セシル・ローズとロスチャイルド設立の円卓会議の目的は国つぶし by ジョン・コールマン


セシル・ローズとロスチャイルド設立の円卓会議の目的は国つぶし

円卓会議はセシル・ローズ[Cecil John Rhodes, 1853-1902]によって南アフリカに設立され、

c0139575_23273162.jpg

イギリスのロスチャイルド家が資金提供をした

c0139575_21414016.jpg


その目的は、イギリス王室に忠実なビジネスリーダーを養成し、膨大な金とダイヤモンドを確保させることだった。南アフリカ人は、その生得の権利を大規模かつ全面的なクーデターによって盗みとられたのであり、それは明らかに、統一された中央司令部がなければやれるものではない。その統一された中央司令部が、三〇〇人委員会だったのだ。

金とダイヤモンドの確保が達成されたことは論をまたない。一九三〇年代初めまでに、イギリス王家は史上最大の金とダイヤモンドの産出地帯を押さえていた。今や三〇〇人委員会は、ドラッグ貿易からの莫大な富と、南アフリカの鉱物資源という同じように莫大な富との両方を掌中に収めたのだ。ついに世界の金融支配は完了したのだ。

円卓会議は、このクーデターで中心的な役割を演じた。南アフリカを飲み込んだあとの円卓会議の次なる目標は、アメリカが独立戦争で得た利益を取り戻し、アメリカを再びイギリスの支配下に引きずり込むことだった。このような事業には組織力を何よりも必要とする。これは、ロンドンのロスチャイルド家の子飼いであるアルフレッド・ミルナー卿[Lord Alfred Milner, 1854-1924]が担当した。

c0139575_21434161.jpg


まず、スコティッシュ・ライトのフリーメーソンの原則を応用して円卓会議のメンバーを選択する。選ばれた者は一定期間、ケンブリッジ大学、オックスフォード大学で集中訓練を受ける。これを監視するのは「正統的共産主義者」を自認するジョン・ラスキン[John Ruskin, 1819-1900]と、

c0139575_21494621.jpg

MI6の諜報員T・H・グリーン[Thomas Hill Green, 1836-82]だった。


c0139575_21574333.jpg

グリーンはキリスト教福音主義派の牧師の子であり、ローズ、ミルナー、ジョン・ウィーラー・ベネット[John Wheeler-Bennett, 1902-75]、A・D・リンゼイ[Alexander Dunlop Lindsay, 1st Baron Lindsay of Birker, 1879-1952]、ジョージ・バーナード・ショー[George Bernard Shaw,1856-1950]、そしてヒトラー政権の蔵相を務めたヒャルマー・シャハト[Horace Greeley Hjalmar Schacht,1877-1970]らを(引用注:直接・間接的に)育てた。

ここで読者は思い起こしてほしい。円卓会議すらこの巨大で、すべてを抱含する三〇〇人委員会の一部門にすぎないのだということを。その円卓会議自体の中で企業、研究機関、銀行、教育機関が複雑に絡み合っている。これを整理するには、資格を持った保険会計士を大勢集めても一年がかりだろう。

円卓会議は自分たちが活動しているすべての国での財政および通貨政策の支配権、政治的な指導力を手にしようと世界中に広がった。南アフリカでは、ボーア戦争でイギリスと戦ったヤン・ステッツ将軍が「転向」してイギリスの情報員となり、諜報、軍事、政治に関わってイギリス王室に協力した。

