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トルーマン時代 by ジェームス・パーロフ 3 朝鮮における奇妙な戦争

朝鮮における奇妙な戦争

明瞭な合図


第二次世界大戦とベトナム戦争によって、その間に挟まれた戦争の影が薄くなった朝鮮戦争[Korean War, 1950.6.25-1953.7.27]は、中国の喪失と同じように第二次世界大戦外交に根ざしていた。

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一九四五年五月ハリー・ホプキンズ[Harry Lloyd Hopkins, 1890-1946]が

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スターリン[Joseph Stalin, 1878-1953]を訪問したとき、彼らは日本の保護領である朝鮮は戦後の国際信託統治によって統治さるべきである、という意見の一致を見た。


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                   (この写真は1941年)


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一九四四年四月に『フォーリン・アフェアーズ』の記事がすでにこれを提案して次のように勧告している

  「朝鮮信託統治は特定の国によって行われるのではなく、列国グループすなわち合衆国、英国、中国、ロシアによって実施されよう」  (17)

実際に朝鮮は半分に分割され、その処理はドイツのそれと類似していた。合衆国が三十八度線以南の南朝鮮を占領しソヴィエトが北朝鮮を占領したが、彼らは北朝鮮を金日成の統治するマルクス主義専制総督支配地に変えたのである。

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もしもアメリカの交渉と武器貸与積送によってソヴィエトを太平洋戦域に引き込むことがなかったなら、そもそも北朝鮮に共産政体は生まれなかったであろうし、朝鮮戦争もなかったであろうと言っても不穏当な説ではない。

ソヴィエトは十五万人の北朝鮮軍を訓練し、これにタンクや戦闘機を供給した。しかし合衆国軍は南朝鮮から引き揚げたとき、小火器装備の一万六千人の朝鮮人警察力を残しただけであった。極東における軍事状況視察評価のためにトルーマン[Harry S. Truman, 1884-1972]大統領から派遣されたアルバート・C・ウェデマイヤー[Albert Coady Wedemeyer, 1897-1989]将軍が、北朝鮮は南朝鮮に対し明らかな軍事的脅威となっていると報告し、南朝鮮の軍備を勧告した。

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しかし彼の警告は無視され、彼の報告は世間の眼から隠された(戦争にまでつながったこの怠慢に幻滅を感じたウェデマイヤーは、一九五一年に現役を退くとアメリカの外交政策の忌揮ない批判者となった。彼の暴露的著書"Wedemeyer Reports!"は広く読まれた)。

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金日成は一九五〇年一月の新年の辞で、今年は朝鮮の「統一の年」になるだろうと宣言し「完全な戦備」を要請した。

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この武力威嚇に対する合衆国の反応はどうであったか。
その二週間後に、今はトルーマン政権の国務長官であるディーン・アチソン[Dean Acheson, 1893-1971]が、南朝鮮は合衆国の「防衛線」外にあると表明した。 (引用注:いつもこんな感じですね)

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これは金日成に明瞭な合図を送ったもので、彼はその年の六月にソヴィエトの援助下に南朝鮮に攻め入る。

パールハーバーの時と同様にこの侵攻は普通のアメリカ人に衝撃を与えたが、

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これらの事件の展開を注視していたトルーマン、アチソンあるいは他の外交政策担当高官たちを驚かせたとは信じ難い。

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故意の大失態

この戦争経過をごく簡潔に振り返ってみると当初は北朝鮮軍が成功した、しかしダグラス・マッカーサー[Douglas MacArthur, 1880-1964]の軍隊が華々しく仁川に上陸して北朝鮮軍を三十八度線を越えて追い返し、中国との境界となっている鴨緑江までのほとんど全朝鮮を解放した。この時点で、中華人民共和国軍が戦闘に加わりマッカーサー軍を押し返した。戦争は最終的に膠着状態となり南北戦争の境界は元来の線に近い状態で残った。

