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超富豪の権力のための社会主義 by G・アレン&L・エブラハム 2 杜会主義的独裁

超富豪の権力のための社会主義 by G・アレン&L・エブラハム 2


マスメディアは、共産主義の悪意だけを私たちに示すだけだ。ところが、もし誰かが「陰謀-共産主義」という結合理論を述べれば、自由主義的なエスタブリッシュメントの報道や職業的自由主義者は大いに怒る。反共産主義的な考え方や態度のもとにも、一つの不可解なタブーが存在しているのである。

歴史書は、陰謀をめぐらし、権力を手に入れようとした多くのグループについて報告している。ライフ誌でさえ、犯罪によって金をつくることを目標とするコーザ・ノストラのごとき陰謀家の存在を信じている。数年前、ライフ誌はジョーゼフ・ヴァラキ[Joseph Valachi]がマックレラン委員会でなした証言[McClellan Hearings]についての記事を連載した。この暴露には二、三の注目すべき観点が含まれている。われわれすべての者が、この機関がコーザ・ノストラという名前であることを知らず、マフィアという呼び名を用いていた。名前と同じように、これらの集団が一世紀も古く、永い間、多くの国々で指導的人物を会員にし、たえず自己再生産されていた徒党と結びついて活動していたにもかかわらず、これについて何も重要なことは知られていなかった。本書が取扱う政治的陰謀においても、同様な状況だというのだろうか。キャロル・キグリー博士の役割は、ジョーゼフ・ヴァラキの証言に似てはいないだろうか。

ライフ誌でさえ信じているのであるから、誰でもある種の陰謀があることぐらいは知っているだろう。しかしここで問題なのは、この上もなく危険な陰謀が、刑事犯的陰謀ではたく、政治的な陰謀であるということである。コーザ・ノストラのメンバーと共産主義者、より適切にいえばインサイダーとの本質的な相違は、一体何であろうか。その手腕で犯罪組織のボスにのしあがったラッキー・ルチアーノのような男たちは、そのつど必要にせまられて悪魔的ひらめきをもって働かなければならなかったし、また海千山千の絶対的な冷血漢でなければならなかった。しかし彼らは、ほとんど例外なしにまともな教育も受けておらず、ナポリやニューヨークやシカゴの裏街で"手仕事"を身につけた者ばかりである。

さてここで、これと同様に不道徳な性格をもち、しかし格式ある豊かな家庭に生れ、最高の大学に学んだある人物をとりあげてみよう。彼は、ハーヴァード、イェール、プリンストン、あるいはまたオックスフォードのうちの一大学を卒業した。これらの教育機関を通してこの某氏は、歴史、国民経済、心理学、杜会科学、経済学などについてのひろく深い知識を身につけた。この種の教育によってこの人は、実際の権力を得ようとする者は誰でも政治的に活動的でなければならず、またもし可能たらば政府のメンバーにならなければならないということをよく認識している。だから「政治家になるか、さもなくば君のために働く二、三の操り人形をつかまえろ」、この掟こそ実際の政治権力と大金への王道である。

「政治権力を目標とする陰謀」という概念は「政府そのもの」と同じように古い。古代ギリシャのアルキピアデスや古代ローマのシーザーの陰謀は、人道的な色彩をもった一般的思想に属している。現在このような人物が存在することは一般には考えられていないし、あるグループでは嫌悪の情をもってしりぞけられる。

陰謀家には若干の共通点がある。彼らは完全なうそつきであり、また長期的な計画者でなければならない。有名に、あるいは悪名高くなったどの陰謀家にも、ほとんど圧倒的なまでに確固とした計画が見出される。ルーズヴェルト大統領のあの主張が、ふたたびここでくり返されるべきであろう。つまり「政治には偶然に起こるものは何もない。もし何かが起きればそれはそのように計画されていたのだと考えて間違いない」というのが真実なのである。

共産主義の現実は、権力の獲得をたくらむ圧政であり、その最も有効な武器は大うそである。 もし共産主義のすべてのうそを集め、それらを煮つめることができれば、そこから次の二つの主要なうそが浮かびあがってくるであろう。その一、共産主義は不可避である。その二、それは搾取者に反抗する抑圧された大衆の運動である、というものである。