アメリカについては、内側から穴を開けるという仕事がのちにウィリアム・ヤンデル・エリオット[William Yandell Elliott, 1896-1979]に与えられ、

c0139575_22161544.jpg

ヘンリー・キッシンジャーを世に出した。

c0139575_22201325.jpg

キッシンジャーが三〇〇人委員会のアメリカ主席顧問の地位へと彗星のようにのぼりつめたのも、この男の力だった。


ウィリアム・ヤンデル・エリオットは「オックスフォードのアメリカ人」であり、すでに三〇〇人委員会のために充分に働いていた。これは委員会の仕事でさらに高い地位を得るために不可欠のことだった。一九一七年にヴァンダービルト大学を卒業すると、エリオットはロスチャイルド-ウォーバーグの銀行網にスカウトされた。サンフランシスコの連邦準備銀行で働いて重役にまでなり、その立場からロスチャイルド-ウォーバーグの情報将校として活動し、自分が担当しているアメリカの重要エリアについて報告した才能を認められたエリオットは、フリーメーソンのタレントスカウト方式によりローズ奨学資金[Rhodes Scholarship]への推薦を受け、

c0139575_22413216.jpg

一九二三年にはオックスフォードのベイリアル校[Balliol College]へ入る。ベイリアル校の「夢見る尖塔」には隠された謀略のネットワークがあり、社会主義者の大望をいだく若者を育てていた。その多くがのちに西側を裏切っている。


c0139575_22402331.jpg

c0139575_22383785.jpg


ベイリアル校は過去も、そして現在も円卓会議のための新人補充の中枢だ。エリオットに徹底的な洗脳を施したのはタヴィストック人間関係研究所[Tavistock Institute]の代表で前任者ベイリアル校修士T・H・グリーン[Thomas Hill Green]のあとを継いだA・D・リンゼイ[Alexander Dunlop Lindsay]だった。

c0139575_22282650.jpg



洗脳を受けたのち、エリオットは円卓会議に迎えられ、RIIA[Chatham House]へ送られた。

c0139575_0212281.jpg

与えられた課題は、アメリカに戻り、学界で社会主義者のリーダーになることだった。

円卓会議の原動力になっている哲学は、円卓の騎士らを、さまざまな社会機関を通じて社会政策を立案、実行する地位につけることである。これによって、ラスキンの言う「大衆」を操作することができる。

c0139575_0224427.jpg

円卓会議のメンバーは、サセックス大学[University of Sussex]でタヴィストック人間関係研究所のコースを終了後、銀行業務の最高レベルへと浸透していった。コースを作成したのはイギリス王室の腹心、レコンスフィールド卿[Charles Wyndham, 3rd Baron Leconfield, 1872-1952]で、のちにはラザール・フレール社の経営を続けていたロバート・ブラウドによって運営された。RIIAは過去も現在も、イギリスの君主体制と全面的につながっている。

円卓会議から分離して独立した組織には、ビルダーバーガーズ[Bilderberg Group](傑出した政治家であり、故ウインストン・チャーチルの娘婿に当たるダンカン・サンズ[Duncan Sandys, 1908-87]が設立・運営)、

c0139575_1529131.jpg


ディッチレー財団[Ditchley Foundation](銀行家の秘密クラブ。私が一九八三年に『国際銀行家の陰謀-ディッチレー財団』で暴露した)、

c0139575_15321067.jpg

TC[Trilateral Commission]、アメリカ太平洋評議会、アスペン研究所[Aspen Institute]などがある。 アスペン研究所の隠れた陰の創立者はRIIAのバロック卿であり、表向きの代表者はロバート・アンダーソン[Robert Orville Anderson, 1917-2007]である。 (引用注:現在は、Walter Isaacson President and CEO, Aspen Institute)

c0139575_1632311.jpg


c0139575_15501080.jpg

c0139575_15511493.jpg

c0139575_15524020.jpg

c0139575_1716181.jpg

c0139575_164149.jpg

c0139575_1612143.jpg


ビルダーバーガーズの主たる機能は、RIIAに選ばれた者に社会主義を吹き込んで将来の世界指導者を作りあげることである。 




ジョン・コールマン 300人委員会 第4版(1997) 和訳版 1999.5 p254-7より

c0139575_21225610.jpg


c0139575_23293240.jpg


c0139575_23304631.jpg


c0139575_2235495.jpg

[PR]

by oninomae | 2009-05-12 23:20 | イルミナティ  

<< 「資産」キッシンジャーのアメリ... 治療法の研究者には強大な圧力が... >>