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この戦争はその序幕もそうであったが異例だらけであった。 まずアメリカ兵は国連警察軍の一部として(たとえその九〇パーセントを占めていたとしても)戦っていた。 

憲法上はアメリカ議会のみが宣戦の権限を持っている。しかし朝鮮戦争の場合には大統領は戦争宣言を無視した。われわれは国連憲章を批准しておりその法規に従わねばならなかった

CFRは一九四四年にこの事態を予言者的に見越した機密覚え書を国務省のために用意した。それには次のように記されていた。

  「さらに起こり得る難点、すなわち議会のみが戦争を宣言できるとする憲法規定から生じる難点が例に挙げられた。しかしこの議論は、条約はそのような障害に優先するという主張で反論し、ましてや国際安全保障組織から勧告されるような警察行為にわが国が参加することは、必ずしも戦争と解釈する必要はないという事実によってむろん反論できた」(18)

朝鮮戦争の注目すべき皮肉な出来事の一つは、ソヴィエトは国連の安全保障理事会で単純に拒否権を行使することによって、南朝鮮のための国連の介入をたやすく阻止できたということであるしかし彼らは、伝えられるところでは、国連が中華人民共和国を会議に参加させなかったことに対し抗議退場を行った。国連事務総長のトリグヴェ・リエ[Trygve Lie, 1895-1968]が出席するようわざわざ招いても、朝鮮に関する投票が終るまで彼らは議場に帰らなかった。

ソヴィエトが朝鮮における彼らの代理統治を守るための絶好の機会をなぜ逃したのだろうか。このことから彼らのこの「大失態」がもしかすると故意的なものであったのではないかという可能性が生じてくる。


腑に落ちない"制約"

ソヴィエトの行動に劣らず脇に落ちないのはアメリカ政府の戦争遂行であった。アメリカの軍隊は軍事記録上前例のない制約下で戦うことが要請された。

支配階級側の歴史家たちは、戦争に中国が参入したことに対し、今まで常にマッカーサー将軍を非難し、彼が野戦司令官のうぬぼれから鴨緑江まで前進することの危険を過小評価したと言ってきた。

彼らは北朝鮮軍の侵攻二日後にハリー・トルーマンが出した次の声明の意義を無視している

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  「・・・私は第七艦隊に台湾へのいかなる攻撃も阻止するよう命じた。 この決定の結果として、台湾の中国政府に、中国本土に対する空海のあらゆる作戦を止めるよう訴える。第七艦隊はこれが履行されるのを期するであろう」(19)

戦争中、中共政府を刺激しないようにとの口実で、合衆国海軍は中国本土を台湾の蒋介石軍から守るよう命じられた。このため中共軍は鴨緑江を渡っての攻撃が自由となった。

蒋はまたその軍隊を朝鮮戦線で直接使ってもよいと申し出た。蒋介石政権は国連の一員としてこの国連行動に加わる権利をおそらく完全に所有していたであろうしかしこの申し出はマーシャル[George Marshall, 1880-1959]将軍(トルーマンは当時彼を国防長官に任命していた)に拒否されている。 

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鴨緑江を越えての中共軍の進撃を停めるため、マッカーサーは河橋の爆撃を命じた。数時間のうちに彼の命令はマーシャル将軍によって取り消された。 

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これについてマッカーサーは次のように言う。

  「部下の兵士たちの生命と軍隊の安全を守るために、私の持つ軍事力のすべてを用いることが現実に否認されていたことを、私はいま初めて悟った。私にとってはそれは朝鮮における今後の悲惨な状況を予想させるもので、言葉では言えない衝撃感に襲われた」(20)

アメリカの航空機は鴨緑江の対岸の補給倉庫に打撃を与えるとか、ミグ戦闘機が中国国境の向うに退避した場合にそれを追跡することを禁じられた。これはすべて「拡大戦争」を避けるためだと称せられた。

