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彼らが通貨を操っている by G・アレン&L・エブラハム 2 金融・人工的パニック・戦争・革命

彼らが通貨を操っている by G・アレン&L・エブラハム 2

彼らが通貨を操っている by G・アレン&L・エブラハム 1
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 の続きです。


政府に対する影響力を獲得し、それをいっそう大きくするためには、戦争と革命が国際的な銀行家にとっては非常に有益であるが、このような影響力を手に入れる本来のカギは昔から金融業であった。

負債をかかえる政府をコントロールすることは容易だ。信用供与者は負債者に対して、支配者の独占という特権を要求できる立場にある。 金に飢える政府は、中央銀行の独占、地下資源についての独占、石油利権の独占、そして運輸業の独占などを承諾する。だが、国際的な金融業者がもっとも熱心に求める独占は、一国の通貨に対する全面的な統制である。

ついに、これらの国際的な銀行家たちは、実際、私的な法人として、ヨーロッパ諸国の中央銀行をわがものとしたのである。イギリス銀行、フランス銀行、ドイツ銀行はたいていの人が考えているような、そこの政府の所有物ではたく、国家元首から授けられた私的独占なのである。イギリスのミッドランズ銀行の会頭マックケナは、この組織に仕えているが、彼は「金と信用を分配し、供与する者は、政府の政策を指揮し、国民の運命を手中に収める(4)」と言った。驚くべき例が一九一二年九月二十六日付のロンドン・フィナンシャル・タイムズに掲載された。それは「五つの大銀行の頂点にいる半ダースの人びとは、短期的な大蔵省証券の更新を思いとどまることによって、政府の財政の骨組みを壊すことができるだろう」というものである。

近代的な国民に対する独裁的支配を手に入れようとする者は、誰でも中央銀行の必要性を認識した。

『共産党宣言』でいっているカール・マルクスの征服計画の第五番目は、「国家資本と排他的独占を備えた国家銀行によって国家がクレジットを中央化することである」というものである。
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レーニンはその後、中央銀行の創設はその国家が九〇%共産化したことを意味すると言った。

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そのような陰謀家は、「一国を軍隊なしには支配できない。しかしその国の国民経済を支配するための中央銀行があれば話はまた別である」ということを知っている

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無政府主義者バクーニンは、カール・マルクスとその一派について辛らつにも、「彼らは片足を銀行に、もう片方の足を杜会主義運動に突っこんでいる(5)」と言った。
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国際的な金融業者は、ヨーロッパのすべての中央銀行に人形をすえ、それを監督している。キグリー教授はつぎのように言っている。

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  「世界の諸中央銀行の頂点にいる者自らが、世界金融における事実上の権力者であると考えてはならない。彼らはむしろ、彼らの国の支配的な投資銀行家から送りこまれてきた技師であり、代理人である。その投資銀行家が彼らをもちあげたのであり、またそれゆえに彼らを再びひっこめることもできるのである。世界の事実上の金融権力はこれらの投資銀行家(国際的な銀行家、もしくは大銀行家=merchants bankersともいう)の手中にあり、彼らのほとんどは合併していない彼ら自身の私的銀行の舞台裏に隠れている。彼らが国際協力と国内勢力の体系を形づくっており、この体系は中央銀行に送られている彼らの代理人よりは私的で、強力で、また秘密に満ちたものなのである」 (三二六頁-三二七頁)。

キグリー博士はまた、イギリスとフランスの銀行を従属させ、統制している国際的な銀行家たちは、これらの銀行が理論的にいって公有化したのちでさえも彼らの力を堅持した、と言っている。

ヨーロッパの中央銀行をコントロールするこれらの人びとが、アメリカでも同じ組織を熱心につくりはじめたことはいうまでもない。アメリカの創立者たちはずっと以前から、アメリカを通貨操作によってコントロールしようとする試みがあることに気がついて、そのような国際的な銀行家たちとたえず戦っていた。トーマス・ジェファーソンは書簡の中で、ジョン・アダムスに、「・・・私は貴殿と同じように、銀行というものは現にある軍隊よりもずっと危険であると本当に信じています(6)」と言っている。

中央銀行が一八三六年にジャクソン大統領(引用注:人種差別強奪主義者なので嫌いですが)によって廃止され、アメリカからなくなったにもかかわらず、それからもずっとヨーロッパの金融業者とそのアメリカでの代理人たちは、アメリカの通貨制度をほぽ支配することに成功している。グスタヴス・マイヤーズ[Gustavus Myers]はその著書『アメリカの大いなる富の歴史[History of the Great American Fortunes]』の中で次のように言っている。

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  「ロスチャイルド家は永い間、アメリカの金融法規の施行運営に関し、その事象の陰で大きな影響力を行使していた。法規に関する記録は彼らが合州国の当時の(アンドリュー・ジャクソンによって廃止された)銀行業界の支配者であったことを示している(7)」。

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十九世紀には、大都市をもつ東部の指導的な金融業者たちは、しばしば互いののどをかき切りあっていた。ところが、農村である西部にいるその犠牲者たちが、東部に対して政治的に組織化しはじめたとき、これら東部の「猛獣たち」は、自らも利益団体をつくり、無数の農夫や企業好きな競争相手から自分たちを守るため、共同して働かなければならないことを思い知った。経済権力のこの分裂が、これから企業家たらんとする者と、金融独占家を刺激して中央銀行を要求させた主な要因の一つであった。

『掠奪の時代』という自著で、この時代に生きたプロクター・ハ ンスルはつぎのように言っている。

  「モルガン家クーン=レブ家、および産業界で、これに似た役割を果たしているその保護者たちの間には、金融界を混乱におとしいれるような不一致をできるだけ避けようとする傾向があった。これに対し、非常に有利な結果をもたらす一つの利益団体が誕生した(8)」。

