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カーターと日米欧三極委員会 by J・パーロフ + フォート・デトリック研究所とオリンポスの神々

CFRの弟組織誕生

ゲイリー・アレンの著"None Dare Call it Conspiracy"によれば、CFRが突つかれるので、デイヴィッド・ロックフェラーは新しい国際主義的組織--日米欧三極委員会--の結成へと動いた。

約三十年にわたってCFRメンバーたちは「大西洋連合」すなわち米欧二極連合を追い求めてきた。日米欧三極委員会(TC Trilateral Commission)は、この対象を広げて、アジアという柱を一つ加えたものである。

このTCはどのように始まったのか。クリストファ・ライドン[Christopher Lydon]が一九七七年七月号のアトランティック・マンスリー誌に、「日米欧三極委員会は、デイヴィッド・ロックフェラーの考案であった」と書いている(1)。

また、日米欧三極委員会の北米委貝長ジョージ・フランクリンは、これは「当初から完全にデイヴィッド・ロックフェラーが考え出したものであった」と述べている(2)。

CFR議長のデイヴィッドが、この考えを展開するのを助けたのはズビグニュー・ブレジンスキーで、彼は一九七〇年に『フォーリン・アフェアーズ』に次のような最初の伏線を敷いた。

「新しい広範な方策が必要であるたとえば人類が当面しているより大きい問題に効果的に取り組み得る先進国共同体の創設である。合衆国、西欧に加えて日本も含まねばならない。・・・何らかの小規模な常設機関とともに、各国政府首脳の定期的会合を織り込んだ合衆国、西欧、日本から成る委員会のようなもので出発するのがよいだろう」(3)

同じその年にブレジンスキーは、これらの考えを著書"Between Two Ages"のなかで詳しく述べた。

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それによってブレジンスキーが典型的なCFR人--共産主義に対して寛大なのはおろか一極世界支配主義者であることがはっきりした。彼は「国家主権はもはや存続し得る概念ではない」と言い、また「マルクス主義は人間の普遍的理想像完成におけるより進んだ活力ある創造的段階を表現しているマルクス主義は、内面的消極的人間に対する外面的積極的人間の勝利であると同時に、信仰に対する理性の勝利である・・・」と主張した (4)。

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日米欧三極委員会は、正式には一九七三年に設置され、北米、西欧、日本の実業界、金融界政界の指導者たちで構成された。デイヴィッド・ロックフェラーが創立時議長、ブレジンスキーが北米支部の創立時委員長で、支部メンバーの大半はCFRメンバーでもあった。

デイヴィッド・ロックフェラーはウォール・ストリート・ジャーナル紙に「日米欧三極委貝会は、実際には国際的同盟者間の一層の理解と協力を促進することに関心を有する関係市民のグループである」(5)と説明した。

しかしジェレミー・ノヴァックがアトランティック・マンスリー誌(一九七七年七月号)に書いたところによれば、同委員会はしかし純真無垢なものではなかった。曰く、

  「日米欧三極委貝会関係者が国際経済学上強調していることが、完全に公平無私なものだとは言えない。石油危機が多くの発展途上国を返済能力も不確かなまま過度の借金に追い込んだからである。結局、私営の多国籍銀行、とくにロックフェラー系チェース・マンハッタン銀行が発展途上諸国にほぼ五百二十億ドルを融資した。 国際通貨基金の準備が整えば、これら諸国への借款源となるであろうそして大私営銀行を窮地から脱出させるであろう。これを提案することが、日米欧三極委員会計画の根本理念なのである」(6)

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バリー・ゴールドウォーター[Barry Morris Goldwater]上院議員はさらに容赦のない表現をした。彼の著書"With No Apologies"のなかで、日米欧三極委員会を「デイヴィッド・ロックフェラーの最新の国際密謀団」と呼び、「それは合衆国の政治体制を牛耳ることで、商業および銀行業一派の多国籍合同の手段にしようとする意図である」(7)と言った。

ズビグニュー・ブレジンスキーは、TCの抱負がいかに真剣なものであるか『フォーリン・アフェアーズ』の一九七三年七月号に執筆し次のように述べている。「より緊密なアメリカ-ヨーロッパ-日本の協力がなければ、今日の主要問題は効果的には取り組めない、そして・・・そうした三極協力の積極的推進が、今や合衆国の政策の中心的優先事とならねばならない」(8)(強調傍点は原文のまま)。

これを成し遂げる最良の道は、三極協力主義者にとっては、大統領になることである。その人物はこれを実現した。


ジミー・カーター、ワシントンヘ行く

共和党のイメージがウォーターゲート事件によって傷つけられたからには、民主党員が一九七六年の大統領選で勝利を得ることが有望となってきた。

ジェームズ・アール・カーター[James Earl "Jimmy" Carter, Jr.]候補は新聞紙上でまた彼自身によってワシントン支配階級組織の完全なアウトサイダーだと呼ばれた。彼はジョージア州出身の快活な年配男で、煙草をやたらにふかす都会ずれした政治家たちの風習に染まっていないということであった。ピープル誌は彼がデニムの作業衣を着てピーナッツをシャベルですくっているところを掲載したほどであった。

