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世界謀略国家の誕生 by 馬野周二 

権力の影 解説 馬野周二 2


世界謀略国家の誕生


このようにしてアメリカは第一次大戦に参戦することによってヨーロッパ大陸に抜き差しならぬ関係を築くことに成功した。このような成り行きは決してまじめなアメリカ人の欲しないところであったのだ。彼らはヨーロッパを捨て、あるいはそこから逃れてきた者たちであって、欧州に関係せず、また関係させず、独立独歩、広大な新大陸で古い世界に煩わされずに暮らすのが彼らの心底から求めていた境涯だった。

このようなアメリカ人の一つの典型はダグラス・マッカーサーであったと私は思う。(引用蛇足:マッカーサー家も「なぜか」フィリピンのボスだったわけですが)軍人一家に育った彼は年少の日から軍人たるべく運命付けられていたが、自ら述懐しているように、彼の心はワシントンの政治家と交わるよりは、見晴かす中西部の広野に向いていた。この時代には支配層に取り入って高位に昇る軍人たちが多かった。マーシャル、アイゼンハウアーなどはその典型だった。人間としても軍人としても政治家としても卑しむべき者たちであった。

マッカーサーの家系の出自はスコットランドであるが、多くのしかるべきアメリカ人はそれぞれイングランド、フランス、ドイツなどから来ている。彼らはそれらの故里から足を洗って渡ってきて、今更彼らと関係しようとは思わないのである。これが米国の伝統的孤立主義の背景だ。多くのアメリカ人は自分の国が第一次欧州大戦に加わったのを快く思ってはいなかった。事情を知っている人たちは、政府を占領している悪人たちが金儲けのために国民をだまして戦争に入ったことを、苦々しく思っていたのである。 先に述べたようにヴェルサイユ会議で国際連盟ができたが、それはまさしく「国際主義」というマントを被った悪人たちの隠れみのだった。つまりアメリカの国力を使って欧州に干渉し、自分たちの世界収奪の役に立てようとする陰謀だ。それを一番よく知っていたのは心あるアメリカ人である。

国際連盟を提唱したのはウィルソン米大統領だが、でき上がったこの機関には米国は参加しなかった。上院がそれを否決したのである。当時の上院議員たちは偉かった。ウィルソンも国際連盟も編しのからくりであることをよく知っていたのである。大戦に入ってアメリカが得たものは何もなかった。ところがバルークなどは巨万の富を得たのである

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設立当初からユダヤ機関と陰でいわれていたこの連盟に日本も常任理事国として参加し、現在使われている五千円札に顔が出ている新渡戸稲造[1862-1933]はその事務局次長であった。

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日本はこの連盟なるものの正体をまったく知らなかったが、後年わが国が満州事変に入るや、極めて敵対的な態度をとるようになり、ついに昭和八年にこれから脱退した。ドイツおよびイタリーものちに脱退した。

いささか脱線した話をすれば、この新渡戸は、私にはわからないところがある。『武士道』の著者としてたいへん日本的なところがある一方、米・英エスタブリッシュメントとただならぬ仲だったといわれていたこともその通りであったろう。つまりフリーメーソンであったとされてもいるのだ。太平洋問題調査会の会長もしていたが、これはロックフェラー機関であって共産主義者も密かに加わっていたとされている。これには当時のわが国の進歩的文化人も多数加わっていたが、彼らの多くは結局共産主義ないし社会主義を奉じる者であったことが戦後になって判明した。仮面をとりはらったのである。この人の夫人はアメリカ国籍であった。本来の出自はわからない。

米国支配中枢は、欧州大戦に入り込み、ヴェルサイユ会議をその大統領が主宰し、かくて欧州大陸での足場を確立することに成功する。次はアジアヘの侵入である。彼らは間髪を入れずその作業に取りかかった。無残なヴェルサイユ条約の発効した翌年、すなわち運命の一九二一年、はやくも米国は日、英、仏、伊、蘭、中などにワシントンで国際軍縮会議を開催する提案を行った。それがどんな結果になったかは前節のとおりである

つまりこれは米国が東アジアに入るための国際法的地ならしであった。彼らはそれまでのわが国の国際政略の基盤であった日英同盟を廃棄させ、これを日、英、米、蘭による四カ国条約に変えることを強要した。そして別に中国をも含めた九ヵ国条約をつくり上げ、日本の東アジアでの活動に閂をかけてきたのである。これでわが国は長年の英国との仲を裂かれ、国際的に孤立することになった。もとより"軍縮"に名を借りて日本の海軍力を制限した。対米戦闘力を減殺しておくためである。すでにこの時点で彼らは対日戦を予期していたというほかはない。

