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国際的な銀行家によって支援されたボルシェヴィキ革命 by G・アレン&L・エブラハム 2

国際的な銀行家によって支援されたボルシェヴィキ革命 by G・アレン&L・エブラハム 2


一九一六年、ウッドロー・ウィルソン[Thomas Woodrow Wilson, 1856-1924]が、わずかの差で再選された。

彼の選挙運動は「彼はアメリカを戦争から守る」というスローガンを土台にしていた。

アメリカ国民は、アメリカがヨーロッパの戦争に巻きこまれることに猛烈に反対していた。外国における永遠の争いから身を遠ざけることは、ジョージ・ワシントン以来、アメリカの伝統だった。だがウィルソンが全国の選挙演説で、アメリカの兵士は外国の戦争には送らないと約束したとき、彼はまさにその反対のことを準備していたわけである

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ウィルソンはハウス連隊長を「第二の私」と言っていたが、この「第二の私」は舞台裏で、その戦争への介入をアメリカに義務づける取決めをイギリスとかわしていた。およそ五ヵ月後、それは現実になった。所得税法の可決と連邦準備を操作した人物が、いまやアメリカを参戦させようとしているのである

J・P・モルガン[John Pierpont Morgan,1837-1913]、
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ジョン・D・ロックフェラー[John Davison Rockefeller, Sr, 1838-1937]、
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ハウス連隊長[Colonel Edward Mandell House, 1858-1938]、
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ヤーコブ・シッフ[Jacob Henry Schiff, 1847-1920]、
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パウル・ヴァールブルク[Paul Warburg, 1868-1932]、
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そして他のジェカイル島陰謀家たちは、われわれをこの戦争に巻きこむため大いに気を配った。これら金融業者たちの多くは、イギリスに巨額の金を貸していた。第一次世界大戦を通して、J・P・モルガン商会は、事実上、アメリカにおけるイギリスの財政上のスポンサーとして活動していたのである。


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写真3 ハウス"連隊長"["Colonel" Edward Mandell House, 1858-1938](左)は国際的な銀行家たちの操り人形であった。そして彼はウッドロー・ウィルソン大統領(右)をあらゆる面で操った。ウィルソン自身は彼を自分の「第二の私」と名づけた。ハウスは連邦準備制度の設立と累進所得税法の可決にさいし主要な役割を演じた。アメリカの第一次世界大戦参戦は彼の功績である。大統領に対する彼の影響力は、権力をもっているものが常に世界の表に現われるとは限らないということを示している。

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写真4 ドイツ生まれの国際的な銀行家パウル・ヴァールブルク[Paul Warburg, 1868-1932]は、連邦準備制度の確立にさいしては指導的な頭脳であった。国際的な銀行家たちは連邦準備制度によって国民経済をコントロールすることができるようになった。連邦準備制度は通貨発行をコントロールし、周期的に好景気と恐慌をつくりだすといった操作を許す。インサイダーたちはこれを自分たちの利益のために利用し、経済をコントロールし、また国家政府の権力を集中させる


第一次世界大戦のぼっ発の原因として通常あげられているすべてのことがらも、ある役割を演じたことは疑いないが、他にこれよりもっと決定的た原因があったのである。陰謀はこの戦争を、二十年以上も前から計画していたオーストリア皇太子[Archduke Franz Ferdinand of Austria, 1863-1914]の暗殺[Assassination of Archduke Franz Ferdinand of Austria]は、連鎖反応を起こす単なる直接的なきっかけであって、この戦争の本来の理由にとって一つの口実にすぎなかった。

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数年問の戦闘後、戦争はおきまりの袋小路にはまりこみ、それからアメリカがドイツに宣戦を布告しなくても、(たいていのヨーロッパでの衝突がそうであるように)ほとんど交渉による仲裁で終結していたであろう。

ウィルソンの再選が彼の反戦的な選挙スローガンによって保証されるやいなや、一つの正反対のプロパガンダが軌道に乗せられた。ラジオもテレビもないかの時代には、世論はほとんど完全に新聞によってコントロールされていた。大新聞の多くは、このときもまた連邦準備によって監督されていたのである大新聞はここで「戦争の不可避性」のために、太鼓を打ち鳴らしはじめた。  

イギリス議会の議員であるアーサー・ポンソンバイは彼の著書『戦時中の虚偽』のなかで、「一九一四年から一九一八年の世界には、世界史の他のどの時期よりも多くの意識的なウソがあったはずである(5)」と告白している。戦争に関するプロパガンダというものは、きわめて一面的である。戦後、多くの歴史家はその発端については双方に責任があることを認めているが、そのときでもドイツを世界征服をめざす軍事的怪物として描いている。

このドイツ像はイギリスによってつくられたのであるが、このほかならぬイギリスこそ、自国の兵士を、世界中の他の国々の(派遣)兵士すべてよりも多く世界中に派兵していたのである。

いわゆる「プロイセン的軍国主義」なるものも、なるほど存在したが、これはしかし世界を征服するほどの脅威を示さなかった。当時、自分からすすんで大英帝国を挑発する国などなかったほどである。事実、イギリス人は、ドイツ人が世界市場において手ごわい競争相手であることを証明しつつあったことを認めようとはしなかった。