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そこで、前出の仮想の世論調査を想い出していただきたい。ここで不可避性という共産主義の第一の大うそを分析してみよう。アメリカ人はたいてい、「われわれはアメリカで共産主義が不可避であるとは思わない。われわれはアメリカの現状を知っている。われわれは危険に対して反応するのが少し遅い。パール・ハーバーを想い出すでしょう。しかしアメリカ人は共産主義がやってくるのを決して傍観してはいないだろう」というであろう。また彼らは、杜会主義についてもほとんど同じ回答をするであろう。ところで、「この国はもう杜会主義化されつつあるが、あなたはそれに対して何もしないのか」という問いには、「私は杜会主義者ではない。しかし私はこの国で何が起ころうとしているか知っている。さよう、杜会主義は不可避ですね」という答が返ってくる。「ではどうしてそれに対して何もしないのか」という問いには、「私は一個人にすぎない。あたただって市議会を牛耳ることはできないでしょう」と彼らは答える。反抗する者に、その防衛に有効なものは何もないという考えを植えつけることは、戦略そのものと同じように古い。 中国の兵法の哲学者孫子は、西暦前五〇〇年頃に、「戦略の最高の形は、攻撃を防ごうとする敵の一切の意志を破壊することである」と述べている。これを今日、近代の心理戦略とわれわれは呼んでいる

こうして次のようなアメリカ人像ができあがるのである。すなわち、彼らは共産主義を定義することができない反共産主義者であり、そして杜会主義は不可避であると信じている反杜会主義者である。マルクスは共産主義を一体どうみていたのか。「共産主義の不可避性」は共産主義者にとっていかに重要であるのか。何についてこの不可避性はいわれているのか。共産主義についてか、あるいは杜会主義についてなのであろうか。

そこでマルクスの『共産党宣言』を研究すると、マルクスは「プロレタリアート革命を通してプロレタリアートが杜会主義的独裁を確立するであろう」と主張していることが明らかになってくる。
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彼はそこで、この独裁に到達するためには、次の三つのことが遂行されなければならないという。

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すなわち、私的所有に対するあらゆる権利の消却、家庭的統一の解消、そしてマルクスが人民の阿片と称した宗教の破壊、この三つである。

つづけてマルクスは、もしプロレタリアートの独裁がこの三つのことを全世界に貫徹したなら、全能の国家の権力要素はしばらくして衰えてゆき、国家杜会主義は共産主義に道をゆずるであろう、すべての共産主義者は杜会主義を確立すべく働かなければならない、そしてそのとき、どんな政府ももはや不必要になり、すべての人はこの生活様式に幸福感を感じるだろう、という。

「全能の国家が衰えてゆく」というカール・マルクスの主張は、承服できるものであろうか。スターリンのような男が、あるいは強大な独裁体制の頂点に立つために必要なずるさと冷酷さをもちあわせた男が、恐怖とテロで自ら築いた権力を自由意志にょって分解するということは考えられるだろうか(1)。

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社会主義は独裁制を確立するため、人民に与えられる餌でなければならない。 独裁制は理想主義的な手段だけではほとんど買い手がつかないので、独裁制が歴史的に一時的には必然的にやってくるという考えがつけ加えられなければならなかった。これを信じるという幼稚さがさらにこれに加わることが肝心ではあるが、無数の人は確かにこれを信じているのである。 

共産主義ではなく、杜会主義を確立しようとする努力こそ、共産主義とインサイダーが実践する中核である マルクスと、共産主義運動を行ったマルクスのすべての相続人は、その後継者たちに杜会主義の創設のために働くように指示した。アメリカの共産主義の代表者に聞いても、共産主義という言葉は決して出てこないであろう。彼はただ、アメリカの杜会主義を実現するという熱心な努力についてのみ語るはずだ。あらゆる共産主義の文献もまた同様に共産主義の確立ではなく、杜会主義の確立を要請している。

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エスタブリッシュメントに属する人びとの行動もまた同様である。一九七〇年代のニューヨーク・マガジンは、誰もが認める杜会主義者で、ハーヴァード大学教授のJ・ケネス・ガルブレイスの書いた「リチャード・ニクソンと杜会主義の偉大なる再生」というタイトルの記事を載せている。ガルブレイスは彼が「ニクソンの行動計画」と名づけるものを次のように説明している。