しかし、東部の中心部を除けば、たいていのアメリカの銀行家やその顧客は、この考えには不信感を泡いていた。 一つの中央銀行組織が必要であるということを奥地に教えるために、国際的な銀行家たちはその実力を誇示するため、またそれと同時に残りの銀行家たちがこの線からはずれると何が生じるかを警告するため、一連のパニックをつくり出した。 この懲罰行動の演出家は生粋のアメリカ人であるが、イギリスとドイツで教育を受けたJ・ピアモント・モルガン(J. Piermont Morgan (9))であった。このモルガンは、下院議員であるルイス・マックファデン(Louis Thomas McFadden、十年間、私設銀行業および通貨委負会を指揮した銀行家)や他の多くの人びとからは、イギリスに住むロスチャイルド家の在米最高代理人であると考えられていた。

世紀末には、このJ・P・モルガンは、すでに人工的パニックの製造法に熟練していた。 このような事件はよく計画調整されていた連邦準備法(10)をつくった一人、上院議員ロバート・オーエン(彼の果たしたこの役割はその後大いにうらまれた)は、院内委員会で、彼の所属している銀行は「貴殿はただちに貴殿のもっている流通貨幣の三分の一を取引市場からひっこめ、貴殿の貸付金の半分について回収催告をするだろう」という内容の『一八九三年のパニック回状』という名で知られた回状を、国民銀行家連合(The National Banker's Association)から受取ったと証言した。

歴史家フレデリック・ルイス・アレンは、一九四九年四月二十五日付のライフ誌で、ニッカボッカー銀行とアメリカン・トラスト・カンパニーが支払不能の状態にあるといううわさがひろまった際に果たしたモルガンの役割について報告している。このうわさが、一九〇七年のパニックの発端となったのである。モルガンがこのパニックに勢いをつけたかどうかという問いに、アレンは次のように答えている。 (引用注:つまり、「昭和金融恐慌」もわざと演出していたのでしょう

  「このトラスト・カンパニーの会長であるオークレイ・ソーンは、その後ある院内委員会で、自分の銀行はただ大規模な払い戻しに見舞われただけであり・・・自分自身は救済の請求はしなかったし、ただ〈モルガンの〉主張が自分〈ソーン〉の銀行に対する殺到を惹起しただけだと証言した。この証言によって、ハインツェ銀行、モース銀行、トーマス銀行や、またおそらくこれらの銀行と関わりのある他のことがらに対する浄化委員会の懲戒処置によって、多くの頭の鋭い年代記作者は、つぎのような適切な結論に至ったのである。すたわちモルガンの利益団体がパニックに勢いをつけ、その伝播を巧妙にあやつって、その結果、ライバルの銀行をつぶし、モルガンの勢力下にある諸銀行の優越性を強化するために、一九〇七年秋の不安定な状況を利用した、というのがその結論である」。

自分でつくり出した「パニック」を、モルガンはほとんど自分ひとりで終らせた。ここから彼は、来るべき将来に自分のためになるあるものを確信することができた。これをアレンはつぎのように説明している。

  「一九〇七年のパニックが与えた教訓は、はっきりしていた。立法化によってパニックに確かな根拠を与えるということには、その後六年間も気がつかなかったとしても事態は同じである。そしてその立法化とは、合州国は中央銀行組織を本当に必要としているというものであった・・・」。

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(3)cf. Paul H. Emden, Money Powers of Europe, D. Appoleton, Century Company 1938.

(4) National Economy and the Banking Systems. Senatsdocuments Vol. 3, No.23, (76th Congress 1939).

(5) "Jew Banking On the Left", Jewish Frontier, May 1940.

(6) The Wrightings of Thomas Gefferson, Vol. 10, G.P.Putnum & Sons, New York 1899, p. 31.

(7) Gustavus Myers, History of the Great American Fortunes, Rondom House.

(8) Proctor Hansl, Years of Plunder, Harrison & Robert Haas, New York 1935, p. 90.

(9) モルガン商会の創設者はJunius Spencer Morgan[1813-1890]で(「モーガン」とも読まれる)、彼はマサチューセッツ州に生れ、ロンドンに当商会をつくる。
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その息子John Piermont[1837-1913]は一八七一年にニューヨークにJ・P・モルガン&カンパニーという銀行をつくり、鉄道および鉄鋼に対する金融業で大富豪とたり、またその息子John Piermont M. Jr.[1867-1943]はさらにそれに国際的影響力をも加え、強化した。
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(10) Federal Reserve Act(連邦準備法) 一九一三年に発効して連邦準備制度を設立した。一九三五年の銀行法によって合州国は十二の銀行管区に分けられ、そのそれぞれに一つの連邦銀行が設けられた。それらの頂点には連邦準備理事会がある。この制度はアメリカの全銀行を監督し、日本における日本銀行の役割にほぼ等しい。




G・アレン&L・エブラハム インサイダー1 第三章 彼らが通貨を操っている p74-80より

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参照

アメリカ経済の浮き沈みはFRBのさじ加減次第 by 菊川征司
http://satehate.exblog.jp/9562268


Henry Kissinger: The world must forge a new order or retreat to chaos
http://www.independent.co.uk/opinion/commentators/henry-kissinger-the-world-must-forge-a-new-order-or-retreat-to-chaos-1451416.html


例のエージェントさんが、[共産」世界政府をお薦めしていますよ。

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by oninomae | 2009-01-23 22:18 | イルミナティ  

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