戦争熱をつくり出すため、彼らはルシタニア丸[RMS Lusitania]の沈没を国民に想い出させた。というのは、このイギリスの定期航路船は、二年前にドイツの潜水艦によって沈められていたからである。

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こうしてドイツの潜水艦戦略が、新聞報道の主要テーマとなったのである。

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しかしながら、この潜水艦戦争の本当の背景は(とくにルシタニア丸事件のそれは)ゆがめられて表現された。ドイツとイギリスは交戦中、互いに相手を封鎖しあっていた。このとき、J・P・モルガンや他の金融業者たちは、弾薬をイギリスに売りこんでいたが、これはドイツにとって許し難いことだった。それはちょうど、ドイツが軍事物資の供給を受けることがイギリスにとって許し難いのと同様である。弾薬をイギリスに売って商売をするのはモルガン個人の商売であり、賭であったはずだ。だからこれによって、全国民を巻きこむ理由など何もなかったのである。

沈められたルシタニア丸はそのとき、船倉に約三千トンの火薬を積んでいた。しかし、アメリカの旅客船が戦争当事国に火薬を運ぶことは非合法であった。この定期船が沈められる約二年前、一九一三年六月十九日付のニューヨーク・トリビューン紙には「キュナード杜(ルシタニア丸の所属していたキュナード船舶)は、〈高速汽船ルシタニア丸は海軍的な重装備をしつつある〉ときょう正式にトリビューン紙の記者に表明した」という記事が小さく載っていた。 事実、ルシタニア丸はイギリス海軍では、補助駆逐艦として登録されていたのである(6)。

そのうえ、ドイツ政府はニューヨークのすべての新聞紙上で、「火薬を運ぶ船に乗って大西洋を横断することは一つの賭である」という大きな公告を出して旅客たちに警告していた。

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だからこのような航海を決心する人は、この賭が非常に危険性の高いものになることを知っていたのである。このような背景があったにもかかわらず、ルシタニア丸の沈没は、ドイツ人を罪なき者を非人間的に賭殺する者として描くために利用された。

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潜水艦戦争という部分を戦争のすべてとみなすこの事件から、アメリカを戦争の中に追いこむ正式のきっかけがつくり出され、一九一七年四月六日、下院は宣戦を布告した。

こうしてアメリカ国民はこれを「すべての戦争を終結させるための戦争」であるという条件で引き受けたのである

 「すべての戦争を終結させるための戦争」を通して、インサイダー銀行家、バーナード・バルフ[Bernard Baruch、バルーク, 1870-1965]は、アメリカの実業界で絶対的な独裁者となった。

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つまり、ウィルソン大統領によって戦争産業に関する部局の長に任命された彼は、連合国の軍事物資についてなされる合意をすべてコントロールしたのである。
彼は何十億の資金を政府発注事業に投資させて、多くの仲間をつくった。ウォール街ではどこでも、「彼は国際的な銀行家たちに世界支配を保証するはずのこの戦争から、二億ドルの利益を自分自身のために吸いあげた」といううわさをしていた。

パウル・ヴァールブルクが連邦準備をコントロールし、バーナード・バルフが政府の発注を決めていた。

そしてバルフの昔のパートナーで、またラザール・フレール(Lazard Freres=ロスチャイルド国際銀行のパートナー)の息子にして国際的な銀行家であるユージン・マイヤー(メイヤー)[Eugene Meyer, 1875-1959]は、ウィルソンによって戦争財政援助公杜の総裁に任命された。そしてこの仕事も損にならなかった。 (7)

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イギリスの秘密情報局からアメリカの参戦を促進する任務で送りこまれてきた男、サー・ウィリアム・ワイズマン[Sir William Wiseman, 1886-1962]のことは忘れられてはならない。
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 戦後、彼はアメリカにとどまり、ヤーコブ・シッフとパウル・ヴァールブルクによって支配されているクーン=レブ銀行で、新しいパートナー役をつとめた

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Percy M. Stewart, Otto H. Kahn, Lieut.-Col. Sir William George Eden Wiseman, Benjamin J. Buttenwieser


第一次世界大戦が国際的な銀行家たちにとってすばらしい商売だったことは明らかであるが、合州国全体にとっては、今日でさえほんの少数の人にだけしかその意味が把握されていないほどの大破局であった。この戦争は、不干渉というアメリカの伝統的な外交を反転させ、それ以来われわれは今日までいつも「平和維持のための戦争」に巻きこまれてきた。

ウィンストン・チャーチルはかつて、もし合州国が自分たちのことだけに従事していたら、それは全世界の利益になっていただろうと言っていた。チャーチルによれば、もしアメリカ人がそのように振舞っていたならば、「ドイツとの和平は成立していただろう。また共産主義へとつづくロシアの崩壊もなかっただろうし、ファシズムヘとつづくイタリアの崩壊もなかっただろう。そしてまた、ナチズムはドイツで権力をとることは決してなかっただろう(8)」と言った。


G・アレン&L・エブラハム インサイダー 第四章 国際的な銀行家によって支援されたボルシェヴィキ革命 p111-117より

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by oninomae | 2009-03-28 18:54 | イルミナティ  

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