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政治と謀略 by G・アレン&L・エブラハム 1 一度「本当の絵」を見ると..

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インサイダー 1 第一章 政治と謀略 より

子どものころ、たいていの人は一つの絵の中から「隠し絵」を探したことがあるだろう。ふつう、その絵は樹木や茂みや花や、そしてその他の自然物を描いた風景画である。およそ本の見出しや題目というものも、「この絵のどこかに少年が乗った車を引く一匹のロバが隠れています。あなたはそれを見つけることができますか」というあの質問に似ている。皆さんも多くの場合、雑誌のぺージをめくって、その答を見てはじめてその隠し絵が巧妙に隠されているのを発見するのではないだろうか。その風景画をよく調べてみると、絵全体が探すべき真実の図を隠すようにできあがっていることがわかり、一度この「本当の絵」を見ると、それからは傷めた指のようにそれが目立ってくるものである。

これと同様に、われわれは、マスメディアの描く絵が真実の絵を隠すように、慎重に、また芸術的に創作された風景であると考え、この本で、皆さんに、新聞、ラジオ、テレビで毎日見ている風最の中から「隠し絵」を発見する方法をお見せしようと思う。皆さんも一度このカモフラージュを見破ることができれば、さまざまなことがらに伴って現れるロバと車と少年をそこに発見することができるであろう。

何百万というアメリカ人が、アメリカ国民が日々こうむる災難ついて心を痛めたり、また失望したりしているが、しかし、彼らはこの自分たちの心配や失望の原因をはっきり認識する状況には置かれていないのである。それゆえに隠し絵の中から隠された対象を発見しようとはするが、いつも徒労に終ってしまう。

たぶん、皆さんもこのようた体験をしたことがあると思う。つまり、「何かがどこかでしっくりいっていない、しかしその何かが何であるかを具体的に表現することができない」といった気持になっているわけである。それにもかかわらず、いつも一見信頼できそうな顔で「われわれは共産主義が世界にはびこるのを抑え、かつ過度の政府出費はさけ、インフレの焔を消し、よろめく経済の立直しを断行する。そして国民の生活を道徳的破綻から護り、犯罪者たちを杜会から追放し、ブタ箱にブチ込むだろう」と保証する男がいつも新しい大統領に選ばれるのである。

しかし、この大風呂敷の公約にもかかわらず、これらの問題は、誰が政権を取ろうが依然として未解決のまま放置されつづけている。 新しい政府(政権)ができても、共和党であろうが民主党であろうが、基本的には従来のそれまでの政治を行うだけである。この事実はきわめて悲しむべきことであるが、真実なのである

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ところで、この現実のメカニズムをやさしく説明する方法は一体あるのだろうか。誰がこのような質問をしたり、疑問をもったりするだろうか。人びとはふつう、むしろ「すべては意図せずして偶然に起きるのだから、何も変えることはできない」というように没批判的で、非常に素朴な態度をとっている。 

F・D・ルーズヴェルト(1)はあるとき、 政治には偶然に起きるものは何もない。何かが起きれぱそれもそのように計画されていたと考えて間違いないのだ といった。
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これを知っているのはまさに彼のような男なのである。

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そして私は本書の中で、われわれの生活を形づくっている世界政治が、ルーズヴェルトのいうように誰かによって計画されたがゆえに、否、それゆえにのみ起きるのだということを証明してみたいと思う。

世界政治という舞台の上で、もし偶然という法則が決定的であれば、われわれの福祉に影響をおよぽす出来事の少なくとも半分は、われわれの利益になるように作用しているはずである。また、もし指導的な政治家の純粋に人間的な弱さがこれに一枚かんでいるのであれば、たまにはわれわれの利益になるような失敗が生じてもよさそうなものである。私は、われわれが実際に関わり合っているのは偶然や人間的愚かさではなく、その逆の巧妙な計画なのだということを論証するつもりである。そこで、この小冊子では、きわめて巧妙な計画にもとづく戦術と、最近の六つのアメリカ政府(政権)の行った外交、内政に対するその影響とをみてゆきたい。

私は、今日まで説明されないままになっていることがらを解明し、いままでマスメディアで働く偽装の専門家たちの表現の背後に隠されていたことがらに鋭い照明をあてたいと思う。

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世界史的な出来事が正確な計画の結果であると考える者は、「歴史の陰謀論」を信じる者として笑われてしまう。もちろん、近代的なこの時代に、この領域の研究に時間をさく者以外にこのような理論を信じる者はいない。歴史には二つの見方がある。すなわち、出来事というものは偶然に起きるのであって、計画されもしないし、誰かによって起こされるものでもない。もう一つの見方は、それらはまさに計画され、配慮されるがゆえに生じるというものである。 大学の神聖な講堂で説教される「歴史の偶然論」こそ、本来なら笑われるべきものであろう。 というのは、どの政府もその前任者と同じ失敗をなにゆえにくり返すのであろうか。また、なにゆえにインフレ、危機、戦争などといった同じテツをくり返すのか。そして、なにゆえに国務省はその前任者にならって結果的に親共的な失敗をおかすのであろうかこれらのすべてが偶然か、あるいは歴史の神秘に満ちた潮汐であると信じれば、私たちは複雑な世界に生きていることを認識する知識人として評価されるであろう。ところが逆に「無数の否定的なことだけが偶然に生じるということは、平均的体験に照らしてみて絶対にありえない」と確信する者は愚者といわれる。 すべての指導的立場にある専門家、マスメディアのコラムニストや解説者が、みなそろいもそろって陰謀論--これを原因と結果の理論ともいえるだろう--を退けているとはまたどうしてなのだろうか。