しかし攻撃をしかけるまでに中国を大胆にさせたのは、台湾封鎖とともにこれらの制約のせいであった。中国軍司令官の林彪将軍は後旦言っている。

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  「わが軍の補給および通信線に対し、マッカーサー将軍が適宜の報復措置を取らないようアメリカ政府が制止することが保証されていなかったなら、攻撃を行って私の部下や軍事的名声を危うくするようなことを私は決してしなかったであろう」 (21)


陰の秘密目的

アメリカ政府が戦闘の方法論にまで口出ししたおかげで、おそらく数千人のアメリカ兵士がいわれなく死んでいった。

後に朝鮮戦争の休戦協定に署名したマーク・クラーク[Mark Wayne Clark, 1896-1984]将軍が

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「組織的な正規の戦闘で、中国兵士がアメリカの若者を殺す情況を黙認し、さらにはこれらのアメリカ人を守るため使用し得るすべての力を使わないなどということは、私にはとても理解できない」 (22)と言った。

当時これが「限定戦争」の新概念であった。 われわれがそうした戦争をしたのは、実際は勝つためではなく、ジョージ・ケナン[George Frost Kennan, 1905-2004]が評したように、

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単に共産主義を「牽制する」ためであった
。もちろん戦闘のような命がけの行動においては、勝つには潭身の努力が必要である。両腕を縛ったり目隠しをしていては戦いに勝てない。

合衆国は第二次世界大戦において勝利を確実にするためには、可能な手段はたとえ原子爆弾でさえも惜しまずに使った。ドイツと日本に「無条件降伏」が要求されたが、朝鮮における共産主義者にはそのような条件は全く適用されなかったのである。

CFRはアメリカ国民が知らなかった何かを知っていたのか 『フォーリン・アフェアーズ』は、早くも一九四二年に自信を持って第二次世界大戦における連合国の勝利を予測し戦後のヨーロッパをどうすべきかを論議していた。 ところが『フォーリン・アフェアーズ』は朝鮮戦争遂行努力の成功については何の予言も行わず、後にCFRが一冊の書、”Korea: A Study of United States Policy in the United Nation"を出版し戦争における勝利の観念を嘲ったのである

朝鮮戦争の陰に秘密目的が潜んでいたのか。

ディーン・アチソンが後に言った。 「朝鮮で戦うように私が大統領に告げた唯一の理由は、NATOの正当性を実証することであった」 (23)と。

国連の正当性を確認することと言ったほうがおそらくさらに適切であった。


「証明する」ための戦争

一九五二年に『フォーリン・アフェアーズ』は「正しく見た朝鮮」と題するトップ記事を載せ執筆者は左記のように要約した。

  「そこで本論の要旨は、私が理解するままの朝鮮でのわれわれの経験の意義を根拠にすれば、われわれは実現可能な集団安全保障制度の樹立に向かって、歴史的な前進を遂げたということである」(24)

CFRメンバーたちは反共産主義にかこつけて、すでに合衆国を巧みにマーシャル・プランおよびNATOに引き込んだ。そこでもっともな疑問が--朝鮮戦争を誘発し、その進行を左右した諸々の奇妙な政策に照らして--起こる。

すなわちこの戦争は、国際連合(世界政権)が侵略を有効に阻止出来ること、従って一層の権能を与えられるべきであること、を「証明する」ための病める心の企みであったのか、と。

もしそうだとすればアメリカ人と朝鮮人を馬鹿にしたくだらない冗談であった。

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人間は祖国のため喜んで死ぬかもしれない。また自由のため進んで死ぬこともあり得る。しかし--著述家ジェームズ・バーナム[James Burnham, 1905–1987]が問うたように

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--一体誰が「体制」のために死を望もうか。このことがわかっていた人はダグラス・マッカーサーであった。

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一九五一年四月にトルーマンは何らの審問もせずに彼を解任したが、想像するところそれは彼と政府との意見の相違が公にされたからであろうが、おそらくそれより可能性が高いと思われるのは、彼が膠着状態のままをよしとするより勝利を選ぶ決心をしていたからである。 