この時の典型的な新聞論評はクリスチャン・サイエンス・モニター紙のコラムニスト、ジョセフ・C・ハーシュの言葉で、彼はこう表明している。

  「カーターは、いかなる個人実力者の、またいかなる権力グループあるいは権力圧力団体の、またはアメリカ国民のいかなる一階層の、いずれの助けもなくて大統領候補の指名を獲得する。彼は正真正銘のいかなる人いかなるグループ一派にも恩義を受けていない」(9)

しかしハーシュはCFRに所属しており、CFRメンバーたちは、彼らグループの、あるいはその実力者デイヴィッド・ロックフェラーの権力を暴露したくはなかったのだ。

一九七三年、カーターはCFR議長デイヴィッド・ロックフェラーとニューヨーク州タリータウンの彼の邸宅で夕食を共にした。ロックフェラーを助けて日米欧三極委員会の有望候補者を選考していたズビグニュー・ブレジンスキーが紹介された。後日ブレジンスキーはロンドン・サンデー・タイムズ紙のピーター・プリングルに「カーターが、ブラッセルと東京にジョージア州のため取引事務所を開いていたことに感銘を受けた。それは日米欧三極協力概念にぴったりあてはまるように思えた」と語った(10)。カーターは同委員会の創立メンバーとなり従って彼の運命も目鼻がついてきた。 (引用注:->カーター大統領の任期:1977.1.20–1981.1.20。エイズを接種し始めたころなので、前から気になっている時期なんですね、これが)

ゴールドウォーター上院議員が、こう書いている。

  「デイヴィッド・ロックフェラーとズビグニュー・ブレジンスキーは、ジミー・カーターが彼らの理想的な候補者だと知った。彼らは、カーターが指名を獲得し大統領に当選するのを助けた。この目的を達成するのに、彼らはウォール・ストリートの銀行家たちの金力と学界それは免税の大財団の富に従属しているのだがの知的影響力と、CFRと日米欧三極委員会のメンバーに選ばれている報道機関支配者たちを動員した」(11)

民主党の大統領候補指名大会七カ月前においては、ギャラップ世論調査によればジミー・カーターを大統領候補に推す民主党員は四パーセント以下であった。しかしほとんど一晩で彼以前のウィルキーやアイゼンハウアーと同様に彼は本命候補者となった。指名大会までに彼の写真はタイム誌の表紙に三度、ニューズウィーク誌の表紙に二度載った。タイム誌の表紙デザイナーはカーターをできるだけジョン・F・ケネディに似せるようにと指示されたほどであった(12)。

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ジェームス・パーロフ 権力の影 外交評議会[CFR]とアメリカの衰退(原著:1988 訳書:1992.8) 第10章 カーターと日米欧三極委員会 p242-247より

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参考

フォート・デトリック研究所とオリンポスの神々
http://csx.jp/~gabana/Zaakan/hibi0504/hibi-niisi-050403.htm


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このほかに寄付援助している企業は以下のとおり──

E. L. du Pont de Nemours and Company(デュポン)
Hoffman-La Roche(ホフマン・ラ・ロシュ)
Monsanto Company(モンサント)
Agrigenics Corporation(アグリジェニックス)
Becton Dickinson and Company(ベクトン・ディッキンソン)
Ciba-Geigy Corporation(現チバ・スペシャルティ・ケミカルズ)
Genetics Institute(ジェネティクス・インスティチュート)
Johnson and Johnson(ジョンソン・エンド・ジョンソン)
Schering Plough Corporation(シェリング・プラウ)
UpJohn Company(現ファルマシア・アップジョン)
Genentech Inc(ジェネンテック)
American International(アメリカン・インターナショナル)
Biogen S.A.(バイオジェン)
Eli Lilly and Co(イーライリリー)
Pall Corporation(ポール・コーポレーション)
American Cyanamid Company(現BASF)
Cetus Corporation(シータス)
Pfizer Inc(ファイザー)
CPC International Inc(現ベストフーズ)
Mitsui Toatsu Chemicals Inc(現三井化学)
Smith Kline and French Laboratories(現スミスクライン・ビーチャム)

これらの組織はすべて将来の研究のために多額の寄付をしており、アメリカ政府もまたかなりの額を出資している。しかし正確な金額は公表されておらず、どのように税金が使われたかを会計検査院に問い合わせても回答を得ることはできなかったという。