もちろんわが国でもこの米国の動きに対して反米感情がたかまった。とくに以前から執拗に続いていた在米邦人排斥への憤慨が加わって、国民の対米感情はじつに悪くなった。これはなお後のことだが、邦人迫害に抗議して一人の若い女性が赤坂の米国大使館の門前で自殺した事件も起こっている。かくて十年前に伊藤博文が恐れた新大陸の旧大陸制覇は着々と進んできた。

一九二一年(大正十年)は日本にとって大きく歴史の変わった年であった。この年の夏、時の皇太子(後の昭和天皇)は欧州を訪問された。当時の大日本帝国の威勢は今日では考えられない程のもので、お召し艦という軍艦と予備として同型の軍艦を連ね、地球を半周してヨーロッパに行かれた。当時はまだ日英同盟が継続していたが、英国側の歓待も手厚いもので、国王ジョージ五世はみずからヴィクトリア駅に出迎えた。これは日英関係の最高の日であった。ところがその年のうちにワシントン会議が始まり、忽ち日英同盟は廃棄されて、かわりにアメリカの入った四カ国条約が成立した。当時イギリス人は「血は水よりも濃し」といったが、情緒的で英国に対する思い入れの深かった日本人は大きな精神的打撃を受けたのである。英国としてはアメリカの要求に従い、その東アジア政策に同調して、世界政策の同盟者を日本から米国に切り替えたわけである。これが結局大英帝国の命取りになった。この帝国が崩壊したのは日米戦争=大東亜戦争によるものだが、この戦争を予期し周到に根回しして結局そこへ落とし込むことに成功したのは、他でもない米国支配中枢なのだ。伝統的英国支配階級はそのことを肝に銘ずるべきである。

第二次大戦を戦い抜いた英国宰相ウィンストン・チャーチルは、戦後イギリスを訪問したわが岸首相に「アメリカの要求によって日英同盟を廃棄したのは誤りであった」と述懐したという。「遅かりし由良之助」だ。老槍なイギリス人ですらこの有り様だ。 米国政府に取り愚いた邪悪なる者たちのもの凄さをよく噛みしめるべきだろう

世界史からみた一九二〇年代

この十年間は第一次世界大戦における勝者と敗者で極端に対照的な事態が現れた。自国が戦場にならなかったアメリカには、空前の繁栄が訪れた。いわゆる「ローリング・トゥエンティーズ」の時代である。

一九一〇年代までのアメリカは、経済的にみればまだヨーロッパの下位にあった。その産業力はすでにずっと大きかったが、なお債務国であり彼らのコントロール下にあったのである。大英帝国はまだなお世界の政治はもちろん経済も大枠として差配していた。しかし大戦の巨大な戦費を米国から借りて債務国に転落する一方、米国は一転して大きな債権国となった。フランスは植民地を持ち、たしかになお帝国ではあったが、その国内が戦場となり疲弊していた。戦費を米国から借り債務国に転落したことも英国と同じであった。だがともかくも戦勝国であり、社会も経済も一応は安定していた。

だが敗戦国はみなそれぞれに酷い状況だった。トルストイの小説『アンナ・カレーニナ』は、「幸福な家庭は皆同じようだが、不幸な家庭はそれぞれに違う」と書き出されている。実際、ドイツや中欧の敗戦国の状態はそれぞれ異なってはいたが、非常に苦しいものだった。その詳しい状態がよく知られているのはドイツの場合である。ヴェルサイユ条約で滅茶苦茶な賠償を課されて経済は破綻し、天文学的なインフレとなった。

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社会的にも浅ましい有り様となった。人肉を売る店が現れたのは本当の話である。中産階級は完全に没落し、いっぽう暴富を積む者が現れた。

当時のドイツはいわゆるワイマール時代で、政府閣僚、主要政治家、大資本家の大部分はユダヤ系にとって代わられていたといわれる。ドイツ人、ゲルマン民族にとって堪え難い時代だった。

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これが三〇年代のヒトラーの出現とナチスの台頭につながる。この時代、ルーデンドルフ[Erich Friedrich Wilhelm Ludendorff, 1865-1937]将軍はドイツが敗れたのはユダヤ人が背後から刺したためだと説いたが、これをたんに反ユダヤ妄想とのみ見ることは失当であろう。ユダヤをイルミナティと置き換えれば、それは図星ではなかったのか

大戦末期、ドイツ国民は「戦争は勝利に近づきつつある」という政府の話を信じて頑張っていた。ところがキール軍港の水兵の一部が反乱を起こし、これをきっかけとして全戦線が崩壊した。この水兵の群れはスパルタカス団と呼ばれたが、この名がすべてを物語っている。スパルタカスとはイルミナティ結社の創始者ワイスハゥプトその人の呼び名にほかならない。