朝鮮においてマッカーサーを継いだのは、デイヴィッド・ハルバースタム[David Halberstam, 1934-2007]が
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「ケナンの軍人版」と呼んだマシュー・リッジウェー[Matthew Ridgway, 1895-1993]で、彼は後にCFRメンバーとなった。

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この解任はアメリカ人を怒らせた。解任後四十八時間以内に十二万五千通の電報がホワイトハウスに届けられた。マッカーサーはアメリカ史上最大の紙吹雪パレードに迎えられて凱旋した。彼は議会で「勝利に代わるものはない」と言明した。

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トルーマン政権はこうして終りを告げたのである。


ジェームス・パーロフ 権力の影(1988、 馬野周二訳:1992.8) 第6章 トルーマン時代 p162-169 より



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参照追記

北朝鮮のミサイルについて ふぐり玉蔵
http://goldentamatama.blog84.fc2.com/blog-date-20090403.html


ベクテル、隷セオン、針バートン、そういう社名を調べればいろいろ出てくるでしょう。要するに奴らの企業が儲かりたいだけなのです。まぁ、何をいまさらな話なのですが。

まるで漫画みたいな世界です。

だいたいからして、企業の履歴とか、その受注先とか。営業活動を見ればだいたい人脈なり金脈、その裏に潜む奴らの意図などは分かってしまうではないですか。例えば、日本の出入国管理システムを作っている、悪銭チュア[Accenture]というタランチュラのような毒々モンスター会社があります。このコンサルティングだかシステム会社だか良く分からない企業はSGIだとか、読○新聞、パチンコ業界のシステム開発を請け負っています。ならば、おのずと背後に潜む人脈はわかるではないですか。

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メジャーになったら、どこぞに電波塔をたてて、玉音放送ならぬ金玉放送でもやってB層と分類されてしまういたいけな人たちの脳に衝撃を与える。


テポドン・ミサイルの発射ボタンは、N.Y.のユダヤ老人が押す。 By richardkoshimizu
http://www15.ocn.ne.jp/~oyakodon/newversion/tepoyuda.htm


ロックフェラーの片腕、MD利権屋ラムズフェルドは、北朝鮮の核開発に協力した企業の役員だった。


北朝鮮軍の本音
http://alternativereport1.seesaa.net/article/116706835.html


このビデオを見、真っ青になった北朝鮮軍幹部達は、既に外国に逃亡する準備を終えている。

本格的な戦争が始まれば、北朝鮮軍幹部は一気に敵前逃亡し、金正日は「裸の王様」に、北朝鮮軍は指揮官のいない軍隊となる。

本格的な戦争になり、一番困るのは北朝鮮軍そのものであり、北朝鮮の本音は、平和共存か、自暴自棄である。


なお、既に、日本政府は密かに核ミサイル開発を終わらせ、核ミサイルを「所持している」。ただし、これには米国の「監視」が付いており、「OK」が公式には出ていない。そのため、日本の核ミサイルは「部品に分解され」、各地に分散保管されている。米国の「ゴーサイン」が出れば、あるいは日本が米国を無視すれば、1ヶ月程で、日本は世界で最も精度の高い核ミサイル保有国となる。

是非は別として、それが現在の日本の「現実」である。


わが国の核政策史 ― 軍事的側面から ― 藤田 祐幸
http://env01.cool.ne.jp/ss03/ss03040.htm#002


平和の名の下に進められた日本の核政策を担った、動燃の研究者や科技庁の官吏も、自分の行なっている仕事が、将来核兵器に転用される恐れがあることを考えたこともなかったに違いない。平和というお題目が全ての思考回路を遮断していたからである。その平和と言う言葉も今ではだんだん輝きを失いつつある。

二幕目の開演のベルが聞こえる。だれが鳴らしているのだろう。
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by oninomae | 2009-04-03 20:59 | イルミナティ  

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