第一に、この種の職業の専門家たちは、世間の女性が流行に敏感なように、ほぼ学問の世界の多数者に従っている。一般的見解に逆らうということは彼らにとって、杜会的、職業的破門にも等しいかもしれない。大学の教授や、ある教義を強く主張する人たちは、自分たちは寛大でものわかりがよいと口先ではいっても、実際はただ一方通行の路上を動いているだけである。

象牙の塔の自由主義者や、あるいはエスタブリッシュメント(2)に属するマスメディアの空論家たちは、毛沢東礼賛者を寛大に取扱うが、一般の保守主義者や、陰謀的な考えをあばく保守主義者に対しては必ず禁圧的に出てくる。 
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したがって、これらの保守主義者や告発者であるより、いっそうキリスト教婦人禁酒連盟大会の飲物であった方がよほどましかもしれないほどである。

第二に、彼らはこれまでずっと自分たちの誤謬にしがみつくことに強い情緒的な関心をもっていた。彼らの知性と自我は、完全に偶然論に服従してしまっている。そして、自分たちの誤りを認め、自分たちの判断力がお粗末なことを反省し、見抜くことはできない。舞台装置の後ろから、われわれの運命を操っている一つの政治的陰謀が確かに存在するということは、彼らのすべての考えを床の上にぶちまけるよう強要するであろう。いわゆる正規ではない情報に由来しているにもかかわらず、この事実を直視し、自分の誤謬を認めるには実際、非常に強い性格をもっていなければならない。

このことは、筆者自身もいやというほど認識しなければならなかった。私ははじめ保守的な反共主義者に対抗して戦おうとしたのであるが、ケガの功名とでもいおうか、実はこの戦いから生れたのが本書である。以前の、保守的な私の考え方は、邪推と敵対心によるものであった。しかし、数ヵ月にわたる集中的な再調査を経て、私は自分が長いあい欺かれていたことを認めずにはいられなくなったのである

政治家と「知識人」は、歴史的な出来事というものは秘密に満ちた潮流よって動かされているか、さもなくば偶然に起きるのだといった考えを信奉してきた。このような歴史の説明によって、彼らは犯すかもしれない自分たちの失敗のためにいつも一つの"いいわけ"を用意している。知識人はほぼ--本当の知識人であれ、単なる自称のそれであれ--陰謀論の存在を単に無視することによって、それを片づけてしまっている。彼らは陰謀論を実証する資料に疑問を投げかけようともしない--もちろんそれは成功しないであろうが。 しかし、もし完全な沈黙が役に立たないときは、一見客観的なことをいうこれらの専門家たちとマスメディアの世論形成者たちは、こんどは個人の攻撃や悪口や風刺に逃避する。彼らは、ある著述家か語り手があばこうとする事実から一般の注意をそらそうと試みる このようなわけで、私は、たとえば、本書などを通して不愉快な真理の暴露を行おうとする人びとが、自衛のために時間と努力を捧げることができるようになればと願うものである。

事実を無視する政治的風刺は、陰謀論を攻撃するうえで非常に有効な武器である。この風刺と中傷をさけるためには、事実そのものと、事実に公然と反抗する試みから身を引かなければならない。なんとなれば結局のところ、誰も喜んで悪口にはさらされたくなるからである。嘲笑の犠牲になるのではないかという恐れは、多くの人を黙らせてしまう。ところが、まさにわれわれのテーマこそ、疑いなくすぐにも嘲笑と悪口をもって取扱われなければならないものなのである。そこで、陰謀の範囲を不条理なまでに拡大して陰謀論を笑いものにする方法がある。たしかに一部の陰謀論者は、少しでもぼけていたらどんな自由主義的活動家や政府官僚にも陰謀の意図をさぐり出したといって事態を過度に誇張している。たとえば、ホール・オブ・ポイズン・アイヴィ(3)出身者は、傲慢にも「自由主義者のすべての教授が、毎朝その日にどの学生を洗脳すべきかを陰謀司令部から電報で指示されていると、あなたは信じているのではないですか」というにちがいない。またほかの人びとは、人種的狂信や宗教的狂信から、偶然に手に入ったすべての証明材料を自分の先入観を支えるために利用している。そこからたとえば「ユダヤ人、カトリック教徒、フリーメイソン団員はみな陰謀家だ(4)」といった合い言葉が浮かんでくるのである。 このようなことをいう人たちが陰謀の発見には害にこそなれ、益にはならないことは明らかである。このような先入観をもつ彼らは世論に対し、どの陰謀論者も夢想家であり、うそつきであるかのように思わせるのに力を貸すだけである。