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イルミナティマルキシズム共産主義創始なのだ。この件については私の著書を参照されたい。

敗戦の結果ドイツ、オーストリアの帝政は倒れ、共産化はしなかったものの、その政治と社会は著しく左傾した。そしてロシア帝政は革命によって倒壊した。この大国家が共産化したということは今世紀最大の政治・社会的事件であった。今日にして二十世紀全体を振り返ってみると、日露戦争、第一・二次大戦、諸革命、そして多くの地域戦争はすべてある深く隠された集団による、ある目的を達するための画策、謀略の結果だと考えるほかはない。これが私のただいま達している結論である。この隠れた集団が何であるかはすでに私の著書で論及している。

しかしこの世紀が経験した惨害はたんに戦争と革命のみに留まらない。政治と社会の変動は産業革命以来ますます経済の影響を受けるようになってきている。経済において戦争と等価なものは恐慌である。しかもこれらと革命もまた密接に結ばれている。つまりこの三つは政治、社会、経済という人間活動の平面における、相を異にはするが源泉を同じくする現象だということである。すでに述べたようにこの世紀の戦争と革命が隠された一角から操られて起きたものであるとすれば、恐慌、それも大恐慌が謀られたものではないかと疑う必要がある。

一九二九年のニューヨーク株式大暴落、そして各国の関税一斉大幅引き上げに端を発する世界大恐慌は、今日誰もが経済自然の法則によるものとして疑わないが、私がすでに指摘したように、この世界経済の大惨事は自然の経済サイクルのうえに、世界的に連係したプロットが加重されて出来したものである。わが国でこのとき金解禁を行った大蔵大臣・井上準之助は、自身の意志としてよりは、気の付かないうちに世界地下勢力によって謀られてこの挙に出たものであろう。

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あるいはもっと悪い想像をすれば、間接的にではあっても何処からかの強制的な力によってそうさせられたのかも知れない。彼はその金解禁政策がまったくの誤りであったと明瞭にわかったあとも、なおその政策を執拗に続けた。巨量の金が米国に現送されるのを見ながら平然とそれを放置した。これは日本人としての常識からは出来ない行動である。これを見て時の民間の経済評論家・高橋亀吉、石橋湛山などはおおいに反対した。井上の行動にはどうも極めて不自然なところが多かったのだ。世界に目を転ずれば、当時の各国の大蔵大臣、中央銀行首脳は一斉に同様の挙にでていた。これは今にして考えてみると大変不思議なことではなかろうか。各国それぞれの事情があり、立場があるはずだが、同時にこんな危ないことをするというのは、何処からか遠隔操作されたロボットであるという感を禁じえない

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考えてみると、今日でも同じようなことが起こっているように思われる。 今次のバブル経済をもたらした元凶は澄田[1916-2008]日銀総裁[1984-89]であるが、この人物はなにもわからないうちに(引用注:かどうかは疑問。立派な共謀エージェントでは?)このベラボウな低金利を二年以上も続けた。

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ドイツもこの低金利に付き合っていたが半年で金利を急速に引き上げた。このドイツと日本の違いは世界地下政府の存在を知っている者と知らない者との差であろう。

このようにして一九〇〇年代には日露戦争、一〇年代には大戦すなわち軍事恐慌を起こした地下秘密政府は、かくして二〇年代には経済大恐慌を起こしたとみてよいのではないか。そして彼らの目的は決してたんに経済恐慌のみに留まるものではない。それはさらなる戦争と革命へと全世界を誘導することであった。読者がよく知るように、このこともまた完膚なきまでに成就し、欧州大戦を起こしただけでなく中国革命もまた成功した。

ドイツでは反革命が謀られた。ここでは共産革命は無理だと承知していた地下政府は、逆に極右を引き出す方針がとられた。ヒトラーのすくなくとも初期の政治活動の資金は、ワーバーグなどのユダヤ系財閥によって供給されたといわれている。これは日露戦争当時シフが日本に借款を与えてくれ、しかもロシア革命の時にはレーニンに資金を出したとされていることと考え合わせてみると、彼らの謀略が何処にあったかがわかろうというものだ。彼らすなわち世界地下政府の目的は単なる眼前の政治的、経済的利害で行動していたのではなく、もっとずっと遠く深い目的を持っていることを示している。

続く


ジェームス・パーロフ 権力の影(1988、 馬野周二訳:1992.8) 訳者解説 p22-30 より


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by oninomae | 2009-04-06 20:31 | イルミナティ  

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