ピノキオの密教的解釈 By Vigilant その1


私は、日本のピノッキオたちにこの物語を贈りたい。


ピノキオの密教的解釈 By Vigilant December 28th, 2009  その1


1940年にリリースされたピノキオは、世界中で子供にも大人にもいまだ好評であるディズニーの古典である。しかしながら、この木製の人形の物語は、めったに論じられないが、秘教的教えに基づいたある大いなる霊的寓話を隠し持っている。 我々は、このアニメ化された冒険とその裏に潜んだ意味の起源について見るだろう。

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私は、子供の時、録画状態の悪いVHSテープで、私の弟と一緒にFugee-O'sを食べながら、はじめてピノキオを見た。私は、その覚えやすい曲とジミニー・クリケットを楽しんだ。私は、しかし、御者に恐れをなして、水中の部分はまったく好きになれなかった。 それが、最近に至るまで、私がこのディズニーの古典について覚えていたほとんどである。

ある眠気を誘う日曜の夜、私は偶然テレビでその「デジタル処理された」映画に出くわし、そして「昔のよしみで」それを観た。

楽しい懐かしい旅になるだろうと思っていたものは、衝撃的な啓示となった:ピノキオは私が今まで見てきた最も深い映画の一つであった。

それは霊性と近代社会についての一つの巨大な寓話であり得るか?

私はオカルトの秘密へのイニシエーションのヒントを検知したのか? 私は直ちにピノキオの起源の研究を開始し、そして私の理論のすべてはふんだんに確認された。


言うまでもなく、この映画はいまや、今日の大衆文化の主用品(主食)である。

この映画を観ていない人々はどれほど多くいるだろうか? 他方で、どれほど多くの人々が、ピノキオの真の裏に潜んだ意味に気がついているだろうか?

一人のよい少年になろうと努めているその操り人形の物語の背後には、オカルト主義の神秘学派にその起源を有するある深い霊的な物語がある。

入会者の目を通すと、「嘘をつかない」ことについての教訓に満ちている、「良くある」ことについてのその子供たちの物語は、一人の人間の知恵と霊的啓発への探求となる

ピノキオの容赦なく正直な社会的論評は、我々の近代世界の残酷なビジョンを描いており、そしておそらく、その罠を逃れる一つの方法を処方している。


その著者の背景や文学作品の引用を通して、人は、ピノキオの隠されたグノーシス主義的な意味を理解することができる。


ピノキオの起源

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カルロ・ロレンツィーニ[Carlo Lorenzini]別名カルロ・コッローディ[Carlo Collodi]


ピノッキオ[Pinocchio]は、もともとカルロ・ロレンツィーニ(彼のペンネーム、カルロ・コッローディで知られる)によって、1881年と1883年との間にイタリアで書かれた。ロレンツィーニは、彼の執筆活動を新聞(Il Lampione and Il Fanfulla )で開始した。そこで彼は、自分の政治的見解を表明するためにしばしば風刺を用いた。

1875年、彼は児童文学の世界に入り、彼の政治的信念を伝達するために、この表現手段を使用した。

例えば、ジアネッティオ[Giannettino ]のシリーズは、しばしばイタリアの統一に言及した。

「ロレンツィーニは、寓話を通して彼自身の確信を表現する一つの手段として、親しみやすい無頼の役柄を使うアイデアに魅了されるようになった。1880年、彼はStoria di un burattino(「操り人形の物語」)、またピノキオの冒険[Le Avventure di Pinocchio]とも呼ばれた物語を書き始めた。それは、毎週、Il Giornale dei Bambini(最初の子供のためのイタリアの新聞)で発表された。-Source http://en.wikipedia.org/wiki/Carlo_Collodi


ピノキオの冒険、彼の探求の中で一人の本当の少年になる頑固な操り人形の冒険を記述するおとぎ話は、1883年に出版された(もしあなたが望むなら、原本はここhttp://www.gutenberg.org/etext/500で読める)。

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ロレンツィーニの作品は、単に政治的であるだけではなかった。 彼の文章、特にピノキオの冒険は、現代の読者たちによってしばしば見過ごされている多大な形而上学的な側面を包含していた。

ロレンツィーニの作品の深さを完全に理解するために必要な1つの重要な事実は、彼が一人の活動的なフリーメイソンであったことである。 Pinocchio, mio Fratello(ピノキオ、わが兄弟)と呼ばれる随筆の中で、イタリアのフリーメーソン、ジョヴァンニ・マレヴォルティ[Giovanni Malevolti]は、ロレンツィーニのメーソン的背景について記述している:

「カルロ・コッローディのフリーメーソン団への入会は、いかなる公式の記録にも見いだすことが出来なくてさえ、あまねく認識され、そしてしばしば言及された。 フリーメーソン団の公式歴史家として一般的に明確にされた非メイソンのアルド・モラ[Aldo Mola]は、大いなる確信をもって、メイソン仲間へのその著者の入会を表明してきた。コッローディの人生での出来事は、この主張をさらに確認するように思われる:「Il Lampione」(かがり火)と呼ばれる新聞の1848年の創設、それは、ロレンツィーニによって述べられたように、「闇黒をよたよたしているすべてのものたちをイルミネートした」;彼はまた彼自身を、「マッツチーニ(有名なイタリアのフリーメーソンで革命家)の情熱的な弟子」とみなしていた。 (訳注:結局、このころの知識人たちはこうなってもしょうがなかったわけでしょうね)


コッローディはまた、全英グランドロッジによって出版された、有名なフリーメーソンたちを一覧しているこの文書http://www.grandlodgeofallengland.org/index2.php?option=com_content&do_pdf=1&id=44の中にも見いだすことが出来る。


マレヴォルティは続けている:

「ピノキオの冒険」を読むには二通りのやり方がある。 最初のものは、私が「俗」と呼ぶだろうものである。そこでは、その読者は、最もあり得るのは子供で、木製の操り人形の不運な災難について学ぶ。二番目のものは、メーソンの観点からの読書である。そこでは、出来事の単純で直線的な談話を置き換えることなしに、重要な象徴主義が完結する。- Giovanni Malevolti, Pinocchio, mio Fratello (free translation)


ロレンツィーニは秘教の教科書:「知っている」者たちに取っておかれるある隠された意味を有しており、大衆によって楽しまれることが出来るある単純な体験談物語の長い伝統に従って、ピノキオを書いた。


続く


元記事は

The Esoteric Interpretation of Pinocchio By Vigilant December 28th, 2009
http://vigilantcitizen.com/?p=3016



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by oninomae | 2010-10-06 20:59 | 魔術=詐欺とイルミナティ  

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