さて、目次のIII章には奇怪な言葉がいくつか見受けられる。「コードワード・カーディナル」(Code Word Cardinal)とは、世界で最も権力を持ったごく少数の人びとに関する最高ランクに位置する機密文書へのパスワードを意味し、彼らは自らを「オリンポスの神々」(Olympians)と称しているのだという。そして優生学記録所を財政的に支援してきたカーネギーやロックフェラーといった大富豪たち(Superrich Families)は、「地球環境保護」の名のもとに人口過剰問題の解決策として、遺伝子工学の成果を用いて、「役立たずの大食らい」(useless eaters)とバートランド・ラッセルがいう有色人種(とくにアフリカとアジアの)を根絶、淘汰すべく世界規模での人口削減計画を目論んでいる、グラム氏は危惧する。

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かくして「オリンポスの神々」たちがアメリカで極秘にスタートさせたのが、彼らの間で“アルフレッド大王計画”("King Alfred Plan")と呼ばれている「国家安全保障会議録46」(National Security Council Memorandum 46)で、その内容は「何種類かの致命的なウイルスを使って、2000年までに[引用注:アフリカと]アメリカにおける黒人の出生率の伸びを抑えるというものだった」

【資料元】 「エイズ=遺伝子兵器」の暴露

The Smoking Gun of AIDS: 1971 Flowchart Boyd E. Graves
http://www.eaec.org/misc/smokingGunOfAids.htm


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In 1977, a secret federal virus program produced 15,000 gallons of AIDS. The record reveals the United States was represented by Dr. Robert Gallo and the USSR was represented by Dr. Novakhatsky of the diabolical Ivanosky Institute. On August 21, 1999, the world first saw the flowchart of the plot to thin the Black Population.

The 1971 AIDS flowchart coordinates over 20,000 scientific papers and fifteen years of progress reports of a secret federal virus development program. The epidemiology of AIDS is an identical match to the "research logic" identified in the five section foldout. The flowchart is page 61 of Progress Report #8 (1971) of the Special Virus program of the United States of America. We today, challenge world scientists to discussion of this document find.

We believe there is a daily, growing number of world experts who are all coming to the same conclusion regarding the significance of the flowchart. Dr. Garth Nicolson has examined the flowchart as well as other top experts from around the world. It is time for Dr. Michael Morrissey of Germany to examine the flowchart and report to the world. In addition, we have now examined the 1978 report. It is heresy to continue to further argue the program ended in 1977.

The 1978 report of the development of AIDS leaves no doubt as to the ("narrow result") candidate virus sought by the United States. The flowchart conclusively proves a secret federal plot to develop a "contagious cancer" that "selectively kills."

以下略


エイズ開発の歴史
http://homepage.mac.com/ehara_gen/jealous_gay/aids_history.html


人類を、自然との恒久的バランスを維持するために、五億人以下とせよ by ジョージアガイドストーン
http://satehate.exblog.jp/9263629


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The Technetronic Era
http://www.theforbiddenknowledge.com/hardtruth/technetronicera.htm


The Club of Rome commissioned Zbigniew Brzezinski, Carters National Security Advisor, (who also with David Rockefeller formed The Trilateral Commission in 1973), to write The Technetronic Era. This is a post-industrial zero growth plan designed in part to cripple U.S. industry in order to prepare us for the New World Order.

NATO-Club of Rome officials charged with urgent anti-NASA action were Harland Cleveland, Joseph Slater, Claiborne K. Pell, Walter J. Levy, George McGhee, William Watts, Robert Strausz-Hupe (U.S. ambassador to NATO) and Donald Lesh. In May 1967 a meeting was organized by the Scientific and Technological Committee of the North Atlantic Assembly and the Foreign Policy Research Institute. It was called "Conference on Transatlantic Imbalance and Collabora-tion" and it was held at Queen Elizabeth's palatial property in Deauville, France.

The basic purpose and intent of the conference at Deauville was to end U.S. technological and industrial progress. Out of the conference came two books, one of which is mentioned herein, Brzezinski's "Technotronic Era." The other was written by conference chairman, Aurellio Peccei, entitled "The Chasm Ahead." Peccei largely agreed with Brzezinski, but added that there world be chaos in a future world NOT RULED BY A ONE WORLD GOVERNMENT.

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Independent Audit Shows Turkmen Gas Field 'World-Class'
http://www.rferl.org/content/Independent_Audit_Shows_Turkmen_Gas_Field_WorldClass_/1329822.html


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信用危機:先進国のオカルト植民地化? by Henry Makow Ph.D.
http://satehate.exblog.jp/10549540/


イルミナティ反逆者が、緊急警告を発する(アンコール) By Henry Makow Ph.D.
http://satehate.exblog.jp/8481805/


『グローバル2000』 は、経済と疫病という二正面作戦だ。 by ジョン・コールマン
http://satehate.exblog.jp/8790674


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by oninomae | 2009-03-20 20:24 | イルミナティ  

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