  「ニクソン氏はたぶんマルクスの愛読者であろう。しかし、〈彼の顧問たち〉であるバーンズ、シュルツ、そしてマックラッケンという博士たちは、マルクスをよく知っているきわめて優秀な学者であり、それゆえ大統領をこの面で同じ水準にまで高めることができたはずだ。そして杜会主義への移行の助けとなる危機が当局によって巧妙に企てられたということにはなんの疑いもない……」。

ガルブレイス博士のこの記事は次のような説明から始まっている。

  「ニクソン政府の動きはたしかにほぼ予告されなかった。しかしそれは、杜会主義への新しい大いなる移行だった。多くの人びとは依然としてこのことに気がついていない。またほかの人びとは自分の眼を疑っている。なぜならこの人たちはいままさにその前兆をまじかに見ていると思っているからである。杜会主義の敵手として、ニクソン氏はその目標をはっきり意識しているようにみえたのだが……」。

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ガルブレイスは、ニクソン政府によって企てられた社会主義への壮大な前進を示すリストによって説明をつづけている。この記事がひき出さなければならない結論は、杜会主義が--共和党によってであれ、民主党によってであれ--不可避であるということである。杜会主義者であり、またハーヴァード会員であるアーサー・シュレジンガー博士も、ほとんどこれと同じようなことを次のように述べている。

  「保守主義者が権力を挽回しても、自由主義者の過去における最大の収穫は六法全書に生きつづけている。自由主義者はますます自由主義的になり、つねに事の中核で増大し、これと同じ理由から保守主義者は保守的でなくなって敗北しなければならなくなる」。

このようにして、多くの熱烈な愛国者たちは、何も知らないまま陰謀家のとりこになっている。シカゴ・トリビューンの元記者で、アメリカの卓越せる政治評論家であるウォルター・トロハンは、このことについて次のように言っている。

  「現代の政府の政策は、それが共和党によってであれ、民主党によってであれ、かの危機的な一九三二年の彼ら自身の綱領より、当時の共産党の党綱領のプラットホームに近いということは一般に知られた事実である。このことは一〇〇年以上も前に、正確には一八四八年に力ール・マルクスが『共産党宣言』の中で杜会主義の綱領として宣言していた……」。

トロハン氏もまた、この傾向が不可避であるという信仰に惑わされて、さらに次のようにいっている。

  「この国は深く杜会主義の中に入っていっており、政権につくのが共和党であれ民主党であれ、連邦政府の権力の爆発的増大を経験しているのであるが、このことを認識するためには、保守主義者たちは充分現実的でたければならないだろう。保守主義者にゆるされる唯一の慰めは、リチャード・ニクソンの進むぺースがヒューバート・H・ハンフリーの進むであろうぺースよりずっとゆるやかであろうというところにある……。民主党政府が杜会主義をもっとうまく実行するとただ言っているのに反し、ニクソン政府は民主党の言っている杜会主義の大半を現に引き受けてやるだろうということを保主主義者たちはよく認識しなければならないだろう」。

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[1] マルクスは、「人間の同盟」(Liga der Menschen)という神秘的な集団に雇われて、大衆を煽動する餌として『共産党宣言』を書いた。彼の名はこの革命的な小冊子の著者として有名になるずっと以前から「K・M」というイニシァルでひろまっていた。彼が実際にやったことのすべては、ドイツのバーバリアで啓明会(Illuminanten)を創立したアダム・ヴァイスハウプト(Adam Weishaupt)がこの七〇年前に書いた革命的な計画と原理に肉づけして、これを教典化したことである。この方面のことをよく知る者は、「人間の同盟」が一七八六年バーバリア当局によって禁止されて消滅した啓明会を拡張したものにほかならないことを証明する。cf. Robert Payne, Marx, Simon & Schuster. New York 1968. John Robinson, Proofs of a Conspiracy, 1 ed. 1798. この新版は Western Islands, Boston and Los Angels 1968.

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G・アレン&L・エブラハム インサイダー 1(原著初版1971、原著増補改訂版1985、訳書1986.10) 第二章 超富豪の権力のための社会主義 p41-49より

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by oninomae | 2008-12-18 21:09 | イルミナティ  

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