「知識人」はよく、「陰謀論はしばしば誘惑的であるが、あまりにも単純すぎる」といったきまり文句に逃げ込むものである たしかに起きることを何でも一つの小さな陰謀グループのせいにするのは、もちろん、あまりにも簡単である。とはいえ、その逆に偶然というものをあまりにもがんこに信じ込み、その偶然を世界史の一定の要因とみなすことは、それ以上に単純なことである。

自由主義者は陰謀論の本質を、多くの場合、陰謀論を信じそれについて議論しようとする者の病的な想像力のせいにしている。また自由主義者は、陰謀論者のいうことは、結局のところ、すべての正常な政治的出来事の背後に「歴史の悪魔理論」の新しい証拠を発見しようとする陰謀論者の過鈍な感受性の産物だという。

世論を形成している学者やマスメディアの人たちは、原因と結果についての理論をあまりにも過少評価し、この態度をあらゆるところで活発に公表しているので、結果的には、実情を知らない人びとがこれと同じ考えをもつに至るということは驚くに足らない。愚か者といわれないように、彼らは世論製造者の使うきまり文句をただくり返すだけである。 この彼らの態度が不充分な情報に由来しているとはいえ、「彼らは実際、何も知らないことに一つの判断をくだしている」と批判されないわけにはいくまい

陰謀論者に反対する者は、人類が当面する間題の諸原因はまず貧困と無知と病気のためだとしている。しかし彼らは、陰謀の主謀者が人類のこの三つの敵に巧妙に奉仕しているという事実に気づいていない。この貧困・無知・病気は、陰謀家の無責任な権力追求の正当化に使われる代用品となっているのである。過去三年間のアメリカ政府の重大な誤りが、アメリカ国民の貧困と無知と病気のせいであるというのは、全くもってあさはかな考え方といえる。偶然論の信奉者は、たとえば、世界の二、三の進歩的な民族が共産主義に合併されたという事実を見過ごしている。すなわち、チェコスロバキアがそれである。この国は東ヨーロッパの国々の中でも最も工業化していた国の一つである。あるいは中南米で二番目の国民所得を有していたキューバも同様である。

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(1)Franklin Delano Roosevelt[1882-1945]、民主党員。一九二八年から一九三二年までニューヨーク州知事。一九三三年、一九三六年、一九四〇年に大統領に選ばれる。ニュー・ディール政策の推進者。

(2)アメリカのエスタブリッシュメントについてはLeonald Silk, Mark Silk, The American Establishment, Basic Books, Inc., New York 1980. レーナード・シルク、マーク・シルク著『エスタブリッシュメントーアメリカを動かすエリート群像』山岡清二篁訳(TBSブリタニカ)を参照。ただしこれはCFR会員(本書第五章参照)のエスタブリッシュメント側から書かれたもの。

(3)Hall of Poison Ivy アメリカ北東部にあるいわゆる名門大学。

(4)第二次大戦後、陰謀論を扱った本は日本からほとんど消え去った。陰謀論を否定する邦訳書には、Johannes Rogalla von Bieberstein, Die These von der Verschworung 1776-1945, Peter Lang, Frankfurt/M. 1976.ビーバーシュタイン著『ヨーロッパ反体制思想』国嶋、久保、戸田訳(公論杜)がある。


G・アレン&L・エブラハム インサイダー 1(原著初版1971、原著増補改訂版1985、訳書1986.10) 第一章 政治と謀略 p17-25 より

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今でも大して変わらず、アジェンダ進行中。というか、日本人は当時よりさらに「アホ」になって、自己弱体化「疾走中」かもしれない。

日本人の見る道路標識には、日本人好みの行先が書かれることになるだろうが、裏側を見れば、英語で違う行先が印刷されて居るはずである。

親愛なる日本の読者諸氏に申し上げたいのは、自分が運転して居る道路上での道路標識を見る場合、その標識は、いつ、誰が、なぜ、そこに立てたのかを、ちょっと立ち止って考えて頂きたいということである。

運転手はあなたなのだから、その道を走った責任はあなたにある。アメリカ人が無理にその道を走らせたのだ!という言い訳は、もう役に立たない。」


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参考

竹やりで本土決戦は今も続いているのです OUT OF EDEN
http://angel.ap.teacup.com/gamenotatsujin/293.html


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       民営化した郵政はアメリカに出資せよ

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追記 2008.12.14

カナダ経由で核テロのインサイド・ジョブを画策中 You are screwed
http://gabrico-ovalnext.cocolog-nifty.com/blog/2008/12/post-03a0.html


三菱UFJへの仲介人が謎の死 OUT OF EDEN
http://angel.ap.teacup.com/gamenotatsujin/298.html


三菱UFJとの仲介をしたモルガン・スタンレーのM&A部門のヘッドのGavin Macdonaldがどうやら例の自殺に見せかける方法で処分されたようだ。理由はモルガンスタンレーが秘密口座からテロリストに資金援助していたことが暴かれたからだ。暴いたのはクリストファー・ストーリー氏である。
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by oninomae | 2008-12-13 02:09 | イルミナティ  

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