略爆撃調査団(Strategic Bombing Survey)、それは必要に基づいて標的を選び、そして、将来の任務のために結果を分析しました。1946年7月1日付、それらの報告があります、「広島と長崎の原子爆弾は日本を倒したのではありません、戦争を終えた敵のリーダーの証言によれば、米国は日本に無条件降伏に応じるよう促しませんでした。天皇(国璽書)、首相、外務相と海軍大臣は、1945年5月早々に、たとえそれが同類の条件(訳註;無条件降伏)で敗北の承諾を意味したとしても、戦争を終わらせなければならないことを決めました…。確かに、1945年12月1日以前に、さらに、1945年11月1日以前の全可能性で、たとえ原子爆弾が落とされなかったとしても、そして、たとえ侵攻が予定されなかったか、もしくは考えなかったとしても、日本が降伏するということは、調査団の意見です」。

14. それが原子爆弾をこれらの2つの都市に落とすのに必要でなかったという事前情報で、これは広島と長崎の破壊が故意に犯された戦争犯罪であったということを証明します。デイビッド・ローレンス(USNews と World Reportの創設者、編集者)が1945年11月23日付に彼の社説を掲載しました、「事実は、我々は有罪であります。我々良心ある国民として、我々は苦しまなければなりません。我々の罪を懺悔しなければなりません。たやすく勝てるはずの戦争において、我々は最悪の手段(毒ガス室;lethal gas chamber)で100,000人以上の男、女と子供たちを窒息させて火葬するという恐ろしい武器を使いました。そして、我々空軍のスポークスマンが原子爆弾なしでたやすく勝利できたと話しました」。

15. 世界的リーダーと平和主義者である聖者ガンジーは、広島と長崎の悲劇について悲しげに話しました。「原子爆弾は、長い間人類を支えた精鋭な感性を弱めました。それを許容できるようにした、いわゆる戦時国際法がありました。現在、我々はありのままの真実を理解します。戦争は、その力以外の法律を持ちません。原子爆弾は、連合軍に虚ろな勝利をもたらしました。それは、破壊された日本の精神の中に当分の間、生じるでしょう。何が破壊された国の精神に起こるのか、それがわかるためには時期尚早であります」。

16. 被告は、ジュネーブ条約に違反しています。議定書2(国際人道法の適用範囲)は、こう述べています:
1.「国際人道法は、国際的武力紛争に適用できます。平和が存在している国際法がはたらく関係国は、このように、国際人道法の規律に取って代わることによって大きくなるでしょう…。したがって、そうでない状況は、それらの規律から外れることで均衡をひっくり返し、正当化する理由として軍事的必要性を訴えることは許されません」。

17. Ⅳ人道的要求と軍事的必要性。

「戦争において、交戦国は、敵を討つのに必要な種類の力と分量のみを大量に適用します。不必要な苦悩を引き起こさないで、背信行為でなく、彼らが軍事目的のみに向けられるなら、戦争行為は許されます」、明らかに、広島と長崎の爆破はこの裁定の範囲外になります、民間人を標的にし、爆撃による不必要な苦しみを起し、被告の正当化した弁解は不誠実さを表わしました

18. 129.戦争行為が国際条約または慣習法で明確に禁止されないならば、その行為が実際、許されることを必ずしも意味するというわけではありません。いわゆるマルテンス条項は、ハーグ平和会議で皇帝ニコラウス2世の代表であるリヴォニア人のフリードリヒ・フォン・マルテンス[Friedrich von Martens]教授(1845~1909)によって開発されました。それは1907年のハーグ条約第四条の前文に挿入され、1977年の追加議定書Ⅰで再確認されたように、いつでも適用できます。議定書、または、他の国際条約によってカバーされない事例では、文民と戦闘員は、一般の良心の命ずるもと、正規の習慣に由来する国際法の原則と人権で保護されます。(第1条、pars.2、AP 1;前文pars.4,AP II参照)

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Friedrich von Martens

19. 議定書I-第IV編。第1章。「…『文民用と軍事目標とを常に区別すること』は、紛争当事者の義務」。

第48条-基本規則(「『無差別攻撃』の禁止令)。

第51条-第4段、文民たる住民の保護、とりわけ、「都市、町村その他の文民又は民用物の集中している地域に位置する多数の軍事目標であって相互に明確に分離された別個のものを単一の軍事目標とみなす方法及び手段を用いる砲撃又は爆撃による攻撃」。 [第51条-第5段(a)文民たる住民の保護]、

「予期される具体的かつ直接的な軍事的利益との比較において、巻き添えによる文民の死亡、文民の傷害、民用物の損傷又はこれらの複合した事態を過度に引き起こすことが予測される攻撃」。 [第51条-第5段(b)文民たる住民の保護]

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20. 議定書I-第 IV編、第1章。「1907年に1899年以降に概説された任意の、そして、圧倒的な敵の行為からの民間人の保護は、1949年に第四回ジュネーブ条約で最も完全な形で表現され、現在この議定書によって補われています。

それ故、原告は、戦争犯罪と残虐行為を結託し罪状を伺うために法廷を体裁よく動かしました。
宗教的な偏狭さと人種的憎悪が動機付けされた、彼らの犯罪を隠蔽する陰謀。

日本政府を脅して、これらの犯罪を賠償する方法の探索を未然に防ぎ、被告の原爆テロリズムは、不誠実な虚偽のもと進行する計画により、犠牲者たちに不当な苦しみをおわせ、大量殺戮という虐殺の犯罪を隠蔽するという継続的な陰謀。

法廷はこれらの罪状を聞き、適切な損害賠償、犯罪者に対する処罰を決めてください。


謹んで提出します。

Eustace C. Mullins
ユースタス・マリンズ

【翻訳:タドン】
http://ameblo.jp/ootadoragonsato/day-20100505.html
http://ameblo.jp/ootadoragonsato/day-20100506.html

参照:千九百四十九年八月十二日のジュネーヴ諸条約の国際的な武力紛争の犠牲者の保護に関する追加議定書(議定書Ⅰ)


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・・・驚いたことに、私が展示室の中に入ったとき、私は突然、悲しみで打ちひしがれてしまった。急に泣き出しそうだったとわかったので、私は仲間のもとから立ち去って、唇を噛んで立っていた。それでも、自分自身おさえることはできそうもなかった。 (引用注:マリンズさんは、もともと白人主義者であるが、この体験で何かが変わったように思われる)

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彼らはまた核戦争、生物兵器戦争を起こそうとしている。

ところで、私はなぜこのようなことをしているのか?

お気づきかもしれないが、そこに生きていただけで、「咎なくして死んだ」ものは大勢いる。本質に迫るためには謙虚でなければならないが、本という字が、十字に架かった手を広げた人であるとは、なんと示唆的であるだろうか。本当のキリスト教はここに淵源する、と思う。「咎なくして死す」である。私はホロコーストされた人々を人間として認めて欲しいと思っている。そして、こういった虐殺を人種を問わず人間に対する犯罪として考えて欲しいと思っている。ゴイムだ実験動物だと言われたままではうかばれない。そこで、こんな死者の暦のようなブログを作っている。未来の死者の暦まで作らねばならないとは遺憾であるが。合掌。
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by oninomae | 2010-12-04 02:55 | 放射能・ラジオハザード  

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